行き倒れの者
「そこのそなた。起きぬか。死んでおるのか」
うーん……。どうして、目覚めに女の声が。
「これ。まこと、死んでおるのか」
うーん……。
寒っ。
目の前には青空が広がり、和服の女がおれを見下ろしてくる。
黒髪ストレート、肩まですらすら伸びている。
十七、八歳ぐらいの女の子――。
「えっ!」
跳ね起きた。
見渡すかぎり、野っ原。
町みたいなものがあっちにぼんやりと見えるが……。
「おお! 起きたか。死んでおらなくて良かったの」
オンナの子がクリクリの目をおどけたふうに広げて見せてきた。
どうして、この子は和服……? 着物? 桜色の着物? 山吹色の帯?
「梓様」
と、オンナの子の後ろにはもう一人、ババア。
恐る恐る、おどおどと、ババアはオンナの子の着物の袖を取っている。
「梓様、あまり、いけませぬ」
「何がじゃ」
あずさ……。
ふむ。かわゆす。おじゃる言葉もより一層かわゆす。
「殿方に声をかけるなど。ましてやわけのわからぬ召し物を着られた行き倒れの者などに……」
「お貞は薄情じゃな。この者は刀の大小も帯びてはおらんではないか」
「しかし、この大男。それに梓様は嫁入り前ですぞ」
「あのう……」
と、おれはたずねてみた。
「コ、ココは、ドドド、ドコなんでしょうか」
「どこ? ここは織田上総介様が領、尾張清洲じゃが?」
オダカズサノスケサマガリョウ、オワリキヨス……?
「そなた、どちらから参った。なにゆえここにおる」
「あ、あ、あっしは――」
って、おい。「あっしは」ってなんだよ。自分で言っておいて「あっしは」って。すっかりタイムスリップ風情かい。
てか、これは、タイムスリップ――。
織田ナントカの尾張清洲。
そう、タイムスリップしちゃったのだ。
やべ……。
元の時代に戻れんのかな。
でも……。
間違いなくここが昔の日本だとしたら、もしかするんじゃなかろうか。
おれは日本の歴史を知っているわけだ。んで、この時代の奴らはここから先の日本の歴史なんざ当然知らない。
ということは――。
おれ、王様になること間違いなし。いや、将軍か。征夷大将軍だな。
アーハッハッハッハ!
人生二十五年、生きてりゃいいことあるもんだ。
「して、そなた、どこから参った。名は?」
「あ、い、い、いや、ええええーと、う、うーん、あ、あれ、記憶が……。あれ、思い出せない。思い出せないッス。あれ、あっしって、どこから来て、どこに行くつもりだったんだろう」
あずにゃんはババアと顔を見合わせる。
「あー、思い出せない。あー、思い出せない」
「名は? 名も思い出せんのか?」
「あっ、えーと、たぶん、簗田マサシッス」
「ヤナダ? 聞き慣れぬ。お貞、存じておるか?」
「尾張ではあまり聞かれぬかと」
「それにしてもまいったの。己が何者かもわからぬ、帰る地もわからぬではまいったの。うーむ。仕方ない、とりあえずはわらわの屋敷に参っては」
えっ?
「あ、梓様っ! それはっ! なりませんっ!」
「なにゆえ」
「嫁入り前のおなごが見ず知らずの殿方を屋敷に連れて帰るなど言語道断っ。ましてやかような得体不明の者などっ。そもそも兄上様が許されるはずありませんっ」
「薄情者じゃ。ほれ、簗田殿、わらわに付いて参れ。飯と寝床ぐらいは世話をしてやる」
あずにゃんはくるりと踵を返して、ぎらっと睨んできたのはババア。
ほう。オンナの子が自宅に連れていってくれるとは、第二の人生はベリーイージーモード間違いない。