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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第四章 美濃騒動戦
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牛太郎の恋敵

 チヨタンという大きな調略成果をもぎ取って、おれは尾張に帰ってくる。

 墨俣に砦を建設するためにはこれこれどうのこうのとサルがほざいており、おれはうんうんなるほどへえへえなどと真剣に相槌を打っているふりをする。

 チヨタンが沓掛に引っ越してくるまでは、協力的な態度を装わなくてはな。

 チヨタンが引っ越してきたらこっちのもんだ。

 あとはシラネ。サルが勝手にやってろ。

 だいたい、沓掛近衛軍団を駆り出そうとしたってマリオが反対するに決まっている。

 清洲でサルと別れ、ボロ家で一泊したのち、沓掛に帰宅する。

 ちなみに信長は、清洲から小牧山というところに本拠地を移動している。

 おもだった家臣の連中や足軽雑兵たちは住居を小牧山近辺に移しているが、おれは何も命令されていないので清洲のボロ家のままだ。

 南美濃を飛び回っているおれが引っ越しなんかやっている暇はねえ。

 チヨタンの引っ越しの準備だけはしなくちゃ。フヒヒ。

 松平ジロサブロ改め、三河の徳川家康と同盟もしたので、沓掛は前線基地ではなくなっている。

 町も活発になって、田んぼにも百姓が増えた。

 街道沿いになびいている稲のあれもこれもがおれのカネになる。徴収する銭貫文の実高も上がっているに違いない。

 それなのに沓掛城は相変わらず男臭い。どこかに攻められる恐れはまったくないというのに女っけがない。

 おれは女の働き手がいないことをマリオに結構愚痴ってきたのだが、マリオはおれを相手にしない。

 理由を教えろと詰め寄ったら、

「簗田殿はすぐにおなごに騙されそうだからな。武田にくのいちでも仕込まれたら織田の一大事だ」

 と、言うわけで、おれはマリオが鬼マリオじゃなかったらぶっ飛ばしているところだ。

 まあ、チヨタンが来るからどうでもいい。

 本丸館に戻ってくると、太郎が早速やって来た。おれは眉をしかめる。十三歳になった太郎は背丈も伸びて、顔つきも凛々しくなったぶん、生意気に磨きがかかってきている。

「おかえりなさいませ」

 と、礼儀正しく頭を下げてき、おれが背負ってきていた陣笠と荷物を受け取ったのだけれど、おれがひとっ風呂浴びたいと言うと、このクソガキは首を振ったのである。

「今日はお風呂の日ではございません」

「は? なんだそれ。そんな日があるなんて聞いてねえぞ。誰がそんなことを決めたんだ。ゴロザ殿か」

「左様です」

 陣笠と荷物を抱え、すたすたと館の奥に歩いて行く。

「おい!」

 おれはポニーテールを揺らしているクソガキを追いかけ、おれの居室に入っていって荷物をほどいている太郎の背中に怒鳴りつける。

「ここの城主はおれだぞ! おれがいちばんなんだぞ! おれはな、南美濃で野宿をしてきたんだぞ! 風呂ぐらい入らせろ!」

「お風呂を焚くには薪をくべなければいけません。お風呂に毎日入るのは殿だけです。殿だけのために薪をいちいち燃やしてしまうのは勿体ありません」

「なんだテメーこの野郎。生意気なこと言いやがって。おれが風呂を沸かせって言ったら黙って沸かせ!」

「殿のように毎日毎日お風呂に入っていたら沓掛の銭貫文は薪代で無くなってしまいます。むしろ、殿だけが毎日毎日入っているのはよくないではありませんか。倹約を自ら率先して行うことで、城内の方々や足軽衆にも示しが付くのではありませんか」

 つべこべつべこべと訳のわからねえ御託を並べやがって。

 とはいえ、がちゃがちゃ怒鳴り散らしたところで、最近の太郎はいつもこうだ。屁理屈を並べ立てておれをやり込めてくる。

 騒いだところでかなわないから、冷静になる。

「おい、太郎。おれはな毎日毎日――」

「丹羽様は小牧山にお戻りになられていますので。お風呂の日を変更するには丹羽様にお話しください。拙者はこれから馬屋の掃除に行ってまいります」

 太郎は頭を下げてからおれの横をすり抜けていき、袴の裾を揺らしながらすたすたと廊下を行ってしまう――。

「馬屋の掃除って、んなもん馬丁にやらせておけばいいだろうが! お前の役目はおれの小姓だろうが!」

 館からは何の反応もなく、油蝉がみんみんと鳴いているだけ。

「クソガキがっ!」

 まるであの野郎、マリオの子分じゃねえか、クソッタレ。

 仕方ないので足軽スラム街におもむき、イエモンとソフエを駆り出してこようとしたが部屋は空っぽだった。

 長屋の軒先で洗濯物を干している足軽雑兵の奥さんに、イエモンの居場所を知っているかどうか訊ねる。

 足軽総出で、郊外の野っ原で訓練をしているらしい。

 チッ。野っ原まで出かけるのは面倒だ。風呂は我慢する。本丸に戻る。居室に帰ってき、股引半纏すべて脱ぎ散らかし、ふんどし一丁で寝転がる。

 おれの城だっていうのに、居心地が悪い。

 しかし、現実を直視してみると、これはまずい。

 この城には、丹羽五郎左というマリオと、太郎という小マリオの監視の目が光っている。チヨタンを沓掛城に迎え入れられないような気がする。

 でも、マリオがいないうちに住まわせちまえばいいんだ。

 何も馬鹿正直になって許可を取ろうとしなくたっていいわけだ。

 いつのまにか住み着いちゃっていて、なおかつ明智庄からの難民だと伝えれば、マリオも斉藤方の調略を手がけているのだ、罪のない女子供を無碍に追い払えばマリオの評判はガタ落ちになる、それは避けたいだろう。

 そもそも、どうしてマリオはいないんだろう。むしろ、どうしてマリオは沓掛に専念しちゃっているんだろうって話だが。

 もしかして、いくさか?

 おれはふんどし一枚に半纏だけを羽織ると、馬屋を訪ねる。

 太郎が馬丁と一緒になって掃除をしている。馬が五頭、外に出てきている。

 全部が杭に繋がれているのだけれど、一頭、真っ黒い馬が前脚後ろ脚を交互にジャンプさせながら、ヨダレをまき散らして暴れているので、凶暴馬に蹴飛ばされないよう、おれはおそるおそる馬屋に近づいていく。

「太郎」

 呼びかけると、鍬でウンコを取り除いていたふんどし一枚の太郎が振り返ってくる。額の汗を腕で拭いながら問い返してくる。

「なんですか」

「ゴロザ殿はいつ帰ってくるとかそういうことを言っていたか?」

「いえ。いくさなので戻りはわからないと。いくさが終わってもすぐには帰ってこられないだろうと。どうしてですか?」

「いや、ちょっとな」

 おれは凶暴馬に脚をぶつけられないようこわごわと馬屋から離れる。

 本丸館に戻る。にやにやと笑いながら半纏を剥ぎ取り、小袖を羽織る。股引を履いて帯を締める。

 どこのいくさに出かけたのかはわからねえが、尾張西部のおれが召集されていない。つまり、おれやサルの調略には関係ない地域だ。

 マリオは木曽川を渡ってすぐの南美濃を重点的に調略しているそうだから、明智庄のある東美濃の可児郡でいくさを起こさないことは確か。

 明智庄でチヨタンをゲットして、そこから南に、長久手方面から突っ切って沓掛に下ってくれば、いくさに出陣した織田勢と鉢合わせになることもない。

 善は急げ、鬼の居ぬ間に。

 おれは城を出て沓掛勢が訓練している郊外の野っ原に向かった。




 イエモンとソフエ、それに一人の足軽雑兵を引き連れておれは再び明智庄に入る。

 足軽雑兵には、サイゾーとかいう可児郡出身の若者がいる。沓掛勢の足軽雑兵の中に頼もしい地元民が紛れていたものである。

 サイゾーは尾張北西部や東美濃の裏街道を熟知しており、イエモンのようなカスなんかさっさと追い出してサイゾーを家来にしよう。

「なにゆえかようなところに来たのだ」

 と、イエモンはいちいちうるさいのである。サイゾーは黙って道案内しているのに、この野郎はいくらしつけてもタメ語のままだし。

 話せば話すほどむかついてくる。


 石川小四郎のボロ家に到着し、おれは薄暗い居土間を覗きながら「たのもー」と小さい声で呼びかける。

「はい。どちらさま」

 と、台所から出てきたのは、チヨタンじゃなくてチヨタンの祖母ばあさんだろう、五十代前半のババアだった。

「あ、すいません、急に押しかけて。簗田牛太郎と申すものなんですが」

「ああ、簗田様。これはご足労いただき」

 と、バアサンはおれの足下に両膝をつき、頭を下げてくる。

 石川小四郎はチヨタンと一緒に野良仕事に出かけているという。バアサンに促されておれは家に上がる。

 子分どもは上げたくなかったが、家の前に並べていると、万が一、斉藤方の連中に見られるかもしれないので、仕方なく上げた。

「日暮れ前には戻ってくるはずです。もうすぐ帰ってくるはずですから」

 バアサンはおれだけならず、わざわざ子分にまで白湯を出してくれた。

 それなのに、クソバカイエモンは礼も言わずに白湯の碗に手をつける。おれは睨みつける。ソフエが代わってたしなめる。

「なんでも、簗田様は明智庄のおなごや幼子たちをかくまってくれるそうで」

「ええ、まあ、差し出がましいかもしれませんが」

 えっ、という反応をイエモンもソフエも示してきたが、サイゾーは若者のくせに立派である。修行僧のようにしてしみじみと白湯をすすっているだけで、微動だにしない。

「差し出がましいなんてそんなことは。こちらこそよろしくおねがいします」

「あれ? そういう話になったんスか?」

「はい。やはり、そういったご厚意があるのなら、と」

 ニヤリ。今日のおれの行動は押しかけ同然だ。ゆえに説得する手間が省けた。

 そろそろ可児郡にも織田が攻め入り、戦火を免れないとうんぬんという嘘を用意していたんだが、詐欺師になる必要もなくなった。

「特にうちの千代は――」

 と、バアサンがチヨタンの身の上話を始める。

 チヨタンは近江国の生まれ。

 父親は六角とかいう大名傘下の足軽、母親は石川小四郎とバアサンの娘だ。

 父親はチヨタンが物心つく前にいくさ場で死んでしまったらしく、母親の実家の明智庄にやって来た。

 三年前にはその母親も亡くしてしまい、兄弟姉妹もいない。

「生まれつきなのかどうなのか、活発で元気な孫なのですが、千代には幸せになってもらいたいのです」

 そっかあ。うむ。拙者が幸せにしてみましょう。



 突然押しかけてきたものだから石川小四郎はびっくりしていたが、おれは織田には可児郡浸出の不穏な動きがあると嘘をついた。

「左様でございますか。わざわざご足労いただきありがとうございます。拙者どもも木下殿と簗田殿が次に参られたらお願い申し上げるつもりだったので。――千代、お主、急だが、沓掛に行くな?」

 台所から覗いてきていたチヨタンはなぜか無言でいる。

 昨日のはつらつぶりは成りをひそめており、長いまつげをそっと伏せ、物憂げな表情でうつむいてしまう。

「どうした。行きたいと言っていたじゃないか」

「うん。でも、お祖父様とお祖母様が心配」

 くうっ。なんて心優しいおにゃの子!

 なんていうか、忌々しいあのエセかぶき女には絶対にない、思いやりの心。瞼の中に汗が滲んできてしまうな。

「わしらは心配するな。お主に危険がないことこそ、わしらが何よりも望むことだ」

「うん。ありがとう」

 チヨタンは目尻を袖でそっと拭い、おれは貰い泣きしてしまいそうだったが、石川小四郎には七十人も一気に連れていけないから、分割して連れていくと伝える。

「左様でございますな。最初は千代ぐらいの年頃の者たちがよろしいでしょう。もっとも、こちらですでに決めてしまっておりますが」

 石川小四郎は自嘲するように笑う。

 おれは眉毛を引き締めながら「かしこまった」と武将っぽく言った。



 子分どもと一緒に石川小四郎の家で夕飯を御馳走してもらい、出立は明朝、空き家があるからということで今晩はそこに一泊していく。

 夏の夜影にしんと静まり返った集落の中を石川小四郎に空き家まで案内されていく。

 ところが、なだらかな坂をくだっていく途中、サイゾーが急に立ち止まり、声を発した。

「何者っ!」

 おれはビビッて腰を低くした。

 サイゾーと同じようにして、ソフエも腰の太刀に手をかけている。イエモンだけは瞼を細めて目を凝らしている。

 ボロ家からこもれてくる薄い明かりが、夜闇にぼんやりと人影を浮かび上がらせている。

 風もさしてなく、油蝉の声もはたと止んでいて、小高い山々が眠ったようにして夜空に稜線をかたどっている。

「竹中半兵衛と申します。そちら様は?」

 鈴の音のような軽やかな声が人影から届いてきて、おれとイエモンはビビッて後ずさりする。

 ソフエとサイゾーは身構える。

 石川小四郎が人影に駆け寄っていった。

「半兵衛殿、すまない。こちらの方々、正体を明かすことはできぬ」

「そうですか」

 と、人影は笑い声を含んでいた。

「だとすると、織田の――。巨漢をみるところ、綱鎧の勲功第一ですかね」

「申し訳ないが、どこで聞き耳が立っているかわからぬ。伏せてくれ」

「そうでした。こちらこそ失礼つかまつった。今晩は寝床を借りに来たのですが、先客のようですね。雨も降らないことだし、拙者はどこか破れ家でも探りましょう」

 そうして人影は夜の帳になくなっていった。

 おれはぶるぶる震えっぱなしでいた。

 あれが竹中半兵衛。

 暗くてまったく姿形がわからなかったが、余裕綽々といった物言いといい、掴みどころのない話し方といい、それに、どうしておれを見破ったのか。

 向こうも暗がりでよく見えなかったはずなのに。


 空き家の燭台に火を飛ばし、室内が明かりに染まると、おれは石川小四郎に訊ねた。どうして西美濃の実家にこもっている竹中半兵衛がこんなところをうろついているのか。

「時折、訪ねてくるのです。いえ、妙な真似は天地神明に誓ってございませぬ。竹中半兵衛も今は隠居の身。あの者には斉藤方も織田方もないので、ただ単に、気ままにやって来て、情勢を収集しているだけなのです」

 怪しい。

 ニートが夜中に散歩するのはよくある話だ。

 しかし、西美濃からここまでは丸一日はかかる。面倒くさがりのニート野郎がそんな散歩をするはずない。

 チヨタン目当てなんじゃねえのか。

 そうなると厄介じゃねえか……。

 チヨタンを沓掛に拉致してしまったら、竹中半兵衛は絶対に激怒する。天才ストーカーとして沓掛にどんな計略を仕掛けてくるか。

 稲葉山城を一夜で乗っ取ったあの竹中半兵衛だぜ。

 くそう。とんでもねえ恋敵が現れたもんだ。

 だからといって、チヨタンをあきらめてたまるか。おれはチヨタンを沓掛に連れていく。チヨタンを守る。荒れ狂う乱世から、そして竹中半兵衛というストーカーからチヨタンを守り通す。




 避難民第一陣はチヨタンを含めた四人である。

 十八歳のチヨタンがいちばんのお姉さんだそうで、他は十四から十七歳のおにゃの子。二人はちょっと、うん、お話しにならない。

 ただ、十五歳だというもう一人のおにゃの子はわりかし可愛い。

「あいりと申します。道中、ご面倒かと思いますがよろしくお願いします」

 ふむ。チヨタンにはかなわないが、側室としてキープ。

 それにしたって、おにゃの子との旅行がこんなに楽しいもんだなんて。

 べつだん、おれは会話を弾ませているわけではないんだが、若い彼女たちはきゃぴきゃぴと小鳥のように黄色い声を奏でいて、おれの足取りも自然と軽やかになってくる。

 太陽は空にきらめき、緑の山々は日差しに焦げて、汗ばんだ体を湿った風が乾かしていく。

 永禄九年、恋をした。チヨタンに夢中。

「お前らさっきからうるさいんだ! 黙って歩けないのか!」

 眉をしかめて振り返ると、イエモンの生意気な怒声にチヨタンたちは唇を結んでうつむいてしまっている。

「おい! テメーこそ黙って歩いてろや! なんなんだこの野郎!」

 おれに怒鳴られてイエモンは唇を結んでうつむく。

「ごめんね、野蛮人で」

 ううん、と、チヨタンは首を振ったのだけれど、ほのかな微笑を浮かべながらおれを見上げるその眼差しは、まさしく――、女が男に頼るときの目!


 いや、浮かれている場合ではない。沓掛に到着するまでは気が抜けない。

 なにしろ、竹中半兵衛が埋伏の計を仕掛けているかもしれないからな。

 もしかしたら後を付けてきているかもしれないので、たびたび来た道にイエモンを走らせて、ストーカーが張り付いていないかどうかチェックさせる。

 木曽川の渡し船は無防備になるのでもっとも危険であったが、足軽雑兵が潜んでいる様子はない。無事、木曽川を渡り終える。

 昼メシのとき、おれはさりげなく訊ねた。

「そういえばさ、キミたちは竹中半兵衛を見かけたことがあるのかい?」

 あいりんや他の女子は顔を見合わせるが、チヨタンだけは握り飯片手にうなずいて、おれは軽い胸騒ぎを覚える。

「何度か来たことがあるよ。お祖父様と刑部様のことを話していたわ」

「ち、ち、チヨタンは、竹中半兵衛と話したことがあるのかい」

「うん。とーってもお優しい御仁だった」

「あ、ああ、そう。そうなんだ。ふーん」

 おれは必死で笑って返そうとするが、頬が引きつってしまってうまく笑えん。

「でもお、簗田さんのほうがもっとお優しいよね。ねーえ、あいりちゃん!」

 チヨタンが大きな仕草であいりんの顔を覗き上げて、あいりんは微笑みながらうなずく。

「左様でございますね」

「そうそう、だってね」

 と、顔を上げてきたチヨタンは真夏の日差しに白い歯を照り輝かせる。

「こんな乱世でおなごや子供のことを思ってくれる人なんて、簗田さんぐらいしかいないんじゃないかナ」

「そ、そうかね。いや、当然のことじゃないかな。うん」

「謙遜しちゃって」

 瞼を細く伸ばして微笑みながら、チヨタンはおれを眺めてくる。

 はああああ。もう、チヨタンったら卑怯だわ。そんな可愛い顔ばっかしてさ。どきどきしすぎて心臓が逆に止まっちゃいそうだよ!

「おい、おなご。なんて口のきき方しているんだ。殿だぞ。沓掛城主だぞ。お前ごときが肩を並べてメシを食っているなどな、恐れ多いんだ」

 イエモンがまたなんか騒いでいる。こいつはチヨタンの何が気に入らないんだ? 口のきき方がなってないだなんて、よくもテメーが言えたもんだ。

「キミたち。あのオヒタシゴボウみたいな野郎は無視していいからね。あいつはバカなんだ」

「はーい」

 と、チヨタンは元気よく返事しながらおにぎりをかじり、イエモンはむっと押し黙っているだけ。

 こいつはマジで追放だな。




 日も傾いてきたころ、沓掛に無事到着した。

 大手門をくぐり抜けて本丸に入ってくると、館の玄関口で太郎が水を撒いている。おれはにこにこと右手を掲げてやった。

「暑い中ご苦労。ところで、彼女たちの寝床を用意してやってくれ」

「え?」

 太郎は柄杓ひしゃくの手を止めて、チヨタンやあいりんたちを呆然と眺め、そして例の、いつまで経ってもやめないシラーッとした目を寄越してくる。

「どういうことですか」

「話せば長くなるんだがな、彼女たちは東美濃可児郡の明智庄ってところから来たおにゃの子たちなんだ。つまりだ、保護してきたんだ」

「え? 申されていることがまったく理解できません」

「ごめんなさい。急に押しかけてきてしまって――」

 と、チヨタンが太郎にかくかくしかじかと説明していき、チヨタンってのはどうやら話がうまいらしく、「織田様にお味方する上で」とか「木下様や簗田様の調略で」とか「要するに稲葉山の刑部様が」とか、太郎に反論の余地を与えない小難しい話を理路整然と並べ立てていった。

「は、はあ」

 生意気小マリオも呆気に取られ、しかし、おれの顔を見上げた途端、眉をしかめる。

 おれは鼻先を突き上げ、反抗期の太郎に城主の威厳を示す。

「そういうことで、寝床を用意しろ。そのうちゴロザ殿が長屋でも建ててくれるだろうからしばらくのうちだ。ほらっ、さっさとしろっ」

「かようなことを急に言われても」

「広間とかあんだろ。なんのための広間だ」

「じゃあ、広間にご案内します。でも、知りませんよ、丹羽様になんと言われても知りませんよ」

「問題ない。なぜなら、おれは沓掛城主だからだ」

 チヨタンはあいりんたちに笑顔を投げている。小マリオが駄々をこねているから、心配させちゃったな。

 しかし、チヨタンはおれにもきらきらとした瞳を向けてきて、桃色の唇をほのかに開く。

「ありがと。簗田さん」

 ああ、やっぱり是が非でも守らなくちゃいけない、この笑顔。



 後日、いくさを終えたマリオがのこのことやって来て。

「簗田殿おっ! 一体どういうことだっ! 城内におなごがおったぞおなごがっ! なにゆえおなごが働いておるのだっ!」

「いや、まあ、そう怒らなくても。ていうのも、先日、美濃に入ったさいに、調略の流れで、明智庄の女子供たちを一時、預かることになったんですわ」

「聞いておらん!」

「急なことだったので。はい。ちなみに木下藤吉郎殿も絡んでいるんで。はい。間違いなく明智庄のおにゃの子なんで。はい。疑わうようなら藤吉郎殿に確認してください。はい」

 マリオは顔を真っ赤にして拳をぷるぷると震わせていたが、東美濃の内通者たちを盤石に引き止めるためには致し方ない交換条件だったと説明し、

「人質を取ったようなもんじゃないッスか」

 と、よくよく考えてみたらこれなのである。

 マリオはぐうの音も出ないようで広間の板床にどっかりと腰を下ろしたものの、広間のすみに置いてあるおにゃの子たちの着物を目にして舌を打つ。

「あ、大丈夫ッス。今、急いで城下に長屋を建設しているんで。十部屋三軒、三十所帯分」

「三十所帯っ? なにゆえっ!」

「明智庄の女子供全員を引き取るんで。まあ、大勢でぞろぞろと行列を作らせたらまずいんで、連れてくるのは何回かに分けてッスけど」

「なんと……」

「材木とか大工とか左官とかその他もろもろの建設費用は後払いにしているんで、支払いのほうよろしくッス。まあ、織田が斉藤方を滅ぼせばいなくなるッスから。沓掛勢が増えたときの住まいにしたらいいんじゃないんスか」

 反論できないのか、開き直っているおれに呆れてしまっているだけなのか、マリオはうなだれながら青い月代をざらざらと撫で回している。

「それで――」

 と、顔を伏せたままマリオは言う。

「進展はあるのか。お主は」

「進展?」

「調略の。こたびのいくさで我らは勝利し、南美濃に楔を打った。お主はどうなのだ」

「ま、まあ、ぼちぼちじゃないッスか。あっしは藤吉郎殿と一緒にッスから、なんとも言えないところはありますけど」

「おやかた様は本気で斉藤方を潰しにかかっておるのだ。あと一歩なのだぞ。簗田殿がその一歩を踏み出そうとしているのなら拙者は何も言わん」

「はい。わかりました。あと少しで結果は」

 チッ。うるせえな。テメーは会社の上司か。おれが勝手な真似をしてくれたからって、ぐだぐだと陰気くせえことを吐き垂らしやがって。

 拙者は何も言わん、ってここはおれの城だ! 何を履き違えていやがんだ、このクソ野郎!

 まあ、政務のすべてはやってなくて、マリオに任せちゃっているからこのざまなのだが。

 それに、マリオのことだから絶対に信長に告げ口するだろう。結果を求められてきたとなるとまずい。これで何もしないで終わると久々に信長にボコられる。

 サルの砦建設に乗っかって手柄を5%ぐらい貰うしかねえかもな。やっているアピールしとかねえと。


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