表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第二章 さあ、桶狭間
16/147

無茶するぐらいが男じゃないんがね

 それにしても、今川義元の来襲が既定路線だなんてなあ……。

 おれが知っている桶狭間の戦いっていうのは、今川義元が大軍を引き連れて尾張に乗り込んできて、織田家はあたふたするものの、信長が強行突破の奇襲によって今川義元の首を頂戴し、奇跡的な勝利を得るというものなんだが。

 どうも様子が違う。

 田植えが終わったあと――、今川は六月頃には来るんじゃねえかと、まだ一月の段階で太田インチキレベルの雑魚すらが予想できているし、さらには、やばいよやばいよ感がまるでなし。

 なんでも、インチキの話だと、信長が支配している領地の石高は四十から五十万石らしく、動員できる兵数は一万五千人ぐらい、対して今川義元は、二万から三万人ぐらいなのだが、全兵数を持ってして攻め上がってくるわけないから、勝負をするとしても兵数だけじゃ五分五分だそうだ。

 おれの(漫画で読んだ日本史の)記憶だと、信長の兵力は三千人ぐらいだったような気がするんだが。

 だから、信長が今川義元から得た勝利ってのは劇的だったんじゃないのか?


 そうか……。そうだ……。そうなんだ……。


 盛ったな。


 桶狭間の戦いっていうのは事実としてあった。が、信長の功績を誇大に見せるため、少ない兵数で強大な今川義元に勝てた、というふうに、あとで盛ったんだ。

 チッ。

 勝って当たり前の戦争なのに、おれは鼻息荒くして信長に言い放っちまったわけだ。それだからおれは大して重宝されねえってわけだ。だって、吉乃サンの家に行ったあの日、珍奇衆筆頭だとかいう訳のわからん職業を貰ったにも関わらず、あれから一度も信長に呼ばれていねえ。どころか、信長に会おうとすると文字通りに門前払いされるのだ。

 アホくさ。

 勝って当たり前の戦争じゃ、今川義元を殺したところで大した手柄にはならねえってことだ。

 それに殺しに行ったところで、おれじゃ返り討ちになる可能性が大だ。

 やっぱり、俸禄アップは違う手段で狙おう。殺し殺し合うなんて野蛮な行為だからな。うん。決して殺されることにビビったわけじゃない。うん。

「あのう……」

 その声に、囲炉裏端でごろごろしていたおれは初めて玄関に人がいることに気づき、びっくりして飛び起きた。

「あ、すいません、突然」

 おれは玄関の人影にシラーッとした目線を送った。

 このボロ家は日が陰ると薄暗くて仕方ないから、不法侵入者が誰だかわからないが、聞き慣れぬあどけない声からして初顔だ。

 そんでもって、薄暗くてもよくわかる。羽織りはくったくた、膝下で留めているニッカズボンスタイルの袴はよれよれ、刀の大小はぶら下げていない。そうすると、半年も戦国民をやっているとだいたいわかる。そんな野郎はザコだ。そして、太田インチキといい木下サルといい、ザコ武将ほど忌まわしい奴はいない。

 おれは再び寝転がり、ザコに背中を向けると、股引に覆われたケツをボリボリと掻きながら大して相手にせずに言った。

「なんスか」

「あのう、こちらは牛殿のお宅でよろしいでしょうか」

「そうスけど、なんスか」

「あ、申し遅れました。拙者、おやかた様が馬廻を務めさせて頂いている服部小平太と申しまして、あの、牛殿のお宅に拙者が祖母がお世話になっておると耳にしまして」

「祖母?」

 と、おれはようやく体を起こした。ザコはザコだが、物腰の低さは悪い奴じゃなさそうだ。

「ヌエバアさんのことスかね」

「あっ、はいっ。あの、その、バアちゃんは、あ、いや、ヌエは、今、どちらに」

「裏庭にいるッスけど」

「あっ、そうでございますか。ありがとうございます」

 そう言ってザコは玄関から出ていこうとしたけれども、ちょうど、台所からゴソゴソと音が聞こえてきて、おれはザコを呼び止めた。そんでもって台所のヌエバアを呼んだ。

「バアさん。なんか知らないけど、孫みたいな人が来ているよ」

「はあ?」

 と、バアさんが幽霊みたいにしてのっそりと居土間に現れると、たちまちザコが声を上げた。

「バアちゃんっ!」

「あー? なんがねえ。小平太かあい。お前、何しに来たんがねえ。わっちは夕飯の支度で忙しいんがねえ」

「いやっ、バアちゃんっ、どうしてなんにも言わずに出ていったんよっ。心配したんだって」

 そうしたら、ケッ、と、ヌエバアは吐き捨てつつ、背中を孫にのっそりと向けてしまう。

「なあにを。わっちはお前らなんかに心配されるほど老いぼれてないがね」

「いやっ、ちょっと、バアちゃんっ、待ってくれよっ」

 む。

 ここはおれの家だってのに、まるでおれがいないかのようにババアとザコはただならぬ様子であったが、さすがにおれが口を出さないとまずい事態のようである。

 ヌエバアの素性などまったく興味がなかったから、一つも知らなかったが、ヌエバアは家出してきたんだろうか。

「まあ、キミ、そんなところで立ち話もなんだから上がっていきなさい」

 おれが年長者の風格を出しながら促すと、ザコは素直に「はい」と言って、草鞋を脱ぎ、いちいち一礼したあとにその場に正座した。


「お前の分はないがね」

 漬け物に野草の雑炊という夕飯とも言えない夕飯をおれに差し出してきたヌエバアは、囲炉裏端を挟んでおれに向かい合うハットリ君には水一杯すら出さなかった。

 ハットリ君は唇を尖らせながら呟く。

「承知している」

「まあ、そう言うなってバアさん」

「なあにを申しているんがね。旦那様みてえな貧乏人がどうして夕飯を馳走できんがね。この前も又助さんに漬け物全部食べられちまったし」

「そこまで貧乏じゃないだろ」

「ほんだから騙されるんがね」

 ぐぬぬ。

 ケッ、と、吐き捨て、ヌエバアは雑炊をずるずるとすすり始める。

 なんだか、ヌエバアの態度がすこぶる悪いが、ハットリ君が来たせいだろう。普段はこんなに意地悪バアさんじゃない。

 おれはハットリ君に遠慮して、雑炊の器を床に置いたまま。ハットリ君は悪い奴じゃなさそうだし。むしろ、素直でいい奴っぽいし。

「で、ハットリ君が言うには、バアさんは何も言わずに家を出ていって、家の人たち皆が心配しているから戻ってきてほしいってことだね」

「はい。あのう、牛殿には申し訳ないんですが、祖母は高齢でございますし」

「まだ六十二だがや。わっちの心配するよりお前はお前の心配をしたほうがいいんじゃないがね?」

「まあ、黙ってろよ、バアさんは」

 ケッ、と、バアさんは顔を背けてしまう。

 態度悪いな。

「申し訳ありません。祖母は老人扱いされることを不服に思っておりまして。もちろんこの通り元気なのですが、やはり、家族の目の行き届かないところに奉公させているのも、いかがなものかと」

「いかがなものかも何もあるかえ。わっちの食い扶持はわっちで稼いでいるだけがね。お前みたいに親父も死んでいねえし、禄も少ねえしで、そんな小僧に養ってもらうほどわっちは老いぼれちゃいねえんだがや」

「少ないって言ったって、バアちゃん一人養えないほど貰っていないわけじゃないんだからさ」

「なあにを偉そうに。たかだか四十貫ごときで」

 な……。

 お、おれの四倍も貰っているじゃんか……。十代そこそこの小僧のくせに……。

 てか、おれって、自分が思っている以上の底辺なんじゃ……。

 雑炊の器を手にしたおれ、ハットリ君に遠慮していたのが馬鹿馬鹿しくなって、苛立ちを紛らわすようにして口の中にかっこんでいく。

「四十貫ごときって、拙者は同年代の者どもに比べれば頂戴しているほうだよ。拙者は馬廻衆なんだからね。バアちゃんの言っていることは無理があるよ」

「ほんだら、塙様んところの九郎左さんはどんだけ頂戴しているんがね。もういなくなっちまったけど、前田様んところの又左さんはどんだけ頂戴していたんがね。九郎左さんも又左さんもお前と同じぐらいの年頃じゃないがね」

「いや、バアちゃん、それは――。塙殿や又左殿に比べられてしまったら――」

「ほら見たことがね」

 ハットリ君はうつむいてしまい、ぐうの音も出ない様子。

 まあ、ハットリ君はどこからどう見たってクローザみたいな冷徹非道な奴でもないし、マタザみたいに槍をぶん回すのが取り柄の奴でもなさそうだからな。ヌエバアの言っていることに無理があるのはおれだってわかる。

 ただ、ヌエバアが厳しいのはハットリ君だけにでもないんだな。おれにだって時々言うわけだ。さっきだっておれを貧乏だって罵ってきたし、首級の一つや二つぐらいで俸禄は上がるんだからとけしかけてくるし。

 もっとも、出世出世とやかましく言うのが、この時代の人間なのかもしれんが。

「じゃ、じゃあ、バアちゃん。俺がそれなりに俸禄を貰えるようになったら、言うことを聞いてくれるのかい」

「それなりってのはどんぐらいがね」

「ご、五十貫……」

「たわけえ。ほんな男の言うことなんて聞けるかえ」

「じゃ、じゃあ、百だっ! 百貫貰えるようになったら、バアちゃん、家に帰ってきてくれるね!」

 鼻息荒くしながらのハットリ君をよそに、ずるずると雑炊をすするヌエバア。

「バアちゃんっ!」

「そうね。お前が百貫、おやかた様から頂戴できるようになったら、お前の言うことはなんなりと聞いてやるがや」

「約束だよ!」

「はいはい」

 すると、ハットリ君はおれのほうに向き直り、膝も揃え直して深々と頭を下げてきた。

「牛殿、お騒がせしました。こんな祖母ではございますが、よろしくお願いいたします」

「あ、う、うん」

「失礼いたします」

 腰を上げたハットリ君は、草履を履いたあと、再びこちらにお辞儀をしてきて背中を返した。

「おいおい、バアさん」

 と、おれは釘を刺す。

「あんな事言って、絶対にハットリ君は無茶するよ」

「いいんがね。無茶するぐらいが男じゃないんがね」

 なんなんだ、まったく。意地が悪い。まるでおれまで言われているような気がしてくるわ。



 だが、ハットリ君が帰ってすぐにおれは気づいた。

 ハットリ君はヌエバアを家に連れて帰りたい、ヌエバアはハットリ君の世話なんかにゃなりたくない、その構図の中におれはちっとも入っておらず、じゃあ、ヌエバアがいなくなったらおれはどうするんだ?

 一人じゃなんにもできないおれはどうする。

 どうする――?


 フヒヒ……。


 おれはヌエバアの雇い主である。おれはヌエバアが家出ババアだなんてまったく知らず雇ったのである。インチキ太田の紹介で渋々ババアを雇ったのである。

 そうすると、ヌエバアを連れて帰るのは、ハットリ君の身勝手な行動である。

 ヌエバアの代わりを寄越してもらわなくちゃ困るってわけである。

 困るのだ。

 フヒヒ。

 おれは腰を上げ、綿の詰まった半纏に袖を通した。

「バアさん、ちょっと用事を思い出したから出かけてくるね」

「なんだがや、もう日は暮れたがね。まあた変な人に騙されるんじゃないんがね?」

「ちょっとよ、ちょっと」

 おれはにやつきを手で隠しながら立ち上がり、吉乃サンに貰った草履を突っ掛け家を出た。

 フヒヒ。十代そこそこのハットリ君なら知っているよね?

 ババアの代わりに寄越してもらわなくちゃならないおにゃの子ぐらい友達にいるよね?

 おーい、ハットリくーん!



「ハットリ君」

「あ、牛殿。どうされましたか」

 ハットリ君に追いついたおれは、寒さに白くなる息をぜえぜえ吐きながらもハットリ君の袖を掴み、

「ちょっと話があるんだ」

 と、人目を避けた小川の橋げたにハットリ君を連れていった。

 土手の枯れ草の上に腰を下ろすと、隣に体育座りをしたハットリ君にずばり言う。

「さっきのやり取り、確かにおれはハットリ君を応援したいんだけど、困るんだなあ、ヌエバアさんがいなくなると、おれが」

「あ、それはそうでございました。ただ、やはり祖母は家族の近くに――」

「いや、そういうことじゃなくて」

「はい?」

「ヌエバアさんがいなくなっても構わないけれど、ヌエバアさんの代わりの人を見つけてもらわなくちゃ困るってわけさ」

「ああ、なるほど。左様でございます。申し訳ございません」

「でね、まあ、もし、そうなったとき、ハットリ君は代わりの人を見つけてこれるのかなって。でもって、おばあさんは嫌だよ。またこういう問題が発生したら困るから。後腐れのない女の人、そうだね、ハットリ君と同じぐらいの年頃か、それよりちょっと若いぐらいでもいいかな」

「はあ。まあ、見つけようと思えばいくらでも。拙者どものような大した身分でもない足軽衆の家には、娘を奉公に出したいと思っている者はいくらでも」

「そっか。うん。そっか。フヒヒ。それを聞いて安心したよ。じゃ、そんときはよろしく。ちなみにおれの好みは太っているのは駄目、痩せすぎていても駄目、瞼は一重でも二重でもいいけど、狐目は駄目ね。鼻が潰れているのも駄目ね。唇は大きすぎず小さすぎず、肌の色は色黒すぎても駄目だけど、青白いのも駄目ね。あと、とにかく明るい子ね。無口なのは駄目だから」

 おれが嬉々として口走っていると、ハットリ君はおれをぼうっと眺めてきていた。やべ。浮かれるあまり欲望丸出しすぎた。

「しかし、牛殿、そうは申されましても、果たして拙者は百貫相当の俸禄を頂戴できるほどの男になれるかどうか」

 おれの要求を聞いていたのかいなかったのか、ハットリ君は憂鬱な表情で川面を見つめた。

 澄み切った星明かりの下、水は音もなくゆらゆらと波を立てている。

「拙者の父親は四年前の斉藤方とのいくさで死にました。拙者はそれと同時に元服し、拙者の母、父に仕えていた従者二人に馬丁が一人、我が家に奉公している下女二人、それと祖母、これらを養わなければならなくなりました。幸いなことに森三左衛門様が拙者をおやかた様の馬廻衆にと取り計らってくれ、生活も楽ではありませんが皆を食っていかせることもできています。ただ――」

 ハットリ君は言葉を繋ぎつつ、枯れ草をぶちっとむしってぽいっと捨てた。捨てたあとはじいっと川面を見つめた。

「一昨年の浮野でのいくさが終わったさい、祖母は拙者を責めました。どうしておやかた様のお近くにありながら手柄の一つも立てられなかったのだと」

 おれはつまらん話のせいで寒さが身に染みてきて、体を縮こませながら両腕をさすっている。

「祖母は、拙者の父が――、自分の息子の代わりになって拙者を育てようと腹に決めたのかもしれないんです。だから、ああ言って拙者の世話にはなりたくないと突き放す」

「まあ、いいじゃん。うじうじしなくたって。手柄立てりゃいいんだから」

「そんな。簡単には言いますけれども、百貫文相当の手柄だなんて、名のある将の首級でも討ち取らん限り――」

「ハットリ君」

 うだうだと若者しているハットリ君に向けて、おれは不敵な笑みを見せた。

「そのうち今川方と戦うっぽいことぐらい知っているだろ。そんときね、戦場には今川治部を殺せる好機が転がっているよ」

「ええっ?」

 フヒヒ。今川義元をその手で殺せば絶対に俸禄アップは間違いない。じゃあ、おれがこの手でやればいいんじゃないかという話だが、それはダメだ。返り討ちに合うかもしれん。危険だ。

 しかし、ハットリ君が危険を顧みずにやってくれればハットリ君は俸禄アップ、約束通りヌエバアはお払い箱、代わりに若いおにゃの子がおれのもとへ。

 そう、ハットリ君には今川義元をその手で殺してもらわなくちゃ困るってわけだ。

「何を、何を申されているのですか」

 どうやらハットリ君もおれなんかはバカにしている様子。おれの言葉なんて一つも信用しようとしない。

「ハットリ君、わからないかい? どうしてあっしみたいな野良牛が急におやかた様にお仕えできたかってことを」

「えっ?」

「あっしのことは皆が皆バカにしているけれど、まあバカにしたい奴はバカにしていればいい。桶狭間には間違いなく好機が転がっているんだから」

「お、桶狭間――?」

 クスクスと笑いながらおれは腰を上げ、ハットリ君の肩をポンポンと叩いた。

「ハットリ君、手柄を取らなくちゃならないんなら、今川治部、その手で討ち取るんだね」

 おれは謎の男の演出のためにクスクスと笑いながら去っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ