11話:消えた主人公
空白という、その存在しない存在に、憤怒、悲愴。あらゆる感情が湧き上がる。
「お…御嬢様ぁ?」
自分を呼ぶその言葉ですら、込み上げる感情に押し潰される。
「なんで……なんで…こんな……」
視線の先―――見つめるパソコンの液晶には、解凍されたデータ群。
その検索ワードは、『佐倉彼方』。
時は少しばかり、遡る。
 
「それで…お手伝い、というのは?」
首を傾げ聞いてくるのは、従者の芽愛。
「貴方のハッキングで……調べてもらいたいことがあるの」
眠りにつく前の…父との会話。その真意を掴むべく、記憶と思考を噛み合せる。
その疑問と…その存在を、確かめるため。
「……この学園のデータベース、生徒の詳細を調べてほしいの。名前は……」
兄の、麗しいその名を口にしようとした、その刹那。
「……名前は…佐倉彼方、で宜しいですか?」
「え……?」
あたかもこちらの思考を読み解いたかのようなそれに、中断を余儀なくされる。
そんな、驚きを隠しきれず静止する姫乃を、さらに驚かせる新たな声。
「ここ数日の御嬢様を見ていれば…そんな事だろうと思っていました」
「え?え?」
これぞ最高峰の2度見であろう。
後方から突如として現れたその声に、1度、そして2度までも振り向かされる。
「い、いつの間に帰ってきたの?」
「ほんの数秒前でございます。何やら2人で話し込んでいるようにお見受けしたもので、無粋ながら聞き耳を立てておりました」
「そ、そう…」
いつの間にか居なくなり、いつの間にか現れるのは、やはりスパイとしての本質そのものなのであろう。
「……あれぇ?それ…切り傷?珍しいね、ねーちゃんが怪我するなんて」
動揺の収束する間もなく、芽衣の異変に気付くのはやはり同業者である芽愛である。……しかし、この時は姫乃も異変…日常あまり見ない事態に気付いていた。
だが当の本人は、全く気にもとめず会話へグイグイ潜入してくる。
「かすり傷ですので。それよりも早くお話を……」
「だめよ。小さな傷でも放っておくと大変なことになるんだから!」
校医の広瀬縁と仲の良い姫乃の事だ。怪我や用事で保健室へ行くたびに耳が痛くなるほど聞かされる医学知識には、専科授業で生物学を習っていることもあり、少しばかり自信がある。
「たまにしか怪我しないんだしぃ、学校の備品使いに行ったらぁ?」
言い方は悪だが、自分と同じく姉弟を心配する気持ちは変わらないようだ。それを聞き、流石の姉も折れるたのか、
「……時間があれば、行っておきます」
「今行ってくれば良いのにぃ〜」
「……そんなに私を遠ざけたいのですか?あなたは」
その言葉は間違いなく自分に向けられたものでは無かったが、それにより数時間前の……父との会話が蘇る。
「違う!違うってばぁ!ねーちゃんが嫌いなんじゃなくて、本当に心配してぇ……」
姉に頬をつままれた、弟が必死の弁解をする。
「どうだか……」
何も心配していない、そう言った。ならばその原点たる存在を知ることが大きな一歩となるのではないか。同じく、父の事も。
「あの……2人とも」
それに、つまむ姉と、つままれる弟が振り向く。
「はい」
「はいぃぃいてててて!」
それに、疑念と信頼を預けるように語りかける。
「さっきの話の続き、いいかしら?」
それに頷くのは、つまんでいる方。
「勿論です。私は途中参加故に些か、情報が足りておりませんので」
それに便乗し返答するのは、つままれている方。
「ふい、おれらいひらす」
まだ頬をつままれてはいるが、なんとなくその意思は読み取ることが出来た。おそらく、はいお願いします。と言いたいのだろう。
二人の意思が分かったところで、お願い……改め任務の内容を説明する。
「改めて説明します。二人に頼みたいのは兄…佐倉彼方の過去について。それを調べてもらいたいの。メアにはもうデータベースにアクセスしてもらってるけど……」
「んな……もう御嬢様公認の犯罪者に……」
「うぎぃ!」
途中で芽衣の指にぐっと力が入ったのがわかるが、よく見る光景と割り切り、説明を続ける。
「……出来れば佐倉家に養子としてくる前の情報があれば、少しは御父様の意向を理解できる気がして…。だから……お願いします」
それを聞き、やっと弟から手をはなした芽衣と、頬を摩りながら芽愛もこちらを見据える。
「かしこまりました」
「了解…ですぅ」
まだ痛そうに頬を気にする芽愛は、その鬱憤を晴らすかの如く高速タイピングを始める。データベースに名前…佐倉彼方と打ち込み、履歴の開示。
本来、生徒のデータベースは、本人の生誕から現在に至るまでに起きた事柄を、様々な教育機関への加入や脱退、かかった病気や資格の有無まで、事細かく記録されているものだ。学園に入学したその後も、学校行事や任務の成功率など、成績関係の情報もリンクされている。
よって……
何もかも、[なくてはならないはず]の物なのだ。あって当たり前、記録されていて当然。その存在は絶対不可欠であり、この情報に嘘偽りがあればそれこそ規約違反、鳳凰学園からの永久追放と共に、Skuldが定めた法に触れることとなる。なのに、
画面が遷移し、該当項目の羅列が表示される。年表状に整理されたデータ群は、圧倒的な情報量によって3人の視界を埋め尽くし、混乱を招く…………ことはなかった。
なぜなら。
目にした画面は、
 
虚無か、皆無か、全無か。
どれにしても、無。その物であった。
 
有るのは、佐倉家に養子として受け渡された10月21日からの記録のみ。
皮肉にも姫乃の誕生日で始まるそれが物語るのは、感動とはかけ離れた喪失と、
「なんで……なんで…こんな……」
行き場のない、怒りだけであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「今日……初めてあなたの事、本気で凄いと思ったかも……」
「だろ?愛は力に勝つ!ってな!」
「ハ-イハイ。自称アイスの神に見出された男」
「その小馬鹿にした言い方止めて!眠いのは分かるけど!」
肌寒い通路で___これまた冷たいアイスを貪るのは、自称アイスの神に見出された男、佐倉彼方。その隣の少女は、既に呆れを通り越し、感心すらしていた。
「いいんだぜ?俺のこの能力を使って、全世界のアイス自販機を征服しても」
「能力って言うか……それもう病k…何でもない」
「今絶対病気って言おうとしたよね!?」
頭を侵略する眠気のせいだろうか。少しばかり返答が冷たくなる。
「……してない。それより……こんな寒いのによくアイス食べる気になるわね。そんな馬鹿みたいな能力じゃなくて冬を無くす能力身に付けてよ……」
冬が、というか寒さに弱い綾音がボヤく。
「馬鹿ってなんだよ馬鹿って!神憑り的な能力だろ!」
喚き散らすこの男の言う「能力」とは、
 
様々な施設の構造や特徴、季節や地域によって変化する種類・量を独自のルートで分析し、アイス自販機の場所を割り出す……という、余りにも馬鹿げた……ある意味、神憑り的な能力、なのだ。
「……そんなに買って食べ切れるの?全部溶けるか、お腹壊しておしまいでしょ……」
偶然ポケットに入っていたらしいレジ袋、おそらくパーキングエリアでの買い食い時に手に入れたであろうそれは、はち切れんばかりに膨れている。しかもその中身は、自販機から歩いてくる間に既に4つが消費された後である。
「あ……なんかな、俺の体は進化したんだよ」
「はぁ?」
「冷たいものに極度に強い。あと硬いもの」
「完全に適応してる……」
凍結した固形物を高速で噛み砕くための丈夫な歯と、それによって咀嚼され、大量に蓄積される低温物に耐える強固な耐寒性を兼ね備える胃袋。それが彼方には存在する……らしい。
まあ実際、アイスを食べて腹を壊した所は見たことが無い。無論、歯が欠けるような所も。
「ん?どした?」
そんなことを考えていると、いつの間にか肥大したその袋を眺めていた。
「え?あ……いや、べつに……」
「ほぅ……分かったぞ!」
「な、なによ?」
怪しく微笑む彼方。すると、
「実はお前、アイス食べたいんだろ?」
「んな……!?」
そんな物欲しそうな顔をしてしまっていたのだろうか。まあ少し、小腹が空いているのは確かだが。
「遠慮するな、褒美はたんまりとあるぞ?ほれほれ!」
「ちょ!やめなさいって!」
彼方の左手が、ズイっと目線の先に突き出される。正しくは、その手に持たれたレジ袋が。それをバシッとはたき、窓の外へ目線を逸らす。
「いや別に食いたいならマジ遠慮なく食ってもらって構わないんだよね。正直食いきれるか不安になってきた」
「やっぱりそうなるんじゃない……」
数日前、というかもう去年のことになるか。
進級試験の競技大会がある前日の事だ。あの時も、自らを奮い立たせる為だとか何とかと言い、アイスを冷凍庫が満帆になるまで買ってきた事があった。無論、数十種類に及ぶそれを小1日で消費しきれる訳もなく、ただ目の肥やしにしていたのだが。
「ま、そこまで言うんなら?貰ってあげなくも無いけど……」
そう言って、差し出された袋からその肥大の原因たるそれを1つ取り出す。
とある種を厳選して。
「あ、やっぱ小豆なんだ」
その、どこか違和感のある発言に、
「え?取ったら…まずかった?」
「いや、別に。そういえば綾音は餡子とか、そう言うの好きだったなって思って。買っといて正解だったな」
買っといて?正解?
「…これ、彼方が自分で食べるためだけじゃなかったの?」
パッケージを眺めながら、問いかける。
「いやぁ、ただゲート通れるようになるまで待ってるのも退屈だと思って」
やはりそうだ。自分の為ではなく、私たち2人のために…
 
「珍しく気が効いてるわね。ほんと珍しい」
「いつも、の間違いだろだろ?いつも、の」
歩きながらの飲食も、今日は大目に見てやるか……と、口には出さず、モナカにくるまれた五つ目のアイスにかぶりつく横顔を見る。
(ほんっと……馬鹿に見えて……バカ、なんだから……)
そんなことを考えながら、元いたロビーへと、脚を進めた。
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あれ?てっきり部屋にいると思ってたのに」
唐突に、向かいから現れる人影。隣に立つ綾音よりも、少しばかり白みがかった茶髪がロビー近くの微灯に照らされ、存在を際立たせる。
「アイスを感じた。だから俺は旅に出た。それだけだ」
対面へ無駄に格好をつける彼方を、綾音が呆笑う。
「ただ馬鹿みたいに走ってっただけじゃない……」
「んな!お前だって結局食ってただろ!?」
今度は彼方が綾音へギロりと目線を向けるが、全くもって威圧感をなさない。
それを見た逢里も、何事も無かったかのように話し出す。
「で、自販機まで行ってたのは想像つくけど。向こうから来たって事は……もしかして北側に行ってた?」
「北かどうかは分かんねぇけど。取り敢えずあっちには行ってた」
来た方を振り向く。
(場所は分かるのに方角は分からないのね……)
今度こそ100パーセントの呆れを垣間見せる綾音を他所に、さらにそれを加速させる事が。
「わざわざ遠いとこ行かなくても良かったのに。自販機ならシャワールームの前にズラッと並んでたよ?アイスのも含めて」
そう言う逢里は、これまたレジ袋と思われる物を指先にぶら下げている。少し前から漂う香ばしい香は、これから放たれているのだろう。
「ほらこれ。珍しく焼きおにぎり売ってたから、買ってみたんだ♪」
珍しくご機嫌な様子の逢里。
彼の好物は、なんというか……わかりやすく言えばB級グルメ全般、である。
それも相まって、彼にとってパーキングエリアでの時間は、さぞかし有意義なものだったことだろう。
「シャワールームって……そこの?」
待合室となっているロビー付近の少し先、ギリギリ灯りが届いている通路を指す。
「うん。そこしかないでしょ」
 
それを聞き、……あれ?そうなると疑問にうかぶのは……
「シャワールームって……すぐそこじゃない。そうなると……彼方?あなたの自称能力って……」
「なに?能力って」
もぐもぐと喜びを噛みしめる逢里も、興味深そうに顔を上げる。
それに、先程からやけに静かな能力者は、横でビクりと肩を震わせる。
 
「……あんまり当てにならないのね。脳内自販機検索」
「…………」
沈黙が流れたのは、言うまでもない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
事態が動いたのは、それから数時間後。仮眠をとる3人に、近づく足音。
「おーい、団子三兄弟よ。起きろー!」
その団子呼ばわりされた3人は、それぞれ意味を成さない擬音とともに目を覚ますこととなった。
「よーやくゲート入れんぞ。ったく、長いったらありゃしねぇ」
そのボヤキを聞いてか聞かずか。起きたものから順に各々スローモーションムービーの如く、タラタラと蠢き始める。
「宿舎は中に入ったらしっかりしたのがあるらしい。寝るならそっちで寝てくれ……まあ、俺が一番そうしたいわけだが」
「まーじ眠いんですけど。軍かなんかの訓練かよ……これ」
「流石に育ち盛りにはキツイものがあるよね……」
「お前はいつも寝てねえだろ」
男3人のボヤキ合戦の中、ひとり黙々と作業を続けるものが1人。それは、合戦が収まりつつあるのを見極め、真面目な言葉をポツリ。
「任務は……何時からなの?」
それにら、あくびをかます髭面が応える。
「認めたくないものだが……昼からなんだな、これが。……丸1日作戦をずらす事になったからな。誰かが迷子になって、ついでに身分証明書まで落としてくれたおかげで」
「確かに時間は潰しちまったけどよ!生徒証落としたこと自体は遅刻関係なくね!?」
相変わらずの食いつき様だが、この際日が昇る前に任務地へ入れただけでも良しとしよう。正午まではまだ相当な時間がある。宿泊先で仮眠をとるのはまだ十分に可能だ。そう妥協しようとした時、
「そんじゃあゲートキーだけ渡しとくわ」
「はぁ!?どこいくんだお前!」
生徒を置き去りにしようとする教師に、罵声が浴びせられる。
「いや〜だって眠いじゃん?引率とか無理無理。死ぬ」
「どこに泊まればいいかぐらい教えろボケナス!」
それに、いやいや資料を取り出す教師。
「そこの民宿に部屋とってあるから。俺は忙しいんだよ〜勘弁してくれ」
ポイと紙切れを放り投げ、尚も退散を図ろうとする。
 
「それでも教師か!面倒見ろアホ!」
「my name is ア・ホ。じゃあな〜」
バタム。扉が閉まる。
碌でもない教官である。
「何なんだよあいつ!?」
取り残される寝ぼけ眼の3人。
「もうあの人には…なーんの期待もしてないけどね。僕」
「……したら負けね。だから結婚出来ないのよ」
「言いたい放題だな…。俺も言いたいけどあり過ぎて言えねえ」
そんな悪口雑言を経て3人は、支度を終えた後ようやく―――4時間ぶりに外気に触れる事となった。
建物の東側、居住区内門から顔を出す。
「さあぁぁぁみいぃぃ!」
「そりゃそうよ。冬の……それも夜中なんだから」
出て来て早々、文句たらたらの彼方を諌める。
「冷たいものに強いのは体の内側だけな訳?外側もそうしなさいよ…。ホント、役に立たない能力」
「出来たら苦労しねぇって」
「…なんかだんだん彼方の能力理解できて来た気がする」
「しなくていい!忘れろ!」
黒歴史をかき消そうとするが、もうこれは消える事無き記憶であろう。
「えーと?。入って右の商店街の……7番目の建物って事は……ここ?」
見えてきたのは、本日臨時を含めて二つ目のお宿。午前2時のチェックインである。 全く迷惑な宿泊客だが、それを承知で受け入れてくれる宿側の寛容さに頭が下がる。
「なかなか綺麗なところだね。角部屋空いてるのかな?」
「都心に比べたら自然も多いし、眺めもいいでしょうね」
比べたら……と言うか、東京を中心とし国の主要機関のある地域を除いて、今の日本は半ば自然に還りかけている、と言っていい。
数百年前の戦乱時、とある力により護られていた関東地方は、あらゆる攻撃を無効化・反射し、絶対防衛地と呼ばれていた。そのお陰もあってか、人が住むのに差し支えない環境がここ一体では作られている。
よって、安全と思われているこの場所だが、自然に近い故起こるのが、今回の様な『魔獣騒ぎ』である。
「さ、早く行きましょ。寒いし」
 
「ふぁ……さっさと寝るとするか……」
「同感」
立ち並ぶ商店の中光を放つ建物へと、足早に飛び込む。それと同時に体中を包み込む暖気に、中断させられた睡眠欲が立ち込めてくる。
夜中にも関わらず丁重な接客をする女将に導かれ、逢里のお望み通り角部屋に案内される。接客業をする者の鑑たる態度に、明日の任務、もはや今日の事となってしまったが、それに対する意欲が昏昏と沸いてくる。
 
「それでは、失礼致します」
75度のお辞儀をする女将さんにこちらも挨拶を返し、長い1日と少しが、ようやく一段落する。
荷物を、既に敷かれた三つの布団に足元へと落す。
「ん?どうした」
少しばかり考え込んだ様子の綾音に問いかける。
「……部屋、三人一緒だったのね」
「あぁ……そうゆう事ね」
「ま、この際仕方ないわね。別の部屋にしてもらうにも女将さんに迷惑だろうし」
「そこは、健慈の馬鹿野郎を恨むしかないな」
部屋が1つと言っても、六畳間ごとに区切りは存在する。ならまだ大丈夫だろう……そう思った、矢先。
「あ……」
再び、何かを考えついたような声を挙げる綾音。
「今度は……何だよ……」
その答えは、結果的に男2人を絶望の淵、現実的にいうと寒空の下へと落すものであった。
「どうしよ……私、シャワー浴びたいんだけど……」
「いや……浴びれば良いんじゃ……」
「……………………」
その有無を言わせぬジト目から送られる視線に、何かを感じる彼方。
「…………いや!別に変なことしねぇよ!?」
それに同じく、シャワーではなく視線を浴びる逢里が応える。
「……乙女の心はどんな数式より難しいんだよ。あ、関数解けない彼方には分からないかもだけど」
「うるせえよ!分かったよ、部屋から出てればいいんだろ!?」
すごすごと部屋から退散する。
……それは部屋に案内され、僅か5分足らずの事であった。
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 
「さぁぁぁぁぁあみぃぃぃぃぃぃいいい!」
「誰だよ……コンビニ行こうとか言ったの……」
「俺だけどさぁぁぁあ!」
静まり返った居住区で叫びをあげるのは、髪色が夜空と同化している少年。
「てゆうか、あいつはいつまで風呂入ってんだよ!かれこれ30分は経ってるぞ!」
「そんなもんでしょ……女の子のシャワーなんて」
「まずゲートの建物にもシャワーあっただろ!?何で今になって……」
「そんな所にしときなよ。僕等と同室な事許してくれたんだし」
テンションの全くちがう2人が夜の街を徘徊しているこの状況は、傍から見たら随分と珍奇なものであろう。
シャワーに入りたいと言い出した綾音からは、「出たら連絡する」と言い俺達を部屋から追い出したっきり連絡が無い。しかも鍵を預かっているのは綾音であり(追い出されたあと気付いた)、入るに入れない、言わば締め出し状態である。
「新年早々凄まじい悪運だな……」
「それも君の日頃の行いだね」
「何したってんだ俺が……」
色々したような気がしなくもないが、この際もう考えないことにする。何より寒い。
「ま、流石にそろそろ出るでしょ。もう向かっとこうか」
「そうだな」
先程入ってきたゲートを、行きと違い右側ではなく、今度は左方向へと向かい突き当たりへ。よく見るコンビニエンスストアである。
大戦前は多くのの運営会社があったようだが、今や1つに経営合併したそこで飲み物などの物資を調達した俺達は、時間をつぶすべく近くの公園へと足を向け、そこで寒さを堪能していた。
……とんだドMである。
「でもさ、珍しいよね。公園があるなんてさ。東京じゃ、敷地の有効活用とかで屋内にしか無いし」
「あー。そーいゃ見たことねえな。それに…やっぱ外だと錆びるんだな遊具」
体を動かすべくブランコに飛び乗った俺の手には、茶色い粉がしっかりと付着していた。それを洗うべく手洗場の蛇口を捻るが、その水の冷たいこと。もちろん、うきゃ!という猿めいた声を挙げた。
「いよっ!」
飲みきったペットボトルの空を、見据える鉄籠へと投げ入れる。ストライクになったのを確認し、腰を上げる。
「室内じゃ滅多に錆びないからね。水場でもなきゃ」
同じく立ち上がった逢里と共に、暗い道を歩み始める。
「帰りまた寄っていい?コンビニ」
「僕も行こうと思ってたし。そうしようか」
住宅街を抜け、目的地のある商店街の並びへ。煌煌と光を放つ建物の前に辿り着き、暑いほどに空調の効いた店内へ。
「逢里隊員、緑茶を6本頼む!俺はアイスを取ってくる!」
「あんなに食べたのにまだ食べるの?まあいいけど」
一目散にアイスのコーナーへ。覗き込む冷凍庫の中には、当たり前だが数十種類のパッケージが軒を連ねる。これが過去に更に数メーカー分種類があったと思うと、タイムスリップしてでも買いに行きたくなることがある。
「さっきこれは食ったから……これにするか」
この時期らしく、苺大福を象った商品を手に取る。だが、毎度の如くアイス買うのには理由がある。実はこれ、学園に経費として落とせるのだ。「アイスも経費で落とせんじゃね?」という健慈の言葉を信用し、いつもの様に飲み物と共に会計を済ませるべく、友を呼ぶ。
「逢里、まとめて会計頼………」
いつもなら、やる気のない返事―――何かしらの反応と共にこちらへ寄ってくる相方だが、
「……は?」
振り向くも、その影形はない。とゆうか、景色が……ない。背後にあったはずのインスタント食品の棚でさえ、その形が消失している。
「あー、早く寝ないとな……幻覚が見える……」
グネグネと歪む空間と、暗闇に雲が浮かんだような背景。
「おい逢里、ちょっと……肩貸してくれ……目眩が……」
強く目を瞑る。それと同時に深呼吸をし、少しでも症状を緩和すべく、体に働きかける。
「んぁ?」
だが……再び開いた目も、同じ風景を映し出す。
「意識失ったのか?俺……。なにそれ重症じゃん……」
任務中にやらかしてくれるな……と、少しばかり自分の体に落胆する。思えば酷使した体だ。無理もない。だが……
『……馬鹿を言うでないわ。お前の意思も存在も、しっかりとここにあるわ』
その自虐を受け止めたのは俺自身ではなく___
あの___正真正銘天、の声。心に響く、その声であった。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。
 




