第4章-6 王族のわがまま、午前編
皆様のおかげで500万PV突破いたしました。
今後もよろしくお願いします。
コンコンッ、コンコンッ……
「おはようございます、テンマ様。もうすぐ朝食の用意が整います。起きてらっしゃいますか、テンマ様?」
ドアをノックする音と、アイナの声で目の前が明るくなったのが分かった。
だが、俺の肉体は反応すること無く、次第に意識も釣られて、再度暗闇の中に沈んで行こうとしていた。
「テンマ様、開けますよ?」
アイナの声は聞こえていたが、俺の意識は途切れる寸前であった。
「お、お姉ちゃん!それは私の仕事だから、私が起こすわ!」
俺の意識が途切れた瞬間、アウラの騒々しい声が聞こえて来て目が覚めてしまった。
「今頃やって来ても、あなたが仕事を忘れて寝坊した事を帳消しにはできないわよ……それ以前に、寝癖の付いた頭でテンマ様の前に出る気?さっさと直してらっしゃい!」
「は、はいぃ~」
ドタドタとアウラが去っていく音が聞こえた。二度寝は無理そうなので、仕方なくベッドから起き上がり、軽く伸びをした。
「テンマ様、起きられましたか?」
「ああ、今起きたよ。すぐに支度するからちょっと待ってて」
俺はマジックバッグから着替えを取り出し、寝汗を布で拭いてから手早く着替えた。
「おはようアイナ。顔を洗いたいんだけど、どこに行けばいい?」
ドアを開けて、すぐ外に控えていたアイナに挨拶をした。
「おはようございます、テンマ様。すぐそこに洗面所がありますのでご案内します」
アイナに連れられて行った洗面所には、髭の手入れをしているじいちゃんがいた。
「おお、テンマか、おはよう」
「じいちゃん、おはよう」
俺が挨拶を返すと、じいちゃんは何故か体を震わせていた。
「じいちゃん?」
「おお、すまんすまん。何だか夢のようでな……もう一度、テンマと話せるとは思っておらんかったのでのう……」
じいちゃんの目には薄らと涙が滲んでいたが、それを誤魔化すようにじいちゃんは桶に貯めた水で顔を洗い始めた。
俺もじいちゃんの隣に立って顔を洗って歯を磨いた。
「そう言えばシロウマル達はどうしたんじゃ?」
「シロウマル達ならバッグの中で寝ているよ。眷属とは言え、魔物が城の中を勝手に歩き回っていると、知らない人達は大騒ぎしちゃいそうだから、王様の許可を取るまではバッグから出さない事にしたんだ」
俺の言葉にシロウマルが、呼んだ?とばかりにバッグから顔を出したが、頭を撫でて中に戻した。
「テンマ様、お客様がお見えのようです。今、門の所の詰所にいらっしゃるようですが、どうなされますか?」
「客?誰ですか?」
こんな朝早くから誰だろうか、と思いながら聞くと、お客とはマークおじさんとマーサおばさんだそうだ。
「すぐに行きます……門の詰所って、昨日馬車で通った所の事ですよね?」
「ええ、そうです」
記憶が確かだったら、門までは玄関から1km近くあったはずだ。
「じゃあ、ちょっと魔法で飛んでいきます」
「わしも行こう」
じいちゃんも一緒に行く事になった。
玄関から飛行魔法で数十秒くらいで門の所に着く事が出来た。
詰所のドアを潜ると、俺に気づいたおばさんが抱きついてきた。
「本当に生きていたんだね!良かった……本当に良かったよ……」
おばさんは泣きながら抱きついていたが、しばらくして泣き止み、俺を離した。
「ああ、夢みたいだよ!話には聞いていたけど、実際にこの目で確かめるまでは不安だったから……」
「ほっほっ、わしもそうじゃったからの……朝起きてテンマに会うまでは、昨日の事は夢じゃなかろうかと疑っておったからの」
おばさんの言葉にじいちゃんが頷いていた。
「ところで、二人共こんな朝早くにどうしたの?」
俺の質問に、それまで黙っておばさんを見ていたおじさんが口を開いた。
「ああ、昨日の夜に王都で暮らしているククリ村出身の人達の所を回ってテンマが生きていた事を知らせてきたんだ。そうしたら何人かから、今夜宴会をしよう、という話が出たんだ。それで、俺が代表でテンマとマーリンのじいさんの都合を聞きに来たんだ」
おじさんの言葉に俺とじいちゃんは顔を見合わせた。
「用事は特に無いぞ……場所は、わしの家の庭でいいかの?」
「それはありがたい!場所がまだ決まっていなかったんだ!」
「完全に思いつきですね……」
俺の言葉におじさんは苦笑していたが、ククリ村ではこういう事は日常茶飯事だったので、なんだか懐かしい。
「準備は俺達がやっておくから、テンマ達は日が暮れる前に来てくれ!」
そう言うとおじさんとおばさんは、急いで帰っていった。
「ほっほっ、宴会とは懐かしいの……酒でも用意しておくか」
「その前に朝食を食べないと……アイナに怒られるよ……」
「それはいかんの!はよう戻るぞ!」
そんな事を言いながら、俺達は城へと戻った……のがいけなかったのか、城の玄関付近で待っていたアイナはどこか不機嫌だった。
「あの……どうかなされましたか、アイナさん……」
「何故に敬語ですか……いえ、申しわけありません。何故だか急に、イラッ、としてしまいまして……」
アイナの勘は途轍もなく高性能であるらしい。
「きっと、アウラがまた何かやらかしたんだよ……そんな事よりも、お腹が空いたんで案内してもらえる?」
「きっとそうでしょうね。では、案内いたします……後で問い詰めないと……」
俺の言葉に疑いもなく同意し、アウラへの尋問を決めたアイナ。
アウラには悪いが、これまでの行いが悪かったと諦めてもらおう。
アイナに連れてこられたのは、昨日の夜にマリア様達と話した部屋だった。
中に入ると既に朝食の準備が出来ており、後は俺達が席に着くだけであった。
「遅くなりました……ところで、何故王様達がここに?」
そこには王様だけでなく、マリア様にシーザー様、財務卿にライル様、大公閣下にティーダとルナもいた。
「いや何、昨日は話すことも出来なかったからな……その代わりに朝食でも一緒しようと思ってな!」
王様は笑っているが、それは自業自得なのでは?と思っていると、マリア様の雰囲気が変わった。
「あなた……その前に、テンマに謝ってはどうですか?あれは、一国の王のなさることではありませんでしたよ……」
マリア様の言葉に、王様は冷や汗を流し始めて居住まいを正した。
「テンマ、その節は申し訳なかった!どうか許して欲しい、この通りだ!」
王様はテーブルに手をついて頭を下げた。見様によっては土下座をしているようにも見える。
「あなたが謝る時は、いつもそのポーズですね……どうでしょうか、テンマ?この人を許してもらえますか?」
マリア様に問われて改めて王様を見たが、王様は微動だにしなかった。
「ええ、許しますよ。あの時はイラッとはしましたが、それほど気にしていませんでしたし……何より、王様のする事ですから、何かあるとは思っていましたし」
言葉の通りに、俺はさほど気にはしていなかった。俺に放たれた矢には矢尻が付いておらず、何より俺に近づいて来ていた王様の口がにやけていたのだ、その事から何かあるとは思っていた。
俺の言葉に王様は顔を上げて、明らかにホッとしていた。
「そうか、許してくれるか!助かる!さあ、冷めない内に、朝食を食べよう!」
王様の変わり身の速さには呆れたが、そんな事よりも目の前の朝食を摂る方が大事だった。
食事の最中にふと、ライル様が俺を呼んだ。
「テンマ、食い終わったら合同訓練に参加してくれ!もう少ししたら、参加者が集まり始めるはずだからな!急げよ!」
などと決定事項のように話してくる。
「朝からですか!」
驚く俺に、ライル様はパンを口に入れながら笑っていた。
「実戦では朝だ夜だと言って、敵は遠慮なんぞせん!ウチの騎士達にはそういった心構えも説いておるのでな!」
「俺は騎士ではないんですけど……」
俺の呟きは完全に無視して、ライル様はパンをミルクで飲み込み席を立った。
「ほれ、そろそろ行くぞ!」
無理矢理にでも連れて行く、といった様子のライル様に、流石にマリア様も呆れていた。
「ちょっとは落ち着きなさい。テンマは客人ですよ!」
「母上、そう言われましてもすでに兵達には伝えておりますので、今更連れて行かぬわけには参りますまい」
ライル様はそう説明するが、マリア様は納得していなかった。
「私もテンマを連れて買い物に行こうと思っていたのに……どうしてくれるの!」
……マリア様も大概身勝手だった。周りはマリア様の言葉に呆れていたが、ライル様だけは違っていた。
「それならば大丈夫です、母上。訓練は昼前には終わる予定ですので、買い物はそれから行くと良いです」
「それなら大丈夫ね……買い物の時間は短くなるけれど……」
マリア様は一応承諾したようだが、俺の同意は取っていない。俺が言葉を発する前に、アイナが口を挟んだ。
「テンマ様が出かけるのでしたら、私はジャンヌとアウラの二人を鍛えたいと思います」
アイナの発言に、今度はジャンヌとアウラが目を丸くした。二人共、今日が最後の休日だとでも思っていたようで、完全に不意を突かれた形だ。
「えっ、ちょっと、お姉ちゃん!急にそんなこと言っても、準備も何もできていないでしょ?今日はゆっくりとしようよ!」
アウラは反対の声を上げるが、アイナはそんなアウラをひと睨みした。
「そんな心配しなくてもマリア様が買い物にお出かけになられると、私には空き時間ができるのよ……その時間を使って教えるから大丈夫よ」
なんとかアイナの特訓を躱そうとするアウラに、絶対に逃さないという構えのアイナ、そして空気と化しているジャンヌ、三人の力の差は歴然としているので、どうあがいてもアイナの訓練は逃れようがないだろう。
そうな風に考えている俺もまた、ライル様とマリア様から逃れられそうにない。
俺を尻目に、二人は俺のスケジュールの話し合いをしている。
「あの~夕方からは俺も予定があるので、色々とやりたい事があるんですけど……」
俺の言葉に二人はニッコリと笑って……
「「大丈夫、それまでには終わる(わ)!」」
と声を揃えた。
それから言い渡されたスケジュールは、この後すぐに訓練に参加し、昼食前に終了、昼食後はマリア様の買い物に付き合い、夕方までに王城に帰ってくる……という事に決まった……決められてしまった!
俺の反論は許されなかった……というよりも、聞いちゃいなかった!
あまりにも強引なので俺は王様を見たが、王様は気にしていなかった。寧ろ……
「俺もテンマの訓練を見に行くか!」
張り切っていた。続いてシーザー様、財務卿の方を見ると二人はそろって……
「諦めろ……」
「残念だが、二人は止まらん……」
との事だった。
「では早速行くか!あまり待たせてはいかんからな!」
ライル様は俺を引っ張るようにして歩き出した……何が何でも逃がさない気だ!
ライル様に引きずられるようにして連れてこられたのは、玄関の反対の方向に作られている、闘技場型の訓練場だった。
「おっ、揃っているな……ディン!テンマを連れてきたぞ!」
ライル様は大声でディンさんを呼び、俺を前に出した。
第一騎士団や近衛隊の中から、俺の事を何者かと話す声が聞こえる。
「テンマ……連れて来られてしまったか……」
「はい……」
ディンさんは大体の事情を察したようだ。
「ディン!訓練はいつも通り実戦形式で行う。最後は近衛と第一騎士団から数人選んでの団体戦だ……無様な戦いをした奴には罰を与えておけ!俺からは以上だ!」
ライル様の言葉に、それまで俺を見ていた者達に緊張が走った。
「全員、聞いた通りだ!各々相手を見つけて訓練を開始せよ!」
ディンさんの言葉で、それまで姿勢を正していた騎士達が動き出した。
各々自由に相手を選んでいるようで、適当に近くに居た者に声をかける者、違う隊の騎士に声をかける者、自分より強そうな者に相手を願う者、逆に弱そうな者を強引に捕まえている者、と様々であった。
俺はと言うと、すぐ傍にディンさんがいた為なのか、それとも子供を相手にしても仕方がないと思われたのか、誰も寄って来なかった。
「誰も来なかったな……仕方がない。俺とするか……お手柔らかにな!」
ディンさんはそう言うと、不意打ちで剣を鞘に収めたまま叩きつけてきた。
俺は半身になってその一撃を躱すと、そのまま後ろを取り蹴りをお見舞いした。
蹴りは読まれていたらしく当たらなかったが、周りは俺がディンさんの一撃に反応できたのが意外だったようで、近くで見ていた騎士達は動きを止めていた。
「当たらなかったか……大抵の奴はあれで戦闘不能になるんだがな……」
そう言いながらディンさんが騎士達の方を見ると、何人かの騎士が目を逸らした。
「その前に武器くらいは貸してくださいよ……真剣でやっていいのなら話は別ですけど……怪我しても知りませんよ」
俺の軽口にディンさんは笑っていた。
「悪かったな。自前で刃引きした物を持っているならそれでもいいが、持っていないならあそこに置いてある物から好きなのを使うといい」
ディンさんが闘技場の端に置いてある武器を指差した。
俺はその中から、槍の柄の部分のような棒を抜き取った。長さは1mと少しくらいで、あまり使い込まれた感じがしない。
「準備はいいか?では始めるぞ」
そう言って俺の正面に来るディンさん。俺も棒を刀のように構えた。
互いに構えたまま微動だにせず、少しでも打ち込む隙を伺いあっていた。
周囲の騎士達も自分の訓練をしながら、横目で俺達を見ている。
「あっ!」
その時、近くで訓練をしていた一人の騎士が、打ち込まれて剣を落とした。
それを合図に俺とディンさんは互いに距離を詰めた。
先手を取ったのはディンさんだった。最初に突きを繰り出し、そのまま剣を振るってくる。
俺はディンさんの攻撃をしのぎながら、ある攻撃を待っていた。
二度、三度と剣を振るうディンさん。俺はカウンターを取る振りをして突きを繰り出す。
ディンさんが俺の突きをいなした瞬間、俺の待っていた攻撃が来た。
それは上段からの振り下ろし、ディンさんが剣を振り上げた瞬間……
「ブフゥーー」
俺の口から水が霧状に放たれた。
さすがのディンさんも、この攻撃は読んでおらず、また避けることも出来ずに、狙いがそれてしまった。
その隙に俺はディンさんに対し、小外刈りの要領で体ごとぶつかり地面に転ばせた。
そして……
「俺の勝ちですかね」
棒をディンさんの喉元に突き付けた。
その瞬間、周りからかなりのブーイングが起こった。
どうやら、俺とディンさんの戦いを盗み見していた騎士達はかなりいたようだ。
中には、卑怯だ!とか、ふざけるな!とか、恥を知れ!などの怒声も混じっている。
とりあえずディンさんから棒を離し、それらの声の方に向かって手を振ってみた。
それを見た数人の騎士は俺の行動を挑発と取り、こちらに向かってこようとしていたが……
「いいぞ、テンマ!よくやった!」
一際大きな声に騎士達は動きを止めた。その声の主は……
「へ、陛下!」
王様であった。騎士達は膝を突いて頭を下げようとしていたが、王様はそれを止めさせた。
「頭を下げずとも良い。それよりも私の話を聞きなさい」
王様の声に騎士達は静まり、一言一句逃さないように集中し始めた。
「今のテンマの行為を非難するのならば、その前のディンの行為は何故非難されない。不意打ちを仕掛けたのはディンの方が先だぞ。テンマはそれを躱し、逆にディンは躱しきれなかっただけの事ではないか!実戦においては、あれ以上に卑怯な手を使う敵もいるであろう。その時になって、諸君らは卑怯だ、と言いながら切られるのか?実戦とは、そういった攻撃もあると想定した上で行うべきである!卑怯な手を使う使わないは別として、知っているのと知らないのでは、結果が大きく変わって来るのだ!その上で文句のある者は前に出るがいい!」
王様の言葉に呆然とする騎士達、しかし、ヤジを飛ばしていた内の何人かの騎士は思うところがあったようで考え込んでいた。
「それでも納得のいかない者は、己自身がどのような目にあっても跳ね返せるだけの力を付けるのだ!そのような者が現れるのを私は期待している」
そう言って王様は城の中に歩いていった。
「陛下の言う通りだな……あれはどう見ても、油断した俺が悪い」
いつの間にか立ち上がっていたディンさんは、そう言って俺の肩に手を置いた。
「今度は魔法なしの普通の実戦練習と行くか!」
そう言うとディンさんは剣を構え直した。俺が棒を構えると同時に……
「セイッ!」
突っ込んできた……砂と一緒に……突進する時に、足で地面の砂を蹴り上げたようだ。
そこからは、もうなんでもありになってしまった。
鍔迫り合いで本当につばを飛ばす、近くに落ちていた武器を投げつける、近くにいた騎士を投げつける……などなど、滅茶苦茶な訓練であった。
あまりにも、ディンさんがはっちゃけるので、周りの騎士達は呆然としていた。
そしてディンさんは、呆然としている騎士を巻き込むようにして動き回るので、自然とその騎士はディンさんの武器となり、俺目掛けて飛んできていた。
「おい、ディン!そろそろ交代だ!テンマばかりとやっていたんじゃ、他の者の訓練にならんだろう!」
一時間程続けたところで、ライル様よりストップの声がかかった。
「はっ!了解しました。テンマ、楽しかったぞ!またな」
スッキリした、というような顔をして、ディンさんは俺から離れていった。
「おいっ、次!誰かテンマとやり合え!」
なかなか次の騎士が来ないので、ライル様は、誰でもいいから行けっ!と指示を出すが、俺の所には誰も来なかった。
「そんなにテンマに負けるのが怖いのか!いかなる相手にも向かっていくのが、誇り高きクラスティン王国の騎士ではないのか!」
ライル様の叱責に、ほとんどの騎士が俺の所にこようとしたが、一足先に二人の騎士が俺の前に現れた。
「二人同時でもいいよな!テンマ!」
「お願いするよ、テンマ君」
現れたのはジャンさんとエドガーさんだ。エドガーさんとは昨日会ったが、ジャンさんとは久しぶりの再会だ。
「それはいいのですが……騎士としてはどうなんですか?」
挑発しているのではなく、二人が後で他の騎士に馬鹿にされないか心配しての事であったが、二人共そんなことはどうでもいいといった様子だ。
「んなもん、戦っていない奴に何を言われても気にする必要はねぇ!」
「二人でも足りないと思うけどね……それでも、一人よりは持つでしょう」
その言葉を合図に、二人は剣を抜いて構えた。
ジャンさんは大剣を腰を落として構え、エドガーさんは右手に片手剣、左手に盾を装備している。
「それじゃあ、行きますよ!」
俺は武器を、棒から片手剣二本に変えることにした。なるべくジャンさんの正面には立たないようにし、それと同時にエドガーさんに後ろを取られないように気を付けた。
先程までのディンさんとの訓練とは違い、今回はカウンターに主体をおいて防御重視の訓練を行うことにした。
ジャンさんのスタイルは、基本的に大振りである。しかし、腕や足などを狙い、俺の剣が止まったところで体当たりを仕掛けるなど、どうやら俺の体勢を崩すことを狙っているようだ。
そして、エドガーさんは、盾で攻撃を捌き剣でカウンターを狙うスタイルのようだ。
二人共、交互に俺の背後を突こうとしており、同時に捌くのは難しかった。
一人に攻撃を仕掛ければ、残りの一人が後ろから襲いかかってくる。
しかも、片方の攻撃は重く、片方は鋭い、タイプの違う二人なので、どちらかにフェイントを入れられると危ない場面もあった。
だが、二人の攻撃が単調になり始めたところで、俺は勝負を決めることにした。
まずはジャンさんが攻撃を仕掛けようと剣を振りかざした時に、一歩前に踏み込んだ。
これによりジャンさんは不意を突かれて、最初に剣を振り下ろそうとしていた予定の位置よりも、少し手前に振り下ろすことになった。
ジャンさんの剣が振り下ろされるよりも早く、今度は思いっきり後ろに飛んだ。
すると、今度は俺の背後を取ろうとしていたエドガーさんが急ブレーキをかけて、俺の背後で一瞬動きを止めた。
俺は勢いのままにエドガーさんの腹部めがけてケリを放った。
「うぐぅ!」
エドガーさんはうめき声と共に蹴り飛ばされて、そのまま後ろへと転がっていった。
「あ~あ、エドガーが居なくなっちまった……まあ、しょうがないか……行くぞ!」
ジャンさんはそう言うと、あっという間に差を詰めて剣を振るってきた。
先ほどと違い、その剣筋は早く鋭い。
威力という点では先程より落ちるが、こちらの方がやりにくかった。
ジャンさんの連続攻撃はなかなか止まらなかった。
攻撃を受けることは無かったが、俺の持っている剣はそろそろ限界が近い。
それを見越しての連続攻撃だろうが、このまま武器が壊れるのを待っている訳にもいかなかった。
「そろそろ行きますよ!」
先程までは足を止めてカウンターの隙を伺っていたが、今度は足を使っての戦法を試してみることにした。
ジャンさんの攻撃を、まともに剣で受ける事はせずに、受け流したり躱したりしていく。
そうすると、必然的にジャンさんは空振りが増えてくるので、徐々に疲れで剣筋が鈍ってきた。
俺は剣筋が鈍ったところで、腕や足に攻撃を集中させた。
ジャンさんも流石に連続攻撃は止めて、防御を固めながら攻撃してくるようになってきたが、先程までの疲れと、俺の攻撃による痛みで、ついに剣を手放してしまった。
「これでどうでしょうか?」
俺は片方の剣をジャンさんの眉間に、もう片方を首筋で止めた。
「参った!降参だ!」
肩で息をしながら両手を挙げるジャンさん。
その後ろの方では、ようやくエドガーさんが立ち上がっていた。
「ゴホッ、ゴホッ……腹に穴が空くかと思った……鎧を着けていなかったら死んでいましたよ……」
よろめきながら近づいてくるエドガーさんに、その言葉を聞いたジャンさんは苦笑いしていた。
「なら、俺は随分とマシだった、という訳だ……」
「双方とも見事であった!次は誰がテンマに挑戦する!」
いつの間にか、俺との対戦になっているような雰囲気になっていた。
ライル様が次の対戦相手を決めようとしていたので、俺は待ったをかけた。
「ライル様、流石に休憩は取らせてください。疲れから大怪我をしては訓練の意味がありませんから」
俺の言葉にライル様も納得し休憩を取らせて貰ったが、先程俺の相手に立候補した騎士は、軽く5~60人を超えていそうだった。
今回の訓練には、近衛隊と第一騎士団から五十人ずつの計百人が参加しているそうなので、半数を越えていることになる。
最初の頃とは大違いだ。どうやら、騎士達は俺をただの子供ではなく、恰好の訓練相手と認識したようだ。
ちなみに、近衛隊と第一騎士団は共に百名が在籍しているので、今回はその半分が参加しているそうだ。なので今回の合同訓練に、クリスさんとシグルドさんは参加していない。
20分程休憩を取った後、俺は他の騎士達とも訓練をした。
訓練をして分かった事は、第一騎士団の騎士達よりも、近衛隊の騎士の方が技量が上の者が多いという事だ……強さと言う意味ではない。
基本的に近衛隊の方が、技術の幅が広いし連携も上手い、といった感じだ。
しかしながら、ディンさんはもちろんの事、ジャンさんとエドガーさんよりも強い、もしくは上手い人は見当たらず、現時点で俺の強さは、ディンさんと同等、という評価を得る事になった。
昼前まで続いた訓練は、昼食の時間が迫っているという事で終了となった。
午後からも訓練があるらしく、今度は残りの騎士達の番らしい。
俺も午後の訓練にディンさんから誘われたが、マリア様との約束(強制)が入っているので断った。
昼食の前に水浴びをしてディメンションバッグの中にいるシロウマル達の様子を見ると、シロウマルとソロモンは少し不貞腐れ気味であった。
どうやら、俺があまり構っていなかったのが不服だそうだ……スラリンはよくわからないが、大人しくしているようだった。
今度何かお詫びをする事にして、バッグの中に切り分けておいた牛の肉と角を投げ入れると、喜んでいたので機嫌は良くなったと思う。
昼食後の買い物はどうなるのか分からないのが怖い。
前世でも今世でも、女性の買い物は時間がかかると言うのは共通だが、今回は一国の王妃の買い物に付き合うのだ、対策のたてようが無い!
どうか面倒な事になりませんように……
そんな事を考えながら、俺は昼食を腹の中に収めていった。