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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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尾張はおりゃあの庭みたいなもん(1)

 たずね人は向こうからやって来たという具合だ。

 将来の豊臣秀吉がこんなにもペコペコしておれに擦り寄ってくるなんて、ラッキーとしか言いようがねえ。

 プププッ。約束されているんだなあ、やっぱり。

 天下人秀吉と仲良くなれば、生涯安泰、ジジイになってもおにゃの子のおすそ分け。信長なんざ本能寺の変で死んじまうんだから、あんなDQNの親分におもねる必要なんてないわけだ。軍師なんざどうでもいいってことだ。秀吉と仲良くなっておけばAlright!

「尾張はおりゃあの庭みたいなもんだぎゃ。おみゃあ様みてえにおやかた様にひょいっと召し抱えられた御仁ってのは妬みやっかみされがちだぎゃあけども、おりゃあにかかれば明日には知り合い百人と小牧山で握り飯だがや」

 豊臣秀吉こと木下藤吉郎サンはおれの半分ぐらいしかないチビだけれども、声は大きく、表情は快活、短い足を活発に鳴らして、さすがは将来の天下人だ、オーラが違うぜ。

「フヒヒ。そうッスね。さすが藤吉郎殿ッス。あっしも最初見た時からそこら辺の輩とはちょっと違うなって思ったんスよ」

「ほうかえほうかえ。おりゃあも噂にはかねがね聞いていたけども、おみゃあ様を一目見たら、この御仁はやっぱり違うにゃあって思ったがや」

「フヒヒ。おみゃあ様なんて滅相もない。牛でいいッスよ、牛で。フヒヒ」

「ほうかえほうかえ。ほんだら、牛殿、おりゃあのこともサル殿でいいだぎゃ」

「いやいやいやいや、そんな恐れ多くて。フヒヒ」

「あっ。こりゃ、茂助。茂助でにゃあか」

 と、サル殿は通りすがりの貧相な奴を見かけた途端、タタタッ、と、駆け寄っていき、なまくら刀を腰に差している茂助とかいう野郎の腕を取ってこちらに引っ張ってきた。

「おみゃあ、知ってるかえ。こちらが牛殿だぎゃ。知ってるかえ」

「あの、おやかた様に拾われたとかいう野良牛――」

「うつけかえっ!」

 猿みたいに軽快にジャンプしたサル殿は、右手でバチンッと茂助の頭を引っぱたき、

「どの口がほざいているんだぎゃ! おみゃあこそおりゃあがいなかったら浪人風情だったやろうぎゃあっ! おみゃあはうつけかえうつけかえうつけかえっ」

 と、茂助の首をアームロック、右拳でごりごりと茂助の頭をこねくり回し、茂助は

「す、すいやせん」

 と、情っさけない声。

 プーックスクス。さすがはサル殿だぜ。おれを野良牛呼ばわりするバカは天下人のサル殿がやっちゃうよ!

「おみゃあはうつけのくせに果報者だぎゃあな! 牛殿は大らかな御仁だぎゃ、許してくれるってことだぎゃ! これからはおみゃあも牛殿に良くしてもらうんだぎゃあな!」

「は、はいぃ」

「ほんだらことで、牛殿、こやつは堀尾茂助ってモンだぎゃ。これを機会に仲良くしてやってくれだぎゃ」

「は、はい。フヒヒ。あ、どうも、堀尾さん。よろしくッス」

「こちらこそ」

「あっ。ちっと茂助、来いだぎゃ。この前の寄り合いのことなんだぎゃあけども――」

 と、サル殿は茂助の肩を抱いて連れて行き、なにやらひそひそ話。ふむ。サル殿は天下人が約束された人だから、密談も多々あるんだろう。

「――ってことで、よろしくだぎゃ」

「はい。わかりました」

 サル殿から解放された茂助がおれに向けてぺこっと頭を下げたあと走って消えて行き、

「にゃあにゃあ牛殿すまにゃあ。近頃寄り合いが多くて忙しいんだぎゃあです」

「いやいやあっしなんか気にしないでくださいッス」

「ほんだら行こうだぎゃあ」

 てくてくと歩き始めたサル殿のあとをおれは付いていく。

 清洲の城下を行くサル殿は、すれ違う人、行き交う人、突っ立っている人たちに、次々に、

「にゃあ、今日はええ天気だぎゃあね。あ、こっちの人は牛殿だぎゃ」

 とか、

「にゃあにゃあ、姉ちゃんは元気かえ。あ、こっちの人は牛殿だぎゃ」

 とか、

「この前くれた豆うまかったがや。母ちゃんによろしく言っておいてくれだぎゃ。あ、こっちの人は牛殿だぎゃ」

 と、声をかけていき、顔がえらい広いようだ。さすがサル殿。将来の天下人はやっぱり気遣いも細やかだ。

 で、マッチ箱みたいな家が軒並み続く長屋町にやってくると、ボロ屋の戸を一軒一軒開けていき、

「サルですだぎゃあ!」

 と、居土間の向こうの台所のほうに大きい声を投げて、そこからオバサンや子供が出てくると、

「こちらは今度その先に住まうことになった牛殿だぎゃ。清洲はあんまり馴染みがにゃあみてえだから仲良くしてやってくれだぎゃ」

 と、おれをいちいち紹介したあと、隣の家へ、また隣の家へと、まるで選挙運動よろしくおれもぺこぺこと頭を下げていき、中には山から採ってきたとかいう山菜をくれるバアさんも。

「いやあ、藤吉郎さん、さすがッスねえ。フヒヒ。もうめちゃめちゃ顔が広いじゃないッスかあ」

「だから、おりゃあの庭みたいなもんですだぎゃあ」

 ところが、そう言いつつ、サル殿はとある一軒の家を通り越してしまった。

「あれ、ここは行かないんスか」

「そこはええだぎゃ」

 しかし、素っ気なく通り越したちょうどそのとき、その家の戸がガラッと開いた。

 開けた戸の隙間から顔を出してきたのはおにゃの子。というより、おれやサル殿よりも二歳か三歳程度若いだけの女の人。耳たぶぐらいまでのふわふわヘアーが少々茶色がかったその人は、唇をムスッと結んでいたので、最初おれの目にはちょっとだけ可愛い程度の女の人だったんだけど、よおく見てみりゃ結構可愛い。着物をたすき掛けの腕まくりの素朴さ、くりんとした瞳の愛らしさ、尻上がりの眉の勝ち気さ、それらが程よく混じり合っての、「清洲の長屋の女」って感じ。

「何をやっているのですか、さきほどから。お前様のうるさい声はちゃんと聞こえてきていますよ」

「な、なんでもにゃあだぎゃ。牛殿。この女には関わっちゃいかんだがや。行くだぎゃ」

「清洲のことを知らない牛殿のような人をつらまえて。また何か変なことを企んでいるんでしょう。牛殿、こんな人の口車に乗せられてはいけませんよ」

 む……。

 この女の人、可愛いし、真面目そうだし、どうも言っていることが嘘のように聞こえん。でも、サル殿は天下人だから。

 てか、

「あ、あの、どっかでお会いしましたっけ。どして、あっしのこと知っているんスか」

 すると、女の人はムスッとさせていた唇を途端に和らげ、にっこりとおれに笑ってきた。

「牛殿のところに奉公しているヌエさんが、昨日、私のところにやって来たんですよ。ふんどしがないからって」

「あっ。じゃ、じゃあ、杉原さんってのは、あ、あなたなんスか」

「ええ。私は杉原助左衛門の娘の寧々と申します。また困ったことがありましたらヌエさんに頼んでくださいね」

「あっ、はっ、はいっ」

 か、可愛い……。

 お屋敷娘のあずにゃんやロリ天使のまつにゃんとはまた違った可愛さ。どちらかと言えば吉乃サンに近い雰囲気だけど、ドエライべっぴんの吉乃サンとは違って、こちらの寧々さんはこのとっつきやすさが、なんだか、うーん、胸あったまるわあ。

 ん、てか、寧々って――。

「牛殿、牛殿、もうええだぎゃ」

 と、おれと寧々さんが喋っている間、ずっと、おれの袖をぐいぐいと引いていたサル殿。

「こんな女に構っている暇なんかないだがや。早く行こうだぎゃ」

「牛殿。この人はいい顔ばっかしてますけど、隙を見せればすぐに人を騙しますからね。気をつけてくださいね」

「おみゃあは黙っとりゃれえっ! すっこんでおりゃれえっ、たあけえっ!」

 途端、寧々さんは戸をピシャッと閉めて、「早く行くだぎゃ」と、袖を引いてサル殿はおれを急かしてくる。

「いや、でも、いい人そうじゃないッスか」

「牛殿、きゃつはこの長屋町一番の嘘つき女だぎゃ。世話になっちゃいかんだぎゃあね。あと、あいつの母ちゃん、えらい怖いんだぎゃ。関わっちゃいかんだぎゃあ」

 そう言って、隣の家も通りすぎてしまい、サル殿はそそくさとこの周辺から脱出しようとする。

 でも、寧々さんって、サル殿の奥さんになる人じゃないのかなあ。

 あんな可愛い人がこんな禿げチビの奥さんになるだなんてやるせないけど、チッ、天下人だもんな。

 可愛いおにゃの子はすでに有名人がお手つき。

 でも、そうすると、あんなに可愛いあずにゃんは……。

 ゴンロクが手に負えないとかなんとかホザイていたけど、あの口ぶりからすると、あずにゃんは相手がいないってことだよな、うん。

「あのう、藤吉郎さん」

「なんですだぎゃ」

「あのう、ゴンロクさんっているじゃないッスか、もうちっとあっちのほうに行ったところに住んでいる柴田ゴンロクさん」

「にゃあ、柴田様かえ。いんにゃあ、さすがに柴田様のところには挨拶なんか行けにゃあだぎゃ。この木下藤吉郎、顔は広いって言っても、柴田様の屋敷に上がり込めるほどの身分じゃにゃあだぎゃ」

「いや、まあ、そこらへんはなんとなくわかるんスけど、あの、あっしが訊きたいのは、あのう、妹さん? 梓さん?」

「にゃっ。梓様がどうかしたんかえ」

「あのう、実はあっし、こんなことを言うのもなんスけど――」

 おれはもじもじしつつも、サル殿には打ち明けようと思った。なぜなら、サル殿は天下人が約束された御方である。なおかつ、おれを町の人たちに紹介してくれるという世話好きでもある。ならば、今のうちにあずにゃんを嫁にしたいって言っておけば、のちのち、天下人の計らいでなんとかしてくれるんじゃ。

「あのう、梓さんに一目惚れしちゃって」

「にゃあっ! あ、あ、梓様にっ! お、おみゃあ、それは……」

「えっ、なんスか。まさか、藤吉郎殿も梓さんのことが……」

「いやっ、んなわきゃにゃあだぎゃっ、清洲の鬼あずさ――、い、いやいや、た、たしかに、う、うん、び、美人だぎゃあけども、お、おりゃあはあんまり、その、ああいう娘様は好みじゃにゃあんだがや。う、うん。で、でも、美人だぎゃ。おりゃあもそう思うだぎゃ」

 サル殿のうろたえようにおれの気持ちは萎えてしまう。やっぱりあれか、背後にはゴンロクがいるから、さすがのサル殿でも無理か。

 ハア、と、思わずため息。

「いんや、でも、まあにゃ、うん、惚れちまったもんは仕方にゃあだがや」

「いや、すんませんッス。やっぱ無理ッスよねえ」

「いんや、まあ、うーん」

 ぽりぽりと禿げ頭をかくサル殿は、うーん、うーん、と唸りながら、やっぱりいい人じゃん。おれの無理無謀な恋を一生懸命悩んでくれるなんて。

「うーん。まあ、でも、世の中何があるかわかりゃねえしにゃあ。うーん」

「いや、もういいッスよ。あっしなんて」

「あっ。そうだがやっ。あっちがおみゃあを好いてくれればええんだがやっ。そうだがや。いや、兄様が柴田様でも大丈夫だぎゃ。梓様は鬼――、あっ、いんやっ、結構な、柴田様は梓様の言い分に聞く耳を持つそうみてえだぎゃあし。そうだぎゃ。おみゃあを好いてくれりゃいいんだぎゃ」

「そんなあ、あんな綺麗な人があっしなんかを」

「そんだらことはにゃあって。おみゃあ様は巨漢だし、腕っ節も良さそうだし、ただにゃあ、この、着ているモンが見すぼらしいからにゃあ――」

 そう言われて、おれは帯で留めている羽織一枚を眺め下ろす。確かに。クソマタザが適当に見繕ってきたパッツンパッツン着物じゃ、あずにゃんが振り向いてくれるはずがねえ。

「あと、あれだがや、やっぱり男ってのは武者構えだぎゃあし。おみゃあ様はそれなりの具足でも持っているんかえ」

「えっ? いやっ、そんなもんは」

「そうだろうと思ったぎゃ。おみゃあ様は裸一貫だったって話を聞いていたし。うーん。あっ、そうだぎゃ、ほんだら、おりゃあの知り合いの呉服屋に相談してみるかえ。だーいじょうぶだぎゃ。おりゃあの顔で安くしてくれるだぎゃ」

「えっ、でも、あっし、給料が十貫ぽっちで、ヌエバアさんが十貫ぽっちじゃこれから先、家来も雇えないから貯めなくちゃダメだって、どっかに隠しちゃったんス」

「いんや、おみゃあ様、聞いた話によると、おやかた様から蛭藻を頂戴したんだぎゃあろ?」

「ヒルモ? え、なんスか、それ」

 すると、サル殿は急にささっとおれの羽織りの袖に手を伸ばしてきて、ヌエバアさんに見つからないよう肌身離さず持ち歩いていた小判三枚を袖の中からひったくった。

 な、なんだ、今のサル殿のスリ常習犯の動きは。

「これがあれば上等の服を買えるだぎゃあろ」

 と、サル殿は三枚の小判をおれに見せてきて、おれは眉をひそめる。なんなんだよ、おれのカネを勝手に。今の泥棒の手つきだったじゃねえか。

 ……。

 ま、まあ、天下人だから、う、うん。


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