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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第二章 さあ、桶狭間
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野獣襲来

「牛殿。まことに今川治部を討てる好機などあるのでしょうか」

「うん。あるよ。だからハットリ君、頑張って治部を殺してみなよ。俸禄百貫間違いないんだから」

「まことでしょうか……」

「まこともまことに決まってんじゃーん。今川治部っつったら総大将だよ。もしかしたら百貫どころの話じゃないかもよお?」

「いえ、そうではなくて」

「何。青ざめちゃって」

「巷の噂ではこたびのいくさでは、尾張の国人衆のほとんどはおやかた様の下に集わないのではないかとの噂が。そうともなれば我らは圧倒的に不利という見方も」

「いやいや、大丈夫だって」

「それに重臣方々の間では籠城策が持ち上がっているとも。ということはつまり、今川治部を討ち取るどころか、織田の危機なのではないかと」

「なわけないじゃん」

「なにゆえです! 牛殿は何を根拠にしてそのようにおっしゃっておられるのですか!」

「いや……」

「家中のあわてふためきようは城下の町人にまで伝わっており、桜の花も今年で見納めかなどと言い出す者もおれば、気の早い者などはすでに家屋を締め切って清洲から避難しております。拙者の知る限り、かように悠長に構えているのは牛殿しかおりません。ましてや治部の首を討ち取るなど、世間からずれていやしませんか」

「いや、だって……」

「そこで相談なのですが、祖母をこの城下ではなく、せめて清洲の外にでも避難させてくれませんでしょうか」

「いや、ちょっと、それは……。おれ、一人でご飯とか洗濯できないし……」

「不躾は承知でございます。しかしわかってください。籠城策ともなれば今川方に城下が焼き払われるのは必須。それをわかっていながら女子供を置いておくわけにはいきません」

「いやいや、だからさ――」

「あの祖母のことだから意固地になって避難しないかもしれません。しかしそうは言っておられないのです」

「だから、ちょっと待てってばっ!」

「何をです!」

「さっきから何を言っているんだい、キミは。まだいくさは始まっていないってのに、始まる前からなんで負け決定みたいに言っているんだよ。あのさ、功績を上げるんだろ? なのに、最初からそんなヘッピリ腰じゃ、勝つものも勝てないじゃないかよ」

「正気ですか! 牛殿! 勝つか負けるかではなく、今、この時分、生きるか死ぬかでありますよ!」

「何を言ってんだっ、キミは! 生きるか死ぬかじゃなく、勝つか負けるかだろ! そんな根性だから、キミは四十貫程度の三下なんじゃねえのかっ!」

「十貫文の牛殿に言われる筋合いなどございませんが」

「くっ……。減らず口ばかりの青二才め……」

「青二才で結構! そもそも治部を討ち取る機会がもしも本当にあるのであれば、牛殿ご自身がその手で掴み取ればよろしいではありませんか! 拙者をけしかける理由がわかりません!」

「いや、だって、それは、おれは弱いし……。それに親心ってもんだろ! おれはハットリ君を心から応援しているんだよ!」

「牛殿は拙者の親どころか、なんでもありませんし」

「くっ……」

「十貫文の牛殿に叱咤激励される筋合いもございません」

「なんだとこの野郎おっ! さっきからぐちぐちぐちぐち女の口がひん曲がったようなことばっかり言いやがって! そうかい! ハットリ君ってそんな奴だったのかい! おれはキミがもうちっといい奴だと思っていたんだけどナ! がっかりだ! 帰れ帰れ! ヌエバアを連れてとっとと帰れ!」

「今晩、またお邪魔します。祖母は拙者が説得しますゆえ。ご承知のほどを」

 と、最後は厭味ったらしくかしこまったすえ、ハットリ君は文字通りとっとと帰った。

 あのガキっ!

 今川方に勝てるかどうかで騒ぐのならまだしも、なんなんだ、あの悪口のオンパレードは! えーっ? 可愛い顔してへこへこしていたくせに、心の中ではそう思っていたってことか? やっぱりおれをバカにしていたってことか?

 チックショオウッ!

 クソッ! クソクソクソ。

 チクショウ……。

 フン。バカが。

 これであのガキは今川義元を討ち取るせっかくの機会、雑魚武将のしょうもねえ人生の中で、絶対にあるはずのない機会を失ったわけだ。

 まあ、いい。目的は達成されたわけだ。あのクソガキがヌエバアを連れ出せば、おにゃの子を要求する口実になる。むかつくが、結果オーライなのである。

 しかし、織田と今川は五分五分と聞いて一時はどうなることかと思ったが、田植えの季節を前にして尾張織田は予想通りのあたふたぶりだぜ。

 これで信長は桶狭間に打って出る。今川義元をぶち殺してくれる。そうすれば桶狭間どうッスかと助言したおれは、初めて信長に認められる――はず。

 いや、ならんかな。あいつ、DQNだしな。手下の手柄なんてテメエの手柄にしちまいそうだ。それに年が明けてからここまで一切、信長に呼ばれていないし。てか、おれの存在なんか忘れていそうだし。

 手柄にならなければ、おれは十貫文の牛野郎のまんまか……。

 チッ。それはそれで構いやしねえが、ハットリ君みてえなクソガキに侮辱されると、どうせならこの手で今川義元をぶち殺してえわ。

 それに十貫文の牛野郎じゃ、いつまで経ってもあずにゃんには……。

 ハイ、やめやめ。今の鼻息荒い考え方はやめ。どうだっていいんだ、んなことは。おれのキャラからしてそんな真似でもしてみたら絶対に返り討ちに合うんだ。

 今は目先のことだけ考えていりゃいいんだ。ハットリ君におにゃの子を強く要求すればいいだけだ。もしかしたら、あずにゃんよりも吉乃サンよりも可愛いとびきりの上玉に当たるかもしれんしね。フヒヒ。

 しかし、あれだけバカにされると腹の虫がおさまらん。

 気晴らしにちょっと外にでも出るか。

 こんなときはうっかり寧々さんとかに会えそうな気もするし。

 で、おれは草履を突っ掛け、戸を開けたんだが、開けた瞬間、おれの行く手は何者かに塞がれた。おれの家の玄関先であぐらをかいて、こちらに背を向け、腕組みして、動物の毛皮を肩に巻いている、汚ったねえ奴。さらに異臭も放っていて、おれは思わず鼻をつまむ。

 チッ、乞食のくせにふてぶてしく座り込みやがって。

 おれはハットリ君から受けた侮辱のせいもあって、苛立たしさこめて乞食の背中を草履のつま先で小突いた。

「どけや、コラ、この乞食が。斬り殺されてえか、コラ」

「あん?」

 と、クソ生意気に振り向いてきた乞食だったが、

「お前、腰に大小もぶら下げていねえくせに、俺を斬れるのか? あ?」

「あ……、いや……」

 最悪……。

 久方ぶりに会ったが、この憎き顔つきは忘れもしねえ。

 前田クソロリコン又左衛門、野垂れ死んでくれていなかったらしい。



 クソマタザは、さながら山から下りてきたマウンテンゴリラのようにして、おれの家にあった食物のあらかたをがつがつと食い散らかし、食ったあとは居土間にそのまま寝そべって、他人の家にて我が物顔であった。

 んで、臭い。おれは異臭を避けて居土間の隅っこで縮こまっていたが、さすがに我慢ならずに言った。

「ま、マタザさん、その、水でも浴びたほうがいいんじゃないんスかね、ハハ……」

「あ?」

 ぎょろりと目玉を向けてきたマタザ。

「テメー、俺が臭えって言いてえのか、あ?」

「い、いやっ、決して、そういうわけじゃっ」

「なら黙っていやがれ。お前にあれこれと指図される言われなんぞねえんだ」

 あるだろうがっ! ここはおれの家だぞっ!

 なんて、言えるわけもなく、

「アハハ、そ、そうッスね。すいませんした」

「とにかくだ。俺はここを拠点にする」

 は?

「田植えが終われば今川治部は大軍を引き連れて尾張に乗り込むという話じゃねえか。対して尾張国人衆はおやかた様に臣従しておらんという有り様。こんな織田の危機に黙っていられる前田又左衛門じゃねえ」

「い、いや……。織田の危機も何も、マタザさんは織田の人間じゃないんじゃ……。坊主殺して逃げちゃったし……」

 ぼそぼそ呟いたら、マタザは突如として跳ね跳び、鬼のような顔をして喚いた。

「ああっ? なんだコラァっ! テメー俺をなめてんのか、この野郎っ!」

「いいいいいやっ、とんでもないっ!」

「次にふざけたことをもう一度言ってみろ、コラ。そんときゃテメーの首から上は拾阿弥のように吹っ飛ぶからな」

「は、はいぃっ! すいやせんしたぁっ!」

 マタザは再びごろりと寝転がり、ブッ、と、屁をこいたあと、ケツをぼりぼり掻きながら言った。

「とにかく、ここにいることは口外するんじゃねえぞ。長八郎にも、まつにもだ。わかったな、牛」

「いやっ、でも、ちょっと待って下さいよ。もしかして、あっしのこの家に居候するって気ですか。そりゃ、ちょっとこんな狭い家に――」

「黙れ、コラ」

「は、はい……」

 なんだよ、こいつ……。

 犯罪起こして逃げ出したくせに他人の家を占拠するだなんて、やっていることはまるっきりテロリストじゃねえか。

 しかも、山にこもっていたんだかなんだか知らねえが、人外野獣のような毎日を送っていたに違いねえ、織田から逃げ出す前のほうが可愛かったくらい殺気立ってやがる。

 まあ、ヌエバアが帰ってきたら、騒ぎ立てて追い出してくれるかな。さすがのマタザもバアサンだけは斬り殺さないだろ。



 ところがどっこい、どっかから帰ってきたヌエバア、居土間でぐうすかすーぴー寝ているゴリラに顔をしかめたものの、このゴリラが前田又左衛門だと知り、さらに、目覚めたゴリラが、

「織田の危機のために舞い戻ってきたゆえ、バアサンには悪いが寝床にさせてもらうぞ」

 などと言うと、バアサンは目を輝かせて拍手喝采しやがった。

「さすが前田様の又左衛門さんだがや。男ってのはそうあるべきもんがね。お前様みたいな若いモンがおったら、織田もまだまだ捨てたもんじゃないがね」

「い、いや、バアさん、だって、おれは貧乏だし、マタザさんの面倒を見るまでの食い扶持は――」

 おれが隅っこから難渋を示したら、フン、と、マタザは鼻を突き上げつつ、

「何もただで居させろと言うわけじゃねえ」

 と、革袋から縄紐に通した銭貫文を出してき、その場に置いた。

「おれの全財産だ。これでいいだろ、あ? 牛」

 偉そうな顔つきのわりに、一貫……。いや、三分の二ぐらい使っている。

「ええがねええがね。そんだけありゃ十分な宿賃がね。そうやね、旦那様」

「い、いや……」

「なんか、文句あっか? 牛よ」

「いや、ないッス……」

 クッソ。

 変わり者のババアが、何を考えてやがんだ。

 最低でも桶狭間の戦いまで居座るってなったら、だいたい二ヶ月程度はこのゴリラと一つ屋根の下になっちまう。ようやくババアなんかと二人きりだなんていう薄気味悪さには慣れてきたってのに。

 と、そこへ、コンコン、と、戸が叩かれた。

 にわかに顔色を変え、目玉を泳がせ始めたマタザ。

 はっ、と、して顔を持ち上げたおれ。

 そうだ、ハットリ君が来るとか言っていたのだ。

 犯罪者マタザは視線の先をきょろきょろさせて隠れ場所を探しているが、フヒヒ、おれはかつてない速度で玄関へ駆け寄り、

「はいはーい、どちらさまッスかあ」

 と、戸を思い切り開き、マタザの存在をハットリ君に知らしめた。

「小平太にございま――、あっ」

 犯罪者の姿に固まったハットリくん。

 発見されて固まった指名手配犯マタザ。

 フヒヒ。おれは笑いをこらえる。ヌエバアもマタザも一緒にいなくなって一石二鳥だぜ。


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