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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第五章 門出
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袖振り合うも多生の縁

 年も明けて岐阜城も完成し、ようやくおれのやることがなくなってくれて、半年間駐屯していた沓掛勢もようやく沓掛に帰れた。

 種橋藤十郎や大島新八郎というマリオの手下のオッサンたちが代わる代わる沓掛の面倒を見てくれるそうだ。

 マリオの奴、太郎がおれの後継者になった途端に手厚い保護である。

 もっとも、マリオのおかげでおれは仕事をせずに済む。

 太郎なんかは馬廻衆だから毎朝登城していくが、おれは珍奇衆だ。珍奇衆の仕事と言えばお話するだけだ。信長が忘れてくれているっぽいので、おれは社内ニートという高級待遇だ。

 しかし、屋敷を勝手に改築したのが信長にバレた。

「貴様が勝手に作ったもんが大したもんだったら許してやる」

 大したものじゃなければボコるということらしい。

 おれはビビリながら信長を屋敷に連れていき、風呂場を見せた。入ると言い出したので、薪を焚く。

 お湯が沸くまでのあいだ、信長はクリツナ(仮)に跨ってどっかに出かけてしまった。

 まさかあの野郎、おれの愛馬を強奪する気じゃ……。

 でも、帰ってきた信長はクリツナ(仮)から下馬すると首をかしげた。

「従順すぎて気に入らん」

 暴れ馬のほうが好きらしい。

 ほっとしていると、寒い日だっていうのに信長はその場でさっさとふんどし一枚になり、小袖を小姓に放り投げて風呂場に向かった。

 信長が浸かる釜風呂の火に筒でふーふーと息を吹きながら湯加減をうかがう。

「どうッスか」

「なかなかのもんだ」

 お咎めなしで済んだ。

 が、信長は次の日の夕暮れにも来た。また入ると言い出した。おれは筒でふーふーと息を吹きかけながら湯加減をうかがう。

「どうッスか」

「なかなかのもんだ」

 そうして、また次の日も来た。いい加減にしてくれと思いながら息を吹く。

「どうッスか」

「やはり沐浴のほうがいい」

 ということで、わかっていない信長は三日で飽きてくれた。尾張からオカベを呼び出して、居館の離れにサウナ小屋を建築し始めた。

 信長は風呂を浴びに来なくなったが、その代わり、騒動を知った図々しい連中がおれの屋敷に押しかけてくるようになった。

 おれは筒でふーふーと息を吹きかけながら森サンザに湯加減をうかがう。

「どうッスか」

「うむ。なかなかだ。温泉に浸かっているようで気持ちがいいな」

 また今度来ると言ってサンザが帰ると、次の日にはクローザが来た。

 おれは筒でふーふーと息を吹きかけながら湯加減をうかがう。

「どうッスか」

「呉牛にしてはなかなかだ。玉野川で溺れて思いついたのか?」

 お湯をもらっているくせに悪口しか言わねえクローザは、また今度来ると言って帰っていき、次の日にはインチキ太田がやって来た。

 太田ごときにお湯を分けるつもりのねえおれは、今日はお湯を沸かさないと言ったのだが、とっておきのネタがあると言うので薪を焚いた。

 おれは筒でふーふーと息を吹きかけながらネタってなんなのか訊ねる。

「今年の春にー、お市様が浅井に輿入れされるんですよー」

「えっ? そうなんスかっ? だって、あっし、おやかた様に相当怒られましたよ。すごい折檻されたんスよ」

「だからー、牛殿がそう申したからー、おやかた様はそういう気になったのかもしれませんなー」

 なんだよ、それ……。結局、市姫様が浅井に嫁ぐんなら、おれはただの殴られ損じゃねえか。

 それにおれが言い出してから信長がその気になっちゃったのなら、厄介だな。

「そうそう、奇妙丸様も武田のお姫様と契りを結ばれましたからなー。奇妙様は牛殿に興味がおありだそうですぞー」

「誰ッスか、奇妙様って」

 太田は釜風呂からおれの覗きこんできて、呆れて笑っている。

「そんなことも知らんのですかー。拙者がいて良かったですなー、打ち首ものですぞ」

「え、誰ッスか」

「おやかた様がご嫡男ですよ。吉乃様とのあいだのお子」

「えっ?」

 そういや、小牧山城に行って最後に吉乃さんに会ったとき、太郎よりかちょっと幼い男の子がいたな。あれが、そうなのかな。

 吉乃さんの息子か……。

 とにもかくにも太田はまた今度来ると言って帰っていった。

 その日の夜、おれはドヤ顔で太郎に話した。市姫様が浅井に輿入れするのだと。知っているか、と。

「そんなの存じておりますよ。たいがいの者は知っております」

 太田の野郎……。

 そうして次の日にはマタザがなんと子供連れでやって来やがった。当然、幼女つきなので、マタザが勝手に火を起こしていたが、風呂から上がってきたあとは、幸と犬千代にケツをビシビシ叩かれて牛真似をさせられた。

「牛、水臭いじゃねえか。小姓を息子にしたんだったら俺だって太刀の一振りぐらいくれてやったところだ」

「い、いや、だって、もうだいぶ日が経っているじゃないッスか」

「もーもーっ! 牛さんもーもーっ!」

 ぐぬぬ。

「犬千代もっ! 犬千代もっ!」

「はいはい」

 おれは犬千代を抱える。すると幸が暴れ出す。なので、二人一緒に背中に乗せる。マタザは何も言わずにくだらねえ世間話をしている。

 また今度来ると言ってマタザは帰ったが、ガキどもがきゃっきゃと暴れ回ったせいでおれは全身筋肉痛になった。

 もう、耐えられないので、おれは門柱に、薪ガ有リマセン、という貼り紙を張った。次はサルが来そうな予感がするので、門扉も固く閉ざした。

 どいつもこいつも。ここは風呂屋じゃねえんだ。

 どうして、自分のために作った風呂場を提供してやらなくちゃならねえってんだ。バカどもが。自分で作れ。

 連日に渡って働かされたおれは縁側にぐったりと寝そべる。寒いので小袖を二枚羽織った上に半纏を一枚掛け、火鉢を二つ置く。居室や広間は寒いのである。日差しがあるぶん、まだ縁側のほうがいい。

 ねじり鉢巻きは長良川に釣りに出かけてしまっており、クリツナ(仮)は庭で放し飼いである。クリツナ(仮)もだらんと地面に寝そべっており、ときおり尻尾を振って虫を弾いている。

 そもそも、バカどもが風呂を貰いに来たところで、この家に手下がたくさん住み着いていればいいおれは働かなくていいのだが。

 ねじり鉢巻きにやらせればいいのかもしれん。でも、馬しか知らないあいつは礼儀がなってないから、さすがに人前に出せん。

 こき使える手下がいれば、おれは働かなくて済むのだが。

 沓掛に行って、足軽の誰かを連れてくるかな。サイゾーとか。


 ドンドンと門扉が叩かれているのに気づいておれとクリツナ(仮)は体を起こした。また、風呂目当てか、クソが。

 おれは居留守を使おうとしたが、クリツナ(仮)がのそのそと歩いていってしまう。

「すいませーん! 御免くださーい! 誰かおらんのですかー!」

 聞いたことのねえ声だ。

 クリツナ(仮)が行ってしまったので、おれも庭に下りて門までやっていく。

 門の覗き窓をそろりと開いてうかがってみると、荷物を背負った見知らぬ野郎が突っ立っている。

「誰ッスか? なんスか?」

 と、おれは窓から覗いたまま訊ねる。

 荷物を背負った二十歳そこそこのチビはおれに気づくと急に手揉みをして窓に近寄ってきた。

「あっ。そこの貼り紙を見たんで」

「貼り紙?」

「薪がないって。お求めなのかなと」

「求めてないよ。誰だねキミは」

「あっ。はいっ。あっし、京から来た行商人ッス。その、薪売りじゃないんスけど、お求めだったらあっしが使い走って仕入れてくるッス」

 なんだ、こいつ……。おれみたいな口調しやがって。

 でも、京から来たっていう割には田舎臭さ丸出しの顔だ。ヒマだし、からかってやろうと思って、かんぬきを外し、扉をちょっとだけ開けた。

「あっ。いいッスか」

 おれがうなずいていないのに、チビはずけずけと中に入ってくる。おれは風呂目当ての奴が来ないよう門を閉める。

「わっ。綺麗なお馬ッスねっ。旦那様が跨がられているんスか」

「まあ、とにかくこっちに来なよ」

 庭に回っていき、縁側に荷物を下ろさせる。クリツナ(仮)が荷物の匂いを嗅いだが、すぐにぷいっと鼻面を背け、馬屋のほうに去っていく。

 おれはクリツナ(仮)が愛想を尽かした荷物を指差す。

「これ、なんだ。売り物?」

「あっ、はいっ。そうなんス。すいません、あっし、薪売りじゃなくて、その、砂糖を売っているんス」

「砂糖?」

 からかうつもりだったが、砂糖と聞いておれ少々興味が湧いた。

「そうっス。南蛮渡来の高級品でして」

 チビ商人は荷物の紐を解くと、中から巾着袋を一つだけ取り出してくる。

「一袋、二貫文になります」

「二貫っ? ふざけんじゃねえ」

「いやいや、旦那様。旦那様ぐらいのお武家様であれば二貫文ぐらい大したことないじゃないッスか。あんないいお馬をご所有されていて」

「バカ言ってんじゃねえ、砂糖なんかに二貫も出すバカがどこにいるってんだ。お前、それを誰か買ったのか? ん?」

「いや、まあ、その、今日、岐阜に来たばかりなんス」

「そんなもの売れねえよ。やめとけ。とっとと帰れ」

「いやいや、旦那様、特別に一口どうッスか。特別ッスよ。一口。これ、どうッスか」

 と、チビ商人は巾着袋を広げてきておれに見せてきたのだが、中を覗いたおれは眉をしかめた。

 これ砂糖じゃねえだろ……。黒い玉とか、茶色の玉とか、なんだ、これ……。これって何かの糞じゃねえのか。

「おい、お前、これ砂糖じゃねえだろうが。ナメてんのかこの野郎」

「えっ、だって、旦那様、砂糖を見たことあるんスか」

「あるよ。お前、ないのか?」

「いや、だから、これが砂糖ッス」

 おれは呆れて縁側に腰かけた。詐欺師のサルに何度も騙されているおれは、こいつが詐欺師じゃないのがなんとなくわかる。本当にこれを砂糖だと思い込んでいる。

「お前さ、仮にこれが砂糖だとしても、どうしてこんな屋敷町をうろついているんだ。加納に行けばいいだろ。加納の菓子屋にでも行って卸してくればいいだろ。お前、バカなんじゃねえのか」

「いや、べつにあっしはここを通りがかっただけで、砂糖を売りにきたわけじゃないッス。薪がないって貼ってあったんで」

「じゃあ、帰れよ」

「いいじゃないッスか。これも何かの縁だと思って。わかったッス。一貫五百文にまけます。これでどうッスか」

「いらねえよ。帰れよ」

「袖振り合うも多生の縁っていうじゃないッスか。お願いしますよお」

「うるせえな。てか、お前よ、これを自分で食ったことあんのか? ちゃんと砂糖って確認したのか? どっから仕入れたんだよ、これ」

「それが旦那様、これはッスね、あの松永弾正忠様の御用聞きの者から仕入れたものなんス。世を騒がせているあの松永弾正様ッスよ。弾正様お墨付きッス。だから、これは絶品なんス」

「だから、お前は食ったのかよ」

「いいえ。商品ッスから。あっしが食べたんじゃその分、銭がなくなっちゃうッス」

「お前バカなんだな」

 おれは腰を上げると、ちょっと待ってろとチビに言いつけ、居室に戻って床の間の隠し板を開けると、中から太郎に知られないためのへそくりを取り出してくる。

 荒縄で括り通した二貫文をチビ商人にぶん投げる。

「買ってやるよ。その代わり、お前が食べてみろ」

「えっ? いいんスか?」

「いいよ。その代わり、おれの目の前でそれを毒味しろ」

「毒味だなんて、そんな大それたもんじゃないッスよ」

 と、チビは巾着袋に手を入れて、黒い玉を取り出してきた。へらへらと笑いながらおれに頭をちょこっと下げて、口の中に玉を入れる。

 舌の上で転がしながら味わっているバカ、途端に顔を歪めた。

「うえっ!」

 ペッ、と、庭に吐き飛ばした。おれはにやにやと笑う。

「お前、それ、なんかの糞なんじゃねえのか」

「そ、そんなはずないッス」

 チビは青ざめた顔で今度は茶色い玉を出してきた。おそるおそる口の中に入れると、うえっ、と、やっぱり吐き飛ばした。

「なだこれえっ。しょっぺえっ、うえっ」

「それって鼻糞じゃねえのか!」

 おれはげらげらと笑う。腹を抱えて笑う。

「そんな、まさか――」

「お前、騙されたんだよ! そのダンジョーなんとかって奴に! お前バカだな!」

「そんなっ」

 と、その場に両膝を付き、チビは頭を抱える。

「袖振り合うもナントカってやつだ。その二貫文はくれてやる。頑張って鼻糞売ってこい。あ、いいところ教えてやるよ。山の頂上に織田上総介って人がいると思うからそこに売り込みに行ってきな。ぶっ殺されるだろうけどな」

 おれはげらげらと笑いながら庭に下り、クリツナ(仮)のところに行く。クリツナ(仮)は馬屋の中で寝転がっており、変なものを嗅いだからご機嫌斜めなのか、おれを見上げたけれどもすぐに首を寝かしてしまう。

「悪かったなあ、クリツナ(仮)。おお、よしよし」

 首すじを撫でてやると、ぶるるっ、と、鼻を鳴らし、おそらく「あのチビ殺せ」と言ったに違いない。

「まあまあ、そう怒るなって」

 馬屋から出ると、鍵柵をはめ込み、庭に戻る。

 チビ商人はまだいる。頭をがくりと垂らしてしくしくと泣いている。

「おい、さっさとでてけ。邪魔だ」

 おれがそう言うと嗚咽を激しくさせたので、おれは縁側に乗っている荷物をぶん投げる。

「さっさと行けっつってんだろうが。目障りだ」

「あっしは、あっしは、騙されてしまったッス。もう、三河に帰れないッス」

「知らねえよ。でてけ」

 すると、なぜかおれの足にすがりついてきて、涙と鼻水で汚ねえ顔をおれに上げてくる。

「あっしは、あっしは、三河の徳川三河守様から二百貫文を預かっていたんス。それで商売してこいって。でも、それを全部、こんなもんに使っちゃったんス」

「あっそ。謝れば。てか、離せっ!」

「帰れないッス。このままじゃ帰れないッス。しかも、一文無しになっちゃったッス」

「だからなんなんだ! ここにおれがくれた二貫文があんだろうがっ! 餞別だっ! それ持ってさっさとでてけ!」

「二貫文じゃ二百貫にならないッスう」

 バチンッとおれはクソ野郎をぶん殴って、信長がおれをボコるときみたいにクソチビをボコボコにした。この野郎、おれにカネをもっと寄越せって言う気だったんだろう。

「おれはテメーみてえにカネカネうるせえ奴がいちばん嫌いなんだよ! でてけっ」

 亀みたいに丸くなっていたチビ商人に吐き捨てるも、見知らぬ野郎をボコってちょっと胸が痛んでしまったおれは、居室に戻ってもう一貫文取り出してき、庭でしくしくと泣いているチビにぶん投げた。

「もう一貫文くれてやる! 三貫文あればやっていけるだろうが! とっとと出てけ!」

 しかし、チビはそこで丸くなって泣いているだけで動かない。

「なんなんだよ、帰れよ」

「帰れないッス……」

「じゃあどうすんだよ。死ぬのか。じゃあ死ねよ。山の裏手に川が流れているからよ、そこに飛び込んで死んでこい」

 すると、チビ商人は幽霊みたいにして立ち上がり、荷物を背負うと、とぼとぼと庭を出ていく。

 おれは腰を下ろし、火鉢を火箸でザクザクと掘っていって、薪を赤くさせる。

 ガタン、と、閂が外れる音が聞こえてきて、おれは舌打ちしながら庭に下り、門のところまで行く。扉を開けようとしていたチビ商人の肩を掴む。

「おい、どこ行くんだ。本当に長良川に行くのか」

「はい……」

「何も死ぬことはねえだろう」

「だって、旦那様は――」

「死ぬぐれえだったら徳川殿に詫びを入れればいいだろうが。てか、お前本当に徳川殿に預けられたのか。嘘だろ。お前みてえなバカにどうして二百貫も預けるんだ。嘘ついてんじゃねえ」

「本当ッス。あっしは旦那様の言うとおり馬鹿なんス。おやかた様に会わせる顔がないッス。もう死んだほうがマシッス」

「ちょっと待てよ。死ぬ気でやれば二百貫なんてすぐに稼げるだろうが」

「稼げねえッスよお! あっし、馬鹿ッスもおん!」

 チビ商人はまたしてもその場に崩れ落ちてしまい、突っ伏して号泣するのだった。



 可哀想なので、チビ商人に自慢の釜風呂を馳走してやった。

 ねじり鉢巻きが帰ってきたので、釣ってきた魚も食わせてやった。チビ商人は泣きじゃくりながら魚を頬張り、おれと鉢巻きは溜め息をつきながら顔を見合わせる。

「それにしてもよ、おめえが買ったものってのは結局なんなんだ」

 ねじり鉢巻きがそう言いながらチビの荷物をほどいていき、その中は巾着袋がたくさん詰められていたのだが、すべてが訳のわからねえ糞玉かと思いきや、糞玉が入っている巾着袋は一部だけで、あとの大半は石ころだった。

「お前さ……」

 おれは絶句してしまう。チビ商人は真っ青な顔でいたが、すぐにまた泣き出す。

「お前、これを買ったときにちゃんと中身を確認したのかよ」

 チビ商人は突っ伏したまま首を横に振る。呆れて慰めの言葉も出ない。とんでもねえバカだ。こいつの言っていることが本当だったら、こんな奴に二百貫も渡しちまった徳川家康もよっぽどのバカだ。

 ろくでもねえ荷物をどっかに捨てていくようねじり鉢巻きに言った。ねじり鉢巻きは荷物を背負って屋敷を出ていき、おれは三貫文をチビ商人の前に差し出す。

「とりあえずよ、徳川殿に詫び入れろ。お前みてえなバカに二百貫文も渡す人なんだから、許してくれるだろ」

「許すとか許さないとかじゃないッス。恥ずかしくて三河になんか帰れないッス」

「バカのくせにカッコつけてんじゃねえ! カッコつけてっから騙されてんじゃねえのか! バカが! どうせテメーみてえなバカのことだから、ダンジョーナントカって名前だけで買ったんだろう! 恥だのなんだの気にしていて世の中渡っていけると思ってんじゃねえ! バカが!」

「でも、あっしは、おやかた様に大きなことを言ってきてしまったんスう。京で一財産築いて徳川家のため三河のために商売していきますって言っちゃったんスう」

「そんなこと、よくあることだろうが」

「旦那様っ!」

 と、急にチビ商人はおれに膝を滑らせてきて、汚ねえ顔で見上げてくる。

「と、と、当面の間、あっしを奉公させてくれないッスかっ?」

「はあ?」

「な、なんでもやるッスっ。こちらのお屋敷には奉公されている方もあまりいないようッス。だから、当面の間だけっ。お願いしますっ」

「無理に決まってんだろう。罪人をかくまうようなもんじゃねえか」

「いやっ、二百貫貯まるまでは。なんとか稼いで二百貫貯めるんで。それまでは、こちらに住まわせてくださいッスっ」

「無理だ」

「お願いしますっ」

「無理だっ!」

「お願いしますうっ!」

「しつけえんだよ! おれはそういう変なことに巻き込まれるのは嫌なんだよっ! メシをくれてやったからって、図々しく居座ろうとするんじゃねえっ! さっさとでてけっ!」

「なんでもしますんで、お願いしますう」

 おれは舌打ちした。

 なんでおれにお願いしてくる奴ってみんなしつこいんだろう。絶対におれがうんって言うまで引き下がらねえじゃねえか。

「もういいよ。わかったよ」

「い、いいんスかっ」

「ああ。わかったわかった。わかったよ。ちょっとの間だけだぞ。その代わりなんでもやれよな。おれの言うことは全部聞けよな」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」

「あと……、この屋敷にはもう一人、おれの息子がいるが、そいつには絶対に言うなよ。徳川殿から二百貫預かっていただなんて絶対に言うなよ。おれとは違ってお固い奴だからよ、騙された商人だって名乗ってもいいけど、徳川殿から預かっていたことは絶対に言うな。わかったな」

「はい。わかりました」

「それじゃ、さっそく薪割りしろ」

「え?」

「え、じゃねえよ。なんでもやるって言っただろうが」

「だ、だって、薪はないって」

 おれはチビを連れて庭に下り、馬屋の陰に置いてある木を指差した。

「ここにあんだろうが」

「な、ないんじゃ」

「黙って言うこと聞け! 叩き出すぞ!」

「はいっ」

 おれはチビに斧を渡す。薪割りのしようを眺める。ヘッピリ腰でやっているので、ケツを蹴飛ばす。

「すいませんッス」

「ところで、お前、名前はなんていうんだ」

「四郎次郎ッス。中島四郎次郎と申します」

「ふーん。シロジロね。三河にはそういうのが多いのか? 徳川殿はジロサブロって言うんだろ?」

「いや、四郎次郎ッス。おやかた様は次郎三郎様ッス」

 おれは生意気なチビのシロジロの頭をぶん殴る。

「おれがシロジロっつったらテメーはシロジロなんだよ! おれがジロサブロって言ったら徳川殿はジロサブロなんだよ! わかったか!」

「はいっ! わかったッス!」

「足らなくなったらどっかの山から木を切ってこい。あ、稲葉山は駄目だからな。この前、おれが怒られたから」

「と、ところで、旦那様は、織田様のご家来ッスか」

「当然だろうが」

「お、お名前は」

「簗田武蔵介だ」

「へ? 簗田牛太郎様でらっしゃいますか?」

「……なんで知ってんだよ」

「織田の簗田様と言ったら、桶狭間勲功第一の沓掛城の綱鎧の簗田様――」

「綱鎧とか言ってんじゃねえっ!」

「すいませんッス」

「手、休めてんじゃねえよっ! 喋りながらでも手だけは休めてんじゃねえっ!」

「はいっ。すいませんッス」

「おれは昼寝するからちゃんとやっとけよ。終わったら次の仕事があるから起こしに来い」

「はいっ」

 クリツナ(仮)が馬屋から首を出して様子を見つめてきていたので、クリツナ(仮)の鼻面を叩いてやって、庭に回っていった。



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