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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第二章 さあ、桶狭間
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簗田牛太郎、自らの信念を貫き通す男の名

 いかなる了見も何も、桶狭間にて今川義元を討ち取るのも、信長が天下に名乗りを上げるのも、ただ単純にそれを知っているから。

 しかし、未来からやって来たと言っても、「気狂い」と一笑されるのは明白である。

 じゃあ、適当なことを言い繕ってみるか。ところが、三左衛門さんがおれにぶつけてくる眼差しは、ごまかしが通用しそうもない厳しくも整然としたものなのである。

 こんなときおれは歯がゆい。

 信長に桶狭間どうッスかと助言したときもそうである。おれは間違ったことは一つも言っていない。しかし、信用してもらえない。頭がおかしいとしか見られない。それにはどうやら理由がある。おれに人を信用させるための力がないからだ。

 多分、その力とは、詐欺師ばりの口八丁であったり、もしくは言葉なくとも人に信用を与えられるべき経験、人としての経験、そこから発せられる風格、オーラ。

 おれは、三左衛門さんの眼差しから逃れるわけでもないが、視線の先を川の向こうにやった。

「あっしは、ただ単に知っているからッス。何もかも」

「は?」

 と、厳しい眼差しもどこへやら、三左衛門さんは当惑の色を表情に浮かべた。おれはちらりと三左衛門さんを見やり、思った。この人ならわりかしおれのことをわかってくれるんじゃないかと。

「でも、あっしの言うことなんて誰も信用してはくれません。わかってます、自分でも。変なことを言っているってのは。ただ、情けねえなあって思うのは、あっしには自分の言葉を人に信用させるための力がないってことッス」

 三左衛門さんは無言でいた。じいっとおれの横顔を見つめてくる。

「あっしはただ単に知っているっていうだけで、世の中を、それこそ天下を動かすだなんて力はないんス。知っているのに」

「知っているとはどういうことなのだ。お主、おやかた様には後世からやって来たなどと申したそうだが、まことにそうなのか」

「そんなわけないッス。そんな奴がこの世の中にいるはずないッス」

「じゃあ、なにゆえおやかた様にはそう申した。知っているとはいかなる存念なのだ」

「わかんねえッス。あっしにはそれを伝えられる力がないんス」

「わけがわからん」

 川面に注がれる日差しは、波間に砕け、廻り巡ってきらめいている。流れ流れるままにきらきらときらめいて、ずっとずっとの大昔からも、ずっとずっとのこの先もきらめくのであろう川の輝きは、時間の狭間をさ迷っているおれへの、時代の微笑みのようであった。

「まあ」

 と、沈黙のひとときに耐えかねたかのようにして、三左衛門さんは口を開いた。

「わけがわからぬがお主には二心がなさそうなのはわかった。それに、決してお主の言葉を誰一人として信用していないわけではない。少なくともおやかた様はお主の言葉を信じている。今、おやかた様を動かしているのはお主のその言葉である」

「えっ」

「これは誰にも申してはならんが、おやかた様は桶狭間にて今川治部を討ち取る心構えだ。そして、わしを含めた一部の者たちは、おやかた様に命じられ、治部を葬るためにあらゆる策を張り巡らせておる」

 おれは三左衛門さんを呆然と眺め見たが、三左衛門さんはくるりと背中を向けてしまった。そうして杭に繋いでいる馬のほうへゆっくりと歩き出した。

 ただ、二、三歩、歩いたところで、立ち止まり、その大きな背中だけでおれに言った。

「わしもおやかた様と同じく。いや、今朝まで、お主に会うまでは半信半疑であった。が、お主に会って確信した。お主は虚言を申しておらん。そしてお主はお主の言うとおり、まことに知っているのであろう」

 おれは震えた。震えをおさえるようにして拳を握りしめた。

 おれは初めて認められた。この時代に来て初めて。いや、もしかしたら生まれて初めて。

 わかってくれる人にはわかってくれる。たとえ、言葉が足らずとも。

 三左衛門さんはこちらに顔だけを振り向かせてきて、笑った。

「しかし、今は誰にも申してはならんぞ、簗田牛太郎」

「はいっ!」

 杭から手綱を紐解き、馬に跨った三左衛門さん、おれは彼が去っていく間ずっと頭を下げていた。



 こんなやさぐれた野蛮人だらけの時代でも、森三左衛門さんみてえな御仁がいる。強く逞しく、そして心優しくて頭のいい御仁が。

 世の中捨てたもんじゃねえ。

 が、それとこれとは別だ。

 おれの家に乗り込んできて以来、マタザは一歩も外に出ようとせず、出たと思ったら裏庭で槍をぶんぶん振り回し、そこにおれも付き合わされて、

「おい! そんなへっぴり腰で治部の首を討ち取れると思っているのか! ああっ?」

 と、なぜかおれの修行にまで発展し、槍の柄でボコボコにされる日々。

 図々しくメシは食い漁るわ、ガアガアとやかましいいびきを立てるわで、おれは頭の中の神経がどんどんとやせ細っていくのが自分でもわかる。

 そんな折り、おれは城下の目抜き通りを歩いていたら――、マタザの使い走りで槍の刃を研ぐための砥石を買いに来たら、インチキ芸能記者とばったり遭遇した。

「やあやあ、牛殿お。大変ですなー、我が家中は。籠城派と野戦派、真っ二つにわかれ、なかでも柴田様が籠城籠城と触れ回っているご様子。拙者もさきほど柴田様に呼ばれましてなー。牛殿は呼ばれましたかー。あ、呼ばれるはずありませんか。これは失敬。梓殿にお会いできる好機かもしれませんのになー」

 ぐだぐだとむかつき千万のくっだらねえことを言っていたインチキだったが、おれは思いついた。

 インチキ芸能記者が根城にしている安食村ってのがどこだか知らないせいで接触できなかったが、今日はなんて幸運なのだろう、インチキ芸能記者にマタザが居候していることを教えれば、こいつのことだ、町中至るところに軽口を振りまいて、風の噂を吹かせてくれるに違いない。

「あ。太田さん、久しぶりッス。どうスか、久しぶりにあっしの家にでも。ヌエバアさんの漬け物、どうッスか」

「はあ、牛殿のお宅にー。うーん、しっかし、塙殿に止められておりましてなー。牛殿のお宅には近寄るな、と。牛殿の申すことは一切聞くなと。何か仕出かしましたかな、牛殿」

 なっ。

 クローザの野郎、なんて手の早い。そこまでしてマタザにビビっているっていうのか。

 でも、別に構いやしねえ、インチキはにやにやと笑っており、芸能ネタを漁りたさそうにしているわけだ。クローザにどうのこうの言われていようと、こいつの薄汚え芸能記者根性が我慢できないはずだ。

「そ、そうスか。でも、実はッスね、これ内緒ッスよ、実は、あの、笄斬りの前田マタザさんがあっしの家に居候しているんスよ。フヒヒ」

「えっ! ま、まことでございますかっ!」

「しいっ。声が大きすぎますって、太田さん」

「ああ、失敬」

 あわてて口を覆ったインチキ太田。おぼつかない目をきょろきょろ泳がせて、自分の足元あたりに困惑させている。

「どうッスか、漬け物。久しぶりに。フヒヒ」

「う、うーん、そ、そうですな……。し、しかし、うーん、今回はやめときましょうかなあ。うーん、触らぬ神にたたりなしと言いますしなあー。うーん、塙殿に何を言われるか、うーん。と、とういうことで、拙者はこれにて」

 そう言い残し、太田は早足でおれの前からそそくさと逃げていってしまった。

 ……。

 マタザを恐れているのか、クローザを恐れているのか、どちらにせよ、芸能記者の風上にも置けない情けない奴。

 だが、あの野郎は言っていたな。ついさっきまでゴンロクに呼ばれていたと。

 おれは早速、高級住宅街に出張った。

 ゴンロクの屋敷の前まで来ると、例のようにうろちょろしていたら三左衛門さんにまた見つからないとも限らんので、ここは意を決して門をくぐった。

「お頼み申す! 柴田ゴンロク殿はおりませんか!」

 おれは緊張で額に汗を湿らせながらも玄関先から声を飛ばした。

 すると、出てきたのはお貞ババアであった。ちょっとばかりほっとした。ゴンロクの手下だったら危うかったが、お貞ババアなら斬られることはない。

「なっ、牛殿。何用ですっ」

 お貞ババアはものすっごくおれを毛嫌いする顔つきであったが、ここで引き下がればおれは永遠にマタザの下僕、お貞ババアなんかに土下座なんかしたくないが、おれはその場に両膝をつき、おでこも地面にこすりつけ、精一杯のかしこまりで言った。

「あっしなんかがやって来るのは無礼とは承知の上でっ、ゴンロク殿にお伝えしたいことがっ!」

 お貞ババアはしばらく呆気に取られたかのようにして沈黙していた。

「お願いしますっ!」

「しょ、承知しました。お待ちください」

 そう。今までおれは、テメエの弱気に流されて、貫き通すべきことを貫く手前からやめていたが、気の強さ弱さ云々ではなくて、絶対に貫き通すという信念が人を動かすのだとわかった。

 三左衛門さんが認めてくれたおかげで、おれは知ったわけだ。おれの力を。

「門前をふらついているだけでは飽きたらずっ、おしかけてきおったかっ、この乞食牛めっ!」

 ほら。喚き散らしながら廊下をドカドカとやって来、現れたと思ったらやっぱり抜き身の刀を手にしていた。しかし、んなことは百も承知のわけで、今のおれには恐るるに足らねえ。

「恐れながらっ!」

 と、おれは土下座したまま、信念を貫く。

「柴田様のお耳に入れたきことがございましてっ、無礼を承知でおしかけさせていただきましたっ」

「なにいっ。どうせ、くだらぬことであろうっ! ね! 去ね去ね去ねっ!」

「前田又左衛門殿がっ」

 ゴンロクの喚きを遮るかのように声を発したおれは、ゴンロクをちらっと見上げたと同時に、声をひそめた。

「あっしの家に居候しております――」

「なっ」

 と、それまでのただのヒステリックさを失って、ゴンロクは目を丸めた。

「法螺でもなんでもありません。あっしの家にご足労頂ければおわかりになられるはず」

 ゴンロクは髭の下の唇をぐぐっと押しこめながら、黙った。ちらり、ちらり、と、自分の家のくせして左右を気遣い、

「むう……」

 と、意味不明の唸りを上げつつ、抜いていた刀を、もう片方の手に握っていた鞘のうちにすうっとおさめた。

「お、お主、なにゆえ、それをわしに伝えた」

「最初はクローザ殿に言ったんですが、マタザ殿におびえているのか、クローザ殿は聞かなかったことにすると握り潰してしまい、そしてあっしはおやかた様にはお会いしたくてもお会いできない底辺のため、柴田様しかいないと思った次第なんス」

「九郎左に……。そうか、九郎左は伏せたか……」

 ふー、と、ゴンロクは吐息をつく。

「承知した。お主の家に案内せい」

 ニヤリ。

 通じた。おれの信念がこの世の中に通じた。

 さらば、マタザ。おれはお前なんかに一生涯虐げられる牛なんかじゃねえ。簗田牛太郎、信念を貫き通して自らの自由を勝ち取る男だ。


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