第4章-9 山賊王
マリア様達から結婚話が出た後、色々と大変だった。
最初にジャンヌ達を迎えに行ったのだが、ジャンヌはかなり疲れている。
アウラの方はジャンヌ以上に疲労困憊しており、さらに情緒不安定のようだ。
俺の姿を見るなり、辺りを確かめてから泣きついてきた……どうやらアイナの特訓がよほどきつかったのだろう。半ばトラウマになったようだ。
「テ、テンマ様……私を連れて逃げてください……」
「うん、それ無理っ!アイナが、次の特訓は二日後、だってさ。ガンバ!」
俺は戯言を言うアウラの肩に手を置いて、出来るだけ爽やかに言ってみた。
ジャンヌからは動揺しているような雰囲気が伝わって来るが、アウラからは何の反応も返ってこない。
「……返事が無い。ただの屍のようだ……」
そんなアウラに対して、俺は前世の有名なセリフを呟くが、アウラからのツッコミはなかった。
器用に中腰の姿勢で気絶しているアウラは、さながら出来の良い彫刻のようだ。
「タイトル、『絶望』!」
俺の命名に、ジャンヌは苦笑いで答えていた。
次の日から俺達の生活は、ある意味規則正しいものになっていった。
俺の場合、一日目と二日目はギルドの依頼を受けに行く、三日目が休養日、四日目はディンさん達と訓練、五日目と六日目はギルドの依頼、七日目は休養日、八日目、九日目がディンさん達と訓練、十日目が休養日、以下一日目から繰り返し、といった具合だ。
ジャンヌとアウラは、一日目は俺とギルドの依頼、二日目はアイナの指導、三日目は休養日、四日目はアイナの指導、五日目はギルドの依頼、六日目はアイナの指導、七日目は休養日、八日目、九日目アイナの指導、十日目休養日、というのが王都での基本的な過ごし方となった。
最初の頃、アイナの予定ではアウラに限り、一日目から六日目までアイナの指導、七日目が休養日、八~十日目アイナの指導、と計画していたが、それはあんまりだとアウラに泣きつかれたので交渉した結果、最終的には俺が主人と言う事で俺の案が採用された。
「テンマ様、流石です!あの鬼から助けてくれたテンマ様は、まさに神です!」
とはアウラのセリフだ。よほど辛かったのだろう。アイナから開放される時間が増えた事に喜びを爆発させていた。
しかし、この喜びは初日目から崩れる事になった。
ギルドに依頼を受けに行くと、そこにはメイド姿でハルバードを装備したアイナの姿があった。
「せっかくなので私も同行させていただきます。そうすれば、空いた時間にアウラの指導に当たれますし」
と言って、無理やりパーティー登録をして依頼についてきた。
アウラの顔は絶望に染まっていたが、俺が拒否しなかった為アイナの参加は決定となった。
後でアイナに聞いた話だが、どうやら俺のパーティーに入り込んだのはマリア様の命令だそうだ。
アイナ自身他の貴族に、マリア様付きのメイド、と認識されているそうなので、下手に手を出させないように送り込まれたとの事だ。
面白いのでアウラには黙っていて欲しいとの事だった。
ギルドの依頼は、なるべく一日で終わるものの中から、俺が経験した事のない依頼を受けて回った。
その際、報酬金は気にしなかったので、ギルドや依頼主からはかなり喜ばれた。
ギルドの依頼は王都の中の移動時間もあるので、前日に依頼を受けておき、次の日にこなして、また依頼を受けてから帰る、という方法を取った。
たまに休養日を使って、泊りがけでの依頼も受けたが、そのときはジャンヌ達は留守番でアイナの指導を受けていたようで、帰ってきた時には文句を言われる事もあった。
ディンさん達との訓練は、基本的には騎士達の訓練に混じる程度だが、時には実戦形式での訓練をやらされる事あった。
その時は何故か、俺対騎士達、というハンデマッチで行われ、時々は俺と眷属達対騎士達や、眷属達対騎士達、などと試合を組んでいたので、城勤めの人達は自然とシロウマルやスラリン、ソロモンを見ても驚く事は無くなっていった。
休養日には、ストレスの溜まっているジャンヌやアウラに買い物に付き合わされたり、王族に付き合わされたり、じいちゃんに付き合わされたりもした。
そんな感じで一ヶ月過ぎた頃、大会の参加登録のためにギルドを尋ねると、異様な恰好の人物とすれ違った。
そいつの背は2m程で、全身を虎の毛皮で覆っており、さらに頭部は虎型の防具をかぶっていたので、顔からも体つきからも性別の判断が出来なかった。
見た目からして、あまりにも怪しすぎる。
なので、鑑定を使って調べようとしたのだが……
(鑑定が効かない!)
何故か鑑定で見えたステータスが文字化けや黒塗りになっており、読む事が出来なかった。
その初めての経験に俺はかなり警戒をしていたが、そいつは俺を一瞬見ただけでそのまま外に出て行った。
「なんだ、あいつは?」
「なんだか不気味な人だったね、テンマ」
俺達を含む数人が先程の虎毛皮の進路上にいたが、その異様な見た目に皆驚き道を譲っていた。
「あんな人見た事ある?お姉ちゃん」
「いえ、ないわね……でも聞いた事はあるわ」
アイナの言葉に、俺達とその近くにいた冒険者達が静まり、アイナの言葉に耳を傾けていた。
「先程の虎毛皮の人の名前は知らないけれど、『山賊王』と呼ばれていた人物に特徴が似ています」
「山賊王?犯罪者ですか?」
ジャンヌが首をかしげて聞いているが、それはないだろう。
「それはないわ。何せ、犯罪者をこんなに堂々と侵入させるほど、王都の警備とギルドは甘くはない……はずよ」
という事である。少し考えれば分かりそうだが、周りで聞き耳を立てていたの冒険者達も同じ事を考えていた者がいたらしく、何人かがわざとらしく咳をしたり、そわそわしていた。
「それじゃあ、なんで山賊王なんて呼ばれているんだ?」
「それは見た目と受けている依頼からですね。山賊王は、山や森での依頼を好んで受けます。しかも、そのついでとばかりに、山や森に潜んでいる盗賊達を討伐してきます。それも、数多くの盗賊たちを一撃で粉砕して……」
しかし、それでは山賊王の意味がわからない。そう思った冒険者達は多いようだ。
「ねーちゃんよう、それだと山賊はおかしくねえか?」
一人の冒険者がアイナに訪ねてきた、その質問には周りの冒険者達も頷いている。
「ええ、もちろんその通りです。最初はギルドもただ単に、腕のいい冒険者、勘のいい冒険者、と思っていたそうですが、あまりにも盗賊を捕まえ過ぎるので、ある疑問を持つ事になりました」
「ある疑問って?」
俺の質問にアイナは言葉を止めた。周りで聞いている者達は息を飲んで次の言葉を待っている。
「それは、その人物が、巨大な山賊組織を率いているのではないか?というものです……つまり、自分に敵対している盗賊や、組織内でのルールを破った山賊を始末して、その死体をギルドで換金しているのではないか?と……」
アイナの喋り方が、どんどん怪談話でもしているかのようになっていく。
周りで聞いている冒険者はどんどん増えていき、最終的にはギルド内にいた冒険者の全てがアイナに注目している。
「その為、ギルドからはもちろんの事、その土地の領主やこの王都からも騎士団が調査に派遣されました。ですが、そのような組織の痕跡は欠片も見つからず、また、実際に虎毛皮の人物に被害を受けたと言う者もいないので捜査は打ち切られましたが、調査の噂を聞いた人が、山賊の王がいるそうだ、とか、山賊を狩る山賊がいるそうだ、または、山に王を名乗る人物がいる、などの噂が流れ、いつしか『山賊王』と呼ばれる事になったそうです」
アイナは一通り話し終わった、と言わんばかりに、大きく息を吐いた。それに釣られて、辺りを漂っていた緊張感が霧散する。
「それでアイナ、それはいつ頃の話なんだ?」
俺は途中から引っ掛かっていた質問をしてみた。
「100年は昔の事ですね」
案の定そうだった。何せ、そんな話をここにいる冒険者達が、皆そろって知らないというのはおかしな事なのだ。
そうなると、それはアイナの作り話か、冒険者達が生まれていない頃の話の可能性が高いと思っていたのだ。
「でも、山賊王の話は本当のことですよ。おそらく、このギルドにも資料は残っているはずです」
その言葉に、何人かの冒険者やギルド職員が資料室に走っていった。
「その話が本当でも、さっきのあいつが同一人物の可能性は低いかな」
「なんでですか、テンマ様?もしかしたら、エルフみたいな長命な種族の可能性もありますよ?」
アウラの疑問は最もだ、だが……
「エルフだとあんなにゴツくならないし、ドワーフだと背がもっと低い、それらのハーフだとしても、やはりあの体格になるとは思えない」
そうなのだ、エルフは4~500歳くらい、ドワーフは200歳くらいの寿命があると言われ、それらのハーフでもその半分はあると言われている……が、エルフは森での暮らしの為か細身の者が多く、ドワーフは筋肉隆々だが背が低いと言う特徴がある。
希に血が薄くても先祖返りを起こす者がいるが、その時にはその人物の先祖の特徴が濃く出るらしい。
「だから、アウラの言った可能性が無い訳ではないが、それよりも別の人物が山賊王の振り、もしくは同じ格好をしている、との考えの方が可能性としては高い」
「なるほど~」
アウラも納得したようだ。周りに残っていた冒険者達も、アイナの話が終わったので自然と解散していった。
「まぁなんにせよ、あの『山賊王』が本物だろうが偽物だろうが、要注意なのは間違いないけどな……」
俺の呟きは他の三人に聞かれること無く消えていった。
その後分かったことだが、あの山賊王は武闘大会の個人戦の登録に来たとの事なので、近い内に俺と闘う事になるかも知れない……と、アウラが何故か偉そうに語っていた。
当の俺は山賊王が登録したと聞いて、その時になって武闘大会の登録が始まった事を知り、個人戦とチーム戦に登録することにした。
チーム戦のメンバーは代表の名前で登録しておけば、他のメンバーは大会初日の当日に申請するだけでいいとの事だった。
「テンマ、チームメンバーはどうするの?私達も出るの?」
「いや、俺とスラリンとシロウマル、それにソロモンで出るつもりだ。メンバーに空きができるけど、いい勝負になるんじゃないかな」
口ではそう言ってみるが、実際には勝つ確率はかなりあると思っている。手加減している状態でも、騎士団や近衛隊を複数相手にしていても勝っている状況だ。ディンさんクラスが相手側にいればわからないが、あの強さの人はそうそういないだろうし、ディンさんは参加しないと言っていた。
山賊王は気になるが、本戦出場するくらいならば個人戦チーム戦共に難しくはないだろう。油断は禁物ではあるが……
その日の依頼は討伐や採取といったものがなく、あまりいいものは見つからなかった。
ギルド職員によると、大会が近いせいで、他の街や村から冒険者が大勢来ているので、金になる依頼はすぐになくなってしまう、との事だった。
「街の清掃やらの依頼を受けてもしょうがないしな……今度からギルドの依頼の日は自己鍛錬の日にしようか」
俺の何気ない提案に、アイナの目が光った……気がする。
「では、ジャンヌとアウラの空いた時間は私の指導の日にさせていただきたいと思います。テンマ様、よろしいですか?」
アイナは一応俺に許可を求めるが、実際にはアイナの中で決定事項となっているのだろう。
ジャンヌとアウラは、アイナから見えない位置で俺に断るように合図を送っているが、俺はさっくりと無視をした。
「いいよ。どうせ俺も空いた日は城に行くつもりだったし」
「ありがとうございます。では、早速本日から開始しましょう」
アイナの提案に、俺は頷いてギルドを後にした。
ジャンヌとアウラは共に肩を落としていたが、何も言わずにアイナの後をついて行った。
この一ヶ月間で随分と調教されたようだ。
その日から俺達のスケジュールが変化した。ジャンヌとアウラは、不幸にもアイナの指導の時間が増えたが、俺はこの機会に新しい魔法を覚えようと思う。
王城の書庫ならば、俺が知らない魔法が載っている本なんかがありそうだ。
じいちゃんに教えてもらってもいいのだが、じいちゃんに何の魔法を教わろうかすら決まっていない状態では効率が悪い。
仮に、『じいちゃん、新しい魔法教えて』と聞いても、おそらくは『分かった!何の魔法を教えようかの?』から先に進まないような気がする。
とりあえず自分で調べて見て、いい魔法があったら聞いてみる方がいいだろう。
アイナに連れて行かれるジャンヌとアウラを見送って、俺は書庫を利用する為の許可を王様に貰いに行くことにした。
流石にこのまま王様の部屋に行くのはまずいので、まずはクライフさんを見つけて、王様のところに連れて行ってもらうことにした。
しかし、こういった時に限って、神出鬼没な執事は見つからない。そのまま城内を探していると、前方の調度品の影に隠れている何かを発見した。
その何かは俺に気がついていないみたいなので、息を殺して近づき、そっと……
「わっ!」
と驚かしてみた。
「きゃあ!ごめんなさい!ごめんなさい!…………あれ?」
驚いた後、何故か必死に謝っていたのはこの王城の主の孫にして王女でもある、ルナだった。
「も~!驚かさないでよ!お兄様に見つかったと思ったよ~!」
事情は知らないが、現在ルナはティーダから逃げているらしい。
「悪かったって……で、ルナはなんでティーダから逃げてるんだ?」
俺の質問に、ルナはバツの悪そうな顔をした。
「え~っとね……怒らない?」
「内容による……が、極力怒らないと約束しないでもない」
そんな俺の回答に、ルナは、怒らない、と言うところだけに反応した様で、周りを気にしながら教えてくれた。
「あのね。今日は勉強の日なんだけど……逃げちゃった!だからお兄様に追いかけられていたの!」
詳しく聞くと、どうやら今日の勉強はティーダから教わる日だったらしく、ティーダはルナに教える事で復習と教え方の勉強をする目的で、ルナの勉強はおまけだったそうだ。
「お兄様の勉強に、なんで私が巻き込まれるのか分からなかったから逃げちゃった!」
こういった場合の俺の行動の正解はどれだろうか?
考えられるのは主に二つ、一つはティーダに知らせる事、もう一つは見なかった事にする事。
少し考えて、俺は見なかった事にしようとしたが、ここである事に気がついた。
「そう言えばルナも王族だったな……」
「何当たり前の事を言っているの、お兄ちゃん?」
なので、一つ提案をしてみた。
「よし、ルナ。いい隠れ場所を教えてあげよう」
「ホント!」
思った通り、食い付きのいいルナ。
「ああ、俺と一緒に書庫に行こう。あそこならバレにくいはずだ……でも、書庫に俺が勝手に入っていいものなのかな?」
俺の質問に、ルナは首をかしげて考えていたが、すぐに何か思いついたようだ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん!私が居れば文句は言われないはずだよ……それに、お兄ちゃんがいないと、お兄様に見つかった時に私だけ怒られるし……」
最後にボソッと呟くルナ。本人は聞こえない様に言ったつもりだろうが、俺にはちゃんと聞こえていた。
「何か言ったか、ルナ?」
「な、何でもないよ!さあ、早く行こ」
俺の手を引っ張って、先を急ぐルナ。ティーダ対策は俺に任せたようで、先程より警戒していないようだ。
「ここだよ。早く、早く!」
書庫のドアを開け、ルナは中から半身の状態で手招きをしている。
しかし、その時……
「あっ、テンマさん!ルナを見ませんでしたか!」
ティーダが俺の前の方から現れた。
ルナはその声に驚き、中に素早く入り込んだ。そして、近くの本棚の影に隠れて、必死に口元に指を立てて、俺に黙っているように訴えている。
「ルナの奴、今日は勉強の日だというのにどこかに逃げてしまったんですよ……それで、ルナを見ませんでしたか?」
ティーダはルナに気がつかなかったようで、俺の元に来てルナの情報を求めてきた。
俺は横目でルナのいる所を一瞬見ると、顔を覗かせていたルナと目があった。
その瞬間、俺はニヤリと笑ってしまった。
「テンマさん?どうかされましたか?」
「ああ、すまない、ルナの事だったな。知っているぞ、と言うか近くに居るはずだ」
「本当ですか!どこにいるんですか!」
ティーダは大きな声で反応し、ルナは身を縮ませている。
「ああ、ここにはルナに連れてきてもらって利用の許可をもらったんだが……ティーダが来る直前に反対の方へ逃げていったぞ」
そう言って、反対方向を指さした。
「ありがとうございます!」
ティーダは礼を言うと、足早にルナを探しに向かった。
「……もういいみたいだぞ、ルナ」
書庫の中に入り、ルナに声をかけた。
ルナは脱力したように床に座り込み、その後俺を見上げて頬を膨らませた。
「も~!驚かさないでよ!」
ルナはこれまで息を殺していた反動からか大声を出した……周りを確かめもせずに。
「うるさいぞ、ルナ!ここは静かにする所だ。あまり騒ぐようならティーダを呼ぶぞ!」
「ひぃっ!」
突然の叱責に、思わず肩をすくめて驚くルナ。
その声の主は、書庫の真ん中に置かれたテーブルの上に、まるで山の如く書物を積み上げている財務卿であった。