表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第六章 魂の夜明け
87/147

九十九髪茄子

 いったい、どこから盗んできたのか、さゆりんは馬まで用意していた。

 朝の光の中に背すじを凛として伸ばし、青くさわやかな素襖の裾をなびかせながら、武将然としてゆうゆうと跨っているわけである。

 さゆりんはハンザなんかと同じぐらいの齢だろう。なのに、若武者のキリッとした貫禄を備えている。

 このイケメンぶりはそういう武将が――、吉田早之介という青年が本当に存在しているんじゃないかとさえおれに錯覚させてしまう。

 すべてが盗品に彩られているだろうが、その扮装の徹底ぶりは怖くなってくる。おれはさゆりんをナメていたんじゃなかろうか。

 至って少女となったさゆりんは、素直におれの愛人にでもおさまるものだと考えていたが、今度は何をたくらんでいるのか。

 真意を追求したいところだが、十兵衛がいるのでそれもできん。

 稀代の大悪党とやらに対面するためか、十兵衛の表情は徐々にこわばっていったのである。

「松永弾正は文書にて人質を差し出すと申しておるため、それが事実かどうか。また、左馬頭様が入洛のさいに上洛するかどうかです」

 おれは松永弾正なんかどうでもいい。

 澄み渡った表情から何も察することのできないさゆりんのほうが恐ろしくてたまらん。

 とはいえ、頭の中がさゆりんだらけだったおれも、多聞城が視界に入ると感嘆してしまった。

 よくある山城ではなかった。巡らされた石垣、白い城壁、敷き詰められた瓦屋根が日差しを浴びてまばゆく輝いており、そして四層天守閣がそびえ立っている。

 おれの理想の城だ。

 さすがは稀代の大悪党の異名を取るだけはある。人とは違った派手な身なりをしたがるのは悪党の基本だ。おれはそういう派手な身なりというのは嫌いだが、城の造りだけは認めてやろう。

 そして、思う。

 おれの沓掛城もこういうふうにしたい、と。

 シロジロを騙した悪徳商人を抱えているってことは、弾正は副業で稼いでいるんだな。三好家を牛耳り、幕府の中枢に権力を打ち立て、既得権益を根こそぎかっぱらった挙げ句、賄賂をたんまりと受け取って、荒稼ぎしたに違いねえ。

 まあ、今は落ちぶれ、いち早く信長に尻尾を振ってきたザコだが。

 大きな門の前にやって来て、足軽雑兵どもが殺気づいた目で取り囲んでくる。

 十兵衛が足利左馬頭の使者だと伝えると、雑兵の一人が城の中に走っていった。

 下馬をして、しばらく待つ。さゆりんは若干鼻頭を上げてお澄まし顔でいる。おれは十兵衛の目を盗みつつ、そろりとさゆりんに歩み寄っていき、さゆりんを胸で押し出していって十兵衛から距離を取る。

 小声で唸る。

「どういうことだ」

「何がです」

 と、さゆりんは男の声真似でお澄まし顔を向けてくる。

「何がですじゃねえだろうが。どういうつもりでこんなことしているんだ」

「殿がお一人では危険だから参上したまでです」

「お前ふざけてんじゃねえ。お前を家来にできるわけねえだろうが」

 案内役っぽい中年の武将が通用門から出てきてしまったので、おれはさゆりんを問い詰めるのはそれきりにし、再びクリツナに跨って、開け放たれていく門をくぐっていく。

 外から眺めると感嘆したものだったが、城内は大したことがなかった。

 石垣と城壁が湾曲しながら複雑に巡らされているものだから、さぞかし複雑な回廊になっていると思いきや、真っ直ぐに平べったかった。複雑性は一つもなかった。

 門を破られたら一貫の終わりという感じの縄張りである。もっとも、なかなか破れそうもない門だったが。

 居館が三棟並んでおり、その向こうの曲輪の中に天守閣がそびえている。天守閣に案内されると思いきや、居館の前で六、七人の武士たちに囲まれながら小柄なオッサンが一人、立っていた。そのオッサンが松永弾正らしく、おれと十兵衛が目を向けるとゆっくりと目礼してくる。

 馬や雑兵、吉田早之介とかいうインチキ侍を待たせ、おれと十兵衛は案内役に促されるまま松永弾正に歩み寄っていく。

「お待ちしておりました」

 と、弾正は視線を伏せるままに言った。

 派手な城構えの割りに地味な茶色の素襖をまとっている。月代を綺麗に剃り上げているが、額には皺が何本も刻まれていて、六十手前だろうか、びんには白髪が何本も混じっていた。

「松永弾正忠久秀にございます」

 稀代の大悪党の異名を取るほど悪党っぽくない。むしろ、たたずまいから口調まで風雅のうちに洗練されている。

「幕臣、明智十兵衛である。こちらの者は織田上総介が家臣、簗田牛太郎殿だ」

「幕臣……」

 そうつぶやきながら弾正は視線をすうっと十兵衛に持ち上げ、何かを計るようにして十兵衛の瞳を見つめる。

 十兵衛が語気に若干の荒っぽさを含めて言う。

「何か不服か」

 弾正は十兵衛をじっと見つめる。

 雀の弾む声が空から空へ飛んでいき、とても静かになってしまう。危ない気配が漂っている。おれはどうして十兵衛と弾正が火花を散らしているのかわからず、汗を垂らしながら次の言葉を待つばかりである。

「あなた様のような方が幕臣におられたとは存じ上げておりませぬ」

 と、弾正が言って、十兵衛は「足利左馬頭様が使者だ」と語気を荒らげて言い直した。

「左様でございますか。しかし、拙者が申し入れをさせて頂いたのは織田上総介様であって、左馬頭様ではございませぬ」

「なにい」

 松永弾正は十兵衛の何かが気に入らなかったらしい。十兵衛が語気を荒らげるたびに表情を鉄仮面にしていき、むしろ軽蔑するような凍てつい眼差しで十兵衛を見つめ続ける。

 さしもの十兵衛も、あれだけ弾正を悪党と言っていたから嫌いな人間なのだろう、普段の和やかな気配もなくしてしまって、今にも太刀を抜いてきそうな血相だった。

「織田上総介は左馬頭様の征夷大将軍奉戴のために上洛するのだ。貴様はそれを存じておるだろうが。存じておるから上総介に恭順を申し入れたのだろうが」

「存じておりませぬ」

「抜かせっ!」

 十兵衛が怒鳴り散らすと、弾正の背後にいた連中がすかさず腰の太刀を握りしめた。

 弾正はくるりと背中を向けてしまう。案内役に言う。

「織田上総介様の御使者をお通し差し上げろ。しかし、幕臣を名乗る怪しい田舎者は通すな」

 と、居館の中へ入っていってしまう。

「弾正っ! それが貴様の意かっ! 左馬頭様にしっかと伝え申すぞっ!」

 十兵衛のブチ切れようを隣にしておれは相当ビビったが、弾正の家来たちが十兵衛の前に立ちはだかる。主人の下知で十兵衛を通すことはできないと言う。

 十兵衛は目を血走らせ、わなわなと震えつつ、おれに顔を向けてきた。

 まるでおれに八つ当たりしてきそうな唸り声だった。

「簗田殿。一応は弾正のくだらぬ御託を聞いてくだされ」

 そうして、十兵衛は踵を返し、怒り心頭の足並みで自分の従者も馬も置いて城門のほうへ歩いていってしまう。十兵衛の従者は馬を連れてあわてて追う。

 おれは取り残される。

 吉田早之介ことさゆりんが、小悪魔みたいに笑っている。

 おいおい、ちょっと待ってくれよ……。

 おれははっきり言って、何をすればいいのかわからんのだが。

 おれには関係ないとばかり思っていたから、何をしに来たのかもいまいちわかっていないのだ。

「どうぞ、中へ」

 と、案内役が手を差し出して、居館の入り口を示してくる。

 さゆりんに助けの視線を求めるも、さゆりんは吉田早之介の顔つきではなく、小生意気な小娘ヅラでくいっと顎を出して、さっさと行けや、とでも言わんばかりにおれを突き放してきた。

 誰も、助けて、くれん。

 おれは仕方なく館の中に入っていく。草鞋を脱いで上がると、脇差しを外し、案内役の武将に預ける。

 先導する案内役の後を付いていき、廊下を行く。

 おれは口許を締め上げ、落ち着け、落ち着け、と、自分に言い聞かせる。

 何が稀代の大悪党だ。ただの放火魔だ。おれはさんざん悪党に付け狙われ、騙されてきたのだ。あの武田信玄の魔の手さえ逃れられたおれなのだ。

 だいたい、弾正は織田に尻尾を振ってきているんだ。おれはその織田の直臣なんだ。

 何も恐れることはない。

 何をすればいいのかわからんが。

 大広間に案内される。少しばかり待っていてくれと言われ、おれは一段高くなっている上座を正面にして腰を下ろす。

 いや、おれは織田の使者だ。下座は駄目だ。上座を右手にして座り直す。

 敷居の向こうにぞろぞろと弾正の家臣がやって来て、そこに並んで座り始めた。

 やばい。緊張してきた。

 待て待て牛太郎。稀代の大悪党だなんていう異名を聞いて名前負けしているのか? おれは武田信玄と正面切って向かい合った男なんだぞ。竹中半兵衛を織田に引き入れてきた男なんだぞ。今川義元とタイマン張った男なんだぞ。

 何が稀代の大悪党だ。

 サルのほうがよっぽど悪党だ。

 しかし、館の中は気色悪い造りである。金細工の飾りが施されている柱には龍や虎が彫られてあって、格子天井にはお釈迦様の絵とかが描いてある。

 贅沢のかぎりはシロジロのようなバカを騙したカネが源泉になっているに違いねえ。

 そんな野郎が今は絶体絶命のピンチに陥り、尻尾を振って我らが親分にわんわんと擦り寄ってくるのだから、嘲笑に値する。

 弾正がやって来た。おれは震えそうなほど緊張度が増したが、そこはぐっとこらえて、十兵衛とか半兵衛がしそうな感じでしとやかに目礼する。

 弾正はおれの前までやって来ると、すぐには腰を下ろさず、立ったままでおれを見つめてきた。

 おれは織田の親分の使いだ。ここでナメられちゃ親分に申し訳が立たねえ。ってなわけで、おれはクローザがするみたいに視線だけを持ち上げて、冷たい目で睨んだ。

 なにやら桐の箱を抱えている弾正は口許をむっとして押し曲げたものの、すぐに表情から感情を落とし、おれの向かいにゆっくりとあぐらをかいていく。腰を曲げながら桐の箱をおれの前に差し出してくる。

「織田様には――」

 と、低音をなめらかに響かせながら、おれを上目に覗き込んでくる。

「人質として娘を差し出すつもりでおりますが、ひとまずはそれがしの茶器を献上させていただきたいのです」

 そうして、弾正は桐の箱から取り出してきたのだが、おれは目を疑った。茶道具とか言って、ただの茶碗だった。小学生がろくろを回して作ったような歪んだ茶碗だった。

 陶芸教室で習ってきたかのような自作の茶碗を献上するだなんて、バカにしやがって、この野郎。

 こんなもん、おれの屋敷の夕食にも使われねえっての。

「なんですか、これは」

 おれは眉間に皺を寄せながら弾正を睨む。

「弾正殿は、こんなものでおやかた様が納得いただけると思っているんですか。むしろ、こんなもんを掴ませてあっしを南近江に戻すってわけですか」

 ところが弾正はおれの目の奥を覗き込むようにして静かにじいっと見つめてきながら言う。

「こちらの価値をご存知ないと」

「価値? 言っておきますがね、織田上総介はこんな茶碗一個で上機嫌になるような人物じゃないんですよ。わかります? 上機嫌になるどころか不機嫌になりますでしょうよ」

「さすれば織田様はこちらの価値を目利きできない御仁だと。そうおっしゃるわけでございますか?」

 弾正は終始おれから視線を離さないでいた。

 まずい。

 こいつの突っぱねようときたら。

 実はこの茶碗は価値のあるもんじゃないだろうか。いいや、そんなわけない。こんな陶芸教室で初心者が作ったような出来具合、二束三文にもなるはずがねえ。

 こいつはおれを騙そうとしているだけだ。

 フン、と、おれは笑った。

「よくもまあ言いますね、弾正殿」

 弾正の歳月に色あせた瞳はだんだんと睨み度合いが増していく。

 それはおそらく焦りと比例してのことだ。

 やっぱり詐欺師だ。詐欺師の目だ。

 おれはお澄まし顔で鼻を突き上げる。

「そもそも、このお城の造りは実に見事だ。石垣と白壁に張り巡らされ、天守閣がそびえ立ち、あっしは奈良の地を踏んでこちらを初めて遠目に見たとき、実に素晴らしいもんだと思いましたよ。あっしの城もこうしたいだなんてね」

 弾正はおれの意図を計るようにしてじっと無言でいる。

「お館の中もこの通りの豪華絢爛。あっしはこんなお館に足を踏み入れたことがない。そんなお城の主人である弾正殿が、こんな茶碗一個。バカにしているんスかね」

 弾正の眉間にぐっと皺が刻まれて、おれを殺気いっぱいにして睨みつけてくる。

「この城を開け渡せと申しますか」

「滅相もない。そんなことは言っていない。ただ、あっしが言いたいのは、こんな茶碗であっしを騙そうとしたって無駄だってことだ」

「心外な。それがしは貴公を騙すつもりなど毛頭ない。貴公がこの価値を存じ上げていないだけではありませぬか」

「二言目には価値、価値、価値と。カチカチ山のタヌキでもあるまいし。え? いきなりこんなものを出してきて、はいそうですかなんて受け取れるわけがない。べつにあっしはそんなものを求めていないのだし。人質をくれればそれでいいでしょうよ。どうせ、そうやって赤っ恥をかかせるつもりなんでしょう? そもそもあっしは知っているんだ。弾正殿がそうやって訳のわからねえものを押し付けて銭をせしめているっていうのを」

 すると弾正は顔を真っ赤に染め上げ、床を拳で叩きながら前のめりになっておれに顔を寄せてきた。

「べらべらと根も葉もないことを抜かしおってっ! この小僧っ!」

 化けの皮が剥がれたようである。冷静沈着を振るまっていたくせして織田の使者のおれを小僧呼ばわりしてきた松永弾正である。声音もすっかりしわがれたものになり、顔の茹でダコ具合はさながら稀代の大悪党など遠く及ばない癇癪ジジイである。

「この田舎武者め! 申してみろ! わしがどこでいつなんどき銭をせしめたのだっ!」

「石ころを砂糖だって偽って弾正殿の御用商人があっしの手下から二百貫巻き上げたでしょう」

「なんだとお」

「ま、べつにそんなことはどうだっていいんスけどね。騙されたほうが悪いんだから。あっしは弾正殿が織田の軍門に下るかどうか確認しに来ただけッスから。こんな茶碗もいらない。どっちなんスか。下るんスか下らないんスかどっちなんスか」

 弾正は目を真っ赤にして輪郭を震わせながらおれを睨みこむ。おれはお澄まし顔で鼻先を突き上げる。

 絶体絶命なんだろ? ん? さっさと泣いて詫びろや。

 磁石と磁石で引っ付きそうなぐらいの距離でしばらく睨み合ったあと、弾正は熱泉のような息をついて腰を上げる。

 目玉を剥いて言った。

「小僧。そこで待っておれ」

 ずかずかと広間を出ていき、敷居の向こうに並んでいた家来衆を蹴散らしていくと、誰かの名前を喚き、誰かを城下から連れてこいとも大声で叫んでいた。

 その後、おれはかなり待たされた。その間、白湯の一杯も出してきやしねえ。

 いい加減寝転がりたくなってきたころ、弾正が再びずかずかとやって来た。おれの向かいに粗雑に座り、おれを睨みつけてくる。

 弾正に続いて小姓みたいな少年が二人、桐の箱を抱えて入ってきており、弾正のかたわらに置いて去っていく。

「お主の申していることはまことであった。それは三河出身の若い商人で間違いないか」

「間違いないッスね」

「二百貫は、金銀に代えて返してやる」

 そう言って、弾正は桐の箱の一つを持ち上げると、おれの前にいちいちドスンと叩き置いた。

「べつにいいんスけどね。騙されたほうが悪いんだから」

「そのくだらぬ口で吹聴されてはたまらんということだ。受け取れ」

 と、なかば恫喝してきた弾正は、箱の蓋を開けて見せてくる。

 中には金判銀判がざくざくと入っている。

 怪しいのでおれは下のほうに手を突っ込みほじくり返してくる。石ころではないようである。

「それと、上総介殿には九十九髪茄子を献上してやるわ」

 怒りのなかで得意げに口許を歪めてきた。おれは眉をしかめる。ツクモナスだと? 何を言ってんだこいつは。

 弾正はもう一つの桐の箱はやけにご丁寧に寄せてきて、そろりそろりとおれの前に置いてくる。不敵な笑みを浮かべたまま、箱の中から、煎り豆とかが入っていそうな小さい壺を取り出してきた。

 茶色につやつやと輝くそれを両手に持って、どうだ、と、言わんばかりに鼻の穴を大きく膨らませておれに見せてくる。

「これで文句はあるまい。まあ、お主のような尾張の田舎武者なんぞには見てもわからんだろうがな」

「そんなことより、軍門に下るんスか」

 弾正は再度おれを殺気いっぱいに睨みつけてくる。

「上総介殿が入洛された暁には、人質と、この九十九髪茄子を携えて参上してやるわ」

「じゃあ、文書にしてくださいよ」

 そう言うと、弾正は懐から手紙を取り出してき、おれにぶん投げてきた。

 おれは舌を打ちながら手紙を拾う。もう用はないので、カネが入った箱を抱えて腰を上げる。

「おい。これもお主にくれてやるわ。せいぜいそれで茶の湯を学べ、この田舎者」

 と、陶芸教室の茶碗に顎を突き出して示してきたが、おれは鼻で笑った。

「お気持ちだけいただいておきますよ。呪いでもかけられていたらたまったもんじゃない」

「笑わせおって! お主はすでに呪われておるわ! この弾正に赤っ恥を欠かせたのだからなっ! お主なんぞ、いずれは後悔させてやるわっ!」

 弱い犬ほどよく吠えると言うけれども、こいつは頭がおかしくなっちまったんだろうか。顔を真っ赤にしながら笑い上げているので、おれはジジイを無視し、家来衆たちの憎悪のこもった眼差しを浴びつつ、広間をあとにした。




 脇差しを返してもらったきり、見送りはなかった。勝手に帰れということらしい。

 館の外に出てくると、雑兵をクリツナとともに先に門外まで向かわせる。

 さゆりんを睨みつける。

「どういうことだよ、おい」

「どうだったんや、弾正は。あんたみたいな阿呆がうまく立ち回れたんか?」

「おれの質問に答えろ。なんでそんな真似をしてやがるんだ」

「あんたの寝首を掻き取るためや」

 おれは睨み下ろす。さゆりんはにやにやと笑っている。

「愛人ってことでいいんだな」

「あんた阿呆?」

 おれは門まで歩みを進める。さゆりんは盗んできた馬を引いて付いてくる。

「ところで、殿、何を抱えてらっしゃるのですか」

「お土産だ」

 門をくぐり出ると、すぐに閉められた。

 十兵衛が門前で待ち構えており、柄にもないむすくれた顔で歩み寄ってきて、いかがであったかと訊ねてくる。

 おれは懐から手紙を取り出し、十兵衛に渡す。

 手紙を読んでいった十兵衛だったが、急に渋面をほどき、手紙を持つ手を震わせる。

「つ、九十九髪を――」

「知ってんスか」

「知っているも何も」

 十兵衛はこの世の終わりに遭遇してしまったかのような瞳の動揺をおれに見せてくる。

 ツクモナスは幕府の三代目将軍の足利義満が宝物にしていた有名な茶入れだった。

 義満以来、足利将軍家に代々伝わっていったけれども、いつのころか流出してしまって行方不明になり、それが実は松永弾正の手にあったというのは十兵衛も知らなかった。

「弾正めがっ!」

 吠え立てると、おれに手紙を押し付けてき、苛立ちをあらわにしながら十兵衛は馬上の人となる。

「それは、足利将軍家に伝わってきたものであるにも関わらず、弾正は左馬頭様ではなく、上総介殿に献上するということなのですぞっ!」

 怒り狂っている十兵衛は、おれがクリツナにまだ跨っていないにも関わらず、馬を走らせてしまった。

 おれはとりあえず手紙を綺麗に折りたたんでいき、懐に丁寧におさめる。

 なんか、やばいかな……。

 弾正って、最初はツクモナスを献上するつもりじゃなかったもんな。

 それに弾正の怒りもごもっともですかね……。あんな壺がそんなに高価なもんだったなんて……。

 まあ、信長が左馬頭に渡せばいいことだ。そうするだろ。うん。

 おれはクリツナに跨ると、雑兵からカネの入った箱を受け取り、手綱を握りつつそれを両手で抱えながらクリツナの背中に揺れた。

「どうでしたか松永弾正は」

 隣で馬を走らせる吉田さゆり早之介が武将ヅラで問いかけてきたが、おれは無視した。

 二百貫文分の金銀はシロジロに渡さずにおれのものにするとしても、あの陶芸教室の茶碗も貰っておけばよかった。

 弾正の言うとおりおれはさっそく後悔していたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ