一にも二にも斬り捨てる。三、四が無くて、五にロリコン。
DQNの親玉こと織田信長様はふんどし一丁のまま真っ黒い馬に跨っていてパカパカと、おれは和服ども五人に取り囲まれながら、さっきの町に入ってきた。
町の者どもは素っ裸の信長の姿を目に留めると、すぐに立ち止まって一礼。
しかし、下げた頭をひとたび上げると、ひそひそ話とともに好奇の視線。
その汚ったねえ物を見るような目は素っ裸の信長に向けられているのか、それとも、信長の家紋浴衣をパッツンパッツンになって羽織っているおれに向けられているのか。
ゆうゆうとながら、素っ裸で馬に跨る尾張のうつけ……。
パッツンパッツンの浴衣を着るうつけの飼い牛……。
ああっ! 将軍どころか、武将すらなれてねえっ! これじゃただの見世物じゃねえかっ!
ううっ、ひどい。なんてひどいんだ、戦国時代。
「そういえば、牛。貴様、名はあるのか」
馬の上から後ろ目にしつつ、信長は問いかけてきた。
「い、一応、あっしは、簗田マサシって名前でして」
「簗田? 聞いたことがねえな。むしろ貴様ごときが姓名を名乗るとは小生意気なことだ。貴様は牛だ。今日から貴様は牛を名乗れ」
「う、牛って、そりゃ、名前じゃっ」
「黙れ」
と、唸ってきたのはおれを取り囲んでいる信長子分の一人。
「おやかた様の名付けぞ。ありがたく頂戴しろ」
そんな……。何それ……。俺の物は俺の物、お前の物は俺の物、的な無法状態じゃねえか。
牛って……。ただのウシって……。マジで夢がねえ……。
おれの絶望をよそに、キャッキャッキャッ! と、高々と笑い上げるクソ信長。くっそう。マジでこいつはクソだ。死ね。本能寺の変で死ね。
でも、そういや、本能寺の変ってあと何年後なのかな。確か、信長が死んだのって四十九歳のときだったような。人間五十年とか言いながら四十九歳で死んじゃったバカ。んでも、目の前のふんどし一丁の細マッチョは、四十代の中年にはとてもじゃないが見えない。二十代半ば。てことはあと二十年以上はこいつは死んでくれねえ。
世の中間違っているのは未来も過去も同じだ。こういうさっさと死ぬべきDQNがのさばっているのは未来も過去も同じだ。
やがて城へ。
?
お城っていうか、館。観光地とかによくあるふうの、木塀の館。門も木。門の両サイドに櫓が建っていて、そこに弓を持った奴がいるけど、なにこれ。信長って名古屋城じゃないのかしら? 金のシャチホコが乗っかったやつ。あ、でも、若かりし頃は清洲城か。うーん。清洲城ってしょぼいんだな。DQNの王様のくせに住まいは掘っ立て小屋だなんてしょぼい野郎だ。典型的な、畑の真ん中で威張っているだけの野郎だ。
まあ、ゆくゆくは安土城を造るんだろうけど。
で、信長のあとにくっついて門をくぐったら、
「おっ、又左」
と、信長がにやつきながらふいと言った。
「これはおやかた様!」
マタザと呼ばれた若者はちょうど門をくぐり出るところだったらしく、信長の登場でぴたっと足を止め、地面に膝を付けたところだった。
少々ながら背の高い野郎で、淡い水色の着物の襟元を若干はだけさせている。
おれを取り囲んでいる五人の子分たちは全員、袴を履いているのに、このマタザってのは袴を履いていない。刀を二本ぶら下げた紺色の帯に羽織りの裾をからげていて、素の太もも、裸足に草履。さっき発したいちいちうるせえ大声といい、だらしねえ服装といい、なんとなくのDQNのかおり。
「おうおう、ちょうどいいじゃねえか」
「はっ?」
片膝立ちのマタザとかいう野郎が信長を見上げつつ首をかしげると、信長は馬からひらっと飛び降りてきて、にやにやと口許をほこらばせつつ、おれのほうを見やってきた。
嫌な予感が。
「きゃつに住まいを工面してやれ」
「はっ?」
マタザって野郎はようやくおれに視線を向けてきた。そうして、おれと目が合った途端、あからさまに眉間をしかめた。
「そうだ。おい、俺の袋を出せ」
信長が五人の子分どもの一人に向けてそう言うと、子分は革袋を信長に差し出してきた。信長はその中に手を突っ込んだあと、取り出してきたそれをおれの足元にじゃらっと投げ捨ててきた。
金ピカに光る小判が三枚。
「くれてやる。そいつで人並みの生活をさせてやる」
すると、五人の子分どもとマタザはぎょっと顔を上げ、そうしてすぐに子分の一人がおれの頭を引っ掴んできて、
「礼はどうしたっ、この呉牛が!」
無理やり土下座させられた。ぐりぐりとおでこを地面に押し付けられ、ぐぬぬ、一日にこう何度も土下座させられた日なんて人生初めてのことだ。
キャッキャッキャッキャ、と、高笑いしながら信長は館のほうへと歩いて去っていき、子分のうちの三人は信長のあとを小走りについていき、子分の一人は馬をどっかに連れていき、子分の一人はおれの頭をこすりつけるばかり。
「なんて果報者よ。おやかた様の浴衣ばかりか、黄金三枚まで。お主っ、死ぬまでおやかた様に足を向けて寝られぬぞ!」
さ、三枚って、なんだよ、たったの三枚ごときで偉っそうに。
信長なら百枚ぐらい寄越せってんだ。恩着せがましいとはまさにこのことだ。
「おい、九郎左。こやつ、何者だ」
と、信長の気配が無くなった途端、のっしのっしとおれに歩み寄りつつ、突如としてDQNのオーラを全開にし始めたマタザとかいう野郎。
クローザとか呼ばれた子分の一人はおれの頭から手をはなすと、
「おやかた様が水泳が鍛錬の中に現れた気狂いよ。訳のわからんことばかり申しておる。まあ、おやかた様はお気に入りにされた。それなりに扱ってやれ」
そう言って、おれをさんざん傷めつけてくれたクローザはようやく去っていった。
が、一難去ってまた一難。クローザが可愛いほどのDQNオーラをビシビシと感じる羽目に。
DQNとキモオタが二人きり。DQNにじいっと見つめられつつ、そおっと小判に手を伸ばして、一枚一枚大事に拾っていくおれ。
マタザは鼻で笑った。
「醜い野郎だ」
「へ、へえ」
おれは小判をぎゅうっと握りしめながら、マタザを見上げて愛想笑い。
「フン。テメーなんぞを引き連れるとはみっともなくて気に入らんが、おやかた様に命じられたとあっちゃ仕方ねえ。付いてこい」
のっしのっしと歩き出したマタザのあとをおれはへこへことして付いていく。
町の通りの真ん中を偉っそうに肩で風切り歩くマタザは、ご機嫌なのかなんなのか、
「おーもーいだーすーわーわーすーるーるーかー」
と、訳のわからねえ唄を歌い始めた。とんでもねえ音痴で、耳を塞ぎたいばかりだった。唄っている最中、通りをすれ違う人が、
「あ、これはどうも前田様」
などと頭をぺこっと下げてくると、
「おう」
などど右手をかかげ、チンピラ風情である。んで、音痴をまた始める。
おれは通りを歩く連中の目に触れられないよう、小判を握った手でひたすら隠しながら、音痴に耐える。
前田様……。
誰だ? こいつ、まさか前田慶次か。いや、マタザとかいう百姓みてえな名前らしいからな。
前田マタザ……。まあ、どちらにしろチンピラだ。来年あたりには戦場で死ぬ程度のザコだろう。
「そういや、おい」
と、マタザはのっしのっしと歩きつつも唄を切り上げ、おれにたずねてきた。
「お前、名は」
「あ、あっしは、ま、まあ、簗田って言うッス」
「ヤナダ。どう書くんだ」
「え、えーっと、竹かんむりに、えっと、その、さんずいに、刀に、木ッス」
「よくわからねえな。名はなんだ。下の名は」
「あ、えーっと、その、マサシってんスけど、その、ついさっき、そんなのキサマの柄じゃねえからとかなんとか言って、お前の名前は牛だって、その、おやかた様から」
「ほう。牛。それもそうだ、お前は牛みてえだ。タナダだのマワシだのというより、お前はまったくもってウシだな」
そうして、マタザはげらげら笑った。何がそんなにおかしいんだかわかりゃしねえが、大笑いしていた。
「そういや、おい、牛。お前、腹が減っているだろう。お前にぴったりの住まいなら目星が付いているが、お前は腹が減っているだろ? 俺のところでメシを馳走してやる。どうだ、馳走してやるが、腹は減っているだろう?」
「いや、そんなに減ってねえッスけど」
「あ? なんだとコラ」
「あっ、いやっ、減ってるッス。チョー減ってるッス」
「だろう。俺も腹が減っていたところだ。俺のところで馳走してやる。ただな、おい牛、くれぐれも腰抜かすなよ?」
「え、え、え、な、なんでッスか?」
「いやあ、まあな、お前みてえな野良上がりの牛はろくな女を見た試しがねえだろうからな。まあ、お前みてえな野郎にはちいとばかし目に毒かもしれねえからな」
「えっ! おにゃの子ッスかっ?」
「ああっ? 何を鼻息荒くしてやがんだ、テメー」
「あっ、いやっ」
「チッ。まったく。これだから野良上がりは。くれぐれも変な真似するんじゃねえぞ。んな真似しようもんなら叩き斬ってやるからな」
「あっ、はっ、はいっ、くれぐれもっ」
なんなんだよ、ほんとに。訳わかんねえな、もう。
そうこうするうち、さっきおれがゴンロクに追いかけられた屋敷町に。
んで、のっしのっしと歩いていたマタザはくるりと方向を変え、とある小さな屋敷の門をくぐっていく。
むう。またしても何かしらのアクシデントの予感が。
このままマタザにくっついてもいいもんかどうか悩む。んでも、くっついて行かなかったらおれはまたしても途方の野良牛。世話をしてくれるって言っているんだから、ちょっとは辛抱するしかないか……。
「おいっ! 牛っ! 早く来いやっ!」
「あっ、はいっ!」
すっかり下僕と成り果ててしまったおれがあわてて玄関先に走り寄っていくと、
「おう! 帰ったぞ!」
と、マタザは家の中に大声を放った。
そうしたら、やがて――、
「はーい」
What’s?
奥から玄関へと素足をペタペタと鳴らしてやって来たのは、
「お帰りなさいませ、旦那様」
おれは思わず口をあんぐり。上がりかまちに両膝をついて、ぎこちなくも頭を下げてきたおにゃの子におれは呆然。
だ、だって、だ、旦那様って、ま、マタザのことを言ってんのかい? だ、だって、キミは何歳なんだい? ど、どう見たって中学生ぐらいにしか見えないんだが。しかも中学一年生ぐらいにしか……。
「おう、まつ。客人だ。今日からおやかた様に奉公することになったという牛殿だ」
「あ。これは、初めまして」
と、まつとかいうロリータはにこっと微笑み、んで、ゆっくりとお辞儀。
「あたくし、又左衛門の女房のまつにございます」
「えっ、えっ、お、お嫁さんなんスか? マタザさんの」
すると、マタザ、にやっと笑い、
「左様」
自信満々のキリッとした目許をおれに向けてきた。どうだい、可愛いだろ、おれの嫁は、とでも言わんばかり。
しかし、おれは棒立ち……。
このごくごく自然な当たり前感は一体なんなんだろう。DQNがロリータを嫁にしていても、マタザのこのまったく当然な感はなんなんだろう。むしろ、マタザは勝ち誇らんばかりなのだから。
一にも二にも斬り捨てる。三、四が無くて、五にロリコン。
この時代の奴って、マジでぶっトんでる……。