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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第二章 さあ、桶狭間
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底辺野郎でもチャンスはある

 太田・インチキ芸能記者・又助は、ヌエバアのぬか漬けを頬張りながら言う。

「今川治部が」

 ボリボリ

「大高鳴海の援軍に大軍を」

 ボリボリ

「寄越してくるのは既定路線」

 ボリボリ

「ですよー」

 ボリボリ

「そ、それなのに、太田さんはなんか、の、呑気ッスね」

「分かりきっていることですからなー」

 ボリボリ

 うーむ。おれの予想というか、勉強した日本史からすると、織田の連中は今川の大軍にビビってあたふたし、そこを信長が強行突破の奇襲をかけていくというものだったんだが、既定路線とか分かりきっていたとかと言われると、なんだか拍子抜けだ。

 ドヤ顔で信長に桶狭間の奇襲を言ったっていうのに。

 そんなかんなで、おれは思う。

 太田インチキはさっきからボリボリ食いすぎだ。一言何か言えば、すぐに漬け物に手を伸ばす。おれはさっきから一欠片も食ってねえ。それなのにこいつは今の会話の間だけでも七個は食いやがった。

 さすがのおれも黙っちゃおられん。

「太田さん、さっきから食いすぎじゃないッスか」

「何がですかなー」

 ボリボリ

「それッスよ、それっ」

「いやー、ヌエさんの漬けた物ってのはうまいじゃありませんかー」

 ボリボリ

「だから、拙者、牛殿になんか用はありませんがー」

 ボリボリ

「こうして来ているのですよー」

 ボリボリ

 そうして、太田インチキは漬け物の器にさらに手を伸ばそうとする。なので、おれは器を手で覆い、太田インチキを睨み上げた。

「どうしたんですー、牛殿」

「いえ、だから、食いすぎだと」

 手を引っ込めないインチキ、器から手をどかさないおれ。見つめ合うインチキとおれ。

「少々、その手は邪魔ですなー」

「こっちこそ、その手を引っ込めてくんないスかねー」

「いえ。拙者はもう一切れ食いたい」

「あっしはもう一切れたりとも食わせたくない」

「拙者が柴田様の梓殿について知っていることをー、牛殿に教えてもいいと申してもですかー?」

 む――。あずにゃん情報だと?

 あずにゃんとはあれきり一度も会ってねえし、お貞ババアもあれから一度来たきり、おれがヌエバアを雇ったことを知って、おれの世話なんかする必要はないと悟ったのだろう。

 ゴンロクの屋敷の前で待ち伏せしようとしても、ゴンロクか、その手下かが目を光らせていて、うかつにうろちょろできねえ状況だ。

 あずにゃん情報は喉から手が出るほど頂戴したい代物ではある。

 しかし、こんなインチキごときが、あずにゃん対策に有利になる情報を持っているとは思えねえ。

 そもそも、どうしておれがあずにゃんに好意を抱いていると知っている。

 いや、おかしくはないか。こいつはインチキだが芸能記者だ。おれがサルに騙されたという下世話な話題くらいその地獄耳に届いているはずだ。なぜ、おれがサルに騙されたかという理由も。

 すると、太田インチキは言った。

「拙者はですねー、おやかた様の直臣になる前はー、柴田様の足軽衆だったんですがねー」

「えっ?」

 おれは器から手を引っ込めた。

 すかさず、インチキの手は漬け物に伸びた。

「拙者は梓殿をよく知ってますしー」

 ボリボリ

「今でも会って話すことぐらい」

 ボリボリ

「訳ありませんよー」

 ボリボリ

 おれは器を手に取ると腰を上げ、台所に入った。ヌエバアは庭の井戸で洗濯をしていていない。ヌエバアから食いすぎは体に悪いから勝手に開けるなと釘を刺されているが、糠床から漬け物を取り出し、包丁で斬って、器に入れた。

 おれは屈託のない笑顔で再びインチキの前へ。

「どうぞ、太田さん。ヌエバアさんは漬けるのが好きで、あっし一人じゃ食べられなくてかなわないんスよねー」

「さすが牛殿―。太っ腹ですわー」

 嫌味なのか皮肉なのかはわからんが、インチキは新たに持ってきた漬け物をボリボリ食いながらあずにゃん情報を話した。

 あずにゃんはゴンロクより二十歳年下、ゴンロク以外に三人の姉がいる末っ子。今年で十七歳。ふむふむ。もうちっと年は上に見えなくもなかったが、大人びているってことだろう。

 十七歳ともなると嫁に行く年頃なのだが、いろいろと理由があって、貰い手がない状態。ほっほう。つまりフリーってことだな? フリーなんだな、あずにゃんは!

「でも、理由ってなんスか」

「それはですなー」

 あずにゃんは四年前ぐらい、信長に輿入れするのではという噂が立った。

 兄貴のゴンロクは当時まだ健在だった信長の弟の家老をしており、反信長派だった。

 しかし、インチキの推測によれば、ゴンロクは裏で働いて妹を信長の側室にさせようとし、信長と弟の骨肉の争いでは、どっちが敗れても自分は安泰であるよう企てていた。

「しかしですなー、おやかた様は柴田様などと縁戚になどなりたくありませんしー、それに、おやかた様が好みとしているおなごはご自身よりも年上の姉御肌なのですわー」

 なるほど。吉乃サンはお姉さんだもんな。

 で、あずにゃんの輿入れの噂が立った辺りで、信長が偶然にも生駒屋敷で吉乃サンを見かけて一目惚れ。

 俺の妹よりも馬借屋の娘なんかに入れ込みやがってとゴンロクは近しい者には愚痴っていたらしく、なので弟側に肩入れした。

 ところが間抜けゴンロク、勃発した内戦では信長の返り討ちに合ったらしく、さらに信長の謀略にハマって、弟を殺す手助けをした。

 そんなわけで、一度は信長に輿入れするんじゃないかと噂の上がったあずにゃんだから、なかなか嫁に貰いづらい。

「それにー、梓殿は向こうっ気の強い娘でしてなー」

 知る人ぞ知る、と、インチキは付け加えた上で、あずにゃんはゴンロクをボコボコにできるほどの暴力の達人だと言った。

 おれは呆れて笑う。

「冗談もほどほどにしてくださいッスよ」

「牛殿は見たことがないから言えるんですがなー、拙者は見たことがあるんですからー。あの柴田様を一瞬のうちに足元にしてしまったのですからー」

「それはだって、梓殿は柴田様の可愛い妹だからじゃないッスか。たとえぶん殴られても、柴田様は殴り返さないッスよ」

「いいや、あれは殴り返す殴り返さないといった以前の喧嘩上手だったのですから。あっと思った瞬間には柴田様の股間を蹴り上げ、柴田様の腰が砕けたところにその顎を右拳で突き刺すように殴り上げ、そうして頭を両手で掴んだあとに膝で顔面を何度も何度も。もう拙者は恐ろしくなって身動きできず、梓殿を止めることすらできなかったんですから。あれはもう、梓殿が男に生まれていたら大変なことになっておりましたよ。男に生まれていたら呂奉先ですよ、そう、呂布奉先。あれは呂布ですよ」

 その光景を思い出したらしい太田インチキは、青ざめた顔でうつむいてしまい、手にした漬け物もボリボリしなくなってしまったが、呂布だなんて、大袈裟な。

 それにゴンロクをボコったのは事実だとしても、ゴンロクが悪いことをしたからだろう。ゴンロクはすぐに斬る斬る騒ぐからな。誰の目にもイラッとする奴だ。おれに優しくしてくれたあずにゃんが、ただ単にドメスティックバイオレンスでお兄さんをボコっているはずがない。

「まあ、変なことをしなければ、梓殿に危害を与えられるというのはないんですがなー。曲がったことが大嫌いだというだけなんですがなー」

 ほら。

「しかし、そんな娘、貰いたいと思う者はおらんでしょー。柴田様とて梓殿がかような人だから、息のかかった者に押し付けるというのも引け目がありますでしょうしなー」

 フン。それはどいつもこいつもあずにゃんという人を理解していないってことだ。

 わからないだろう。腰から刀をぶら下げて、町人農民の前で偉っそうに振る舞っている連中にはわからないだろう。あずにゃんの弱き者に対する優しさや慈悲というものを。

 おれだからわかる。

 いや、おれしかわからない。

「ま、どちらにしろ」

 と、言いつつ、インチキ太田はまたボリボリと漬け物を食べ始め、口端からそのカスをこぼしこぼし、おれを軽蔑するような目を寄越してきた。

「牛殿は梓殿に身分不相応。織田家重臣の柴田家が、どうして俸禄十貫程度の正体不明の牛殿なんかに娘を嫁がせましょうかなー」

 太田は漬け物をすべて平らげていた。平らげた途端、腰を上げた。つまり、最初からおれに協力する気なんて甚だ皆無で、ヌエバアの漬け物食べたさに時間稼ぎしていたってだけだ。

「そんじゃ、またー」

 太田は食うもの食ってさっさと帰っていった。

 クソが。どいつもこいつもおれをバカにしやがって。



 おれだって正直バカらしいと思う。

 現代から戦国時代にタイムスリップしたからと言って、おれの何かが変わったわけじゃねえ。魔法やパワーを神様から得たわけでもなければ、現代で得た知識を生かす頭の良さもねえ。

 所詮、人間なんざ、生きる場所が変わったとしても、テメエが変わらなければ立場も環境も何も変わりゃしねえ。キモオタはキモオタ、どこに行っても後ろ指を差されるだけだ。

 それどころか、暴力と詐欺の洗礼まで浴びせられる始末。

 そんなおれがあずにゃんという高嶺の花に挑戦するだなんてバカらしい。現代にいたらまずやらなかったことで、戦国時代に来たら挑戦するだなんてどうかしている。

 しかし、約半年間、戦国時代で過ごしてきて、現代との決定的な違いにおれは気づいた。


 底辺野郎でもチャンスはある。


 ある種の構図が完璧に近いぐらい出来てしまっている現代だと、サルが豊臣秀吉になるような、底辺野郎が一挙に成り上がるようなものは夢物語にすぎない。

 ところが、野蛮で無法で人殺しもいとわない戦国時代は、なんでもありのせいで、どんな底辺でも浮かび上がるチャンスはある。

 インチキ太田だってそうだ。ヌエバアさんに聞いたところによれば、あいつはインチキ芸能記者とは別の顔を持っていて、弓の腕前がすこぶるいいらしい。おかげで信長の目に留まったらしく、しょうもねえ足軽から信長の周りを固める直臣の一人に出世したらしい。

「敵の首級の一つぐらい取ってごらんがやあ。ほんだら俸禄なんて五十貫にも百貫にもすぐに上がるがねえ」

 と、ヌエバアは言うわけだ。

 サンクス、ヌエバア。おれを応援してくれるのは今のところ唯一テメーだけだ。

 そしてチャンスは目前にあるってわけだ。

 おれは今川義元が桶狭間で確実に死ぬってことを知っているわけで、何も怖いことなんかねえ。

 義元を自らの手でぶち殺せば俸禄アップは間違いなし。

 そうしたらあずにゃんと身分不相応だなんてないはずなんだ。

 そう、桶狭間はおれの今後を占う大事な一戦。

 今川義元、絶対に殺ってやらあ。


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