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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三章 沓掛三千貫の男
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新しい夜明け

 朝、目覚めると知らない部屋だった。

 開いた瞼の瞳に映ったのは屋根を支えるはり

 太く逞しく、そして、歳月を滲ませる黒ずんだ木材が支えているのは、果たして屋根だけなのだろうか、暗い空間に覆われている。

 体を起こしてみれば、八畳ほどの板床の部屋。

 雀の声が聞こえてき、板戸の隙間からは光が一重の柱となって差し入っていた。その中を埃が舞っている。あるいは光に吸い込まれるようにしてゆらめいている。

 閉め切られたこの部屋は、沈鬱な暗がりのうちに孤独をひそませていた。床の間は飾られている物が何もなくがらんどうで、もしかしたら、この部屋は、世の中から取り残された者を、取り残された者として自覚するために存在している空間なのかもしれない。

 んな訳ない。

 フヒヒ。

 目が覚めたとき、いつものボロ屋でもなかったし、清州城の牢屋でもなかったら、あれっ、と、思ったけれど、何を隠そうここは城主様のお部屋である。

 しかも、ただの城主様じゃねえ。

 新しい時代の幕開けとなるべき桶狭間の戦いで、勲功第一という後世に渡って延々と語り継がれるであろう称号を得た、偉大なる簗田牛太郎政綱様のお部屋なのであり、所領三千貫の頂点に君臨する者のお部屋なのである。

 アーッハッハッハッハッ!

 腰を上げて板戸を両手で思い切り開けてみれば、まばゆいばかりの朝日が偉大なる簗田牛太郎様のお部屋を栄光のうちに浮かび上がらせる。

 足軽大将二百貫だと? 黒母衣衆三百貫だと? 安食村二百貫だと?

 おれは沓掛三千貫だ!

 気狂いだの、呉牛だの鈍牛だの、キモオタだのと、おうおう、よくも蔑んでくれたもんだ。

 勲功第一、簗田牛太郎様だぞっ!

 フヒヒ。

 すべてが変わった、そしてすべてが変わる。

 偉大なる朝――。おれのおれだけによるおれだけのための偉大なる朝――。

 国盗り物語の幕開けだ!

「やあ、起きられたか」

 むっ。何者かが早速、偉大なるおれ様に媚びへつらいに来たかと思えば、丹羽五郎左衛門とかいうマリオである。

「激闘のあとだったゆえ、血も滾って昨夜は眠られなかったに違いないだろう」

 と、マリオは鼻下にたくわえたブラシみたいな髭の下に笑みを浮かべていた。おれと同い年のくせに老けてみえるのは、ずんぐりむっくりの体型と、妙な落ち着き払いようからだろう。まったくマリオみたいな奴である。

 ただ、おそらく丹羽長秀である。

 この丹羽長秀という着物を羽織ったマリオは、おれの目付役として沓掛城に残っている。信長やサンザは足軽どもを引き連れて清洲にさっさと帰っていったわけだが、織田勢の前線基地となった沓掛城の守りを、さすがにおれだけに任せるわけにもいかねえってことで、マリオがしばらく残ることになったのである。

 チッ。逃げおおせたとはいえ、今川方の逆襲を心配するのはわからなくもないし、東海地方に対する守りをおれだけには任せられないというのもわかる。

 だがな、マリオは昨日の戦いで何をやっていたのかな?

 手柄の一つも立てられなかった野郎が、「昨夜は眠られなかったに違いないだろう」なんて知った口を叩いてんじゃねえ。オジャマロとの激闘に疲れちまって、ぐうぐう寝れたわ。

「広間に朝餉あさげの支度を整えているゆえ、簗田殿も共に」

「あい」

 おれは白々しい気持ちでうなずくと、マリオのあとに付いていった。数々の部屋を両脇にしながら廊下を渡っていき、やがては縁側へ。勲功第一の称号の舞台となった広い庭先を右手に眺めながら、広間へ入る。

 広間には八歳ぐらいの見知らぬ子供が一人と、具足姿の足軽雑魚兵が一人がいた。おれとマリオが入ってくるなり、雑魚兵は茶碗に白いご飯を盛っていき、子供はたどたどしい動きで頭を下げると、床におでこを付けっぱなしにしている。

 床の間を背中にしておれは座らされた。マリオがおれの斜向かいに腰掛け、雑魚兵はご飯や汁物のお椀、しょうもなさそうな漬け物をおれとマリオの前に差し出してきた。

「あとはこの太郎がしておく。お主も皆とともに朝メシとせよ」

 と、マリオが言うと、「かしこまりました」と雑魚兵は頭を下げ、かちゃかちゃと具足を鳴らしながら縁側まで行き、「失礼いたします」と、もう一度こちらに頭を下げてから消えていった。

「足軽の大半はおやかた様とともに清洲へ帰ったが、城下に二百人、拙者の足下の者も十人ほど残しておる」

「ああ、そうスか」

 おれは箸を手にすると、汁物をすすった。

 なんだか気に食わん。なんとなく気に食わん。

 勝手にメシを食い始めたおれをマリオは無言で眺めていたが、ややもすると、掌を合わせて黙礼し、箸を手に取ったのだが、気に食わん。

 マリオがあれこれ指図しているのは仕方ないのかもしれんが、なんだか、こいつの堅物さ加減が気に食わん。

 おれの目付けとしてこの城に残っているということだから、おれの城主ライフをいちいち邪魔してきそうな感じがしてならない。

 そんで、子供は広間の隅っこで頭を床に付けっぱなしにしている。小ちゃな手も床につけ、頭の後ろで縛ったポニーテールをずっと垂らして固まっている。

「いや、マリオ――、じゃなかった、ゴロザさん。そっちの子はなんスか」

「ああ、これは簗田殿の小姓にでもしようかと思い連れてきている。太郎、簗田殿に挨拶せい」

 すると、太郎とやらは「は、はいっ」と肩をこわばらせ、床におでこをつけたまま自己紹介を始めた。

「た、太郎でございますっ。春日井の児玉から来ましたっ」

 おれは箸を休めていたが、シラーッとしてしまい、ご飯を口に放り込み始めた。

「夜明け前、ついさきほど連れてきたばかりなのだが、この子供の父親は拙者の知り合いでな。この子が物心つかないうちに、死んでしまったんだが。まあ、簗田殿は従者の一人もいないと聞いて、ひとまずは身の回りの世話をする者として太郎を連れてきた」

 おれはぐちゃぐちゃとご飯を咀嚼したあと、ずるずると汁物をすすりながら、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと喋っていたマリオを睨みつける。

「いらねえッスよ、小姓なんて」

 おにゃの子ならともかく、男の子なんかいらねえってんだ。そもそも、このマリオが勝手にいろいろやっているってのが気に入らんのだ。

「そう言わずに。急に三千貫の大領持ちとなってしまったのだから」

「なんスか。嫌味ッスか」

「そ、そういうわけではないっ」

 マリオはあわてて否定していたが、おれの睨みに怖じ気付いたか、おれから逃れるようにして朝メシを再開した。

「まあ、とにかく、今川方がいつ治部の弔い合戦を仕掛けてくるかわからぬゆえ、悠長なことは言っておられん。簗田殿の身の回りだけならず、沓掛の守備から再興までいろいろとやらなければならんことがあるゆえ」

「ああ、そうスか。まあ、そのへんはゴロザ殿がやってくださいよ。あっしはつい昨日まで十貫しか貰っていなかったサンシタだったんでね」

 おれが嫌味返しすると、マリオは一度おれに視線を上げてきて、声のない吐息をついた。

 フン。おれはオジャマロと互角にやり合った偉大なる勲功第一の簗田牛太郎様だ。勝ち戦で手柄の一つも立てられなかったマリオごときがごちゃごちゃ言ってんじゃねえってんだ、タコが。


 朝メシのあとは、マリオに連れられて城を検分した。子供の太郎もちょこちょこと付いてきた。

 おれの寝床の本丸館は堀に囲われており、木造の大手門を出ると二の丸、ほんで、城下というわけであった。

 城といっても、清洲城よりも手狭な館である。おれの中の城というのは白くピカピカした天守閣である。ところが、おれの居城の沓掛城は平屋建ての館である。

 まあいい。そのうち天守閣建てるわ。所領三千貫だからな。来年ぐらいには着工できるだろ。

 城下には寺と足軽屋敷、目抜き通りに商店や宿が並んでいるが、昨日の今日で閑散としてしまっている。燃えて黒い残骸となっている家も多々あった。行き交っているのはほとんどが織田の雑兵で、沓掛市民っぽいのはたまにしか見かけない。

「沓掛は尾張東部の各所と鎌倉街道を結んでいる重要な地点ゆえ、この地は織田と今川、あるいは三河の松平などとと奪い奪われの連続であった。今後、この地の死守もさることながら、いくさの連続で廃れてしまった城下も復旧せねばなるまい」

 おれはシラーッとしてマリオの横顔を横目にした。というのも、マリオのひとり言はおれに言い聞かせているというわけではなく、自分に言い聞かせているふうなのである。

「やることは山ほどあるぞ、簗田殿」

「それはそうと、一度、清洲に戻りたいんですが」

「なにゆえ」

「なにゆえって、だって、家に帰っていないし、引っ越しの準備だってあるし」

「それよりもまず死守しなければなるまい。さきほども申したように、今川方がいついくさを仕掛けてくるかわからんのだぞ」

「清洲と沓掛は一日もあれば往復できるじゃないッスか」

「お主は知らんのか。鳴海大高の両砦が松平次郎三郎にあっさりと攻め取られてしまったのを」

 おれは眉をしかめてマリオを睨めるが、マリオは頑固な目つきでおれを睨み返す。

「松平次郎三郎は自領の岡崎に戻ったそうだが、奴が岡崎から出撃してきたとき、お主がいなくてどうする。岡崎とて一日でここに来れる場所にあるぞ」

 ジロサブロジロサブロってうるっせええなあああ。

 おそらく徳川家康のこと言ってんだろう。んなの、攻めてくるはずねえじゃねえか。オジャマロが死んだことで家康は今川の人質生活から解放され、今川に反旗を翻すためにさらに信長と同盟するんだ。んなこともわからずにジロサブロジロサブロってよ。

「マリオ――、じゃなくて、ゴロザさん、松平ジロサブロはこのまま今川方を裏切るッスよ」

「はあ?」

「だってそうでしょうよ。ジロサブロは今川の人質だったんスよ。ほんで、昔の子分たちを連れて出陣したところ、今川治部が死んだんスよ。んで、ジロサブロは駿府に戻らず、岡崎城に入ったんでしょ。ジロサブロにしてみりゃ今川からおさらばできて独立できるこの上ない好機じゃないッスか」

 おれに捲し立てられマリオはむっとする。

「簗田殿、お主は。今川勢を甘く見ているようだな。今川は古来より東海道を牛耳ってきた家ぞ。言いたいことはわかるが、次郎三郎とてその辺はわかっておるはずだ。ましてや次郎三郎は齢が若干十七と聞く。岡崎松平の旧臣たちも十七のこわっぱとともに氏族を再興しようとするか?」

 昨日の戦いで手柄の一つも立てられなかったマリオはおれに嫉妬しているのだろう。おれの言うことなんて聞きたくもないのだろう。

 まあ、おれもバカじゃない。大人である。むしろ、沓掛三千貫の偉大なる城主様である。わからず屋のバカにくどくどと言うつもりはない。

「そうッスね」

「とにかく、今は足元を固めることが肝要なのだ」

「はいはい」

 しかし、おれは城に帰る途中、ふと思いついた。

 ジロサブロなる徳川家康が今川を裏切って独立し、信長と同盟するのは歴史の決定事項だ。そんなら、おれが徳川家康をその気にさせたってことにしちゃえばさらなる手柄となるんじゃないか。

 家康と同盟の手はずを整えてきました、って。

 東に敵がなくなる信長からしても大喜びなわけで、そうなると沓掛三千貫どころの騒ぎじゃなくはず……。

 マリオの目を盗んで三河岡崎に行ってくるか。

 そんで、沓掛三千貫の男は織田松平同盟を引っさげて清洲に凱旋、簗田牛太郎の名はさらに高まり、あずにゃんもきっと……。

 フヒヒ。


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