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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七章 新たなる舞台
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岐阜を発って七日目

 岐阜を発って二日目は浅井新九郎殿の手配で小谷城下に宿泊する。

 翌、三日目はクリツナ鉢巻きとともに琵琶湖を右手にして東山道を上っていく。当然ながら師走は日が短い。夕方になってまだ観音寺城下だった。安土山のふもとには織田の将が宿泊に利用する寺があると菊に教えてもらっており、そこで一泊する。

 四日目は雨が降っていたので安土山のふもとでもう一泊する。

 五日目も雨だった。安土に三泊する。

 六日目は晴れていたが京都まで一気に行くのが面倒になって、瀬田の唐橋を前にして寺に泊まった。

 京都に到着したのは岐阜を発って七日目のことだった。

 挙げ句には、京都の空は分厚い雲に覆われており、なんだか、えらい寒かった。

 京都盆地の冬は底冷えだなんて言うらしいが、まさしく、冷気がしんと張り詰めている。往来する市中の人々の吐く息はどれもかれもが白い。

 骨身に染み入るような寒さは、江戸っ子の血筋のおれにはまったくこたえる。

 さっさとマリオの仮住まいの屋敷を訪ねる。うがい手洗いも冷えた水路の水を使わされ、土瓶から噴き出る蒸気に暖をとり、氷のような指先を火鉢にかざす。

「岐阜は変わりないか?」

 マリオの問いかけにささくれた指先を揉みながら、おれはうなずく。

 太郎は元気かどうかひとつも訊いてこなかったが、どうせ、手紙のやり取りでもしているのだろう。沓掛九之坪の治め方なりなんなり指南しているに違いない。

「池田の目付けってのはいつまでやらなくちゃいけないんスかね」

 マリオは首をひねった。

「摂津衆はどうにも信用ならんからな。なんとも言えぬ」

 織田が平定したのちの北摂津は、足利幕臣として摂津三守護と呼ばれている連中が仕切っている。

 かくいう池田の池田八郎三郎。

 同じく信長に降伏した伊丹の豪族の伊丹大和守。

 三好三人衆が逃げ去ったあとの摂津高槻を任せられたのは、将軍の足利義昭が放浪しているころから付き従っていた和田伊賀守。

 最後まで抵抗したのが池田八郎三郎なので、もっとも信用ならんというわけだし、池田と伊丹は争ってきた歴史もあるそうで、今では同じ足利幕臣同士、仲間割れを起こしかねない。

 また、三好三人衆が直に支配していた高槻は、中小豪族が乱立していて、新参者の和田伊賀守が下手を打つと、てんでばらばらになってしまう。

 北摂津の地域は戦国時代のきっかけとなった応仁の乱以降の百年間、パワーバランスがしょっちゅう変わるめちゃくちゃな情勢が続いてきた。

 今でこそ織田の巨大な武力で黙らせているが、小さな火でも、点いたらすぐに大爆発するような火薬庫なのである。

「つまり、簗田殿は、池田の目付けすなわち北摂津すべての目付けということにもなるゆえ。そうそうお役御免というわけにもいかぬだろう」

 これだ。

 真面目に仕事をしてしまうと、またぞろ責任重大な役目を押し付けられる。

 なんだって、自宅警備員のおれがそんな火薬庫の警備員をしなくちゃならんのか。危険物取り扱いの資格なんざ持ってねえ。

「ところで――」

 と、マリオが白湯をすすりながら話を変えてきた。

「甲州を訪ねたあと、簗田殿はなんともないのか」

 どういうことか訊き返すと、怪しい人間と接触していないか、刺客みたいなもんに出くわしていないかと言う。

「べつにそういうのはないッスかね。奥さんがおっかないから変な女とは接触していませんし、あれ以来殺されかけたことも特には」

 まあ、おれを騙そうとし、殺そうとした女は一人いるがな……。今はゼニゲバになっているが……。

「近頃、武田が盛んに動いているそうだから、もしかしたらと思ったのだが」

 マリオの話によれば、武田信玄は南関東の北条氏との同盟を破って、同じく同盟者だった今川方の駿府に攻め込んでいるらしい。

 三河のデブとつるんで今川方を東西から挟撃しているそうだ。

 おれは鼻で笑った。

「約束を破って、味方の敵と味方になるだなんて、あのクソオヤジがやりそうなことッスね。武田ってのは本当に性根の腐った野郎の集まりッスよ」

「それが戦国の習いだ。簗田殿。用心するに越したことはないぞ」

 マリオの説教が始まりそうだったので、今日は泊めさせてくれるよう約束を取り付けると、鉢巻きとクリツナを置いて市中に出かけた。

 マリオに教えてもらったサルの仮住まいの屋敷に向かう。

 頬を刺す冷たさに肩をすぼめながらも、道中、湯村山での一件を思い出してむかむかしてきた。

 マリオの言う通り、信玄のハゲが仕出かしていることは弱肉強食の戦国時代のあるべき姿かもしれんが、北条氏や今川を裏切って、テメエの領土を増やしたいばかりに攻め入っているというのは、ヤクザでもやらねえ悪党のしようだろう。

 松永弾正のジジイよりもよっぽどの大悪党だ。

 なにせ、おれを殺そうとしたのだからな。

 どうしておれを殺そうとしたのか意味がわからん。買い被っていたから、今後の憂いを断っておくということだろうか。

 それにしたって、ありゃ、騙し討ちだ。

 今ごろ、目立ちたがり屋集団を引き連れた山県クソ三郎が、駿府で我が物顔で暴れ回っているのを想像すると腹が立ってくる。

 何年先のことだかわからねえけれども、どちらにしろ奴らは長篠の戦いで全滅する運命だ。放っておけばくたばる奴らだ。

 けれども、むかつくわ。思い出すだけで怒りのボルテージが高まっていく。市中の寒さも忘れるぐらいだ。

 今すぐにでもぶち殺してやりたい。

 苛ついたままサルの屋敷にやって来ると、小一郎がいた。

「あれ。簗田殿。どうしていらっしゃるのですか」

「摂津池田の目付けを命じられちまったんだ。それはそうと藤吉郎殿はいないのか」

「兄さんは寺社回りをしていますよ」

「ああそう。じゃあ、帰ってくるまで待たせてもらうわ」

「いや。おそらく帰ってこないと思うので」

「え? なんで? 妾でも囲っているわけでもねえだろう?」

 小一郎はぎくりと瞼を広げ、

「い、いや。か、帰ってこないと」

 視線を逸らすのだった。

 さすがに妾宅は教えてくれないと見て、半兵衛はどこに滞在しているのか訊ねる。市中の寺で半分ニートをしているらしい。

 おれはにやにやとしながら屋敷をあとにする。

 とはいえ、妾宅に押しかけるだなんて野暮な真似をするつもりもないし、半兵衛だってサルの居場所を知らないだろう。

 市中でサルを捕まえるのはなかなか困難だ。

 誰と一緒に歩き回っているのだろうか。堀尾茂助かな。

 と。腕組みしながら通りを歩いていると、

「あっ」

 声がした。おれに届いてくる声だったので、そちらに振り返る。

 途端、くすぶっていたむかつきは一挙に爆発し、おれは怒涛の勢いで駆け寄っていくと、唖然として棒立ちしていたイエモンを両手で思い切り突き飛ばした。

「あ、じゃねえだろうがっ! なんなんだテメーっゴラァッ! ナメてんのかっ!」

「い、いや――」

 尻もちをついて、イエモンは泡を食っている。連れて歩いていたのはやはりソフエだった。

「や、簗田様、ご、ご勘弁を」

「ああっ? ご勘弁をだ? コラァ。何か悪さしたからご勘弁をなんじゃねえのか、おいコラァ」

「いやっ、そのっ」

「おうゴラァッ! イエモンテメーッ! どのツラ下げて市中を練り歩いていやがんだゴラァッ! いつまで経ってもおれを裏切った詫びも入れずにテメーコラァッ! おれの顔を見かけたらまず言うことがあんじゃねえのかあっ!」

「も、申し訳ござらん」

「ああっ? なあにが申し訳ねえんだゴラァッ! 言ってみやがれコラァッ!」

「そ、その、簗田殿を裏切ってしまい――」

「いまさらかっ! ああっ? いつの話をしてやがんだテメーはっ! ぶっ殺すぞっ!」

「や、簗田様。市中での騒動は」

 と、ソフエがおれの袖を掴んでくる。

 ブチ切れて腐ったゴボウのイエモンばかりしか見えなかったおれだが、町人たちが足を止めて見物してきていることにようやく気づく。

 おれはソフエの手を振り払う。

「おいテメーコラ。今晩、丹羽殿の屋敷に来い。わかったか」

「に、丹羽様の? し、しかし」

 イエモンは目を泳がせ腰を怯ませて、この期に及んでまだけじめをつけようとしねえわけだ。

 誰がおれのことを甲斐性のねえ野郎だとほざいたのか、こいつのほうがよっぽどじゃねえか。

 だいたい、どうしてチヨタンはこんな野郎を選んだのか。

 そうしたら、チヨタンのきゃぴきゃぴ姿が脳裏にふとよぎって、おれの怒りのボルテージは絶頂に達した。

「来いっつったら来いやあっ! テメーッ、今度バックレたらただじゃ置かねえからなっ! 織田から追い出してやんぞコラァッ! 次はねえからなっ! わかったかっ!」

 蹴っ飛ばしてやりたかったが、野次馬が集まってきているので、足で砂を浴びせるだけで我慢し、踵を返してイライラしながら去っていく。

 イエモンが織田の一員として京市中を歩いているのは、腹立たしい事実である。

 どう始末してやろうか。

 なんて、考えを張り巡らせていたら、いつのまにやら蛸薬師の新町通を歩いていた。

 ついでだし、あの呉服屋を訪ねた。

 障子戸を開いて出てきたのは、齢五十ばかしのジジイともオヤジともつかぬオッサンだった。脇差しを帯びている見慣れぬ顔だからか、目を丸めておれを眺めてきたが、障子戸の向こうの座敷にはおきぬ(・・・)と名乗ったあの女がいた。

「あら。いつかの織田様のお方やおまへんか」

 綿ぶくれの小袖をまとったおきぬも座敷から出てきて、オヤジに「のさだの人や」とおれを紹介した。

「ああ。きぬ(・・)に忘れもんをお届けくれたお方どすか。こらすんまへん。この娘はいーつもどこぞに忘れるんどすわ」

 笑いながらそう言うと、寒いだろう上がっていってくれと、オヤジは陽気で人懐っこい野郎だった。

 おきぬが白湯を差し出してきながら、くすくすと笑う。

「そういえば、お武家はんのお名前をお訊ねしはるんのも忘れてやはった。お名前を訊くのも忘れはるなんて」

「あっしは簗田牛太郎という者で」

「尾張の人で?」

「ええ、まあ」

 岐阜から遠く離れた京都の、ましてや町人には、さすがに名前だけじゃ伝わらないらしく、ちょっぴり残念ながら、一応は織田上総介の直臣、摂津池田に向かう途中だったと説明した。

「簗田はんは富士の山には行かれたことがあるんどすか? 尾張言いましたら近いんでしょう?」

「近くないよ」

 と、おれは苦笑する。オヤジはボケてるわけでもあるまいが、京都のことしか知らなそうな人間でもあった。

「でも、見たことはあるね。甲州に行ったことがあるから」

「甲州は近いんどすか?」

「いいや。五日ぐらいかかったよ」

「富士の山はいっぺんでええから見てみたいどすなあ」

 オヤジは湯のみ茶碗を手にしたまま天井を見上げ、どうやらぼんやりとながら富士山を思い描いているようであった。

「ところで」

 と、おきぬが言う。

「今日は打ち掛けの一枚でもこうていきなはるんやろ」

 くぼみのはっきりした目を広げ、おどけてくるので、おれは苦笑した。いいや、約束したのは、之定を見つけてくれたらであろうと。

 呆けたようなオヤジよりも、娘のほうが商売気質のようである。

 まあ、しかし、二杯もご馳走になったし、あずにゃんのご機嫌を取るためにも反物一反ぐらいは買っていこうと思い、何か珍しいものはないかと訊いてみる。

 そうしたら、オヤジはびっくりしてしまった。

「こうてくれんどすか? そないよろしおす。わてらが押し付けたみたいどすわ」

 しかし、娘のおきぬはすぐに腰を上げて箪笥へと歩いて行く。

「おとうちゃんが、そないな人やから、売れるもんも売れへんのや。こん人は珍しい刀なんか求めとる人なんやさかい、銭もぎょうさん持っとるに違へんでしょ」

「おいおい。おれはそんなもんじゃねえって。そんなお高いもんを出してくれんなよな」

「奥方様はどない色がお好きなんどす」

 と、まったく聞いておらず、オヤジは溜め息をつく。

 赤とか桃とか派手な色だと言うと、おきぬが持ち出してきた生地は、赤地に菊とか桜とか梅とかの花模様が色彩豊かにでかでかとあつらえられたド派手なものだった。

「西陣の絹織物どす。岐阜が織田様のお膝元言うても、これはなかなか手に入らへんでっしゃろ。奥方様もびっくりしはるに違へん」

「絹……」

 つややかな赤色に触れてみると、手に馴染むような柔らかさである。

 そうだ、これが絹だ。

 絹と言えばどこかの詐欺師に騙し取られたのを思い出す。今になって思えばおれはどれだけの世間知らずだったろうか。こんな上等品が、清洲の路地裏で売りさばかれているはずがない。

「これは近ごろ西陣の職人が始めた先織物て言いましてな、明国から来た高機たかはた言う機械で、先に染めた糸をつむいでこういう紋織なんどす。後織物だとこないぎょうさんの色を使えへんどす」

 ましてや、絹は生糸がなかなか手に入らないからとおきぬは言ってきて、おれの心をくすぐってくる。

 しかし、調子が良すぎて怖いなと思い、人の良いオヤジに訊ねてみる。

「お、オヤジ、娘の言っていることは大丈夫なのか」

「きぬの言うことは間違ってはあらしまへん。ほんでも、安くはあらしまへんで」

「い、いくらだ。おきぬは黙ってろ。オヤジ、いくらだ」

「二十貫文どす」

「二十か」

 おれは腕を組んで悩む。おれの素襖はせいぜい一貫文もしないぐらい。いっぽうで目の前の織物一枚で沓掛の足軽兵卒の俸禄三年分。

 持ち歩いてきている残りのへそくりの金銀が五十貫文程度だし。

 高いな……。

「とりあえず、まあ、高いからまた考える。之定を見つけてくれたら必ず買うよ」

 オヤジは満足げにうなずき、おきぬは唇を尖らせる。

「もうちょっと安いもんくれよ。白湯二杯で二十貫文じゃ高すぎるわ」

「そや。きぬ。お前はがめついんや」

 オヤジはそう言うと、桃色の巾着袋を持ってきた。

「摂津からお帰りにならはるさいにはまた寄っておくれやす」

 オヤジはにこにこしながら文銭と引き換えに巾着袋を渡してき、娘のおきぬは今度は知り合いでも連れてきてくれと商売っ気丸出しだった。

「娘がこれやさかい、婿はんに先立たれて嫁の貰い手もないんどす。わては簗田はんには反物をこうてくれるより、こいつの婿はんを紹介してもらいたいどす」

「なんを言うとるん。こないな年増の、こないな貧乏呉服屋、どなたはんがおこしくれるんや」

「そないなことばっかり言うてるさかい、来はるもんも来いひんのや」

 喧嘩を始めたので、まあまあ、と、割って入ってなだめてやり、どちらにしろまた来ると言って腰を上げた。

「ところで、おとうちゃんの名前は?」

 帰り際に訊ねると、オヤジは茶屋彦左衛門と名乗った。

 おれは思わず笑ってしまう。

「呉服屋なのに茶屋なのか?」

「昔、縁が合って、義輝公方様にお茶を一杯差し出したことがあるんどす。ほして、茶屋って名乗らせてもらっとるんどす」

 反物が大して売れないのは、戦乱で公家の連中が貧しくなってしまったのもさることながら、十三代目将軍の義輝が殺されて代替わりしたとき、顧客をそっくりそのまま失ってしまったかららしい。

「商売ってのは難しいもんだな」

 やはりやるからには博打の胴元であろう。おれは彦左衛門のおとうちゃんとおきぬに手をかかげると、巾着袋を懐にしまいこんで呉服屋の茶屋をあとにした。




 最初はサルを茶化そうと考えていたおれだが、不倶戴天のイエモンに遭遇したことで、サルなんかどうでもよくなった。

 マリオの夕飯に同席し、膳に箸を伸ばすかたわら、マリオに訊ねる。

「まだ、山内イエモンは来ていないんスかね」

「山内伊右衛門? なにゆえ」

「あいつとばったり出くわしたんスよ。そうしたらあの野郎、詫びも入れずに、あっ、だなんて声を上げて、あわよくば逃げようとしたんス」

 マリオは溜め息をつく。

「して、呼びつけたのか? 蒸し返すのもいかがと思うが」

「蒸し返すも何も、あの野郎はあれきり一度も詫びの一言すらなかったんスよ」

「気持ちはわかるが、な」

 すると、屋敷の小者が居間にやって来て、木下小一郎が来たと言う。

 小一郎一人だけなのか訊ねると、もう一人、男が連れ添っているらしい。

「まあ、通せ」

 マリオがそう言ったあと、小一郎ともう一人、憎たらしい顔をうつむかせているバカが居間にやって来た。

 マリオの手前、小一郎はひれ伏し、バカもひれ伏す。

「して、どうするのだ、簗田殿は」

 マリオは少々呆れたような声音であったが、おれの怒りは再び眼差しとなってイエモンに注がれた。

 小一郎まで巻き込むとは腹立たしい。しかし、サルじゃなくて、小一郎というあたりが、なんともおれの胸を痛めさせた。小一郎はなんら関係ないのに。

「おい、小一郎。お前は関係ねえだろ。帰れ」

「関係ないこともありません。山内殿は同輩ゆえ」

 イエモンは顔を見せずにひれ伏したままだが、小一郎は真っ直ぐな視線をおれに寄越してくる。

 おれの知っている小一郎というのは、サルの下で呆れ顔をしている小一郎ばかりであり、生真面目になって立ち向かってくる小一郎というのはたぶん初めて見た。

 チッ。

 どちらかと言えば、おれは小一郎の立場になって、信長などに謝ることが多いわけで、その下僕根性が染み着いてしまっているのか、謝られている立場というのはどうにも居心地が悪い。

 イエモンみたいなクソが這いずり回っているだけならなんとも思わないが、小一郎のように真っ直ぐに折り目正しくされてしまうと、なんとも。

 ふざけやがって、イエモンの野郎。

 テメエだけじゃどうにもならねえからって、小一郎を連れてきたっていうその腐った性根。

 けれども、ここでブチ切れると、おれは器がとっても小さい奴になってしまうような恐れがあるのだった。

「イエモン。藤吉郎殿の配下でやって来てどうだ。楽しくやれてんのか。あん?」

「は、はい」

「そっか。ふーん。そっか。じゃあ、いいや。小一郎、わざわざ悪かったな」

「申し訳ございませぬ、簗田殿」

 と、先に詫びの言葉を発したのは小一郎で、イエモンはそのあとにだった。

 結局、たった五分ぐらいで帰してしまい、おれはむかつきを溜め息でしか吐き出せなかった。

 マリオが言う。

「見たことか。いまさら蒸し返したところで何も出来ぬのだ。過ぎ去ったことは過ぎ去ったこととしなされ」

 クソが……。

 イエモンに一杯食わされたような気分だ。


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