インチキ芸能記者
沙汰があるまで謹慎ってことだから、おれはボロ家でゆっくりとゴロ寝。破壊された戸は拾ってきた木と縄でごまかし縛って玄関に立てておいた。
沙汰があるまでも何もさすがにおれには音沙汰なしに決まっている。誰がどう見たっておれは何も関係ないんだから。それにすでにボコられたんだし。
てか、今日もあずにゃん来てくれないかしらん。
てか、腹減ったな。朝メシどころか昼メシも食ってねえ。
こんこん。
おっ。格好だけの戸がノックされたがもしやあずにゃん? フヒヒ。そうだそうだあずにゃんに決まっている。おれは約束された人間だからな。邪魔者マタザも勝手に消えてくれた約束された人間だ。腹が減ったと思ったら神様の約束通りにあずにゃんがやって来る。そう決まっているんだ。
「はいはいー。今開けますよー」
縛り付けている戸の縄紐をほどき、戸を玄関から外すと、待ってましたあずにゃん! じゃなくて、なんだこいつ――。イモ臭そうなチビ野郎。つぎはぎだらけの羽織り、つぎはぎだらけの袴、ボサボサ頭を結んだだけのしょうもねえ髷。細目。潰れ鼻。受け口の顎。んで、なぜか右手に筆、左手には本みたいな冊子を持って、肩からは紐で吊るした小さな壷を掛けている。
「あ、どーもー。牛殿ですよねー。こんちわー」
と、チビはにたにた笑いながらも妙に馴れ馴れしく頭を下げてきて、おれはしかめっ面。
「な、なんスか。あ、あんた、誰ッスか」
「拙者、安食村の太田又助っちゅうモンですー。牛殿は今朝方の前田又左衛門の笄斬りに居合わせていたんですよねー。ほんで、その件についてちょっとばっかし教えてほしいんですわー」
な、なんだ、こいつ……。新聞記者みてえなもんなのか……。齢三十ばかしのいいオッサンのくせしてインチキ臭っせえ野郎だな、おい。
「な、なんスか。あっしの言ったことを町の皆にばらまこうって言うんスか」
「へ? ああ、これですか。いいや、これは拙者の趣味みたいなもんでしてー、別に誰に見せるもんでもなしに、その日起きたことを書き留めておきたいんですわー」
気ッ持ち悪い。この野郎、刀を差しているところを見ると戦国武将なんだろうけど、チョー弱そうじゃねえか。すっげえ怪しいし。てか、こいつはスパイなんじゃねえのか。信長と敵対している奴のスパイなんじゃねえのか。
「お、お引取りくださいッス。変なこと言うもんなら命がいくつあっても足らないッスから」
おれがインチキ野郎に怯えながら戸を嵌め直そうとすると、
「ああ、いやっ、そこをなんとかっ」
と、インチキ野郎は玄関に上がり込んできて、おれと戸の間に割り込んで入ってくる。
「別に吹聴して回るわけじゃないんですからー。拙者のただの趣味なんですからー」
「ぜってえ嘘っしょっ! あんたチョー胡散臭えじゃねえッスかあっ」
「いやいや、胡散臭さなら拙者なんかよりも牛殿じゃないですかー。柴田の親分から聞きましたよー。なんでも記憶が飛んじゃっているとかなんとか。そんでもっておやかた様には天下がどうのこうと。いやあ、実は、牛殿って今川治部の手先じゃないんですかねー」
「ちょっ! 何を言ってんスかっ! か、帰ってくださいよっ」
「失敬失敬。今のは冗談冗談。ほんで笄斬りのこと、根掘り葉掘りと聞かせてくださいよー」
「嫌だって言ってんじゃないッスかっ」
「そこをなんとかー」
と、おれとインチキ野郎とで戸の開け閉めの押し問答をしていると、我ながら情けない、ぐうとお腹の虫が鳴ってしまった。
「はて。腹が減っておりましたかー? これは失敬」
すると、インチキ野郎、羽織りの襟元から竹皮に包まれたものを取り出してきた。
「そうでしたそうでした。牛殿は裸一貫でしたねー。なもんで食事もままならない。どうでしょ、この握り飯と引き換えに笄斬りを」
む、むう。スパイの甘い罠のようにも思えんが、どうやって今日のメシにありつけばいいのか不明だし、背に腹は変えられん。
「そ、そんじゃ、何もない汚い家ですが、どぞ」
「さすがは牛殿。そうこなくては」
囲炉裏を挟んで向かい合わせに座ると、おれはさっそくもらったおむすびを一口。うーん。ほどよい塩加減が口の中を満足させてくれる。
「そいつは拙者の家内が握ったもので。なかなか気のきいた家内でして。見栄えは決してね、よくありませんが、メシと裁縫は達者なんですわー。尾張広しと言えども、拙者の家内に優る女はなかなかおりません」
うるせえバカ。んなこと訊いてもいねえのに喋ってくんじゃねえ。どいつもこいつも嫁自慢ばっかりしやがって。
でも、
「あの、これ全部食べちゃっていいんスか。太田さんの昼メシは」
「拙者は昼メシ抜きなんて慣れておりますからー。そもそも、拙者からしてみりゃ今日のメシより今日の笄斬りですわー」
そんなら三個とも全部いただきまーす。
おれの口から出るマタザの野蛮行為を太田インチキ野郎は嬉々として聞いていた。「ふむふむ」「ほうほう」などと、墨壺にちょいちょいと筆先を浸け、冊子にすらすらと書きしたためていった。水を得た魚とはまさにこのことであった。こいつは絶対に武将をやっているより芸能記者にでもなったほうがいい。
「――ということで、マタザさんは馬に乗ってさっさと逃げちまったわけッス」
「なるほどー」
太田インチキは納得した様子でうなずくと冊子をパタンと閉じた。
事の次第を記録していたときの太田インチキの熱中ぶりが少々気にかかるが、まあ、たといスパイだったとしても、マタザの喧嘩沙汰が信長の敵に知られたところでしょうもねえことだ。
「ところで話は変わりますがー、牛殿はこの清洲に来るまでのことはまことにまったく覚えておらんのですかー?」
と、インチキは筆の墨を紙で拭き取りながらたずねてきた。別段、疑っている様子でもなかったし、冊子も閉じて記録するのでもない。ただの興味の延長の雑談ふうである。
なもんで、こいつがしょうもねえインチキ野郎ってのもあり、おれは不敵に笑う。
「さあ。どうでしょうかねえ」
すると、このインチキ、ちょっと鋭い目をちろりとおれに上げてきた。あん? なんだ、その目は。
「もしや、思い通りにおやかた様にお仕えできたということですか」
インチキのそれは含みのある物言いであった。おれが何らかの企てを持っているとでも思っているのか、どうか。
「思い通りに仕えることができたなんて思っちゃいませんよ。偶然でしょ。だいたい、あっしは今のこの時代がどういう状況なのかいまいちわかっていないんスから」
「状況とは?」
「んー、たとえば、おやかた様の――、織田の敵は今、どれだけいるのかとか」
「なにゆえわからないのです?」
「わからないからわからないんスよ」
プッ、と、それまでの詮索深い張り詰めた空気から一転、インチキ野郎は笑った。
「不可思議な御仁ですねー。もしも牛殿が今川方か斉藤方の間者だとしても、そんな得体不明な口上はいたしませんしねー」
「今川方ってのはなんスか。今川義元のことッスか」
「ええ。今川治部大輔。存じているではありませんかー」
「名前だけは」
「へえー」
インチキ野郎はまた再び疑うような目の色を浮かべた。さすが芸能記者だけあって、人の言葉尻にはいちいち目ざとい野郎である。
「ま、牛殿はただの乞食ではないということはわかりましたー」
と、インチキは腰を上げると袴をさっさっと手で払い、墨壺を肩から引っさげて帰り支度。
「あっ。そういえば、一人、奉公先を探している女がおったのですがー、牛殿、どうですかー?」
むっ。なんだ急に。お、おにゃの子だと?
「メシもろくに作れないとあらば、身の回りの世話をする女でもいたほうがいいでしょー」
怪しい……。ハニートラップか? でも、たとえトラップだったとしても、おにゃの子に預かれるんなら……。
「ご安心くだされ。他意はありませんからー」
わざわざそんなことを言うあたり怪しさ満載だが……。しかし、おにゃの子に預かれるんなら……。
「まあ、そう言ってくれるんなら。で、でも、あっしって、その、お駄賃を払うカネなんてないんスけど……」
「駄賃? 俸給ということですかー? それなら、だって、牛殿にはおやかた様から俸禄が与えられるじゃありませんかー」
「?」
「この耳にしたところによれば、牛殿の俸禄は十貫文みたいですよー」
「じゅ、じゅっかんもん……?」
「へ? かようなこともわからんのですか?」
「ちょ、ちょっと、算数は苦手でして……。アハハ……」
インチキは首をかしげながら玄関の土間に下り、草履をつっかけながら懐から五円玉みたいな汚ったないコインを取り出してきた。
「これ。この一文銭が千枚で一貫。牛殿はこの一文銭が一万枚、年に一度頂戴できるってことで。そのうち支給されますよー」
なんとーっ!
コインが一万枚ってどれだけすごいかよくわからんが、絶対に袋山積みじゃねえかーっ!
あ、でも、あれが一円玉レベルだったらぬか喜びだな。
「そ、その、一枚で、何が買えるんスか」
インチキ野郎は「ほんとかよ」とでも言いたげな怪訝な顔でおれを見つめてきたが、面倒そうに言った。
「早い話、銭一貫文で米一年分ですわ」
な、な、な、なんとーっ!
戦国時代にやって来て早くもニート脱出アンドお金持ちっ!
プークックック。さあすが信長様だぜ。太っ腹とはこのことだぜ。小判三枚ぶん投げられたときはあまりのケチさ加減にびっくりしちゃったがよ、さすが信長様だぜ。やることが違え。
「牛殿、そういった世間の常識もその女に教えてもらっては」
「そ、そーッスねっ! 太田さん、んじゃ、さっそく、そのおにゃの子雇いますよっ! そのおにゃの子に言っといてくださいよっ!」
太田インチキは再度首をかしげ、縄しばりの戸を外した。
「あっ、ところでえ、恐縮なんスけどお、ちなみに太田さんはどんぐらい貰ってるんスかねえ、その、俸禄を」
すると、敷居をまたごうとしていたインチキ、立ち止まって、おれに振り返った。
しばし、じっとおれを眺めてきたあと、言った。
「拙者は俸禄を頂戴してはおりませんが、おやかた様からお許しされた所領は安食村の禄高二百貫ですー」
は……?
悠々として帰っていったインチキ。
おれの二十倍……?
あんなインチキ芸能記者がおれの二十倍……?
ま、まあっ、おれはまだ織田家に入ったばっかりだしな。うん。あいつはただ単に先祖代々の土地持ちなんだろ。親のスネかじりなんだろ。うん。




