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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七章 新たなる舞台
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寄進から鬼神

 夜、あずにゃんの部屋にお邪魔すると、長襦袢の上に夜着を肩から掛け流して目許に憂いをたずさえていた。

 おれが向かいに腰を下ろしてもちらりと視線を寄越してきただけで、二ヶ月ぶりだというのにつれない。

「どうしたんスか」

 あずにゃんは小さく首を振る。

「茶室のことスか」

 あずにゃんはじっと視線の先を落として何も応えず、口許をむすんだ。

「いや。まあ、使っちゃったっていうのはあれかもしれないッスけど、べつにあっしと太郎が喧嘩をしたのは梓殿が使っちゃったからというわけじゃないので。よくあることなんで」

 あずにゃんは微動だにせず、ただ押し黙っている。

 おれは溜め息をつきながらも梓殿と呼んで顔を覗き込む。あずにゃんはぷいっと顔をそむける。

 頬に落ちているあずにゃんの髪を指先でかきわける。

 落ち込んでいるようでいてどこかでは拗ねたような色を見せている瞳を眺めながら、この人は子供なんだなとおれは思った。可愛い人だとも思った。

 飽きもせずに髪を触っていると、あずにゃんは甘えるようにしておれにもたれかかってくる。おれに抱きついてくる。

「わらわが水を差してしまったようじゃ。せっかく亭主殿や太郎が帰ってきたというのに」

「そんなことありませんよ」

 あずにゃんの頭を抱え寄せ、その香りを吸い込んでいく。あずにゃんの甘く柔らかな香りで呪われた心が和らいでいく。

「太郎とあっしが喧嘩をするなんて昔からしょっちゅうなんスから。そんなことより、南近江のいくさのとき、あっしは槍で突っ込まれたんスけど、そのとき梓殿の顔がふとして浮かんだんスよ。そうしたら絶体絶命だったはずなのに、ささっとよけられたんス」

 すると、あずにゃんはおれに顔を持ち上げてきて、瞳を潤ませる。

「そんなに危ない目にあったのか?」

「よくあることッス。でも、梓殿を奥さんにしていなかったらどうなっていたことやら」

「嫌じゃ。そんなときにわらわを思い出してほしくない。そんな目にあってほしくない」

「じゃあ、どんなときに思い出せばいいッスか」

「いつもじゃ。いつも思い出しておくれ」

「矛盾してないッスかね」

「左様か?」

 あずにゃんは蕾のような唇を緩めながら、丸い瞳でおれを見つめてきていた。



 朝メシを食っていたら、昨日の夕飯はおれといっさい口をきかないでいた太郎が言う。

「半左衛門や早之介の住まいなど今日にはいろいろと済ませ、明日には兵卒は沓掛に戻ります。種橋殿が率いていってくださるので、拙者は大島殿とともに九之坪に立ち寄ります。父上もどうですか」

 おれは御飯を飲み込む。忙しいからと言って首を振る。

「ならば、半左衛門と早之介もともに連れていってもよろしいですか」

 里芋を飲み込み、そうしろと言ってうなずく。

「ちなみに忙しいとは、何をされるんですか」

「いろいろだ」

 太郎はおれに呆れているようで、それ以上うるさく訊いてこなかった。

 朝食を済ませ自室に戻ると、侵入者がないように戸に支え棒をはめ込む。隠し床を開けて、へそくりを出していく。

 いろいろと貯蓄を計算しなくてはならない。

 金判を並べ、銀判を並べ、銭貫文を並べていく。

 さらに机の前に座り、紙をしいて筆を取る。今後、購入しなければならないものを書いていく。こういうのは明確な目的を持たないとなし崩しになってしまうからな。

 まずは当然ながら二代目兼定、と。

 それと武将っぽい甲冑だな。今の具足はそこらへんのザコと変わりねえからな。部長クラスのおれはもっとカッコいいのにしないとな。

 そうすると槍もカッコいいのにしないとな。

 あとは鉄砲だな。デブ三河守が鉄砲を持っていたけど、あいつは自分が弱いから持っていたんだろう。おれも弱いから飛び道具を持ち歩かないとな。

 弓はいらん。難しくて使いこなせん。

 おれの欲しいものってこのぐらいか。

 おっと。あとはサウナ小屋と檜風呂。

 まあ、このへんだな。

 あとは自分以外のものとして、あずにゃんの打ち掛け、あずにゃんの小袖、あずにゃんの帯、その他もろもろあずにゃんの調度品、あとはあいりんとお貞にも小袖を買ってやろう。いつも擦り切れたものを着ているからな。

 それと太郎には赤黒の鞭を買ってやらないとな。あいつが小さいころに約束してそのままだ。ご機嫌を取らないと。

 ねじり鉢巻きにはお洒落な鉢巻き、と。

 シロジロはなし。ハンザも脱走したからなし。さゆりんも女狐ヤクザ盗っ人野郎だからなし。

 こんなもんだな。

 おそらく、これを全部揃えるには一千貫は必要だろう。

 一千貫文か。

 無論、お小遣いを廃止してしまった今、永続的に収入源を作らないとならないわけだ。

 手元にあるのはだいたい三百貫文ぐらいだな。

 うーん。どうしよう。

 投資信託は当然ながら、銀行もねえわけだ。

 通貨が統一されていないから金銀と銅銭との交換で利ざやを稼げそうだが、だからって直接運んで現地で両替えするか。無理に決まっている。遠くの地域のレートだって現地にいかなければわかりゃしねえんだし。

 だいたい、こんな戦国時代の両替商なんて信用ならない。

 博打で一発当てようとしても、見かけるのは丁半賭博ぐらいのもんだ。

 やっぱり、商売をやるしかねえってわけだ。

 でも、商売って言ったって何をやればいいんだ。そもそもおれは武将なのだから商売ができるはずないし。

 おれが武将をやっているあいだ、おれの投資で誰かが商売をしていればいいということだが。

 めぼしい奴は鼻クソを売りつけられたシロジロぐらいか。

 シロジロに商売をやらせるだなんて、ドブに捨てるのと同じようなもんだが、だからと言って、何よりもおれを苦しめるのは、ここにこうして並べているだけではカネは増えねえってことだ。

 今ここで息を吸って吐いているあいだにも、このカネを生かさないかぎり、おれが生きていくごとにマイナスになってしまう。

 そういや、加納にはみたらし団子屋がないからシロジロにやらせてみるか。楽市楽座だから誰だって店は開けるし。

 みたらし団子なら物珍しがって繁盛するかもしれんが、まあ、二束三文の団子じゃ大して稼げないだろう。

 でも、カネを眠らせておくよりはマシだ。店構えなんて掘っ立て小屋を建てて濡れ縁を並べればいいだけだ。仕込みとかはこの屋敷のお勝手場で夜中にやらせりゃいい。五十貫もあればそこそこの商売はできるだろ。

 なによりもあいつに商売をやらせれば、万が一にも弾正からぶん取ったカネというのが知られたとき、綺麗事を並べ立てて言い訳できる。

 五十貫文分の金判以外のすべてはへそくり部屋に隠し置き、支え棒を取ってシロジロを呼んだ。

「お呼びッスか」

 と、部屋に入ってきたが、シロジロは並んでいる金判を目にした途端、ぎょっとした。

「ど、どうしたんスか」

「このカネで加納で団子屋をやれ」

「えっ? な、なんスか、急に?」

「まあ座れ」

 戸を閉めさせて向かいに腰を下ろさせる。チビな体をこわばらせながら膝を揃えたシロジロは、大きく広げた目をちらちらと貫文銭に向ける。

「公方様に貰ったってやつがあったろ。まあ、昨日のうちにさっそく銅銭に代えたわけだけど、こんなものを持っていたって使い道がないからな。だからこのカネを元手にして商売でもやってみろ。とりあえず、お前は商売の基本がなってねえから団子屋からな」

「そ、そういうことであっしに団子を作らせていたんスか」

「まあ、そうだな、うん」

「い、いいんスか」

「お前は元は商売人なんだからな。いくら面倒を見てやるからって奉公させているだけは心苦しかったんだ。三河殿の二百貫に比べたら大したカネじゃねえが、それでもお前のためにはなるだろう」

 おれがとてもできる上司みたいな真顔で言うと、シロジロは瞳を若干潤ませながら尊敬の眼差しでおれを眺めてくる。

「ただし、条件が一つだけある。太郎に知られないようにして準備しろ。店を始めちまえば太郎も泣き寝入りするはずだ」

「でも、それじゃ若君にお怒りを」

「怒られるのはおれだからいいだろ。それにお前をいつまでもここにいさせるわけにもいかん。これで二百貫稼いでみろ」

「団子じゃ二百貫は……」

「だから言ってんだろうが。手始めにやってみろってことだ。そのうち何かあるかもしれねえだろ」

 シロジロはしばらくうつむいて考え込んでいたが、決心して顔を持ち上げてくる。

「わかりましたッス。やってみるッス」

「とりあえず月に一度、儲けの半分は寄越せ」

「えっ? くれるんじゃないんッスか」

「なわけねえだろうがバカ野郎。お前にくれてやってなんの得があるんだ。お前はおれの代わりとして商売をやるんだ。おれがお前だったらこのカネで商売してるってんだ」

「だ、だって、旦那様は織田の将ですし」

「だから、お前にやらせるんだろ。お前、ふざけんじゃねえぞ。衣食住を揃えてもらって、俸禄まで頂戴して、いろいろ面倒見てもらいながら商売張っている野郎が世の中のどこにいるってんだ。だいたいこのカネはおれが命を張って勝ち取ってきたカネなんだからな。わかってんのか」

「は、はい」

 金判を押し付けるように手渡し、とにかく騙されるなと何度も念押ししてシロジロを下がらせた。

 やることもやったのでアケチソードの手入れをしていると、あいりんがやって来て客だと言う。

「願福寺の和尚です」

 なに?

 来訪の目的がなんとなく読めておれは怒気をはらませながら広間にやって来る。

 僧衣をまとったゼニゲバジジイが座って待っていた。

 おれは床の間を背中にして腰を下ろし、梅干しみたいな頭を垂らしているゼニゲバ坊主に眼光を飛ばす。

「なんスか」

「実は――」

 と、ゼニゲバ坊主は色あせた瞳を持ち上げてくる。毎朝経文を唱えているであろう坊主のくせしてぼそぼそと喋る。長々と話す。当寺は伝教大師最澄がどうのこうの、先の織田と斉藤方とのいくさでどうのこうの、焼けてしまってどうのこうの。

「それはなんべんも聞いたっつうんだ。なんなんだ。おれはメシのタネにもならねえテメーの説教なんざ聞いている暇はねえんだ。結論から言え!」

 するとゼニゲバ坊主はおどおどとしながらも両手をついて、うかがうようにして顔を上げてきながら言った。

「当寺に寄進のほどを」

「寄進ってどういうことだ。あ? 左衛門太郎がカネを払ったはずだぞ。払ってねえのか」

「いえ、頂戴しましたが、しかし、それではその日暮らしが精一杯でございまして。本堂の再建もままならず、鐘も無いまま。どうか、簗田様にご尽力いただければ。左衛門太郎様にもお話させてもらったのですが、してあげたいのは山々だけれども当家もそれほどの余裕がないとおっしゃいました」

「だったらその通りだ。なんでおれのところに来るんだバカが」

 おれは腰を上げた。

「そうは申されましても簗田様のご当主は牛太郎様なので」

「人がいくさから帰ってきたらさっそくたかってきやがって。寺で修行してろっ! この乞食坊主がっ!」

 人の顔を見ればカネカネカネとふざけやがって。カネのことを考える前にやるべきことがあんだろうが。

 おれはゼニゲバ坊主の脇を通って広間を出ていこうとする。

 ところがゼニゲバはおれの足にしがみついてきた。まったく物乞い同然におれに訴えてきやがった。

「お願いいたします! 斉藤様の諸将方々はこんなときは寄進してくれたのです!」

「ふざけんじゃねえっ! だったらおやかた様にでも織田の重臣にでも頼めばいいだろうがっ! なんでおれなんだっ!」

「毎度足軽方々を宿泊させておりますし」

「そんなのおれが決めたことじゃねえっ! だったら引き払えばいいんだろっ! 坊主のくせにたかってんじゃねえっ! このゼニゲバ野郎っ!」

「お願い申し上げます。お願い申し上げます」

 しまいには泣き出して、きたねえ涙でおれの素襖の裾を汚す。

「離せっ!」

 おれは足を引っこ抜こうとするが、ゼニゲバ坊主はゼニゲバの執念で離さない。頭に来たおれは蹴っ飛ばす。

 ゼニゲバ坊主は吹っ飛び、おれは顔を熱くさせて怒鳴り散らす。

「おれはなっ、テメーらみてえに神様仏様をふりかざしてカネをたかろうって奴らがいっちばん嫌いなんだよっ! 神様仏様がたとえいたとしても、だからなんだっつうんだ! 家が燃えて大変な奴なんてテメー以外にもぎょうさんいるだろうがタコがっ! カネをたかる前に徳を積めっ! 帰れっ!」

 しくしく泣いてうずくまっているので、おれはゼニゲバの襟首を掴んで引きずり出すと、縁側から庭先へ投げ捨てた。

「おととい来やがれこのクソ坊主っ!」

「何をやっておるのじゃ……」

 鼻息を荒くしていたら、空気を響かせる物騒な声がしたので、廊下に振り向いてみる。あずにゃんが丸い瞳をぎらつかせている。

「騒ぎ声が聞こえたので来てみれば、そなたは何をやっておるのじゃっ!」

 どうやら、あずにゃんはおれがゼニゲバ坊主をぶん投げたところしか見ていなかったらしく、その目にはただ単に老いた僧侶をいじめているようにしか映らなかったみたいで。

 少し伸びた髪先がざわざわと逆立っていくようでいて、おれは焦って後ずさる。

「い、いやっ、こ、これにはわけがっ」

 まずい。マイリトルラバーがデザイア化している。

「わけもへちまもあるかあっ!」

 眉間に怒りの皺を刻みながらデザイアが爆弾みたいに咆哮し、おれに飛びかかってきた。右拳を繰り出してきた。おれはよけようとした。

 が、右拳はフェイントだった。

 鬼神の形相で放たれた左拳がおれのこめかみに、めきっ、と、突き刺さり、おれの意識は一瞬飛ぶ。

 意識を取り戻せば素襖の襟を掴まれており、打撃だけではなくまさかの柔術も極めていたデザイアの背中に担がれて、くるりと回って背中から大きく叩きつけられると、マウントポジションを取られて、あとは右拳左拳のめった打ち。

「情けないっ! わらわは情けないっ! そなたがこのような老人をっ、ましてや御仏にお仕えする者をっ!」

 ボコボコにされながらおれは思う。殺されるんじゃないかと。

 昨晩はあんなに愛し合ったのに。




 お貞に手当てをしてもらったが、口の中がずたずたで昼メシもろくに食べられない。

 箸でつまむ御飯の量もおうおうにして子供のようである。

「願福寺には寄進することにした」

 と、デザイアの気風を目許に漂わすまま、あずにゃんが言う。

 太郎がおれをちらと見た。ハンザと早之介の住まいをさっそく確保して、昼にいったん戻ってきた太郎は、おれがボコボコにされた理由をすでに知っている。

「寄進すると言っても、母上、それはどこから出るのですか」

「亭主殿が公方様から頂戴した金銀じゃ」

 あずにゃんが瞳孔を広げて鬼神をちらつかせる。太郎は納得して汁物をすすった。

 おれは納得できない。

「ちょ。梓殿。なんなんスか、それ――」

 むきになると鼻が痛い。鼻血はすでに止まっているが、もしかして折れているんじゃないか。

「なんじゃと? 何か不服か」

 もはや恫喝であった。

 共に食事をしているシロジロもあいりんも生きた心地がしていないようである。なにせ、二人はデザイアを見たことがあっても、デザイアバイオレンスの凄まじさは知らなかったのだ。

 すさまじさを何度も目の当たりにしてきたお貞とて、あずにゃんの顔をうかがっていた。

 ねじり鉢巻きだけは気にせずにがっついているが。

「い、いくら、突っ込む気なんスか」

「すべてじゃ」

「い、いや、梓殿、そりゃないッスよ」

「それはない? 開き直るか」

 鬼神の怒りはもはやとめどなかった。おれに向けてく眼差しに殺気をとどろかせ、吐く声は獣の唸りだった。

 恐ろしさを身をもって知ったおれは、うつむいてしまう。

「聞けば願福寺には世話になっておるそうではないか。そのくせ、いくさで手柄を立てたそなたが戦火に巻き込まれた者たちを足蹴にしておる。なんと情けない。そなたはそのような男じゃったか」

 どうあがいても鬼神は考えを改めてくれそうもなく、昼メシを済ませたおれは自室で無念に横になった。

「旦那様」

 戸の向こうから声がして、シロジロだった。ひどく冴えない顔で入ってくる。

「お具合は大丈夫ッスか」

「これが大丈夫に見えるか?」

「見えないッス」

「じゃあさっさと出てけ」

「いや、実は、その、やはり団子屋はやめようかと思いまして。あれだけ奥方様がお怒りになられていると、そういうことをすると、また旦那様が」

 おれは仰向けに寝そべるまま吐息を震わせた。

 おれの資産はおれしか把握していない。あずにゃんに全額を渡すことはない。

 ただ、シロジロの言うとおり、この状況下でシロジロに投資してしまえば、あずにゃんが大噴火を起こすのは間違いない。

 あのクソ坊主が来なければこんなことにはならなかった。

 ぶっ殺してやりたい。

 あんなクソ寺なんて燃やしてやりたい。

 しかし、そんな真似をしてみれば、寺の仲間に攻撃されるのだろう。自分が弱いときは仏を振りかざし、もっともらしい理由でたかりにやって来て、強くなったらなったで仏もへったくれもなく暴れ放題だ。

 まあ、おれがクソ寺をぶっ潰したとしても、寺の仲間どころか、あずにゃんがブチ切れて、おれは骨壷の中におさまってしまうだろう。

「旦那様、どうしましょう」

 しかし、カネを渡したら渡したで、これっきりという保証はないのだ。あのゼニゲバ坊主のことだから、味をしめて、どんどんとたかりにやって来るはずだ。

 現に今まで何度もカネを渡しているというのに、たかりに来たのだし。

 おれがぶん取ってきたカネを全部渡すだなんて、あの世間知らずの箱入り娘はどうかしている。

 おれがカネを稼ぐたびに坊主にむしられちまうじゃねえか。

 宝くじでも当たったとでも思ってんのか、あずにゃんは。

 勝手に使っちまうし。

 本当に宝くじで当たったぐらいにしか考えていないんじゃねえのか。おれが命を張ってぶん取ってきたカネを。

 でも、宝くじなんてこの世の中にはねえから、降って湧いて出てきたとでも思っているんだろうか。

 おれは溜め息をつく。

 宝くじだってそうそう当たりゃしねえってのに。

 あんなもんおれはくだらなくて大嫌いだが、あずにゃんみたいな女なんてのは喜んで買いそうなもんだ。

 ……。

 てか、なんで、この時代には宝くじがないんだろ。

「おい。宝くじって知っているか?」

 急に話を変えたので、シロジロは少々驚きながら目を丸くする。

「宝くじ? なんスかそれ」

 シロジロに教える前に、そんなものは無くて当然だとわかった。あれは確か銀行とかが発行しているんだった。だったら、戦国時代にあるはずがねえ。

 ほほう。

 おれは閃いた。にやついた。体を起こし、シロジロに不敵な笑みを見せた。

「お前よ、団子屋はやめろ。そんでもって、梓殿が寄付するとか言っているカネは寄付しねえで、願福寺に宝くじをやらせろ」

「え? な、何を言ってんのかわかんないッス」

「つまりこういうことだ」

 悪事を閃いたときとは自分の頭じゃないように冴え冴えとするものだった。おれは机に手を伸ばし、紙だけ取ってきて、硯と筆はシロジロに持ってこさせる。

 バカなシロジロにわかりやすく伝えるために筆をすすめながら教えていく。

 おれが出資者となり願福寺に宝くじの胴元をさせる。

 例えば当たりを引いたら百貫文とかいうくじを願福寺は発行し、檀家だけならず、町人や百姓に買わせる。

 くじを買わせる名目は焼失した寺の再建のためであり、もしくは仏様に寄付する。つまり、くじを買うだけでも仏様のためになり、その御利益として、年に一度か二度、誰かが百貫文を手にする。

 町人や百姓からしてみれば百貫文だなんてとんでもない金額である。墨俣一夜城であれだけ鼻息を荒くしていたぐらいだ。

 百貫文は損するが、くじが売れれば売れるほど儲かる。願福寺も潤う。おれも売上から配当を得る。

 誰も損はしない。実質、はずれくじを掴まされた人間は損しているが、仏様に寄進しているのである。

 みんなが優しくなれる世界だ。

 ラッキーなことに、ここは岐阜だ。信長様の楽市楽座令のおかげで人がたくさんいる。

 おれは自分が素晴らしすぎて、笑いが止まらなかった。なぜ、これを誰もやらないのだろうか。もっとも、やらないからこそ、おれはボロ儲けできるのだ。

「わかったか、シロジロ」

「はあ」

 と、わかっていないようだった。

「そんなものを果たして城下の人々が買ってくれるんスか」

「買う。絶対に買う」

「でも、旦那様。そんな罰当たりなこと」

「だから、言ってんだろ。罰当たりなもんか。売れるっていうことは、民衆が願福寺に寄付するっていうことになるんだからな」

「ま、まあ、そうスけど。でも、博打には変わりないじゃないッスか」

「博打じゃない。くじだ。仏の御加護を誰が受けるかっていうくじだ。いいか、そこのところをあのクソ坊主にちゃんと説明しろよな。お前がやるんだからな。儲けの三割ぐらいはおれに入ってくるようにしろよ。年末までには絶対にやれよな」

「で、でも――」

「命令だ!」

 本来ならおれがゼニゲバ坊主と交渉したいところだが、さすがに織田の武将のおれがそんなことをやっていると周囲に知れたらまずい。おれは何も知らなかった、シロジロが勝手にやっていたということにしなければまずい。

 けれども、さすがにシロジロ一人でやらせるのは不安だ。

 こいつのことだから、あのゼニゲバ坊主に騙されかねん。

「お前一人だと大変かもしれないから、早之介に手伝わせるか。ちょっと、早之介を呼んでこい。どこにいるんだか知らねえが、探して呼んでこい」

「えっ? あの新しい家臣の若者ッスか? 絶対にやってくんないッスよ、こんなこと」

「お前、うるせえんだよ。カネを出すのはおれだ。いいから呼んでこい。あっ、太郎には絶対に言うなよ。てか、誰にも言うな」

「わ、わかりました」

 シロジロは不服そうながらも部屋を出ていった。

 おれは寝そべり、にたにたと笑う。

 ゼニゲバ坊主には逆に感謝しないとならんな。あいつが来なければこんなことは思いつかなかったんだから。


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