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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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尾張はおりゃあの庭みたいなもん(3)

 白黒はっきりせずにはいられんということで、おれは昨晩酒を飲まされたサル殿の家に押しかけた。

 しかし、長屋町のサル殿の家はすっからかんで誰もおらず、それならば、あの眠たそうな行商人の胸ぐら掴みあげてやろうと考え、商店街の例の路地裏に。

 が、いるはずの行商人はそこにはおらず、薄ら寒い風がひゅうひゅうと陰気な路地裏に吹いているだけだった。

 もうその行商人は尾張にはおらんだろうがねえ、というヌエバアの言葉がおれの身を震えさせる。

 くそう。サル殿はどこに行ったんだ。まさかサル殿まで雲隠れってことはねえはずだ。

 途方に暮れながら再び商店街の目抜き通りに出てみると、

「あっ、これは牛殿。昨晩はご苦労様でした」

 と、幸運なことに茂助と出くわした。おれは急激に沸き立った怒りを我慢できずにドカドカと茂助に駆け寄っていき、その薄っぺらい胸を覆っている羽織りの襟を掴み上げた。

「おいっ! 藤吉郎殿はどこだっ!」

「えっえっ。いやっ、カシラなら城に出仕していますよっ。日暮れ頃には帰ってきますよっ」

「チッ」

 おれは茂助の胸ぐらをぶん投げて離し、地べたに放り投げられた茂助はゲホゲホと咳き込んでいる。

「ど、どうしたんですか。そんなに血相変えて」

 いかん、茂助といえども腰には刀をぶら下げている。マタザやゴンロクのようなDQNじゃないけれども、逆上して斬り返されないとも限らん。

 おれはフーッフーッと荒い鼻息をおさえていき、冷静になって疑問をぶつけてみた。

「茂助さん。あっしは藤吉郎殿に騙されたかもしんねえんスけど」

「ええっ? うーん」

 なっ!

 なんだ、この茂助の表情っ!

 視線をちらっとおれから外した今のその表情!

「こ、心当たりあんスかっ! 茂助さんっ!」

「お、俺は何も知らねえですっ!」

 と、茂助はがばりと起き上がり、風のようにしておれの前から逃走していった。

 おのれえ……。

 やっぱり、やっぱりっ、おれは騙されたんだ!

 あのサルっ!

 チックショオオオ!

 信長に訴えてやる!


 怒り任せのダッシュで清洲城に乗り込んできたおれだったが、

「なんだ、呉牛っ!」

 門前までやって来たところ、門番二人がにわかに駆け寄ってきて、槍の柄でおれを堰き止めてくる。

「お主の登城はおやかた様からのお呼びがかかってからと聞いておるぞっ! 我らにはお主を通しても良いというおやかた様の下知は届いておらんぞっ!」

「おやかた様に伝えたいことがあるんスっ! 通してくださいっ!」

「ならんっ!」

 城に入りたいおれと、おれをどうしても入らせんとする二本の槍の柄とで押し相撲。

「おのれっ、この馬鹿力めっ」

 おれをどうにかして押し返そうとする槍の柄だが、おれは両の腕で憤怒と弾き飛ばした。おれに弾き飛ばされた槍の柄もろとも、門番どもは地べたに転がり倒れる。

 フン。呉牛呉牛とバカにしてっけどな、そもそもの体格がテメーら土人とは違うんだ。キモオタデブだけれども、相撲勝負ならそこら辺の奴らには負けねえってんだ。

 ところが、おれに相撲で負けてぶっ倒れた門番の一人が、

「くせ者おっ!」

 と、叫んだ途端、ビュッ、ビュッ、と、空から矢が降ってきて、おれの足元の地面に突き刺さり、おれはびっくりして尻もち。

 ガクブルしながら頭上を見上げてみると、櫓からこちらに向けて弓を引き絞っている奴らの姿が。

 んで、おれが尻もちついて硬直している間にも、門番二人が血相を変えて起き上がり、槍を振りかぶって、

「この気狂いがあっ!」

 ひいいいいっっ! おれの頭から体を槍の柄でバッコンバッコンめった打ち! おれは亀みたいに丸くなってやられっぱなしっ!

「すいません! すいませんッス! 堪忍してくださいっ!」

「このっ! このっ! 図体ばかりのこの気狂いがっ!」

 そして、槍でボコボコにされた挙げ句の果て、草鞋の裏で顔面を思い切り蹴っ飛ばされ、おとといきやがれとばかりに門前から放り投げられた。

 ううっ……。

 ちょちょぎれる涙を拭いながら門のほうをちらっと見上げてみると、門番は槍の先をチャッと下ろしてき、次は刺すぞと言わんばかり。

 おれは城を背にして、泣きながら長屋町への通りを下っていった。

 まるで、あのサルの高笑いがこの背中に浴びせられるような思いだ。

 どうして。どうして。

 あのサルは天下人なんじゃないのか。ものすごく世話焼きのいい人だったじゃないか。なんていうか、サルに騙されたショックが頬を伝うこの涙だ。

 せっかく、天下人と仲良くなれると思ったのに。

 せっかく、友達できると思ったのに。

「うしどのお!」

 顔を上げてみると、遠くのほうで手を振っている、広げ手ぬぐいを頭に巻いているたすき掛けの女の人は、目を細めてよおく見てみると寧々さんだった。

 買い物に行くのか、山菜採りなのか、右手に籠を持っていた寧々さんは、ニコニコ笑顔でおれに駆け寄ってきた。

「体が大っきいからすぐにわかりましたよ。あれ、どうしたんですか、そんなに目を腫らせて。いや、ほっぺたも腫れているじゃないの。どうしたの? まさか、野盗に襲われたのっ?」

「いや、その――」

 おれは溢れ出る涙をこらえられなかった。昨日一回会っただけのおれなんかに明るい声で駆け寄ってきてくれた寧々さんの優しさが、騙されたあとの傷口に染み入ってきて、おれは泣かずにはいられなかった。

「すんません。その――」

「誰にやられたんですっ。私がとっちめてやるわっ。牛殿。どこの誰にやられたんですっ」

「ううっ。藤吉郎殿にぃ……」

「ええっ?」


 寧々さんの家に上げてもらい、おれの傷だらけの顔を寧々さんは優しく濡れた手ぬぐいで拭いていってくれた。

 寧々さんに介抱してもらって、ちょっと、ラッキー……。

 ただ、寧々さんの後ろには聳え立つオバサンが。

 台所と居土間の間に腕組みして突っ立っているオバサンは、眉間に皺を寄せながら延々とおれを眼光鋭く睨んでき、おれが一度も目を合わせられない風格を漂わせている。

「それで、牛殿のこの有り様はどうしたわけです」

 おれは昨日から今日にかけて起こった出来事を正直に話した。うんうん、と、優しく相槌をついてくれる寧々さんに泣きつくようにして話した。

 それで、すべて話し終えたあと、第一声を放ったのは仁王立ちのオバサンだった。

「藤吉郎めっ!」

 オバサンの金切り声に、寧々さんは渋い顔でオバサンをちらっと見やった。

「寧々っ! だから言うたでしょうにっ! あんな下郎なんかと関わっちゃいかんとな!」

「母さん。今は私は関係ありませんでしょう。藤吉郎殿に悪さをされたのはこちらの牛殿ですよ」

「同じことでしょうにっ。そんだら悪党と関わっちゃろくなことはないってことがわかったでしょうにっ」

「そんなこと、前からわかっておりますよ」

 寧々さんはため息をつきながら、桶の上で手ぬぐいをぎゅうっと絞る。

「とにかく、あたしゃ、お前と藤吉郎の間なんか許さないかんねっ!」

 オバサンはさんざん騒いだあとに台所に消えていき、ピシャッと戸の閉まる音もしたので、裏庭にでも出ていってくれたらしい。

 おれはホッとため息をつく。あのオバサンの狂気じみた顔ったらこの世のもんとは思えん。まったく。寧々さんのお母さんだなんて信じられない鬼女ぶりだ。

 しかし、藤吉郎と寧々の間は許さないって、やっぱり、寧々さんはあのサルと付き合ってんのかな。

 ハア……。

「まあ、とにかく」

 と、寧々さんは桶を持って腰を上げた。

「今晩、藤吉郎殿のお宅に行って、牛殿の蛭藻を取り返しましょう。でも、言うたでしょうに。藤吉郎殿に隙を見せたらいけませんて」

「だって、あっし、そんなもんの価値なんて」

 台所の間口まで行って、ハア、と、ため息をついた寧々さん。足を止めておれを眺めてくる。

「牛殿。そんなんじゃ、この乱世は生きていけませんよ」

 ぐ……。

「あと、梓様はあきらめなさい。身分から何からして、牛殿には太刀打ちできる娘様じゃありませんよ」

 ううっ……。なんて辛辣……。

 でも、でも、優しい寧々さんのこの辛辣な言葉こそが現実なんだろうか……。



「そんなの知らんだぎゃっ!」

 寧々さんと一緒にサルの家に押しかけたのだが、寧々さんの怒り口調の説明を受けたあと、サルは開口一番、そう叫んだ。

「おりゃあは牛殿をそんな訳のわからん行商人のところになんか連れて行ってねえだぎゃっ! だいたい、十五文の反物を蛭藻三枚と取り替えさせたなんていう滅茶苦茶なことを、この、織田上総介様が台所奉行の木下藤吉郎がするわけねえだぎゃあろっ!」

 サルの正体を目の当たりにして、おれは唖然とした。

 とんでもねえ。こいつはとんでもねえ。絶対にこれは詐欺師の弁明だ。あったことをそっくりそのままなかったことにしちゃうだなんてまさしく詐欺師だ。

「嘘おっしゃいっ! ならば、どうして牛殿はこんなに必死なんですかっ! あったことだからでしょうっ! お持ちなんでしょう、蛭藻をっ。さあ、早くお返しなさいっ!」

 彼氏のサルよりおれを信用してくれる寧々さんっていい人なんだな。

 でも、サルはぷいっとそっぽを向いてしまう。

「何を言っているのかよくわからんだぎゃ。だいたい、証拠がにゃあだぎゃ。おりゃあが蛭藻をくすねたっちゅうところを見た野郎がいるんかえ」

「牛殿がおるじゃありませんか!」

「おみゃあ……、開いた口が塞がらんとはこのことだがや。法螺吹き話でおやかた様に召し抱えれた御仁の話をおみゃあは間に受けているんかえ?」

 とんでもねえ、この詐欺師……。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

「でも、牛殿はかような妄言を吐くような御仁じゃありませんよ」

「いや、おりゃあもそう思うだぎゃ。そう思いたいだぎゃ。うん。おりゃあは牛殿と仲良くしたいだぎゃ。でも、そんなこと言われたらおりゃあも頭がおかしくなっちまうだぎゃ」

「もういいッス」

 おれはあきらめた。証人がいないというのは間違いない話だ。信長に訴えたところで何も始まらない。おれが無知でバカだったってだけだ。それで終わりだ。クソッ。

「そんな、牛殿。蛭藻三枚と言ったらこの先お目にかかれない代物のはずですよ。ましてやおやかた様から頂戴したものではないの」

「いいッス。ただ、藤吉郎殿、これだけは約束してくださいよ」

「約束? なんだぎゃ」

 おれはしらばっくれぱなしのサルをじいっと見つめた。

 サルは口笛でも吹きかねない顔つきであり、まったくの詐欺師ヅラである。

 おれは怒りを押し殺しながら言った。

「騙し取られたヒルモと引き換えに、藤吉郎殿が天下を取ったとき、あっしを家来の中で一番の金持ちにさせてくださいよ」

「にゃっ?」

「えっ?」

 サルも寧々さんも目を丸くして固まっている。口をぽかんと開けておれを眺めてくる。

「もしも、一番の金持ちにさせてくれなかったら、そんときは大勢の家来の前で、ヒルモ三枚をだまし取られたことを大声で言って恥をかかせてやる」

「何を言っているんですか、牛殿」

 寧々さんはものすっごく呆れた顔、半ば怒りぎみの声だったけれども、サルは唐突ににゃっはっはと笑い出した。

「さすが牛殿! おやかた様がお気に召されるわけだぎゃ! にゃっはっはっは!」

「約束ですよ! 藤吉郎殿!」

「あいあいわかっただぎゃ! そんぐらいでおりゃあの疑惑が晴れるんなら、一番家来にしてやるだぎゃっ! にゃーっはっはっ!」

「馬鹿馬鹿しい」

 と、寧々さんはおかんむりになって帰ってしまった。

 おれも胸糞悪すぎて踵を返す。

 すると、おれの背中にサルは声を浴びせてきた。

「そんぐれえの器があるんなら、おみゃあの好きなおにゃの子も振り向いてくれるだぎゃあな」

「うるせえ黙れこのクソザル」

「にゃーはっはっはっ!」

 フン。今に見てろ、クソザルめ。お前が天下統一したときにはたかりにたかってテメーの財産根こそぎ奪い取ってやる。


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