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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
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8話:喧騒と平穏の狭間で


アイスクリーム禁止令を何とかして回避すべく、佐倉彼方は居合わせたある”人物”に助けを求めるのであった。


果たして、その人の技量は如何に___


やはり、彼女の手を借りて正解だったようだと、目の前で繰り広げる光景に確信を持った。


「よーくこんなになるまで放っておいたね~」


 それに、だろ~?と得意気に胸を張る俺に、ブスリと突っ込みが刺さる。


 「仮にいっとくけど……誉めてないよ?」


 恐ろしい。この際、負の意味ではなく正の意味で。


 「ほら、お兄ちゃんも働いてよ!」


 そう言いつつ、恐ろしい速度で物の山を切り崩していくのは他でもない。俺の妹である佐倉さくら姫乃ひめの、その人である。

これは猫の手どころではない、千手観音も驚きの手数だ。


 (この速度なら、1時前には終わりそうだな)


 作業を初めて三十分ほど経過した今、俺はソファーの左半分を占拠していた資料、実際は半分以上が成績不良者への課題であるが。それを、勿論すべて終了済み、であるそれを、必要か否かを判断し分別する作業に追われていた。

 不要と判断され重ねられたそれは、一定の厚みになると消えていく。もちろんその先、まとめる、縛る、重ねる、の行程を担うのは俺の、出来た妹である。


 「うーん。一家に1台、いや2、3人は欲しいな」


 それに加え、ベット周りや机周辺の整理も同時にやってのけている。恐ろしい性能だ。


 「そうしてあげたいのは山々なんだけどさ……」


 それにただただ感嘆し、通販番組を見て呟く主婦のような台詞を口にする俺に、不適な笑みを浮かべる。


 「残念だけどそれは無理かなぁ」


 「いや……それはさすがにヒモ過ぎるでしょ……」


 そう言いつつも、当然の事ながら落胆を隠せない俺に救いの手、いや妹の手が差し伸べられる。


 「うーんそうだなぁ。お兄ちゃんが泣いて喚いて土下座して……あ、あと毎日カフェで何か奢ってくれたら、考えなくもないかも」


 「毎日奢りで済むならまだしも…てか土下座してまで頼むって…もうそれ、ただのダメ人間じゃん……」


 「うん。じゃあ土下座は許してあげる。その代わり、後で奢ってね♪」


不意打ち。

(乗せられたのか、この俺が……!)


 と、そう思ったときにはもう遅いが、俺のために忙しい時間を割いてくれているのだ。それくらいは恩を返しても損はすまい。


 「じゃあ一杯だけ……」


 「えぇ?」


 「いや!前みたいに一日中奢るとか無理だよ!?」


 やはり今回も、俺の財布に冬が来るまで堪能する予定だったらしい。あの一瞬で、技能大会優勝景品が吹き飛んだ悪夢を思い出す。

まあその時は筆記試験の前日、みっちり仕込んで頂いた借りを返した、と言うのが真実であるが。


 「ケチー!」


 そうぷぅーと、頬を膨らませる姫乃は、こう見えて戦後の日本を支えた大手企業、その社長令嬢である。まあ俺も戸籍上は息子にあたるが、その自覚はほぼ無い。


 まあそんな境遇のため、これでもか!と言うほど英才教育を受けてきている。養子として引き取られた俺はともかく、同じ富裕層の子どもとして、俺と同じく養子である綾音とは大きな、とまでは言わなくとも、立ち振舞いに明確な差が生まれてしまっている。

 昂ると地が出る綾音と違い、日常生活の中あるいは公の場で、姫乃は俺の事を、親しく【お兄ちゃん】とは呼ばない。そしてこんなに甘えた言動もとることはない。もちろん二人きりの時は除いて、だが。


 「あの時は景品を貰ったから出来たんであってだな……て言うか、お前だって俺と同じくらい……いやそれ以上に小遣い貰ってるだろ!それ使おうとは思わないの!?」


 それに姫乃は、うっ、と怖じ気づく。それを好機と見て捲し立てる。


 「だろ?出すところはしっかり出す、それが正しい男のあり方だ」

 

 と、綺麗事を口にする。だが、


 「うー。だってお金はちゃんと貯めときなさいってママに言われて……あ、けど私、男の子じゃないから出さなくて良いんだよね?」


 「あ……いや……。お、俺だって貯金ぐらいしたいよ!?」


 ハメられた……。と言うか自滅。

 後悔と自分の言語力のなさにげんなりするが、同時にアイス需要が増す夏に備えての貯蓄、それに対する不安も脳裏をよぎった。

 まあ姫乃のお陰で、筆記試験は赤点ギリギリのラインを保持できているといっても良い。この事実は受け止めようではないか。


 「全く…分かったよ。3杯までな」


 「やったぁ!じゃあついでにケーキも……」


 「付けません!」


 むぅー。とふくれる姫乃をよそに、もう無駄なことは言わない方がいい。そう自分に言い聞かせ、逢里に送った時間に間に合わせるべく、手を進める。端末には鬼のように着信、メッセージが届いているだろうが、どうせ煽り性能の高い文面だ。シカト一本に絞り、作業に集中する。そしてやがて、


 「おっ。これで最後みたいだな」


 始めに比べ、明らかに視界が広がった部屋を見渡すと、山のようにあった紙類、無造作に取り込まれっぱなしだった衣類、その他諸々、綺麗サッパリなくなっている事に気づいた。


 「やっと終わりが見えたね。あー疲れた」


 その通りだ。自分の部屋がこんなにも広いとは思いもよらなかった。ここで部屋と同様、スッキリしたように感じる脳に、本来の予定が蘇る。


 「なあ姫乃?」


 先程の、姫乃と従者の二人の会話を思い出す。


 「これ終わったら部屋に逢里たち呼んでくる予定なんだけど、先にお前を部屋まで送ってた方が良いよな?」


 先程従者たちを帰してしまった為、帰路に不安が残る。

それに、


 「んーどうしよ。もうしばらく時間あるから……」


 チラリとこちらを見る。そして


 「逢里さんと綾音さん、たぶん怒ってるでしょ?」


 逢里はそうでもないだろうが……問題は綾音だ。最初に送られてきた、鬼面の映った画像を思い出す。


 「たぶんな。着信ほぼ無視してたし」


 夏の心霊特番よりも怖いであろうお説教、かつ実力行使に怯える俺に、姫乃はこう、ありがたい?言葉を述べられた。


 「言い訳のお手伝い、してあげよっか?」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 先刻の会話に生まれた、はてなマークの理由。

 それは大体想像はしていた、カフェで待つ二人の反応、そして……


 「…………」


 片付けが終わると同時に、開け放っていた窓をピシャリと閉め、ほぼ100分ぶりの全力ダッシュで辿り着いた先には、あの画像と同じ、貴族・・ではなく、鬼族・・が待ち構えていた。


 「……終ったの?」


 冷たい声音が鼓膜を震わせる。


 「…はい。滞りなく」


 「私たちの一時間半は、滞り続けてたんだけど」


 「はい。申し訳ありません…」


 「私たちだけじゃない、姫乃ちゃんも」


 「誠に、申し訳ありませんでした」


 心からの全力の謝罪に、少しばかり鬼気ききが弱まる。

 俺がこうまで全力謝罪少年にならざるを得ない理由。それは俺の斜め後ろでぷるぷると震える少女にある。

 ぷるぷると怯えるそれは、恐らく圧倒的なまでの綾音オーラに押しつぶられてしまったのであろう。物のひとつも言えないほどに固まってしまっている。これがお前の作戦か!?とも最初思ったがそれもやはり違うようだ。

 いつもの事ながら、この鬼と化した綾音に対する耐性が、一向につく気配の姫乃に、逢里が同情の眼差しを向ける。


 「大丈夫?ごめんね、恐いお姉さんで」


 「あ、ひゃい!」


 逢里の問いに不意を突かれ変な声を出す。授業で突然指名されてしまった子のように。


 「……いくら私でも、妹さんに何かしようなんて思わないわよ……」


 やめろ!それ以上煽るな!先が恐いぞ!そんな俺の視線を感じたのか、ジロリと鬼に睨まれていた逢里は、大人しく携帯の画面に目を戻す。


 「お、お兄様も反省しているみたいなので……どうか許してあげてくれませんか?」


 逢里の同情に少しばかり緊張がほぐれたのか、ようやく俺の味方が論争に参戦する。


 「妹にここまで言わせて……」


 「面目次第も、ございません」


 今年もう何回謝ったかな俺。そんなことを思うがとりあえず謝る。ひたすら。


 「半日たってもまったく話が進んでないじゃない。もー……しっかりしてよ……まったく」


 「…努力します」


 「また曖昧な返事して……まあいいわ。行きましょ」


 恐らく許された、と思って良いだろう。物事はポジティブにとらえよう。それが俺のポリシーの一つだ。


 そんな俺をよそに、飲んでいたカップをカウンターへ持っていく二人。何とか爆弾の処理を終え、安堵のため息と同時に立ち上がる。その間際、斜め後方から、クイッと袖を引かれる。


 「……」


 姫乃だ。今だ上手く開かない口の代わりに、必死に何かを瞳で訴えている。まだ僅かに強張るその手から、ある約束を思い出す。


 「そうか……そういえば…」


 こくりと頷く姫乃は、俺の口からこぼれた言葉に笑みを返す。どうやら当たりくじを引けたようだ。


 「ほら」


 それにいざ出番だ!と言わんばかりに、左ポケットから取り出したICカードを握らせる。


 「……!あれ、これって…」


 数分前、あの最後の紙の束からポロリと出てきたものだ。


 「昨日貰ったやつ。掃除した時出てきたんだ。悪かったな、色々手間掛けさせて」


 昨日、あまりの疲労にベット脇に放り投げたそれは、昔使った物と同様、ワンデーブレイク・パスポートだ。

 文字通りカフェテリアの飲食物が3人に限り飲み放題になる、という夢のパスポートだ。有効期限は初回使用から24時間。夢の国へのパスポートであるこれを捨てなくて何よりだが、その人数がなぜ3人かは、知る余地もない。


 「明日か明後日休みなんだろ?従者の二人と楽しくやってくれよ」


 「…うん。ありがと。おにいちゃ……お兄様」


 満面の笑みを浮かべてそう言う。途中舌が滑りかけていたが、なんとか誤魔化したようだ。いったいこの笑顔に幾らの値が付くのだろうか、測定不明である。


 「彼方ー!早くいくよー!」


 「あーい」


 適当な返事をしながら、妹に余計な世話を焼いてやる。


 「あんま食い過ぎんなよ?」


 「ふふっ。…分かってます。御兄様ほど、誘惑に弱くないので」


 それならば、前回のあれは一体何だったのだろうか。そんな思考はさておき、姫乃はすっかり調子を戻したようだ。我が妹はこうでなければ始まらない。


 「よーし行くか。お前の部屋、別館だよな?」


 約束を全うすべく問いかけるが、ふるふると首を横に振られる。


 「いえ。私は大丈夫です。それよりも…あの二人にこれ以上迷惑をかけないで下さいね」


 そう切り返され、ふと横目でカウンターに目をやる。


 「ああ。お前がそう言うんならそうするよ。でもなぁ……」


 「大丈夫です。さあ、行きますよ!」


 心配をよそに姫乃は俺の腕をがっしりと掴み、引っ張りながら走り出す。とんだおてんば少女だ。

 小走りで二人に追い付くや否や、綾音に脇腹をつねられ、それに便乗した逢里にも肩をド突かれる。


 「イテッ、分かったってば!叩くなつねるな引っ張るな!」


 怒濤の突っ込みを見せる俺を、からかうように逢里が言う。


 「突っ込みが忙しいみたいだね。手伝おうか?」


 「原因のひとつはお前だろうが!」


 カフェテリアから漂う芳香が薄れゆく中、騒がしい一行は俺の部屋を目指し、足を進み始めた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 俺と2つ年齢としの離れた妹である姫乃は、俺と同じく鳳凰学園中等部に在籍している。学年はもちろん二つ下。

1練生は屋外での任務がほとんどない為校舎が離れており、講義がある度に本館までの長距離移動を余儀なくされている。

 いっそ別館でやれば良いのになぁ、とつくずく思うが、等の本人は三階の渡り廊下に差し掛かった辺りで振り返り、ペコリと腰を折った。


 「ここまでで大丈夫です。御兄様、先輩方。お忙しい中、お見送りありがとうございます」


 久々に聞いた清々しい丁寧語に、


 「こちらこそ、ありがとう。姫乃ちゃんが手伝ってくれてなかったら今頃、彼方部屋で伸びてたかもしれないし」


 「うーん。妹さんの方が、しっかりしてるね」


 「………」


 まったくだ。こんど遊園地でも連れて行ってやるか、と心中で計画を練る。きっとまだ楽しんでくれる年だろう。俺でも日々を忘れられる程に楽しめるのだから。


 「それでは皆さん、失礼します」


 再びペコリとお辞儀をし、ポニーテールを揺らして走り去っていく。その背中が消える前に、


 「お騒がせいたしまして。この度は」


 「お辞儀しないの?君は」


 「腰が砕けるほどしたろ……さっき」


 と謝罪を述べるが、一応味方であった姫乃の離脱により、戦況はかなり劣勢になってしまったようだ。


 「もう寄り道はたくさん。さ、行きましょ」


 「うーい」


 無気力きわまりない男性陣の返事を横目に、グングンと廊下を進む綾音。その後ろ姿に、ふと思ったことを口にする。


 「あーそんで、暇してたお前らは資料、読んでたのか?」


 「私怠け者じゃないもの。てゆうか暇の原因は誰?」


 「はい、ボクですごめんなさい……」


 長い道のりだった。ようやく到着した部屋の鍵を明け、ソファーにへたり込む。出来た妹の清掃業務により、元の輝きを取り戻した、と言っても過言がないその見栄えに、あとから入ってきた二人も目を丸くする。


 「じゃあ早速、失礼して」


 一瞬の感嘆の後、早速俺の机に置かれたPCを立ち上げる逢里。この男、こう見えて機械に割りと強い。いつも通り手慣れた様子でカタカタと音を立て始める。


 「彼方が掃除に行く前、良い話と悪い話してたの覚えてる?」


 「ん?ああ。それが?」


 確か良い方が、期間がどうちゃら。そして進級イエーイ。そして悪い方が任務の難易度云々、だったか。


 「中々面倒臭いことになってるんだよ。これ見て」


 そう言い開いたのは先程、健慈ケンジから送られてきた資料だ。そこには去年の夏、討伐に失敗した大グマが映し出されていた。


 「…黒歴史を掘り返そうってか。ったく趣味が悪いぜ」


 「そうだったら面白かったんだけどね」


 面白くねぇよ!と言いたかったが墓穴を掘っても仕方がない。一泊置き、押し黙る俺と美しき我が部屋をキョロキョロと見渡す綾音に、解説が始まる。


 「正しくはこっち。コイツが最近居住地近くまで出没してるらしい。ランクも前回よりも一段上がってB。この時期だと虫はいないから、綾音には好都合かな」


 それを聞き、ふう。と胸を撫で下ろす綾音。それは俺も同じ感想なのだが、何故か得する人の中には含まれていない。


 「でもBとなると……俺らだけじゃ討伐は無理があるんじゃないか?」

 

 B。それは異進種いしんしゅと呼ばれる、過去の大戦によって撒き散らされた放射能やその他毒物によって、その細胞を変異させ、本来あるべき姿ではなくなったモノの総称であるそれに付けられたランクである。

要するに討伐する際の難度を示したもので、武装して戦闘体制を整えた人員が、その討伐におおよそ何人必要かでそれが決まる。Bとなると一般装備の隊員30人ほどが妥当なところだろうか。 勿論、それを逢里が1から説明するわけもなく話は進んでいく。


 「彼方でもそう言うんだから、少し無理があるんじゃない?」


 俺でも、とはどういう意味なのか。目測で物事を測れない俺に対する当てつけか、と一瞬考えるが、それよりも……

任務内容が不透明すぎる気がする。わざわざそんな任務ものが俺たちに回ってくるはずがないのだから。危険をおかすのは、愛するアイスを調達する道すがらだけで十分だ。


 「僕もそう思ったんだけどさ。この任務、討伐じゃなくて発見までが僕らの出番みたいなんだよね」


 ほう。出番が短いのは怠惰な俺にとって好都合だ。だがそれでもやはり、疑問が残る。


 「何でこんな難度の高い仕事が俺らに回ってくるんだ?それこそ高等部の連中、S課辺りに任せておけば良い話で……」


 本来、ランクBが標的ターゲットという、高難度ミッションを中等部に任せるには、余りにも危険度リスクが高すぎる、と俺は思うのだ。それは2人も少なからず思っている事だろう。

去年の夏のように最悪撤退、もしくはそれすらできない可能性もある。


(それがなぜ、俺たちに……。)


 そんな思惑を走らせるなか、とんでもないことが告げられる。


 「…あ、…さっきの進学の話だけど、その僕たちの進級先、君が言ってたS課らしいよ?」


 「…はぁ!?」


 もう何度目であろうか、この感嘆詩を使うのは。


 「んな、それ……何かの間違えなんじゃ……」


 「ないよ。ほらここ」


 指差された名簿それには、しっかりと3人の名前が刻まれている。


 「選考基準が分からねえ……」


 このS課、入りたいと心から思って行くものはどれだけいるだろうか。


 「俺が何したっつんだ…俺が何を……」


 「結構やらかしてると思うけどね?」


 「雀の涙程ですよ?まったく……」


 ここまでの落胆を俺に与えるS課。その原因は俺の大嫌いな三条件にある。

 ひとつ。階級制、身分による差別があるという点。

 ふたつ。この十分広い中等部演習練よりも規模が大きく、移動が億劫。これは課に関わらず高等練の話だが。

 みっつ。これが一番重要。高等練は、組織【Skuld】の持つ敷地の中心に練があるため、アイスの買い出しに時間がかかる。やはり億劫。


 この三点、その内2つは完全に私情だがそれを踏まえ、感想を口にする。


 「……生き地獄だぁ……」


 「うっさいわね!もうアンタそこで寝てなさいよ」


 ばふっ。

 俺の思考を恐らく読んだであろう綾音から投擲されたクッションに、顔面を打ち付けられながら思う。


 はいはい…冗談は以上です、と


 顔面にのしかかるクッションをどけ、ムクりと起き上がる。


「んで、詳細プリーズ」


 ここで、逢里から話された事をまとめる。

対象に対して行う行動は無力化、そして捕縛。これは増えすぎた異進種の減少、そして相反して減ってしまった原産種の保護のためだ。これには動物愛護団体も手を叩いて喜ぶことだろう。次に、難易度及び危険地帯について、及び被害状況などの説明が出た。そして最後に、地獄の進級先通知。

 いつもの事だが俺の抵抗は無かったことにされている。中々ひどい扱いだが、正直もう慣れた。


 「期間は……明日の正午に現地集合らしい。任務自体は発見次第引き継ぎするから報告書の提出は無し。持ち物は…」


 「おいおい、修学旅行じゃないんだからさ……」


 苦笑と共に口にする。


 「その修学旅行に遅刻したの何処どこ何奴どいつだっけ?」


 無論、俺である。馬鹿げた原因の落胆は流され、相変わらず俺に向けて毒が吐かれる。


 「はいはい。喧嘩はもうおしまい。ここからは団体行動だから仲良くね」


 逢里の正論を利用し、俺を嘲笑う2流お嬢様を、ここぞとばかりにからかう。


 「仲良く、出来るかな?出来るよね?」


 からかわれる本人曰く、完全にブーメランとでも言いたそうな顔だ。


 「…うん。アンタが…黙ってればね」


 笑顔の下に隠された恐ろしい鬼面に気づく。


 「ごめんなさい。黙ってます。ハイ」


 あっさりと敗北する俺に、ため息が横で聞こえた気がするが、無視して質問する。


 「それはそうと、肝心の派遣場所のこと聞いてないんだけど」


 「あぁ、そう言えばまだだったね」


 今の日本で人口が集まっているのはやはり東京、大まかに装って関東と言ったところだ。当たり前だがその近辺に居住エリアも密集している。


 「えっと。そうここ、居住区第52番東門前」


 50番台となれば埼玉方面である。電力の限られている今、始発である七時台最終の列車までには乗らなくてはなるまい。

 今日の夜はアイスに舌鼓する暇はなさそうだ。


 「彼方のことだから武器とウェアと靴、フル装備で寝た方がいいね」


 「安眠妨害もほどがあるぞ……」


 「どうせ寝れないんでしょ?遠足前の小学生みたいに」


 「お前の脳内の俺はいったい何歳なんだよ……」


 散々に言われる俺を他所に、確認事項はそんなところだと言わんばかりに逢里が資料の冊子を閉じる。


 「ま、しっかり寝といてね。またいつ蜂に襲われないとも限らないし」


 「今1月なんですけど……!」


 しばらくこんな会話もお預けのようだ。そしてアイスも。あ、そう言えばトリプルベリー忘れてたな……。

 そう沸き上がる衝動を噛み殺し、この会合を締めるべく口を開く。


 「……何はともあれ、また無事に帰ってきて打ち上げでもしようぜ。な!」


 よし。上手く締めた!と思ったのもつかの間。


 「そうだね。その時はなんか食べに行こうか。彼方の奢りで」


 「それ採用!私イタリアンが良いなぁ」


 「いや良くねえから!」


 そんな俺の叫びをよそに、静かに、ではないが新年最初の作戦会議は、幕を閉じたのであった。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 薄暗く、それでいてひんやりと冷たい部屋の中、俺はやはり眠れずにいた。時計の針は、2つとも僅かに12を過ぎた頃である。珍しく翌日の準備を完璧にした俺は、毛布にくるまり、只一つの事に意識を向けていた。


 「父さん……母さん……」


 その言葉の表す両親とは、養子として引き取られた姫乃の実の父親、そして母親に向けられたもの、ではない。

 今も地方で暮らしているであろう、俺の実の両親だ。その二人から授かった言葉。


 (生きろ。その意味と共に。)


 それが脳内に未だしっかりと鎮座する。


 「生きる意味……まだ見つけられてねえなぁ」


 任務をこなす、日常を過ごす。その中にまだ見出だせてはいないもの、生の意味。逢里や綾音、姫乃の存在でさえ、俺のなかでそれを決定付けるのには足りなかった。

 今の俺は只、生きているだけだ。


 「……」


 この疲れ、重さは一体何なのだろう。いまだに残るこれを、明日に引きずりたくはないが。


 「……」


 瞳を閉じる。あの時失ったもの、得られたもの。圧倒的に前者の方が多い。なのに。


 「……」


 浮かぶのは、今に生きる者達の顔だけだ。

 過去は、変わらない。変えられない。なら今を、生きるしかない。たとえ意味なんてなくとも。そう決意し、この場所にやって来た。なのに……


 いつのまにか再び開いていた瞳を閉じた。それでさえ、無意味に感じながら。



 

 このときの俺は、まだ知らない。このとき得られていなかった、意味の有りすぎるほどの重みを、背負うことになる事を。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 

 「……ちゃん!」



 声が、聞こえる。



 「……いちゃん!」



 段々と強くなるその声に、意識が覚醒した。


 「お兄ちゃん!」


 「姫…乃…」


 俺のとなり、と言っても添い寝ではない。ベットの淵に腰掛ける、銀髪の少女。その髪は、開け放たれたカーテンから差し込む光によって、キラキラと輝いている。


 「よかった〜起きてくれて。そろそろ時間だよ?」


 時間という単語に、反射的に時計を見る。丁度、6と7の間に短針が置かれている。


 「おお、サンキュ?」


 「…何で疑問系なの?」


 疑問系に疑問系で返される。だが、こちらの疑問は単純明白だ。


 「ああ、いや。何で俺の予定知ってんの?」


 その俺の問いに、笑顔で答える。その表情が眩しいのか、はたまた銀髪による朝日の反射が眩しいのか。


 「しっかり綾音さんから聞いてるよ?お兄ちゃん__寝坊の常習犯だからって」


 「手回しが早いなぁ……」


 結局のところ、綾音も俺を気には止めてくれているらしい。あれだけ邪険に扱っても心根はそうらしい。

 ゆっくりと体を起こす。


 「……」


 昨日とは違い、清々しい目覚めだ。昨日が誰のせいで悪いとは言わないが。


 「行くか……」


 そう、一歩を踏み出す。

 冷たい床に、意識を完全に目覚めさせられる。大きなあくびと共に伸びをする。


 「結構疲れてるみたいだけど…大丈夫?」


 もちろんこの子も……姫乃も、少なからず俺の事を思って接してくれている。


 「心配すんなって。またすぐ……帰ってくるからさ」


 「うん。つ、次は一緒に………」


 何かを言いたげだったが口をつぐんでしまう。追求はしない代わりに、その頭をわしゃわしゃと撫でる。


 「な……何ぃ?…」


 妹の髪を存分に乱した後、寝巻きの裾をたくし上げながら繋げる。


 「起こしてくれてありがとな。もう目ぇ覚めたから大丈夫だ。それに着替えたいし……」


 「…!うん。じゃあ、頑張ってね」


 頬を少し赤く染め、走り去っていくその背中を見つめながら1つだけ、心に止めた思いがあった。それは姫乃の両親の言葉。

「何かあれば、姫乃を頼むぞ」と。もちろん言われなくともそうするつもりだ。だから……


 「うっし!」


 そう気合いを入れ自らの頬を叩く。


 着替え、荷物を抱え、踏み出す。


 自分の生きる意味を探す。そう思いを込めた、第一歩を。




coming soon

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