第4章-5.5 密談
本日二話目の投稿です。
少し短い話となっています。
ここは王城の一角のとある部屋。
内装を見る限りでは女性の部屋のようで、派手過ぎない程度に装飾された家具や調度品が並んでいる。
その部屋の中心部のベッドの横に置かれた椅子に、一人の女性が腰掛けていた。
彼女の名はマリア・フォン・ブルーメイル・クラスティン。
この国の王の第一の妻であり、王妃と呼ばれている女性だ。
マリアは椅子に腰掛けて、ワインを飲みながら傍らに居るメイドの報告を聞いていた。
「そう、テンマには他にも仲の良い女性が複数いるのね」
「はい、全部で9人おりました。そのうち3人は除外してもいいと思います」
「理由は?」
「3人の内、1人はまだ子供で、テンマ様の弟子のような存在だそうです。残りの2人は知り合いの冒険者グループのメンバーで、女性というよりも仲のいい同業者、という方が正しいようです」
二人の会話はテンマの女性関係についてのもののようで、報告しているメイドはアイナだ。
どこから調べたのかは分からないが、かなり詳しく調べてある。
「残りの6人についてはどうなの?」
「付き合いの長い順に、冒険者の三姉妹、グンジョー市の副ギルド長、盗賊から助け出した女性、サンガ公爵家の三女です。最初の三姉妹は獣人族で、テンマ様がグンジョー市で生活し始めた頃からの付き合いだそうで、候補の中では一緒に行動した時間が一番多いようです。次に副ギルド長ですが、テンマ様の狩ってくる獲物の量が新人としては不自然な物であった為、監視の意味も込めて担当するようになったのが始まりで、誤解が解けた後もテンマ様からの指名で担当をする事が多かったようです」
「テンマの指名と言うのは?」
「テンマ様の実力を一番知っていたのが副ギルド長であった為、説明する手間を省いたりする事が目的だったと思われます」
「要は面倒だった、と言う事ね……次は?」
「当時、グンジョー市近郊にアジトを築いていた盗賊、バンザ一味から助け出した女性です」
「盗賊から?」
「はい、バンザ一味はある村を占拠し、その後村人のほとんどを殺害して、自分達が村の住人に成り代わっていたそうです。そうして村にやって来る旅人や冒険者を襲おうとしていたようで、嘘の依頼に最初に引っかかったのがテンマ様だった、との事です。その女性は、女としての利用価値の為に、何人かの女性と共に監禁されていたそうですが、テンマ様達がバンザ一味を壊滅させた後で救出されております」
「最初の獲物がテンマだなんて……天罰覿面としか言いようがないわね……でも、その女性がなんで候補の一人なの?」
「調べによると、その女性はテンマ様が旅立つ前に挨拶に行ったところ、自分を従者として連れて行って欲しい、と懇願したそうです。その時にはテンマ様は断り、彼女もそれを受け入れたようですが、そのことから一応候補に入れるべきと判断しました」
「そうだったの……それで最後の一人がサンガ公爵の三女、プリメラね」
「はい、出会いは彼女の部下との言い争いだったようですが、テンマ様はサンガ公爵様と仲が良いようで、本人との仲も悪くは無いようです。おまけに、彼女自身、テンマ様を尊敬しているような節が見受けられます」
「そうなの……それで結論は?」
「諸々を加味いたしまして、第一にプリメラ様、第二に近衛のクリス、第三にルナ様、となるのが王族派としては良いものであるかと」
「プリメラはいいとしても、何故クリスとルナの名前が入っているの?」
「クリスは近衛であるため、王家に忠誠を誓っており、尚且つ、テンマ様の事情を知っているという事です。それ故にコントロールしやすいかと。ルナ様は単純に、王家との繋がり、と言う点において分かりやすいからです」
「ハッキリと言うわね……クリスはあなたの親友でしょう?」
「親友だからこそ、です」
マリアはグラスに残っていたワインをあおり、新たに注いだ。
「それで、肝心のジャンヌはどうなの?」
「問題外です」
その言葉にマリアの目が光ったように見えた。
「続けて」
「はっ、私個人としては応援したいと思いますが、いかんせん、今の彼女はテンマ様に甘えすぎです。流されるままでは、どちらも不幸になる可能性が高いと思います」
「私と同じ考えね……決して嫌いでは無いけれど、今の彼女では役者不足だわ」
「昔のジャンヌはあんな感じではなかったのですけどね」
アイナの顔が一瞬だけ曇った。そして、それを見逃すマリアではなかった。
「昔のジャンヌはどんな感じだったの?」
「アウラほど長い時間一緒にいたわけではありませんが……私の印象では、大人しいよりもお転婆、と言う感じでした。小さい頃アウラと一緒になって庭を駆け回り、よくいたずらをしては、ジャンヌの両親に怒られて、またいたずらをしていた、と言うのを覚えています。私も二人を叱った事がありましたから」
本当に小さい時ですけれどね、とアイナは昔を思い出して懐かしんでいるようであった。
「確かジャンヌは、没落したアルメリア子爵の長女だったわね……没落の原因は?」
「はい、調べたところによりますと、貴族同士の小競り合いの後、領地で反乱が起きたそうです。それが原因で家が傾き、決定的だったのが分家のポドロ・イル・クロライド準子爵がアルメリア子爵家を見捨てたことのようです。名目上は独立といった形を取っていますが、どう見ても離反であり、一時はアルメリア家の領地で起きた反乱を裏から支援をしていた、とまで噂が流れました。最も、現在は証拠不十分として噂はあまり聞かなくなりましたが……」
「難しいわね……とにかく。ジャンヌに事情がありそうだ、と言うのは分かりました……が、それとこれとは別です。もしジャンヌに変化が見られない場合は、私はどんな手を使ってでも、彼女をテンマから引き離します」
「はっ、そうならないように、私も頑張ります」
そう宣言したマリアは、もうひとつのグラスにワインを注いでアイナに渡した。
「ところで、その候補にアウラは入れなかったの?」
「マリア様……それはいくらなんでも、テンマ様に失礼です。それに、あれがいなかったら、ジャンヌの評価をもう少し上げています」
「……あなたは本当にすごいわね……」
「ありがとうございます……しかし、マリア様がテンマ様に対して、ここまでする必要はないのでは?」
アイナはワインを一口飲んで、マリアに疑問を投げかけた。
「あら、あの子は私の大切な親友の子よ。二人の代わりに私が気を配るのは当然じゃない……それにシーザー達の時には、あの人主体で行われたから、少しくらいいいじゃないの」
マリアの楽しんでいるような声を聞いて、アイナはため息をついた。
「これは少しくらいではないと思いますけどね……しかしながらテンマ様も、まさか自分の知らぬところで、嫁候補の選定をこの国の王妃様直々になさっているとは、露程にも思っていないでしょうね」
アイナの声にはテンマに対する同情が、かなりの割合で含まれていた。
そんな風にして、テンマの初めての王都での夜は深けていった。