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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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前田又左衛門、笄斬り

 あずにゃんの命令で生活道具の一式を持ってきたお貞ババア。

 おれはあずにゃんが来てくれなかったことを不満に思い、お貞ババアもおれなんかに恵んでやることへの不満を顔にあらわにしていたが、もらったものの使い方がわからないおれはお貞ババアに渋々使い方をたずねた。

 お貞ババアは渋々おれに火打ち石の使い方、油への火の落とし方、火皿とかいう照明器具の使い方を教えてきた。

「かようなことも存ぜぬとは、あなた様は一体どのようにして生きてきたのです」

「アハハ……。忘れちゃったんですう」

 うるせえ、ババア、おれは未来から送られてきた約束された人間なんだ。テメーら原始時代的感覚とは違うんだ、バカが。とでも罵りたかったところだが、うっかり悪口叩いてあずにゃんに告げ口されたらたまったもんじゃない。

「と、ところで、ヒゲゴリ……、いや、梓さんのお兄様は、ゴンロクさんって言ってましたけど、本名はなんなんスかね」

「本名? 柴田権六様ですが」

「いや、その、そのあとに続く名前があるじゃないッスか。おやかた様だと、ほら、上総介さんのあとの信長様っていうふうに」

 すると、むっと顔をしかめたババア。

「おやかた様の諱をお口にされるとは滅相もない。あなた様は何もかもを忘れているばかりか、不作法極まりない御仁なのですね」

 うるっせえババア! 何を怒ってんだ、コラァっ!

 なんてうっかり怒鳴り散らすと、ヒゲゴリラに叩き殺されかねんので、「そこをなんとか」と、おれは手を合わせてババアにおねだり。

「まったく」

 と、言いながら、お貞ババアは油とか食器とかと一緒に持ってきた書道道具一式を出してきて、墨をつけた筆で紙にすらすらと、うなぎの死体みてえな汚ったねえ字で「勝家」と書いた。

 むう。やっぱり、そうか。あのヒゲゴリラ、柴田とか言ってたから、やっぱり柴田勝家だったか。

「あ、あと、マタザさんはなんていうんスかね」

 再度睨みつけてきたババアだったが、溜め息をつきながら新しい紙にすらすらと「利家」と――。

 げっ。あのDQN、前田利家だったのかよ。うっそだろう。あんなDQNが前田利家だったなんて。イメージと合わねえ……。

「まあ、とにかく、今日のところはともかくとして、あまりおかしな真似がすぎますと、権六様に伝えさせていただきますからね」

 ババアはいちいちやかましく叱ったあとに我が家を去っていった。

 黙れコラァっ! おかしな真似だなんて、テメーみてえな干からびたイワシみてえなババアなんか間違っても犯したりなんかしねえってんだ! さっさと失せろ! あずにゃん寄越せ!

 それはともかく、柴田勝家と前田利家か。

 フン。

 おれはババアの書いていった二枚の紙をぐしゃぐしゃに丸め潰し、床に叩きつけた。それだけではおさまらず、足の裏で踏んづけてぐりぐりと潰した。で、囲炉裏に投げ込んで燃やした。

 死ね、クソDQNどもめ。



「おいっコラァっ!」

 という怒声とともに玄関の戸がドゴーンと吹っ飛んできて、ひいいっ、おれはあわてて飛び起きた。あずにゃんからもらった夜着とかいう厚手の布一枚にくるんで寝っ転がっていたおれは盗賊の襲来にあわてて跳ね飛んだ。

 雀がチュンチュン、朝だった。

 玄関からのっしのっしと土足で上がり込んできたのは盗賊ではないけども、半ば盗賊みてえなマタザ。

 歩み寄ってきたと思ったらすぐさまおれのぼさぼさ頭を引っ掴み上げてきて、

「何度呼んだら出てきやがる! さっさと起きやがれ、この鈍牛!」

「か、堪忍してくださいぃ」

 痛タタタ。そんなに掴まなくても。てか、なんで朝っぱらから乗り込んできて、こんな目に。

「こいコラァッ。テメーはどう見ても体ばっかしの軟弱野郎だから、俺がおやかた様に直々に鍛え上げる旨を申し込んでやったからよ! さっさと来いやっ」

「わ、わかりましたっ。だから手をっ」

 行くって言ってんのに、マタザはおれの髪の毛をむしり取らんばかりに引っ張り回し、そのまま家の外へ。

 そうしたら、道には一頭の馬と、長い槍を手に取る一人の少年が。

 おれを地べたにぶん投げて髪から手をようやく離したマタザは、少年から槍をぶん取ると、そのままひらりと馬に跨った。

「おっしゃ、玉野川で鍛錬だ! 長八郎っ。俺は先にひとっ走りしてくっからよ、その鈍牛を玉野川まで連れてこいっ」

「かしこまりました」

「牛いっ、逃げんなよ!」

 オラアと叫びつつ馬の横腹を蹴っ飛ばしたマタザは、駆け出した馬とともに土煙を上げながらどっかに消えていった。

 おれはマタザにずっと掴みっぱなしにされていたものだから、頭のひりひり部分を撫でるだけ。

「ということで牛殿、行きましょうか」

 長八郎と呼ばれていた少年はおれに手を差し伸べてき、「あっ、すいませんッス」と言いながら、おれはその手に引き上げられる。

「拙者は村井長八郎と申します。又左衛門様の兄上様に仕えておりますが、朝はこうして毎日又左衛門様に使われてしまっています」

 長八郎少年はにこにこと笑いつつ、青空のもとの新しい朝にぴったりの爽やかさだった。おれもにたにたと笑いつつ自己紹介。

「あ、どうもッス。牛ッス。昨日から織田の下僕になりましたッス」

「聞いております。それでは行きましょうか」

 すたすたと歩き始めた八っちゃんのあとを付いていく。

 おれは戦国時代にもこういう爽やかな奴がいてほっとした。その半面、こういう奴だからこそDQNマタザにこき使われちまうってことなのかもしれん。

 てか、さっき蹴り飛ばした戸は、誰が直すんだよ、チクショウ。

 朝っぱらからガチャガチャガチャガチャうるっせえんだよ、クソが。

「あのう、鍛錬ってなんなんスかね」

「それは呼んで字のごとく鍛錬でありましょう。又左衛門様はかぶき者ゆえ何事も思いつきで始められます。拙者どももあまり理解できません」

 八っちゃんは苦笑い。マタザの悪口をやんわりと言うあたり親しみやすい奴だ。まあ、マタザはかぶき者っていうか、ただのゴロツキだけどな。そこんところは間違っているけどな。

 しかし、鍛錬って、何をするんだ。あの野郎、槍なんか持ってやがったぞ。信長に直々にお願いしたとか言っていたけど、あの変態信長もキャッキャッ笑いながら「そうしろ!」と言ったに違いなく、もしや、毎朝のことになるんだろうか……。

 うぜえ。あずにゃんや八っちゃんがいるこの世の中だから、決して野蛮人ばかりじゃないはずだ。ところが、マタザとかいう前田利家らしき長生きクソ野郎がおれにつきまとっている以上、第二の人生はろくな日々を送れそうもねえ。

 どうにかマタザから逃れる術はないもんか。

 きっと、おれがいっぱしの武将となれば、マタザから逃れられるはずだ。

 最低でもマタザと同レベルの武将となれば。

 でも、マタザってめちゃくちゃ強いからな……。あいつの腕力とか喧嘩慣れしたキックとか、高校時代におれをボコったDQNの比じゃないからな……。

 マタザと同レベルの武将になれるほどの腕っぷしなんておれにはないし。

「あのう、マタザさんて、織田家では上の立場の人なんスか」

「いえ。さほどでは。荒子城の兄上様は所領二千貫のそれなりの土豪でございますが、又左衛門様は荒子前田の四男坊ですから」

 ほっほう。マタザはただの手に余るやんちゃ野郎ってことだな。兄貴のほうに仕えているっていう八っちゃんの物言いは端々にマタザをバカにしているふうだしな。

 そんならマタザと同レベルの武将になるなんて容易いもんよ。腕っ節はねえが、信長に取りいればいいだけの話だ。

 ククッ。尾張のうつけの信長に天下布武への指南をしてやれば、マタザなんてちょろいちょろい。

「ただ、又左衛門様はおやかた様のお気に入りの子飼いにて。赤母衣も着させてもらっています」

「アカボロ?」

「おやかた様に抜擢された者たちの十人から成る精鋭集団でございます。織田には黒母衣衆と赤母衣衆がありまして、黒母衣は馬廻衆の精鋭から、赤母衣は小姓衆の精鋭から成っております。平時はおやかた様の身の回りのお世話を、いくさ時にはおやかた様の身の回りの警護並びに伝令を。なもので、いざというときには、皆々、単騎で敵方を切り崩せるほどの武辺者でございます」

 ふーん。よくわからねえが、信長のボディガードってだけのことだろ、どうせ。

 おれは信長のボディガードでおさまる分際じゃねえんだ。信長の指南役として成るべき男なのだ。ククッ。つまり、信長のボディガードは、信長の軍師であるおれのボディガードでもある。マタザはおれのボディガードごとき存在なのである。

 そうだ。おれは軍師だ。マタザなんかとうてい及ばない、現代からやって来た諸葛亮孔明なのだ。

 とまあ、野望をみなぎらせながら八っちゃんのあとをくっついて歩いていたら、八っちゃんが急に立ち止まった。

「これはまずい」

 と、行く先を眺めつつ深刻そうに呟いた。

 えっ、またもやアクシデントッスかっ。諸葛亮孔明ばりの知力の持ち主のおれだが、武力と魅力は劉禅レベルのおれだ、敵か盗賊かゴンロクかが現れたならば、早急にボディガードマタザに蹴散らしてもらわないかん。

 って、八っちゃんの視線の先にあるのは、当のマタザだった。馬に跨ったまま、槍を肩に乗っけたまま、どっかの誰かと向かいあっている。

「な、何がマズイんスか?」

 しかし、八っちゃんは口許をきゅっと結び、マタザのほうへおもむろに走りだした。おれも目立たないようにそそくさと八っちゃんのあとを追う。んで、近くに来たら、お地蔵様の祠の陰に隠れ、マタザの様子を伺う。

「又左衛門様っ、ここは穏便にお通りになされっ」

 と、駆け寄っていった八っちゃんがマタザの前に踊り出て、ものすごく焦った顔つきでマタザに訴えかけた。

 するとマタザは獣のように唸る。

「穏便に通るも何も、この小坊主が遮ってんだろうが」

「ならば拾阿弥様に道をお譲りになればよろしいこと!」

「ふざけんじゃねえっ! 誰がこやつなんぞに道を譲るかあっ!」

 むむう。ただの喧嘩相手に遭遇した様子だが、マタザが担いでいる槍がキラッキラッと朝日を照り返すのがただならぬ予感。

 そして、DQNのマタザが怒り心頭であるのに、八っちゃんの向こう側にいる坊主頭の野郎はニヤニヤ笑っていて、明らかにマタザを挑発している。

「さっさとどけえっ、この小坊主がっ!」

 しかし、ニヤニヤ笑うだけの小坊主。道を譲る素振りなし。小憎たらしさ満載の十五、六歳のガキ。

「拾阿弥様、どうかここは穏便に」

 八っちゃんが今度は坊主頭にペコペコとお願いする。

「何を申しますか。わしは穏便に道を歩いているだけですよ。それをこのかぶき者が通せんぼしているだけではありませんか」

「しかし、拾阿弥様――」

 すると、あっ、小坊主は八っちゃんの左足を足払い。八っちゃんはコテっと倒れ、

「何をしやがるんだ、ぶち殺されてえかあっ!」

 マタザは激怒、小坊主はけらけら笑う。

「おうおう怖いですのう、このかぶき者は。しっかし、お主の槍はただのお飾りと見受けましたぞお。殺す殺すと言って、ほれっ、わしの首はいまだ胴と離れておりませんっ。不可思議なことですナ! かぶき者のすることは不可思議なことばかり!」

 プククッ。おれは口を塞いで笑い声を我慢する。坊主の生意気さ加減も憎らしいものだが、それよりも何よりも、おれをあれだけいたぶってくれたマタザが虚仮にされるのは痛快である。

「この下郎め……、とうとう斬り殺されたいか」

「だーかーらーっ、斬れるものなら斬ってみなさいって! ほれっ! お主はいつだって斬る斬ると言って斬りませんじゃありませんかあ!」

 挑発されてもなおのことプルプル震えているだけのマタザ。どうやら、八っちゃんのしようからして、坊主はマタザよりは偉いやつっぽい。なもんで、マタザは口だけで吠えているだけしかないらしい。

 プーックック。もっと言え、もっと言え、クソ坊主。もっとマタザを虚仮にしろ。プーックック。

「あっ、そういえば、それはそうと」

 そう言って、急に小坊主は着ていた着物の襟からなんか黒光りの艶々した棒を取り出した。

「先日、こんなものを見つけました。お主はこれを見かけたことがありますかあ? 持ち主に返そうと思っているんですがねえ」

「テッメエェッ! それは、テッメエェッー、まつのこうがいじゃねえかあァっ! こんの野郎おっ、テッメエェーッ、それをどこで拾いやがったんだあっ!」

「お主の屋敷の桐箪笥の中に落ちておりましたよ」

「外道があっ! 死ねえっ!」

 途端、マタザの槍がキラッと光った。と、同時に、マタザの槍が風を切った。そして、坊主の首が空中に吹っ飛んだ。

 ……。

 ぎいやあああああっっ!

 く、首が、首が、体と離れてスポーンと花火みたいに打ち上がっちゃってえぇ、首と体が離れたところからはブシャーっと血が噴き出してきてえぇ、パタンと前のめりに倒れた坊主の体、ゴロリと転がった坊主の首、しかも、この坊主、絶対に死んだかどうだかわからんうちに死んじまったに違いねえ、転がっている表情はいまだににたにた笑っていやがる!

 オーマイガッ! 道端で簡単に殺人が行われるこの戦国時代はオーマイガッ! もう、グロすぎて見ちゃいられなくておれはおしっこ漏らす寸前!

 そんなおれの驚愕をよそにピーヒャララとでっかい鳥が空を舞っている。

 殺しのあとの静けさ……。

 ハアハアと肩で息を切るマタザ。

 八っちゃんは無念そうに天を仰いでいる。


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