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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第四章 美濃騒動戦
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築け、一夜城

 本日は天気晴朗なれども川波は高い。

 沓掛勢百七十余名とともに木曽川と向かい合う。

 春日井児玉からマリオの兵隊五百人を連れてきたのは種橋藤十郎というオッサンで、どうせしぶしぶ来たのだろうと思ったら、おれが簗田牛太郎だと知るなり頭を深々と下げて、今日はおれのために尽力すると言ってやけに鼻息が荒い。

「細流、大河と成る。噂に聞けば、おやかた様ならびに吉乃様の御前で、織田家の天下への道を唱えられたと」

「は、はあ――」

「微力ながら拙者もその細流とさせていただきたい所存であります」

「あ、あざっす」

 まさか、こんなところにまで影響を及ぼすとは思わなかった。

 おれにそう言わせた吉乃さん、それと、文章を考えてくれた半兵衛のおかげかも。

 村井長八郎こと八っちゃんも来ている。従えているのは二十人程度だが、まあ、元浪人バカマタザの肩身の狭い立場を考えれば致し方ない。来てくれただけでも恩の字だ。

「又左衛門様は赤母衣筆頭としておやかた様とともに犬山に行ってしまわれましたが、拙者が又左衛門様の分まで働きますゆえ」

 どうせ、マタザのことだから犬山への出陣がなかったとしても来てくれなかったような気がするが、マタザなんかよりも八っちゃんのほうが頼りになるからな。

 そうした、種橋藤十郎のオッサンや八っちゃんに加え、イエモン、ソフエ、沓掛勢の足軽組頭を集め、おれは一軍の大将のようにして段取りを説明していく。写し書きした縄張り図、太郎に書き直してもらった作業手順書も配っていく。

「作業は日没と同時に開始。ケツは夜明けまで。暮六つ(17時頃)までに渡川を完了させること。それまではここでメシを食って休憩していること。怪我や事故は士気に関わるので安全第一で」

 連中がうなずくと、おれは太郎とともに作業員たちより先んじて小舟に乗る。

 波に揺らされながら、太郎が両肩をこわばらせている。

「明日の朝までなんだぞ。今から緊張してどうすんだ。体がもたねえぞ」

「緊張などしておりません」

 明らかに目が血走っている太郎に呆れながらも対岸に渡り、川岸から半里もない現場に向かうと、苗が広がり渡る田んぼの中で、そこだけぽっかり水が抜かれていた。

 とはいえ、まだ土には水が含まれており、ぬかるんでいる。草鞋の足はぐっちょりと埋まる。

 現場の中心には総大将のサル、弟の小一郎、堀尾茂助といったサルの家来ども、それに蜂須賀小六や坪内喜太郎などの川並衆の頭領たちも来ていた。

「いよいよだぎゃ。ここから天下の道が開けるだぎゃ。細流、大河と成る。おりゃあたちが大河の始まりだぎゃあぞ」

 小牧山のときにはサルも聞いていたので、細流うんぬんはすっかりスローガンとなってしまっている。

 しかし、そうしたスローガンは男どもの胸を鼓舞させるには有効的なのだろう。

 総大将のサルを囲う面々は目に光を灯して、唇を真一文字に結び、織田の者だけならず、川並衆の顔つきさえ変えていた。

 子供の太郎なんかは武者奮いを起こしている。

 おれたちは田んぼの真ん中から天下を目指す。

「ほんだら――」

 と、サルが目を配ると、茂助たちサルの家来どもが鋤で穴を掘り始める。何をやっているのだか、おれには意味がわからなかったが、ややもすると子供がすっぽり入るぐらいの穴が出来上がった。小一郎が大きめの藁人形を穴の中におさめると、掘り返した土で人形を埋めていった。

「生贄は捧げたぎゃ。八幡様と地神様に祈願だぎゃ」

 皆が目をつむってじっとお祈りしているので、おれも同じ真似をしてお祈りした。

「南無八幡大菩薩、この土地の神様仏様、おりゃあたちにご加護を……」

 風は普段の日よりやや強かった。しかし、辺りは穏やかに静かだった。

「行くだぎゃ」

 と、サルが顔を上げ、皆も一斉に顔を上げた。

「川並衆の皆々は筏を近くまで寄せてくるだぎゃ。小一郎は大工たちを連れてこんかえ。茂助たちはおりゃあと縄張りを合わせていくだぎゃ。牛殿、おみゃあもだぎゃ」

 おれはうなずいた。




 真っ赤に染まった太陽が沈んでいくとともに、尾張側の岸から作業員がぞくぞくと渡川してくる。駆り出された百姓の中には川に流される奴も現れた。放っとけだの、しっかりしろだのと怒号が飛び交う。

 尾張側の岸辺にいる間、すべての土木作業員はあらかじめ五人一組に分けられており、分担された作業内容もそれぞれ伝えてある。

 ふんどし一丁の男どもが何千人と整列する前でサルは大声を発する。

「いちばんに仕事を終えた組には百貫文をくれてやるだぎゃっ! 材木の運搬、土塁の積み上げ、掘出し、それぞれの作業でいちばんに終えた組にだぎゃっ! 足軽百姓関係なくだぎゃあぞっ! ほれっ! ここに用意しているだぎゃあぞっ!」

 サルは暮れなずむ空に向けてじゃらりと一貫文銭を掲げ上げた。連中はいちようにしてざわめく。遠くのほうに立っている連中までには声が聞こえなかったようだが、百貫文みたいだぞ、と、口々に伝わっていき、タダ働きだと思って連れてこられたものだから、すっかり目つきを変えた。

「ケツは明日の夜明けまでだぎゃっ! 日が昇っても終わらんかったら、おりゃあらは斉藤方に攻められて討ち死にだがやっ! 死にたくなかったら必死こいてやるんだぎゃっ! わかったかえっ!」

 おおっ、と、いくさでもないのに雄叫びが上がると、それぞれの組の頭たちが指図を出していき、物分かりのいい奴らは鋤鍬を担いでさっさと動き出す。

 おれは木の棒を振り回して連中を誘導する。

「かがり火の焚いている場所が現場だぞ! わかんねえことがあったら黄色の鉢巻きを巻いている奴に訊くんだ!」

 そんなことを叫んでいると、おれも現場監督の黄色の鉢巻きなので、さっそく、百姓どもが集まってくる。自分たちはこれこれこう言われたけどどうすればいいんだと。

「だったらお前らはとにかく現場に行け。現場にいる奴に指図を受けろ」

 こくっとうなずいた痩せぎすの百姓ども、かがり火が大量に焚かれている現場に走り出していき、「百貫やぞ百貫! こんなこと一生ねえだがやっ!」と、自分たちを囃し立てている。

「と、殿様っ。わっちらは、ウの十三番組なんやけど、どうすりゃいいんがねえっ」

 と、また違う百姓どもがやって来て、自分のところの殿様にはなんて言われたのか訊ねると、これこれこうだと答えてきたので、

「お前らはとにかく岸辺で待っていろ。すぐに材木が筏で運ばれてくる。自分の組が呼ばれたらそれを現場に運んでいけ」

「本当に百貫文くれるんがねっ?」

「そこにあんだろうが!」

 と、おれは木の棒の先で積み上げられている銭貫文を差し示し、跳ね飛んで驚いて百姓どもはあわてて岸辺に戻っていく。

 作業がわからなくて殺到してくる連中をさばいているうち、筏がぞくぞくと岸辺に漕ぎ着けられた。日はすっかり沈んでおり、空は群青色に浸ってきている。

 かがり火や松明の火に当てられながら、材木を担ぎ上げた連中はもうすでに汗を噴き出している。

「せーのっ!」

 と、加工された材木や皮に巻かれたままの丸太を肩に担ぎ、「いっちにいっちに」と掛け声をかけながら連中は進んでいく。

 火の明かりに浮かび上がった素っ裸の行列に視線を注いでいきながら、おれは叫ぶ。

「百貫文だからって焦んなよ! 潰されたら元も子もねえんだからな!」

 言っているそばから足を取られて丸太を落とした奴がいたので、おれは駆け寄る。何やってんだ、と、組の仲間から罵倒されている鶏がらみたいな体のジジイを抱き起こしてやる。

「おい、ジイサン、あんまり無理すんな」

 するとジジイは欠けた歯を見せながら笑ってくる。

「殿様、ほんでも、わっちも百貫文欲しいんがね」

 丸太を持ち上げるのを手伝ってやり、ジジイは大丈夫だなどと仲間の奴らにほざきながら一緒に丸太を運んでいく。

 連中の目は貪欲に輝いている。カネ目当てでもないおれからすると笑ってしまえるが、気持ちはわからなくもない。

 百貫文と言ったら、おれが最初に貰った俸禄の十倍だ。五人で分けても二十貫。百姓だったら五、六年はタダ飯だ。

 連中からすると、それだって天下を取ったのも同然だろう。

「簗田殿」

 と、歩み寄ってきたのはやはりふんどし一枚の蜂須賀小六だった。顔だけではなく胸板から腕まで毛むくじゃらのクマ六は、額の汗を腕で拭き取りながら言う。

「ここはわしに任せろ。お主は堀のほうを見ておれ」

 そうして、クマ六は両手を打ち叩きながら「百貫だぞ百貫!」と運搬行列を煽り立てる。

 サルの調略になかなか応じなかったと聞いたことがあるけれども、

「蜂須賀殿、すっかり織田方ッスね」

 と、おれは笑う。

 フン、と、クマ六は笑う。

「織田方というより、サルやお主方だ。そりゃ、天下の道だのなんだの言われたら、わしだって見たくなるもんよ」

 空には星が現れている。

 おれは田んぼの中をぐちゃぐちゃと歩いていき、現場に向かう。現場はいっそうかがり火で明るい。

 焦げるような火の熱さを浴びて、汗に濡れた男どもの背中はぎらぎらと輝いている。まるで肌色のそれらが照明かのようだった。

 木槌で材木を叩く音があちこちから響いてき、掛け声と怒号はそこら中から放たれ、連中の眼差しはどれもこれも真剣味を帯びている。

 沓掛勢が一端を担っている堀作業は、そこここでがっぽりと穴が開かれていた。

 しかし、それらはまだ繋がっていない。

 足軽どもはこの作業の意味がなんとなくわかっているらしく、百姓どもとはまた違った目の色で鍬を入れては土を掻き出していっているが、さすがに肩で息をついていた。

 イエモンやソフエが穴の中に入って鍬を振るっているので、二人を穴の外に引っ張り出す。

「お前らは手伝うんじゃねえ。お前らはこいつらの監督なんだ。堀作業の全体を見ろ。体調が悪い奴がいたら気づいてやれ。足らないことがないか聞いて回れ。お前らは足軽を率いる武将なんだぞ」

「わ、わかったっ。承知したっ」

 ほつれ髪のイエモンとソフエは汗をぬぐいながら堀作業に従事している連中に声をかけて回っていく。

「これじゃ全然入ってねえだぎゃあろっ! ぐらぐらしてるじゃにゃあかっ! 櫓が倒れちまうだぎゃろうがっ! やり直しだぎゃっ!」

 遠くのほうでサルのわめき声が聞こえてき、大工たちが櫓門を組み立てているさなかの前では小一郎があれこれと指図している。

 堀の向こう側では大勢の人間が掻き出された土を踏んで固めていっている。すでに固められた部分には木槌で叩いて柵柱を打ち込んでいっている。

 おれはぶん投げ捨てられている天秤桶を見つけてくると、ふんどし一枚で掻き出しを手伝っているポニーテールの太郎を捕まえて、二人で川に向かう。

 川並衆の下っ端たちが筏の上で騒いでいるのをよそに、暗く沈んだ川の中へ踏み入っていき、桶に水をすくった。

 太郎は手桶で水をすくって飲み干すと、再度すくって顔をじゃばじゃばと洗っている。

 おれは天秤を担ぐ。太郎が桶を支える。

「これしきじゃ、皆さんの分の水が足りませんね」

「何回も往復するしかねえだろう」

 肩で息をきりながら、ぬかるんだ道すじをたどっていく。

 まさか、戦国時代で土方をするだなんて、思ってもいなかった。戦国時代にやって来る前はもちろんのこと、この時代にやって来ても。

 信長に適当なことを喋っておけば立身出世していくだろうだなんて思っていたころがアホみたいである。

 桶狭間の進言だって結局はラッキーパンチみたいなもんだ。そこから先、何もできなかったんだから。

 もしかしたら、おれに半兵衛みたいな頭の良さがあったら、こんな真似はせずとも左うちわで城主をやれていたかもしれない。

 でも、半兵衛は半兵衛、おれはおれだ。

 おれは半兵衛のように稲葉山城を乗っ取ることなんてできないが、半兵衛もまたこんな土方作業はできねえだろう。

「水だ! 休憩したい奴は休憩しろ! 疲れきった体でやっても効率が悪くなるだけだぞ!」

 足軽どもは表情を和らげながら堀穴から這い出てきて、

「殿が自ら運んでくれた水だ。ありがてえ」

 などと言いながら桶に両手を入れてがぶがぶと飲んでいく。

 おれと太郎は空っぽになっている天秤桶を見つけてき、再び川に向かう。

 繰り返し繰り返し川と現場を往復する。

 さすがに疲れてきて、太郎と並んで川辺で腰を下ろす。星のまたたく夜空を眺めながら、音のない川のせせらぎを聞く。

「ちょっとずつ砦の形になってきていますね」

 おでこに泥んこをつけたまま太郎が笑ってくるので、おれは泥を取ってやる。

「半兵衛の弟子のお前はこういうの嫌いだろう」

「いいえ。皆の衆と一緒ですから。形が見えれば見えるほど、進んでいっているような気がしてきます」

 おれは腰を上げて天秤を担ぐ。太郎が桶を支える。

 汗が頭からつたってくる。片目をつむって汗のつたう道を変えると、目許から鼻すじに流れていき、上唇で留まるので、舌でなめる。しょっぱい。

 天秤棒が肩に食い込んできて痛いので、何度も持ち直す。

 口から吐き出す息は止まらん。足はどんどんと重くなる。ぬかるみから足を引っこ抜くのがきつい。自分の足じゃないように動いてくれない。

「水だ。水を持ってきたぞ」

 と、足軽どもに呼びかけるときも、両膝に両手をついてぜえぜえと呼吸を荒らげるざまである。

「殿もちっとは休めばいいじゃねえか」

 雑兵のオッサンが生意気に言ってくるが、オッサンもオッサンで目の色が疲労で虚ろいぎみである。

「メシを持ってきましたぞ」

 と、小一郎がやって来た。両手で抱えている陣笠の中にはたくさんの握り飯が入っており、雑兵どもはあわてて堀穴から飛び出してきて、我先にと奪い合う。

「どこからこんなもん持ってきたんだ?」

「近くの村で炊かせました。大丈夫です、あらかじめ話を通していますし、銭も払っています」

 雑兵どもが、持ってきていた味噌玉で味噌汁を作り、連中はお椀を回し飲みしていたが、おれは城主なので専用お椀を渡される。

 全員が堀作業を休憩し、それぞれが輪になって一息つく。

 見上げれば、夜空を突くようにして櫓の柱が立っていた。柵もつぎはぎのようにして出来上がってきている。

「それにしてもよ――」

 と、おれの輪の中に入っていた若い雑兵が言った。

「この調子だと、本当に夜明けまでにはできちまうんじゃねえか」

「おい、なんだよ、お前」

 おれは笑いながら言う。

「できねえと思ってやってたのか」

「うん。ちょっとね。ちょっとだよ」

 たわけ、と、オッサンの雑兵が若僧の頭を叩き、げらげらと笑う。

「けどさ、本当に造ったらとんでもねえことだよな。だってさ、殿、ここに砦が出来たら斉藤はお陀仏なんだろ?」

「そうだな。確実にお陀仏だ」

「そいつはすげえわ」

「そうなったらだ、おれの所領も増えるかもしれねえから、お前らの俸禄も増やせるかもな。増えたらの話だけどよ」

「おっ! 親分直々のお言葉だぜ」

「殿っ、今の言葉忘れないでくださいよっ。忘れたなんてなしですからねっ」

「増えたらの話だぜ」

「増やせばいいんだろ、増やせば!」

 すると連中は揃って腰を上げ、他の輪の連中にも俸禄が上がるってよと勝手な解釈をしているので、おれはあわてて所領が増えたらの話だと大声を張る。

「俺らが勲功上げりゃいいんだろ!」

 疲れが目に見えていた連中は急に息を吹き返し、堀穴の中に飛び込んでいく。俸禄俸禄と唄いながら作業を始める。

 太郎が心配そうにして見上げてくる。

「殿、大丈夫なんですか」

 おれは笑った。

「こいつらだって本気半分冗談半分だろ」

 天秤桶を持ち上げる。足軽どもはおれが監督しなくても勝手にやってくれている。

 おれは水を汲みにいかなくちゃいけない。




 櫓には梁が走り、櫓門にはわらかやで屋根が被せられていく。

 何もなかった田んぼの真ん中におれたちの結晶が形となっていく。

 疲れた。眠い。腹も減った。ぶっ倒れたい。そのまま明日になってほしい。

 そんなへとへとの心と体を支えていたのは、ちっぽけな一人一人が働き蟻のようにして群がっては造り上げていく一夜城の姿そのものだった。

 戦国時代に来る前におれが見たような綺麗なお城じゃない。それらに比べたら掘っ建て小屋でしかない。

 でも、ここには何もなかったんだ。掘っ立て小屋すらなかったんだ。

 周到に訓練してきた沓掛勢は、すでに自分たちの持ち場の堀返し作業を終わらせていた。

 かがり火の明かりに照らされたその表情はぐったりと死んでいる。干し柿をちまちまとかじっている者もいれば、突っ伏して倒れている者、おれに歩み寄ってくる者――。

「殿、このままじゃ夜明けに終わらねえぞ」

 足軽組頭のオッサンは無精髭に痩せこけた頬、目玉だけをぎらつかせている。

 こいつの言うとおり、セミプロ土方である沓掛勢は持ち場を完了させていたが、他の部分はまだまだだった。土塁も虫食い部分があり、柵も柱だけが打たれているだけの整っていない場所が見受けられた。

 ぶっ通しで続けてきた作業の疲労と、百貫文のエサが絶望的になったことで、士気はがた落ちだった。

「わかってる」

 と、おれは組頭に言った。

「ここからはやりたい奴だけでいい。強制じゃない。お前らはよくやったからな」

 おれは沓掛勢が使っていた鍬を手にし、マリオの家臣の種橋藤十郎が仕切っている持ち場に向かうと、堀穴の中に飛び込んだ。

「どけっ。テメーは寝てろっ」

 だらだらやっていたマリオ勢の足軽をどかし、鍬を打ち込む。柔らかい土を掘り返す。鍬の先は容易に刺さる。けれども、土壌が緩いためか重い。後ろに掻き出すのがきつい。そうして、持ち上げる鍬も重くなってくる。腕だけじゃ振るえなくて、前のめりになって打ち込む。

「殿っ!」

 太郎がふらふらになりながらも駆けてきて、穴の中に転がり落ちるようにして飛び込んでくる。

「せ、拙者がやります」

「ガキは寝てろ!」

 おれは鍬を打ち込む。掻き出す。すると太郎が土桶に入れていく。

「上げてください」

 と、太郎は穴の上の雑兵に声をかける。

「よしっ。上げるぞっ」

「せーのっ」

 太郎とどっかの雑兵たちが一緒になって土を外に出し、おれは掘る。鍬を下ろす。ふんぬ、と土を出す。

 そのうち、何をやってんだかわからなくなってくる。眠さと疲れで焦点が定まらなくなってくる。ふらっと前のめりになる。まずいと首を振って立て直す。こんな状態でも汗は止まらない。びっくりするほど垂れ落ちてくる。

 響いている木槌の音も遠くのほうで鳴っているような錯覚。

 それでも腕は体は勝手に動く。おれの頭の中が真っ白になっていても、眠っていない以上、おれという男は目の前の真っ黒な土を掘っていってくれる。

 まさか、こんなことをするなんて――。

 つらいしきついしつかれたし、早く帰りたい。

 でも、ぜんぜん不満じゃない。

 どうしてかはわからないけれど。

 やらなくちゃならないって気持ちだ。

 おれ一人がこんなことをやっても雀の涙だろう、けれど、ちょっとずつちょっとずつやっていけば、たとえ夜明けに終わらなくても、いつかはこの堀も繋がるはずだ。

 絶対に。

「わっぱっ。お主は寝ていろっ」

 と、小袖を脱ぎ捨て、ふんどし一枚で堀の中に入ってきたのは、マリオの子分の種橋藤十郎だった。

「簗田殿っ、手伝いますぞっ」

 おれはくたくたの唇でへらへらと笑った。鍬を下ろした。種橋のオッサンが手掴みで土を掻いていく。太郎がぜえぜえ言いながら土を桶に運ぶ。

「おい! お前らっ!」

 誰かが上で叫んでいる。

「種橋様が自らやっているんだぞっ! 何をたらたらやっているんだっ! 俺たち児玉勢はそんなもんなのかっ!」

 さらには沓掛勢もぞろぞろとやって来て、穴の中を覗いてくる。

「殿っ! 何やってんだよっ! あんたは大してやれねえんだから上がれよっ! 俺たちがやっからよっ!」

「うるせえ! だったら他のところに回れ! 柵でも土塁でも誰でもできんだろうが!」

 怒鳴ったら疲れた。とりあえず息を整える。深呼吸していると、上で沓掛勢が騒いでいる。お前は柵を手伝え、お前は土塁を手伝え、俺たちは堀をやる、と。

「おみゃあらあぁっ!」

 櫓に登っているのはサルだった。

「こっからはおりゃあの目にかなったモンには一貫文ばら撒いてやるだぎゃあっ! 働きモンにはどんどんくれてやるだぎゃっ! いらねえモンは寝てろだぎゃっ! 欲しいもんは精を出して働くんだぎゃっ!」

 おれは大きく息を吸い込むと、大声を上げた。

「おっしゃあっ! 一貫文取ってやらあっ!」

「その心意気よしだぎゃあ! 沓掛城主簗田牛太郎には一貫文くれてやるだぎゃっ!」

 サルが櫓の上から芋縄で括られた貫文銭をぶん投げてきて、ドチャッとおれのすぐ近くの堀の上に落ちた。

 死にかけていた作業員たちは、途端に、わあっ、と、歓声を上げてよみがえり、一気に活気付いた。

「よおしっ、拙者も一貫文もらうぞっ!」

 種橋のオッサンが笑いながら犬みたいにして土を掻き出していく。

「拙者も一貫文ほしいです!」

 太郎がきらきらと目を輝かせながら桶に土を運んでいく。

「どうしたっ! お主ら銭コが欲しくないのかっ! 俺は欲しいからやるぞっ!」

 どっかで騒いでいるのは八っちゃん。

「織田が足軽大将の大盤振る舞いよ! お前らもどんどん稼げっ!」

 川並衆を引き連れてのし歩るくのは蜂須賀クマ六。

 おれは笑いながら鍬を打ち下ろしていく。

 ドチャッ、ドチャッ、と、サルの手から貫文銭が降ってくる。

「早いもの勝ちだぎゃあぞっ! あと二百貫しかねえだぎゃあぞっ!」

「酒もあるぞお! 仕事が終わったら皆に酒を振る舞ってやるぞ!」

 小一郎が歩き回りながら呼びかけている。

 さながら、お祭りだった。疲れなどどこかに行ってしまった。


 なんでおれはこんなことをしているのか。

 それは御託を並べる前に、ただ単純に楽しいからじゃないのか。

 出来上がる、もうすぐ出来上がる、そればかりが頭にあるから楽しい。

 見たい、出来上がった光景を。

 皆で造った光景を。

 たとえそれが綺麗な城じゃなくても。


 ……。



「牛殿、兄さんが待ってますよ」

 小一郎に肩を叩かれて、城内の曲輪に突っ伏していたおれは重い体を起こした。

 太郎にケツを押さえられながら、へろへろになった足を一歩、一歩と、櫓に進めていく。

「簗田殿、よくぞやりました」

 顔中を泥だらけにしている八っちゃんが白い歯を見せて笑ってきたので、おれは八っちゃんの肩をぽんと叩いた。

「ありがとう。八っちゃん」

「細流、いよいよ大河と成りますな」

 種橋のオッサンがまだ言っている。おれは鼻で笑う。

「さあ、夜明けだ」

 蜂須賀クマ六に支えられ、おれは櫓梯子はしごを登っていく。

 夜空はすっかり薄まっていた。星は明るいものだけを残して去っていた。

 梯子を登り切るとサルが手を伸ばしてき、それに引っ張られて櫓に乗る。

 瞼の下を睡魔と疲労でくまどっているくせして、サルは口許を緩めながら言う。

「おりゃあの調略を手伝ってやった褒美だぎゃ。おりゃあのあとにおみゃあに見せてやる」

 柔らかい風が頬を撫でた。

 目の前に延々と広がるのは、濃尾平野。見つめる向こうには大きな朱色の空が渡っている。

 静かだった。それでいて始まっていた。

 地平線から朝日がその姿を覗かせてくる。ゆっくりとながら景色が光を帯びていく。

 眼下には、ヒトデ形の縄張りに巡らされた砦。そして、一緒に手がけた連中たち。

「やっただぎゃあぞ。おりゃあたちはやっただぎゃ」

 自分で言って自分でうなずくサルは、詐欺師のくせに涙目でいる。おれは思わず笑ってしまう。

「そういえば、むくわれたんスかね」

 木曽川の川べりで乞食同然に陣笠を囲ってメシを食らっていたおれとサルであった。

「むくわれてないんかえ。辛抱したかいがあったんじゃにゃあかえ」

「まあ、そうですけど、でも、こっからでしょ」

 おれはサルと顔を合わせる。お互いに素直じゃないので、鼻で笑う。


 半兵衛は言った。

 朝日とともに八幡大菩薩がその加護を与える、と。

 その朝日は今まさに目の前に――。

 まばゆい光に照らされながら、永禄十年五月、おれたちは墨俣に一夜城を築いた。


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