第5章-1 武闘大会前日の騒動
今日は祭りの前夜なので本番の祭りは明日からのはずだが、気の早い連中をターゲットにした屋台などがそこらじゅうに出ており、十分すぎるほどに賑わいの火種を振りまいている。
そんな中、俺達は明日から始まる『戦勝祈願御前武闘祭』……通称『武闘大会』に向けて、休息と下見を兼ねて会場に向かっている……はずだった。
「テンマ、向こうに行ってみよう!」
「テンマ、あれが食べたい!」
「テンマ、喉が渇いた!」
今俺は、久しぶりに会う猫の三人娘に引っ張られて歩いている。
そして、そんな俺達の後ろには苦笑いを浮かべているプリメラと不満げな表情のジャンヌとアウラ、さらにはそんな俺達を面白そうに見ているアイナとクリスさんがいた。
「なんでこうなった……」
事の始まりは今日の朝、俺一人で会場の下見に行こうかと支度をしている時だった。
「テンマ、お客さんじゃぞ」
ほとんど支度が終わろうかとしている時に、そう言いながらじいちゃんが俺の部屋やってきたのだ。
「俺に客?誰なの?」
この王都において、俺を訪ねてきそうなのは限られている。しかも、そのほとんど……特に王族関係の人々は屋敷に勝手に入ってくることが多いので、仕方なく屋敷を守っているゴーレム達に顔パスで通すように命令(設定)している。
なので、考えられるのは俺の知らない人物……主に、目ざとい貴族が俺の勧誘に来るくらいしか思いつかない。
それでも、屋敷の中まで勧誘に来る者はこれまでいなかった……と言うか、じいちゃんが許さなかった。
「とにかく降りて来い。客間に通しておるからの」
少しにやけた顔をしたじいちゃんの後について行き、俺は客間のドアを開けた。
そこに居たのは……
「「「テンマだ!わ~い!テンマ~~」」」
俺に飛びついてくる、リリー、ネリー、ミリーの三姉妹。
「お久しぶりです。テンマさん」
それに、鎧に身を固めたプリメラだった。
「四人とも久しぶり……だけど、なんでここにいるの?」
俺の質問に、プリメラは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「実は、大会に参加するためなんです……最も、そのついでに王都で少し勉強してこい、と団長に言われて、第四騎士団ごと王都に送り出されましたが……」
詳しく聞くと、どうやら王都からの要請がサンガ公爵の所に来たのが原因だそうで、その内容を簡単に説明すると、『人手が足りないから貸してくれ』だったそうだ。
王都からの要請と聞くと問答無用の命令にも思えるが、実際には他の有力貴族(主に王族派)にも声が掛けられており、大した報酬は出ないが派遣された騎士達には幾ばくかの金と休日が与えられるそうで、言ってみれば臨時のアルバイトの誘い、みたいなものだそうだ。
「それで、貴族関係者の多い私の隊が選ばれまして……」
「それは分かったけど……リリー達はなんで来たの?」
俺に群がるリリー達を引き剥がして椅子に座り、次の疑問をリリー達に聞いてみた。
「プリメラが街を出る数日前に、たまたま満腹亭の前で会って、その時にテンマが王都に行ったらしいって教えてもらったから、私達も付いてきたの!」
三人を代表してリリーがそう答えた。どうやらプリメラは公爵経由で俺の居場所を知ったらしく、それをリリー達に教えたそうだ。
「そのついでに大会のチーム戦に参加しようかと思って、テンマも誘いに来たの」
リリーが言うには、王都には昨日の夜遅くに着いたそうで、ギリギリで大会登録ができたそうだ。
チーム戦は相手に手の内を見せないように、チームメンバー全員の名前を登録時に書く必要はなく、代表者の名前だけを書いておき、チーム戦の初戦前にメンバーを登録すればいいようになっている。
ちなみに、リリーにメンバーを聞くと、『山猫姫』に『俺とシロウマルかスラリン』、そして『プリメラ』でチームを結成するつもりだったそうだ。
「ちょっと待て!なんでプリメラが頭数に入っている!」
さきほどのプリメラの説明では、『第四騎士団』は王都からの要請で来た、と言ったはずだ。
だったら大会に参加などできないのではないのか?、その事をプリメラに確認すると、プリメラは目を逸らしながらポツリと漏らした。
「……軍務卿が許可してくれました……」
なんでそこで軍務卿が出てくるのか?とも思ったが、それと同時に、その一言で軍務卿が悪乗りでもしたんだな、とも理解した。
「なんかね、第四騎士団の出迎えに偉そうな男の人が来ていたから、『プリメラとチーム戦に出ていいですか?』って聞いたら、『おう!いいぞ!』って言われたの」
「出迎えに来るくらいだから、プリメラと同じくらいの階級の人かと思っていたから、後で王族の人って聞いてびっくりしたよ~」
「そんな感じはしなかったんだけどね~」
ノリが軽いな軍務卿は……本来ならリリー達は罰則ものだぞ、それ……
そんな事を考えていたら、プリメラが補足を入れた。
「どうやら、サンガ公爵の娘である私が来た事と、同時にテンマさんと知り合いだという事で様子を見に来たんだと思います。リリー達の事も知っていたみたいな感じでした」
そしていつもの如く悪乗りした、と……今度マリア様にチクろうかな……マジで。
「ところでテンマ」
「あれ誰?」
「ここのメイドさん?」
リリー達が指差す方を見ると、そこにはどこぞの家政婦のごとく、ドアの影からこちらを覗いているジャンヌとアウラの姿があった。
「テンマ様……ジャンヌと私を放って置いて浮気ですか……」
アウラが俺をジトっと見ながら小声で呟く。アウラの声は常人なら聞き取れないかもしれないくらい小さなものだったが、ここにいる者達はプリメラを除いて聴力の優れた者達ばかりがいたので、その声を聞き取ることができた。
「テンマ!浮気ってどういう事!」
「なんなのあの二人は!」
「どういう関係なの!」
口早に俺に聞いてくる三人を尻目に、アウラはジャンヌを自分の前に押し出した。
「そこまでです!この、泥棒猫!このジャンヌはテンマ様のお嫁さんです!そして私は妾です!……まあ、予定ですけど……」
アウラはボソリと小声で最後にセリフを付け加えた。
リリー達は呆然としていてアウラの最後のセリフには気がつかなかったようだ。
「テンマ嘘だよね!」
「結婚の予定なんてないよね!ねっ!」
「あんなのがテンマのお妾さんなわけないよね!」
われに帰った三人は俺を激しく揺さぶりながら問いただしてきた。
それに対して俺が言葉を発しようとしたが、それよりも先にアウラが高笑いし始めた。
「お~ほっほっほっほ!見苦しいですよ!テンマ様の横はすでに私たちの指定の場所なのです!分かったならテンマ様から離れなさい、泥棒猫のみなさ、へぶぅ!」
悪役令嬢のような三文芝居をしていたアウラが、突然前のめりに吹き飛んだ。
「適当な事行っているんじゃないわよ!この駄メイド!」
アウラを後ろから蹴飛ばしたのは、何故か朝早くから来ているアイナだった。
「大変申し訳ありませんでした。私は、遺憾ながらこのバカの姉をしております、アイナと申します」
アイナはリリー達に謝りながら近づいてきた。その手にはお菓子が乗せられたお盆を持っており、入口の所にはティーセットを乗せたワゴンを押しているゴーレムもいた。
「ぐえっ!」
アイナは床に倒れているアウラを踏みつけてからテーブルにお菓子を置き、ティーセットを取りに行くときも忘れずにアウラを踏んでいった。
「ぐえぇ!……太ったね、お姉ちゃん……ブギュッ!」
余計な事を言ったアウラは、今度は頭を踏みつけられて動きを止めた。アウラの頭を踏みつけたアイナはすぐさま俺の方に目を向けてきたが、俺は聞いていないといった態度で無視をしておいた。
「……って言う事は、テンマはフリーなんだね!なら、私がお嫁さんになってあげる!」
「私も!」
「私も!」
アウラが静かになった事で、今度はリリー達が騒ぎ出した。しかし、今度の騒ぎも長くは続かなかった。
「ストップです!テンマ様の結婚相手は、ある御方に認められる必要があります!」
突然アイナが戻ってきて、そう言い放った……そして、戻ってくる時に、しっかりとアウラを踏んづけていた。
「アイナ、それ俺も初耳なんだけど……なんで許可がいるんだ?俺の結婚に」
今現在、俺は結婚する気など微塵も無いが、俺が結婚する相手が俺以外に認められる必要がある、等と急に言われて少し頭にきてしまった。
「その相手はじいちゃんではないだろうし……そうか、王様か……少し話し合う必要がありそうだな……」
そんな事を言い出す人物の内、真っ先に思い浮かぶのがこの国の王様と言うのはどうかと思うが、あの人なら言いそうだ。
なので、少し説明して貰おうと思い、城に向かおうかと腰を上げた……が、アイナは首を横に振っていた。
「テンマ様、これが陛下が仰った事ならば、マリア様が黙っていないと思います。今回の事はマリア様のお言葉です。正確には、『シーリア様の代理のマリア様』ですが」
「……どういう事だ?」
アイナの口から母さんの名前が出たので、とりあえず椅子に座り直して話を聞く事にした。
俺が椅子に座るのを待ってからアイナは口を開いた……アウラの上に立って。
「簡単に言うと、シーリア様がマリア様に宛てた手紙に、『テンマの面倒をよろしくね』と書いてあったそうです」
「はぁ?」
俺が簡略しすぎの内容に困惑していると、アイナは頭を下げた。
「申し訳ありませんが、私から詳しく話す事は出来ません。ですが、この手紙はあの事件の直前に書かれた物でして、マリア様はシーリア様の遺言と捉えている節があり、それ故に固執しているようです」
アイナは、自分が言えるのはここまで、といった感じに話を終えたが、納得していない俺とこれ以上話せないと言うアイナのせいで、部屋の空気は微妙なままだった。
そんな空気の中で、俺とアイナの視線が合ったまま数分が過ぎた頃、アイナの足元から声が聞こえてきた。
「重いよ~お姉ちゃん(体重)増えてるよ~行き遅れだよ、へぶっ!」
息を吹き返したかに見えたアウラは、またも余計な一言の為に(強制的な)眠りについた。
しかし、そのおかげで部屋の空気が和らいだ……珍しいアウラのファインプレーだ……本当に、本っ当に、珍しい。
「分かった。今度マリア様に直接聞いてみよう。アイナはマリア様に、その件で俺が会いたがっている、と言っておいてくれ。一時は大会で会えないだろうけど……」
「分かりました。必ず伝えておきます」
嫌な雰囲気に戻る前に、俺は話を切り上げて今度直接聞く、と言う事で気持ちを落ち着かせた。
俺とアイナの話が終わった時に、初めて部屋にじいちゃんとクリスさんがいる事に気がついた。
「あっ、二人共いたの?」
「ふぉっ!」
「ひどっ!」
ストレートに聞いてしまった為、二人共少し傷ついてしまったようだ。
そんな二人は置いといて、俺は当初の予定通りに大会の会場となる闘技場に下見に向かう事にした。
当然の事ながら、俺に会いに来たリリー達は付いて来ると言い、プリメラも暇なので同行する事になり、何故か対抗意識を燃やしているジャンヌと復活したアウラ、そして面白そうだとクリスさんに(アウラの)お目付け役でアイナも付いてくる事になった。じいちゃんはどうしようかと迷っていたようだが、流石にこれだけの女性陣を連れた上に、さらに賢者が混じってしまったら大変な事になりそうなので留守番を頼んだ。
落ち込むじいちゃんに見送られて俺達一行は下見に出かけたのだが、街中の熱気にあてられたリリー達三人娘がはしゃぎ出したせいで冒頭の状況になってしまったわけだ。
「三人ともはしゃいでないで、さっさと会場に行くぞ!」
このままでは日暮れまでに会場に着きそうにないので、少し強引に三人を振り払って進む事にした。
しかし、すでに王都にはかなりの人で賑わっており、なかなか思うように歩くことができない。
「仕方がない。馬車で行こうか」
王都ではその広さから馬車での交通機関が存在しており、明日からの祭りのためにその数が増えている。
王都の中には馬車専用の通路も存在しており、場所によってはかなり便利だ。
「今日までだったらそこまで混んでいないだろうから、乗り合いの馬車で行こう」
馬車は二種類走っていて、前世で言うところのバスとタクシーのようなもので、ここでは乗り合い馬車と辻馬車と言ったりする。
近くにあった馬車の停留所では、馬車が出た後らしく一番前に並ぶことができた。しかし、馬車の定員人数は大体12人くらいなので、もしかしたら何組かに別れて乗る事になってしまうかもしれないので、その時は会場で待ち合わせることにした。
およそ十分後に来た馬車は、俺達が待っていた停留場で降りた客が多かったので、無事に全員が乗り込むことができた。
それから三十分ほどで馬車は会場近くの停留場に着いた。
停留場から会場までは、およそ2~3分の距離であり、馬車を降りてすぐに会場である闘技場が見える。
「結構俺と同じ考えの参加者がいるな……」
会場付近では、明らかに大会の参加者と思われる者達が下見に来ていた。
最も、会場内は関係者以外は立ち入り禁止となっている為、その殆どは会場までの道のりの確認か会場を一目見ておこうといった者達のようだが、中にはチーム戦の勧誘や他の参加者に対して威嚇行為をしている奴もいるみたいだ。
「おっ!もう入場口に並んでいる奴らが居る!」
早くに並んで、少しでもいい席のチケットを手に入れようとする者達はこの世界にも存在するようだ。
そんな前世と同じような光景を見ながら会場の周りを歩いていると、突然後ろの方から複数の視線を感じた。
振り返ってみてみると、俺達の方へと近づいてくる十数人程の男達がいた。
俺が急に立ち止まって振り向いたので、それに釣られて皆同じ方に目を向けた。
「ちっ!」
目を向けた途端、アイナが普段は見せないような嫌悪感を顕にした表情で舌打ちをした。
そしてジャンヌとアウラはすぐさま隠れるようにして俺の背後に回った。
「こんなところで奇遇だなアイナ。それにジャンヌとアウラ……心配していたぞ」
俺達の近くまでやって来た男達の中心から、一人の男が芝居じみた感じで前に出て来た。
「ええ奇遇ですね、クロライド準子爵様。私達は用事があるのでこれで失礼します。では、ごきげんよう」
アイナの言葉からこの男が例のポドロ・イル・クロライド準子爵だと分かった。見たところ、いかにも小物、といった感じで、アイナは嫌そうな顔を隠そうともせずに早口で言い切ると、くるりと背を向けた。
「準子爵様に対して無礼だぞ!」
そんなアイナの態度に取り巻きの一人が激昂し、アイナの肩を掴もうと手を伸ばしたが……
「汚らしい手で触ろうとしないでください!」
アイナは逆に相手の手を素早く掴み、前方に引き落とすようにして地面に叩きつけた。男は顔面を強かに打ち付けて気絶したようだ。アイナはいつの間にかつけていた手袋を外し、男の後頭部に叩きつけた。
何事もなかったかのように新しい手袋を着け直したアイナは、汚物を見るような目でポドロを一瞥すると、そのまま俺の所まで歩いてきた。
「さぁテンマ様、先を急ぎましょう。明日からは忙しくなるので、貴重な休息の時間をハエ相手に無駄に使う必要はありません」
アイナの言葉の意味を理解したポドロは、先程の大物ぶった登場とは打って変わって、顔を真っ赤にしている。
「調子に乗るなよ!この小娘が!私を誰だと思っている!貴族だぞ!準子爵だぞ!」
頭にきたポドロは、辺りを気にする事も無く大声を出して叫んでいる。
しかし、アイナは一向に気にする素振りを見せなかった。
「あら、私は馬鹿になどしていませんよ?ただ、急に女性の肩を掴もうとした不埒者の相手をする暇は無い、と言っただけなのですが……まさか準子爵様はこの不埒者と同じような事をしていらっしゃるのですか?」
アイナの言葉に、近くで様子を伺っていた人達から笑い声が聞こえてくる。
ポドロは顔を真っ赤にしながら周りで笑っている者達を睨んで黙らせていた。
周囲の者達も貴族であるポドロに睨まれたので一応黙ったのだが、それに幾分気をよくしたポドロは俺を指さした。
「まあいい……それよりもそこの小僧!」
「……なんですか?」
正直言って、こんな奴を相手にはしたくないので無視をしたいところだが、ポドロは俺を指差しているので仕方なく相手をすることにした……どうせ訳の分からない事を言うのだろうけれど……
「私はジャンヌの縁者にあたる者だ!だからジャンヌを渡してもらおうか!」
「お断りします」
想像していた通りの事だったので、即答で断る事にした。
俺が即答したことで、そんな風に断られるとは思っていなかったポドロは固まっている。
「それじゃあ、みんな行こうか」
俺達が背を向けた瞬間、我に帰ったポドロが大声で叫びだした。
「このガキ!俺は貴族だぞ!貴様には断る権利などある訳が無いだろうが!」
そんなポドロに対して、俺はため息をつきながら相手をすることにした。
「ジャンヌの家を真っ先に見捨てた時点で、あなたはジャンヌの縁者でも何でもありません。しかも、あなたにはジャンヌの家を積極的に潰そうとした、などという噂まであるではないですか……それにジャンヌの所有権については、俺は王族の方より認められています。なので、いくら貴族様と言えども、私が自分の奴隷を渡さなければならないなどと言う理由はありません」
俺の怒気を孕んだ言葉に、ポドロは冷や汗をかいていた。
「お、王族等と適当な事を……」
「嘘だと思うのならば、大公様やティーダ王子、ルナ王女にお聞きください」
前に馬車の中で大公閣下は俺に対して、ジャンヌを譲ってくれと言っていた。それはジャンヌの所有権が俺にあるからだと認めていたからだろうし、王様達からも元貴族を奴隷にしている事に対して何も言われた事はない。
この世界では、貴族が奴隷に身を落とす、などという事は頻繁にあるわけではないが、そう珍しい話でもない。これが王族や公爵クラスの人物になると話は変わってくるが、ジャンヌは元子爵令嬢であり、それくらいの階級の貴族にいちいち救いの手を差し伸べていたらキリがない。しかも、元貴族の奴隷は色々と能力的に使える者もいるので、そんな元貴族は奴隷としての値段が高額になる者も珍しくはない。
なので、購入した者は滅多なことでは手放すことは無いし、売るにしても買った時以上の値段を付ける者が多いそうで、金銭的にも手を差し伸べる事が難しいと言うのも理由の一つだ。
「理解したのならば、もう行きますね」
今度こそポドロに背を向けて歩き出そうとしたが、ポドロはまだ諦めていないようだった。
「私をただの準子爵だと思うなよ!私は内務卿、『ダラーム公爵』様の使いだ!」
公爵の名前を出して威張るポドロだが、俺からしたら「あっそ」とか、「だからどうした」と言った感じだ。むしろ、「黒幕を教えてくれてありがとう」と言いたいくらいだ。
俺が呆れて黙っているのをポドロはビビっていると勘違いしたみたいで、先程までとは違い胸を張ってドヤ顔をしている。
そんなポドロにアイナが言い返そうとするのを手で制すと、俺達の近くから口を挟んできた人物がいた。
「ほう、内務卿は国民の財産を脅し取ろうとするのかね?」
「なんだとっ!」
ポドロは急に投げかけられた言葉に驚きながらも、声のした方角に向けて怒鳴り声を上げた。
「聞こえなかったのか?内務大臣は、国から財産として認められている奴隷を、善良なる国民を脅して奪い取ろうとするのかね……と聞いたんだよ」
その人物は、周りで俺達の様子を見ていた人々に聞こえるように、ワザと大きな声を出してポドロに話しかけた。特に『内務大臣』や『奪い取る』の所を強調し、ポドロに向けてと言うよりも、周りにいる人々に問いかけるようにだ。
ポドロは最初は顔を真っ赤にして怒りを顕にしていたが、その人物が誰なのかを理解し、さらに周囲から聞こえるポドロと内務大臣を非難する声が聞こえるに連れて、今度は顔を真っ青にしている。
ポドロはその人物に、己の自信を粉砕されただけでは無く、自身の進退まで粉砕しかねない一撃を食らわせられた事を理解したようだった。
対照的にその人物は、自身が一番いいタイミングで登場できた事に満足気な表情であった。