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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三、二章 人生意気に感ず、功名誰か復論ぜん
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人生意気に感ず(3)

 信長をけしかければサルと寧々さんの仲なんて破壊できるものだと考えていたおれであったが、妙なことに巻き込まれた。

 サルと寧々さんの邪魔者となるようにとの佐々内蔵助への伝言を信長は手紙とともにおれに託してきやがった。誰なんだ、佐々内蔵助って。ゲームにそんな名前の奴がいたようないなかったようなと思いながら、翌日、おれは春日井郡の比良城っていうところを訪ねた。太郎は清洲宅でお留守番である。というのも嫌な予感がし、万が一のため、見っともない姿を見せたくないためである。

 比良城ってのは、沓掛城よりもしょぼい城である。屋敷に毛が生えた程度、矢倉が一個だけのザコ武将の拠点である。門番みたいな奴に信長の命令で内蔵助に会いに来たことを伝えると、館から内蔵助のお守役らしき老人が出てきた。んで、老人に館の広間まで通された。

 おれは狭苦しい広間のゴザの上であぐらをかいて待った。やがて縁側をドスドスと足音を鳴らしてやって来た。なーんか、足音からしてゴリラの予感がしたら、広間に現れた内蔵助とやらはやっぱりゴリラだった。

「なんだ、テメー。おやかた様の使いだと、ゴラァ」

 と、開口一番、DQNである。背丈はおれやマタザほどではないんだが、小袖の肩が膨れ上がっているマッチョで、切れ上がった細目、浅黒い肌が艶々としていて、おれと同い年ぐらい、おれの向かいの上座にどっかりと座ると、右足の上に右腕を乗せて体を傾かせつつおれに前のめりになってくるという喧嘩腰であった。

 おれはゴリノスケの迫力にビビってしまい、あわてて平伏しようとしたが、いや、待て、こんなしょぼい城の城主よりも沓掛三千貫のおれのほうが格上のはずだと思い直し、ちょっとだけ頭を下げ、

「これッス」

 と、ふてくされたふうに信長からの手紙を差し出した。しかし、ゴリノスケは手紙を手に取らず、眉間に皺を寄せた細目でおれを苛立しげに睨んでくる。おれはかなりビビってしまって視線を横にちょろっと逸らす。

「桶狭間勲功第一の綱鎧の簗田っちゅうのはどんなモンかと思えば、テメーみてえな間抜けヅラっちゅうわけか」

「え、いや、そ、そんな間抜けヅラじゃないと思うんスけど」

「ああっ?」

「あっ、すいませんッス。間抜けヅラッス」

 けっ、と、吐き捨てたあと、ゴキブリみたいな肌の照りの狂犬ゴリラ野郎ことゴキブリノスケは手紙を手に取り、中身を確かめた。

「ほう。そういうわけか。ほう。あのサルがナメた真似をしたっちゅうわけか。ほう」

 トンデモゴリラの登場に、おれは話がかなりヤバくなっていると察した。サルは大嫌いだが、こんなゴリラゴキブリを檻から放してしまうのは寧々さんが可哀想な気がしてきた。

「ま、あの、おやかた様も冗談半分みたいな感じだったんで、軽く。かるーい感じで藤吉郎殿にビシっと」

「俺はよ、前々からサルの野郎が気に食わなかったんだわ」

 ゴキブリノスケはにやっと笑いながら手紙を小袖の懐におさめ、おれは小袖の袖でおでこの汗を拭う。

「あの野郎、小者のくせにおやかた様に媚びばっか売りやがって、挙げ句には足軽大将だと? あ? テメー、調子ちょうすいてんのか、ゴラァッ」

「えっ、い、いやっ、あああっしは別になんの関係もっ」

「テメーもちょっと前までは浪人風情だったそうじゃねえか、あ?」

「いやっ、そ、そうッスけど、でも、それとこれとは話が別で」

「何が別だ、ああっ? 何が別なんだよ、おう」

 おれは目を泳がせながらおでこを拭き拭き。マジでやばい。やべえわ。こいつマジモンだわ。こんなマジモンを投入するだなんて、信長は本当にワルい野郎だ。

「ま、まあ、あの、とりあえず、サルにはどういうふうに仕掛けていきますかね」

 おれが助かる道はこのマジモンに擦り寄るしかなかった。すると、擦り寄られたゴキブリノスケはどうやらマジモンのバカのようであり、さっきまで怒っていたくせに「うむ」なんてうなずいて、マッチョ腕を組んで、にやにやとし始めた。

「そうだな。サル憎しとは言え、いくらなんでも突っかかっていくだけっちゅうのは筋違いっちゅうもんだ」

「そ、そうッスね」

「テメー、何か考えろや」

「えっ? あ、あっしがッスか?」

「ほうだよ。考えろや。テメーのことだから悪知恵働くだろ、ゴラァ」

 やべえ。おれが編み出したってなると、あとで取り返しのつかないことになったとき、おれが寧々さんに責め立てられることになっちまう。ましてやこのゴリラゴキブリのことだから取り返しのつかないことにしちゃってくれそうだ。

「考えんてんのか! ああっ? さっさと言えやっ!」

「えっ、いやっ、そんな、急に言われたって、あの、その、あ、じゃあ、こういうのはどうッスかね、ご、ゴリラゴ――、佐々殿がサルの相手を好きだったっていうのは」

「あん?」

「あ、いや、その」

「そりゃいいわ。そうしよう。俺がサルの相手に惚れていてサルに因縁を吹っかける。お前、なかなかの策士じゃねえか。ん?」

「い、いや、そうでもないッス。アハハ……」

 こいつ、本当にバカだな。本気とも冗談とも取れねえバカっぷりだわ。ゴリラゴキブリが寧々さんに惚れていて、それの嫉妬でサルに突っかかるだなんて、ただの哀れな男じゃねえか。それなのに喜んで引き受けるんだからバカだな。あわてて提案したおれもおれだが、このバカってのは、マジで関わりたくなかったマジモンだわ。

「よし、なら、行くか。その女は清洲か、ん?」

 と、腰を上げたバカノスケ。

「い、今からッスか? 行ってどうすんスか? サルのところに行くんじゃないんスか?」

「サルの女に俺の嫁になれって言やあ、サルは俺に噛み付いてくるだろうが」

「いやっ、だからっ、その女に嫁になれって言っても、その女のおふくろが――」

「がたがた抜かしてねえでさっさと立てやゴラァッ! 叩っ斬るぞっ!」

「はいっ! 行きますっ!」



 おれは徒歩だってのに、バカノスケは馬をかっ飛ばしていき、おれはひいひい言いながら清洲まで走ってきた。もうこのさい逃げ出しちまおうかと考えたけれど、見失ったかと思ったら待ち構えており、

「何やってんだ、ゴラァ、さっさと来いやァっ!」

 また、馬に鞭をくれてかっ飛ばしていき、見失ったかと思ったら、やっぱり待ち構えていて、

「テメー、ふざけてんのかゴラァっ!」

 と、おれは本当に戦国時代で城主をやっているのかどうか怪しくなるほどこき使われた。

 清洲に入ると、ようやく半纏一枚ふんどし姿の水売りのガキがいたので、袖の下の宋銭をぶん投げて、やめてくれとガキが止めにかかってきたけど、桶に口をつけてガブガブと飲んだ。

「あ、悪い。もうちっと出しとくわ」

 全部飲んでいないけど二百文ばかしの有り金全部をくれてやった。ガキはたいそう喜んたが、おれは急に襟首をひっつかまれ、ゴキブリノスケは馬のケツに鞭を入れ、おれはずるずると城下まで引きずり走らされた。

 教えた通りの足軽長屋に到着したころには、おれは桶狭間のいくさ並みにへとへとになっていた。

「ここか、サルの女の家っちゅうのは」

 馬からドスンと下りてきたゴキブリノスケは、突然、通りかかったオッサンの胸ぐらを掴んで引き寄せ、馬の手綱を持っていろと脅した。震え上がったオッサンは言われた通りにしたのだが、ゴキブリノスケが寧々さんの長屋の玄関口へドカドカと歩いていくので、おれはあわててゴキゴリラを引き止める。

「な、何をするつもりなんスか、佐々殿っ」

「ああ? サルの女に俺の側女になれっちゅうんだろうが」

「えっ? 佐々殿、結婚されてんスか?」

「なんだ。してたらなんだっちゅうんだ」

「い、いや、意外だなって思って……」

「何が意外なんだテメーゴラァっ! テメー俺のことナメてんのかあっ!」

「いやいやいやっ! そういう意味で言ったんじゃなくてえっ!」

 と、おれがゴリラノスケに胸ぐら掴まれて持ち上げられていたら、寧々さんの玄関口の戸がバチンッと叩き開けられた。まずい、鬼母か、と思いきや、寧々さんだった。

 寧々さんは訝しげな視線でゴリラとウシの図体ばかりの共演を眺めてき、

「なんなんです、人の家の前で騒ぎ立てて。あなた様はどちら様です」

 と、ゴリラに尖った声音を浴びせた。ゴリラはおれをぶん投げて捨てると、寧々さんにじゃりっと一歩歩み寄る。

「比良城主佐々内蔵助だ。お主に用があって参った」

「佐々殿? かような御仁がわたくしなんぞになんの用です」

「俺の側女に上がれ」

 地べたに捨てられているおれは、顎をしゃくって偉そうに振る舞っているゴリラノスケを眺めて、何度も何度も思ってきたことだが、こいつはマジモンのバカだと呆れを通り越して恐ろしくなった。バカという言葉はこういう奴のためにあるのだとつくづく思った。

 当然、気の強い寧々さんは眉をしかめ、むしろ言葉に怒気をはらませた。

「何をおっしゃているのです、あなた様は。お帰りなさってください」

「ほう。お主がサルに惚れているという話はまことか」

「はあ?」

「ならばこうしようじゃねえか。俺とサルがお主を賭けて一騎打ちする。勝ったほうがお主を頂戴する。それでどうだ」

「あなた様は何をおっしゃっているのですか。おつむがどうかしているんではありませんか?」

「あ?」

「あ? じゃないでしょうっ!」

 寧々さんは眉尻を吊り上げて突然ブチ切れ、ゴリラノスケにじゃりじゃりと詰め寄ると、ひん剥いた目玉でぐいっと睨み上げ、指先を振りながら説教を始めた。

「人の家の前で騒いだ挙げ句にわたくしを頂戴するですとっ? あなた様は何様のつもりっ! 女を犬か猫とでも思っていらっしゃるのっ! 冗談だか本気だか知りませんがね、よくもまあそんなことを言えたものですねっ! 惚れたはれたの勝負がしたいのなら、顔を洗って出直してきなさいっ!」

「い、いや、そういうつもりで申したんでは――」

 と、ゴリラは寧々さんの勢いにあわてふためきゴリラ型なしとなった。

「ならばどういうつもりなのですっ!」

 寧々さんが詰め寄ると、ゴリラは一歩、後ずさりする。

「言っていいことと悪いことの区別もつかないのですかっ!」

 寧々さんが指先を振ると、ゴリラは一歩、後ずさりする。

「白黒の区別がつかないのならわたくしが付けてあげますよっ!」

 寧々さんは火の玉のようにして長屋の中に飛んでいった。ゴリラノスケは一体誰なんだというぐらいの情けない表情でおろおろと辺りを見回しており、おれは口許を掌で覆い隠して、バナナを見失ったゴリラみたいなゴリラノスケが可笑しくって仕方がない。

 いやあ、本当に寧々さんってのはいい女性だ。うむ。

 と、思った矢先、寧々さんが桶を抱えて戻ってきて、ゴリラノスケの顔面目掛けてバシャッと水をぶっかけた。

「それで顔でも洗ってなさいっ!」

 綺麗に結い上げていた髪の前髪をちょろりと垂らしてずぶ濡れ棒立ちしているゴリラノスケの有り様に、おれは腹を抱えて笑おうとしたが、寧々さんはおれに桶をぶん投げてきた。それが頭に直撃して痛がっていたら、寧々さんは長屋に入って戸をぴしゃりと閉めてしまった。

 いや……、なんでおれまで……。

 それでいて、ゴリラノスケは突っ立つままに閉められた戸を眺めている。巻き添えを食らったおれは溜め息をつきながら腰を上げ、投げつけられた桶を板戸の前に立てかけて、目を点にしたまま髪先から水滴を垂らしているバカに言った。

「そ、そういうわけで、あっしは帰りますんで」

 おれはゴリラの脇を通りぬけ、そそくさと清洲宅への帰路を辿ろうとした。が、ゴリラの横をすり抜けようとしたとき、襟首を掴まれた。

 ゴリラノスケは板戸からゆっくりとおれに視線を寄越してき、その眼差しはなんだか、おれにすがりついてきていた。

「な、なあ、俺は出直してきてもいいのか?」

「え?」

 おれの襟首から手を離したゴリラノスケは濡れそぼっていた顔を両手でごしごしと洗い、またしばらくぼんやりと板戸を眺め、また両手で顔を洗った。それを二回繰り返すのを目の前にしていたおれは、本当にこいつだけには関わっちゃいけないと肝に銘じた。


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