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第4章-5 王家の人々

この一時間後に、少し短い話を一話投稿します。

「この人がアウラのお姉さん!」


 確かに顔つきはどことなく似ているが、雰囲気が全然違う……いや、出会い始めの猫を被っていた頃のアウラだったら雰囲気が近いかも……という事は、アイナもアウラと中身は同じなんじゃ……

 そんな事を考えていると、アイナは俺の方を向いた。


「初めまして、テンマ様。この愚妹(アウラ)がいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。姉のアイナと申します……ところで、何か変な事を考えておられませんか?」


 アイナの勘の良さと鋭い視線に、俺の心臓が一瞬止まった気がした。


「いえ、話に聞いていた通りの美人だな、と思っただけです」


 咄嗟に俺の口から出た言葉に、アイナは表情をピクリともさせずに居る。


「お褒めに預り、光栄でございます」


 その気品があるとも感じる優雅な礼に、俺は背中のアウラを一目見てため息をついた。

 そんな俺の様子を見てアウラは、また動きが激しくなってきた。


「ちょ、ちょっとテンマ様!何ですか、そのため息は!」


 アウラは急いで背中から降りて俺の正面に立ち、アイナを指さした。


「テンマ様はお姉ちゃんに騙されているんです!あの中身はすっごく凶暴なんですよ!おまけに行き遅れですし!」


 興奮したアウラは、アイナを指さしたまま盛大に悪口を言っている。

 そんなアウラは気づいていなかった。アイナが能面のような笑みを浮かべ、アウラの背後に立っている事に。


「きっと、凶暴だから嫁の貰い手、ぐわっ!」


 さらに悪口を続けようとしたアウラの脳天に、ズドンッ、と効果音が付きそうなアイナの一撃(チョップ)が決まった。


「アウラ、あなたは自分のご主人様に対して、いつもその様な口の利き方をしているのね……自分の立場を弁えなさい!」


 アイナはそのまま背後を取って、アウラの体に絡みつくようにして締め上げた。

 その技はかつて、『元気ですか!!』の人の代名詞とも言われた……


「コ、コブラツイスト!」


 俺達の驚きに一切の反応をせず、アイナはアウラを締め上げていく。

 アウラはあまりの痛みに声を出せないようで、顔を真っ赤にしていた。  


「アイナ、何をやっているのですか!!」


 皆が呆気にとられる中、一方的な姉妹喧嘩に口を挟んだのはクライフさんだった。

 流石に執事としては、この惨状を止めないわけにはいかないか。

 しかし、そんな俺の予想の斜め上を行くのがクライフさん(この男)であった。


「そんなに綺麗な姿勢で技をかけていたら、いずれ外されますよ!もっと後ろに体重をかけて!」


 そのアドバイスを受けて、アイナは徐々に体重を後ろにかけ始めた。それと同時に、アウラの呼吸が小さくなっていく。

 流石にこれ以上はアウラの命が危ない、そう思ったので止めに入ろうとしたら、アイナは俺に止められる前にアウラを開放した。

 

「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。久々の妹とのじゃれあいに、思わずはしゃぎ過ぎてしまいました」


 アイナは皆に向かって頭を下げると、かろうじて自力で立っているアウラの肩に軽く手を乗せた。


「アウラ、ふざけるのは程々にね。それと自分の立場を弁えなさい……でないと、次はもっと痛いわよ」


 その言葉を聞いて、アウラはガタガタと震えだした。

 そんなアウラを見て満足気な顔をしたアイナは、今度は俺に向き直って、


「テンマ様。またあれ(アウラ)が調子に乗るようでしたら、私にお知らせください。きちんと調教……いえ、教育を施しますので」


 少し不穏な言葉が出ていたが、アイナはすぐに言い直して微笑んだ。


「まあ、ふざけるのはそれくらいにしましょう。陛下がお待ちですので」


 クライフさんが王様の待つ所に案内をする気になったようだ。

 俺達の先頭に立って案内を始めたクライフさんは、アイナに何か指示を出して下がらせた。


「なあ、ジャンヌ」


「なに、テンマ?」


「アイナが怒ったのって、絶対にアウラの俺に対しての態度じゃないよな」


「そうね、絶対にアウラの、行き遅れ発言が原因よね」


「気をつけような」


「うん……」


 そんな会話をしているうちに、俺達は城の4階にある謁見の間に着いた。


「皆様をお連れしました。扉を開けてください」


 クライフさんは扉の前に立っていた兵士に声をかけた。

 兵士は俺達を一通り確認してから扉を開けた。


「大公様御一行がご到着されました」


「うむ、通せ」


 大公閣下を先頭に部屋の中へと入ると、正面に見える豪華な椅子に王様が座っている。前にあった時よりも幾分老けたように見えるが、今だにその体からは覇気がみなぎっているように感じる。

 王様の隣の椅子には綺麗な女性が座っていた。恐らくは王妃様であろう。母さん達と同い年くらいだったと聞いた事があるから王様とも同い年のはずだが、王妃様は年齢よりも若く見える。


 王様の椅子から三段下りた所には男性が三人立っている。

 一人目は他の二人と違い、装飾の施された服に身を包んでいるが、他にこれと言った特徴のない男性だ。

 二人目は細身でメガネをかけた男性で、俺達……と言うより、俺を値踏みするように見ている。

 三人目は他の二人より背が頭一つ半は抜きでていて、服の上からでもかなり鍛えているのがわかる肉体の持ち主だ。こちらも俺を見ているが、顔はかなりにやけており、何か企んでいるように見える。


「門番、ご苦労であった。下がって良い」


 王様の言葉に、中で控えていた兵士達は、皆外に出ていった。


「さて、と」


 王様は徐ろに席を立ち、階段を降りてこちらに歩いてきた。


「久しいな、テンマ。息災であったか?」


 俺の記憶にある王様とは違い、威厳たっぷりの声で話しかけてきた。

 何かありそうだが、王様から声をかけられた手前、挨拶を怠るわけにはいかない。


「お久しぶりです、王様。色々とご心配をおかけしたようで申し訳ござ……」


 俺が王様に挨拶をしている途中で、俺の横側から矢が飛んできた。

 俺は飛んできた矢を掴み、そのまま飛んできた方向に走り出した。

 矢を放った者がいると思われる柱の影に回り込むと、そこには平伏した男が一人いた。


「何ですか、これは?」


 少し苛立ちながら矢を放り捨て、俺は王様達を睨んだ。

 一連の出来事に驚いていたのは、王妃様と一人目と二人目の男性。

 逆に笑っていたのは、王様と三人目の男性であった。


「いや~すまん、すまん。ちょっとした悪戯だ。許せ!」


 王様は笑いながら謝っている。三人目の男性もジェスチャーで謝っていた。

 流石にいたずらにしては度が過ぎているだろうと思い抗議しようとすると、俺より先に王妃様が王様に近づき、手に持っていた杖を振りかぶった。


「うがっ!」


 ドスンッ、という音を立てて、王妃様の一撃は王様のお尻に命中し、王様はお尻を抑えながら倒れ込んだ。


「あなたは何を考えているんですか!ライルもちょっと来なさい!」


 ライルとは三番目の男性の名前だろう。ライルと呼ばれた男は、額に冷や汗をかきながら恐る恐るやって来た。


「仮にも『軍務卿』と呼ばれる大人が、子供に矢を放って遊ぶだなんて一体何を考えているの!」


「いえ、母上。遊んだわけでは……」


「口答えしない!」


「はい!」


 どうやら、ライルと呼ばれた男性は軍務卿……軍務大臣だそうだ。

 軍部の頂点に立つ軍務卿が、王妃様の前で大きな体を小さくして怒られている……間違っても、部下にはこんな姿は見せられないだろう。


「ごめんなさいね。こちらが招いたというのに、ウチ(王家)の馬鹿2人がこんなことをして……場所を変えてお話しましょう」


 そう言って王妃様は、俺の腕を掴んで部屋を出ていこうとする。

 他のみんなは呆気に取られていたが、王妃様は特に気にしておらず。


「何しているの?あなた達もいらっしゃい」


 と言って、ジャンヌ達を手招きして呼んだ。戸惑いながらジャンヌ達もついて来て、その後ろからじいちゃん、大公閣下、ティーダとルナ、クライフさん、一人目の男性、二人目の男性と続いた。

 軍務卿が、そろりと二人目の男性の後に続こうとした時、王妃様が振り向いた。


「ライルは参加したいのだったら、お菓子とお茶を用意しなさい……半端な物ではいけませんよ」


 との言葉に軍務卿は敬礼をして、俺達が向かっている方向とは逆の方に走っていった。


「さあ、行きましょう」


 にこやかな表情で俺を引っ張っていく王妃様であったが、俺が王様を放っておいていいのか聞くと、王妃様は真顔になり、


「あの人は放っておいていいわよ。自分が呼んだ客人に、それも子供に矢を放つなんて悪ふざけが過ぎます。テンマは気にしないでいいわ」


 とのことであった。

 確かに悪ふざけは過ぎてはいたが、矢じりには布が巻かれていたので、本当に腕試しのつもりだったのだろう……だからといって、やっていい訳ではないのだがな。

 とりあえずは王妃様の言葉通りに、王様の事は忘れる事にした。


 当の王様は、今だに王妃様の一撃で立てないでいる。

 先程一瞬だけ目があったが、王妃様が床に這いつくばってこちらに手を伸ばしている王様を隠すようにして、俺の背中を押して部屋の外へと連れ出した。




「ここよ。さあ、入って」


 王妃様に連れられてきたのは、謁見の間の一つ下の階の端にある部屋であった。


「ここは来客用の部屋だから畏まる必要はないわ」


 そう言って王妃様は。俺達に席を勧めた。王妃様はジャンヌ達が奴隷であっても気にしていないようで、遠慮していたジャンヌとアウラの手を引っ張って強引に俺の隣に座らせた。


「王妃様は、ジャンヌ達が奴隷だという事は気にならないのですか?」


 ジャンヌ達を見て、にこやかにしている王妃様に疑問が湧いたので聞いてみると、王妃様は少しも考えずに、


「だって、この子達はテンマの家族であり、私がこの部屋に招いたお客様よ。今更気にする事なんてないわよ」


 と笑っていた。

 どうやら、奴隷と分かっていて招いたのだから、今更気にはしないという事なのだろうが、他の貴族……特に改革派が知ったら攻撃材料にされないか心配だ。

 

 そんな俺の考えを読んだのか、一人目の男性が王妃様の代わりに口を開いた。


「君が気にする事ではない。むしろ改革派がその事で口を出してきたら、こちらとしては逆に奴らの戦力を削りやすい」


 言っている意味がよく分からないでいると、男性は少し考えてから口を開いた。


「君はその子達を馬鹿にした者と、仲良くしたいと思うかい?」


「ああ、そう言う事ですか」 


 俺が納得すると、男性は笑っていた。しかし、ジャンヌ達は意味が分かっていないようで、男性はジャンヌ達に対して説明を始めた。


「いいかい、君達は今はただの奴隷だが、近いうちにその評価が覆るだろう。それも劇的に」


 首を傾げているジャンヌ達に加えて、ティーダも分かっていないようだ。


「君達二人は、竜殺しの英雄の従者、と評されるだろう。元貴族でありながら奴隷に落ち、英雄に命を救われた者、なんて人々が好きそうな話だろう……男女の関係も含めてね」


「おばあ様と父上は、テンマさんのご機嫌取りの為にジャンヌ達を招いたのですか?」 


 ティーダの歯に衣を着せぬ物言いに、父上と呼ばれた男性は苦笑していた。


「本心では違うが、傍から見たらそう取れるだろうね。でも、それでもいいじゃないか、これは双方に利益のある話でもあるのだし」


 ティーダの父親……皇太子様はそう言っているが、王妃様は、心外だ、という顔をしていた。


「あら、私は違うわよ。テンマは私の親友の子、それにテンマの彼女達の扱いは見ていて、奴隷に対するものでは無く、家族に対するもののようであったから、私は彼女達を親友の子の家族として招待しただけよ」


 と少し怒り気味であった。これには皇太子様も苦笑いしていたが、自分の考えは間違いでは無いと思っている様で、弁解の言葉はなかった。


 そんな感じで部屋の中が微妙な空気になりかけた頃、突然ドアが勢いよく開いた。

 皆が驚いてドアの方を振り返ると、開いたドアの向こうから先程の軍務卿が顔を出した。


「遅くなってすまん!茶と茶菓子を持ってきたぞ!」


 軍務卿は、その雰囲気に似合わないバスケットを腕に抱えて居る。その背後には、紅茶の道具一式とサンドイッチをワゴンに乗せて付き従っているアイナの姿も見える。


「俺の部屋に昨日届いた菓子があったのを思い出してな……ほらこれだ!」


 そう言って軍務卿がバスケットから出したのは、小さなシュークリーム、いわゆるプチシューだ。

 

「最近グンジョー市で人気のものだそうで、無理を言ってサンガ公爵に頼んで取り寄せてもらったものだ!」


 自慢げに話す軍務卿に、ティーダとルナだけは(・・・)喜んでいたが、他の面々は苦笑いをしており、王妃様に至ってはため息をついていた。


「ライル……失格!」


「なんでさっ!」


 軍務卿の叫びに、王妃様は再びため息をついて、プチシューを指さした。


「これは、なんて(・・・)呼ばれているお菓子なの?」


「え~っと……プチシューですが……」


「いえ、そうではなくて……なんと言うブランド(・・・・)のお菓子なの?」


「はぁ……確か、テンマ印とか……あっ!」


「そのプチシューの考案者に、プチシューを持って来てどうするの……もっと気を利かせなさい」 


 軍務卿は、やってもうた!みたいな顔をしており、その顔を見てじいちゃんと大公閣下は笑いをこらえ、一人目と二人目の男性は呆れた顔をしている。


 その様子があまりにもイメージしていた軍務卿とはかけ離れていたので、俺は思わず笑ってしまった。


「し、失礼しました……私自身、旅に出てから満腹亭のお菓子は口にしていないので、どんな風になっているのか楽しみです」


 そう言って、バスケットの中のプチシューを一つ取って口に入れた。


「うん、おいしい!やっぱりおやじさんは上手だな!軍務卿、お心遣いありがとうございます」


 俺の言葉を聞いて、王妃様もプチシューを一つ取って皿に乗せた。


「まあ、テンマがいいのなら問題ないでしょう……ライル、武官だからと言って、貴族としての心配りを忘れてはいけませんよ」


「はい……肝に銘じます……」


 王妃様がプチシューを取ったのを見て、アイナがそれぞれの皿にプチシューを配り、紅茶を入れていく。

 それをアウラはただ見ているだけであったので、アイナは自分とアウラの分だけ紅茶を入れなかった。

 紅茶を配り終えた後、アイナはアウラを自分の所に呼んだ。

 アウラは何事かと怯えながら近づきいたが、アイナに二人分の紅茶を入れるように言われると、自信満々に紅茶を入れ始めた……が、


「まずい!」

「蒸らしが足りない!」

「蒸らしすぎ!」

「カップを温めていない!」


 などなど、次から次に色々なダメ出しを食らっていた。

 少し厳しすぎないか、と思っていると、アイナが俺の方を振り向いた。


「テンマ様、妹の休憩時間や自由時間は私にお預けください。一人前とは言いませんが、今よりはましなメイドに調教致します」


 突然そのような事を提案してきた。それを聞いたアウラは、アイナの背後で必死になって断るようにジェスチャーで訴えて居る。

 そんなアウラを見て俺は即座に返事を返した。


「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた俺を見て、アイナは一瞬驚いた顔をしていたが、即座に引き締めて満足そうに頷いた。

 その背後のアウラは、世界の終わりを目撃したような絶望の表情で床にへたり込んだ。

 そんなアウラを見ていると頭の中でド〇ド〇が再生されたが、特にこれと言った感情はわかなかった。


「それはいいわね!そうだ、ついでにジャンヌもアイナに教えてもらうといいわ!」


「ふぇっ!」


 王妃様の突然の提案に、今度はジャンヌが固まった。


「ほら、ジャンヌも年頃の女の子なんだから、そういった経験は必要だと思うの!花嫁修業とでも思いなさい」


 強引な王妃様の勧めで、ジャンヌは勢いに負けて頷いていた。


「テンマ達が王城に自由に出入りできるように、私の方から陛下に言っておくわ!とりあえず、明後日の昼頃に第一回の講義を始めましょう。いいわねアイナ」


「畏まりましたマリア様」


 次々と決まっていく予定に、ジャンヌは口を挟む事が出来ずに、ただ聞いて頷くだけであった。


「まあまあ、母上。それよりも私達は自己紹介すらしていませんよ。流石に自己紹介もなく、話を進めるのは失礼かと……」


 一人目の男性が王妃様にそう進言した。


「あらやだ、私ったら年甲斐もなく興奮してしまったわ……ごめんなさいね、私はマリア・フォン・ブルーメイル・クラスティンよ。あなたの母親のシーリアとは親友だったわ、よろしくね」


 王妃様に続いて一人目の男性が口を開こうとしたので、俺は慌てて立ち上がろうとしたが、男性は俺が立ち上がるのを手で制した。


「そのままで良い。私は、シーザー・フォン・ブルーメイル・クラスティン皇太子である。息子と娘が迷惑をかけたようだな、すまなかった」


 そう言ってシーザー皇太子は頭を下げた。普通なら考えられない状況ではあるが、王妃様を始めここにいる王族に驚いた様子はなかった。 


「次は私だな、陛下の次男でもある財務大臣のザイン・フォン・ブルーメイル・クラスティンだ」 


 こちらは簡単な挨拶のみだった。なんとなくだが、俺に対して警戒をしているようだ。 


「さっきはすまなかった。噂のテンマがどんな反応をするのか気になっていてな!俺はライル・フォン・ブルーメイル・クラスティンだ!」


 見た目どおりの豪快な男で、いかにも軍人です、という雰囲気を持っている。

 三人の中では、一番王様に似ている感じがする。


「ご挨拶が遅れました。私は……」


「ちょっと待ちなさい」


 俺が挨拶しようとするのを王妃様が止めた。


「私達は初対面ではあるけれど、お互いに貸し借りのある身でもあります。おまけにあなたは私の親友の子なのよ、堅苦しい挨拶はいらないわ。人前でなければ、あなたの普段通りの言葉で喋りなさい」


「いえ、でも……」


「普段通りの言葉でね」


「……はい、分かりました」


 俺の返事に満足した王妃様は、挨拶を続けるように即してきた。

 俺は本当にいいのか皇太子様を見たが、皇太子様は笑っていた。


「母上がいいと言っているのだ、構わんよ。それに、君は陛下をおっさん呼ばわりしたと聞いたぞ。それからすれば敬語なぞ今更だろう。ああ、私の事も皇太子はいらないからな」


 皇太子様……シーザー様は俺の昔の事を持ち出して笑っている。


「なら俺の事も、ライルでいい。子供に大臣と呼ばれるのには慣れていなくてな!」


 ライル様もシーザー様に乗っかってきた。


「あら!なら私もマリアでいいわ。わかったわね、テンマ」


 この国の王族はどうやらかなり軽い性格であるようだ。最も、身内内での話ではあろうが。

 そんな中、財務大臣だけは口を開かなかった……本来ならば、王族はこのような態度であるのが正しい気がするが、この場に限って言えば、逆におかしく見えるのが不思議だ。


「改めまして、冒険者のテンマです。よろしくお願いします」


 俺に続いてジャンヌとアウラも挨拶をしたが、二人はちゃんと空気を読んで終始敬語を使っている。

 まあ、当然と言えば当然ではある。王族に対して礼儀を欠く行為は、本来であれば問答無用で死刑である。


 そんな中、アウラの挨拶を見ていたアイナの目はかなり厳しかった。

 俺には分からなかったが、どうやら何か失敗があったものと思われる。


「ふむ、皆が名前を許したか……ならば、わしも名前で呼んで良いぞ。ほれ、呼んでみろ」


 大公閣下はそう言って俺に名前を呼ぶように言うが、俺は呼ぶことができなかった。

 その様子を見たじいちゃんが、横から口を挟んだ。


「お主、テンマに名前を教えたのか?」


「あっ……そうじゃった」


 そこからは、いつものように二人の罵り合いが始まった。

 本当にこの二人はいつでもどこでも喧嘩をする……そんなに仲が悪いならば、二人共隣に並んで座らなくてもいいのに……


 そんな風に騒いでいると(騒いでいるのは二人だけだが、しかもこの場の最年長者)、ドアがゆっくりと開いた。


「酷いではないか……俺を置いて行くなん……」


 王様が杖を突きながらドアを開けていたが、何か言い切る前にマリア様が素早い動きでドアの所まで行った。


「あなたは呼んでいませんよ」


 そう王様の言葉を遮ると、無常にも力の入らない様子の王様を部屋の外へと押し出し、ドアを閉めて鍵まで掛けた。

 

 部屋の外からは、ドアを叩く音と、開けてくれ~、との王様の声が聞こえているが、マリア様は完全に無視をして何事もなかったかのように席に座り、アイナにお茶のおかわりをしていた。


 その後、何度か王様が気になったが、全てマリア様に止められてしまい、ついに王様は部屋の中に入る事はできなかった。


「今日はもう遅いから泊まっていきなさい。アイナ、部屋を3つ用意して」


「畏まりました」


 マリア様の命令で、アイナは部屋を出ていった。

 ドアを開けた時にちらりと王様が見えたが、マリア様のひと睨みによって、部屋には入ってこなかった。


「テンマ、明日は何か予定はあるのか?」


 ライル様が俺の予定を聞いてくるが、これと言った予定は無い事を話すと、何故かニヤついていた。


「よし!なら明日は城の演習場に来い!丁度、近衛と第一騎士団の合同訓練があるから、それに参加しろ!」


「おい、ライル。いくらなんでも急すぎるぞ!」 


 俺の代わりに、シーザー様がライル様に抗議をしているが、ライル様は気にもせずに話を続けた。


「テンマの実力を知るには丁度いい機会だからな。それにテンマとしても騎士達に実力を見せておけば、いらぬ誤解も減るだろうしな!」


「それはそれで、いらぬ誤解を受けそうなんですが……」 


 俺も一応抗議はしたが、王様と同じような性格ならば効果は薄いだろう。


「心配するな!近衛と第一騎士団は実力第一のところがある!ある程度の力を持っている奴には、それなりの敬意を示す者が他の騎士団よりは多いからな!」


 ライル様は豪快に笑っているが、その姿は王様とダブって見えているので、俺の頭の中には『不安』の2文字しか浮かばなかった。

 

「テンマ、諦めろ……こうなったライルは言う事を聞かないからな……」


 シーザー様は申し訳なさそうにそう言った。

 マリア様も財務卿も諦めろとばかりに、首を横に振っていた。


「マリア様。お部屋の用意ができました」


 ライル様が豪快に笑っている中、アイナが部屋の準備が出来たと告げてきた。


「分かったわ、ご苦労様。テンマ達も疲れているだろうから、今日はここでお開きにしましょう。アイナ、テンマ達を部屋に案内してあげて」 


 マリア様のその言葉で、今日のところは解散となった。

 俺がアイナの後に続いてドアを出たところで、ドアの影に隠れていた王様に肩を掴まれた。


「テンマ~……マリアを説得してくれてもいいだろうに……」


 半泣き状態の王様は、マリア様の一撃が今だに尾を引いているらしく、若干内股になりながら立っていた。

 俺が愛想笑いを浮かべていると、中にいたマリア様の声が響いた。


「あなたにはお話があります。部屋に入っていらっしゃい」


 マリア様の言葉に顔を青くしている王様であったが、尻の痛みのせいで逃げることも出来ずに、肩を落としながらゆっくりと部屋の中に入っていった。

 その後すぐに、中にいたシーザー様達も急いで外に出てきたところでドアは閉められた。 


 その直後、部屋の中から怒号のような声が聞こえた……が、ドアが閉められていた為に詳しい内容は聞こえなかった。しかし、何故か王様の悲鳴のような謝罪の声だけはハッキリと聞こえていた。


「……まあ、いつもの事だ。気にしても仕方がない、今日は解散だ。ティーダとルナは私の部屋で説教だがな」


 シーザー様の一言で、ティーダとルナは泣きそうな顔になっていたが、逃げる事などはせずに、黙ってシーザー様の後について行った。


「テンマ様、こちらです。テンマ様とマーリン様は個室。ジャンヌとアウラは同室です」


 そのままアイナに案内されて着いた部屋は同じ階の端にあり、向かいにじいちゃん、横にジャンヌ達の部屋があった。


「今日はお疲れ様でした。明日の朝起こしに参りますので、ごゆっくりとお過ごし下さい。何か用事があれば、あちらの待機室の方に係りがおりますので、ご遠慮なくお申し付けください」


 そう言ってアイナは一礼すると、今来た道を引き返していった。


「流石に今日は疲れたわい……テンマ、また明日話を聞かせておくれ。おやすみ」


「テンマ、おやすみなさい。また明日ね」 

「おやすみなさいませ、テンマ様」


 皆次々と部屋に入っていく。

 アウラは若干ではあったが、言葉に気をつけているようであった。それだけアイナのお仕置きが怖いのだろう。

 このまま立派なメイドになるといいのだが……アイナみたいにはならないで欲しい。あれはちょっと怖い。


 あまり失礼な事を考えているとアイナが現れそうなので、俺も部屋に入って寝ることにした。

 寝る寸前になって、シロウマル達の餌を用意していなかった事に気付き、急いで作り置きしていた物をバッグの中のシロウマル達に与えると、ものすごい勢いで食べていき、あっという間に食べ尽くしてしまった。


 シロウマル達を部屋の中に出していいものか分からないので、今日のところはバッグの中で過ごしてもらう事にして、今度こそ布団の中に潜り眠ることにした。

 明日は面倒な事にならなければいいのだが……

色々なご感想などを頂き、大変感謝しております。

王都の作者のイメージとしては、街中にも畑などがある感じで書いています。

いずれ作中でその事にも触れるつもりでいます。

これからもよろしくお願いします。

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[一言] 未だにテンマと様付け出来ない奴隷女ジャンヌ。こんなのと結婚?それも否定しない主人公。さて、
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