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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三、二章 人生意気に感ず、功名誰か復論ぜん
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人生意気に感ず(4)

 おれは企ての方針を百八十度変換しなければならないようである。

 寧々さんの長屋から引き上げてきたおれだったが、なんと、筋肉ダルマバカのゴリラノスケも付いてきてしまったのである。明日、もう一度出直すから泊めろと言ってくるのである。いや、春日井なんて馬でひとっ飛びじゃないかって言うと、相談があるだなんて深刻な顔でボロ家の居土間に座りこんでしまった。

「あの娘はどうすれば俺に振り向いてくれるだろうか」

 デカイ体しているくせに、おでこを黒光りさせているくせに、このバカは「ああ、どうすれば――」などと、額に手を当てて恋患いを発症してしまっていた。

 おれは言葉を失った。こいつの頭の中身はフンコロガシが集めたウンコで出来ているんじゃなかろうか。

「でも、佐々殿。寧々さんはだいぶ佐々殿をお嫌いになられたと――」

「ああっ? テメーなんだこの野郎ォっ!」

「ほ、ほらっ、それが駄目なんスよっ。だって、サルに惚れるような女ッスよっ。腕っ節とかじゃないんスからっ」

 身を乗り出していたゴリラノスケはぴたっと止まり、姿勢をゴザの上に直すとしょぼんと頭を垂らした。

 台所に入っていた太郎がちょこちょことやって来て、おれとゴリラの前に白湯の入ったお椀を差し出した。太郎がぺこりと頭を下げ、居土間の隅に引っ込んで正座したが、ゴリラは太郎にずっと視線を送っていた。

「お前の息子か」

 と、おれに顔を振り向けてきたので、おれはあわてて手を振った。小姓だと教えてやった。ほう、と、うなずきながらお椀をゴリラの手つきで掴み、ずずっと啜った。

「お前はいないのか。女房は」

「いないッス」

「だろうな」

 ゴリラノスケはお椀を床に置くと、大きな溜め息をつきながら頭を抱えた。

「クソ。俺はどうしたらいいのだ」

「いいじゃないッスか。嫁さんがいるんなら」

 侮辱されたおれはゴリラが殊勝にもなっているので冷ややかに言った。そうしたら、やっぱり血管を浮かせながら顔を持ち上げてき、俺に食ってかかってこようとしたので、それだからいけないともう一度調教してやった。ゴリラはおとなしくなってまた頭を抱えた。

「おのれえ。サルみてえな小者にあの娘を取られたくはねえ」

 なんとなくこのバカの扱いになれてきたおれであるが、ウザいことには間違いなかった。あーあーうーうー唸っていていつまでも帰ってくれそうになかった。挙げ句の果てにはこう訊ねてきた。

「お前はどっちだ。サルか、俺か、どっちに付くんだ」

「いや、別にあっしはどっちに付くとかじゃなくて、おやかた様の命令で――」

「あ?」

「だから、そういう脅しとかが――」

「テメーさっきから調子いてんじゃねえぞ、コラ。どっちだって訊いてんだ、ゴラァッ」

 おれはマタザが恋しくなった。マタザがどれだけ可愛かったことだろうか。

 それにここでどっちに付くだのなんだのと言ってしまうと、この野郎は本当にウザノスケだから、サルに付くと言えばボコってくるだろうし、ウザノスケに付くって言えばいつまでもいつまでもおれを子分ゴリラにするんだろう。

「テメー、サルなのか、あ?」

 ウザノスケがウザさ満点になっておれが答えあぐねていたら、ちょこんと座っていただけの太郎が助け舟を出してきた。

「私も寧々さんは素敵な女性だと思います」

「何?」

 と、ウザノスケは急に振り返って、おれはほっと胸を撫で下ろす。さすが太郎くん。おれの気持ちを本当にわかってくれる。わかりすぎてシラーッとするのは腹立つが。

「小僧、お前、会ったことがあるのか」

「はい。一に健康、二に器量、三四がなくて、五に笑顔。私は母におなごを選ぶときはこれを守れと言いつけられました。寧々さんはすべて揃っている素敵な女性です」

 ウザノスケは笑顔で腰を上げ、太郎にドカドカと歩み寄っていくと、正座している太郎をひょいっと持ち上げた。

「小僧! お前わかってるな! お前はきっとひとかどの武将になるに違いねえ!」

 太郎はウザノスケの怪力にビビッていたが、ウザノスケがひょいひょいっと高い高いするので、次第に太郎もけらけらと笑った。

「よしっ。お前を馬に乗せてやる。乗ったことあるか?」

「ありません」

「よっしゃよっしゃ乗せてやる」

 ウザノスケは太郎を肩車すると、おれには見向きもせずに外に出ていった。

 なんなんだ、あいつは……。どういう思考回路をしてやがんだ。

 それにしても、この状況は非常にまずい。おれはウザノスケのお椀の中身を囲炉裏に投げ捨てたあと、腕を組んで、うーんと唸る。これはまずい。

 信長は何を考えてあんな野郎を寄越したんだか、サルと寧々さんの仲を破壊するどころか、このままだと破壊されてしまうのはおれの平和な日常だ。いや、信長は昨晩だいぶ酔っ払っていた。何も考えていなかったに違いない。もしかしたら忘れているかもしれない。

 今日のたった一日だけでわかったが、ウザノスケはマタザよりも厄介な織田家最恐のバカだ。単細胞のマタザよりも単細胞というところが本当のマジモンだ。あいつに付きまとわれる人生なんて、地獄の血の池で鬼に追われて永遠に泳いで逃げ回るようなもんだ。

 心外だが、ここはもう消去法でサル側に付くしかねえ。

 どうやらウザノスケが太郎を馬に乗っけてどっかに駆けていったようなので、これ幸いとおれはボロ家を飛び出した。

 おれがウザノスケのゴリラの手から逃れる術は唯一、サルと寧々さんの結婚の下知を信長からもらう以外になかった。信長の鶴の一声が下されれば、さすがのウザノスケも引き下がらざるを得なく、おれの失恋仲間となっておめおめと比良城に帰ってくれるはずだ。

 だが、その下知を貰うには今日しかない。今しかない。ウザノスケが太郎のお遊び相手となっている今しかない。おれの動きをウザノスケに悟られたら、おれの体はゴリラがバナナの木をへし折るみたいにへし折られちまう。

 とはいえ、他人の結婚を土下座でお願いするのは変な話なので、サルも連れていかなければならず、ボロ家を真っ直ぐに足軽長屋にすっ飛んできたおれはサルの家を訪ねた。そうしたら、誰だか知らないオバサンがいた。サルのお母さんだと思ったら、まったく違うババアで、

「木下殿なら屋敷町に引っ越しましたよ。足軽大将ですもん」

 と、ふざけた話だった。おれがボロ家で、人のカネをだまし取った詐欺師が屋敷町だなんてどうかしていた。

 いや、苛ついている猶予はない。おれはダッシュで屋敷町に走っていった。ものの、サルの新居がどこだかわからないおれは路頭に迷った。さらには屋敷町なんてうろついているとデザイアに出くわしてしまいそうな予感があった。それだけは絶対に勘弁してもらいたいおれだったが、ハッ、と、ひらめいて、サンザの屋敷に突入した。

 玄関口に飛び込んでいったおれは、上がりかまちの前にスライディングしながら土下座を組むと「三左衛門殿」「三左衛門殿」と屋敷の奥目掛けて喚き散らした。何事だといった具合で家の者たちがドカドカと出てきたので、おれはおでこを擦りつけながら叫んだ。

「沓掛城主簗田牛太郎でございますっ! 火急の用件があって、森三左衛門殿にお会いしたくて参りましたっ!」

 とはいえ、騒ぐこともなく、ドカドカとやって来た連中の中にはすでにサンザがいた。

「何事よ!」

「あ、ちょ、ちょっと、お人払いのほどを……」

 サンザも家の連中たちも訝しがっていたが、サンザは上がりかまちから下りてきて、草履を履いておれを外に促した。

「なんだ、そんなにあわてて。まさか今川方か?」

「実は――」

 おれはサンザの袖をそろっと摘まんで庭先の隅へと引っ張っていき、誰の目もないことを確かめると、両手をそわそわと揉みながら話した。

「木下藤吉郎殿の婚姻の件で」

「はあ?」

 サンザはぶっとい眉毛をしかめ、むしろ、眉間には怒りを刻んでいたが、おれはそそっとサンザに近寄り、ぺこぺこと頭を下げながら寧々さんの鬼母がサルとの結婚に反対していることを伝えた。

「それで、あっしは、藤吉郎殿とも知った仲ですし、杉原家の寧々とも知った仲でして、桶狭間の前は二人にたいそう世話になったもんでして、どうしてもあっしは二人に契りを結んでほしいんス。なので、あっしは今から藤吉郎殿と一緒におやかた様にお願いして、婚姻を許可するお下知を貰おうかと思いまして」

 おれが腰を丸めてぺこぺことしている傍ら、サンザは分厚い唇をへの字に曲げていた。

「だからどうした。勝手にすればよかろう。なにゆえわしのところに参ったのだ」

「それがその、あっしが沓掛城に行っている間に藤吉郎殿は引っ越したみたいで、どこなのかわからないんス」

 すると、サンザはおれを門前まで引っ張りだしていき、ここをこう行ってそこを曲がってこれこれこうだと説明した。

「あと、もう一つ、お願いが……」

 おれが立ち去らないでいると、サンザはゴリラ唸りを上げてきた。

「なんだ」

「サンザ殿も一緒に来てくんないッスかねえ……」

「なんだとお?」

 おれの数少ない理解者の一人であるサンザだが、さすがに鬼武者の形相になったので、おれはあわててその場に這いつくばり、サンザの汚ねえ足でも舐める勢いで頭をぺこぺこと下げた。

「お願いしやッスう! あっしはどうしても藤吉郎殿と寧々を結婚させたいんッス! あっしはあの二人に恩を返したいんッスっ!」

「なにゆえわしも同席せねばならんのだ!」

「いや、だって、あっしと藤吉郎殿じゃ、おやかた様は聞く耳を持ってくんないッス。サンザ殿が付いてもらえれば百人力ッス。お願いしやす、お願いしやす。失礼を承知の上でお願いしやすう」

 おれは掌に付いていた砂土を目許にささっと押し込めて涙を作ると、しくしくと泣きながらサンザの足にしがみついて、物乞いの勢いでお願いしますお願いしますとすがりついた。

「離せっ、このっ。見っともないと思わんのかっ」

 サンザはぶんぶんと足を振ってきて、膝でガシガシと顔面を打ってくるが、おれはサンザがうんと頷くまで離さない。ウザノスケにバナナのようにへし折られるぐらいなら、まだ、サンザにぶん殴られるほうがマシである。サンザがどれだけ怒り狂おうともおれは離さない。

「なにゆえお主はそこまで藤吉郎に入れ込んでおるんだっ。又左衛門のことと言い、お主、怪しいぞっ」

「藤吉郎殿や寧々さんには本当に足を向けて寝られない恩があるんですう」

 と、おれは、口から出任せの作り話を始めた。尾張清洲にやって来て信長に拾われる前、流浪の男だったおれは、清洲に辿り着いたときにはもうこんな人生は勘弁だと思って玉野川で入水自殺を計ろうとした。すると、たまたまそこを通りがかった寧々さんに自殺を止められて、おにぎりを貰った。それで、寧々さんはサルにそのことを話して、次の日やって来たサルはおれに、玉野川にいればいずれ信長に会えるだろうから、それまでここで辛抱していなさいと言ってきた。

「だからっ、あっしがいっぱしの城主に出世できた今、恩返しにあの二人には結婚してもらいたいんスっ。でも、あっしじゃ鬼母は説得できないんッス。鬼母は誰の話も聞かないんッス。でも、おやかた様の下知があれば。下知があれば」

 すると、むう、と、唸りながら、サンザはガシガシやって来るのをやめた。フヒヒ。おれのデタラメ話もさることながら、さすがはサンザだ、いい人だぜ。

「まあ、男には心意気というものがあるからな」

「お願いしやッス! あっしの気持ちをわかっていただける御方はサンザ殿しかいないんッス!」

「付いていくだけだぞ。別段、わしは懇願せぬからな」

 おれは嘘泣き顔を上げてサンザの渋々とした表情を確かめると、ありがとうございますを連呼して頭を下げた。

 よっしゃあ……。これでウザノスケのゴリラの手から逃れられる……。


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