沓掛城主、初めて服を買う
朝っぱらからマリオが来て、おれは寝てたのに太郎に起こされた。寝ぼけ眼をこすりながら外に出ると、
「おやかた様の言伝だが、八つ時(14時頃)、城に参上せよとのことだ。姫様方もご同席されるらしいから、ほれ――」
と、マリオはおれの前に縄を通して括った宋銭百枚ばかしを出してきた。
「大したあれではないが、これで古着でも買ってきなされ。沓掛に戻るのは明日の昼過ぎでよいだろう」
おれは寝ぼけていたので「あざす」とだけ言って受け取った。マリオはもう一度「八つ時だぞ」と念押ししたあと帰った。
おれはあくびをかきながら貰った文銭を袖の下におさめ、家に入るとイエモンの寝相が悪かったので蹴飛ばして元に戻したあと、寝転がって二度寝した。
朝メシ前に起きた。朝メシを作ったのはソフエで、ヌエバアは昨日のうちにハットリ君が連れて行った。おれが沓掛に戻るまでいさせてもよかったんだが、家が下僕どもで狭くなっているので、帰した。
ちなみにヌエバアの代わりにおにゃの子寄越せという約束は取り消しにした。マリオの目が光っているので沓掛に連れていけないし、あずにゃんと結婚する予定なので、すでにハットリ君が見つけたそうだったが、断った。
「あ、そういや、ゴロザ殿は何時に清洲に来いって言っていたんだっけかなあ。うーん」
「八つです」
と、太郎は正座して、おれがメシを食い終えるのを待っている。一緒に食えばいいじゃないかと言ったけれど、自分は小姓だからと言って待っている。ソフエもお預けしている。
イエモンは食べているが。
「お、そっか。さすが太郎くんだな。どっかの若僧はいびきをかいて寝ていたってのにな」
ちらっとイエモンに視線をくれてやったら、このバカは誰のことを言われているのかわかっていないのか、人の話を聞いちゃいないのか、ガツガツと茶碗の中身をかっこんでいるだけ。
「あと、殿は丹羽様に文銭を頂戴しておりました。袖の下に入れておりました」
「あっ、そういえば」
おれはどおりで重かった袖の下をまさぐり百文銭を取り出してきた。ふむ。なんだかんだ言ってマリオもいいやつじゃんか。ま、ケチだけどな。たったの百文。聞けばマリオはおれと同じぐらいの禄高を所領としているらしいのだ。そのくせ百文だ。
これっぽちじゃ大した服も買えそうにないから、おれはメシを食い終えたあと、ヌエバアに教えてもらった台所の糠床から銭貫文の入った壺を取り出してきた。文銭五千枚、括って五貫文しかない。
まさかババアのやつネコババしてねえだろうな。
とりあえず、壺から一貫文だけ取り出し、あとの残りは沓掛に持って帰るため、イエモンかソフエに命令して荷物にまとめさせようとしたが、ちょっと待て、どうにも信用ならん。渡したら最後、トンズラするかもしれん。
おれは壺を抱えたまま城下に出かけることにした。社会勉強のため太郎も連れていく。イエモンとソフエには家を掃除しておけと命令した。
「殿。それを全部お使いになられるのですか?」
「まさか。家に置いておくとイエモンが盗んで逃げるかもしれないだろ」
「そんなことするはずないと思いますが」
「太郎。こういうことはあんまり言いたくないがな、世の中、全員悪党だと思っていたほうがいいからな。特に、背が小さくて、禿げていて、猿みたいな奴な。この三点が揃っている奴には絶対に心を許しちゃいけないからな」
そうしたら、いた。足軽長屋町を行っていたら、向こうから歩いてきた。何をやってんだか、猿みたいにきょろきょろしていて、こっちに気づいていないの。立ち止まって目を凝らしていたら、奴も立ち止まって、何かをじいっと見つめた。何を見ているんだろうと思ったら、軒先に洗濯物を干しているおにゃの子のケツを見つめていた。
「太郎。あそこに背の低い奴がいるだろ。ああいう大人には絶対になっちゃ駄目だからな。見てみろ、あいつ、女の子のお尻を見ているだろ。な? バカだろ」
「お知り合いですか?」
「あいつは木下藤吉郎っていう尾張では有名な盗っ人だ」
「盗っ人なのに堂々と天下を歩いています」
「ツラの皮が厚いからな。ついでにケツの色は赤いけどな」
太郎は首をかしげる。
すると、おにゃの子のケツを眺め飽きたサルに気付かれてしまった。
おれは不倶戴天の敵のあいつが歩いていれば遠目でも確認できる。あいつもあいつで巨漢のおれをすぐに見つけられるらしい。
サルはおれと目が合ったなり、ぷいっと踵を返してしまった。そして、スタスタと歩いていって消えてしまった。
ほっほう。サルの奴、おれの顔を見たくないと思われる。なぜなら、おれが沓掛三千貫の大出世を果たしてしまったからだ。
残念だ、嫌味の一つや二つを吐き捨てようと考えていたのに。
「盗っ人の木下藤吉郎殿、行ってしまわれました」
「ああ、逃げたんだ。おれに嫉妬しているからな」
「嫉妬、ですか」
「ああ」
おれは太郎を連れて再び歩き出す。
「どうして木下藤吉郎殿は殿に嫉妬されているのですか」
「決まっているだろ。おれが勲功第一だったからだ。実のところあいつの俸禄も増えたんだが、増えたの百貫文だけ。ちなみにおれは、二千九百九十貫だ」
実収入はもっと少ないが……。
そのうち、通りを行っていると、とあるオッサンがおれに気づいた。あ、牛殿、と、言って、おれに駆け寄ってきた。誰だか知らないオッサンである。とりあえず、ドモ、と、頭を下げたら、オッサンは別段会話をしてくるわけでもなく、いきなりおれをペタペタと触ってきた。おれはおホモだちかと思ってびっくりして飛び跳ね、警戒しながら何の真似だと声を荒げた。
「ああ、これはご利益ご利益。牛殿はこの前のいくさで出世しただろ。あやかろうと思ってな」
なんと……。
すると、オッサンの行動を見ていた足軽衆の面々がおれもおれもと集まってき、ペタペタと四方八方から触ってた。さらには足軽衆だけじゃない。それらの家族連中もやって来て、軽い騒ぎになった。オバサンバアサンおにゃの子、しまいには何がなんだかわかっているはずがないチビッコまでおれをペタペタと触るのだった。
「やめてくださいよやめてくださいよ」
と、おれは愉快な気持ちになりながらも、とげぬき地蔵様状態から脱出し、人気者の辛さを味わいながら、太郎とともに足軽長屋をあとにした。
「すごい騒ぎでしたねっ、殿っ」
太郎くんは息を切らしながらも目をきらきらとさせながらおれを見上げてきた。
「いやあ、参ったわー。これから足軽長屋通れないわー。こりゃ参ったわー」
「沓掛ですと全然でしたのに、清洲だとすごいですねっ、殿っ」
……。
沓掛だと全然という言葉が何を意味しているのか引っかかったが、子供だからしょうがない。まあな、と、言って、おれは太郎とともにお寺の門前町の目抜き通りを行く。
「殿はすごい御方なんですねっ。服部殿も申しておりましたっ。殿のおかげだとっ」
「いや、まあ、ハットリ君はな。あの人は、うん、頑張ったんだよ。ハットリ君に関しては、おれは別に何もしてないよ。でも、もうちょっとだったんだよな、ハットリ君。あとちょっとで治部の首はハットリ君が討ち取ったんだけどな」
「治部殿はそんなにお強かったんですかっ?」
「そりゃもう。化け物だったぜ。歯が真っ黒で、目がこーんなに吊り上がっていて、オッホッホって笑うんだぜ。そのくせ滅茶苦茶強いんだから。木下藤吉郎みたいなザコだったら一瞬で殺されていたな。ハットリ君と毛利新助って奴の二人がかりでようやく倒せたんだから」
「えっ?」
「うん?」
「殿もおられたんですよね」
「あっ……。う、うん。いたよ。うん。間違えた、三人がかりだった。うん」
おれは咳払いすると、その話はもういいじゃないか、と、太郎に言って、門前町を行く。
教えてもらった反物屋にくぐり入ってみると、そこの店主は壺を抱えて現れたおれに対して、あからさまに顔をしかめた。だが、おれを見たことがあったようで、勲功第一の簗田牛太郎だとすぐにわかった。
「これはこれは簗田殿。いらっしゃいませ。どうされましたか。お礼服でございますか。沓掛三千貫だそうで。そりゃもちろん上等の生地ではなければいけませんな。これなんかどうです」
急な手のひら返しの店主を無視しておれは並んでいる反物を眺める。迂闊に話を聞いているとだまされそうだからな。
というか、なんか、青とか水色とか藍色とか、それ系の色しか無いが、なんなんだ。サルにだまされたときの路地裏のクソ服屋はいろんな色を並べていたのにな。
まあ、おれはどちらかと言えば青が好きだからいいけど。この店主は青オタクなんだろう。
「旦那、これ、いくら?」
「二百文でいかがでしょうか」
なんだ、それっぽちか。おれは糠臭い壺の中をごそごそとあさった。すると太郎が急に進み出てきた。
「ずいぶんとお高いのではありませんか。せいぜい百文ぐらいなのではありませんか」
むっ。
おれが壺に手を突っ込んだまま店主を睨みつけると、店主はそんなことはないと両手を掲げて大いにあわてふためいた。
「おいおいおいおい、旦那さんよお。まさかボッたくろうって気なんじゃねえだろうなあ。おれはハットリ君に紹介されてここに来たんだからな。馬廻の服部小平太だぞ。桶狭間の服部小平太だぞ、わかってんのか? ハットリ君の顔に泥塗る気か? 馬廻のハットリ君に泥を塗っておいて商売できると思ってんのか。ん? この店には誰も来なくなんぞお? ん?」
そうしたら、このバカ、百五十文にまけてきやがった。ふざけやがって。太郎がいなかったらだまされるところだったわ。
で、太郎は、おれの体格だと三つは必要じゃないかと言ってきたので、念のため、四つ買うことにした。四つ買うんだから四百文にまけろとゴリ押ししたら、すぐに値引きした。おいおい、じゃあ、やっぱり一反百文だったんじゃねえのか?
まあいい。
藍色の反物を手に入れたおれは、太郎に抱えさせて裁縫屋に向かった。裁縫屋と言いつつ、店はただの長屋の一角の誰かの家で、オバサンとかおにゃの子とか幼女とかが八人ぐらい、全員女だった。で、おれのサイズを汚い定規で測ったのはヌエバアみたいなババアだった。
「あんた様だと継ぎはぎしねえと無理だがや。袖を継ぎ足すしかないがね。それでもええんかえ? ほんで、四反あるんなら、二着仕立てられるけんど、どうすっかえ」
「んじゃ、二着仕立てといてよ。継ぎはぎは、別に、しょうがないわな。よくわかんねえけど、同じ色だから変じゃないだろ」
「袖を継ぎ足して余った分はどうするがね。捨ててええんかえ?」
「えっ? よくわかんねえけど、捨てるとか言ってどうせバアサンがせしめんだろ。だったら、この子供の分を仕立ててくれよ。足りるだろ、ちっこいから」
太郎はびっくりしていたが、バアサンにサイズを測ってもらって、デブサイズ二着とキッズサイズ一着で五十文。太郎に目で確認すると、うなずいたので壺の中から支払った。
「んで、昼までには作っといてね。おやかた様のところに行かなくちゃならないから」
「何を言ってんがねえ。無理に決まっているがや。いくら早く仕立てたって明日の今頃がね」
「いやっ、それじゃ意味ねえっての」
「ほんだら、帰ればいいだがや。無理なもんは無理がね」
サービス精神のサの字もないババアに腹が立ったが、しかしここで啖呵を切って帰ったところで反物だけが残る有り様。おそらく古着屋に行ったところでおれのサイズはありませんというオチである。
会いに行くのは所詮は信長だ。半纏股引でどうってことない。
おれは反物を預けると、長屋をあとにした。
「殿、私の分までよろしいのですか」
「だって、あのバアサン絶対せしめるつもりだぜ。だったら太郎の分も作ったほうがいいじゃんか」
「色が同じなのでお揃いになってしまいます」
「嫌なのかよ」
「いえ。殿が嫌なんじゃないかと」
「おれは別にいいよ」
とは言ったものの、親子でもないのにペアルックは嫌だなと歩きながら考え直した。毎日顔を合わすのだから、ペアルックになってしまう日は多々ありそうだし。
「そうだ、帯を買おう。おれの分と太郎の分。そうしたらお揃いになっても変じゃない」
「そんな。私の分まで買ったら無駄遣いです」
「いいよいいよ。おれは沓掛三千貫なんだぞ」
実収入はもっと少ないが、帯屋に入った。帯は反物屋とは違っていろいろな色があった。まあ、しょうもない地味な物ばっかりだったけど。龍の刺繍入りとかがいいんだけどな。昇り龍。おれは今まさに出世街道を昇っているからな。
「太郎、好きなの選べよ。おれはこれでいいや。白と青のボーダー。あ、やっぱやめた。白は汚れが目立つ。こっちの茶色と紺色でいいや。太郎、お前は」
「じゃあ、私はこれで」
「おいおいおいおい、そんなのやめろよ。赤と黒のシマシマなんておかしいだろ。どうかしてんじゃないのか。ちゃんと考えろよ。藍色の小袖だぞ」
太郎は唇を尖らせて拗ねながらバカ色の帯を戻した。
「太郎は子供だからこういうのがいい。桃色」
「えっ? そちらのほうがおかしいではありませんか」
「じゃあ、これ。水色」
「うーん」
「じゃあ、紺色」
「そちらで」
買った帯を太郎に持たせ、おれは門前町を行く。隣をちょこちょこと歩く太郎はふてくされている。ファッションセンスをバカにされたのが不服らしい。
「赤と黒はないな。太郎、そんなんじゃ女の子に振り向いてもらえないぞ」
すると、やめていたシラーッとした細目でおれを見上げてきた。それやめろと怒鳴ったら、申し訳ありませんと口先だけで謝って、また、唇を尖らせた。
「お前、おれが女の子にモテないと思ってるんだろ。ま、そう思ってんのも今のうちだけどな」
ふてくされている太郎は聞いちゃいなかったが、おれはあずにゃんとの将来を思って愉快に歩いた。太郎もあずにゃんを見たら腰を抜かすに違いない。殿はこんなお美しい御方とご結婚されるのですかと、ますますさらにおれを尊敬するに違いない。
そうしたら、ふと露天商に目が留まった。おれは足を止めた。広げた敷物の上に刀やら短刀やらを並べている顔つきの悪い物騒な露天商だったが、赤黒シマシマの棒があったので、おれは歩み寄っていった。
「オヤジ、この棒、いくらだ」
ちょうど良かった。センスの悪い太郎のためにオモチャを買ってやろう。
「これか? これは金一枚か五貫文」
「ええっ! なんでっ? はあっ? これってただの棒じゃんかっ!」
「ただの棒って、あんたどこに目ぇ付けてんだあ? 鞭だろうが。んで、漆で仕上げてんだぞ。何がただの棒だよ。まったく」
おれは太郎をそろっと見やった。太郎は真面目な顔で首を横に振った。
そうだな。こいつは詐欺師に違いない。ヤクザみたいな顔つきだし。金一枚五貫文で売るような代物をお天道さまの下に並べているし。どうせ刀とかだって鞘から抜いたら竹なんだろう。
詐欺師からはさっさとおさらばし、おれと太郎は家路を辿る。
「まあな、おれはもっと出世する予定だから、ああいうのはお前が大きくなってから、うん、京都とかの高級店でお土産に買ってきてやるからな」
「別にいりません。赤黒はもういりません」
太郎の拗ね具合が可愛かったので、おれはにやにやしながら太郎の肩をぽんぽんと叩いてやった。




