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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七章 新たなる舞台
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鉄砲、求める

 しかし、まてよ、と。

 好事魔多しとよく言うものである。

 カネに目がくらんでノコノコと堺に乗り込むのも考えものである。

 なにせ、この戦国トンデモ時代にあって、武力に頼らずに――、カネに物を言わせて商人だけで自治支配している集団である。

 銭が絡めば一癖も二癖もある連中に違いない。

 うっかり足を踏み入れて銭闘にでも巻き込まれてみろ、信長にボコられるだけじゃ済まなくなってしまう。

 数々の詐欺師に騙されてきたおれだ、それなりにきな臭さを嗅ぎつけるだけの能力は備えたつもりである。

 ということで、吉田さゆりん早之介を呼んだ。

 太郎と一緒に上洛してきたさゆりんは、岐阜の寄進札事業を成功させ、儲けの百五十貫文分の金判をこっそり運んできてくれた、頼もしきゼニゲバ参謀である。

「どうされましたか」

 部屋に入ってきたさゆりんに近くに寄ってくるよう手招きする。

「なんや」

 と、さゆりんは眉をしかめ、おれに痴漢されるとでも思ったらしいが、新しい銭儲けの話が舞い込んできたのだと言うと、訝しがりながらもおれの前に腰を下ろしてくる。

 おれは膝を進み出し、さゆりんの小さな耳にあらましを伝えた。

「ほんで、なんなん」

 と、意外にもあまり興味を示してこない。

「会合衆は信長に二万貫を催促されているんだぞ。あわよくば上前をハネられるかもしれねえだろ」

「やめとき」

 さゆりんは突き刺すような視線を送ってくるのだった。

「そんなん、あんたのやることちゃうで。寄進札で儲けたからって調子に乗っているんか? あんたは上総介にとやかく物申せるほうやないやろが。逆に会合衆にうまいよう使われて、最後には放り捨てられるだけやで」

「そこをお前がなんとかしろよ」

「なんとかってなんや」

「やるかやらないかを決めるには早いだろ。おれが出張ったら話が前のめりになっちまうかもしれねえけど、とりあえずお前を挟むことで、やばくなったら手を引けるだろ」

「上前なんかハネられるわけないやろが」

「言葉のあやだ。恩を着せとけばあとで何かあったとき利用できるかもしれねえ。とにかく堺に行って話だけでも聞いてこい」

 さゆりんはしぶしぶうなずくが、腰を上げると、捨てぜりふを吐いていった。

「言っておくけどな、調子に乗ったらあかんで。あんたはまず武士なんやからな。小銭を稼ぐぐらいなら手伝ってやっても構わんけど、くれぐれも立場はわきまえとき」

 ゼニゲバのくせにどのツラ下げて文句を垂らしているのだろうか。

 小娘め。忍び上がりだから、せこい真似しかできねえだけだ。

 翌朝、いつも通りに土方工事の現場監督として二条御所に向かう。沓掛勢は穴掘り作業である。

「父上。早之介の姿が見当たりませんが何かご存じですか」

 太郎の目ざとさはおれの想定内である。摂津池田に用があって向かわせたと作り話を用意していた。

「そんなことより」

 と、おれはすぐに話を変えた。

「なんだか沓掛の人間に見慣れない奴が結構いるんだが、総勢何人になっているんだ」

「九之坪で召抱えた者と合わせて二百五十です」

「ふーん」

 おれと太郎は穴掘り作業に鍬を振るう足軽どもを眺めていく。ハンザがやけに張り切っており、縄張り図を片手に沓掛勢の持ち場を終始往来して目を光らせている。

 奴がほとんどを取り仕切っているので、おれどころか太郎すらも大してやることがない。

「半左衛門は長いこと雑役の経験があるからか、こういうことには精通しているようです」

「ふーん」

 去年の年末、沓掛や九之坪を行き来していた太郎とハンザは、新たな足軽兵卒を探し回って引き入れていくかたわらで、九之坪の田畑の実高を検地していたらしい。

 信長から与えられた禄高というのは九之坪五百貫文だが、実際のところ、年貢をごまかしていた名主が結構いたそうで、調査して判明した実高は五百五十貫文だったそうだ。

「ですが、搾り取るだけでは反感も買ってしまうかもしれないので、丹羽様には余っている土地を百姓たちに開発させるよう言われております」

「ああそう」

「空いている時間があれば、兵卒たちを駆り出して進めたいのですが、まあ、それには父上の了承がなければと」

「いや、べつにそういうのは勝手にやれよ。増える分には文句は言わねえよ。ただ、調子に乗ったらいけないからな。おれたちはまず武士なんだから。土木仕事ばかりやって、訓練がおろそかになっちゃ本末転倒だからな」

「はい」

「まあ、ゴロザ殿にいろいろと指南してもらえ。あの人は沓掛の実高を上げたからな。ハンザと二人でやっていれば負担も半分だしな」

「かしこまりました。ありがとうございます」

 お父さんを振る舞ったあとはそれとなく太郎から離れていき、現場から逃走し、近くの蛸薬師に向かう。

 先日、寄進札の儲けで絹の織物を買ってやったので、それに恩を着せて茶屋彦左衛門邸はおれの最適の隠れ家となっている。

 それにしたって、九之坪百姓の脱税を見抜くとは、おれの財布にとやかく口出しするケチな野郎だけある。

 もっとも、その分のカネがおれの懐に入ってくるわけでもないので、好き勝手にやってどうぞというところだ。

 茶屋邸にやって来、勝手に障子を開けて、勝手に上がり込む。

「今日は小春日和どすな」

 彦左衛門のオヤジが机の前で書き物をしながら振り向いてき、にこにこと笑った。

 恩を着せたのもさることながら、人の良いオヤジなので、囲炉裏の鉄瓶の中身を勝手に湯のみ茶碗に注いでも文句の一つもない。

おきぬ(・・・)は今日はいないんスか」

「弘法さんに行っております。また忘れもんをしてくるんではおまへんか」

「しかし、おきぬはあれだけの美人だっていうのに男の一人や二人はいないんスか。放っておかないでしょう」

「どないでっしゃろ。おいやしたとしても、婿におこしくれはるようなおとこしはおまへんでっしゃろ。よう三十路どすから。なんなら、簗田はんが囲ってくれまへんか」

 冗談とも本気ともつかないので、おれはさすがに苦笑する。

「そういうのは父親が言っちゃいかんでしょう」

「そない言うたって、わてが死んだときのことを考えたら、囲ってくれはったほうがまだ気が楽どすわ」

 どうやら本気のようなので、おれは音を立てて白湯をすすり、話を終わらせる。

 年増とは言え、おきぬは現地妻にするには悪くはないだろう。

 けれどもこのオヤジがちらつくし、どうやらおれは商売気質な女には欲情できないらしい。

 それに京都市中で現地妻を作ると芸能記者に嗅ぎつけられそうだ。現に嗅ぎつけられたバカがいるのだから。

「あっ。そないいえば」

 と、オヤジは急に腰を上げ、障子戸を開けて奥の部屋に入っていった。

「簗田はんがお求めにならはっとったもん、見つけたんどす」

 オヤジは漆塗りの鞭を持ってきた。おれが言ったとおり赤黒のしましま模様であった。

「おお。ありがとう。いくらだったんスか?」

 五貫文だったというので、金判一枚をくれてやった。こんなにもらえないと突き返そうとしてきたが、隠れ家代とオヤジの手間賃だと言って押し返した。

「けど、おきぬには内緒ッスからね」

「こないだも反物こうてくれはったのに」

「大丈夫大丈夫。これはあっしの小遣いのうちで、家のカネに手をつけているわけじゃないッスから。それにあっしは田舎モンですぐに騙されちまうから、おとうちゃんに頼んで買ってきてくれると助かるから」

「すんまへん。今日は夕飯でも食べていっておくれやす」

 おれは腰を上げると鞭をビュンビュン振りながら座敷から廊下に出て、奥の客間へと勝手に入っていって、寝転がった。




 堺に出かけたさゆりんが三日、帰ってこなかった。

 寺にふらりと帰ってきたのはおれがいらつき始めたころである。

「荒木信濃守が師事している田中与四郎は窓口や。本題を持っていたんは今井彦右衛門と長谷川源三郎ってモンや」

 二人と会談していたから三日もかかったと言う。

「遠回しに言っておったけど、結論からして、堺を上総介の直轄領にして差し出す代わりに自分に遠里小野おりおのの代官職をくれってことや」

 言っていることがよくわからないのでもう一度説明させる。

「つまり自治権を捨てて、上総介の軍門に下るっちゅうことや」

 けれども、三十六人いる会合衆を説得して取りまとめる代わり、今井彦右衛門という奴が堺に近い遠里小野村という地域の代官にさせてくれと交換条件を提示してきている。

「なんで、そのイマイは遠里小野村が欲しいんだよ」

「火縄銃を作る鋳物師の集団がおるんや」

「そんなの会合衆を裏切ってテメエだけいい思いをしようっていう算段じゃねえか」

「そや。ほんでも、二万貫の徴収には応じる。堺も直轄領にして構わん。それと高価な茶器も献上する言うておる」

「なんだそいつ。とんでもねえ悪党じゃねえか」

「ほんでも、感情論抜きにすれば、堺の湊の税収は莫大な額や。今井彦右衛門の要求を呑めば、二万貫どころか、今後はずっと織田に銭が入ってくる。焼き払えばそれでしまいや。一文も入ってこへん」

「イマイの片棒をかついだら、おれにはいくら入ってくるんだ」

「阿呆か。ここであんたが変な要求を振りかざしたら食いつぶされるで」

 おれは舌打ちした。

 やはり上には上がいる。イマイとかいう野郎はおれやさゆりんなんか足下にも及ばないゼニゲバモンスターだ。

 交換条件を提示してきているということは、イマイとやらは会合衆を取りまとめる自信もあり、テメエだけが抜け駆けできる裏工作も準備しているのだろう。

「そうすると、タナカとハセガワってのは、イマイの手下なのか」

「手下やあらへん。同じ会合衆や」

「タナカとハセガワも一緒に会合衆を説得して回るってことか」

「そやろ。どちからといえば、田中与四郎は今井に引き込まれた格好や。武将からも師事されているからってことやろ。ほんで長谷川源三郎は何が目的なのかようわからん。たぶん、上総介のためにもなるっていう進言があるそうやから、それ絡みちゃうの」

「なんだよ、その進言ってのは」

「教えてくれへんかった。上総介だけにしか言えんって」

「おい。足下見られてんじゃねえのか。結局そいつらはおれを使いっぱにしようとしているだけじゃねえか」

「そうや」

「おもしろくねえ。そんなのやめだ。ご破算だ。信長に取り次ぐことなんてしねえ。焼かれちまえ。ふざけんじゃねえ、まったく」

 おれは話を聞いているだけでもむかむかしてきて、大きな溜め息をつきながら寝転がった。

「だから言ったやんか。私はくたびれ儲けや」

 さゆりんは団子鼻をそそらせて、おれを冷たい視線で見下ろしてくる。

「まあ、あんたがここで上総介に取り次げば、今は一文にならなくても、織田家中にも堺にもそれなりの影響力を持てるやろうけどな。ほんでも、あんたはそんな器量やないからな」

 そう吐き捨ててさゆりんは部屋を出ていった。

 おれは再度舌を打つ。

 なんなんだ、さゆりんのあの捨てぜりふは。

 やれって言っているようなもんじゃねえか。

 チッ。

 そんなゼニゲバモンスターを相手にしちゃ、影響力だなんてどうにも持てるはずがねえ。

 一枚噛もうとすると、仲間を出し抜くようなゼニゲバだ、信長にバレてひどい目を見る。

 何も得しねえ。

 しかし、否定的な見解ばかりではなく、肯定的にイマイという奴を見てみると、火縄銃の利権を確保しようとはなかなか先見の明がある。

 遠里小野村の鋳物集団がどういう商売形態を取っているのか知らんが、イマイは鉄砲の大量生産の体制を作り上げ、仲買人などを挟まずに信長に直接鉄砲を売ろうという計画なのだろう。

 織田様にも鉄砲をお安くお譲りできますという謳い文句だ。

 いくさでは鉄砲がほとんど使われていない。弓に比べて値段が高すぎるし、実用性も証明されていないからだろう。

 しかし、いずれ信長は長篠の戦いで三段撃ちをするわけだ。今後、鉄砲の需要は拡大するわけだ。イマイはそれを見越して鉄砲の利権を今のうちに牛耳ってしまおうという腹づもりだ。

 でも――。

 だとすると、おれもそれを見越して鉄砲を揃えちゃおうかな。

 鉄砲隊が整備されていない現状、おれが先を越して沓掛に結成しちゃえば、いくさでは百戦百勝、手柄の取り放題だ。

 むしろ、おれが三段撃ちを使って武田信玄をぶっ殺す。

 いやあ、そのときの山県クソ三郎ったら青ざめちゃうんだろうな。

 甲府の山猿が真っ赤な格好で山から下りてきたところを、先進性豊かに軍備を整えた我が沓掛勢が一網打尽。

 山県は蜂の巣になって、真っ赤な鎧から蜂蜜みたいに汚ねえ血をだらだらと垂らして死亡。

 おれは織田の英雄。

 所領加増でおれは百万石ぐらいの領主となり、之定や甲冑どころか、天守閣付きの大規模な城を建設、率いる兵数は十万人、はべらす側室は五十人、そのころにはオバサンになっているであろうあずにゃんは大奥に押し込めて、朝は鷹狩、昼はあわびに舌鼓、夜は二回りも三回りも離れたおにゃの子たちをとっかえひっかえ――。




 翌朝、二条城建設予定地に来たおれは、広大な工事現場の中から小一郎を探し求めて見つけ出し、兄貴のサルがどこにいるのか訊ねた。

「あすこにおりますよ」

 小一郎が指差した先、サルは掘っ立て小屋の日陰で回し者の猿みたいにして床几に座っている。

 おれと目が合うと顔をしかめた。歩み寄っていけば、疑わしそうな目の色をじいっと注いでくる。

「なんだぎゃ」

「内密な話が。ちょっといいッスかね」

 サルは訝しんでいたが、しぶしぶ立ち上がる。おれはサルを現場から人気ひとけの少ない通りの外れに連れ出していき、聞き耳が立っていないか辺りを確かめたあと、小声で切り出した。

「藤吉郎殿。うまい話が転がり込んできているんスけど、一枚噛まないッスか」

「うまい話だぎゃあと?」

 サルは腕を組み、依然として疑いの眼差しを向けてくる。

「あっしが摂津池田に降伏勧告した折、とある家臣経由で八郎三郎に面会したんスけど、堺の会合衆がその家臣に妙な話を持ち込んできましてね」

「おやかた様との取り次ぎのため、織田の将を紹介してくれってことかえ」

「さすがは察しが早いッスね。んで、あっしは自分とこの家臣を堺の会合衆と接触させたんスがね、その中の今井彦右衛門って悪徳商人が、織田に堺を差し出すから、自分を遠里小野の代官にさせてくれって条件を持ちかけてきたんスよ」

「ほんで、おりゃあに取り次ぎしろってことかえ」

「そうそう。今井彦右衛門とおやかた様のあいだに入ってくんねえッスか。あっしの話じゃおやかた様は聞いてくれないから」

 サルは口を閉ざし、じっとおれを見つめ、心のうちを詮索しようとしてきている。自分自身が詐欺師なだけあって用心深い。

「実は今井彦右衛門には、おやかた様に進言したいことがあるそうなんですが、それをうちの家臣には教えてくれなかったんス。何かとんでもない儲け話に違いないッスよ」

「おみゃあはどうするんだぎゃ。噛まないつもりかえ」

「今井彦右衛門との交渉にはあっしの家臣を同行させてくれませんか」

「どうするつもりだぎゃ」

「あっしは遠里小野で生産した火縄銃を安値で買い取れるよう契約できればいいッス」

「火縄銃? 何丁買うつもりなんだぎゃ」

「百丁ほど」

「百丁っ! 本気かえっ! そんな銭、どこにあんだぎゃっ?」

「まあまあ」

 おれは不敵に笑い、サルは信じられないといった驚きの顔である。

 しかし、ややもするとサルも不敵に笑んだ。サルの瞳もゼニゲバのどす黒さに変わっていった。

 にたにたと笑いながら毒のような声をつく。

「そうかえ。ほんだら、今晩にでもおみゃあのところに行ってやるだぎゃ。おみゃあの家臣に合わせろだぎゃ」

 約束すると、サルと別れ、現場に戻る。

 おれがいっさい表に出ないという黒幕気取りの怪しさに、サルは用心して乗ってこないかと思っていたが、おれの狙いを正直に話したからか、サルが食いついたのも早かった。

 こういうとき、サルという詐欺師は便利である。

 ましてや、おれはあいつの弱味を握っている。おかしな真似を始めたときは、妾をはべらせていることをちらつかせて揺さぶってやる。

 現場に戻ってくると、吉田さゆりん早之介の姿を探す。ハンザがせかせかと歩きまわっているいっぽうで、さゆりんは編笠を被って、兵卒たちの作業の様子を見ているのだか見ていないのだか、掘の縁にじっと突っ立っていた。

「おい」

 おれは手招き、やはり人気ひとけのないところまで連れ出していく。

「なんですか」

 と、さすがに外では早之介であった。

「昨日の会合衆の話だがな、あれ、木下藤吉郎殿がおやかた様に取り次ぐ手筈になったから、お前は藤吉郎殿と一緒にイマイのところに行ってくれ」

「え? それなら木下殿にすべて任せればよろしいではありませんか」

「いいや。こっちとしてはただ働きするわけにはいかねえ。取り次いでやる代わりに火縄銃を半値で購入できるようイマイと契約してこい」

「は?」

 さゆりんは編笠の下から唖然としておれを見上げてきていた。

 おれは、ふふん、と、笑う。

 サルもそうだがさゆりんにしても鉄砲の価値をわかっていないようである。そんなものを購入してどうするのだと言いたげである。

 まあ、こういう中世戦国思考が蔓延しているおかげでおれは他の武将を出し抜けるんだがな。

「殿は何をおっしゃっておるんですか」

「何をおっしゃっているって。いいか? これから火縄銃はいくさ場にはなくてはならないものになるから。そりゃ確かにカネはかかるかもしれんが、先取りするわけだ。とりあえずは百丁もあれば、次のいくさで沓掛勢が大活躍するのは間違いないんだ」

「ああそう」

 早之介は口許を歪めながらうなずく。

「まあ、殿の御託はともかくとして、たとえ半値にできたとしても、火縄銃を百丁も購入する銭貫文はどこから出すおつもりですか」

「太郎を説得して沓掛の貯蓄から引き出す。足軽兵卒のための武器を買うんだから太郎も納得するはずだ」

「殿。本気でおっしゃっているんですか」

「本気だよ。火縄銃はそれだけの価値があるんだ。お前はわからないかもしれないが、絶対に、いずれ絶対に、いくさ場で活躍できる武器となるんだ」

「だから、その御託はいいんです。殿。火縄銃はいくらだと思っているんですか」

「ん? 十貫文ぐらいだろ。なんだよ、もうちっと高いのか? 二十貫文ぐらいか? それでも半値にしたら百丁で一千貫文だ。沓掛の貯蓄は絶対にそれぐらいある。太郎はケチだからな」

「火縄銃は一丁、百五十から二百貫文ですよ」

「は?」

 おれは目を丸めながらも思わず笑ってしまう。

「おいおい、そんなにするはずねえだろ。想像で物申すんじゃねえ」

「想像でお話しされているのは殿ではございませんか。拙者は各地を回っていた忍びですよ。それぐらいのことはわかっております」

「嘘つけ」

「ほんならどっかに行って自分の目で確かめれば」

 ブチ切れたのかあきれ果てたのか、最後にはとうとうさゆりんに戻ってしまい、おれが困惑して黙っていると、さゆりんはさっさと現場に戻っていく。

 取り残されたおれは血の気が引いていく。

「ハハ……」

 一人でつぶやく。

「鉄砲買わせたくねえからって、あいつ、嘘ついてら」

 しかし、さゆりんが怒りの歩みで戻っていく後ろ姿を眺めながら、脳裏にはサルの不敵な笑みも浮かんだのだった。

 あの、サルのどす黒い目……。

 まさか、サルが話に乗ってきたのって、おれがちゃんちゃらおかしいことをほざいているとわかったからなのだろうか。

 おれは怖くなってきて、おそるおそる二条城現場を回り、火縄銃の値段を聞いて回った。マリオだったり明智十兵衛だったり、それに蛸薬師の茶屋のオヤジだったり。

 真っ赤な夕日が沈んでいく。山が燃えるような夕焼けだった。日も暮れなずんで風の冷たさが骨身にしみる。

 鉄砲のある程度の相場が判明し、おれは愕然としている。

 さゆりんは嘘をついていなかった。

 一丁につき百五十貫文。天文学的数字。

 百五十貫と言えば、そっくりそのまま寄進札の儲け分である。

 太郎が馬廻衆だったときの年収が百貫文である。

 おれが織田に入ったばかりのときの初めての年収は十貫文である。

 鉄砲の値段が百五十。

 高給取りの年収を一丁で吹っ飛ばしてしまうほどの破壊力。

 ということは、三段撃ちを本格的にやるためにせめて百丁ぐらい揃えるとなったら――。

 一万五千貫文……。

 おれはつくづく自己嫌悪に陥る。

 どうして、値段を調査してから行動しなかったのか。おれってバカなんじゃないだろうか。

「にゃあにゃあ牛殿」

 ぎくっとして振り返ると、普段は顔を合わせないというのに、サルが後ろから手を振って歩いてくるのだった。

「これからおみゃあんところに行くつもりだったぎゃ。一緒に帰るだぎゃ」

「い、いや、あの話はなかったことにしてくれないッスかね……」

「なんでだぎゃ? 火縄銃を百丁買うんだぎゃあろ?」

「い、いや……」

「久しぶりに酒でも飲みながら話を進めようだぎゃ。にゃっはっはっはっ!」

 サルが軽快におれの腰をぱちぱちと叩いてき、おれはがっくりと首を垂らして夕日に染みた帰路を辿るのだった。


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