第4章-3 衝撃な再会
マークの事をすっかり忘れていたので、マークの場面を追加しました。
「失礼します……えっ!」
「おじゃましま~す……わぁ!」
ティーダとルナは、馬車の中に入るなり内部の広さを見て驚きの声を上げた。ティーダは信じられない物を見たように、ルナは興味深々といった感じの声だった。
「入口で立っていないで、とりあえず座るといい」
先に中に入っていた俺は、入口で立ち呆ける二人に席を勧める。
「あっ、はいっ!」
「は~い」
二人が席に着くと、アウラがすかさず紅茶を入れてお菓子と共に差し出した。
お茶を出し終えたアウラは、ジャンヌと共に俺の席の後ろに立っている。
「ジャンヌ、アウラ、二人はそこの席に座ってくれ……ティーダとルナも構わないな」
目の前の二人が王族だからと言って、俺は敬意を払うつもりは無かった。
年下だから、先程の事のせいで、とかいう訳ではなく、ただ俺は尊敬できない相手に敬意を払うつもりがないだけである……大公閣下のような相手なら、少しは空気を読む事はするけどな。
ジャンヌとアウラに指定した席は俺のとなりの席で、ティーダとルナにとっては斜め向かいの席になる。
「無理、テンマ様無理です。王族の方と席を一緒にするなんて……私は奴隷でメイドですよ!」
「テンマ、私も無理!王子様達に失礼にあたるわ!」
二人は拒否をしたが、それを許すつもりはない。
これはジャンヌ達の為だけでなく、俺にとっても重要なことで、ティーダとルナに俺との立場を示す意味合いもあるのだ。
それは、いずれティーダが王位を継ぐと決まった時の為の布石でもあり、ある意味で刷り込みだ。
すなわち、「俺は権威に屈しない、それだけの力を持っている」と、そして「無理に従わせようとするなら、相応の覚悟をしろ」と言った脅しも含めるつもりだ。
最も、後者は王様によって、すでに刷り込み済みのようだったが。
「気にしないでいい。今は俺の馬車に相乗りしている子供だ。いつもみたいにリラックスしているといい」
そういう訳で、ジャンヌとアウラには強制的に席に着いてもらった。
ジャンヌ達はかなり緊張していたが、ティーダ達は何も言わずに不満気な様子も見られなかった。
「ところで、二人を唆した大臣はどんなやつだ?」
現在、この国は国王をトップに、国王補佐、宰相、大臣、大臣補佐、各部署といった組織図になっている。
国王補佐は宰相より上というわけではなく、国王の代理もこなすので一応は上の役職ではあるが、ほとんどが次代の国王候補が拝命するためこのような順になっている。
大臣職は4つあり、軍務大臣(軍務卿)、財務大臣(財務卿)、外務大臣(外務卿)、内務大臣(内務卿)、となっており、それぞれの下に関連する部署がついている。
「内務大臣です。カイゼン・フォン・ダラーム公爵です」
「太っちょのハゲたおじさんだよ!」
二人への質問でわかったことは、
二人を唆したのは、カイゼン・フォン・ダラーム公爵と言う内務大臣。
カイゼンは二人……特にティーダの実戦経験のなさを指摘し、仔牛がいる所を教えた。
牛は数が多くおり、間引く必要があるから仔牛を殺しても大丈夫だ。
と言っていたらしい。
ついでに、太っちょでハゲでよく女性をいやらしい目で見ているので、女性からの不人気が城内NO,1!(ルナ談)
さらに、他の大臣……特に軍務大臣と財務大臣と仲が悪いらしい。
「なるほどね……まあ、それだけではどんな奴かわからないけど、俺には関係ないか」
お菓子をつまみながら話しているうちに、ティーダとルナはだいぶ慣れてきたようだ。ジャンヌとアウラも幾分緊張がほぐれてきたようである。
「あの~テンマさん、先程現れた時、何か鳥みたいなものが飛んでいませんでしたか?」
ティーダは中をキョロキョロとしながら聞いてきた。ルナもそれに釣られてキョロキョロしている。
「ああ、ソロモンのことか。出ておいでソロモン」
別に見せても構わないか、と思い、バッグの中に隠れていたソロモンを呼び出した。
あの時、ソロモンは騒がしくなるのを嫌ったのか、自分からバッグに隠れていたのだ。
「キュイ?」
「へっ?」
「きゃあぁ!可愛い!」
バッグからひょっこりと顔を出したソロモンを見て、ティーダは驚きのあまり固まり、ルナは黄色い声援を上げた。
ソロモンは、ヒョイっ、と飛び出して俺の頭に着地した。ルナはそんなソロモンを見て、きゃあきゃあ言いながらソロモンに手を伸ばして触ろうとするが、ソロモンは俺の頭の上で巧みにかわしている。
そんな様子を見たティーダが、慌ててルナを羽交い締めにして止めた。
「ルナ!ドラゴンが怒ったらどうするんだ!落ち着け!」
ティーダの言葉にルナは渋々ながら頷き、元の席に戻ったがその目はソロモンを見つめ続けていた。
「嫌がることをしなければ、ソロモンは滅多に怒ったりしないぞ。ソロモン、挨拶しなさい」
俺がソロモンを抱いてルナに向けると、ソロモンはティーダとルナを見て、
「キュイッ!」
と鳴いてルナのそばに座った。
「きゃ~可愛い~、お兄ちゃん、この子頂戴!」
「ダメ」
ルナの言葉に速攻で答えると、ソロモンもルナから離れて今度はジャンヌの所に移動した。
ジャンヌがソロモンを抱きとめると、すかさずシロウマルがジャンヌの前に立ち、ルナを牽制した。
「ルナ!無理を言うな!怒ったソロモンに食べられたらどうするんだ!すみませんでしたテンマさん。ルナにはよく言い聞かせますので許してください」
この様子ならすり込む必要はないだろう……少々納得がいかないが。
「ルナは他の人が、お父さんやお母さんを頂戴、と言ったらあげるのかい?」
俺の問いにルナは少し考えて、首を横に振り、
「ごめんなさい……」
と謝った。それを見て俺がルナの頭を撫でると、ソロモンも俺が許したとわかったようで、再びルナの元に飛んだ。
「いいかルナ、ソロモンが可愛いと思っても紛れもないドラゴンなんだ。嫌がることをしたら、どんなひどい目に合うかわからない。それは他の生き物であっても同じだ。もちろん人に対しても言えることだ。覚えておくといい」
最後の方でちらりとティーダを見ると、ティーダは俺の言葉を聞いて考え込んでいるようだった。
しばらくの間馬車の中でゆったりと過ごしていると急に外が騒がしくなり、一頭の馬が馬車のそばで併走した。
「何かありましたか?」
馬に乗っていた騎士はディンさんであり、ディンさんは俺の問いに少し困ったような顔をして、
「面倒な事になった。狼の大群に目を付けられたようだ……恐らくは牛の血の匂いを嗅ぎとったのだろう」
その言葉を聞いて、馬車から身を乗り出して狼を探すと、俺達の集団から50m程離れた位置を5~60頭の群れが併走していた。
「1.5~2mの黒っぽい狼……ダイアウルフですか……Dランク指定の狼ですね」
「ああ、1頭だけならDランクだが、10頭くらいでC、20もいればBランク指定の狼だ」
ダイアウルフはディンさんの言った通り、1頭なら討伐は難しくないが、連携を得意とするため群れの数が増えるほどに難易度が上がる厄介な狼だ……ちなみに、魔物ではないため、『指定』と付けることが多いが、ギルドでは他の魔物と同じような扱いをしている。
「恐らくはいくつかの群れが合流したのだろうが、この数ではAランク以上の依頼に相当する難易度だろうな……テンマ、悪いが手伝ってくれ」
ディンさんはそう言って攻撃準備を整えようと騎士達の所へ行こうとするが、
「狼相手ならシロウマルだけで十分だと思いますよ。シロウマル、少し遊んでこい」
そう言ってシロウマルの首輪を外して外に出した。
首輪の外れたシロウマルは本来の大きさに戻り、ダイアウルフの群れ目掛けて尻尾を振りながら駆け出した。
「あれがシロウマル……なんで体の大きさが違うんだ?」
「この首輪はマジックアイテムなんですよ。ダンジョンで手に入れた物ですが、非常に便利なのでシロウマルに装備させていたんです」
ディンさんだけでなく、シロウマルを見ていた皆……ジャンヌとアウラまでもがシロウマルの変化に驚いていたが、当のシロウマルはそんな事は気にせず、ダイアウルフの群れを追い掛け回していた。
ダイアウルフにしても、自分達より大きく、はるかに格上の狼が向かってくるとは思っていなかったようで、蜘蛛の子を散らすように逃げ回っている。
「あっ、シロウマルがリーダー格の1頭を押さえ込んだみたいですね。ちょっと行ってきます」
しばらくシロウマルと狼の追いかけっこを見ていると、シロウマルは群れの中でも体の大きな1頭を押さえ込む事に成功しており、どうやらそれがリーダー格の1頭のようなので少し様子を見に行くことにした。
飛空魔法でシロウマルの元へと向かう俺を見て、ディンさんは何か言いたそうであったが、俺は気がつかなかった振りをしてシロウマルのそばまで飛んで言った。
「お疲れ様シロウマル。しばらくそのまま抑えていてくれ」
俺はシロウマルの頭を撫でてから押さえ込まれているダイアウルフを覗き込むと、狼は俺を威嚇するように唸り声を上げたが、俺は両手で狼の口を抑えて少し強めの殺気を浴びせた。
「グルルルゥ……クッ、ク~ンク~ンク~ン」
殺気を浴びた瞬間、先程までとは打って変わっておびえるような声で鳴き出し、シロウマルに押さえ込まれながらもなんとかお腹を見せて降伏の姿勢をとろうとしてきた。
「シロウマル、放していいぞ」
シロウマルに狼を解放するように言うが、肝心の狼はお腹を見せたままの姿勢で起き上がろうとしなかった。
「よ~しよし、もう怒ってないから起きてもいいぞ」
お腹を撫でてから声をかけると、狼は俺を確認しながら起き上がり伏せの状態でおとなしくしている。
その他の狼達は遠巻きに俺とシロウマルを見ながら警戒しているようで、そちらに視線を向けると僅かに後退りをしていつでも逃げれるようにしていた。
「お腹がすいているのか?だったらこれを皆で食べな」
俺はバッグから血抜きも済んでいない牛の死体を三体出して、狼達に見えるように置いた。
そばに伏せている狼は不思議そうな顔で俺を見ていたが、すぐに立ち上がり牛の匂いを嗅ぎだした。
それを確認して馬車の方へ戻ろうとしたが、
「シロウマル、帰るぞ!それは狼達の分だ!お前の分は別にあるから安心しろ」
シロウマルは狼と一緒になって牛の匂いを一生懸命に嗅いでいた。
「ウ~~、キュ、ギャワン!」
シロウマルがなかなか牛から離れようとしないので、仕方なしに首輪をしてサイズが小さくなったシロウマルを無理やり抱えて飛空で戻ることにした。
その時に首輪を掴んでしまったので、シロウマルが苦しそうな声を上げたが気にしないでおこう。
「ただいまディンさん。もう狼は大丈夫だと思うので先に進みましょう」
ディンさんは驚いた表情をしていたが、それを無視して馬車の中に戻る俺を見て軽くため息をつき、騎士達の所へと戻り前進を始めた。
馬車の中に戻ってまずした事は、シロウマルに牛の角を与えることだった。そのついでにソロモンにも与えたが、二匹はものすごく嬉しそうにかじっており、この分では追加でおねだりをするかもしれない。
「あの……テンマさん。なぜあの狼達に牛を与えたのですか?」
二匹を眺めていると、ティーダが不思議そうにそう聞くので、
「ティーダ、あの狼達もある意味では君達の被害者だぞ。牛の数十頭の群れがいなくなった事で、その分あいつらの食料がなくなったんだ。その事を考えたら牛を与えるくらいどうという事はないだろ」
「そうだったんですか」
ティーダは俺の言葉に納得したようだ。だが実のところは狼が可愛かったので牛を振舞ってしまった、という方が理由の大部分を占めていた。ティーダに言った事も理由の一つではあるので、この事は俺だけの秘密にしておこう。
その後は大した事も無く、半日もしないうちに王都の近くまで来ることができた。
「シロウマル、王都に入る前に少し運動でもしておこう……そら、行ってこい!」
王都に入る前にシロウマルを思いっきり走らせておこうと考えて、馬車のドアをあけて外に出した。
シロウマルが飛び出た事で、騎士の一人が何事かと近づいてきたが、王都に入ると、シロウマルは一時の間大人しくしておかないといけないので運動させる、と説明すると騎士も納得し戻っていった。
「シロウマル、あまり馬車から離れるなよ!それと知らない人が近くにいたら、すぐに馬車の所に戻ってきなさい!」
「ウォン!」
シロウマルは一声吠えると、元気よく駆け出した。
ソロモンも外に出たがってはいたが、騎士達にドラゴンがいることは話していないので、無用な騒ぎを起こさないように馬車の中で我慢するように言い聞かせた。
「わぁ~早い早い!シロちゃん元気がいいね!」
シロウマルは馬車の周りをかなりの速度で駆け回り、時には騎士達を追い越したり、うさぎなどの小動物をからかったりして遊んでいる。
その様子をルナはしゃぎながら見て、歓声を上げている。
「おいっ、シロウマル!どこに行くんだ!」
突然シロウマルは方向転換して駆け出した。その先には一台の馬車が走っており、シロウマルはその馬車を目指しているようだ。
馬車の方も突然迫ってくるシロウマル慌てている様子だったが、何故かすぐにシロウマルに向けて進みだした。
「やばい!敵と判断して戦うつもりかもしれない!」
俺は急いで馬車から出てシロウマル目指して飛んでいった。
一方、その馬車では、
「マーリン様!狼が一頭でこちらに向かってきます!すごい速度です!」
その報告を聞いて、馬鹿な狼もいるものだとわしは思った。この人数相手に狼が一頭でかなうわけが無いのに、何を考えているのかと。
しかし、もしかしたらその狼は、この人数相手でも勝てると思ったから向かってきているのでは?との可能性もあったので、念の為その狼を見てみることにした。
「なんじゃと!あやつはかなりの魔力をもっておる!皆の者、気を抜くな!かなりの強敵じゃ!」
一目見てただの狼ではないとわかった。その事を騎士達に伝えて、迎撃態勢をとったのじゃが、
「ん?あやつはもしかして……皆の者!攻撃は中止じゃ!あやつはシロウマルじゃ!」
近づくにつれて見えた毛色と覚えのある魔力から、あの狼はシロウマルの可能性が高い。
「へっ?シロウマル……本当ですか!」
クリスは声を上げて驚き、エドガーも目を丸くしている。
「そのようじゃ!見ろ!こちらに尻尾を振りながら走ってきておる!それに敵意は感じられん!」
わしは辛抱できなくなって、シロウマル目指して飛んでいった。
その後を慌ててエドガー達が追いかけてくるが、それよりも先にわしがシロウマルの所へ着くのが早かった。
「シロウマル~テンマはどこじゃ……げぶぅ!」
勢い余ったシロウマルに激突されて、わしは弾き飛ばされて宙を舞う事となってしまった。
「やばい!シロウマルが誰かをはねた!」
俺はシロウマルとぶつかって飛ばされた人を見て一瞬、シロウマルが人を殺してしまった、と思った。
「なんとか生きていてくれっ!名も知らぬ人!」
シロウマルに近づくに連れて、弾き飛ばされた人がどうやら生きているのがわかった。
その人は草むらの泥の中に飛ばされており、まるでギャグ漫画のように頭から逆さまに突き刺さっていた。
「シロウマル!お前はなんてことをしたんだ!大丈夫ですか!」
泥に突き刺さった人に駆け寄ろうとした時、
「テンマ~」
「テンマく~ん」
と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。声のした方を見ると、先程シロウマルが目指していた馬車が近寄ってきており、その馬車の前を走っている二頭の馬に乗った騎士が俺の名を呼びながら手を振っている。
「あれは、たしか……え~っと……」
見覚えはあるが名前が思い出せない。シロウマルは覚えがあるようで尻尾を振って待っている。
思い出そうと頑張っていると、二人の騎士は速度を上げて俺のそばまで来て馬を下りた。
「本当に生きていた。よかった!」
「本当に良かったわ!久しぶりね!」
親しげに声をかけてくる二人を間近で見て、ようやく名前が出てきた。
「確か、王様の近衛のエドガーさんと……クリスさん?」
うろ覚えで名前を呼ぶと二人は頷き、頭を撫でてきた。
「そうだよ!エドガーだ!よかった、無事に会えて……」
「ええ、本当に……」
二人は俺に会えた事をすごく喜んでいるようで、微かに涙ぐんでいた。
「ところで……なんでお二人がここに?」
「ああ、マーリン様とテンマを探しに行っていたんだが……そのマーリン様はどこに?」
「先に飛び出して行ったのだけど……」
その時になって、先程シロウマルがはねた人の事を思い出した。
「まさか!じいちゃん!」
俺は急いで泥に突き刺さっている人を引き抜くと、それは案の定じいちゃんこと賢者マーリンだった。
「じいちゃん!死ぬな!」
急いでじいちゃんに回復魔法を重ね掛けして、口に詰まった泥を吐き出させると、なんとかじいちゃんは無事に目をあけた。
「テンマ……テンマかっ!ようやく会えた……テンマ……」
目をあけて俺を認識した瞬間、じいちゃんは泣き出し俺を抱きしめ……ようとしたが、
「じいちゃん……臭いよ……」
じいちゃんから匂ってくる臭さに、思わず鼻をつまんで避けてしまった。
「な、何を言うんじゃ!感動の再会だというのに……くっさ!」
じいちゃんは俺に文句を言いながら自分の服を臭うと、即座に鼻をつまんで服を脱ぎ捨てた。
どうやら、じいちゃんが突き刺さっていた場所には、泥に動物の糞が混じっていたようだ。
じいちゃんは大急ぎで、自分の体を水魔法で出した水球で洗っていく。俺はその水球に石鹸を投げ入れて泡だらけにして、ついでに俺の手も洗った。
「お~い、テンマ~」
手を洗っている最中、先程エドガーさんとクリスさんが置き去りにした馬車から、懐かしい声が聞こえてくる。
「マークおじさん!おじさんも来ていたの!」
おじさんは馬車を停めて駆け寄って来て、俺を抱きしめた。
「良かった!本当に生きていたんだな!」
おじさんは涙を流しながら、良かったと繰り返していた……その時、
「ぬおぉーー!マーク、わしより先にテンマと感動の再会をするとは何事じゃーー!」
体を洗い終わったじいちゃんの声が辺りに響き渡った。マークおじさんは何が何だかわからない、といった表情をしていたが、じいちゃんの様子とエドガーさんの耳打ちで、じいちゃんより先に俺と抱き合っていた、と言う事が問題であったと理解したようで、じいちゃんに何度も頭を下げて謝っていた。
「ともかく、テンマが無事に生きていて良かったわい!……ところで、テンマはドラゴンゾンビを倒した後何をしておったのじゃ?」
じいちゃんはおじさんに散々に文句を言って体を乾かした後、仕切り直しとばかりに俺に抱きついて、あの後の事を聞いてきた。
「ドラゴンゾンビを倒した後、俺は気を失って倒れてしまったんだけど、シロウマルとスラリンが俺を背負ってゾンビ達のいない所に連れて逃げてくれたんだ。その後何日か目を覚まさなかったみたいで、場所がわからなかったから川沿いに何日か歩いていって。着いた村でククリ村の話を聞いたら村人の半分以上は死んだって聞いて……皆の生死を確かめる勇気がなかったから、そのまま旅に出たんだ」
じいちゃんには多少脚色した話を聞かせたが、俺がじいちゃん達はドラゴンゾンビのブレスで死んだと思って、死体を確かめるのが怖かったのは本当だ。
「その後はグンジョー市で二年近く冒険者をやりながら暮らして、最近はセイゲンでダンジョンに挑戦していたんだ。一度大会に出てみようと思って王都を目指して、その時にククリ村の人に会ってみようかと思っていたんだ」
「そうじゃったのか……でも、またこうやって無事に会えたのじゃ!これからはじいちゃんと一緒じゃぞ!」
「あっ、でも大会が終わったら、またセイゲンに戻ってダンジョンに挑戦するつもりなんだ。部屋も借りてるし」
その事をじいちゃんに話すと、じいちゃんは何かを思い出したようだ。
「そう言えば、テンマはセイゲンで弟子をとっておったな。よし、わかった!その時はわしもついて行こう!」
そんな宣言をするじいちゃんの後ろで、エドガーさんとクリスさんはにやけていた。
「まあまあ、マーリン様。まずは王都を目指しましょう」
エドガーさんがそう言って馬車のドアを開けるが、
「わしはテンマの馬車に乗るからの……では行こうかテンマ」
と言って俺の手を引いて、馬車の所まで飛空魔法で飛んでいこうとする。
「エドガー、クリス、マーク、先に行っておるぞ!シロウマル、遅れずについてくるんじゃぞ!」
そのまま連れていた騎士達も置き去りにして、じいちゃんは俺の馬車を目指して飛んでいく。
俺は宙吊りにされていたが、仕方なく魔法を使って自分で飛ぶ事にした。後ろを見ると、エドガーさん達が大慌てで追いかけてくるのが見えた。
ほどなくして馬車へと着き、じいちゃんはさっさと中に入ろうとする。
その時、馬車の横に並ぶようにしてもう一台の馬車が横付けされた。大公閣下の馬車だ。
「なんじゃ、生きておったのかマーリン」
「随分な言い草じゃの、このションベンたれが!」
急に始まった舌戦に、俺は何が何だかわからなかった。
俺が唖然としている間にも二人の罵り合いは激しくなっていく。
「お二方、そこまでにしてくだ……」
「「お主は黙っておれっ!」」
二人を落ち着かせようとディンさんが間に入ろうとしたが、二人はディンさんを押しのけて罵り合いを続けた。
押しのけられたディンさんは俺に目で合図を送っている。
「じいちゃん落ち着いて!」
「大公様も落ち着いてください!」
俺とディンさんは同時にそれぞれの背後に回り、羽交い締めして二人を引き離した。
「テ、テンマ止めぬか」
「離せディン!」
二人は抵抗していたが、俺とディンさんの力にかなう訳は無く、ズルズルと引きずられながら離れた。
「じいちゃんは大公閣下と知り合いだったの?」
俺の質問にじいちゃんは苦々しい表情を浮かべて、
「ただの腐れ縁じゃ!それとテンマ、あやつのことは閣下などと呼ばず、ションベンたれでええぞ!」
「いや……仮にもこの国の大公なんだから、流石にそれは……」
じいちゃんの発言に言葉を濁していると、
「誰がションベンたれじゃ!この変態が!」
10mは離れた位置から、大公閣下の怒声が飛んできた。
「本当のことじゃろうが!魔法学校の中等部の時の事を忘れおったのか!それともボケたか!」
「あれは水をズボンに零しただけじゃ!そう言うお前こそ、全裸で女子風呂に突撃したじゃろうが!」
「あれは事故じゃ!魔法の失敗で吹き飛ばされて、落ちた先が女子風呂だっただけじゃ!その証拠にその時は入浴時間外だったわい!」
二人の罵り合いは、だんだんと暴露話になっていき、周囲の人間はかなり引いていた。
それはエドガーさん達が追いついて来ても変わらず、さらにひどい話になり始めたので、
「二人共、少し頭を冷やそう!」
俺はじいちゃんの後ろから飛び退き、じいちゃんと大公閣下の頭上に水魔法で水球を作り出して落とした。ディンさんは、俺が飛び退いた瞬間に大公閣下の元から離れており水浸しになることはなかった。
「「冷たっ!」」
水球はおまけとして冷たいものにしてあり、二人の言い争いは止まった。
「何をするんじゃ、テンマ!」
「わしはこれでも大公じゃぞ!」
「賢者と大公が、揃って恥を曝し合ってどうするんですか!騎士達も呆れてますよ」
俺の言葉に、じいちゃんと大公閣下は揃って周囲を見回した。
すると騎士達は一様に目をそらして、二人から視線を外している。
「とりあえず馬車の中に入ってください」
俺が馬車のドアを開けると、ドアの所で覗いていたジャンヌ達は慌てて元いた席に戻った。
「……一時休戦じゃ」
「……とりあえず中に入ろう」
二人はそう言うと、そそくさと馬車の中に入っていった。
「テンマ、相手はあれでも大公閣下なのだから程々にな……」
ディンさんは俺の肩を軽く叩き、エドガーさん達を一団に組み入れてそれぞれの位置に配置している。
エドガーさん達は、俺の馬車の周辺に配置されたようだ。俺はディンさん達と軽く打ち合わせをして、タニカゼに指示を出して進ませた。
尚、話し合いの最中、クリスさんはシロウマルをモフるのに夢中になりすぎて、ディンさんに怒られていた。