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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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尾張はおりゃあの庭みたいなもん(2)

 サル殿の知り合いの呉服屋のところに行くってことで、長屋町から店が並ぶ一角へと歩いて行った。

「でも、藤吉郎殿。そんな薄っぺらい小判ぐらいで何が買えるって言うんですか」

 乗り気でないおれがたずねると、サル殿はぴたりと足を止め、おれに振り返ってきてしばらく無言だった。

「な、何か」

「いんや」

 と、サル殿は再び歩き出す。

「大丈夫だぎゃあって。おりゃあの知り合いだから安く買えるって」

「ああ、そうスか。そうッスよね。で、あの、一応それってあっしのものなんで、返してもらえないッスかね」

「にゃっ? にゃっはっは、そうだったぎゃ、そうだったぎゃ、ついうっかりおりゃあのものみてえに扱っていただぎゃ、にゃっはっは」

 で、小判を無事に返してもらい、商店街へ。

 タイムスリップ初日の信長やクローザに連行されたときも、この商店街を通ったけれども、あのときは余裕がなくて、どんな店があるんだかまったく覚えていなかった。

 食器屋とか服屋とか油屋とかなんかいろいろある。屋敷町や長屋町の奉公人だか奥様連中だかが軒先を覗いていたり、丁稚奉公みたいなガキが駆けずり回っていたり、わりと賑やかである。

 そんな通りをサル殿はすたすたと行き、もう三軒ぐらいの呉服屋っぽい店の前を通り過ぎていき、くるりと路地裏に入った。

 で、その、屋根と屋根とがひしめき合って傘になっている路地裏の一角に、何やら怪しい野郎がひっそりと反物を地面に並べていたのだった。

「にゃあ。おみゃあ、お客様だぎゃ。お客様連れてきてやっただぎゃ」

 サル殿が声をかけると、うつ病なんじゃねえかってぐらいがっくりと頭を垂らしていたそいつは、ふいと顔を上げ、「あっ、これは木下の旦那」などと言ってペコリと頭を下げた。

「おみゃあ、この御仁のためのええ生地はにゃあかえ」

「はあ」

 なんて、陰気臭いそいつは、眠たそうに落ち窪んだ瞼をおれに持ち上げてくる。

 おい……、大丈夫なのかよ……。

「はあ、これなんかよろしいんじゃないんですか。あとこれは帯にどうですかね。まあこの木綿は産地が不明であんまり――」

「なるほどだぎゃあっ! これは上等の代物だぎゃあぞっ! おみゃあ、こりゃ、明国の絹だぎゃあろ?」

「いや、旦那、絹のわけ――」

「やっぱりだぎゃっ! この片田舎の清洲じゃ絹なんかなかなか手に入らん代物だぎゃあぞおっ。牛殿、これさえ着ればどんな女でもいちころだぎゃあ。ほれ、この絹の触り心地」

 と、サル殿は手に取った深い青の反物をおれに差し出してきたんだけど、うーん、よくわからん。

 しかし、サル殿は反物に頬ずりしながら言う。

「いやー、どうせならおりゃあが欲しいところだけんどにゃあ。まっ、牛殿、織田の将たる者、絹の小袖の一枚か二枚ぐらいは持っておかなければならんだぎゃあぞ」

「あ、はい」

「んで、おい、こりゃいくらなんだぎゃ」

「え、えーと、そりゃ十五文――」

 すると、サル殿は「にゃあっ!」と奇声を上げながら飛び上がり、血相を変えて商売人に詰め寄った。

「十五文っ? おみゃあっ、そりゃ吹っかけてんだぎゃあろっ!」

「そっ、そんなっ、十五文を吹っかけてるだなんて、そりゃ、旦那、あんまりですよお」

「なにをこの。おみゃあ、もうちっとまけろだがや。いくら上等の絹でも、十五文はあんまりだぎゃあろ」

「いやっ、何を言っているんですか、旦那、さっきからわけの――」

「蛭藻三枚にまけろだぎゃ!」

「へっ?」

 すると、サル殿はまた例の泥棒の手つきでささっとおれの袖の下に手を伸ばしてき、小判三枚をスリ取ると、

「ほれっ、これにまけろだぎゃ。ええだぎゃあろ。十五文なんてあこぎな真似するなだぎゃ。ほれ、これは持っていくだぎゃあぞ。牛殿、行きましょうぎゃあ」

「え、いや、え」

「いんやあ、絹の染織が蛭藻三枚とは安かっただぎゃあ。良かっただぎゃあな、牛殿。ほい、これは牛殿のもんだがや。帰って、下女に裁縫してもらうんだぎゃあね」

「え、でも」

 と、おれはサル殿に背中を押されながらも、ちらちら後ろを振り返り、小判三枚を呆然と眺めている商売人が気にかかる。

「え、なんか、いいんスか、あれっぽちで。なんかずいぶん強引だったような。ほら、あの人もなんか」

「ええんだぎゃええんだぎゃ。きゃつは裏の取引であこぎな真似をしているから、たまには買い叩かれてもええんだぎゃ」

「はあ」

 で、路地裏から目抜き通りに出てくると、ちょうど、百姓だか武将だかわからない汚い連中十人ばかしが茂助と一緒にやって来て、サル殿が「にゃあ、おみゃあら」と言って、手を掲げた。

「どうしたんだぎゃ、木下組が勢揃いしちまって」

「カシラが牛殿を連れているって茂助さんに聞いたんで、んじゃ、牛殿の歓待でもしようかと思って探していたんです」

「ほうかえっ。さっすが気の利く連中だぎゃっ」

「酒も用意しているんで、牛殿、是非」

「え、いや、あっしは酒は飲めなくて――」

「いいでにゃあかいいでにゃあか、ほんじゃ、おりゃあの家にでも行くかえ。ほれっ、牛殿」

「え、いや」

 そうして木下組の汚い十人にすっかり取り囲まれて、半ば強引に連れて行かれてしまう。

 まあ、いいか、たまには。天下人にはゴマ擦っておかないとな。

「あっ。そういや、あいつには悪いことしちまったぎゃ。ちょっと謝ってくるから、牛殿、先にこいつらと行っといてくれだぎゃ」



 うえーっ、気っ持ち悪い。マジで百姓足軽ども酒を飲ませすぎだろー。

 ハー、ようやく我がボロ家に着いたー。うわー、これこそ足が千鳥足だぜー。

「うぃ~っす、バアさんただいまー。あー、水くれー。水くれー」

 おれは玄関入ったとたんに居土間にバタンキュー。あーっ、気っ持ち悪い。

「なんだあ、旦那様ぁ、酒でも、飲んできたんかえぇ?」

「ほーうだよ。だーかーら、水もってこんかいー」

「ん? これはどうしたんがねえ」

「え? それ? それは、あのー、反物よ。あー、バアさん、それ仕立てといてな。おれの着物にすっから。しといてね」

「どうしたんがね。もらってきたんかえ」

「あー、聞いて驚くなよー。それはなー、あのなー、ここら辺じゃそうそう手に入らない、絹の染織物よ! フヒヒ。あのなー、小判たった三枚で買えたんだぜー」

「絹? なあにを言っているんがね、この旦那様はぁ。木綿じゃないかえぇ」

「はあ? 何を言ってんだ? 絹じゃないかー」

「どう見たって木綿がねえ。ほんでぇ、小判三枚ってなんのことがねえ」

「……」

「買ったんかえぇ?」

「あ、うん。あのー、十五文のところを、その、小判三枚にまけてもらってさ」

「何を言っているんがねえ。十五文から、小判三枚に、どうしてまけられるんがねえ。そもそも小判てなんがねえ」

「いや……、その……、じ、実は、お、おやかた様にヒルモを三枚貰って」

「蛭藻おっ? なんがねえぇ、それはあぁ。旦那様あ、蛭藻三枚をこんだら木綿と交換してきたんかえぇ?」

「あ、いや、その……」

「あんた様、騙されているがねえ」

 ……。

 おれは否応がなしに酔いから覚めていった。



 二日酔いで頭が痛いが、おれは必死こいて考えた。

 おれを騙したのはどいつかってことだ。

 その前に、おれが信長からもらった金色の小判は金塊を薄く打ちのばして作られたものらしく、水草の蛭藻ってのに似ているからヒルモって呼ばれているらしい。

 京都や博多の商人が流通させているらしいが、尾張みたいな片田舎ではなかなかお目にかかれない代物だそうで、つまり、大名信長だからこそ所有できている代物。

「旦那様がぁ、おやかた様に、お気に召されたから、頂戴できたんがねぇ」

 ヌエバアは骨と皮だけのしわくちゃ顔で呆れ顔。

「旦那様はぁ、ほーんと、なーんも知らんのねえ」

 ぐぬぬ……。

 しかも、こんな片田舎じゃヒルモなんか流通していないからその価値は計り知れない。おそらくは、米十年~十五年分じゃないかとヌエバアは言うわけだ。

 そうすると、あのヒルモ一枚で、おれの一年分の年収だったというわけで……、

 単純計算、ヒルモ一枚=米十年分=十貫文=一万文。

 そんなヒルモを、おれは十五文の反物と交換してしまったわけだ。

 しかも、絹なんかじゃねえ、ただの木綿!

「この反物、織り方が荒いがね。どこの素人が織ったんやろねえ」

 憤怒ううううううううぅぅぅっ。

 気持ち悪くなってきた。マジで気持ち悪くなってきた。二日酔いがさらに加速させて気持ち悪くなってきた。

 どういうことだ。

 あのとき、あの、路地裏の怪しい商人は「え、えーと、そりゃ十五文――」と、確かに言ったわけで、



 十五文っ? おみゃあっ、そりゃ吹っかけてんだぎゃあろっ。

 蛭藻三枚にまけろだぎゃ!

 ほれっ、これにまけろだぎゃ。ええだぎゃあろ。十五文なんてあこぎな真似するなだぎゃ。

 いんやあ、絹の染織が蛭藻三枚とは安かっただぎゃあ。良かっただぎゃあな、牛殿。



 サル殿が半ば強引に、あの眠たそうな商人に蛭藻三枚を押し付けたのだ。

「あ、あの、バアさん。あの、木下藤吉郎さんは蛭藻の価値を知らなかったってことはないよね。アハハ……」

「藤吉郎さんがね? んな訳ねえがやぁ。藤吉郎さんは清洲のお城の台所奉行もしているがやぁ。そんな御仁が、カネの価値がわからないわけねえがねえ」

 マジで吐きそう……。

 しかも、よおく思い出してみれば、おれが木下組の百姓足軽どもに取り囲まれたあと、



 あっ。そういや、あいつには悪いことしちまったぎゃ。ちょっと謝ってくるから、牛殿、先にこいつらと行っといてくれだぎゃ。



 と、小走りに路地裏に戻っていたわけで、まさか、あの商人から蛭藻をふんだくっていたんじゃ。



 おりゃあのおかげでぼったくれただぎゃあろ。ほんだら、その二枚はおりゃあに寄越せだぎゃ。あとの一枚はおみゃあにくれてやるだぎゃ。



 とかなんとか言って。

 じゃあ、なぜ、サル殿はそんなデタラメ換算方法でおれからぼったくろうとしたのだ。

 おれが蛭藻の価値を知らないとわかればこそ成立できる詐欺だ。

 いや、二日酔いが厳しい頭でよくよく思い出してみれば、おれはうっかり言っていたような気がする。こんな薄っぺらい小判ぐらいで何が買えるんだ、と。

 そんなおれの無知な言葉を受け、サル殿は一瞬でこの詐欺を思いついたんじゃ。



 にゃっはー。この鈍牛、蛭藻の価値も知らにゃあうつけだがやー。ほんだら、おりゃあの知り合いのきゃつのところで騙し取ってやるだがやー。にゃーはっはっはー。



 そもそも、サル殿は、おれが信長から蛭藻三枚を頂戴したことを知っていた。んでもって、なぜか袖の下に隠していることまで知っていた。さらにおれの家に急に来たのは、おれからどうにかして蛭藻三枚を泥棒しようと企んでのことなのか。まさか、それは詐欺師の嗅覚なのか。てか、サル殿は詐欺師なのか。あの御方は天下人なんじゃねえのか。

「ば、バアさん。藤吉郎殿は、その、詐欺師か?」

「んなわけあんめえ。藤吉郎さんは苦労人のええ人がね。きっと、藤吉郎さんも旦那様もその行商人に騙されたんがね」

「そ、そうだよね。アハハ……。そうだよね」

 そうだ、きっとそうだ。あの御方は天下人なんだ。めっちゃいい人だったもん。おれを皆に紹介してくれて、めっちゃいい人だったもん。

 でも、どう考えてもサル殿に騙されたような気がしてならねえ……。

 それに一つ、引っかかる言葉が。



 牛殿。この人はいい顔ばっかしてますけど、隙を見せればすぐに人を騙しますからね。気をつけてくださいね。





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