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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三章 沓掛三千貫の男
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清洲凱旋

 マリオと一緒におれは清洲に向かった。

 なぜかイエモンとソフエも付いてきて、子供の太郎もおれの後ろである。

 そして、マリオは手下を五人ぐらい引き連れている。さらにマリオは馬に乗っている。おれは徒歩である。

 クソガキのイエモンがさっそく言いやがった。

「殿は一城の主だというのに馬一頭も持っていないのか?」

「なんだその言い方テメー。馬の一頭や二頭ぐらい城の馬屋にいるだろうが。あ?」

「じゃあ、なにゆえ乗らんのだ」

 おれは無視する。マリオが跨っている馬のケツのあとにくっついていく。

「殿は馬に跨がれないのです」

 と、太郎が余計な事実を言いやがった。

「なっ、何を言ってんだっ、太郎っ。おれはな、跨がれないんじゃねえ、跨がらないんだっ。足腰を鍛えるために跨がらないだけだっ」

 太郎はシラーッとした目でおれを見上げてくる。

 ぐぬぬ……。

 物言わぬ子供の視線がここまで胸に突き刺さるものだとは。

 物置小屋をぶち壊そうとしてマリオに怒られている現場を目撃されて以来、太郎はずっとこんな調子なのだ。

「そ、そういや、太郎くん。年を聞いてなかったような気がするんだけど、太郎くんは今年でいくつかな?」

 へりくだっているおれの意図を察しているのか、太郎はシラーッとした目をやめない。しばらく無言でおれを見つめてき、ようやく口を開く。

「八です」

「お、そっか。八歳か。いや、八歳とは思えない賢さだよな、太郎くんは。腰に差している刀も格好いいしな。うん。それどうしたんだい。親父さんの形見とかか?」

「丹羽様に頂戴しました」

「なぬ?」

 おれは馬上のマリオの背中に視線を置いた。この野郎、絶対に聞こえているくせに聞こえないふりをして馬をパカパカと悠然と歩かせているだけだ。

 太郎には刀をくれてやって、おれの服は買ってくれねえだと?

 城主の就任祝いだとかでおれにもくれたっていいんじゃねえのか?

「そういや殿は、帯刀もしてないな」

 イエモンがいちいちめざとく突っ込んできたが、おれは睨みだけを与えて、あとは無視し、清洲に到着するまで一切口を開かなかった。



 日暮れ前、清洲の城下に入り、マリオの後ろにくっついて清洲城を目指していたが、目抜き通りを歩いていると、聞き捨てならない発言がこの耳に入ってきた。

「あれって、この前のいくさで勲功第一の簗田牛太郎だろ。ほら、体がでかいって話じゃないか」

 おれは平静を装いつつ、横目にちらりと発言の主を探した。どうやら、何かの店の軒先で喋っている商人ぽい人間二人であった。

「ああ、そうだな、多分。しかし、大したものだよな。ちょっと前まで素浪人だったていうのに、沓掛城三千貫って話だもんな」

 おれは後ろを振り向き、太郎に視線を向け、ついで、イエモンに視線を注いだ。

「上総介様にいくさの進言をしたようだぞ。となると、今川に勝てたのは、あの人のおかげと言っても過言じゃない。勲功第一も当然だな」

「おい、聞いたか、お前ら」

「何がですか?」

 太郎はきょとんとしていて、イエモンはおれの話も聞かずに清洲の町並みをきょろきょろと見回しているというただの田舎者。

「せ、拙者は聞いておりましたので」

 ソフエが無精髭の笑顔で応えた。

 そうだな、うん。イエモンに支払わなくちゃならねえ十貫文をいずれソフエにくれてやるとしよう。イエモンを追放してな。

 やがて、清洲城の大手門前まで来た。

 クク……。

 実は道すがら楽しみにしていたことがあった。大手門を守備している番兵と矢倉に詰めている弓兵どもである。おれを散々っぱらボコボコにしてくれた連中が、勲功第一の簗田牛太郎に対してどのようにひれ伏すか楽しみにしていたのである。

 そして、マリオが馬から下りて大手門をくぐろうとすると、番兵どもは直立不動になって――、って、あれ? おれをボコった奴らじゃない。

 チッ。

 挙げ句の果てには、

「しばし待たれい」

 と、言って、マリオが一人で城の中に入っていってしまった。いやいや、手下どもを置いていくのはわかるが、どうしておれまで置いていくんだ。おれは門前払いを食らった過去の牛じゃねえぞ。勲功第一簗田牛太郎だぞ。

 太郎がきょとんとしておれを見上げてきて、イエモンは怪訝な眼差しをおれに注いできている。

 クソが……。マリオの奴、赤っ恥かかせやがって……。

 信長は言ったんだからな、貴様の進言がなければ今日の勝利はなかった、って。間違いなく言ったんだからな。とどのつまり、俺がいなければ織田はオジャマロにぶっ潰されていたってことなんだからな。

 今頃、信長は絶対に言っているはずだ。牛はどうしたって。どうして牛を門前で待たせているんだって。あいつは桶狭間の勲功第一だから自由に行き来したって構わないんだって。

 クソマリオはそこのところわかっちゃいねえようだ。

 しばらくすると、なぜか、クローザが城内からやって来た。おれは、ども、と、頭を下げた。

「おやかた様から言伝だ。忙しいからお主なんぞに会っていられないということだ」

「え、えっ? だ、だって、呼び出されたんスけど」

「それと丹羽五郎左殿からだが、おやかた様とお話があるゆえ、お主は清洲の宅にでも行っておれとのことだ」

「い、いやっ、おやかた様はお忙しいんじゃ」

「丹羽殿とお話があるから、お主なんぞとは会っておられんということなのだ。承知したか。承知したならさっさと控えろ」

 矢継ぎ早に吐き捨てたクローザはくるっと背中を向けてしまい、また城内へスタスタと戻っていってしまった。

 無言のままおれを見つめてくる太郎とイエモン。ソフエは気まずそうにして笑っている。

「お、おやかた様は気まぐれなんだ。で、さっきのばんクローザってのは嫌な奴なんだ。うん。ということで、おれんちでも行くか」

 おれは逃げるようにして早足で大手門から離れていった。

「殿の清洲宅とはこんなあばら家なのか」

 と、おれんちに到着するなり、イエモンが眉をしかめた。

「わ、若っ」

 ソフエがたしなめたが、おれは我慢の限界であった。さらにはマリオやクローザ、信長までもがおれを虚仮にしてくれたことへの苛立ちもあって、おれはイエモンの胸を突き飛ばした。

「なっ、何をすんだっ」

 尻もちをついたイエモンはまったくわかっちゃいない本物のバカだった。

「何をすんだじゃねえだろうがっ! 何をされるのですかだろうがっ! そもそもテメーさっきからなんなんだっ! おれのことをいちいちバカにしやがって。テメー、自分の立場わかっていやがんのか、コラ!」

「も、申し訳ございませぬ。簗田様のおっしゃる通りでございますっ。拙者がよく言い聞かせておきますのでっ」

 イエモンの馬鹿さ加減に悪戦苦闘しているソフエが可哀想になったので、偉大なるおれは怒りをおさめたが、

「あばら家に住んでいたような主人が嫌ならいつだって出ていってもらって構わねえんだからな」

 と、最後通告をして、おれはボロ家の板戸を思い切り叩き開けた。

 すると、台所から薄暗い居土間へとヌエバアが出てきた。

「あれ、旦那様じゃないかえ。お帰りになったんかえ」

「おう、バアさん」

「後ろの人はどなた様かえ?」

「手下だ」

「はれまあ。ずいぶんとご出世なさったこと」

 もうちっと騒げやと思ったが、ヌエバアはそんな素振りなど一切見せず、一度台所に入っていくと、今度は桶を持って出てきた。草履を脱いだおれは桶の水でさっと足を洗うと、待ちぼうけを食っている太郎やイエモンソフエにも足を洗わせた。

 居土間に上がったおれは床の上にゴザを敷くとうつ伏せになって寝そべり、足が疲れたからマッサージしろとイエモンに言った。

「ま、まっさーじ?」

「両手で揉めってことだ。ちゃんとやれよな」

「い、いやっ、簗田様、それなら拙者が」

「ソフエはいいんだよっ。イエモンっ、テメーがやれっ。太郎は婆さんのメシの手伝いしろ!」

「はい」

 太郎はぶっきらぼうに返事すると、ヌエバアに手伝いますと言って一緒に台所に入っていった。

 イエモンはふてくされた手つきでおれのふくらはぎをモミモミする。ソフエは正座してうつむいている。

 クソがクソがクソが。

 おれは勲功第一の沓掛城主だぞ。どいつもこいつもナメやがって。

 こうなったら絶対にジロサブロとの同盟を取り付けてくるしかねえ。ぎゃふんと言わせてやる。どいつもこいつもぎゃふんと言わせてやる。



 夕飯、おれは手下どもに格の違いを示すため、折り畳んだ布団の上にあぐらをかいて、手下どもから一段高いところで茶碗を左手に箸を右手にしていた。誰に躾けられたのだか、太郎は背筋を正してお上品にメシを食べている。一方で、昨日まで浪人だったイエモンとソフエは拾われた犬コロみたいにがっついていた。まあ、拾われた犬コロには違いないんだがな。

 そういや、いくさのあともヌエバアは当たり前のようにしてこの家に住み着いている。ハットリ君は百貫持ちに出世したのだから、約束では戻ることになっていたはずじゃなかったかと思い出してみる。それにヌエバアと言えば、また誰かに騙されるといけないからって正月に貰った俸禄をバアサンに預けっぱなしで――、ああ、そっか、おれは清洲に戻ってくれば無一文じゃなかったのだ。

 すると、おれの思考でも読み取っていたのごとく、折よくハットリ君が訪ねてきた。

「うしど――、いえ、簗田殿が清洲に戻られているとの話を聞きまして、お邪魔しました」

「おお、そっか。やあやあ、上がっていきなよ。おい、バアサン、ハットリ君のメシも用意しろ」

「はいはい」

 前とは違ってヌエバアは素直にうなずいて台所へと入っていた。ちょっと前までは小平太に食わすメシはねえ、だなんて目玉をひん剥いていたが、ハットリ君が百貫持ちに出世したからか、態度が変わっている。

 それはともかく、おれはハットリ君の来訪を素直に喜んだ。なにしろ、一緒になってオジャマロと戦ったのだ。それだけじゃない。出会ってからこの半年間、一緒に手柄を目指して頑張ってきたのだ。

「おい、お前らっ、開けろっ。いつまでもメシ食ってんじゃねえっ。この御方は馬廻衆のハットリ君だぞっ。桶狭間のいくさで手柄を上げた人だぞっ」

 すると、ハットリ君をそのへんの若僧と思ってたらしきイエモンとソフエはあわてて箸を置き、腰を上げて、おれの前のスペースを開けた。お上品な太郎はすでに部屋の隅に移動していた。誰に躾けられたのかは不明だが、さすが、太郎である。

「いやいや、拙者なんぞ。簗田殿に比べたら屁でもない手柄です」

 ハットリ君は嫌味でも皮肉でもなく、本気で謙遜していた。なにせ、ハットリ君はおれの前に腰を下ろすなり、深々と頭を下げてきたのである。

「簗田殿、こたびの沓掛城主就任おめでとうございます。そして、簗田殿には感謝してもしきれません。拙者がおやかた様に褒美を頂戴できたのも、そもそも、簗田殿のおかげでございます。簗田殿に事あるたびに叱咤激励されたからこそ、あのとき、拙者は今川本陣に駆け込めたのだと思っております」

「いやあ、そんなことないってば。いや、これもひとえにハットリ君の日頃の精進の賜物だよ」

 おれはそう言いつつ、ちらっと手下どもを見やった。バカのイエモンはようやくおれの凄さがわかったのか、唖然としてしまっている。そして、太郎も、当然ながらだが、忌々しいシラーッとした目は鳴りを潜めており、固唾を飲み込むようにしてハットリ君を見つめている。

「ところで簗田殿、なにゆえ布団の上に」

 姿勢を戻したハットリ君に不可思議そうな顔をされて、おれはあわてて布団から下り、布団を部屋の隅にぶん投げた。

「い、いやっ、ちょっと足を痛めちまって。あっ、足と言えば、ハットリ君、治部に斬られた膝は大丈夫なの」

「ええ、まだ容易には歩けませんが、骨には達してなかったみたいで」

「おいっ、お前ら聞けっ。ハットリ君はなっ、あの今川治部大輔とサシの勝負をしてなっ、膝を斬られちまったんだぞっ。あの今川治部だぞっ」

 イエモンもソフエも太郎も絶句した。

「いや、拙者が未熟だっただけで」

「しかし、治部は強かったよなあ。本当に強かった。正直、あんなに強いとは思ってなかったよ」

 おれは手下どもをちらちらと見やりながら武勇伝を語る。

「左様でございますね。さすが東海一の弓取りと呼ばれた御仁でありました」

「ま、なにはともあれ、時代は変わるな」

「そうですね」

 呆気に取られている手下どもを視界にして、おれはにやと笑った。おれは時代を語る男なのである。時代の変わり目を目の当たりにした生き証人なのである。子供の太郎はともかくとして、昨日まで浪人やっていた犬コロとは住んでいる場所も、眺めている景色も違うのだ。

「わかったか、イエモン」

「え?」

 と、言葉を振ってみれば相変わらずの呆けたツラ。バカだな、こいつは。ソフエがいなかったらとっくに死んでいるな。バカ。

 おれが呆れて笑っていると、ヌエバアがハットリ君のメシを持ってきた。

「そういや、どうするの。バアさんはハットリ君の家に戻るのかい」

「ああ、その件で。簗田殿には申し訳ございませんが、なんとか手柄を上げられたということもあって。婆ちゃん、いいよね。約束だよ」

「そやね」

 ヌエバアはそれだけ言って、また台所に引っ込んでしまった。ずいぶんと口数が少なくて、おれは言葉が出なかった。あのバアサン、まさか寂しがっているのか。

 そっか――。

 おれは込み上げてくるものを感じながら腕を組み、ボロ屋の汚い天井、屋根と梁だけの天井を見上げた。

 ヌエバアがいなけりゃおれはどうなっていたことか。最初はインチキ芸能記者に騙された感が満載だったが、結果的におれが半年間やってこれたのも、三千貫に出世できたのも、ヌエバアのおかげかもしれん。まともに生活できてきたのはヌエバアがメシとか作ってくれていたからなんだから。

 おれは思い出した。イエモンに言って、沓掛城から持ってきた荷物の中身をおれの手元に持ってこさせた。

「ハットリ君。実は、これ、おれが清州城に閉じ込められていたときにバアサンとハットリ君のおふくろさんがおれのところに持ってきたんだ。これを着てこの前のいくさに出たが、でも、これはおれが使うもんじゃない。だから、ハットリ君が受け取ってくれ」

「これは、拙者が父が着ていた物ですか」

「そう。悪いな勝手に着ちゃって」

「いえ、滅相もない。簗田殿のお役に立てて、父も喜んでいるはずでございます。しかし、もしよろしければ今後も身に着けていただければ、父はなおいっそうのこと――」

「いや、いいよ。その気持ちだけで。これはハットリ君が身に着けるべきなんだから。バアサンもそう思っているはずだ」

 すると、ハットリ君はしばらく具足を眺めていたのだけれど、急に感極まって、嗚咽を漏らし、涙を流した。

 おれは突然のことに戸惑った。

 ハットリ君が急に涙を流し始めた理由――。

 いや、理由なんて知る必要はない。

 踏ん張ってきて、頑張ってきて、死に物狂いで戦って、勝利を掴み取ったんだ。嫌なことはあった、辛いことはあった、腹立つことなんて山ほどあった、でも、今ここで涙を流しているということは、自分が立身出世を果たせたことで、すべてを洗い流せているんだ。

 おれは泣くほど頑張っていないし、泣くほど悔しい思いをしたわけじゃないから、涙も流れないけれど、ハットリ君とは小競り合いを起こした仲でもある。ハットリ君の涙には貰い泣きしてしまいそうではある。

 しばらくするとハットリ君は涙を拭き終え気持ちを落ち着かせたようなので、おれは腰を上げた。

「ところで、ハットリ君、相談があるんだがね」

 おれはハットリ君を家の外に連れ出し、清洲城下の明朗会計の反物屋と仕立屋を教えてもらった。


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