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第5章-11 ジンVS山賊王

「止めろ!そんな不吉なナレーションはっ!」


 俺の呟いた言葉を聞いて、ジンが詰め寄ってきた。

 この世界にも劇などは存在するので、前世でも使われていたセリフによく似た言葉が存在している。


 ちなみに劇の演目には、前世のシェイクスピア作品やオペラを元にしたと思われる作品、さらにはアニメや漫画、小説のストーリーを元にしたような作品等も存在しているので、十中八九以上の確率で転生者が関わっていると考えられる。


「緊張がほぐれたろ?」


「疑問形で答えるなよ!それに俺は緊張なんかしていねぇ!」


 そう言って、今度こそジンは闘技場へと向かっていった。

 せっかくなのでジンの後をついて行き、闘技場の出入り口付近で試合を観戦する事にした。


 ジンが闘技場に姿を現すと観客席からは大きな歓声が起こり、それを見てジンが注目選手の一人であった事を思い出した。

 

 ジンへの歓声が少し小さくなった頃、再度大きな歓声がジンの反対側から起こった。山賊王の登場だ。大きな歓声の中、堂々と歩いている山賊王は貫禄十分であった。

 大会開始前からの注目選手同士の戦いだけあって、観客達は今日の試合の中で一番の盛り上がりを見せており、先程から観客達のボルテージは上がりっぱなしだ。

 しかし、二人が闘技台の中央付近で対峙すると、今度は先程の歓声が嘘のように静まり返った。

 その隙に審判が二人の間に入り、二人に対して何かを話している。

 審判の言葉に二人が軽く頷き、そして……


「準決勝、アムール対ジン。試合開始!」


 試合が始まった。審判は開始の合図と共にすぐさま後ろへと下がり、二人が同時に駆け出した。

 ジンの武器は刀身が1.5m程の大剣でこの試合で初めて使う武器だ。見た感じ、剣の幅は20cm以上30cm以下程でかなりの重量がありそうだが、刀身の色からするとおそらくミスリル製の武器みたいなので、見た目よりはかなり軽いはずだ。

 一方の山賊王の武器は予選から使っている物と同じ型の武器のようで、斧に刃こぼれ一つないところを見ると、どうやら同じ型の武器をいくつか用意しているのか、もしくは自分で修復する事ができるのであろう。


 二人の振るった武器がぶつかりあった瞬間、ガキンっと大きな音が会場に響いた。そして……

 

「どぉらぁああああっ!」


 ジンが打ち勝った。

 僅かに打ち負けた山賊王は後ろに数歩下がり、速やかに体勢を整えようとしたが、山賊王が体勢を整える前にジンが襲いかかった。


「せいっやぁあああーーー!」


 目一杯の力を込めた上段からの打ち下ろし。これにはさすがの山賊王も打ち合いをせずに、間一髪で後方へと跳んで躱した。

 躱されたジンの一撃は、そのまま闘技台の石畳を砕き、山賊王が居た場所に小さなクレーターを作り出した。

 

「くそっ!外したかっ!」


 当たれば一撃必殺となったであろう攻撃を躱され、ジンは悔しそうに呟いた。

 山賊王はジンの攻撃を躱した瞬間、反撃を加えようと武器を構えて一歩踏み出そうとしていたが、ジンは眼光だけで山賊王の動きを止めていた。

 

 ジンの眼光に反撃のタイミングを逃してしまった山賊王と、攻撃を躱されて隙を晒してしまったジン。

 互いの動きが止まってしまい、自然と仕切り直しの流れとなり、二人は再度武器を構え直した。


 今度の立ち上がりは、先ほどとは違いゆっくりとしたものであったが、その分二人の間の空気は張り詰めており、それに釣られて観客達も息を殺して見入っている。


 ジンは大剣を肩に担ぐようにして構え、山賊王に対し左方向に回り込むようにしてすり足でゆっくりと動き、山賊王は斧を腰だめに構えてジンを待ち構えている。


 ズリッ、ズリッとジンのすり足の音が聞こえてきそうなくらいに静まり返る会場。 

 ジンはしばらくの間、山賊王の様子を伺うかのようにすり足を続け、突如として攻撃に移った。

 

 ジンの攻撃に対し、待ち構えていた山賊王は打ち負ける事はなく、ジンの勢いに乗った一撃を防ぎ反撃に転じた。

 ジンもまた山賊王の反撃を受け止め、互いに足を止めての打ち合いを開始した。


 一合、二合、三合……二人は足を止めて至近距離で打ち合いをしているというのに、互いに致命打を与えることが出来ないでいる。

 恐らくは互いの武器がぶつかり合うたび、双方の神経と体力は磨り減っているであろう。その証拠に武器がぶつかり合う音が、最初の頃と比べると少しずつ小さくなっている。


 しかし、そんな二人を他所に、観客達は大盛り上がりである。何せ、外から見る分には二人の打ち合いは分かりやすい戦い方である。

 普通に考えれば、当たれば、少しでもミスをすれば負けるというような打ち合いを繰り広げているのに、先程から互いの体にかすりもしていない。

 もしこの打ち合いが、二人が戦いを盛り上げる為にわざとやっているものであったのならば、会場は耳を塞ぐ程にうるさいブーイングで揺れているであろう。しかし、この会場に居る観客達は戦いに関して目の肥えている者が多い。


 何せ、年に一度の大会を見る為に、朝から、もしくは夜中から並んでまで見ようとする猛者達がほとんどだ。中には記念に、もしくはコネで会場に入る事の出来た者達もいるが、それは全体の一割ちょっとである。その一割ちょっとも王族や大貴族と呼ばれる者達、あるいは大貴族とコネのある運のいい者達か本選出場者である。

 この大会においては、いかに貴族という肩書きがあろうとも通用するとは限らないのだ。

 最も、それが理解できない者が毎年のようにいるので、一部のお偉いさん達の頭を悩ます事になっている。

 


 外野の事はさて置き、二人の打ち合いも突然の終わりを迎える事となった。

 それは、二人が打ち合いを初めて何十合目かの時であった。


「おらぁあああ!」


 ジンの気合と共に放たれた一撃が、山賊王の斧を破壊した。無理も無い、何せジンの武器はミスリル製であり、山賊王の武器は鉄製、良くて魔鉄製であろう。寧ろミスリル製の武器と何十合もよく打ち合えたものである。

 等と思い、手を緩めるようなジンではなかった。


 山賊王の武器が砕けた瞬間、ジンは大剣を振り上げて、まるで薪でも割るかのごとく山賊王目掛けて振り下ろした。

 ジンの一撃が山賊王の脳天から切り裂いたかのように見えたその瞬間、観客席からは大きな悲鳴が上がり、審判も駆け寄ってきたが……


「手応えがないっ!なんで、がはっ!」


 切り裂かれた山賊王に、ジンは蹴り飛ばされてしまった。どうやら寸前で山賊王は回避した様だ。だが、毛皮は顎の下辺りから右の太ももの辺りまでを切り裂いていた。

 ジンを蹴り飛ばした後で、倒れ込むかの様に前のめりになる山賊王。

 しかし、山賊王の足下には血溜まりが出来るどころか、一滴も血が流れていない様に見える。

 観客や審判の視線が山賊王に集まり、そして……


「がおー!……お?」


 山賊王が着ていた毛皮(装備)の中から、少女が両手を突き上げて現れた。

 突然の状況に時間が止まる会場。少女自身もどうしていいのか分からないようで、両手を突き上げたままの格好で固まっている。


「お、お前は誰だ?」


 蹴り飛ばされたジンが立ち上がり、少女に対し、この会場に居る皆が思っているであろう疑問を投げかけた。


「アムール!もしくは、山賊王!」


 胸を張ってそう宣言する少女。

 そして、腰に下げていた袋から新たな斧を取り出して、ジンに向けて構えた。


「はぁあああっ!」


 山賊王……アムールは気合を入れてジンに飛びかかろうとしたが、その前に審判より待ったの声がかかった。


「この試合、一旦中止といたします!両選手はその場で待機してください!」


 急ブレーキをかけてジンの数m手前で止まるアムール。その顔はかなり不満そうである。 

 最も、ジンもアムールが飛びかかってこようとする気配を察知しており、大剣を構えてカウンターを合わせようとしていたので、もしかしたらジンの方が不満が大きいかも知れない。


 審判は二人が動きを止めたのを見て、他の審判を招集した。

 審判達が集まっている場所には、アムールが着ていた山賊王の毛皮が落ちており、どうやらその毛皮がルールに違反するアイテムなのかを話し合っているようだ。


 話し合いはなかなか終わらず、もうすぐ10分が経とうとしている。

 ジン達は互いに闘技台の上に腰をおろし、体を休めている……と言っても、互いに大きな怪我等は無く、蹴られたジンにもダメージと言えるものがないので、両者共にじっと座って体力を回復させているだけである。

 その時、審判の一人が話し合いの輪から抜け出して建物の中へと走っていった。

 走っていった審判は、どうやら王様達の指示を仰ぎにいったようで、王様達がいるあたりが少し慌ただしくなっていた。

 そして、審判が戻ってくるより早く、一人の老人が審判達の所へと観客席から降りて行った。


 老人が審判達の所へと歩いて行くのを、警備の兵達が誰も止めようとしないので、観客達がざわめきだした。

 老人が審判達の所へと到着し、毛皮を少し調べた後、何かを話して引き返してきた。

 その後、審判達が何かを話し合い、老人が建物へと入って行ったところで審判達は解散した。


「皆様おまたせいたしました。審判団で協議した結果、このまま試合を続行いたします。なお、協議の理由といたしましては、アムール選手の装備していた毛皮の鎧が、ルールに違反した物ではないかとの理由でしたが、我々では判断がつかなかった為、急遽、賢者として誉れ高いマーリン様に鑑定をお願いいたしましたところ、この毛皮の鎧はマジックアイテムではありますが、使用者の力量により効果が増減する類のものであるとの事なので、失格対象とは致しません」


 審判の説明が終わり、ようやく試合が再開される事になった。

 しかし、ジンが切り裂いた毛皮は修復無しでは装備ができない状態なので、アムールは山賊王形態ではなく、毛皮の中から出てきた状態からの再開である。


 今のアムールの装備は、防御力の薄そうな皮の鎧に新たに取り出した斧であり、完全に斧の大きさがアムールの身長を超えている。

 小さな女の子が身の丈を超える武器を振う様は、前世のオタク文化で慣れているテンマを除いて、皆困惑を隠せない。

 現にアムールと対峙しているジンでさえ、アムールがまともに斧を振るう事ができるのか半信半疑の様子である。


 しかし、そんな疑惑は無用であった。

 アムールは斧を担ぎながら、ジン目掛けて素早く近づき、鋭い斧の一撃をお見舞いした。


 虚を突かれたジンは、寸前で横に飛んで一撃を躱した。

 上段から放たれたアムールの一撃は、先程同じようにジンが放った上段の一撃よりも、大きなクレーターを作り出して、ジンのみならず、観客達の度肝を抜く事となった。


「なんちゅう馬鹿力だ!」


 ジンが一瞬だけクレーターに意識をやった瞬間、闘技台にめり込んでいた斧の刃がジン目掛けて台をえぐりながら迫ってきた。


「逃げるな!」


 アムールの声と同時に、斧はジンの体を捉えようとしたが、ジンの大剣がギリギリで斧を防いだ。しかし、斧の勢いは止まらずに、そのままジンを数m弾き飛ばした。


「危なっ!」


 飛ばされながらも体勢を整えて着地したジンを見て、観客達は大いに沸いた。

 アムールは正体をあらわしてから、ほんの少しの間で観客達の心を掴んだようで、ざっと見た感じでは、ジンの応援の声よりもアムールを応援する声の方が多そうだ。

 何せ、片や有力候補とは言えむさい男、片や大男かと思いきや本当は女の子。

 片や筋肉の塊で戦い方も見た目通り、片やその体に不釣合いな大斧を軽々と振り回すなど、想像のつかなかった戦い方。

 その結果、アムールを応援する観客が増えたとしてもおかしくは無い。


「うわ~やりにく~……ほとんどアウェーに変わっちまった……」


 ジンはそんな事を言っているが、言えるだけまだまだ余裕があるのだろう。

 アムールも、まだジンが余裕の表情を見せている事に気がついたようで、むやみに間を詰める事をためらっているようだ。


 しかし、そのためらいが隙となり、ジンの反撃の切っ掛けとなってしまった。


「力は凄いが、まだまだガキだな!」


 ジンの接近に慌てながらも迎撃体勢を取るアムールであったが、ジンの方が早かった。


「せいやっ!」


 ジンの体を伸ばしたように放った突きは、アムールの体勢が整う一瞬先に襲いかかった。


「ん!」


 なんとかギリギリで斧の柄で剣先を逸らしたアムールであったが、それは直撃を避けたと言うだけで、逸らされたジンの剣先はアムールの左肩を抉った。


「うっ!」


 傷は幸いにして浅かったのだが、それでも出血は免れず、更なる隙を晒すことになってしまった。


「ハッ、ハッ、ハッ、せいやっ!」


 その隙を逃すまいと、ジンの連続攻撃が始まる。

 初めの内こそアムールはなんとか防いではいたが、徐々に防御が間に合わなくなってきて、今では体の何箇所からか出血が見られる。

 それでもアムールは致命打だけは避けて、反撃の機会を伺っていた。そんなアムールに、ジンの突きが襲いかかってきた。 


「そこっ!」


 渾身の力を込めて、アムールがジンの大剣を弾いた……のだが、


「俺もそれを待っていた!」


 初めからアムールに突きを弾かせる腹積もりであったジンは、体勢を崩すこと無く間合いを詰めて、アムールの顔面めがけて体重を乗せた左のストレートをお見舞いした。

 突きを弾かされて(・・・・・)しまったアムールは、全くと言っていい程ジンの拳に対応することができず、モロに右の頬辺りに拳を食らってしまい、そのまま後方に吹き飛ばされてしまい、ゴロゴロと転がっていった。


 アムールは後方数m程の所でようやく止まり、フラフラになりながらもなんとか立ち上がったのだが、その目は焦点が合っておらず、半ば意識が飛んでいるようにも見えた。


 しかし、ジンはそんな事はおかまいなしといった感じに、今だにふらついているアムールを仕留めようと走り出した。

 その様子を見ていた観客(ファン)の一部からは、ジンに対しブーイングが飛んでいたが、ジンはまるで聞こえていないといった様子だ。


 ジンは勢いのままに体当たりを繰り出したが、アムールはコケるような感じで斜め前に転がって難を逃れた。

 避けられるとは思っていなかったジンは、勢い余って場外に飛び出しそうになってしまったが、なんとか踏ん張って落ちる事を回避し、フラフラと自分の斧の所へ向かっているアムールを見つけ、また走り出した。


「いい加減にしろ!」


 ジンは何度かアムールに向かって剣を振るったが、不思議な程にアムールには当たらない。

 ジンが殺してしまわないように、剣の横っ腹で仕留めようとしたり、大振りになってしまっている事も原因の一つであろうが、それを差し引いても一発も当たらないというのはおかしい。


 ジンが何か嫌な予感がした瞬間、アムールが再び斧を掴んだ。


「ガァアアアアァーーーーー!!」


 アムールは会場が震えているのではないかと錯覚する程の雄叫びを上げながら、振り向きざまに斧を叩きつけた。

 斧は凄まじい勢いで闘技台に叩きつけられ、斧は台に数m程の亀裂を入れた。

 幸い、ジンに当たる事は無かったが、ジンはアムールの雄叫びに一瞬硬直してしまい、斧が直撃していたら死んでいてもおかしくはなかった。


「な、なんだ、今の一撃は!」


 驚きながらアムールから距離を取るジン。当のアムールは台から斧をゆっくりと抜いていた。

 抜いた斧を肩に担いだアムールであったが今だにふらつくようで、肩に担いだ斧の重さに倒れそうになっていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 今のアムールは、どこから見ても満身創痍である。普通ならばここで畳み掛けるべきではあるのだが、先程の一撃のせいでジンは慎重にならざるを得なかった。

 もしかしたら、アムールのあの状態は演技なのかもしれない。

 ジンの思考の中で、大半がそれを否定しているが、少しでもそう思ってしまい、更には台に出来た亀裂を見てしまった以上、完全否定もできない。するには危険すぎる。

 何せ、あの一撃を食らってしまったならば、試合に負ける可能性が高いだけでなく、命そのものが無くなってしまう可能性がある。

 

 客観的に見たら、自分の方が今だに有利な状況である。そう思える以上、ここで無理に動く事は下策であり、慎重に進める事が肝要である。

 ジンは冒険者としての経験上、そう結論づけた。

 何せ、今のアムールからは、駆け出しの頃に討伐に挑戦した魔物にそっくりである。


 それは虎型の魔物で、ランクはC~Bくらいだった。

 当時のジンには少し荷の重い相手であったが、それでも全てをうまく運ぶ事ができ、あと少しで倒せるといったところまで追い詰めた。

 しかし、経験の浅かった当時のジンは、最後の最後で油断し反撃を食らってしまった。

 運良く応援に駆けつけたベテランの冒険者に助けられたが、あと少しで死んでしまうところであった。


「手負いの獣は恐ろしい、か……」  


 昔の事を思い出したジンは気を引き締め直し、武器を握る手に力を込めた。


(だが、手をこまねいていても仕方がない……これで決める!)


 そう思いながら、ジンは軽くフェイントを入れながらアムールとの間合いを詰めた。

 今だにアムールは体を満足に動かせる状態ではないみたいで、ジンの突進に反応ができていない。


「どぉりゃーー!」


 ジンの強烈な横薙ぎがアムールの体に命中したかに見えたが、僅かにアムールの防御が間に合ったようだ。

 しかし、アムールは踏ん張ることができずに、まるでゴムまりのように吹き飛ばされてしまった。

 おまけに、防御に使った斧の柄は、遠目からでもわかるくらいにくの字(・・・)に曲がっている。


 ジンの一撃に吹き飛ばされ、武器も曲がり、全身に擦り傷を負いながらも、アムールは場外付近で踏みとどまり、またも立ち上がった。 


「くそっ!マジでしぶといなっ!」


 力んでしまった事を誤魔化すように愚痴をこぼしながら、もう一度アムールを吹き飛ばすために、ジンは大剣を構えながら走り出した。


 ジンがアムールに接触するまで、残りはわずか数秒。

 観客達のほとんどは、このままジンが勝つだろうと予想し、健闘したとアムールを褒め称えようと準備していた。


 しかし、現実は違った。

 観客達の予想を越え、ジンの予定を狂わせる事が起こった。


「んなっ!」


 その出来事に驚きの声を上げるジン。

 それもそのはずで、アムールはあろう事か、自身が現在装備しているもので、一番の防御力がある斧を放り投げ、ジンの渾身の一撃を素手の両手で挟むようにして受け止めてみせたのだ。

 しかし、完全に止めれた訳ではなく、肩のところに刃が食い込んでいる。


 だが、それは些細な事であった。

 ジンは自分の一撃が止められた事で、無防備な状態で動きを止めてしまった。

 その事にジンが気づいた時には、アムールの拳が自分の顎に当たる直前であった。


「うがぁあああーーー!」 

 

 アムールの声が会場に響くとほぼ同時に、ジンの頭が跳ね上がった。

 ジンは顎を下から殴られたはずみに、大剣を握っていた手から力が抜けてしまった。


 アムールはそれを見逃すこと無く手で払い除け、ジンの大剣を場外へと飛ばした。

 これで、ジンがこの試合で大剣を使うことが不可能となってしまった。


 アムールは大剣を払い除けた後、畳み掛けるようにして連撃を加えていく。

 ジンの顔面を殴り、腹部を殴り、肩を掴んで鼻めがけて頭突きを食らわす。


 形勢が逆転した感じではあるが、ジンとてそう易々と攻撃を食らっているだけではなかった。

 アムールが頭突きをした瞬間に、ダメージを負いながらもアムールの両腕を掴み、背負技のように下に叩きつけた。

 

 ジンがもしも普通の状態であったならば、今の一撃で勝負はついていたであろう。

 しかし、頭部にダメージを受けてすぐに動いた為、一瞬ではあるが意識が飛びそうになってしまった。

 ジンの投げ技はその分だけ力が乗らず、不完全な状態であった為、アムールは叩きつけられる瞬間に強引に体を捻り、ダメージを軽減することが出来た。


 互いに大きなダメージを負い、武器も無く、軽く押せば倒れてしまうのではないかと言う、全くの互角と言っていい状態である。

 そんな二人は、最初の頃とは比べ物にならないような動きで殴り合いを始めた。

 二人の攻撃に威力、命中精度などはほとんど無く、十発放って二~三発掠る(・・)かどうか、といった感じである。


 しかも、大した威力が無い一撃を外すたびに、体が流されて倒れかける程に満身創痍な両者。

 しかし、そんな攻防にも終わりが近づいてくる。

 徐々にアムールの攻撃が当たる回数が増えてきたのだ。しかし、それはアムールの攻撃が鋭くなってきたからではなく、ジンの動きがさらに鈍くなってきたからだ。


 これはジンの運が無かったと言うしか無い。

 同じような攻撃力に同じような防御力、さらに同じような速度で同じような命中力であったのならば、両者の差は体格によって現れる事となる。


 両者が普通の状態ならば、懐に潜り込んだり潜らせなかったり……等のレベルの話になるのであろうが、残念ながら、今の二人は共にその場からろくに動く事のできない状態である。

 二人に現れた体格の差とは、攻撃を外した時に必要な、自分の体を止める為の力の差である。


 同じような速度の物を止めるには、より重量がある方が力を必要とする。

 なので、ジンの方が同じような動きをしていても、アムールよりも体力を消費してしまっていたのだ。


 もしもアムールが、当初の予想通り(・・・・・・・)にジンと同じような体格であったのならば、最後まで動いていたのはジンの方だったかもしれない。


 しかし、体力を使い果たしてしまい、立っているのがやっとのジンは、アムールの最後の力を込めた一撃を体に受けて、崩れるようにして倒れてしまった。そして……


「勝者、アムール!」


 審判の口から、アムールの勝利が告げられた。

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