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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七章 新たなる舞台
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珍客来訪

「吉田早之介です。お呼びとあって参りました」

「入れ」

 さゆりんは戸を開けるなり、おれのでこぼこ顔にぎょっとした。しかし、すぐに口端を歪め、小声でつぶやく。

「四郎次郎とかいう奉公人から聞いたで。ええ気味やないか。あんたの奥方は出来た女やな」

 戸を閉めておれの前にあぐらをかくと、

「何用でございますか」

 と、憎たらしいほどの吉田早之介への変わりぶりである。

 おれはシロジロに見せた計画書をさゆりんにも突き出した。さゆりんは眉をしかめながら計画書に視線の先をすべらせていく。

「へえ。あんたってほんまにこういう悪知恵は働くんやな」

「やめろ。早之介をやってろ」

「それで、これがなんでしょう」

 おれは膝をすすめ、さゆりんの耳にぼそぼそと告げた。シロジロだけだと不安だからバックアップしてやれと。

 さゆりんはのっぺりとした表情を向けてくる。

「いかほどくれるんです」

「なんだゼニゲバこの野郎。お前、おれの家臣なんだから無償でやれや」

「世の中そうそう甘くはありませんよ」

 おれは舌を打ち、さゆりんの手から計画書をひったくると、

「おれに入ってくるカネの五分までなら出してやる」

「一割ですね」

 おれはもう一度舌を打つ。忍びってこんなゼニゲバなのか? どいつもこいつもカネカネカネ。カネのことしか頭にねえ。

 とはいえ、女狐ヤクザのさゆりんがカネのために動くとなれば間違いはなさそうなので、しぶしぶ了承した。

「その代わり、お前、絶対に下手打つなよな。太郎とか梓殿とか、シロジロと住職以外の誰にも知られねえように振る舞えよ。お前に八十貫も払わなくちゃならなかったおかげでおれのお小遣いはなくなったんだからな。この元手はおれのなけなしのへそくりなんだからな。わかったか」

「おちゃのこさいさいや」

 さゆりんは不敵な笑みを浮かべて腰を上げると、部屋を出ていった。

 何がおちゃのこさいさいだ。摂津池田で下手を打ってしょげていたくせに。

 それはそうと、早之介は手元に置かせてくれと太郎に言わなくちゃならんから、何か口実を作らないとならない。

 足軽雑兵を岐阜で探させるでいいや。

 そんなこんなで事業は始まった。

 太郎が半左衛門と一緒に九之坪や沓掛に行ってくれているのは好都合だった。さゆりんやシロジロが屋敷と願福寺をしきりに往来しても、疑わしく思う人間は誰もいなかった。

 そして、願福寺のゼニゲバ坊主も乗り気になったようだった。一度きりの寄付を貰うよりも、宝くじを発行すれば半永久的に収入として入ってくるのだ。

 坊主のくせに金儲けとはどうかしているが、ビジネスに善人が加わるとろくなことがない。

 最初は訝しんでいたシロジロも吉田さゆりん早之介にたらしこめられて、すっかりビジネスマンの顔つきとなった。

「寄進札っていう名目にしたらどうッスかね」

 と、シロジロが目を輝かせながら言う。

 建前としては、それを買うことによって願福寺に寄進をすることだと。それならば、購入者の後ろめたさも解消される。

 その中でも幸運だった人間は仏の御加護でカネを得られる。

 外れてもなお、仏のためにしていること。いつかは御加護を得られるに違いない。

「いいじゃねえか」

 黒幕のおれが笑みを浮かべながらうなずくと、シロジロはにたにたと手を揉むのだった。

 やがては願福寺が宝くじをし始めたという噂が加納界隈で広がった。米が一升五十文であり、寄進札も百文である。百文が百貫文に化けるのかもしれないのだから、試しに買ってみようかという声があちこちであがるのも当然だった。

 さゆりんが忍びの力を発揮して噂を広めていたのも一役買っていた。

 一点、気がかりだったのは、信長が怒って事業を潰してくるんじゃないかだったが、音沙汰なしだった。

 それもそうだ。楽市楽座なんだから。

 まあ、あまりやりすぎると寺社の再建の名目があるとはいえ、信長に徴収されそうなので、年に二回ぐらい、サマージャンボ宝くじと年末ジャンボ宝くじの開催でとどめておこう。

 なにせ、信長はこの秋に上洛したさい、クローザやマリオなどを使わせて、京市中や近郊の寺社から銭貫文を徴収しまくっていたのである。何を隠そう信長がいちばんのゼニゲバなのである。堺の町には二万貫文を催促しているという話だから、やっていることはもはやヤクザだ。おれなんか可愛いもんだ。

 売り上げは二百貫文いくかいかないかということだった。支出は板きれと筆だけ。

 おれの手元に入ってくるのは三割の六十貫文前後。そのうち女狐ヤクザに一割、シロジロにも一割くれてやることにした。

 最初だからそんなもんだろう。二回目、三回目ともなれば百貫文当選したという事実が出来上がっているのだから、売り上げは倍増するはずだ。

 たといおれの儲けが六十貫文であれ、投資しているのは百貫文と材料費だけだ。宝くじを二回開催すればすぐに利益確定である。

 欲しいものリストを眺めながら、おれは笑いが止まらない。

 ところが、あれ以来、最愛の奥さんのご機嫌は斜めのままであった。あれだけおれをぶん殴ったというのに許してくれる素振りはまったくない。口もほとんどきいてくれず、うんとかすんとかぐらいである。

 寝床に忍び入っても、

「触るな」

 と、縄張りを守る雌ライオンのように唸るだけである。

「おい、お貞」

 おれはあずにゃんを赤ちゃんのころから見ているババアに頼むしかなかった。

「どうにかしてくれ。どうしてあんなに怒っているんだ。もういいだろう」

「私もそうしたいのですが、旦那様が誠心誠意、文を書いてもらえれば」

 おれは溜め息をつく。また手紙かと。


 梓殿


 おそれながら、あっしは心苦しくて仕方ありません。

 にこやかな梓殿に会いたいのです。

 あっしはとても反省しています。

 ずっと一人で過ちを後悔しました。

 さびしいです。許してください。


 牛太郎





 ある日、ねじり鉢巻きがたまにはクリツナに乗れと言い出した。

 それもそうだと思った。岐阜に戻ってきて一ヶ月近くになるが、ビジネスに夢中で武将であるのをついつい忘れていた。

 鉢巻きが寝そべっているクリツナを引き起こし、馬具を整えていく。腹帯を締めあげると、鉢巻きの補助でまたがる。

 ちょうど、あずにゃんが縁側を通った。立ち止まってじっとおれを見てくる。

「あ。ちょっと野駆けに行ってきます」

 あずにゃんは口を閉ざしたまま適当な具合でうなずき、すたすたと去っていく。

「ハア」

 おれの溜め息は空を覆う分厚い雲のようにして重い。

 のそのそと歩くクリツナの背中に揺られて屋敷町の通りを行き、城下も抜けて郊外に出てくる。

 口輪を取らず、隣でただ歩いているだけの鉢巻きが言う。

「旦那も一人でクリに乗れるようになってくれよ。クリはクロと違って誰の言うことでも聞くんだから」

「乗れてるじゃねえか」

「全速力で走るときもだよ」

「は? 湯村山のときみたいにか」

「そうだ。落ちなければいいだけだ。いや、そんときはクリが馬銜はみをがっちり噛むから、手綱は短く持ったほうがいいな」

 鉢巻きに言われて手綱を短く持つ。腰を入れろと言う。

「でも、おれがクリツナを全速力で走らせるときなんてあるかよ」

「追われているときはそうしないとまずいだろ」

 それもそうだ。山県クソ三郎みたいなバカが今後出現しないともかぎらない。

 稲葉山もだいぶ離れ、人気ひとけの少ない枯れ田の真ん中にやってくると、手綱を手繰ってクリツナを小走りに走らせる。クリツナはたてがみを揺らしながらのんびりと躍動する。

 これは慣れたもんである。すぐに曲がってくれる。田んぼの中を大きく旋回していく。

 枯れ田の畦で突っ立って眺めていた鉢巻きのもとに戻ってきて、手綱をぐいっと引けばすぐに止まる。

「じゃあ、腹を蹴ってみろよ」

「えー?」

 稲葉山のほうをぼけえと見つめているクリツナのたてがみを撫で、

「おい、クリツナ。頼むからあんまり暴れないでくれよ」

 言うものの、クリツナは曇天模様の景色をぼけえと眺めているだけである。

 再び手綱を手繰って小走りさせる。手綱をぐっと握りしめ、意を決して腹を叩く。そうしたら、ぐっと手綱を持ってかれた。首を前のめりに突き出したかと思えば、クリツナは一挙駆け出した。

「お、おいっ!」

 しがみついているのが精いっぱいのおれはビビって手綱を引く。が、クリツナのつんのめる力はものすごく、岩を引くような手綱の重さだった。おれはもう体ごと引っ張った。そうしたらクリツナは速度を緩めていくものの、首をぶるぶると振り乱しながら、おれと喧嘩するみたいにして、もうちっと走らせろとでも言わんばかりに手綱を揺さぶってくる。

 揺さぶられて、おれは落ちた。

「なんだよっ!」

 クリツナは止まったものの、弟のクロスケみたいに前脚後ろ脚をちゃかちゃかとダンスして、首を上下に振りながら何か言いたげである。

 鉢巻きが走ってき、おれはケツをさすりながらじゃじゃ馬に歩み寄っていく。

 と。

 今にも雨が降ってきそうな鬱々しい曇天模様の空の下、脚絆を身につけた旅装束の群れが道の向こうに立ち止まっている。こちらを見て、もしくはクリツナが暴れているのを警戒して止まっている様子でいた。

 ただの旅人ではないのが荷駄を担ぐ馬の数と人の数でわかる。騎馬は五頭ほど、人は三十人ほどだったろうか。

 誰だろうと思いつつも、鉢巻きの補助でクリツナに再度跨る。

 どうして離すんだ、怯えていたら駄目だろうと鉢巻きに指導されているあいだ、旅の一行はこちらに――、稲葉山の方向に歩みを進めてき、おそらく京都から戻ってきた重臣に違いない、おれはそんな連中からさっさと逃げようとしたが、クリツナが首を上下に振って言うことを聞かないでいた。

 しぶしぶ、鞍から下りた。クリツナを道端にどかし、おれは目礼して旅の一行が横切っていくのを待つ。

 具足を身につけた足軽や、編笠脚絆の武者たちが通り過ぎて行く。誰だろうと上目にうかがっていると、騎馬がおれの前で止まった。

「落馬などみっともないのは誰かと思えば――」

 と、騎馬武者が笑いを含めながらおれに言うので、顔を上げてみる。

「いつぞやの小僧か」

 山吹色の素襖につたの紋を散りばめているジジイは、松永弾正だった。

 おれはびっくりして思わず後ずさる。

 日焼け顔の蛇のうろこみたいな皺で出来上がっている弾正ジジイは、口端をにたにたと歪めている。

 弾正が止まったので、行列も止まり、からっ風に素襖の裾をなびかせながらも、弾正ジジイは英気ほどばしる瞳孔を大きく広げ、おれを挑発してくる。

「まるで元服を待っているわっぱのようだな」

「ど、どうもッス」

 おれは上目に睨めながらもとりあえず頭をちょこっと下げる。

「一見したところ、なかなかの駿馬のようだが、お主が跨るよりもお主が跨がられたほうがよいんじゃないか? ん?」

「い、いや、弾正殿はどうして岐阜に来てんスか」

 率直な疑問を口にすると、ジジイは、ふふん、と、笑う。

「上総介殿に戦勝報告よ。お主がこうして馬から落ちているあいだにも、わしは連戦連勝だったのだ」

「ああそうスか。それはようござんした」

「しかし、岐阜に入った途端にこんな忌々しい顔を見なければならんとは今日は厄日だ。ああ。さっさと行かんと厄が移ってしまう。ほれ、進め」

 弾正が言うと行列はまた進み出し、ジジイはけらけらと笑いながら稲葉山のほうへと去っていく。

 行列の背後に向けてペッと唾を吐いた。

「何が戦勝報告だ」

 摂津平定のち、京都に戻った信長に松永弾正は参上して、人質と九十九髪茄子を献上したそうなのだが、その後、織田の威光をかさにして息を吹き返し、大和国で暴れ回っていたらしい。

 それでもって、稀代の大悪党がわざわざ岐阜までやって来てご機嫌取りというわけだ。

 クソジジイが。ジジイらしくお茶でも点ててろってんだ。

 おれは苛立ちながらもクリツナに再び跨がり、弾正ジジイにバカにされた悔しさも込めて、もう一度クリツナの腹を蹴飛ばした。



 松永弾正の臭い息を吸ってしまったかもしれないので、稲葉山のふもとにある神社で厄除けのおはらいをしてもらった。

 翌日、願福寺で小坊主たちと一緒に寄進札を作成しているシロジロの働きぶりを覗き見したあと、加納の茶屋などを回って、それとなく寄進札を知っているかどうか聞いて回った。

 たいていの人間は知っており、購入した寄進札を見せてくる者もいた。

 しめしめとほくそ笑みながら屋敷町に戻ってくる。

 怒っているあずにゃんと同じ空気を吸っているのはつらいので、サルの屋敷に立ち寄る。

「またですか」

 と、寧々さんに訝しがられながらも、木下家の奉公人たちに混ざって昼メシをご馳走してもらう。

「どうして牛殿がしょっちゅう来るのか、あいりちゃんに訊きましたら、牛殿はなんでも梓殿と喧嘩しているみたいですね」

「喧嘩じゃないッスよ。一方的にぶん殴られただけッスよ」

「でも、お坊様を叩き捨てたようじゃない」

「叩き捨てただなんて人聞きの悪い。住職がつまずいて転んだだけッスよ」

「まことですかね」

 居心地が悪いので木下家をあとにし、ガキを相手にするのはいやだが木下家の隣のマタザの屋敷の門をくぐろうとした。

 すると、向かいのおれの屋敷の門前に大小帯びた武士が五人ぐらい立っていた。見慣れない連中だった。

 警備員など雇っていないはずなのに、そいつらは周囲を見渡しながら目を光らせているのである。

 何事かと思い歩み寄っていく。

「ここはあっしの家なんスけど、あんたたち誰ッスか」

「松永弾正忠が家臣でございます」

 おれは眉をしかめた。昨日、おれを見かけたからか、連中は姿勢を正して目礼してくる。

「いや。なんで、弾正殿のご家来方々があっしの家の警備員を」

 弾正が来ているからと言う。昨日、信長に参上したのち、信長手下の誰かにおれの家の在り処を聞いてやって来たのだと言う。

 まさか、カネの正体を暴露しに来たのでは。

 あわてて門をくぐり、庭に回っていくと、そこにも片膝をついて弾正の家臣が二人いた。おれは背すじを震わせながら縁側の向こうの広間に顔を向ける。

「遅いではないか。どこに行っていたのじゃ」

 と、あずにゃんにきつい目を向けられた。

 なんと、弾正ジジイはまるでテメエの家のようにして床の間を背にして座っており、あずにゃんと向かい合わせになってゆうゆうと白湯をすすっている。

「あいりに探しに行かせていたのじゃ」

「は、はあ」

 おれは草履を脱ぎ、偉っそうにしてあぐらをかいている弾正に警戒の視線を向けつつ、縁側から広間へと踏み入る。

「な、なんスか」

「なんだとはなんだ。わしは客だ」

 湯のみ茶碗を置くと、弾正は腕を組み、出来損ないのゴボウみてえな鼻をそそらせる。

「呼んでないッスよ」

「何を申しておるのじゃっ。無礼なっ」

 ぴしゃりとあずにゃんに叱られて、おれはあずにゃんの隣にしぶしぶ座る。腕組みの弾正はにたにたと笑っており、暴露してしまったのだろうか、おれは怯えながら弾正を上目にうかがう。

「聞けば、こちらの松永様は奈良の大大名様ではないか。そのような方に呼んでいないとは、そなたは何を考えておるんじゃ。――このたびは簗田をお世話頂いたようで、重ね重ね御礼を申し上げます」

 あずにゃんが両手をついて深々と頭を下げ、

「いやいや、奥方殿、もうよろしいのですぞ」

 と、弾正ジジイはやけに優しい好々爺みたいな声音を発するのだった。

「な、なんスかっ。何をしに来たんスかっ」

「岐阜見物だろうが」

 弾正はおれに言うときはどす黒い声を出す。

「このような夫ではございますが、これからもひとえによろしゅうお願い申し上げます」

「うむ。左様ですな」

 と、あずにゃんに言われれば弾正ジジイはにこにこと破顔する。

 あずにゃんが広間を去っていくと、すぐにつまらなそうな顔になり、白湯をずずっとすすって、チッ、と、舌打ちした。

「忌々しいの。お主にあんな美しい女房がおったとは。どうせろくなものではないと思っていたのに」

「だから、何しに来たんスか」

「見物だと言っておるだろうが」

 そう唸り上げたら、手にしていた湯のみ茶碗をかたむけ、そのまま底に残っていた白湯をおれの顔にぴしゃっと掛けてきた。

「なっ! 何をしやがんだこのジジイっ!」

「つまらんわ。帰る」

 おれが掌で顔のお湯を払っているあいだにもクソジジイは腰を上げて縁側に立っており、草履を履いて庭先に下りてしまった。

「ちょっと! なんなんスかっ!」

「何を騒いでおるんじゃっ!」

 奥のあずにゃんの部屋から金切り声が届いてきて、おれがぶるって立ちすくむと、弾正ジジイは庭先からにたにたと笑いながら見上げてくるのだった。

「なるほど、お主は尻に敷かれているか。フン。ざまあみろ」

「う、うるせえっ! だからなんだってんだっ!」

「己が器量にそぐわんものを娶るはいささか苦労するであろうなっ!」

 けらけらと高笑いを上げながら弾正ジジイは家来を引き連れて庭から出ていく。

 あずにゃんに何を吹き込んだのか、おれはあわててあずにゃんの部屋に押しかけていき、机の前で本を読んでいたあずにゃんの両肩を掴む。あずにゃんを振り返らせて、息を切らしながら見つめる。

「あ、あ、梓殿。あ、あいつ、梓殿に変な真似しなかったッスか」

 おれが押し迫ってくるものだから、あずにゃんは戸惑っていた。

「な、なんじゃ。変な真似など何もないわ。素晴らしい御仁であったではないか」

「あっしが来るまでのあいだ、何を話してたんスか」

「何をって、そなたが松永様のお城に来たことや、奈良のことや、あとは茶の湯のことも教えてもらったの。知性豊かな御仁であった」

「そ、そんだけッスか。なんか変なことを」

「何もないわ。なんなんじゃ」

「い、いや――」

 おれは手を離し、眉をひそめているあずにゃんの前に腰を下ろすと、なかばほっとし、なかばもやもやとする。

 だったら、それこそ本当にあのジジイは何をしに来たんだろうか。

 おれはあずにゃんに説明する。松永弾正という人間は稀代の大悪党と呼ばれるとても著名な危険人物だと。人を暗殺してのし上がった野郎だと。そんな大悪党がただ単に来てただ単に帰るはずがない。何かたくらんでいるから、もしも手紙とかが来ても無視してくれと。

「まことか? そのような御仁には見えなかったが」

「本当ですってば。太郎が九之坪から帰ってきたら訊いてみてくださいよ。あいつだって言うはずッスから。関わっちゃ駄目だって」

「しかし、亭主殿を褒めておったぞ。肝の据わった人物だと言って」

「だから、それは嘘ですって。何かたくらんでそんな嘘をついているんですって」

「うーん」

「帰り際だってあっしに罵声を飛ばしてきたんスからね。器量にそぐわない人を奥さんにすると苦労するだろうとか言ってあっしをバカにしてきたんスかんね」

 すると、おれの心配をよそに、あずにゃんは目尻をゆるめて、ふふ、と、笑う。

「ならば、わらわは器量よしか?」

「だから――」

「松永様は言うておった。人の器は茶碗と同じで、力を入れすぎてこねればいびつになる。力を入れなければ器にならない。女房は夫に厳しすぎても駄目だし、優しすぎても駄目だと」

 何を講釈垂れてやがんだ、あの悪党め。

 世間知らずのあずにゃんは大大名様とお話できたことでご機嫌であったが、おれは神社に行ってカネを払うと、神主に家まで来てもらっておはらいしてもらった。


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