第4章-11 施術師テンマ
この話で第4章が終わります。
「そうじゃ。テンマが覚えるのが一番早く、助かる可能性が高い」
じいちゃんは本棚に置いてあった二冊の本を抜き取り、俺に渡してきた。
「それはシーリアの書いた本じゃ。一冊は患者を診察した時のメモ書きで、もう一冊はシーリアが書いて纏めた治療法の本じゃ」
俺はとりあえず治療法が書かれている本から、魔力障害の治療法のページを探した。
治療法は紙に穴を空けて症状毎に綴られていたので、ほどなくして見つけることが出来た。
そこには、俺の知っている治療法(無理やり魔力を流して治す方法)とは別に、症状が重くなってしまった患者の治し方も書いてあった。
「重症患者の治療法。手順1、患者の背面部を温め筋肉をほぐす。手順2、魔力のよどみを見つけて、針などでよどみを正常に戻す。手順3、魔力のよどみが正常になったところで、施術者の魔力を徐々に流す。手順4、以後、数回に分けて良化するまで繰り返す。以上の事で大抵の患者は治る事が証明されている……」
俺が読み終わる前に、財務卿が俺の両肩を掴み揺さぶってきた。
「治るのだな!ミザリィは治るんだな!」
興奮する財務卿には悪いが、まだ肝心な所が読み終わっていなかった。
「ま、待ってください!まだ続きが書いてあります……ただし、手順2・3で拒否反応を起こした患者も存在し、この方法で治ったのは18人中12人であり、治らなかった6人の内、1人は数日後になくなってしまった。ただ、直接の死亡原因が拒否反応かは不明である……とあります」
因果関係が不明とは言え、実際に死者が出ている以上は安全な治療法とは言えない。
「しかし、他に治療法はないんだよな……このままではミザリィの命が危ない……」
どうするべきか悩み始めた財務卿を見て、じいちゃんが口を開いた。
「確かに他に治療法を知る者か、実績のある者を探すのもひとつの手じゃ。しかし、わしはテンマの方が奥方の命を助ける可能性が高い……いや、助けられるはずじゃと思っておる」
「その根拠は一体……」
断言したじいちゃんに、財務卿が訊ねた。
「おそらくこの王都には、テンマ以上に魔力の操作に長けた者はいないじゃろうからの」
「そんな理由なら、じいちゃんでも十分治療可能なんじゃない?」
財務卿としては、俺よりもじいちゃんが治療したほうが安心できるんじゃないかな?と思い、ちらりと財務卿の顔を横目で見てみたが、財務卿の表情から言って俺の考えは間違ってはいないようだ。
「まあ、無理じゃの。元々わしは繊細な魔力操作においてはシーリアに及ばず、更にそのシーリアよりもテンマの方が上じゃ。しかも、最近は歳のせいか細かい作業が苦手じゃしの……」
歳のせい、と言われて、財務卿はある程度納得したようだ。
「なに、わしもテンマのサポートに付くし、何も今からぶっつけでやる訳ではないからの。これからすぐにでもテンマと打ち合わせをして、より安全な治療法が無いか話し合ってみるわい」
じいちゃんはそう言うと、財務卿を帰らせる事にした。
「で、ではよろしくお願いします」
財務卿は頭を下げてから馬車に乗り込んだが、その顔から不安の色がわずかに見て取れた。
「それじゃあテンマ。色々と試してみるかのう」
それから俺とじいちゃんは色々な方法を試してみて、わずか三日で満足のいく治療法を見つけることが出来た。
ただし、その三日間はトイレと食事以外では部屋に篭りきりになり、時折部屋の中からじいちゃんの叫び声が聞こえていたそうで、部屋から出た時には、何故か屋敷に王様達が来ており、すごく心配したと怒られてしまった。
大公閣下に至っては、じいちゃんの葬式の段取りを紙に書いていたので、そこからいつものじゃれあいに発展した。
ちなみに、その時の紙に書かれているサインから、大公閣下の名前が、『アーネスト・フォン・オードリー』だった。
名前を知ったついでとばかりに、大公閣下から名前呼びをするように言われたので、今後は『アーネスト様』となるべく呼ぶようにしようと思う。
「しかし、マーリンよ……なんかお主、肌の艶がよくなった上、前より元気になっておらんか?」
いつものじゃれあいで、じいちゃんの変化を感じ取った大公閣下……もとい、アーネスト様が首を傾げながら聞いていると、肌の艶、という単語に女性陣が耳を澄ましているのが分かった。
「ほっほっほっ……羨ましいか!これはテンマとの実験の成果じゃ!」
じいちゃんがそう答えたとたん、女性陣(アウラ、アイナ、クリスさん)の視線が俺に突き刺さった。
「テンマ様、ここに若くてピチピチな実験体がおりますので、どうぞ使ってください!」
「ちょ、アウラ!貴方抜け駆けしようとして!テンマ様、あれより私の方が実験台に丁度良いかと!」
「テンマく~ん……あのうるさい二人は放っておいて、私を実験台にしていいわよ」
三人ともが牽制しあう中、突然王様が立ち上がった。
「テンマ。私で試してくれないか?」
急な発言に、俺はてっきりいつものように巫山戯ているのかと思ったが、王様の初めて見る真剣な表情に驚いてしまった。
「義娘が苦しんでいたのに、ロクな事が出来なかったのだ。言い方は悪いが、本当に安全なのかこの体で確かめてみたい。マーリン殿の様子を見るに、成功はしているようだからな」
王様の覚悟は、この場の誰が説得しても揺るぐことはなかった。
何を言っても王様の覚悟が変わらないと分かった為、アーネスト様が条件を付ける事にした。
「お前の覚悟は分かったが、先にわしとクライフで試してからじゃ。お前よりも年寄りのわし達に異常がなければ、自分で確かめてみるが良い……それが最低限の条件じゃ陛下……」
「……分かりました、叔父上」
なんとか王様が納得したところで、アーネスト様とクライフさんに治療法を体験してもらう事になった。
この治療法は、体の魔力回路を正常化させる事が目的のものなので、健康な人に行っても問題は無いはずだ……少なくともじいちゃんは元気になったので、大丈夫だと思う……多分。
「ではこちらの部屋で行います」
俺は二人をベッドのある部屋に連れて行き、治療を行うことにした。
ちなみに一応治療ということなので、患者役の二人とサポート役のじいちゃん以外は部屋には立ち入らないようにさせた。
「では、準備が整いましたので始めますね。チクっとするかもしれませんが、あまり動かないようにしてください」
治療開始!
「だいぶ固くなってますね……」
「おふっ」
「ふおっ」
「ここもかな……」
「そこはっ!」
「うぐぅ」
「…………」
「ういぃ」
「うっ」
・
・
・
30分後
「何も問題は無かったわい!」
「ええ。しかしながら、ある意味で気持ち良すぎると言うのも問題かと」
そんな事を言っている二人の肌は艶が良くなっており、心なしか若返ったようにも見える。
「う、うむ、問題は無かったようだな……では、私もやってみるか……」
問題は無いと判断した王様だが、気のせいか先程より気後れしているように見える。
なんとなしに女性陣の方を見ると、皆顔が若干赤くなっている。
「じゃあ行きますよ……」
「ふおぅ!」
「そこっ!」
「ひゃいぃっ!」
「チェストー!」
「ぬぉうっ」
「そこかっ!」
「あっ……」
・
・
・
・
・
30分後
「……新しい世界が見えそうだった!」
そこには覇気に満ちた王様が立っていた。
「……テンマ。先程の掛け声はなんじゃ?」
「いや、すごく疲れが溜まっていたみたいなんで気合を入れて施術しようと思っていたら、ちょっと気合を入れすぎて調子に乗っちゃった」
少し調子に乗ってしまったが施術は成功しており、三人とも心なしか若返った印象を受ける。
とりあえず施術に問題は無いと判断した王様が、財務卿の屋敷に向かうようにクライフさんに指示を出していたが、それにアイナとジャンヌが待ったをかけた。
「陛下、申しにくいのですがテンマ様の施術には問題があります!」
「アイナの言う通りです。その、ミザリア様……と言うか、女性に対してテンマの施術を受けさせるのには抵抗があります」
男性陣が首をかしげる中、アイナがハッキリと言い放った。
「ヘタをすると、ミザリア様とテンマ様の姦淫を疑う者が出るかもしれません……それくらい陛下達の……その……喘ぎ声が大きかったです」
アイナの言葉に王様達は一斉に咳き込んだ。
「あの……事情を知らないであの声を聞いたら、中でテンマといかがわしい事をしていると勘違いしても仕方がないと思います……」
顔を赤らめて言うジャンヌの言葉が止めとなり、王様達は気まずそうな顔をしてしまった。
そのせいで、部屋の中には何とも言えない微妙な空気が流れてしまい、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚をしてしまう。
「あの~、言いにくいんですけど、普通はあんな反応はしませんから……」
この空気に耐え切れず、俺はついそんな事を喋ってしまった。
「どういう事だ、テンマ?」
「実は、本来なら最初のマッサージの時に、痛覚や感覚を麻痺させる薬を肌に塗りこむんです。でないと、人によっては魔力回路を広げる時に痛みを感じる事があるそうなので……今回は効果をわかりやすくするために、あえて薬を使わなかったんです」
俺のネタばらしに、王様達はポカンと口を空けてしまい、なんだか間抜けに見える。
「なので、本来ならあそこまで感じる事はないんです」
すいません、と頭を下げて、一応謝っておく。感じると言ったあたりで、アウラとクリスさんが微かに吹き出し、アイナも堪えてはいたがわずかに口元が震えていた。ジャンヌに至ってはさらに顔を赤くして恥ずかしがっており、笑う余裕が無かったようだ。
それからしばらくしてから王様達の顔色は元に戻り、改めて財務卿の屋敷に向かう事になった。
当初はアイナはジャンヌとアウラの特訓でじいちゃんの屋敷に残る予定であったが、俺のいたずらのせいで施術に不信感が出来たようで、『何があるかわかりませんから、女手が多いに越した事はありません』と付いてくる事になった。
そのまま屋敷にいたメンバーで財務卿の屋敷に向かうと、すでに知らせを受けていた財務卿が門の外で待っていた。
挨拶もそこそこに、俺達はミザリィさんの所へと通されて施術の準備に取り掛かった。
最初に財務卿とミザリィさんに施術の説明と手順を話し、その際にミザリィさんにはうつ伏せとは言え、ほぼ全裸に近い格好になって貰う必要があると言うと、面白いくらいに財務卿が狼狽えた。
肝心のミザリィさんの方は、「あら、それは恥ずかしいわね」と笑っているので、余計に財務卿の態度が目立ってしまった。
結局、最初の手順であるマッサージはアイナに変わって貰い、俺と財務卿を除く男性陣には退出して貰う事になった。
マッサージのやり方を大まかにアイナに説明し、その時に使うローションを手渡した。
アイナがマッサージを行う間に、前もってお願いしておいたミザリィさんの髪の毛の束を受け取り、適度な長さに切りそろえて消毒し、薬草などのエキスに漬け込んでおく。
これは本に載っておらず、完全に俺のオリジナルの方法になるが、体の負担を少しでも減らしたりする為に針よりも細い髪の毛を強化魔法で固くして、針の代わりに刺して使うのだ。
どこまでの効果があるかは分からないが、少なくとも自分の髪の毛を使う分だけアレルギーなどの心配はないはずだ。
二十分程経った頃、アイナのマッサージが終わり、ついに俺の出番がやって来た。
俺は深呼吸をしてミザリィさんをしっかりと見つめる。
すると、徐々にミザリィさんの背中のいたる所から違和感のようなものを感じ出した。
色がついているわけではないが、頭に浮かぶイメージとしては黒っぽい色、まるで川の流れがそこで淀んでいるかのように感じる。
俺は薬液に浸したミザリィさんの髪の毛を一本つまみ強化魔法をかけた。そしてその淀みを散らすように刺していく。
ミザリィさんは痛みを感じてはいないようで、先程から微動だにしない。
そのまま背中や腰、脚部を重点的に治療していく。
一時間後、ようやくすべての淀みに髪の毛を打ち終わり、しばらく様子を見てみることにした。
ミザリィさんにあった淀みは、全部で約70箇所。この数は、実験で治療した王様達が5~6箇所であり、軽度の患者が十数箇所と言われる事から、いかにミザリィさんの症状が重かったのかが分かる。
「これで一応終了です。後は少し時間をおいてから、刺した髪の毛を抜いて安静にして、明日から徐々にリハビリをすれば回復するはずです」
先程から静かなミザリィさんは、どうやら針(髪の毛)を打ってからすぐに眠ってしまったようで、俺は財務卿に話しかける。
財務卿は頷きながら、「ミザリアが起きるまでここにいる」との事なので、俺達は二人きりにする為に王様達が待っている部屋に移動した。
「もう終わったのかテンマ?」
俺が部屋に入ると王様が真っ先に反応して声をかけてきた。どうやら思っていたよりもかなり早かったらしい。
「ええ、治療自体は単純でしたから……かなり神経は使いましたけど」
体力的な消耗よりも、神経の方が消耗している感じがする。
そんな事などを話している内に、王様は何かを思いついたようで急に静かになってしまった。
その後は財務卿にお暇すると伝え、それぞれ解散となった。
財務卿と王様からかなり感謝され、報酬はどうするかと言う話になったが、ミザリィさんが回復するまではその話は保留すると言う事で話をつけた。
「そう言えばテンマ。そろそろ大会じゃろ、準備は出来ておるのか?」
じいちゃんは思い出したように聞いてくるが、俺は今から特訓しても逆に良くないので、大会までは体調や技の調整に重点を置くようにして過ごす、と言った。
正直言って、今回の大会にディンさんは出ないとの事なので、気にかけるのは山賊王くらいだと思っている。実際、参加登録に行った時に何人もの大会参加者らしき者達がいたが、特に強そうな者はいないようであった。
見た以外に、ディンさんクラスの強者がいないとは言い切れないが、それでも気を抜いて油断しなければ問題無く勝ち進めることが出来るはずだ。
そんな話をしながら、俺達四人はじいちゃんの屋敷に帰っていった。
一方その頃、財務卿の屋敷では王と財務卿が向かい合って座っていた。
現在、この部屋には王と財務卿の二人だけである。
「まずはミザリアの病が治りそうで何よりだ。症状の進み具合から、正直言って命すら危ういと思っていたが、テンマのおかげでなんとかなりそうだな」
聞く人によっては失礼だと取られるかもしれないが、財務卿はそんな父親の言葉遣いに慣れているようで表情に出すことなどはなかった。むしろ、その事には同意しているようであった。
「ええ、私も一安心と言ったところです。まだミザリィは寝ていますが、さきほど見た時には大分顔色が良かったので、これ以上悪くなる事はないと思います」
財務卿は安堵の表情を引き締めて、居住まいを正した。
「陛下、提案があります」
「聞こう」
急に口調を変えた財務卿に合わせて、さきほどの雰囲気が一変し、まさに国王と言うにふさわしい威厳を醸し出した。
「今回の件で私を含め、いかに現代の人間が魔法に頼りきっているかを痛感しました。聞く所によると、魔力障害の治療法とはさほど難しいものではないとの事。しかしながら、その治し方を知る者がいない為に、ミザリアのように重症となり、中には命を落とした者もいるかもしれません」
「確かにそうかもしれないな」
「なので私は、『国立の医者の育成学校』の設立を提案します」
財務卿の提案に、王は鋭い視線を向けた。
「その提案を今出すという事は、周囲からは『自分の妻の為に提案した』と非難を受けるかもしれんぞ」
そんな言葉に、財務卿は少しも表情を変えなかった。
「かまいません。少なくともミザリアの事がなければ、私はこんな提案はしなかったでしょう。しかし、それ以上に育成学校の設立はやるべきだと思います」
「その理由は?」
「まず、医学・医術の発展は、そのままこの国の人間の命に関わってきます。いざという時に、一定のレベルの医者が確保しやすいというのは、この国の強みになります。さらに言えば、他の派閥を押さえ込むのにも役に立つはずです」
「ほほう……」
財務卿の言葉に、王は身を乗り出して聞こうとしている。
「学校の設立を王族主体で行います。そして、そこの卒業生を数年間だけ学校に併設する診療所などで働かせます。それは入学時に契約書にサインをさせて、その代わりに学費の一部の免除などを与えます。治療費などは可能な限り安く設定し、民が気軽に診療所を利用できるようにします」
「それで?」
「この計画をティーダ王子かルナ王女中心の政策にしておけば、国民からの支持が集まるでしょう。そうすれば改革派の牽制になりますし、もし反対などするようであれば、それとなく国民に噂を流せば自然と改革派の力を削ぐことができるでしょう」
「改革派にすれば、賛成すれば我ら王族派の力を付けさせる事になり、反対すれば自分達の力を削ぐ事になりかねん、という事か……面白い!その話を明日までにまとめ、明後日の会議で提出するのだ!」
「はっ!」
余談ではあるが、後年この計画は実を結び、発案者のザイン・フォン・ブルーメイル・クラスティンは歴史に名を残すことになる。
そんな風に王族派の足場を固めようとしている時に、他の派閥にも動きが出始めた。
その理由はテンマが王族派寄りの動きを見せ始め、王族派もテンマを徐々に取り込もうとするような動きが見え始めたからだ。最も、テンマとしては今のところはどの派閥にも入るつもりはないが、元から国王とは親の代からの付き合いであるため、他の派閥にしてみれば遅かれ早かれテンマは王族派になると見ているようだ。
このことに関して中立派はどうにかしてテンマと関係を持ち、今まで通りの関係……王族派とは敵対もしないが明確な味方にもならない、という状態に持ち込みたいと思う者が現れ始めた。
しかし、王族派がテンマを取り込むのに関して、面白くないと思っている者達もいる。それが改革派だ。
彼らは当初、テンマをただの子供であり、少し王族と仲のいい冒険者くらいに思っていたが、テンマが近衛隊や騎士団と訓練する姿を見て焦り始めた。さらに少数の者が最近の噂で、テンマが『龍殺し』を成し遂げた人物であり、尚且つ歴史に名を残すであろう『龍使い』でもあると知り、その影響力を危惧し始めたのだ。
このままでは王族派に対抗できるほどに力を付け始めた改革派が、テンマという子供一人にダメにされてしまう。
最善のケースはテンマを味方に引き込む事だが、王族との親密さを見るにそれは不可能に近い。
次善のケースはテンマを王族派にはさせない事であるが、それもやはり最初のケースと同じで難しい。
そうなると、単純に思いつくのがテンマを排除する事だが、これは龍殺しのテンマ相手は厳しいものがある。その場合、最悪のケースとして、改革派が潰される可能性が出てくる。
テンマ一人で改革派を潰せるとは思わないが、王族派、もしくは改革派を良く思っていない他の派閥と組まれ、さらに民衆を味方にでも付けられたなら、それは決して不可能ではない。
それだけテンマの経歴は、民衆に知れると確実に人気となるに違いなかった。
これがただの『龍殺し』か『龍使い』ならばやりようがあったが、テンマはその二つを兼ね備えている。
しかも、龍殺しを成したのが若干十歳の時であり、その理由が貴族に見捨てられた仲間達を救うためであり、またその時に殺された親の仇討ちをする為に、歴史に名が残っている『古代龍』をほぼ単独で撃破して結果的に王国を救った上に、ひどい言い方をすれば、ククリ村の惨劇の片割れの親玉、とも言えそうな国王を許している。
尚且つこれまで不可能と思われていた中級の龍をテイムしている。
それはまるでお伽話のようであり、実際にこの話を聞いてテンマに敵対しようとする者はいないであろう……直接利害に関わる者か本当の意味での馬鹿者以外では……
しかし、改革派は直接利害に関わる者達の集まりであり、中には本当の意味での馬鹿者も多い。
何せ、忠誠を誓うはずの主にある意味逆らおうとする者達の派閥なのだ。そんな者達の中に馬鹿者が居ないはずはない。
いずれその馬鹿者達が中心になって騒ぎを起こすのは当然のことである……が、その騒ぎがどれほどの大きさになってしまうのか、という事をこの時に予見できる者はいなかった。