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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三章 沓掛三千貫の男
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無一文城主

 あんだけ生意気にツッパッていたくせに、山内イエモンとやらのクソガキは、マリオに促された途端にコロリとおれの家来になりやがった。

 俸禄は十貫文だとよ。

 しかも、それを払うのは信長じゃねえ。

 おれだ。信長の家来じゃなくて、おれの家来だから、おれが十貫文をクソガキにくれてやらなくちゃいかんのだ。

「おい、イエモン、お前、いくつになるんだ」

 城に帰るまで一切無視していたが、大手門をくぐったあとにおれが仕方なく訊ねると、

「十六だ」

 と、答えた。

 はあ? なんでタメ語? 世の中ナメてんのかこの野郎。給料支払ってもらう雇い主に対してタメ語だと? しかも十六のクソガキが二十六の偉大なる城主様に向かって。

 おいおいおいおい、クソマリオ、ふざけんじゃねえ。何を勝手に決めてやがるんだ。

 そもそも、沓掛三千貫のうちの収入をどうやって増やすか考えていたばかりだってのに、早くも十貫の支出だ。ええっ? おっかしいだろ。なけなしの収入九百貫のうち、約一%をこんなやつにくれてやっちゃうなんておかしいだろ。

 しかも、清洲のときのおれは十貫だったんだぞ? なんでこの野郎がそんときのおれと同じなんだ。

 と、マリオに罵詈雑言をこれでもかと浴びせたかったが、仕返しが怖いので、広間で二人きりになると愛想笑いを浮かべながら訊ねた。

「あ、あの、どうして、イエモンは十貫なんスかね」

「年かさの従者を付けているのだから、せめてそのぐらいはくれてやらんと。それに伊右衛門の父親は岩倉織田の家老であったからな。父を喪い没落したとはいえ、せめてそのぐらいはな」

「あ、そうッスか。はい」

「伊右衛門だけではないぞ。足軽組も編成しなければならんぞ。おやかた様にお伺いを立てて、百人ほどは分けてもらうつもりだが、三百貫から五百貫は見ておかんとな」

「ええーっ!」

「当然であろうが」

「そ、そんなの、いくさになったら百姓を駆り出せばいいだけの話じゃないッスかあ!」

「何を申しておるんだ。現実を見てみんか。ぽっと出てきた素性の知れぬ新しい当主にどこの百姓が力を貸すというのだ。そもそもいくさを百姓どもに頼るのは時代遅れだ。おやかた様もそうお考えだ」

「じ、時代遅れっつったって」

「不服か。ん?」

 おれはすごすごと自室に戻った。部屋に入って戸を締めると、床の間の柱を思い切りパンチした。拳を痛めてしまい、半べそかきながらうずくまった。

 くそうくそうくっそう。

 何が沓掛三千貫だ。デタラメじゃねえか。くっそう。三千貫と言いつつ実は九百貫で、さらには五百貫の支出を見込んでおけだと?

 しかも、絶対に足軽どもへの手当てだけじゃねえはずだ。城の修繕もおれのカネでやるつもりだ。馬のメシ代もおれのカネでやるつもりだ。訳のわからねえ支出がどんどんと増えていって、最終的にはおれの手元には百貫文も残らねえんじゃねえのか?

 まあ、銭貫文がいくらあったところで何をするってわけでもねえんだが。

 天守閣を建てたいのは山々だが、それはさておき、ゲームもねえし、漫画もねえし、パソコンもねえんだし、おれに見合った娯楽がなんにもねえこんなクソみたいなトンデモ時代じゃ、銭貫文の使い道はねえ。

 とはいえ、甲冑と服と刀だけは揃えとかんとな。マリオがくだらねえことに使わないうちに買っておかないとな。いつまでも野良牛乞食じゃ振り向いてくれる人も振り向いてくれなくなっちまう。

 おれは痛めた拳をさすりながら廊下に出て、太郎、太郎、と、声を張り上げた。

 ほどなくして太郎はポニーテールを揺らしながらやって来た。

「お呼びですか?」

「今日、家来にした負け犬クソバカ野郎のイエモンはどこに行ったかな」

「山内殿なら丹羽様に申しつけられ、二の丸の隣にある足軽屋敷へと皆さんで向かわれました」

「そっか。ありがと」

 おれは早足で館を飛び出、草履を鳴らしながら大手門をくぐって足軽屋敷へとやって来た。三十軒ほどの長屋がぎっちりと詰まっている、足軽屋敷だなんて呼ぶにふさわしくない足軽スラム街には、駐屯している足軽雑兵どもが軒先で洗濯物を干していたり、ふんどし一丁で寝そべっていたり、サイコロ賭博をしているバカもいた。

 こんなクソ野郎どもに俸禄をくれてやらなくちゃならないなんて。

 駐屯しているのは二百人というわけだから、マリオの考えだとそのうちの百人ぐらいを信長から頂戴しようとしているんだろう。

 しっかりと選別しなくちゃな。とりあえず、サイコロを振っている連中はクビだ。

「ついさっき、十六歳ぐらいのクソガキがオッサンを連れてこの辺に来なかったかな?」

 洗濯物を干していた雑兵に訊ねると、そいつらならあそこの長屋を割り当てられました、と、ちゃんと敬語を使って答えてきた。うむ。お前は沓掛城に残してやる。

 雑兵に教えてもらったボロ長屋の前に来ると、板戸が開きっぱなしだったので、そっと中を覗いてみた。

 きったなくて狭苦しくってじめじめとした薄暗がりの居土間に、ついさきほどの二人がいる。

 負け犬クソ野郎のイエモンは居土間の真ん中で足を組みながら寝っ転がっており、オッサンは荷物をせっせとほどいていた。家来に仕事をさせておきながらテメエは寝転がって何もしねえとはなんてクソ野郎だ。

 イエモンの手下のオッサンはソフエ・カンザエモンと言うらしいが、ソフエは真面目な奴だなとおれは感心した。イエモンの死んだ親父の忠義でイエモンの世話をしている。ソフエのオッサンならば、おれの家来にしてやってもいいだろう。

 まあ、ゆくゆくはそうしよう。イエモンを追放して、ソフエだけをおれの手下にしよう。

「おい、イエモン」

 おれが長屋の土間に入ると、あわてて正座したのはソフエだけで、イエモンはおれに気づいてものっそりと起き上がり、おれに向かい合う姿勢もあぐらである。

 この、ゆとり野郎……。

 まあ、そこは我慢して、今は使いっ走りになってもらわんとな。マリオの束縛で自由に動けないおれだからな。

「早速でなんだが、イエモン、ソフエと一緒に清洲に行ってくれないか」

「は? 清洲? なにゆえだ」

 ぐぬぬ……。

 おれが拳を握ってぷるぷる震えていると、ソフエがあわててイエモンの隣に滑り込み、若っ、と、イエモンの膝を叩いてたしなめた。

「お、おう」

 と、バカみたいな呆けたツラして、イエモンはようやく正座した。

 おれは怒りをぐっと飲み込み、唇を震わせながらも説明してやる。

「そのだな、反物を買ってきてほしいんだ。あと、仕立屋も連れて来い。わかったか? くれぐれもネコババするんじゃねえぞ」

「別に構わねえけど、銭は?」

 む。それもそうだ。さすがにイエモンのカネで買わせるわけにはいかん。こいつはどうせ無一文だろうからな。

 ――。

 いや、無一文なのはおれだった。そういや、清洲の牢屋に監禁されてからそのまま出陣、そのまま沓掛城にやって来たのだ。当然、銭貫文なんて持ち合わせていない。

「あ、悪い、ちょっと今から持ってくるから待っててくれ」

 カネだカネだカネだ。

 おれは早足で本丸館に戻ってくると、玄関から大声を放って太郎を呼び出す。

 ややもして、太郎は例のごとくポニーテールを揺らしながらちょこちょことやって来た。

「お呼びですか?」

「あのう、おれの銭貫文ってどこにしまってあるのかな?」

 太郎は天井を見上げた。しばらく考えていた。やがて、くるりと背中を向けてきた。

「丹羽様にお教え頂いてきます」

「おいっ、ちょっと待てっ」

「はい」

「マリ――、ゴロザ殿じゃないとわかんないのか?」

「はい。私は存じておりません」

「あっ、んじゃ、いいや。くれぐれも今の話は聞かなかったことにしてくれ。うん。二人だけの秘密な」

「はあ」

 おれは太郎に手を振ってバイバイすると、館を出ていき、ちらりと太郎に振り向いて、あいつが何事もなかったかのようにスタスタと館の奥へ歩いていくのを確かめてから、うーん、と、考えた。

 服が欲しいという理由でマリオが銭貫文の在り処を教えてくれるだろうか。

 なんとなくだが、教えてくれないような気がするおれだった。

 うーん、この城のどこに銭貫文が隠されているんだろうか。

 そういや、本丸の端っこに蔵とはいえないけど、木造の物置があったな。きっと、あそこに隠しているな。

 おれは物置小屋に向かった。板戸にはご丁寧に南京錠が掛けられていた。

 うむ。やっぱりここだ。

 おれは戸を蹴っ飛ばしたり、体当たりしたりして、板を破ろうとしたが、チッ、さすがに分厚い板戸だった。

 そういや、足軽スラム街に丸太が何本か転がっていた。おれは再びスラム街に出かけ、イエモンの長屋をたずねた。

「おい、イエモン、仕事だ。ソフエと一緒にちょっと来い」

「銭は?」

「いいから来い」

 おれはイエモンとソフエを連れて丸太の置いてある場所までやって来た。持ってくぞ、と、言って、三人がかりで丸太を持ち上げた。

 すると、近くにいた二人の雑兵が声をかけてきた。

「あれ、牛太郎さんじゃねえか。そんなのどうするんだ? まさか今からどっかの城でも攻めんのか」

 雑兵たちはけらけら笑い合い、おれを牛太郎さん呼ばわりしているナメた態度に結構むかついたが、

「お前らも手伝え」

 と、言って、首を傾げる雑兵たちにも一緒に丸太を担がせた。

 五人で本丸館の物置小屋の前まで丸太を運んでくると、

「ちょっとな、ここの小屋の鍵をなくしちゃってね。だから、これを使って皆でぶち壊そう」

「そんなことか」

 と、バカな雑兵やイエモンは納得し、小袖をまくって再び丸太を持ち上げた。おれも半纏を脱ぎ捨て、下着の白小袖に股引一枚となると、丸太を抱えた。

「ほんじゃ、行くぞ、せーのっ」

 掛け声とともに丸太の先を小屋の板戸にズドーンと打ち付ける。

 ビクともしねえ。一体、どうなってんだ。

「もういっちょ」

 ところが、ズドーン、ズドーン、と、丸太を打ち付けていると、やべっ、マリオがすっ飛んできた。

「お主らっ、何をしているのだっ!」

 雑兵たちはあわてて丸太を離し、激怒しているマリオにソフエが代わりに弁明した。

「簗田様がこちらの鍵をなくしてしまったとおっしゃいまして」

「なにいっ! お主に鍵など渡しておらんだろうがっ!」

「はい、解散! お前ら、帰っていいぞー。鍵はあったみたいだから帰っていいぞー。おらっ、とっとと帰れっ!」

 おれは雑兵やイエモンたちの背中や肩を突き飛ばして本丸から追い払った。

 そして、じりじりと詰め寄ってくるマリオにおれは追い詰められ、その迫力で小屋の板戸に背中を押し付けられた。

「どういうことだ、簗田殿」

「いやっ、す、すんませんっ。そのっ、あのっ、正直に言いますと、急な入り用がありましてっ、ど、どうしても、銭貫文が欲しくてですねっ」

 胸ぐらを掴み上げてきたマリオ。鬼のような顔をおれに寄せてきて、マタザ顔負けの唸りようでおれに獣臭い息を吐いてきた。

「どういうことだ。何に使うつもりだ」

「いっ、いやっ、そのっ、あのっ、ふ、服をっ、た、反物をっ」

「反物ォ?」

「だ、だってっ、あっし、いくさからこの方、この格好なんスもんっ」

「わしとて同じよっ!」

「いっ、いやっ、だって、あっしはこれッスよお。こんな百姓みたいな姿ッスよお。お、おやかた様に急に呼び出されたりしたとき、こんな格好じゃさすがにあれじゃないッスかあ」

「だからと言って城内を破壊するうつけがおるかっ!」

「はいっ、その通りッスっ!」

「そもそも、この中には銭貫文など入っておらんわ。先のいくさで今川方が捨てていった武具が入っておるのだ。銭貫文などこの城には一銭もないわ」

「え、えっ?」

「当然であろうがっ。この城を捨てたと言っても、当然、今川方は銭貫文を持っていっただろうし、年貢の徴収は秋だっ。すっからかんなのは当然であろうがっ」

「えーっ!」

「うつけがっ!」

 胸ぐら掴まれたまま、おれはぶん投げ捨てられた。ぐふう……。マリオに激しく怒られたのも痛いが、沓掛三千貫とか言って当分は無一文には代わりないのがものすごく痛い。

「そんなことよりもだな、お主がさきほど申した通り、清洲のおやかた様から早馬が来たぞ。急ぎ、清洲の城に来いとのことだ」

「えっ、じゃ、じゃあ、こんな格好じゃ。いや、こんな格好じゃおやかた様の前にはなあ。ご、ゴロザ殿、貸してもらえないスかね?」

「たわけえっ! お主が武士とは思えん身なりでおやかた様の前に参上しているのは存じておるのだっ! ゼニゼニゼニと、お主は乞食かっ! さっさと清洲行きの支度をしてこんかっ!」

 マリオは激怒に次ぐ激怒を放つと、おれに砂でもぶっかけるような草履の足並みで、館へと戻っていく。

 清洲行きの支度っつったって、支度するものなんかねえってのに、クソが……。

 おれは腰を上げると股引の土埃を払い、半纏を手に取った。

 ふいにおれをじいっと見つめている視線に気づいた。

 館の陰からおれをシラーッとした目で見ているのは太郎だった。視線が合うと、冷たい顔つきのままスタスタと館の中に入っていってしまった。


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