第3章-6 初めての弟子?
「じゃあ、そこの椅子に腰掛けて」
素直に従ったエイミィの背後に回り、両肩に手を置いた。
「ゆっくり息を吸って……吐いて……」
言われた通りに呼吸をするエイミィ、俺は息を吐いた瞬間を狙って、
「ひゃんっ!」
エイミィに魔力を流した。付与したのではなく、電流のように流したのだ。
「な、何をするんですか!」
エイミィは驚いていたが、
「今の感覚を忘れないうちに、もう一度桶に手をかざして」
無視して淡々と指示を出した。
「なんなんですか、いきなり……」
ブツブツ言いながら桶に手をかざすエイミィ、すると今度は僅かではあったが、水面が揺らいだ。
「な、なんか動きました!」
エイミィは先ほどの事を忘れたかのようにはしゃぎだした。
そのあまりのはしゃぎように、家の中からカリナさんとアリエさんが飛び出してきたほどだ。
しかし、その事にすらエイミィは気が付いていないようだ。
「テンマさん、何があったんですか?」
とカリナさんが聞いてくるので、エイミィに魔法の兆しが現れた、とだけ教えた。
まさか、こんなすぐに成果が出始めるとは思ってもいなかったのだろう、二人はかなり驚いていた。
そこで、やっとエイミィは二人に気が付き、大はしゃぎで説明していた。
しかし、少しはしゃぎ過ぎていたので、
「エイミィ、ちょっとこれを見て」
と言って、俺は桶の水を操作して、新体操のリボンのようになひも状に変えて、くるくると回して見せた。
エイミィが呆然としているのを見てから水を桶に戻し、
「エイミィができたのは、基礎の基礎の基礎以下だからね。あまりはしゃがないように!」
と釘を刺すと、
「はい!先生!」
となぜか先生に格上げされていた。その目には先ほどまでの少し敵対心の篭った目でなく、尊敬の目に変わっていた……どこかで見た事のある目だなぁ、と考えていたら、
「あっ、プリメラの目に似てるんだ!」
とついつい声に出してしまった。
エイミィが首をかしげていたので、なんでも無いと誤魔化したが、
(あれ、ということはプリメラって、俺を尊敬でもしていたのか……なんで?)
と考え込む事になってしまった。
「あの~、先生……次は、何をしたらいいですか?」
との声に引き戻された……しかし、思惑通りにいい感じで刷り込みができているな。
テンマはそう考えていたのだが、世間ではそれは洗脳だと言う事に気付いてはいなかった。
「今は、とにかく同じことを繰り返しやってみよう。まずはその感覚に慣れることが大事だからね」
「はい、分かりました先生!」
先生と呼ばれて悪い気はしないが……何だかこそばゆい。
「あ~、エイミィ頼むから先生と呼ぶのはやめてくれ……」
「えっ……先生は先生ですよね?」
お前は少し前まで、テンマさん、と呼んでいただろうが!と言いたいのを我慢して、
「分かったから、練習の時以外では呼ばないようにしてくれ……」
と言う妥協点を提示した……でないとこの子、街中でも大声で先生と呼びそうだ……そして、先生と呼ぶのを止めそうにない。ならば、先手を打って、妥協してもらうしかないだろう!
「え~っと……分かりました」
なんか納得がいかない、といった感じではあるが、了承してくれた。
「そんな訳で、今のところはこの練習だけだね。もう少し慣れたら、次に進もう。今日は終わり!」
「えっ、もうですか!」
エイミィはもっとやりたいようだが、
「今のエイミィは自分が思っている以上に、体が疲れているはずだよ。今は無理をする時じゃないさ」
そう優しく言うと、エイミィはそれ以上は言わなかった。恐らく気が抜けたところで、自身の疲労に気がついたのだろう。
エイミィは思っていたより才能があったみたいで、このまま行けばロックバードの2羽なら余裕で使役できるだろう。
疲労回復の意味も込めて、エイミィにお菓子を分けてあげた。エイミィは甘い匂いのするお菓子に少し元気が戻ったようだ……その横では、シロウマルが自分にも、とねだっていたので少し切ってあげた。
その時家に戻ろうとしたエイミィが、小石を踏んでよろめいてしまった。
俺が咄嗟に引き寄せたのでコケはしなかったのだが、
「貴様ーー!エイミィになにしてやがるーーー!」
突然、背後から男がすごい形相で走って来た。
あまりにすごい剣幕だったので、俺は桶に残っていた水をひも状にして操り、男の身体に巻きつけて凍らせた。
男は氷を砕こうと腕に力を入れていたが、その氷には魔力をたっぷりと流し込んでいるので、そう簡単には壊れなかった。
そうと知らない男は、走りながら身体にまとわりつく氷を砕こうとしていたので、バランスを崩し盛大に転がってきた。
「お父さん!なにやってんの!」
大体想像できていたが、やはりエイミィの父親だそうだ。
あまりに騒がしかったので、離れた所にいたカリナさん達にも聞こえていたようだ。
「なにやってんだい!このバカ息子!」
アリエさんは、持っていた箒で男の頭をバシバシと叩いていた。
カリナさんは申し訳なさそうに、
「ごめんなさいね……あれが夫のリックです……」
と教えてくれた……なるほど、俺がエイミィに悪戯でもしているように見えたのだろう……ちょっと腹が立ってきた。
そして俺以上に怒っているのがシロウマルだ。なんて飼い主思いな奴なんだ……と思っていたら、シロウマルの足元にさっきあげたお菓子が落ちている。
……こいつ、先ほどの音で驚いて落としたな……俺の事よりもお菓子が大事か……
俺の感情に気がついていないシロウマルは、身動きの取れないリックに唸りながら近づく。
「うわっ!こっちに来んな!」
リックは追い払うように体を動かしているが、もちろん効果は無い。
やがてリックの目の前まで近づいたシロウマルは、まるで猫がねずみをいたぶるかのように、前足でリックの頭を小突いていた。
何回か小突いているうちにだいぶ気が晴れたようで、シロウマルは満足そうに俺の所へと帰って来た。
尻尾を振って俺の所へと来たシロウマルに、落ちていたお菓子を見せて、
「お前……お菓子の事で怒っていたろ……俺の心配は無しか?」
そう問いかけると、
「キュ~ン、キュ~ン」
とお腹を見せて鳴きだした。
その姿を見て、もういいやと諦めの気持ちが出てきたが、
「もうお菓子は無しな」
と言うと、ショックを受けたような顔になり、その後リックを睨み始めた。
当のリックは、エイミィやカリナさん達に囲まれて説教をされていた。
その時かすかな声で、
「えっ、アイツがテンマなのか!あの化け物って噂の……」
と、聞き捨てならない事が聞こえてきた。
俺はリックにゆっくりと近づいて、
「今の話……詳しく聞かせてもらえますか」
と笑顔で声をかけた。
丁度リックは、俺に対して背を向ける形になっていたので、急に話しかけられてかなり驚いていた。
さらにおかしなことに、俺は笑顔で話しかけているのに、リックを含め、エイミィ達もおびえているようだった。
「えっ、あ、その……」
「ああ、そのままじゃ話しにくいですね」
そう言って俺は指を鳴らした。パチンっ、という音と共にリックの身体に巻きついていた氷が一斉に砕けた。
ちなみに指を鳴らす行為に意味は無い……ただ、カッコいいかな、と思ってやっただけだ。
自由になったリックであったが、その場にヘタリこんだまま、起き上がろうとしない。
なので俺がしゃがんでリックと目を合わせるようにして、
「で、さっきの噂を詳しく教えてください」
と、なるべく優しそうな声を出したが、青ざめた顔をしたリックは答えてくれなかった。
どうしたものかと考えていると、
「おっ、どうしたテンマ。リックが何か悪さでもしたか?」
後ろの方からジンが声をかけてきた。ジンの他にも暁の剣のメンバーが勢ぞろいだった。
ジン達の登場にリックの顔色が良くなっていく。
「いえ、何故だか俺が化物だって噂が流れているそうなので、ちょっとリックさんに話を聞こうとしていただけですよ」
その言葉に、
「あ、俺、急いでいたんだった。悪いなテンマ!」
じゃあな、と手を挙げてこの場を去ろうとしたジンだったが、
「あっ、それってもしかして、ジンさん達が皆に話していたやつですか?」
と空気を読まない貴族令嬢が、ジン達に確認するように聞いていた。
その瞬間にリーナを除く三人が一斉に逃げ出そうとしたが、
「逃がさん!」
俺はジン達を土魔法で捕えると同時に、ゴーレムを三体召喚した。
ジン達は俺の魔法によって、体をミノムシのように固められた状態でゴーレムに担がれていた。
その出来事にエミリィ達だけでなく、道行く冒険者達も目を丸くしていた。
「さて、話を聞きましょうか」
そう言って三人を庭先に首だけ出して埋めた……これで、刃引きしたのこぎりでも添えたら完璧だな、と前世で見た漫画の事を思い出していた。
「ちょっと待ってくれ!これには訳があるんだ!」
「だから、まずは落ち着け、な!」
「そうだよ!まずは私の話を聞いてくれ!」
ジン、ガラット、メナスの順で言い訳をしようとする。
まあ、俺も鬼ではない……と思っているので、まずは話を聞く事とする。
「実はな……」
「全部、ジンが言い出したことなんだ!」
「そうだ、ジンが私達をそそのかしたんだ!」
「ちょっと待て、お前ら!」
ジンの話しを遮って、ガラットがジンが主犯だと言い出し、それにメナスが追従した。
「俺は皆の事を思ってだなあ!それにお前らだって、テンマはヤバイ、あいつにちょっかいをかけると、容赦なくひき肉にされる。グンジョー市では貴族ですら頭を下げていた、なんて言っていたじゃねえか!」
どうやら、各々好き勝手に尾ひれを付けまくったようだ。
俺はニッコリと笑って……
「スタン」
電流を三人に流した。
もしこれが、前世で子供の頃に再放送で見たアニメだったら、三人は体が透けて骨が見え、黒焦げになって煙を噴いていただろう。
そんな事を考えながら、死んだり後遺症が残らない程度にお仕置きをした。
なお、このことが翌日から冒険者の間で急激に広がり、暁の剣を知っている者達から、噂は本当だった、と恐れられるようになってしまうのだった。
俺は、地面から首だけを出してぐったりとしている三人を余所に、リックに向き直り、
「初めまして、リックさん。この間からここでお世話になっている、テンマと言います。それと成り行きですが、エイミィに魔力の扱い方を教えることになりました。今後共よろしくお願いします」
「あ、ああ……」
丁寧に挨拶をしたのに、反応が悪い。きっとダンジョンに潜っていたせいで疲れているのだろう。
そう思って、お近づきの印に、とお手製のポーションの詰め合わせ(体力回復ポーション5個、マジックポーション5個、傷薬5個)の箱を手渡した。
「ああ、ありがとう……ところで、ジン達は……」
「あっ、大丈夫ですよ。死んでいませんから!」
そう明るい声で言うと、そうですか、とだけ言って、エイミィ達と自宅に引き上げていった。
心なしか、皆疲れているようで静かだったな、と思いながら、
「そう言えばリーナ、お茶入れるけど飲んでいくか?お茶菓子も用意するけど」
とジン達をつついて様子を見ていたリーナに声をかけると、
「ご馳走になります!」
そう言って、俺の元に駆け寄ってきた。
俺は自分用に取っておいたお菓子から、それぞれ四人前ずつ取り分けて紅茶を入れていく、
「そう言えば、あのお菓子の名前はなんですか?」
お菓子の説明をするのを忘れていたので、紅茶をリーナの前に置いてから、
「四角い方がカステラで、コップに入っていた方がシフォンケーキだよ」
と教えた。ただし、目の前にあるシフォンケーキには少しだけ手を加えていて、生クリームと果物を添えてある。
果物は、いちご、ぶどう、オレンジだ。生クリームが甘めの為、紅茶は少し渋めに入れた。
「いただきます!」
掛け声とは裏腹に、食べ方は綺麗だった。さすが、貴族令嬢といった感じだが、食べるペースは早く、俺がカステラの半分を食べ終わった頃には、すでにカステラを食べ終わり、シフォンケーキに取り掛かっていた。
そして、リーナよりも早いのがシロウマルだ。シロウマルはほぼ丸かじりで、碌に噛まずに飲み込んでいた。
対照的にスラリンは味わうようにゆっくりと食べていた。しかも、器用に体の一部を触手のように伸ばし、フォークで小さく切ってから口?、体?に運んでいた……スラリンに味蕾のようなものがあるのかは分からないが……
とにかく、この中ではスラリンが一番綺麗な食べ方だった……スライムなのに……
その後はリーナと適当に話しをしていた。
何故かその途中で、スラリンが何度か外に行っていた。まあ、数分で戻ってきていたから、特に気にならなかったが。
1時間程リーナと話をしていたら、
「そう言えば、そろそろ夕飯の時間なんで帰りますね」
彼女はそう言いながら、手にはしっかりと生クリームの入った容器を持っていた。
玄関まで見送ってすぐに、
「きゃああー!」
リーナの悲鳴が響いた。
何事か!と外に出ると、ジン達が地面から顔を出したままぐったりとしていた。
「やべっ!忘れてた!」
急いで掘り起こし状態を確かめるが、三人とも気絶しているだけのようだった。
三人に回復魔法をかけながら、スラリンが外に出ていたのは、三人の様子を見るためだったのか、とその時になって気づいた。
三人を掘り起こしてすぐに、
「う、う~ん……」
まず、ジンが気が付いた。回復魔法が効いたようだ。
「あれ、俺なんでこんな所で寝てるんだ?」
そう呟いた時に、ガラットとメナスも目を開けた。
三人とも記憶がはっきりとしないようだったが、俺に魔法を食らったことは微かに覚えていた。
なので、俺は素早くリーナと目で話し合い、
「大丈夫だったか?まさか、あれくらいで気絶するとは思わなかったぞ!」
「そうですよ。きっとダンジョンの疲れがたまっていたんですよ!」
と早口でまくし立てた。三人は不思議そうな顔をしていたが、
「よかったな、リーナ。三人がすぐに目を覚まして!」
「そうですね、テンマさん!すぐに気がついて良かったです!」
などと誤魔化した。本当は二時間弱くらい、外に埋めたまま放ったらかしにしていたが、三人は、そんなものか、と納得した(させたとも言う)。
「もうすぐ夕飯なんだろ?早く行かないと無くなってしまうぞ!」
その言葉に三人は違和感を感じていたようだが、
「私、もうお腹ペコペコなんですよ~。早く行きましょう!テンマさん、お菓子ありがとうございました」
といったリーナの勢いに、三人は流されて食事に向かった。
しかし、この数日後、他の冒険者から真実を聞かされて、三人は文句を言ってきたが、
「俺、化け物って言われて傷ついたんだけどな~」
と精神攻撃に加え、物理攻撃をチラつかせたら(ここで化け物らしく暴れちゃおうかな~、みたいな感じで)、三人はものすごい勢いで謝ってきた。
これ以降、俺に喧嘩を売ると地面に埋められた上、下僕になるように調教される、と言う噂が追加された。