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第5章-15 ソロモン初陣

 その瞬間、会場の時が確かに止まった。

 俺達(オラシオン)がやった事は、何のパフォーマンスもせずに、ただ普通に入場しただけだ。それでも観客の度肝を抜き、視線を釘付けにするのには十分であった。


 入場は、俺の後にスラリンを背に乗せたシロウマル、その後ろからナミタロウが地面をすべるように続き、最後に今回の主役であるソロモンという順番であった。


 個人戦で決勝に進んだ俺と、予選でその強さを示したスラリンとシロウマルには大歓声が、予選の決勝で悪ふざけをしたナミタロウには、観客席の一部から悲鳴とブーイングが沸き起こった。

 そして、ソロモンの姿を見て観客の歓声が止まった。

 首輪を外したソロモンの大きさは、全長3m、翼幅は4m程と、かなりの急成長を遂げている。誰が見ても龍種であるとわかるくらいだ。


「キュロロロロォォォォ~~~~~!」


 闘技台の上に上がったソロモンが、決して迫力があるとは言えない声で吠えた。

 その瞬間、会場の時が流れだす。一部からは悲鳴が、一部からは状況についてこれないといった感じの間の抜けた声が、そして大多数からは大歓声が聞こえて来る。

 

 会場をざっと見渡すと、観客達の一部は会場から逃げ出そうとしている者もいたが、それはほんのわずかの数だけだった。ほぼ全ての観客は、ソロモンに注目している。

 今、会場のほとんどは、ソロモン以外の存在を忘れているのかもしれない。

 その証拠に、竜撃隊のメンバーは口をあんぐりと開けてソロモンを見ているし、審判ですら動きを止めているのに、それを咎めるような声が聞こえてこない。


 ソロモンは、周囲の反応に驚きシロウマルに寄り添っているが、それが観客に受けたのか、より一層歓声が大きくなったように感じる。


 中々歓声が止まらず、審判も動こうとしないので、俺は仕方なく闘技台の中央付近の上空に向けて、魔法を使って軽い爆発を起こした。

 突然起こった爆発に、会場は一時的に静まった。

 その隙に審判に目配せをすると、俺の行動の意味に気付いた審判が中央に駆け寄り、両チームを開始線まで呼んだ。


「これより、一回戦第五試合、『オラシオン』対『竜撃隊』の試合を始めます。試合開始!」


 審判は開始宣言とほぼ同時に、闘技台の中央付近より走って避難した。

 この時、審判がある程度離れるまでは互いに行動を開始しないという暗黙の了解があり、それに習ってオラシオンと竜撃隊は動く事は無かった。


 審判が俺達から離れ動きを止めた瞬間、竜撃隊は隊列を整え始めた。

 竜撃隊はメンバー全員が戦士で、その内、全身を重装備で固めた大盾持ちが三人横並びで壁になり、後ろの二人がそれぞれ大剣とハルバードを持っている。


 そんな五人が適度に間を空け、俺を目掛けて一直線に走って来る。

 ソロモン達をかなり警戒してはいるようだが、俺を戦闘不能にすれば、俺の眷属達は失格扱いとなるのでそれを狙っているようだ(眷属だけのチーム構成は認められておらず、鬼兵隊の様にテイマー(サモンス侯爵)が戦闘メンバーに入っていない時は、眷属(ガリバー)以外の人間のメンバーが他戦闘不能になった時点で鬼兵隊の負けが決定する)。


 だが、今回が試合初参加で、かなりの気合が入っているソロモンが竜撃隊の行く手を阻んだ。

 ソロモンは低い位置を滑空するようにして竜撃隊に迫り、そのまま体当たりを行う。


 体当たりと言っても、前衛にいた両端の二人を踏みつけるように着地し、真ん中の男を体で押しつぶした感じである。

 それでも小柄とは言え、人よりも大きくて重いドラゴンが、勢いをつけてぶつかって来たのだ。

 その結果、かなりのダメージを与える事に成功したようだ。

 俺はその様子を見て、いつでも飛び出せるように指示を出しながら、竜撃隊を包囲するように動いて牽制を行う。

 

 竜撃隊はソロモンの体当たりで隊列が崩れ、一瞬勝負が決まったかに見えたが、相手も本選に出場するチームだけあって、完全に沈黙したのは前衛の一人だけであった。

 残り二人になった盾持ちの前衛は盾で押し込むようにして、ソロモンの動きを止めようとしている。


「キュオオオォォーーー!」


 ソロモンがまとわりつく二人を振り払おうと体をよじるが、それよりも早く、大盾持ちの男達の後ろにいた二人がソロモン目掛けて切りかかった。 


「ギャン!」


 大剣とハルバードの一撃は、丁度ソロモンの両肩付近に当たり、ソロモンが悲鳴を上げたが、ソロモンの体を切り裂く事は出来なかった。

 どうやらソロモンの体を覆う鱗が硬かったのと、ソロモンとの距離が近かった為、後ろの二人の攻撃のヒットポイントが少しずれた事が原因のようだ。


 だが、いくら傷がつかなかったからと言って、ダメージが無い訳では無かった様だ。

 なにせ不完全だったとは言え、重量のある武器で殴られたようなものなのだ。さすがのドラゴンでも、中身まで鱗と同じ強度がある訳ではない。


 殴られたソロモンは、痛みで目を潤ませている。

 しかし、所詮はその程度だ。すぐにソロモンの反撃が始まった。


 まずソロモンは自分に攻撃をしてきた者達を標的にした。

 首を目いっぱい伸ばしたソロモンは、大剣を持っている相手の肩に噛みつき、横にいたハルバードの男にぶつけた。

 さすがにソロモンでも2m近い男二人を完全に吹き飛ばす事が出来なかったが、それでも二人は体勢を崩して膝を突きかけている。


 ソロモンはその隙を逃さずに追い打ちをかけようとしたが、ソロモンに抱き着いていた前衛の二人が大声を出しながら踏ん張り、ソロモンの動きを止めた。

 その間に膝を突きかけていた二人も何とか体勢を立て直して武器を構え、今度こそダメージを与えようと狙いを定めていたが、武器を振りかざそうとした瞬間に後ろに吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばしたのはシロウマルとナミタロウだ。

 さすがにあのままではソロモンが危なかったので、いつでも飛び出せるように準備をしていた二匹に合図を出したのだ。

 竜撃隊のメンバーも俺達を警戒して気を配ってはいたが、二匹の速度は彼らの予想のはるか上を言っていたようだ。


 二本の矢となったシロウマルとナミタロウは、ソロモンの脇を抜けるように走り抜け、相手の胴体に命中した。

 ほぼがら空きの胴体に体当たりを食らった二人は、後方に吹き飛びながら空中で互いに激突して、そのまま動かなくなった。僅かに体がぴくぴく動いているので、死んではいないようだ。


 二匹の援護をもらったソロモンは、今度は自分に張り付いて邪魔をした残りの二人を標的にした。

 しかし、密着した相手と戦う事などこれまで経験した事のないソロモンは、どのように攻撃をしていいのか分からず、ただその場で暴れまわるしか考えつかなかったようだ。

 ソロモンは腕を振り回し、羽をバタつかせ、尻尾を振り回すなどの攻撃を行うが、密着している上、盾をうまく使って防御する男達に大したダメージを与える事は出来ていない。

 それでも、相手はソロモンが暴れるたびに少しずつダメージを蓄積していく。


 盾持ちの竜撃隊メンバーもただやられるだけでは無く、隙を見て反撃をしているが、それでもソロモンの防御力を上回る攻撃は出来ていないようだ。

 しばらくの間攻防は続き、やがて竜撃隊メンバーの一人がソロモンの体から僅かに離れてしまい、尻尾の一撃をもろに食らって吹き飛んで行った。


 唯一残っていた男は必死にソロモンに密着しながら、地味にコツコツと反撃をしていた。

 しかし、それも長くは続かず、男は後頭部にソロモンの攻撃を食らってしまい、抱き着いた形で動かなくなった。

 この時点で、竜撃隊に動いている者はいなかった。


 それを確認しようと審判が近づいて来たが、それでもソロモンの動きは止まらない。

 さすがにこれ以上は相手が危ない。

 そう感じた俺は、バッグから首輪を取り出した。


「ソロモン!ストップだ!」


 俺は急いでソロモンに近付き、背中に飛び乗って首に抱き着いた。

 そして、そのまま首輪を装着する。


「キュッ?」


 その時になって、ソロモンは相手が気絶している事に気が付いたようで、すぐに大人しくなった。

 どうやら初めての対人戦で、周りをみる余裕が無かった様だ。


 軽くソロモンの状態を確かめてみると、最後の一人が抱き着いていた所の近くが赤くなっていた。

 最後の一人は、ソロモンに振り回されながらも反撃を行い、わずかではあるが素手でダメージを与えていたようだ。

 ……肩よりは防御力が落ちるとは言え、ドラゴン相手に打撃だけでダメージを与えるとは……正直、相手を侮っていた。


 軽いとはいえ一応は怪我なので、回復魔法をかけて治療すると、ソロモンはそのまま俺にしがみついて来た。


「勝者、『オラシオン』!」


 その審判の言葉と同時に、係員達が担架を五つ抱えて走ってきた。

 そして沸き起こる大歓声。

 

 客観的に見て、ドラゴンがただ暴れただけだが、それでも観客達は、普通の人生において見る機会が無いに等しいドラゴンを見れただけで満足したようだ。

 中には、ソロモンの名前を叫んでいる人もいる。

 観客達の中で一番はしゃいでいるのは、どうやらまたもルナのようだ。後ろでルナが落ちない様に、必死になって抱き着いているティーダが大変そうだ。


「うっ……う~ん」 


 係員が来る前に、俺の足もとに倒れていた竜撃隊の一人が目を覚ました。最後までソロモンに抱き着いていた男だ。よく見てみると、竜撃隊の代表者として抽選に参加していた男だ。


「いってぇ……あん?負けたのか……」


 どうやらこの男、見た目以上に頑丈なようで、特に怪我らしい怪我が無い。あるのは擦り傷くらいで、ソロモンの攻撃に一番長くさらされていたとは思えないくらいだ。


「あ~……竜撃隊が竜に撃退されるって、どんな笑い話だよ……いっその事、チーム名を変えるか?」


 男は胡坐で座り込んだまま、頭を掻いてブツブツと呟いている。その手はソロモンを殴った方の手なのだろう、手の皮が剥げて血が滲んでいた。


「担架はいらんぞ。自力で歩けるからな。それよりも、ドラゴンはさすがに強いな。それを従えているお前さんも強いらしいな」


 係員に担架を断った後、男は立ち上がって俺に向き直り、握手を求めて来た。

 その手を握り返すと、いきなり骨が軋む程の握力で手を握られてしまい、手が潰れるかと思ったほどだ。


「はっはっはっ。まあ、これくらいは許せや」


 などと爽やかに笑うハゲ。そして、俺が仕返しを考えるよりも早く踵を返し、担架に乗せられた仲間と共に帰って行った。


「いってぇ……覚えてろよ、あのハゲ」


 握られた手をプラプラさせて、愚痴りながらスラリン達の所に戻ると、俺の愚痴を聞いていたナミタロウが近寄ってきた。


「テンマ……それ、やられて逃げ帰る、三下のセリフやで」


 言われて俺もそう思ったが、肯定するのは嫌だったので、ナミタロウの言葉は聞こえていないふりをした。


 そのままソロモンを抱えて控室に戻る途中で、次の試合に出場する前々回の準優勝チームとすれ違った。

 別に声を掛けたわけでも無いのだが、向こうが止まって睨むような目つきでこちらを見ていたので、自然とにらみ合うような形になってしまった。


 相手は前衛らしき男が三人に、魔法使いと思われる顔を隠したのが一人、スレンダー美人と言った感じの女弓兵が一人だ。女弓兵は耳が少し尖っていたので、もしかしたらエルフの血が入っているのかもしれない。


「かまうな。行くぞ」


 魔法使いらしき人物が声を出し、その言葉に他のメンバーが俺を避けるように歩き出した。

 声からして男のようだが、どうやらあいつがリーダーのようだ。


 そいつに鑑定を行おうかと思ったが、俺とそいつの間に係員が割り込んで来たので、大人しく控室に向かう事にした。どうやら係員は、俺とあいつらが乱闘でもするかも、と思っていたようで、俺が反対方向に歩き出した時に、『良かった……』と小さな声で漏らしていた。


 下馬評通りなら、あのチームが上がってくるはずなので、スラリン達を交えて少し戦い方を考える事にした。

 まず、前衛の三人。この三人は盾を持っておらず、斧と槍を持っていた二人の男はおそらく戦士で、どちらかと言うとパワーファイターと言った感じであった。

 残りの一人は左右の腰に片手剣を挿していたので、おそらくは剣士であり、装備から見ると速度重視のようだ。

 この男達を、俺はどこかで見たような気もするのだが、特に気にするほどの事でもない、と結論付けて考えない事にした。

 弓兵に関しては、背中に背負っていた短弓がメインのようで、その他に近接用と思われる短剣を二振り腰に差していた。

 魔法使いがどれほどの腕か判断することは出来なかったが、あの態度からするとおそらくはチームのリーダー格で、弱いと言う事だけは無いと思う。


 控えのメンバーがいるのか分からないが、二回戦でメンバーを変えてこないようならば、魔法使いは俺が担当する。

 まあ、じいちゃんより強いとは思えないので、負ける事は無いだろう。ただ、広範囲の魔法を連発されると面倒くさいので、速めに倒すのがいいだろう。


 前衛の三人には、スラリンとシロウマル、それにナミタロウで当たらせる。

 シロウマルとナミタロウがメインで、スラリンがフォローに回ればお釣りが来るだろう……と言うか、この三匹だけで相手チームと互角以上に戦える気もする。


 最後の女弓兵だが、これはソロモンが担当だ。

 正直言って、この弓兵が一番俺達のチームと相性が悪いように思う。その中でも、ソロモンとの相性は最悪だろう。

 何せ、ソロモンの防御力の前では、並の短弓では役に立たないだろうし、近接用と思われる短剣もソロモンに大したダメージを与えるのは無理だろう、ソロモンは真っ直ぐ向かって行って、ただ体当たりをすればいいだけの簡単なお仕事だ。ただし、目と口に矢を受けない様に気を付けるよう言い聞かせておいた。


 後は臨機応変に、怪我をしない様にガンバロー……と言った感じで作戦会議は終わってしまった。と言うか、元々オラシオンの基本的な作戦は『臨機応変に』なので、事前に担当する相手を決めただけのようなものだ。

 

 作戦が終わり、一息ついた頃には決着がついたようで、係員が二回戦の相手が決まった事を知らせに来た。

 予想通り前々回の準優勝チームだ。


 大会も今のところは波乱も無く、注目チームは順調に勝ち進んでいる。

 しかし、波乱があるとすれば次の試合だと大会に詳しい者達は考えているだろう。

 次に出て来るのは『暁の剣』である。本来ならば、個人本選に進んだジンやガラットを擁するこのチームは、実力上位のチームとして一回戦突破は確実視されていてもおかしくは無い。


 しかし、そのジンとガラットは個人戦でアムールに負けている。

 ただ負けただけならば、ここまで不安視される事も無かったのだが、負けた後で、二人が決して軽くない怪我を負ったという情報が賭けに参加する者達の間で駆け巡った。

 これは賭けの胴元や、掛け率の操作を企む者達の仕業である。


 その結果、大会前まで注目チームであったはずの暁の剣の倍率と、相手チームの倍率にはほとんど差が無かった。

 ちなみにその相手チームだが、本選初出場で最近売り出し中のチームである。

 実績の面では暁の剣に完敗だが、チーム自体に勢いがあるので、今の暁の剣ならば勝てるのでは、と考える者達が多いようだ。


「気になるし、見に行ってみるか」


 スラリン達に確認を取ると、皆大人しくバッグに入っていく。

 ナミタロウだけは自力で行こうとしていたが、余計な事をしそうだったので無理やりにバッグに詰めた。


 控室から出て、係員に選手用の見物スペースに案内してもらうと、そこは観客席の下に当たる場所(観客席は二階から上)で個室になっており、窓を開けるとそこからは闘技台がすぐ近くに見える。

 安全の為、壁は厚くて窓は小さめに出来ているので少々見にくいが、選手や関係者以外では見る事の出来ない角度で試合を見物出来るようになっている。


 部屋の広さは縦横4m高さ3m程なのだが、バッグから全員を出すと少し狭く感じる。

 窓も縦50cm横1mと言ったくらいなので、全員で顔を引っ付けながら見る事になった。最も、シロウマルとソロモンは暁の剣の試合が見たいわけでは無く、俺とスラリンが見ているので興味を持っただけのようで、すぐに離れたので余裕が出来た。 


 試合は始まったばかりのようだ。

 暁の剣は前衛の真ん中にメナスが陣取り、5m程の間隔を空けて左にジン、右にガラットがおり、メナスの後方4~5mの辺りにリーナがいる。


 対する相手チームは、戦士が二人、魔法使いが一人、弓兵が二人の順で、サイコロの五の目の様な陣形をつくり、暁の剣と相対している。


 最初に動いたのは相手のチームだ。

 弓兵が矢を射かけ、それに合わせるように全員がゆっくりと前進し始めた。

 暁の剣は前の三人が矢を弾いたりしながら防御を固め、迎え撃とうとしている。

 

 やがて両者の距離が縮まって来ると、魔法使いが土魔法で石を飛ばし始めた。

 飛ばしている石はこぶし位の大きさだが速度はあまりないので、リーナが余裕をもって防いでいる。

 リーナの使っている魔法は『エアボール』だが、以前『エアブリット』を教えた事があり、ブリットとまでは言わないが、通常のモノよりは威力の上がった圧縮されたエアボールになっている。


 ここまでは互角の様相であったが、距離が詰まり、弓兵の矢が止まった瞬間、前にいた戦士が走り出した。

 それに合わせ、魔法使いの飛ばす石の数と速度が上がり、弓兵は戦士の後ろから左右に飛び出して、ジンとガラットをそれぞれ狙い撃ち始めた。


 先頭の戦士は二人共メナスへと向かい、二対一の状況を作ろうとしている。戦士達の武器は片手斧と片手剣で、反対の手に大きめの盾を持っていた。


 相手のチームは、手負いのジンとガラットを弓兵で、魔法使いのリーナを魔法使いで牽制し、その隙にメナス、リーナの順に戦士二人で潰してから、残りのジンとガラットを仕留める作戦のようだ。

 先に元気な者を倒してから怪我人を倒す。作戦としては効果のあるものであったが、少しの誤算があった。

 それはガラットが獣人族で人族より回復力が高い事と、ジンが人族なのに獣人族並の回復力を持っていた事だ。おまけに、テンマが怪我の治療を手伝っている。これらが合わさった結果、普通の人間なら立つ事も出来ない状態が、ある程度は戦える状態まで回復していた。

 そして、ジン達のクラスのある程度とは、短時間ならば一般の冒険者を上回るくらいは軽い状態の事を言う。


 もし相手が初めから全力で、ジンとガラットを潰しにかかっていたら、どちらか一人は簡単に潰せていただろう。

 しかし、なまじ勝ち目があり、次の試合も視野に入れていた結果、それは完全な油断となり、予想外の攻撃を食らう事になった。


「そいやっ!」

「せいっ!」


 メナスに向かって走っていた戦士二人は、自分達より速い速度で接近するジンとガラットに気付くのが遅れ、横から一撃を食らい大きくバランスを崩した。

 さすがに体調が完全では無い為、その一撃で戦士二人を倒すことは出来なかったが、大きな隙を見せている相手にメナスが強烈な一撃を放つ。


 いくらメナスが女とは言え、その正体は一流の冒険者で戦士である。大きな隙を見せている相手に対し、強烈な一撃を、二発(・・)連続で放つなど造作無い事であった。

 そして、倒れてギリギリ意識のある二人に対し、きっちりと止めを刺すジンとガラット。

 これで数の優位性は逆転した。ついでに戦力もである。


 後は先ほどとは逆に、ジンとガラットが弓兵を牽制し、メナスとリーナで魔法使いに攻撃を仕掛け始めた。

 ジンとガラットは、さすがに怪我の後遺症で早くは走れず、弓兵を走って仕留める事は出来ないが、ゆっくりと迫って行き、メナスとリーナに攻撃をさせない様にすればいいだけで、自分達に向かってくる矢は難なく叩き落とせたので問題は無かった。

 弓兵も、ジンやガラットから目を離した隙に接近されるのは目に見えているので、迂闊に攻撃目標をメナスとリーナに変える訳にもいかず、ある種の膠着状態に陥っていた。長くは続きそうに無い膠着状態ではあったが……


 周りからの援護が消えた魔法使いは、後方に走って逃げながら魔法を放ち始めた。しかし、後ろ向きに走りながら放つ魔法は、(ことごと)くメナスとリーナから外れ、しかも、逃げるのに邪魔な動きとなり、だいぶ距離があった筈のメナスが早くも追いついて来た。

 たまにメナスに魔法が向かって行っても、リーナによって簡単に防がれてしまうので、もう打つ手無しである。


 ここで降参を申し出ていればよかったのだが、迫りくるメナスに怯え、仲間の助けが無い魔法使いは軽いパニック状態になり、降参すると言う事が頭の中から抜けていた。

 その結果、魔法使いは宙を舞った……メナスの一撃によって……


 魔法使いが潰され、ジン達に囲まれそうになっていた弓兵二人は、急ぎ弓を下に放り両手を上げ降参した。




「勝者、暁の剣!」


 審判の声を聴き、観客席からは歓声とため息が半々に聞こえて来る。

 俺達の居る個室は、丁度観客席の真下になるのでかなりうるさい。


 どうやら賭けで損した人間が予想以上に多いようだ。おそらくは賭けに参加していない観客を除くと、暁の剣より相手チームに賭けた者の方が多いのだろう。そして、暁の剣に賭けた者は、数が少ないが掛けた金額は多い、そんなところだと思われる。

 なので、暁の剣の倍率の方が低いにもかかわらず、観客席から半分近くのため息が聞こえた……と言うところだろう。


 何にせよ、暁の剣の勝利は前評判通りであり波乱は起きず、順当勝ちであったと言う事だ。

 ジン達の試合が終わったのと、想像以上にこの場所がうるさいので控室に帰ろうかと思ったが、次の試合が前回の優勝チームだったのを思い出したので、我慢してこの場に残って見物する事にした。


 しかし、俺のこの判断は後悔する事になった。

 何せ、前回優勝チームの圧勝だ。見ていて、ほとんど(・・・・)参考にならないくらいに、あっさりと勝ってしまった。

 前回優勝チームのメンバーは、戦士二人、剣士一人、魔法使い二人で、それぞれが開始の合図と共に相手に向かい、魔法や武器の一撃で倒してしまった。


 こうなると、前回の優勝チームが強すぎるのか、相手のチームが弱すぎるのか判断に迷ってしまう。

 唯一の収穫は、近接戦闘の出来る魔法使いが二人いた、と言う事だけであった。

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