第4章-8 ククリ村の宴会
日が落ちてしばらくした頃、少し遅くなってしまったが、俺とじいちゃんはククリ村の人達が準備してくれた宴会に参加しに行った。
参加が遅れた事で、すでに出来上がっていたおじさん連中に絡まれたが、おばさん達の援護で事無きを得た。
しかし、そんなおばさん達は俺を取り囲み、体をペタペタと触って何かを確認している。
そして、ひとしきり確認が終わると、おばさん達は一斉に涙を流し始めた。
急な展開に頭が付いていかず混乱していると、背後からやって来たマークおじさんが俺の頭に手を置いた。
「いきなりグダグダになってすまんな、テンマ。皆お前が生きているのが信じられなかったんだ」
マークおじさんの話によると、皆おじさんの話だけでは完全に信じられないまま庭で準備をして待っていたそうだが、準備が終わるってただ待つだけになると、今度は変な緊張感が漂い始めたらしい。
そんな空気に耐え切れなくなってきたおじさん達が、気を紛らわせるために酒を飲み始めたので、俺達が着いた頃にはすでに酔いが回っていたらしい。
おばさん達も酒は飲まなかったものの、俺の姿を実際に見て触って確かめた事で、緊張の糸が切れて泣き出したのだろうとの事だった。
「でも、本当に良かったよ。テンマが生きていてくれて」
マーサおばさんはそう言いながら、一枚のカードを俺の手に握らせてきた。
「これはシーリアから預かった物だよ……テンマに渡してくれ、って……」
それは母さんのギルドカードで、いわば形見の品であった。
「ありがとう、おばさん……」
俺は母さんのカードを受け取ると、マジックバッグに入れていた父さんのカードを取り出して、同じ所に仕舞った。
「なんにせよ、今日はめでたい日だ!昔みたいに騒ぐぞ!」
マークおじさんの音頭で、宴会が始まった。
じいちゃんの家には防音の魔法を掛けているそうなので、みんなはククリ村の祭りみたいに思い思いに飲んで食べて、歌って踊っている。
今ここにいるのは40人ほどである。あの事件で村の半数以上が犠牲になり、助かった当初は90人程だったらしい。
しかしその後、ゾンビが原因の感染症や怪我が元で、さらに十数名が命を落としたそうだ。
村人の半数が死に家屋も破壊された状態では、ククリ村で元のように生活することなど不可能なので、一時は生き残り全員でラッセル市に移住したが、そこから各々の知り合いや親戚を頼っていった為、王都で生活する事を選んだのはここにいる人達だけになってしまった、とおじさんは教えてくれた。
「王都で生活していると、いかにククリ村での生活に金が掛からなかったのかが分かる」
だが運のいい事に、ここにいる人達の大半は元冒険者であり、そうでない人もククリ村で森に入って猟をしていた経験があったので、贅沢をしなければ生活が出来るだけの稼ぎはあるそうだ。
そういった話をしている内に、徐々に俺のこれまでの話へとなっていった。
その中でスラリン達の話も出たので、バッグから出して一緒に宴会に参加する事になった。
皆、ソロモンを見た時にはかなり驚いていたが、ソロモンが大人しくしていたので終わり頃には一緒になって料理を食べていた。
その後、宴会は夜中まで続いたが、最後は全員酔いつぶれて庭で寝ていた。
俺の方は、元から酒で酔う事はあまりないので酔い潰れる事は無かったが、それでもこれまでの疲れからか、シロウマルを枕にして眠ってしまった。
その日はぐっすりと眠ることが出来た。懐かしい雰囲気が関係していたのだろうか?
いつの間にか眠りに落ちていた俺に誰かが布団をかけてくれたらしく、朝起きると布団を抱いていた。
すでに日は昇っており、辺りは明るくなっていた。朝の涼しい時間はとっくに過ぎており、少し暑い。
俺が目覚めるのとほとんど同時に、シロウマルが勢いよく起き上がった。
「ウォン!」
シロウマルは餌を催促しているらしく、大きな声で吠えて尻尾を振っている。
その声に反応するように、周囲からはうめき声が聞こえてきた。
それはまるでゾンビのうめき声のようで、一瞬身構えてしまったが、よく見るとおじさん達が二日酔いで苦しんでいる声だった。
「なんて声を出してんだい、あんたはっ!」
そんな声があちこちで上がる。
どうやらおばさん達がおじさん達を叱っているようだ。ただ、その度にうめき声が増していく。
このままでは、近くを通りかかった人が騎士団に届け出るかも知れない……あの家、なんか変なんです!とか言って……
流石にそれは避けたいので、バッグに入れてあった薬の中から、二日酔いに効果のあるものを配っていく。
薬は即効性のあるものを配ったので、うめき声は次第に小さくなっていった。
しかし、二日酔いでの頭痛が軽くなったと言うだけで、胸のムカツキなどには効果がないので、おじさん達は水やスープをちびちびと飲んで横になっていく……吐き出す事がなかっただけ奇跡だろう。
そんなおじさん達に対して、おばさん達はケロリとしていた……どうやら、ククリ村は女性の方がうわばみとしての格が上なようだ。
おばさん達はおじさん達を叱りながらも、宴会の後片付け、朝食(昼食?)作りとこなしていき、その合間合間に笑い声を上げながら談笑している。
「テンマ、おはよう……あんたは二日酔いじゃないみたいだね」
マーサおばさんは俺の顔を覗き込んで確認し、朝食をお皿に盛っていく。
「はい、テンマの分!パンとスープと昨日の残りだけど」
おばさんが俺に朝食を手渡すと、俺の後ろからシロウマルが顔を覗かせた。
まるで、後が使えているから早くして!とでも言いたげだ。シロウマルの後ろにはソロモンも並んでいる。
「シロウマルは相変わらずだけど、この子もよく食べるねぇ」
シロウマル達用に、昨日の残りから肉と野菜を選別しているおばさん達。
最初はソロモンを見て驚きと共に、わずかな警戒心とかなりの恐怖心を持っていたようだが、今ではあまり気にしていないようだ。
「初めはドラゴンって事で少し……いや、かなり驚いたし怖かったけど、よく見ると可愛いわよね。何より、あいつより綺麗だし」
あいつとはドラゴンゾンビの事だろう。あんなのとソロモンを一緒にしてもらっては困るけど、それは仕方がないだろう。むしろ、俺としては皆の順応性に驚いた。
「そう言えば、テンマはこれから王都で暮らすのかい?」
「いや、大会までは王都にいるけど、その後はセイゲンに戻ってダンジョン攻略の予定」
朝食を食べながら答えると、おばさん達は驚き複雑そうな顔をしていた。
「そんなの王都で暮らしながらすればいいじゃないか!」
「そうよ!せっかく会えたのに……」
「王都で皆で暮らしましょうよ!」
おばさん達は俺を説得しようと騒ぎ出した。
「いい加減にしておけ!」
騒ぐおばさん達を止めたのは、頭を抑えながら立ち上がっているおじさん達だった。
「テンマはもう小さな子供じゃないんだ!テンマには龍をも従える才能が有り、将来は歴史に名を残すような冒険者になる事が約束されているんだ……俺達の都合でテンマの将来を決めていいもんじゃない。それに、テンマとはこれっきりと言う訳でもないんだから、笑って見守ってやらなきゃな……あいつらの代わりに……」
マークおじさんの言葉におばさん達のみならず、一緒に説得しようとしていたおじさん達も静まりかえった。
そんな微妙な空気の中、これまで忘れ去られていたじいちゃんが声を出した。
「み、みずぅ~」
……どうやら今だに二日酔いで苦しんでいるようだ。
だが、それがきっかけで、先程よりは幾分空気が和らいだように感じる。
「もう会えない訳じゃないんだから、これからも機会があったらこうして飲んで食べて騒ごうよ。昔みたいに!」
おばさん達は俺の提案に渋々ながらも納得し、とりあえずは応援してくれる事になった。
その後、朝食を食べ終わると、三々五々に解散となり、最後は俺とじいちゃんとマークおじさん、マーサおばさんがその場に残った。
「それで、テンマはこれからどうしていくんだ?」
「しばらくは訓練と依頼で経験を積むよ。そして武闘大会に参加する予定」
大会まで後一ヶ月半ほど時間がある。
しかし、街のいたる所では祭りの為の準備が始まっているようで、色々な所で祭りの話が聞こえてくる。
「そう……なら、最低でも祭りの終わり頃までは王都にいるんだね?」
おばさんはそう言って何か考え事をしている。
それから世間話などを少しして、おじさん達も帰っていった。
「それじゃあ、一旦城に戻ろうか……じいちゃん?」
先程から何も話さないじいちゃんを見てみると、近くの木の根元にもたれ掛かって苦しんでいた……二日酔いで……
どうやら薬の効きが悪く、二日酔いが収まっていなかったようだ。
これではじいちゃんを連れて歩く事ができないので、部屋の中に運んで適当な部屋で眠らせる事にした。
念の為、看病はスラリンに頼んだし、水や薬も置いておいたので問題はないだろう。
じいちゃんの家から王城までは、直線で10kmちょっとあり、道を進むなら12km程ありそうだ。
一番早いのは王城まで飛んでいくことだが、流石にそれをやると要らぬ面倒がありそうだ。
なので訓練がてら王城まで走って見ると、流石にこの国の中心部なだけあって人が大勢いた。
人々が丁度よい障害物となって、質のいい訓練になったと思う……思うが、あまりにも熱中してしまい。気づいた時には、じいちゃんの家から一番近い城壁の出入り口の反対方向まで走ってしまった。
しかも、出入り口にいた門番に疑われてしまい、時間が掛かってしまった。
俺が王族の客人だという事は、たまたま通りかかった第一騎士団の騎士が複数人で証人になってくれたので助かったが、流石に汗をかいて息を乱している子供から入れてくれと言われたら、俺でも疑うだろう。
門番は謝っていたが、俺は気にしていないと言って門を潜った。
後になって、サンガ公爵から貰った紋章がある事を思い出し、今度からは使ってみようと決めた。
そういったハプニングもあり王城に着いたのは、じいちゃんの家を出発してから三時間後の事だった。
流石に王城の門番は俺を知っていたので、簡単な確認の後で中に入れてもらえた。
王城の玄関まで行くと、ジャンヌとアウラが出迎えた。
「おかえりなさいませ、テンマ様」
「おかえりなさいませ」
二人そろって頭を下げて挨拶してくる。
「テンマ様、マリア様がお待ちです。ご案内いたします」
そう言って、アウラが俺を先導する。
その姿は違和感満載で、何か変なものでも食べたのかと心配になる。そして、背後ではジャンヌが黙ってついてくる……正直、不気味だ。
近くには隠れているつもりなのか、アイナの気配もしている。
そのまま俺が連れて来られたのは、謁見の間の上の階のマリア様の部屋であった。
この城は、どうやら謁見の間の上の階からは、王族達の部屋となっているようだ。
「失礼します、王妃様。テンマ様をご案内しました」
アウラがドアをノックしている。近くのアイナからは何が気に入らなかったのか知らないが、少しイラついた気配を感じた。
「入っていいわよ」
中からマリア様が入室の許可を出した。
その時になって、ジャンヌの後ろからアイナが音もなく近寄ってきた。
「失礼します、マリア様。テンマ様、どうぞ」
アイナは自分でドアを開けて俺を中に通した。
「テンマ様、アウラ達をお借りします」
そう言うアイナに、ジャンヌとアウラは顔を青くしていたが、反論も逆らうこともせずにアイナの後に続いていった。
「テンマ、入ってらっしゃい」
「失礼します」
部屋の中に入ると、そこはマリア様とイザベラ様が椅子に座っていた。
「悪いわね、テンマ。少し聞きたい事があったのよ」
マリア様は自分の正面の席を俺に勧め、俺が席に着くと同時に話を切り出してきた。
「テンマはこれからどうするの?」
「これからですか?まずは武闘大会まで訓練して……」
俺が指折り数えながら今後の予定を話そうとしたが、マリア様の聞きたい事はそれではなかったようだ。
「違うのよテンマ。その事じゃなくて、将来的にどうするの、って事なの。具体的には結婚とかね」
「はぁ?結婚ですか……今はまだ考えてはいませんけど……それが何か?」
俺の言葉にマリア様とイザベラ様が、やっぱりね、と言いたそうな顔をした。
「テンマさん……あなた、何人かの貴族に目を付けられていますよ」
「グンジョー市で貴族相手に戦ったりしましたからね……評判は悪いでしょうね」
俺の言葉に二人は呆れたようだ。
「あんな小物の事で気にする貴族はいませんよ。目を付けられているというのは、主に子爵以下の貴族で娘が複数いる所です」
「下級の貴族達が、テンマさんに娘を宛てがって利用しようとしているんですよ」
そこまで聞かされれば嫌でもわかる……と言うか、とぼける事が出来ない。
「主に、ソロモンや王族との関係で、ですね」
サンガ公爵やサモンス侯爵の関係者以外では、俺の冒険者としての実力はあまり知られてはいないだろうから、俺を取り込みたいのは、ドラゴンであるソロモンか、王族とのコネを欲しがっている奴、もしくは改革派だろう。
「ええ、その通りよ。しかも、そのほとんどが、自分の派閥の上位にいる貴族からの指示ね……テンマを取り込んで、自分達の派閥を少しでも強化しようという腹積もりなんでしょう」
マリア様は少し腹を立てているようだ。
「だからテンマ、結婚しない?もしくは婚約でもいいわよ!」
「お義母様……その言い方だと、まるでお義母様がテンマさんに求婚しているようですよ」
「それは不味いわね!……でも、テンマ。王族派か無派閥で誰かいい女性はいないの?」
そんな巫山戯ているような雰囲気で聞かれたので、一瞬これまであった女性の知り合い(独身限定)を思い浮かべた。
「……いませんね。これまで、そんな事は考えていませんでした、し……」
そう言って、俺が正面を向いた瞬間、マリア様達の目が一瞬光ったような気がした。
「それはそうね。突然の話だったし……でも、テンマはそう言う世界に足を踏み入れてしまった、というのは覚えておいてね。場合によっては、テンマを王族派の貴族の養子にするか、あるいは王族派の縁者と婚約させるか、なんて事をしないと諦めない奴らがちょっかいをかけてくるかもしれないからね」
先程の目つきは見間違えだったのか、マリア様達は和やかに笑いながら忠告してくれた。
その後はたわいも無い話をして時間を過ごし、1時間ほどでマリア様の部屋を後にした。
「テンマは行ったみたいね……」
「そうみたいですね……」
マリアとイザベラはテンマが部屋を出ていった後、念の為に紅茶を一杯飲み干すだけの時間を空けて話しだした。
「ちゃんと見たわね、女性の話をした時のテンマの顔を!」
「ええ、ちゃんと見てましたわ!あれは、誰かを思い出しているような顔でした!」
テンマの見たものは、どうやら見間違いではなかったようだ。
「誰かは分からないけど、事前の調べで候補は分かっているわ!」
「あの話の流れで思い浮かべたという事は、少なからず好意を持っているはずですわ!」
「という事は、思い浮かべた人物なら、テンマは結婚してもいいかも……って、なる可能性があるわね!」
「ええ、一から探すよりは確率は高いと思いますわ!」
二人はテンマの話で盛り上がっている。それはもう、初心な少女のように……
「これは私の勘だけど……テンマは年上の方が好きだと思うの。ほら、ククリ村では年上の人しかいなかったみたいでしょ」
「でも、それなら逆に年下を可愛がりたい、とか思うかもしれませんよ!」
二人は色々と自分の考えを披露していく。
「そうね……私は、第一候補はプリメラ、第二候補はクリス、第三候補はリーナかしら」
「私は、第一候補は猫の三姉妹、第二候補がプリメラ、第三候補はジャンヌ……ですね」
それぞれの予想を発表していく。
「リーナはなさそうじゃないですか?」
「いや、あの子の場合は、リーナが強引に迫ってそのまま……って感じかしら……一歩間違えばストーカーになりそうだけど……そんな事より、第一候補が三人ってのはずるくないかしら?」
「猫の三姉妹は三つ子ですから、結婚するんだったら三人同時だと思いますわ!一気にハーレムですわね!」
二人はだんだんとエスカレートしていき、テンマなら同時に三人くらいはこなしそう、とか、二人きりになると甘えてきそう、とか言い出し、遂には、テンマの子供には私が名前を付けるわ、などと結婚を通り過ぎて、子供の話にまで進んでいた。
もし、知らない人間が今のこの二人を見たのなら、おそらくは王妃と皇太子妃だと気づかぬだろう。
それほどまでに話している内容と雰囲気がおかしかった。
二人の話は様子を見に来たアイナに気がつくまで続けられた。