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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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信長の八つ当たり

 戸が破壊された家に帰ってきてもなお、事の恐ろしさに震えが止まらん。

 さっきまでへらへらとしていた奴が一瞬にして死亡しちまった恐怖。

 おれだってあんなふうになってもおかしくなかった恐怖。

 斬る斬ると言って口だけのハッタリかと思いきや、本当に斬っちまうこの時代の無法地帯ぶりへの恐怖。

 平和へのありがたみ、治安の良さの素晴らしさをおれは痛感せずにはいられない。

 とにもかくにも、坊主を斬り捨てたマタザは、笄とかいう棒を坊主の手から奪還したあと、馬に乗ってどっかに行ってしまった。八っちゃんはマタザのあとを追ってどっかに行ってしまった。

 忘れ去られたおれは、とりあえず家に帰ってきた。

 どうしよ……。今のうちに逃げちまおうかな、こんなおっかねえところからは。

 でも、どこに逃げようともマタザみてえな危ねえ野郎がのさばっているんだろう。

 だったら、ここでおとなしくしていたほうが。

 それに昨日からずっと裸足で外を歩いていたから足の裏が痛えったらありゃしねえ。靴でも買いに行こうかな。小判三枚ぽっちで靴が買えるんだかわからねえけど。

「呉牛!」

 玄関から声が飛んできておれは思わず跳ね跳んだ。

 こちらに向かって目を光らせている声の主は、綺麗な紺の袴を履いて、長い刀と短い刀を帯に差している信長子分のクローザ。

 マタザなんかと歳が大して変わらない、おれよりも若いはずなのに、こいつは妙に風格のある冷たさなもんだから、おれは昨日のことも思い出して縮こまってしまう。

「な、な、なんスか」

「しらばっくれおって。お主、又左が拾阿弥を斬り捨てた件を存じているであろう。なにゆえおやかた様に報せに参らず、のんべんだらりんとここで過ごしておる」

「い、いやっ、だってっ」

「又左が行方をくらませた。奴はいずこに消えた」

「し、し、知りませんっ!」

「まあよい。おやかた様がおかんむりだ。付いて参れ」

「ええっ? だって、あっしは――」

「付いて、参れ」

 獰猛な肉食獣が静かに唸ったみたいな声を吐き出してきて、おれは思わず背筋をぴんと張り立たせ、「はいっ」と、陸軍二等兵ばりに直立不動となった。

 クローザに連れられ、おれは清洲の城下町を抜け、城へ。

 途中、クローザは一切喋らなかった。静かな殺気を漂わせながら道の真ん中を歩くだけだった。クローザが道を行けば、町の人々は伏し目がちになって次々と道を開けるのだった。クローザの見た目はマタザのような野蛮人じゃない。信長の子分というより、将軍の家来と言っても不思議じゃない清潔感だ。ただ、放っている殺気が半端じゃない。その殺気にビビって、町の人々はそそくさと道を開けていくといった具合だ。

 柴田勝家、前田利家なら、こいつは一体誰なんだろう。相当デキる奴に違いない。信長の一番の子分になるような奴に違いない。

 明智光秀とかかな……。

 でも、明智光秀はたしか、信長の尾張時代は家臣じゃなかったような。

 清州城にやって来るとそのままクローザに連れられて庭に回された。あっ、八っちゃん。そこには先に八っちゃんが来ていて、縁側に向かって土下座していた。

 で、おれもクローザに髪の毛を掴まれて、押し倒されて、八っちゃんの隣に強制土下座。

 八っちゃんはおれのほうをチラッと見やってきたが、再び神妙にして目を伏せる。おれも八っちゃんの真似をして目を伏せる。

「牛とやらっ! お主も又左とともにおったなあっ?」

 む。どっかで聞いたことのある声だと思ってチラッと目を上げてみると、信長が縁側であぐらを組んでいるその斜向かいに立っているのは昨日のヒゲゴリラ、もとい、ゴンロクだった。

 てか、ゴンロク、なんで、左目が腫れ上がっているんだろ。誰かにボコられたふうだが。

「聞いておるのかあっ!」

「は、はいっ! あ、あ、あっしはっ、いい一緒にいましたけんどおっ、お地蔵さんに隠れていただけでよく知りませえんっ!」

 片肌脱いでいる信長の周りにいるゴリラどもはゴンロクだけではない。他に四人ぐらいオッサンゴリラがいる。どれもこれもオッサンの威厳を漂わせていて、筆ヒゲゴリラ、色黒ゴリラ、陰険痩せぎすゴリラ、ゴツゴツ岩男ゴリラ、と、昨日水泳していた信長のボディガードをしていた子分たちとはまったく違う面々。多分、お偉方。ただならぬ気配。

「お主、まさか又左を匿っているではなかろうな」

 と、色黒ゴリラが言ってきて、おれはあわてて手を振った。

「そ、そんなことなんてっ。マタザさんはどっかにすっ飛んでいって、あっしは全然無関係ッスよっ」

 しかめっ面で顔を見合わせたゴリラども。信長は眉間に皺を寄せてむすっとしているだけ。

 陰険ゴリラが言う。

「お主は又左と拾阿弥の悶着を見聞きしていたのか」

「見聞きしていたってか、あっしはお地蔵さんに隠れていたんで、あんまり聞こえなかったッスけど」

「ならば何が聞こえた。なにゆえ又左は拾阿弥を斬ったのだ」

「あ、いや、あの、ジューアミ――ッスか? ジューアミさんが、その、マタザさんを斬ってみろ斬ってみろって言って挑発していて、んで、マタザさんは我慢してたっぽいんスけど、ジューアミさんがなんか小さいこんぐらいの棒を取り出してきて、マタザさんがすんごい怒って、それはまつさんの持ち物だったっぽいんスけど、どこで拾ったんだってマタザさんは怒っていて、ジューアミさんはマタザさんの家の箪笥から拾ってきたって言って、んで、マタザさんはブチ切れて斬っちゃったんス」

 再びしかめっ面で顔を見合わせたゴリラども。信長はますます眉間に皺を寄せてむすっとするばかり。

 岩男ゴリラが言った。

「村井長八郎。お主の申すことと違うではないか。拾阿弥には非はない。又左衛門が急に斬り捨てた。お主はそう申したはずだ」

 えっ。いや、どう考えても小坊主が挑発しまくったからだろ。そもそも、八っちゃんはマタザの兄貴の子分のくせにどうして小坊主の肩を持っているんだよ。

 しかし、八っちゃんは目を伏せてだんまり。

「もうよい」

 信長が唸り声を上げながら腰を上げた。草履を突っ掛けて、じゃりじゃりとこちらに歩み寄ってくる。

「拾阿弥は死んだ。又左は逃げた。それで終わりだ」

 おれと八っちゃんの前にぬうっとそびえ立った信長。

「違うか、村井長八郎」

 信長の問いかけに八っちゃんは顔を伏せたまま、だんまり。

 すると、ドゴッ、と、信長の右拳が八っちゃんを吹き飛ばした。

 うう、と、もだえる八っちゃん。瞳孔広げてガクブルのおれ。

「違うか、牛」

「あっ、そ、そーッス! おやかた様の言うとおり、坊主が死んでマタザが逃げただけの話ッス!」

 そうしたら、信長の右拳がおれにも飛んできて、頭の中に雷が走ったともにおれはバタンキュー。

「この下郎があっ!」

 信長は激怒していて、八っちゃんはワンパンで済んだだってのに、おれにはキックキックキックの嵐。なんでだよお! なんでおれがボコられなくちゃならんのだよお!

 挙げ句には信長の草履の裏と地面に頭を挟まれ、ぎゅうぎゅうぐりぐりとこすりつけられる有り様。

「醜いツラ下げやがって、この呉牛が」

 い、い、意味がわからん!



 信長はおれをボッコボコにしたあと、さっさと館の中にすっ込んでいき、ゴリラの一人に「お主らの沙汰は後日とする。それまで謹慎しておれ」と言われ、おれと八っちゃんはとばっちり極まりない理不尽な裁判から解放された。

「申し訳ありませぬ、牛殿」

 城から屋敷町への道中、八っちゃんはおれに頭を下げてきた。ワンパンで済んだ八っちゃんはほっぺたが少々腫れているだけだったが、ボッコボコにのされたおれは体のあちこちで悲鳴が上がっている。

「と、とんだとばっちりッスよっ。てか、マタザさんはどこに行ったんスかっ。悪いのはマタザさんじゃないッスかっ。逃げちゃってさっ!」

「申し訳ありませぬ」

「だいたいなんで、マタザさんは斬っちゃったんスか。短気にもほどがあるでしょっ」

「まあ、又左衛門様と拾阿弥にはいろいろと因縁がありまして」

 八っちゃんの話によれば、拾阿弥ってのは同朋衆とかいう織田家に踊りや唄を教える立場の野郎で、そこそこの立場らしいが、何よりも信長が気に入っていた奴らしい。

 ただ、拾阿弥はマタザの嫁のまつにゃんを好いていたんじゃないかと八っちゃんは言い、マタザを挑発するようになったのもまつにゃんとマタザが結婚した時期かららしい。

 マタザもマタザでバカだから、俺のまつにゃんカワユスってのをバカみたいに自慢していたらしく、当然拾阿弥はそれが気に入らないわけ。拾阿弥はマタザどころかまつにゃんにもちょっかいを出し始めたらしく、頭に来たマタザは一度は信長に拾阿弥を斬らせろと直談判したらしいが、

「放っとけ」

 鶴の一声でマタザは歯ぎしり。一方で大義名分を得ちまった拾阿弥の挑発はさらにエスカレート。

 それで、拾阿弥が箪笥から拾ってきた(盗んだ)とかいうあの棒は、笄とかいう髪の毛をセットするための道具で、まあ、かんざしに似たようなものらしく、その、まつにゃんの笄は、マタザが自分の槍から切り取ってわざわざ作った思い出の品ということだった。

 うーん。まあ、おれも、おれのあずにゃんにあんな小坊主がちょっかい出してきたら首を斬り取っちゃうだろうな。いや、おれだったら、藁で蓑虫みたいにして、磔にして、ノコギリで指を一本ずつ切っていくな。うん。おれのあずにゃんへの思いはマタザなんかの比じゃねえから。

「でも、なんでなんスか。それじゃ誰がどう見たって拾阿弥のほうが悪いじゃねえッスか。マタザさんじゃなくてもそりゃ怒りますよ。それなのにどうしておやかた様は拾阿弥を放っておくんスか。あいつ、そんなに偉かったんスか」

「まあ、拾阿弥はおやかた様のお気に入りの衆道相手だったゆえ」

「シュードー?」

 すると、不可思議そうに八っちゃんはおれを眺めてきた。ただ、賢そうな八っちゃんはおれの無知ぶりを大して気にも留めず、おれの無知ぶりを飲み込むようにして再びすたすたと歩き始めた。

「おやかた様の寝床の相手ということです」

 ……。

 な、何を言ってんのかな?

「ね、寝床の相手って、それって、あの、お股とお尻のお付き合いってことッスか?」

 思わずと言った調子で八っちゃんはくすっと笑った。

「まあ、そういうことですかね」

 ……。

 おえっ。

 信長ってホモだったのかよ……。おえっ。しかもあんなクソ坊主なんかと。おえっ。最悪。

 てことは、おれをボコったってのは、おホモだちが殺されちゃったもんだから、ただの八つ当たり。

 クソが! 死ね、ホモナガ!

「もっとも、又左衛門様もつい先ごろまではそうであったので、おやかた様が又左衛門様を草の根かき分けてでも探し出して斬り捨てるということはないでしょう」

 ……。

 マタザまでホモだったのかよ。おえっ。しかも、マタザはホモでロリコンという二重苦ならぬ二重DQN。最悪だな、あの野郎。

 穴さえありゃなんでもいいのかよ、戦国時代。倫理観ゼロだな。ほんとのほんとに未開の土人だな。

「それにしても、マタザさんはどこに行っちゃったんスかね」

「そのうち戻ってくるでしょう。おやかた様に頭を下げに」

 あっけらかんとしている八っちゃんに、さすがのおれも怪訝な目を向ける。

「長八郎さん、マタザさんのお兄さんの子分のくせに、ずいぶんマタザさん思いじゃないんスね。さっきだって、拾阿弥は悪くないって言ってたし」

「それはそうです。拙者が仕えているのは兄上様なのですから。又左衛門様のかぶきようで兄上様にまでとばっちりが来てはたまりません。拙者は荒子前田のお家を存続するために当然のことをしたまでです」

 そりゃそうだが、ドライというかなんというか。

 戦国時代の武将ってのはそんなものなのかもしれんが。

 まっ、マタザとかいう鬱陶しい野郎は消えてくれたわけだ。せいせいするわ。さようなら、もう二度と帰ってくんな。どっかで野たれ死ね。あばよ。

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