第4章-10 薬師の弟子
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「ルナ、私は勉強をサボる事はうるさく言うつもりはない。それはルナとティーダの問題だからだ。でも、私の邪魔をするならば追い出した上にティーダを呼んで、ティーダ共々説教するぞ」
財務卿は、ハッキリとティーダを巻き込むと言い切った。
流石のルナも口を手で塞ぎ、頷いている。
「それとテンマ。これからは書庫を利用するのにいちいち許可を取らんでもいい、私から陛下に話しておこう。ただし、地下には禁書が収められているから、そこには踏み込まないように」
財務卿は言い終わると、俺達の事など居ないかのように本のページをめくり、何かメモを書いていた。
流石に財務卿の横の席に座るのは気が引けたので、俺達は財務卿から離れた所の席を陣取り、本を探していった。
「それで、お兄ちゃんは何の本を探しているの?」
ルナは子供向けの本を何冊かテーブルの上に置きながら訪ねてきた。
「魔法関連の本だよ。まあ、何冊かは薬関係の本も混じっているけど」
俺が、薬関係、と言った時、財務卿が反応した気がしたが、目を向けると先ほどと同じように本をめくっていた。
「お兄ちゃんって、薬も作れるの?」
「ああ、ククリ村にいた時に、母さんに基礎から叩き込まれてね。だから薬の調合の仕方や使用方法を勉強しているんだよ」
ルナとそんな話をしていると、突然財務卿が席から立ち上がり、俺達の方へとやって来た。
「テンマ、母上とはシーリア殿の事だったな。そして、そのシーリア殿から薬の調合を教えられたと」
「ええ、そうですけど……」
急な質問に俺は中途半端な答え方をしたが、財務卿はそんな事など気にしていないようで、突然頭を下げてきた。
「頼む、テンマ。力を貸してくれ!」
財務卿のいきなりな態度に頭が混乱しそうになったが、深呼吸をして冷静になるように努め、今だに頭を下げている財務卿に話しかけた。
「とりあえず頭を上げてください。そのままでは話し辛いですし、何より理由を話してくれないと、何に対して力を貸したらいいのかがわかりません」
「確かにそうだ……突然すまなかった」
頭を上げた財務卿は深呼吸を繰り返し、落ち着いたところで椅子に座り事情を説明し始めた。
「力を貸して欲しいのは、私の妻の事だ。実は私の妻は昔から体が弱く、寝込む事など珍しくはなかったのだが、半年前辺りからどうも様子がおかしいのだ」
財務卿の話では、半年ほど前から奥さんが寝込んでいるのだが、最初はいつものように軽い風邪にでもかかったのかと思っていたそうだ。だが、一ヶ月が過ぎても二ヶ月が過ぎても、一向に病状が回復する様子が見られないとの事だ。
たまに症状が軽い時もあるそうだが、自力で立ち上がる事ができず、体を起こすのが精一杯だそうだ。
最近では手足の動きがさらに鈍くなってきており、王都の医者達に見せたり、色々な薬を試してみたがどれも効果が薄いそうだ。
「でも、俺は別に医者という訳ではなく。薬も母に少し習ったくらいですよ?」
それなのに何故俺に力を貸してくれ等というのかと思っていたら。
「テンマの母上……シーリア殿は薬師としても有名な方だったのだ。さらに、ククリ村の良質な薬草を材料にした薬は王都でも隠れた名品と言われ、貴族の間では重宝されていたのだ」
と言うような理由があるそうだ。
「初めて聞きましたよ、そんな話……でも、俺が力になれるかはわかりませんよ」
「それでもいいのだ!もしかしたら王都の医者達が知らない事を、テンマはシーリア殿から教えられているかもしれない!今は少しでも可能性があるものを試してみたいのだ!」
財務卿の必死な様子に、俺が力になることができるか分からないが、と前置きをした上で一度奥さんの様子を見てみることにした。
「ありがたい。ではすぐに準備をしてくるので、玄関で待っていてくれ!」
そう言うと財務卿は急ぎ足で書庫を出て行った。
「財務卿の本はこのままでもいいか……誰かが直すだろう。それより、ルナはどうするんだ?」
ルナは少し考えた後、急いで本を直し始めた。
「私も付いて行く!叔母様に会うのも久々だし!」
そうルナが言うので二人で書庫を出ると、扉を開けたところでばったりとティーダに出会ってしまった。
「こんなところにいた!テンマさん、これはどういうことですか!」
少し怒り気味のティーダを見て、ルナは俺の後ろにサッと隠れた。
「ああ、ルナは俺がティーダと別れて本を読んでいると、ひょっこりと書庫に入ってきたんだ。そのまま勉強しだしたんで放って置いたんだが……悪かったな」
しれっと嘘をつくと、ティーダは納得していないようだったが、財務卿もいたぞ、と言うと渋々納得したようだ……財務卿は確かに居たから嘘はいっていない。
「それでなティーダ。今から財務卿の奥さんに会いに行くんだが、ルナも連れて行こうと思うんだ」
「叔母様の所にですか?叔母様は病気だし、ルナが行ったら迷惑になるんじゃ……それに勉強もあるし……」
ティーダの言葉に、ルナはカチンと来たようだったが、ルナが騒ぐ前に俺は口を開いた。
「たまには気分転換も必要だから、ルナを連れて行ったら喜ぶと思うぞ。それにダメなら財務卿が止めるだろうし……それに、こんな状態で勉強しても身に付かないだろう?」
俺の後ろで不機嫌そうに頬を膨らましているルナを指差して、ティーダを説得してみた。
「……まあ、確かにそうでしょうけど……でも不機嫌だからって勉強をしないというのは……」
「まあまあ、俺に考えがあるから。ルナ、今度の勉強の時にはちゃんとするんだぞ。そうしたらシロウマルやソロモンが遊ぶ時に、ルナの事もちゃんと呼ぶからな」
最近のシロウマル達は少し運動不足なので、近々思いっきり遊ばせようと思っていたのだ。
ソロモン大好きなルナならば、この誘惑に耐えられるはずがない!
俺の言葉を聞いたルナは、案の定満面の笑みを浮かべた。
「ホント!ホントのホント!だったら勉強頑張る!」
ルナの変わり身にティーダは驚き、複雑そうな顔をしていたが、せっかくルナがやる気になったのだから、と次の勉強の約束だけして戻っていった。
「お兄ちゃん!ちゃんと約束守ってね!」
上機嫌なルナに手を引かれ、俺は玄関へと向かった。
玄関には財務卿はまだ来ておらず、馬車が一台止まっているだけであった。ちなみに、御者席には見た事のない人が座っていた。
「すまない、待たせたか?」
俺達が玄関についてから間もなくして、財務卿が息を切らせながらやって来た。
「いえ、先程きたばかりです。それと、ルナが付いて来たいと言うのですが、よろしいでしょうか?」
俺がそう言ってルナを見ると、ルナはすでに馬車に乗り込もうとしているところであった。
「まあ、構わないだろう。別に感染る病気という訳でも無いようだし、妻も久々にルナに会えれば喜ぶだろう」
馬車の中でこちらを伺うルナを見て、財務卿はため息混じりにそう言った。
「とりあえず乗ってくれ。私の屋敷は王城からさほど離れてはいないが、それでも今からだと遅くなってしまうかもしれないからな」
財務卿は急かすように俺を馬車に乗せ、御者の男に行き先を告げた。
財務卿の屋敷へは、馬車が玄関を離れて二十分程で到着した。
馬車を降りると、財務卿は早足で俺達を連れて玄関を通った。
途中で数人の使用人とすれ違い驚かれたが、財務卿が脇目も振らずに二階に上がるのを見て、何か納得したように作業に戻っていった。
「私だ、入るぞミザリィ」
二階の角部屋に着くなり、ろくにノックもせずドアを開く財務卿。
開かれたドアから見えたのは、ベッドに横たわりこちらを見ている女性と、その女性の世話係と思われるメイドであった。
メイドは財務卿を見て一礼をし、部屋を出て行った。
「どうしたのですか、そんなに慌てて?」
「突然済まない。実は君の病気を見て貰おうと、連れて来た者がいるんだ」
そう言って、ドアのところで立っていた俺を、財務卿が手招きで呼んだ。
「君にも話した事があったと思うが、彼がククリ村で父上を助けたテンマだ。テンマ、彼女が私の妻のミザリアだ」
「初めまして、テンマです」
「まあ!あなたが噂の……テンマさんと呼ばせてもらうわね。初めまして、ミザリアよ。親しい人からはミザリィって呼ばれているわ。テンマさんもそう呼んでちょうだい。ルナもよく来たわね」
「お久しぶりです、叔母様」
ひとしきり挨拶が済んだところで、ミザリィさんが財務卿に訊ねてきた。
「それで、テンマさんを紹介するために慌てていたの?」
「いや、それもあるのだが、テンマはククリ村で薬剤を母親である、シーリア殿から習っていたらしくてな。それで君の病気の事を何か知らないかと思い来てもらったのだ」
「まあ、そうだったの」
「テンマ、早速で悪いが見てもらえるか?」
「お願いね、テンマさん」
俺は財務卿と場所を入れ替わり、ミザリィさんの脇に立った。
「出来うる限りの事はしますが……過度な期待はしないでくださいね」
そう言って母さんがしていたように脈を図り、軽い触診をしてみた。
脈は一分間に80ほどだったので、前世の知識通りなら正常のはずだ。
念の為年齢の近い女性のメイドを一人呼んで測ったところ、こちらも70ちょっとだったので問題は無いと判断した。
そして触診の方だが、こちらはかなり問題があった。
「ミザリィさん、ここは触っているのがわかりますか?」
「いいえ」
「では、ここは?」
「いいえ」
足の親指の辺りから少し強めに押して行ってみたが、かなり反応と痛覚が鈍っているようだ。。
おまけに肌が少し固くなっていて、魔力もほとんど感じる事ができなかった。
「恐らくですけど、ミザリィさんは魔力障害を起こしている可能性が高いです」
魔力とは体中を血液のように巡っており、この世界では魔力の通り道を魔力回路と呼んでいる。
そして、魔力回路の巡りが悪くなったり魔力が通らなくなる事を、『魔力回路障害』あるいは『魔力回路不全』と呼んだりする。
しかし、この病気は現在では珍しいものとなっており、知らない人も多いのだ。
その原因としては、魔法医学の発達にある。昔の治療法は、薬と魔法を併用して治療するのが一般的だったが、現在では、簡単な怪我や病気くらいしか薬は使われず、魔法での治療が多くの割合を占めるようになっていた。
この考え方は、『魔法治療の方が痛みが無くて早く治る』、『完治するまでの時間を考えれば治療費が安く済む』、『患者が死亡した時のクレームが少ない』、『昔に比べて魔法使いが増えたので、治療が受けやすい』と言った利点から、利用者が増えた為である。
死亡時のクレームとは、従来の治療の場合、治すには医者の力量に全てがかかってくるが、回復魔法の場合は、どんなに魔法が下手な者でも、魔法を発動さえ出来れば怪我が治るのだ……ただし、どこまで回復するかは魔法使いしだいではあるが……
なので、患者が死亡したとしても、「全力で魔法を使いましたが、魔法が効かないほど手遅れでした」もしくは、「怪我は治りましたが、他の要因で死亡しました」とか言われると、文句を言おうにも魔法をかけた時点で表面の怪我は塞がったりする事が多いので、ハッキリと魔法が効かなかったとは判断しにくいと言う事情がある。
そもそもがこの世界では、医者という資格が無く、「回復魔法が使えるので、今日から医者になります」と言う感じで医者と名乗ることが出来るのだ。
ただし、きちんと医者に師事して勉強し経験を積んでから医者と名乗る者もいるが、前世のように専門的な学校がないので、自然と医者の腕の差に開きができる……それも極端に。
なので、正しい知識と経験を元にして薬などで治療を行う『内科医』のような医者は少ない。
さらに言えば、魔力回路障害の場合は、魔法治療の技術と内科医の技術が必要なので、最近の医者だと治療法を知らない者がほとんどである。
「それで、テンマはその治療法を知っているのか!」
魔力回路障害の事を話すと、財務卿は俺の両方を掴んで訊ねてきた。
「軽度の症状の治療法は知っていますが、ここまで重い症状の治し方は知りません」
俺は財務卿に母さんから教わった事を話した。
「魔力回路障害とは、体中を巡っている魔力回路の一部が魔力を通さない事をいいます。これが軽度の症状なら、外から魔力を流せばいいだけなのですが、ミザリィさんの場合は症状がかなり進行しているので、この方法だと魔力回路を傷つけてしまい、下手するとショック死する危険性もあります」
回路をホースに例えると、軽度の症状の場合はホース自体は傷んでおらず、中にゴミが少し詰まっているようなもので、端を水道に繋げて水を出せば、高い確率でゴミは水に押されて外へと排出される。
しかし、重度の症状の場合はホース自体が傷んでおり、中にゴミが大量に詰まっているようなものである。なので、軽度の症状と同じようにしてしまうと、ホース自体が水圧に耐え切れず破裂する可能性が、極めて高い。
そしてこの場合、破裂させるほどの魔力が肉体を傷つけてしまうので、それが元で死亡する可能性も高い。
そう説明すると、周囲は重い空気が漂い始めたが、俺の話には続きがあった。
「じいちゃんなら治せると思います。母さんはじいちゃんから治し方を教わったと言っていましたし」
「マーリン様ならミザリィを治せるのか!」
財務卿は俺の言葉を聞くなり、興奮した様子で部屋を飛び出した。
突然の出来事に、俺は呆気にとられ呆然としていたが、戻ってきた財務卿に手を掴まれてそのまま馬車まで走らされた。
部屋を出る時にルナが手を振っていたので、今度はついてくる気がないようだ。
「財務卿、じいちゃんを連れてくるだけなら、俺が飛んで行ったほうが早いと思いますが……」
馬車の中で腕組みをしながら貧乏ゆすりをしている財務卿にそう言ってみたが、財務卿は俺の提案に首を縦に振らなかった。
「確かにそれが一番早いだろうが、こちらが頼む立場なのに礼を欠くようなことは出来ない。テンマには申し訳ないが、私と馬車で行ってもらいたい」
ここまで俺を引張ってきておいて、今更だとは思うが、やはり財務卿もあの王様の血が流れているということだろう。
そう考えると、今回の事も仕方がないか、とも思えてくる。
それから馬車の中は落ち着かない雰囲気が支配していた。
原因は財務卿だ。彼は先程からそわそわと落ち着かず、時折俺に話しかけようと口を開きかけて、何を言ったらいいのか分からないといった表情を浮かべてそのまま口を閉ざす、といった行動を繰り返している。
そんな財務卿に、俺の方から話しかけようかとも思ったが、財務卿はかなり真剣な表情で考え事をしているように見えたので、あえて無視をしておいた。
そんな事が何度か繰り返される内に、馬車はじいちゃんの屋敷の前へと到着した。
じいちゃんの屋敷の庭には、警備のゴーレムが配置されており、馬車に反応した二体のゴーレムが門の所へとやって来たが、俺の魔力を感知したようで二体で門を開き、馬車を中へと誘導した。
御者の男はかなり驚いた様子であったが、俺が馬車ごと中へ入るように指示し、御者席で静かにしていればゴーレムは何もしないと言うと、安心したようで緊張しながらも馬車を玄関前まで進めた。
「財務卿、中へどうぞ」
「う、うむ……」
いささか緊張した様子の財務卿を連れて、俺は屋敷の玄関を潜った。
一先ず財務卿を応接室へと案内しようと思っていたが、その前にじいちゃんが姿を現した。
「早かったのう、テンマ。そっちは……おおっ、財務卿ではないか。何かあったのかのう?」
「ちょっとじいちゃんに聞きたいことがあってね。じいちゃん、魔力回路障害にかかっている人の治療って出来る?」
単刀直入に聞いてみると、じいちゃんは首をひねっていたが、財務卿の様子から何か察したのであろう。
「とりあえず詳しい話を聞こうかの……わしの部屋に来るといい」
「うむ、大体の事は理解した。結論から言おう。わしでは治しきらん」
あれからすぐにじいちゃんの部屋へと移動して事の次第を説明したところ、じいちゃんはそう答えた。
即答のじいちゃんに、財務卿は明らかに気落ちしていた。
「でも、母さんは治療法をじいちゃんに教えて貰った、って言っていたんだけど」
「テンマ、確かにわしは治療法を知っておる。しかし、治療法を知っている者が、必ずしも治療できるわけでは無い。これが軽度の症状じゃったら、わしでも治療できたんじゃがのう」
じいちゃんは残念そうにそう言った。
「いえ、症状が判明しただけでも収穫はありました。後はなんとか治療が出来る者を探してみます……」
財務卿がそう言って席を立ち、ドアに向かおうとした時、じいちゃんが呼び止めた。
「まあ、待たんか。そこまで症状が進んでおるのに、これから探すのでは手遅れになる可能性がある。それよりは高い確率で治る可能性があるぞ」
「本当ですかっ!」
財務卿は踵を返してじいちゃんに詰め寄った。
「本当じゃから、少し離れんか。その方法はの……テンマ、お前が治療法を覚えるのじゃ」
「はぁ?俺が?」
突然の言葉に、俺は間抜けな声を出して固まってしまった。