第4章-7.5 女のプライド
短い話ですが投稿します。
ジャンヌ達の事で聞きたい事がある。
その迫力のある声は俺だけでなく、マリア様達の耳にも届いたようで、何事かと引き返してきた。
「アイナ、一体どうしたの?何か変よ、あなた……」
心配そうなマリア様に、アイナは頭を下げた。
「驚かせて申し訳ありません……しかし、私はテンマ様に聞きたい事……いえ!聞かなければならない事があるのです!」
少し興奮気味のアイナに、俺もマリア様達も困惑していた。
「テンマ様、一体ジャンヌ達に……いえ、アウラに何をしたのですか!」
さらに詰め寄ってくるアイナに、俺は後ずさりをした。
「あの、愚妹でダメイドでおバカなアウラなのに……髪と肌は恐ろしいくらいに艶々でした!一体全体どんな魔法をアウラの髪に使ったというのですか!テンマ様!」
その迫力ある雰囲気から放たれた言葉に、俺は思わずズッコケた。
「な、なんだ、そんな事か……緊張して損した」
「何がそんな事ですか!あのアウラが、アウラがあそこまで手入れできるなんて有り得ません!教えて下さい、テンマ様!」
俺の言葉にかぶせ気味に喋ってくるアイナ……やはり姉妹だな、興奮した様子がそっくりだ!
「何か失礼な事を考えていませんか?いえ、そんな事よりどうなのですか、テンマ様!」
珍しいアイナの暴走に、マリア様はアイナの肩に手を置いて、俺から引き離し……
「私も興味があるわね、テンマ!」
と話に乗っかてきた。
「確かに、ジャンヌとアウラの髪と肌は綺麗だったわ……よく見ると、テンマも綺麗ね。テンマが手入れの仕方を教えたの?」
マリア様の言葉をきっかけに、イザベラ様にクリスさん、女性騎士達が近づいてきた。
「確かに俺が手入れの仕方を教えましたけど……よく気づきましたね、アウラから聞きましたか?」
俺の言葉にアイナは胸を張った……今ひとつボリュームの乏しい胸を……
「そんな事決まっているではないですか!ジャンヌはともかくとして、アウラにあんな手入れが出来る訳ありません!」
すごい信頼度だ!そして、なんだか妙に納得できる。
あまり女性陣に詰め寄られても怖いので、俺がアウラ達に教えた方法を皆にも教えることにした。
「特殊と言えば特殊ですね……スラリン、出ておいで!」
バックからスラリンを呼び出して皆に紹介した。
「こいつは俺の眷属で、名前をスラリンといいます。実はこのスラリンは特殊で、何故だか知りませんが、髪や皮膚に付いている小さなゴミや汚れだけを溶かすことができるんです!」
俺の言葉に半信半疑な女性陣。しかし、それを無視してさらに言葉を続ける。
「さらにこの特性の液体を洗った髪に馴染ませることで、艶のある美しい髪にすることができます。これは何日か続けると、より効果が発揮されます!そして、この石鹸は肌に優しく、潤いとハリを生み出します!」
なんだか通販番組のような口上ではあるが、実際にジャンヌやアウラ、更にはシロウマルで実験済みなので、効果は保証できる……中身には、ちょっと言いにくいものが原料として入っているが……
俺の言葉に先程までの暗い雰囲気は消え去り、代わりに形容しがたい雰囲気が女性陣から発せられている。
「そうでしたか……やはり、アウラがすごいのではなかったのですね!当然といえば当然ですが……ところで……それを分けてはもらえませんか?」
アイナの言葉に、他の女性陣からも声が上がる。
「ずるいわよ、アイナ!テンマ、私にも分けてちょうだい!」
「テンマさん、私の分も!」
「テンマ君!私の分もあるわよね!」
「もしよろしければ、私達にも……」
一斉に女性陣が詰め寄ってくる。俺としてはあげてもいいのだが、石鹸と違ってこの液体は最近作っていないので、俺が持っている分の残りはこの一瓶しか無いのだ。
そう説明すると、アイナが俺の手より奪い取るようにして懐に入れた。
「アイナ、それを寄越しなさい!」
マリア様が命令するが、アイナはその命令を聞かなかった。
「万が一の事がありますから、いきなり王妃様が使うのはいけません!何かがあってからでは遅いので、まずは私がこの身をもって安全を確認します。王妃様が使うのは安全の確認が済んでからです!」
アイナの言いたい事は分かる……分かるが、先程の様子を見た後では、言葉に説得力がない!
案の定、マリア様達は納得していない。
「だったら私達なら問題がないわよね、アイナ!」
そう声に出したのはクリスさんと女性騎士達だ。
三人はアイナに詰め寄り、三方向から包囲した。
「ねえ、アイナ。効果を調べるのなら、普段の激しい訓練なんかで髪や肌が傷みやすい私達の方が適任でしょ?わかったらそれを渡しなさい!」
その言葉を合図に、アイナの背後に回っていた女性騎士達が飛びかかった……が、アイナはひらりひらりと女性騎士達を躱し、クリスさんと距離を取った。
「さすがね……過去に騎士団の分隊長に推薦されただけの事はあるわ……」
そんな驚きの発言が飛び出す中で、二人はにらみ合っていた。
躱された女性騎士達は、再度アイナの背後を取ろうとするがうまくいっていない。
マリア様とイザベラ様は、どうにかして瓶を奪おうと隙を伺っている。
「えいっ!」
そんな緊張感漂う中で、何故か誰にも気がつかれずにアイナに接近したルナが、瓶の奪取に成功した。
「はい、お兄ちゃん。取り返してきたよ!」
無邪気に俺の所へとやって来て、瓶を差し出すルナ。
「いいよ。それはルナにあげるよ……少ししか残ってないけど2~3回は使えると思うから、今日から使ってみて」
大人だったら1~2回分しかないだろうけど、子供で髪の毛の量が少ないルナなら効果が分かるくらいには使えるだろう。
しかし、念の為に釘を刺しておくことにした。
「まさか皆さんは、子供から奪い取るような事はしませんよね?」
俺の言葉に諦めるしかないといった面々であったが、アイナが急に何かを思いついたようだ。
「テンマ様……もしかして、その瓶はアウラ達にも渡していますか?」
その言葉に、一応渡してはいますけど……と、俺が言い切る前に、ルナと女性騎士の二人を除く女性陣は行動を開始した。
目指しているのは、120%の確率であの二人だろう。
ルナは液体を持っているからであり、女性騎士の二人については、流石に王城の中を王妃様達と競争する度胸は無いからのようだ。
「あらら、行っちゃいましたね……石鹸で良かったら数はあったのに……」
実のところ、この石鹸を溶かした石鹸水でも液体に近い効果は得ることが出来る……何せ、一番大事な材料が同じであるからだ。
その事を話すと女性騎士達が欲しがったので、二人に一つずつ渡した。
さらにルナとクライフさん、それにエドガーさんに渡したところで、石鹸は俺の使いかけを残してなくなってしまった。
こう言った言い方は大変に失礼ではあるが、このような状態の事を『慌てる乞食は貰いが少ない』と言うのだろう……王族の方が二人も居るので、本当に失礼だとは思うけどな。それだけ女性にとって、髪と肌は大事と言う事だろう。
護衛の皆さん(一人除く)は俺に礼を言った後、それぞれの場所に戻っていった。
取り残された俺とルナは、仕方がないので手を繋いで玄関を潜り、ルナの案内で部屋に戻る事になった。
その後、廊下の途中でばてていたマリア様とイザベラ様と合流し、昨日皆で話をした部屋に行き、悔しがる二人を見たルナが先程の石鹸を分けたので、二人は大変に喜んでいた。
なお、その後に聞いた話では、ジャンヌは液体を持っておらずアウラだけが持っていたのだが、アイナとクリスさんが奪い合う内に床に落としてしまい、結局は手に入らなかったそうだ。
さらに聞いた話では、その後のクリスさんが怖くて、女性騎士達とエドガーさんは絶対に石鹸の事は話さなかったと言っていた。