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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第五章 門出
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厚顔無恥

 烏帽子親とはなんなのかよくわからなかったが、半兵衛が太郎のポニーテールを短刀で切り捨て、髷を結って、黒い三角帽子をプレゼントした。

月代さかやきを剃るのは面倒なので」

 と、ここでもニート根性を表す。

 名前はこれまでの太郎から、左衛門太郎となった。半兵衛の案である。

 太郎は気づいていなかったが、マリオの五郎左衛門から取ったに違いない。顔に似合わず意地の悪い男である。

いみなは政広でどうです?」

「やめろよ」

 反対したおれは、おれの字を使うなとも言う。

 おれみたいな駄目人間の名前を使うだなんて太郎の将来に響く。そもそもおれはまさしも政綱も嫌いなのである。

「信正ってのはどうだ?」

 紙に筆で書いたパパのおれはにこにこと太郎や半兵衛に見せてやった。こういうのがいい。とてもカッコいい名前だ。

 しかし、太郎は眉をしかめる。半兵衛は溜め息までつく。

「おやかた様の一字ではありませんか。正気ですか、殿」

「簗田殿。いい加減にしてくだされ」

「じゃあ、もうこれでいいだろっ。広正っ。なんか文句あっかっ!」

「まあ、いいんじゃないんですか」

 ということで太郎は今日から簗田左衛門太郎広正となった。

 半兵衛も太郎も名前に大して執着しておらず、結局、諱なんてなんだっていいんじゃねえのか?

 おれの政綱だって使った試しがねえ。牛だの牛太郎って呼ばれるだけで、おれだって牛太郎って名乗っている。

 てか、牛太郎ってのやだな……。ほとんど蔑称じゃんか……。

 おれも改名したいな……。おれも信長みたいにナントカスケがいいな……。

 簗田武蔵介とか。

「して、太郎。これからは簗田殿を父上と呼ぶのですぞ」

「はい……」

 太郎が恥ずかしそうにしてうつむく。

 半兵衛はかつてないほどにものすごくにやにやとしながらおれを横目にしてくる。

「半兵衛。お前、おれをバカにしてんだろ」

「さて、明日には家の者や家臣たちに伝えますか。織田上総介のもとに参上することになったと。ああ、北方城の舅にも伝えなければ」

「お前、さっさとしろよな。面倒くせえとかなしだからな」

「さっさとしなくてもよろしいではありませんか。簗田殿は菩提山に引き篭もりに来たのでしょう?」

「そういうわけにもいかねえだろ。太郎を息子にしちまったんだから。おれだっていろんな連中に話をしなくちゃいけねえだろ」

「変人ですね。簗田殿は」

 ふふん、と、半兵衛は鼻で笑い、なんとなく、おれは騙された気分である。

 翌日、半兵衛は実家に話をしてくると言って菩提山を下りた。

 おれと太郎は庵に残される。

 主人と小姓の関係から、突如として親子になってしまってぎくしゃくとしてしまう。お互いに口数も少なく、太郎は逃げるようにしてねじり鉢巻きとともにクリツナ(仮)の洗車を始めたのだった。

 おれが親父……。

 庭の様子を眺めながらなんとも言えない気持ちである。ついた溜め息のしように急に老けてしまった気さえしてくる。

 一方で、ポニーテールを切り落として髷を結った太郎は急に大人びたように見える。

 むしろ、おれだけがふわふわとしてしまっており、太郎のほうがしっかりと地に足を付けているようでもある。

 人生ってどうなるか本当にわからないものだ。

 まさか、戦国時代で童貞のまま十五歳の子供の父親になるだなんて。

 そんな野郎がこの世界のどこにいるってんだ。

 波瀾万丈もいいところだ、ほんとに。

 紅く色づいた木の葉がぷつりぷつりと舞い落ちて、今日もすっかり秋だ。

 あーあ、パパだなんて。

 栗が食べたい。

 クリツナ(仮)を見ていたら食いたくなった。おれは縁側から下り、山道に向かう。

「どこに行くのですか。ち、父上」

 おれはぴたっと足を止めてしまう。なんて違和感のある言葉。

 振り返ると、太郎は顔を真っ赤にしており、ねじり鉢巻きはにやにやと笑っている。さらにはクリツナ(仮)までもがおれに鼻面を向けてじっと見つめてくる。

 馬のくせに物言いたげな目をしやがって。

 おれはくるりと踵を戻す。

「く、栗拾いだ」

「栗なんてあるんですか」

「知らん」

「あるだぎゃ」

 おれは再度足を止めた。

 茂みの中からガサガサと禿げ頭が出てきて、サルは歩み寄ってきながら袖の下から笹の葉の包みを取り出してき、中身を見せてくる。

「ほれ。牛殿。搗栗かちぐりだぎゃあけども」

「なんで藤吉郎殿がここにいるんスか」

「それよりも、おみゃあ、どういうことかえ。今、太郎はおみゃあを父上って呼んでいただぎゃ」

「べつにいいじゃねえッスか。藤吉郎殿には関係ないッスよ」

「よくねえだぎゃ。とりあえず上がって話をするだぎゃ」

 サルに袖を引っ張られて庵に戻っていく。

 自分の家のようにして図々しくサルは庵に上がり、縁側に腰かけ、搗栗を渡してきた。おれは眉をしかめながら受け取る。

「なんなんスか」

「おい。太郎、おみゃあもこんかえ」

 手招きされた太郎は困惑しながら歩み寄ってき、サルからぽいっと搗栗を放り投げた。片手でキャッチした太郎は、ちょこっと頭を下げる。

「おみゃあ、まさか、牛殿の子供になったのかえ」

「それが、はい。簗田左衛門太郎と名乗らせてもらうことに」

「ほうかえ。いやあ、牛殿、ようやくおみゃあも決心がついたかえ。おりゃあも前からそうしたほうがええんじゃねえかなって思っていたんだぎゃ。おりゃあはこいつは昔から賢いと思っていたんだぎゃ。英断だぎゃ」

 サルが栗をむしゃむしゃ食いながらおれの肩をバチバチ叩いてくるので、おれは太郎ばりのシラーッとした目でサルを見つめる。

「そうだぎゃ。元服祝いに太刀でもくれてやるだぎゃ。な、太郎」

「え、いや、そんな恐れ多くて」

「水臭いこと言うなだぎゃ。おりゃあとおみゃあは昔からの仲じゃにゃあか。いやあ、めでたい。寧々にも早く教えてやらにゃあと。月に二三度は太郎の話をするからにゃあ」

「藤吉郎殿、急になんなんスか。仮病使っていたくせに」

「仮病? なんのことかえ?」

「あっしの家来を勝手に引き抜いたでしょうよ」

「にゃっはっはっ。いんやあ、あれは参った。急に押しかけてきて、おりゃあの手下にしてくれねえと腹を切るだなんて言い出すだぎゃ。それはそうと、おみゃあ、竹中半兵衛と仲がいいみてえだぎゃあけども、あれかえ、竹中半兵衛は今、出かけているんかえ」

 うやむやにしやがって。

 しかも、昨日は隠れて逃げたくせに今日は堂々とお出ましで、おれのご機嫌取りである。

 魂胆はお見通しである。

「申し訳ないッスけど、竹中半兵衛はもうすでに織田の人間になるって決めましたから」

 サルは栗を口に運んでいた手をぴたりと止めて、おれを横目に見やってくる。

「無駄っスよ。近日中には半兵衛と一緒に小牧山に行くんで。藤吉郎殿はさっさと帰ったほうがいいッスよ。さよなら」

「ほんだら、おりゃあも一緒に小牧山に行くだぎゃ」

 栗をぽいっと口の中に放り投げて、鼻先を突き上げながらむしゃむしゃと咀嚼する。

「いや、付いてこないでくださいよ。付いてくる必要ないじゃないッスか」

「頼むだぎゃっ!」

 突然、サルは両膝を揃えた。這いつくばりながらおれの手を取ってき、顔面しわくちゃの嘘泣き顔で擦り寄ってくる。

「これからのおりゃあには家臣が必要なんだぎゃ。それどころか、竹中半兵衛なんちゅう切れ者が浪人しているんだぎゃあ。おりゃあの足下にしてえだぎゃあ。頼むだぎゃあ、牛殿」

「イヤです。おい、太郎、クリツナ(仮)に乗ってどっか散歩に行ってこい。この人、お前にまで頼み込んでくるだろうからな。さっさと行け」

「は、はい」

「ちょ、待つだぎゃ、太郎――」

「構うな、行け」

 太郎はサルに頭を下げると、背中を返していく。

 サルはおれを睨み上げてくる。

「なんスか? 気に入らないんだったら、お帰りになってどうぞ」

「いやっ、違うんだぎゃ。いや、頼むだぎゃ。牛殿、おりゃあとおみゃあの仲じゃにゃあかあ」

「イヤです。ほんとに虫が良すぎる人だな。手下を勝手に引き抜いてあっしをコケにしたくせに」

「違うんだぎゃ。ありゃあ、伊右衛門がどうしてもって言うんで」

「だいたい話がおかしいんだ。仮にあっしのところが嫌になってあの野郎が違うところに移るってなっても、あっしとよく会う藤吉郎殿のところに移るってのはおかしな話なんだ。てことは、藤吉郎殿が前々から伊右衛門にちょっかい出してたってことなんだ」

「それは違うだぎゃっ! そこだけは違うだぎゃっ! 伊右衛門が勝手におりゃあのところに泣きついてきただけだぎゃっ!」

「じゃあ、なんで突っぱねなかったんスか」

「そ、そりゃ……、ひ、人手が不足しているから……」

「ほらっ! あんただって不義理を働いてんじゃねえかっ! この詐欺師!」

「お、お、おみゃあだっておりゃあに借りがあんだぎゃろうがっ!」

「借りだとお? なんだよ! そんなもん借りた覚えなんかねえぞっ!」

「おみゃあが失踪したあと、おりゃあのところに来て一緒に詫びに行ってくれって頼んできたじゃにゃあか」

「そんなの大した借りでもねえだろうがっ! だいたいそんなことあっしはなんべんもしてんじゃねえッスか! 寧々さんと結婚するときだってあっしは一緒に頼み込んだじゃねえッスか!」

 サルは愛想笑いを浮かべながら搗栗の笹の葉を差し出してくる。おれは払ってのける。

「だいたい、あっしのほうこそ藤吉郎殿にはさんざん貸しがあるんだ。あっしのヒルモをだまし取ったこと。墨俣築城で沓掛勢を出したこと。それと、明智庄の件を自分から作っておいて、最終的にイエモンをかくまっていること。こっちはおやかた様に訴えたっていいんスからね。そういう滅茶苦茶なことをしたイエモンと、筋道を立てない藤吉郎殿を」

「ひ、蛭藻をだまし取ったなんて言われのねえことだがや。墨俣築城はおみゃあの手柄にもなっているはずだぎゃ。そ、それに、山内伊右衛門のことは、し、知らんだぎゃ。おみゃあが勝手に千代殿を取り逃しただけだぎゃあろ……」

「ああそう。そう言う。そう言うんスか。じゃあ、帰ってください。話すことなんて一つもない。そうやってあっしをいつまでも侮辱するんなら、これえっぽおっちも、話すことなんてない」

「おなごかえ? おなごを紹介すればいいんかえ?」

「バカにすんじゃねえっ!」

「頼むだぎゃあっ! おりゃあとおみゃあの仲じゃにゃあかあっ! 竹中半兵衛をおりゃあの手下に。いんや、与力でいいんだぎゃ。おやかた様と竹中半兵衛にそう言ってくれだぎゃ」

「しつこいんだよっ」

「頼むだぎゃ。頼むだぎゃあ。この通り。この通りだぎゃ。神様仏様簗田様。この木下藤吉郎、この通り」

「ふざけんなっ! この詐欺師! この悪党! いい加減にしやがれっ!」

 おれはサルを振り払い縁側から庭先に飛び降りる。

 太郎はクリツナ(仮)に跨ってすでにねじり鉢巻きとともに山を下りていってしまっており、おれも山道を下りていこうとする。

 が、サルはひっついてきて離れない。

 キノコ狩りで山の中に入っても、「頼むだぎゃ。頼むだぎゃあ」とすがりついてくる。

 おれは突き飛ばして振り払う。

 熟したアケビを見つけたので庵から槍を持ってきて落とそうとする。

 サルが木登りして猿みたいにして枝をしならせながら取ってきて、「頼むだぎゃ」とアケビを渡してくる。

 昼メシのため、庵の竈で勝手にコメを炊く。

「魚が欲しくないかえ?」

 ということで、網籠を持って菩提山の小川に出かける。小袖の裾をまくりあげ、沢の中で小魚を探す。網籠で捕まえる。

「おりゃあのほうが捕れているだぎゃ」

 と、サルが壺の中身を見せてくる。

 おれは鼻で笑う。

「そんな小魚ばっかり。もうちっと大きいの捕まえなれないんスか?」

「おみゃあだって小さいのばっかじゃにゃあか」

 おれとサルは競い合って魚を捕まえる。

 すると、サルはおれの縄張りを荒らしてきた。おれはサルをショルダータックルで吹っ飛ばす。川の中にひっくり返っているさまにげらげらと笑い立ててやる。

 サルが飛びついてきたので、川でばしゃばしゃと格闘し、

「腹へっただぎゃ」

「なんか寒くなってきたんスけど。風邪でも引いちゃいますよ」

 と、二人でふんどし一枚になって急いで庵に戻っていく。

 囲炉裏の火に当たりながら小魚に串を刺していく。サルは採ってきたキノコで吸い物を作っている。

 炊きたてのご飯を盛った茶碗片手に囲炉裏の魚を頬張っていく。

「そういやだぎゃ、この前小牧山に用があったんで尾張に帰ったんだぎゃあけども、又左の屋敷に寄ったんだぎゃ。おみゃあ、会ったことあるかえ、又左の娘と倅」

「ありますよ。幸と犬千代でしょ」

「ありゃ、見ないうちにずいぶんと大きくなったぎゃ。マタザに似て背が高くなるんじゃにゃあかえ」

「子供ってそんなもんじゃないんスか。だって幸はもう五歳か六歳でしょう」

「それにしちゃあ、大きくないかえ」

「そうスか? あっしは幸はおまつに似ていると思うけどなあ」

「おまつに似たら美人だぎゃ。ほうなったら、又左はおりゃあにくれないだぎゃあかねえ?」

「本気で言ってんスか? マタザ殿にぶち殺されますよ」

 腹もふくれたので縁側に寝転がる。サルはすぐにいびきをかき始める。おれもうとうとと瞼を閉じる。

「お二人とも、こんなところで寝ないでください。半兵衛様が帰ってこられたら粗相となりますよ」

 太郎に起こされて、おれとサルは目を覚ました。おれはあくびをかき、サルはケツをぼりぼりと掻きながら寝ぼけまなこで辺りを見回している。

「ありゃ? ここはどこかえ?」

 おれもどうしてサルがここに来ているのか、しばらく思い出せなかった。



 サルのしつこさに折れてしまったおれは、しぶしぶ半兵衛に事情を説明し、サルもサルでしつこく半兵衛に詰め寄って、結局、三人で小牧山城に出向いた。

 信長に半兵衛を紹介するとともに、サルが半兵衛を与力で頂戴したいと信長に申し込む。おれもなぜかお願いする。

 信長はしばらくのあいだ沈黙していたが、

「構わん。好きにしろ」

 と、言った。

 半兵衛とサルを退出させると、代わって太郎を信長の前に差し出した。

「あと、おやかた様、実はこちらの子供、あっしの小姓だったんですか、息子にすることにしまして」

「なにい?」

 と、信長は瞳を輝かせて初めて笑った。

「貴様がこやつを息子に? どんな風の吹き回しよっ!」

「いやっ、その……」

「して、太郎、お主は名を改めたのか」

「あっ、は、はいっ。さ、左衛門太郎広正とっ。今後、父とともにおやかた様に忠義の限りを尽くして参りますっ」

「フン。左様か。――ならば左衛門太郎。貴様、馬廻になれ。俺が岐阜に移ってからだ。俸禄百貫で召し抱えてやる」

「えっ! 百貫っ?」

「なんだ、牛。不服か?」

「い、いえっ。こんな子供に百貫文だなんて」

 キャッキャッキャと上機嫌に笑い上げながら信長は去っていき、おれと太郎は顔を見合わせた。

「お前、おやかた様に会ったことあったのか?」

「いえ。初めてです」

 なんだか、太郎を知っていたような口ぶりだった。貴様がこやつを息子に? ってのが。

 信長は知っているのだろうか。太郎がマリオの子供だっていうことを。

 岐阜に戻ると、太郎を連れてマリオのもとにも挨拶に行った。

「た、太郎を、簗田殿が?」

 最初、マリオはうろたえていたが、ややもすると、「左様か」だった。

「それは良かった。太郎、今後は今までよりもいっそう簗田殿に忠義を持って仕えるのだ」

「承知しました」

 何が「左様か」だ。

 マリオとしたら妻子もいない沓掛城主のおれの息子に太郎がなったのは恩の字に違いないんだ。

 まあいい。皆が愉快になるんだったら、最善の選択だったってことだ。


 年末が近くなるにつれ、岐阜の町は整備されていった。依然として城郭の土木工事は続いているが、信長の居館も完成し、次いでおれの屋敷も完成した。

 屋敷町の半分以上が出来上がると、小牧山や清洲から織田家中の人間が続々と引っ越してくる。

 さらに、信長が加納と名づけた城下町には、岐阜制圧直後から楽市楽座の制令札が出されていたので、商人や職人がどっと押し寄せてきた。

 たいがいの都市では、神社や寺に属する組合に入っていなければ商売が出来ないらしいのだが、岐阜はそんなものは信長の権力で取っ払ったというわけで、今まで商売にありつけなかった者、一発当てようと鼻息の荒い者、もちろん他の都市で商売に従事している者などが加納に集まった。

 夏の終わりに焼きつくしたときの光景が思い出せないほど、岐阜は突如として賑わったのである。

 岐阜城郭の工事にマリオの手下、沓掛勢の監督として駆り出されているおれは、マリオの隙を見計らって稲葉山を脱走し、屋敷に帰ってきて薪を焚く。

 簗田牛太郎専用の釜風呂に浸かって、その日の疲れを癒やす。まだ、昼メシを食ったばかりだが、疲れたのである。

 太郎は馬廻衆となって毎朝信長の居館に出仕し、どっかの野っ原に訓練に出かけ、ハットリ君などの先輩馬廻衆にしごかれている日々だ。

 信長も粋な男だ。口うるさい太郎を馬廻衆にしてくれたおかげで風呂を浴びたい放題である。

 あいつ、風呂釜を運んできたとき、とやかくやかましかったからな。どうしてこんなものを作ったんだ。どこで手に入れた銅なのだ。沓掛城のを持ってくればよかったじゃないかなどと。

 息子なんだから黙ってろ。おれが親父だ。太郎のお給料の百貫文もおれのものだ。

 それに沓掛城の収入から割り出されるおれのおこづかいの他に百貫文も入ってくるんだから、奉公人を雇わないとな。

 掃除やら洗濯やらはねじり鉢巻きがやってくれているが、あいつは馬しか知らねえ野郎だから、何事につけがさつだ。メシはいつもまずいし。

 四人はおにゃの子を雇わないかん。

 食事係、掃除係、洗濯係、おれのお背中流し係。

 ということで、おれは加納の屋敷町に引っ越してきた寧々さんを訪ね、知り合いに「若く」て職にあぶれているおにゃの子がいたら紹介してくれと頼んだ。

「太郎ちゃんを養子にしたって聞きましたよ。今度、一緒に遊びに来てくださいな」

「いや、太郎はいろいろと忙しいんで」

 太郎ファンの寧々さんを軽くあしらい、又左の屋敷に行く。塀越しに中を覗き込み、わがまま娘から離れたところを見計らって、おまつに頼み込む。

「おまつのお友達にいないかね?」

「うーん。探してみますけど、うちの殿が言うかもしれません。うちも人が足りないんだって。そんなことより、幸や犬千代と遊んでいってもらえませんか? 牛殿と会いたいといつも言うのです」

「あっ、ごめん。用事があって」

 牛真似をさせられるのはこりごりである。

 屋敷に戻ってきて、ペットのクリツナ(仮)が入っている馬屋のウンコ掃除をしてやっていると、庭に放しているクリツナ(仮)がちゃかちゃかし始めたので、なんだと思ったら、げっ、太郎が帰ってきている。

「な、なんだよ、お前。今日は帰りが早いじゃねえか」

「おやかた様が鷹狩りに出かけられたので、拙者ども下っ端は帰ってもよろしいとなったのです。それより、父上こそお帰りが早いのでは」

「ゴロザ殿が帰っていいって」

 疑うような目つきの太郎からそそくさと逃げて、居室にこもる。やることもないので昼寝する。

「父上」

 ややもすると、太郎がやって来たので、説教されるかなと思いきや、

「父上がいつも着ているそれ、そろそろ変えたほうがよろしいんじゃありませんか。つぎはぎだらけですし、いつもそれで外出されてしまうから、あまり」

 と、ケチのくせに珍しい。

 だったら、いっそのこと年明けも近いことだから着物を新調しようということになった。

「お前も武将になったから、それなりの服を用意しないとな」

 二人で加納に出かける。

「そういえば、それ、どうしたんだ」

 太郎の腰には脇差しと一緒に太刀が差し込まれてあった。

「木下殿から頂きました」

「ああそう。あんまり、藤吉郎殿には恩を借りるなよ。あの人って大昔のことを絶対にほじくり返してくる人間だからな」

「父上だってそうだと思うんですが」

 いちいちうるさいので、無視して歩く。

「父上は昔のこまごまとしたことまで覚えていますよね。拙者が言ったことや木下殿が言ったこととか、よく覚えているなと感心します」

「それは皮肉か?」

「そうじゃありませんよ」

 加納の通りはさまざまな種類の人々で賑わっている。行き先を太郎に任せて反物屋に入ると、清洲のときみたいに藍色だけじゃなかった。でも、おれは藍色にした。太郎もおれが選んだものよりは明るめの藍色にした。

「うちは仕立てもやってますんで」

 と、店の旦那が言う。なんだ、手間がはぶけた。寸法を測ってもらい、小袖を二着ずつ注文する。

「あの、あとさ、裾が短いのを二着ぐらい作ってくれないかな。太ももぐらいの丈のを」

 いつまで経っても小袖っていうのは歩きづらくて慣れない。半纏形状のほうが歩きやすい。

「股引も作っておいてくれ」

 出来上がったらおれの屋敷に持ってきてくれると言う。ほほう、さすがは楽市楽座だ。商売が自由競争になっているから、サービス精神旺盛である。

 店をあとにすると、加納のはずれのほうも見て回った。目抜き通りから外れると、露店が数多く並んでいる。

「すごいですね。いくさはついこの前だったというのに、あっという間に町が出来てしまいましたね」

「うーん。そんなことより、お菓子屋さんがあるんだが」

 香ばしい匂いに誘われて茅葺屋根の軒先まで歩み寄っていくと、中では団子を焼いていた。濡れ縁に腰掛けている職人らしき男が串に通した焼き団子を食べているので、お茶を運んできていたババアにみたらし団子はないのか訊ねてみる。

「みたらし?」

 トンデモ時代にはないと察して、おれは仕方なく焼き団子で我慢してやり、太郎のぶんと合わせて袖下のジャリ銭を支払うと、濡れ縁に腰かけた。

「みたらし団子ってなんですか?」

 太郎が訊ねてくるので、おれは醤油がかけられた甘い団子だと説明してやる。

「醤油がかかっているのに甘いんですか? どういうことなんですか?」

「どういうことって言われたっておれにもよくわかんねえよ。ただ、そういうのがあったらいいなって思っただけだ」

「たまによくわからないことを言いますよね」

 ババアが店の中から団子と葛茶を運んでき、太郎はうまいうまいと言って串から団子をくわえてちぎっていく。

 何がうまいんだか。ただ単に焼いただけじゃねえか。

 おれは溜め息をついて通りの人の往来を眺めながら、甘い物が食いてえと思いつつ、団子をちぎっていく。

「なんでしょう」

 と、あっちのほうを見つめながら、太郎が言った。

「ん?」

 おれも太郎の視線の先を追う。

「うわ、あれって」

 おれは思わず声が出た。あそこにいるのはウザノスケだった。ウザノスケは誰かと向かい合って、何やら揉めているのだが、忌々しいことにその揉めている相手がおかっぱ頭の女、デザイアだった。

「最悪の二人だな。おい、さっさと食え。さっさと帰るぞ」

「べつに見つかりませんよ」

 と、おれと同じくデザイアを嫌っているけれど、ウザノスケのことは嫌いじゃない太郎は、様子をじっと見つめて手を休めてしまっていた。

 おれは仕方なしに頭を低め、太郎の陰に隠れつつ、揉めごとの様子を眺める。

 ウザノスケとデザイアはお互い挑発し合うような不適な笑みを浮かべながらも瞼を大きく広げながら罵り合っており、女相手にムキになっているウザノスケもウザノスケだが、ウザノスケ相手に喧嘩腰でいるデザイアもデザイアだ。

「あの女、ほんと変わってねえな。清洲にいたときと丸っきり変わってねえじゃねえか。もういい年だろあの女。信じられねえな」

「清洲でも小牧山でも有名だったみたいですよ」

「じゃじゃ馬でか?」

「まあ、そういうところです」

 すると、デザイアは急にパンチを繰り出した。そのパンチはウザノスケの股間にヒットし、ウザノスケは腰をくの字に曲げて悶えてしまう。

 おい……。なんだよ、あれ……。

 揉め事を遠巻きに観戦していた町の連中は途端に喝采の拍手を上げる。ウザノスケが狼藉でも働いたんだろうか、それにしたってウザノスケを一発で粉砕してしまうデザイアってのは……、いったい……。

「なんなんでしょう、あの人は。理由はわかりませんが、かといって黒母衣の佐々殿に手を出すとは」

「おいおい、太郎、やめろよ。関わるなよ」

「わかっております」

 やがて、どこからかデザイアのお連れのババアが小走りにやってきて、泣きそうな顔でデザイアの肩を掴んでその場から連れ出してくる。

「やべ。こっち来る」

「べつによろしいではありませんか、見つかったとて。父上、叱ってやってくださいよ。あんな者、織田の恥さらしです」

「やめろよ。勘弁してくれ」

 おれは通りに背中を向けて濡れ縁に腰かけ直し、じゃらじゃらと聞こえてくる腕輪の音に背中を丸めてやり過ごそうとする。

 しかし、じゃらじゃら鳴りがおれの真後ろで止まってしまう。

 やばい……。マジで顔を合わせたくない。

「そなた、どこかで見かけたことがあるな」

「簗田牛太郎の小姓、今は倅となって簗田左衛門太郎です」

 太郎が刺の立った声音で返してしまい、「バカ」と、おれは小声をもらす。

「へえ。あのときのわっぱか。大きくなったな」

「あなた様は相変わらずのようですね」

 バカが挑発しちゃったから、腕輪の音がじゃらじゃらと近寄ってくる。

「梓様っ。おやめくださいませっ」

「何がじゃ、お貞。わっぱとは久方ぶりの再会ではないか」

 どうやらデザイアは太郎の隣で背中を丸めているおれをただの客だと思っているようである。

「そなた、簗田牛殿の倅となったのか」

「ええ。つい先日に。養子です。拙者には父母がおらないため」

「へえ。簗田牛殿は達者にしておるか」

「はい。ただ、あなた様にこっぴどくやられたあとは、長いあいだ憔悴してましたが」

 フン、と、デザイアは鼻で笑い、おれはわなわなと震える。

「しかし、どうして、佐々殿に手を上げられたのです。かような真似が許されると思っているのですか」

「誰が許さないのじゃ」

「天です」

「フン。ならば、付き添いの従者を痛めつけていた内蔵助は天に許されるというのか」

「たとえ佐々殿が何かをしていたとしても、あなた様はそこに干渉できるお立場にはありませんでしょう」

「そなたがそう思うのであれば、おやかた様にでも訴えればよかろう。しかし、かようなことをしたとて何もならんとわらわは思うがな。わらわの兄者が責められるだけじゃ」

「柴田様にご迷惑をおかけしているではありませんか」

「そなたはそこに干渉できる立場にはない」

 言い負かされた太郎は黙りこみ、デザイアは腕輪をじゃらじゃらと鳴らしながら去っていく。

「なんなんでしょう、あのおなごは。まったくもって許せませぬ」

 フーッと吐息をついたおれは、おこちゃまの太郎に触らぬ神に祟りなしということわざを教えてやった。



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