別れと出会い。
気を付け、礼。
着席。
いつもの学園生活を送る。
私は神谷莉依。
普段はなかなか本性は出さず、おっとり路線をキープしているつもりだが、幼馴染の前では本当の自分を曝け出している…つもりである。
唯一のコンプレックスは、誰に似たんだが分からない巨大な胸。
特に遺伝というわけでもなく、思い当たる節はない。
食べたいものをモリモリ食べていたら、お腹周りじゃなく、胸だけ成長していったようだ。
周りの女子から、とても見てられない痛い視線を毎回受ける。
それ以外は、何もいつもと変わらない。
本当に何も。
そしてそのままこの生活が変わることはないと思っていた。この平凡な学園生活のまま。
でも、突然そんな平凡な学園生活が変わる時が来た。
突然、担任の通称ミチコちゃんが自宅のマンションから飛び降り自殺をした。
それも昨日。
昨日は、せっかく日曜日っていうことで家でゴロゴロしていた。
そんな時、テレビの速報で思わず絶句した。
「本日午前11時過ぎ、都内のマンションの屋上から私立教諭の佐久間倫子さん(26歳)が自殺を図った模様。
全身を強く打っており、搬送された病院で彼女の死亡が確認されました。
彼女の部屋からは遺書も見つかっており、自殺とみて捜査を進めております。」
その日の夜には遺書から原因は彼氏の浮気により、ミチコちゃんが耐え切れなくなり自殺に至ったと報道されていた。
当の彼氏は、弁護士までつけて自分の無罪をアピールしようと裁判まで起こそうとしている。
もちろん世間の声は亡くなった彼女を擁護する意見ばかりだ。
私たちが見ていた先生の顔はとてもそんな心に闇のあるようには見えなかった。
周りの男子は、そんなことで自殺するとか心狭いとか言っているけど、ミチコちゃんはそれでも悩んでいたんだ。
私たちに本当にそんな素振りを一切見せなかったから、本当につらかったんだなって思えた。
生徒とも仲の良かったミチコちゃんの死は、学年を超えて衝撃を与えた。
どこのクラスも生徒の心のケアで忙しなかった。
そんな困難の中、新しい先生がやってきた。
『今日からこのクラスを担当することになった坂城貴以だ。
昨日の今日でまだまだ心が落ち着かないと思うが、ゆっくりでいいから、慣れていこう。
何か困ったら、すぐに伝えてくれ。』
本当に昨日の今日でよく急きょ担任の先生が見つかったなって思う。
新しく入ってきた坂城先生は、とてもハキハキしていて、今のこのどんよりとした空気を変えてくれる、そんな力を秘めた人に思えた。
後は、顔はそこそこイケメン。
別にタイプって程でもないけど、なんか心強かった。
まあ、周りのクラスには受けは良かったけど…。
休み時間、坂城先生は生徒一人一人に面談ということで、生徒指導室に生徒を招き入れていた。
なんでも、学年会議での決まりとか言っていた。
私は名前順的に後ろのほうだから、まだまだ呼ばれることもなく、隣のクラスへと入っていた。
「愛莉。元気にしてる?」
隣のクラスの小林愛莉とは、幼稚園からの幼馴染である。しかし、今回のミチコちゃんの死で精神的にダメージを負っていた。
[莉依は平気なの?]
「平気じゃないけど、落ち込んでいても仕方ないし。ミチコちゃんの分まで生きなきゃって思っている。
男ってどうして、女の気持ちを分からないかな。女はこう見えて繊細な生き物なのに…」
[莉依は相変わらずだね。でも、ホント、男って単純!]
普段おとなしい愛莉がそんなセリフを言ってしまったもんだから、隣に座っていた須藤君はその場にたじろいていた。
きっと須藤君には思い当たる節があったんだろう。
そんなこんなであっという間に休み時間は終わり、そして待ちに待った放課後。
愛莉が掃除で遅くなるって言ってたから、地下にある購買でオレンジジュースを買って待っていた。
『確か…神谷だよな。』
後ろを振り向くと、担任の坂城が立っていた。
「何か用ですか、それも初対面で呼び捨てとか。ミチコちゃんとは大違いですね。」
つい、本音が出てしまった。
『すまん。神谷さんは部活は入っていないのか?』
「急にさん付けとかキモいんだけどー。部活とか子供みたいに群がるのが嫌だから入ってない。」
『そうか、佐久間先生とはあだ名で呼び合う仲だったのか?』
「私たちの元担任のミチコちゃんは決して先生だからと言って威張ることもなく、何かあれば私たちの味方になってくれていた。
男子がやばいことをしていた時も怒鳴らずに、ちゃんと向き合ってくれた。
そんな先生を私たちは先生って呼ばずにあだ名で呼ぶことにした。
もちろん、先生は最初は謙遜していたけど、徐々にあだ名で呼ぶことに慣れてくれた。
私たちの学年のみならず、全学年でミチコちゃんのことが大好きだった。
辛いことも楽しいことも全部ミチコちゃんと歩んできた。
これからもずっと歩むと思っていた。でも…突然亡くなった。私たちはミチコちゃんのこと何も分かっていなかった。
分かろうともしなかった、自分たちの言いたいことで溢れていたから。
だから、私たちはとても後悔している。どうして、あの時、ミチコちゃんの話を聞いてあげようとしなかったんだろうって。」
ふと、自分の目から涙が出てきた。
押さえても、押さえても止まらない涙。
坂城先生は誰もいない購買のホールでそっと私を抱きしめた。
『そうか、そうだったんだな。神谷さん、ありがとう。
どの子に聞いても佐久間先生の事に関しては何も発しなかった。
ただ、私は僕は大丈夫です。他の子を気にしてあげてくださいとしか言わないんだ。
佐久間先生は本当に生徒思いな先生だったんだな。そして、その心は、ちゃんと、みんなの心に受け継がれている。
よく分かったよ。そして、泣くな。今は苦しいかもしれない。
でも、きっとお前たちの未来は明るい。
佐久間先生が切り開いてくれようとしていた未来をお前たちが閉ざしてどうする?
俺も手伝うから、だから、なあ?
泣くな、お前には笑顔のほうが似合ってる。
友達と笑い合っているあの笑顔が。』
私は人の気配を感じ、先生から離れた。
目の前にいたのは、愛莉だった。
『友達が来たな。気を付けて帰れよ。』
先生はそそくさに職員室につながる階段を駆け上がっていった。
[お待たせ…ごめんね。遅くなっちゃって。]
「ううん、大丈夫。」
[新しい担任の先生、どう?確か、坂城先生だったっけ?]
私は愛莉の言葉が頭に入ってこなかった。
新しく入ってきた先生の前で涙を流したところを見られ、あっちから抱きしめられた…。
自分史史上、男に抱きしめられたことなど一度たりともない。
家に帰るまで上の空だった。