第3章-1 中間地点
俺がグンジョー市を出てから、早くも一週間が経とうとしていた……が、
「おかしい、もうそろそろ中間地点の村が見えてもいいはずなのに……」
道に迷ってしまった。
街を出てから、確かにゆっくりとしすぎた感はある。だが、正しく地図の通りに進んでいれば、そろそろ半分の距離を過ぎているはずなのだ!そして、グンジョー市とダンジョン都市の中間あたりにある村についているはずなのだ!
この一週間は途中の森に寄ったり、川で食料確保をしたり、シロウマルが迷子になったりといろいろあった。
シロウマルに関しては不幸な面もあったが(川に流されて匂いがわからなくなったらしく、探索で探して迎えに行った)、ゆっくりとは言っても、平均で一日20km以上は進んでいたので今日中には村に着く予定だった。
だが、もうすぐ日暮れの時間だ。どこか落ち着ける場所に馬車を止めて、野営の準備をしないといけない。
野営と言っても馬車の周囲に簡単な結界を張り、食事を用意するだけだ。
今乗っている馬車は、前にリリー達とボア狩り(盗賊退治)に行った時と同じ物に、大幅な改造を加えたものだ。
まず本体を箱馬車に改造し、全体に強化魔法をかけた鉄の板を組み込んだ。
さらに内部にはディメンションバッグの要領で時空魔法を固定して、見かけは3畳程(横2m×縦3m)に高さが1.8m程の大きさ(実際は車輪などがあるので2.5m程)だが、内部はその4倍程(高さは3m程)に広がっている。
この改造には30万G程かかっている。主に鉄の代金だ。
まあそのおかげで、普通の馬では数頭掛りで引かないといけない上に、馬車のいたる所にある強化魔法や重量軽減の魔法陣に、一日毎にある程度の魔力を補充しないといけないので、魔法使い専用の馬車になっているのだ。もちろん俺専用に契約者登録をしてある。
まあ、俺の生活しやすいようにしたおかげで、変な宿に泊まるより格段に過ごしやすいけどな。
今度は内部の一角に、風呂場を造ってみようかと検討しているところだ。
そんな事を考えながら場所を探していると、
「盗賊だぁーー!」
そんな声が聞こえてきた。
声のした方向に探索を使ってみると、100m程先の丘の向こう側に反応があった。どうやら十六人の集団が二十人の盗賊に襲われているようだ。
「これは危ないかな」
十六人は奇襲を受けたらしく、盗賊に完全に包囲されていた。
俺は馬車を仕舞い、シロウマルの首輪を外して俺の反対に向かわせて攻撃するよう命じた。
そして、俺自身はタニカゼに指示を出して丘の上に向かった。
丘の上から夜目を利かせてみると、やはり十六人の方は劣勢だった。
どうやら襲われている方の戦闘員は六人の冒険者のみらしく、その他は雇い主らしき商人風の男が三人と奴隷が七人みたいだ。
そう観察をしていると、反対側からシロウマルの遠吠えが聞こえた。それに答えるように、俺は空に向かってファイヤーボールを打ち上げた。
「何事だ!」
盗賊の一人が叫び警戒しようと周囲を見渡したが、
「ギャーー!」
「狼の魔物だーー、ゲボッ」
「でかいぞ、ゲベッ」
それよりも早く、反対側よりシロウマルが襲いかかった。
混乱する盗賊達に俺は止めを刺すべく、タニカゼを突っ込ませた。
「加勢する!お前達は防御を固めてろ!」
混乱したのは盗賊達だけでは無かったが、それでも俺の言葉を聞いて素直に守りに入る。
「あと狼も味方だ!死にたくなかったら手を出すなよ!」
そう付け加えておく。でないとシロウマルには、敵味方の区別がつかないだろう。もし冒険者の誰かがシロウマルを攻撃したら、間違いなくシロウマルに殺される。
奇襲をかけられた盗賊達は、俺(+タニカゼ)とシロウマルによって、瞬く間に命を奪われていった。
「すげぇ!あいつ何者なんだ!」
「詮索は後だ!今は味方と信じて防御を固めるんだ!」
「でも、盗賊はあと三人程……いや、もう全部死んだみたいだ」
盗賊達はそこそこ連携がとれていたようだったが、奇襲を掛けられる事を想定していなかったみたいで、簡単に退治することができた。
「よし、戻ってこいシロウマル!」
俺の言葉に、シロウマルは尻尾を振って駆け寄ってきた。そんなシロウマルの頭を撫でていると、
「助けてもらって感謝はしているが、君は味方か?」
冒険者の一人が少し離れた位置から声をかけてきた。
「それは、お前達次第だ。お前達が敵対したいのならば、俺は容赦はしない」
殺気を込めた言葉に、冒険者達はたじろぎながらも武器を捨てて両手を上げた。
「この通り俺達に敵意は無い。むしろ感謝している」
「わかった。その言葉を信じよう」
そう言ってシロウマルを伏せさせて、男達に近づいた。
「こいつらは盗賊で間違いないな。討伐した分……というか全員だな。俺が貰うぞ」
「それは当然だ。これらは全て君とあの狼が倒したものだ」
その言葉を聞いてから、俺はシロウマルに指示を出して、盗賊の死体を集めさせた。あらかじめシロウマルには、余程の事がない限り盗賊はバラバラにするなと言っておいたので、死体のほとんどはどこか一部で繋がっていた。
死体をバッグに入れていると、
「危ないところをありがとうございます」
と、商人風の男がやって来た。
「私は奴隷商人をやっている、ジェイマン、と申します」
名前…ジェイマン
年齢…43
種族…人族
称号…奴隷商人
奴隷商人というところで僅かに眉をひそめた俺に、
「警戒しなくても大丈夫です。私は正規の届出をしているものです……と口で言っても無駄ですね。証拠になるかわかりませんが、これをご覧下さい」
そう言って、男は一枚の紙を取り出した。
その紙には『奴隷売買免状』と書かれており、いくつかの注意事項や契約の後に男の名前があり、最後に、アルサス・フォン・サンガ公爵がこれを認める、と書かれてあった。
「俺にはそれが本物かどうかはわかりませんが、公爵様の名を出した以上ある程度はあなたを信用しましょう」
「そうですか、それはありがとうございます。それと私の事はジェイマンで結構です。それと……できればマスクをとって素顔を見せてもらえませんか?」
そう言われて、一応変装変わりに口元を隠していたのを思い出した。マスクを外すとジェイマンと冒険者達は一様に驚き、
「そんなに若かったんですか!若いとは思っていましたが……これほどまでとは……もしかしてお名前は、テンマ、と仰りませんか?」
その言葉に俺は警戒を強めたが、
「驚かせてしまって申し訳ありません。実は、私はギースを奴隷として取り扱いまして、その際に公爵様よりテンマさんの人となりをお聞きしたのです」
そう言ってジェイマンは、サンガ公爵と話した内容をしゃべりだした。
その中には、俺とサンガ公爵の取り引きの事も含まれていたので、一応警戒を解くことにした。
「それで、テンマさんは何故こんな所に……私達にとってはありがたい事でしたが、目的地はダンジョン都市と聞きました。ここはダンジョン都市とは方向が違いますよ?」
その言葉に俺は貰った手書きの地図を見せて、
「この地図通りに来たんですが、どうも道を間違えたみたいでして……」
その地図を一目見たジェイマンの口から、衝撃の事実を聞かされることになった。
「これ……中間の村の位置なんかも似ていますが、別の領地の地図ですよ……これを書いた人は、テンマさんの目的地とは別の所の地図を間違えて書いてしまったようですね」
「はぁーーー!」
なるほど、道理でいくら進んでも村が見えないはずだ。
「ああ、でも方向自体は同じようなものなので、ここからちゃんとした道に出れば目的地につきますよ……というか、その中継の村は私達の目的地です」
その言葉で何が言いたいのかが分かった。
「俺の要求はあなた方の目的地までの同行及び、ダンジョン都市までの道の情報です。対価として、先ほどの救援と村まで護衛に加わります。いかかですか?」
「交渉成立です!よろしくお願いします」
俺はジェイマンと握手を交わして契約をした。
「ここからなら、あと数時間で着きます。こちらとしては今日中に着きたいのですが……よろしいですか?」
「構いません。しかし、そちらの冒険者に負傷者がいるのではないですか?」
と、ジェイマンの後ろに控えていた男に聞くと、
「負傷はしているが幸いにも一人だけで傷も浅い、軽い回復魔法とポーションで大丈夫だ」
との事なので、馬車の点検をして問題が無いようなので、早速出発する事にした。
俺は馬車を出さずにタニカゼに跨り、シロウマルには俺の声が届く範囲で先行させて、斥候と弱い魔物避けの役割を与えた。
冒険者達はタニカゼに驚いていたが、ジェイマンはさほど驚きを示さなかった。聞けばサンガ公爵からシロウマルやタニカゼの事を聞いていたようだ。ただ、シロウマルに関しては、最初に会った時に血で汚れていたのと、俺が少し離れた所で待機させていたので気づくのが遅れたそうだ。
ジェイマンの言った通りに、村へはおよそ3~4時間程で到着した。その道中では多少の魔物が現れたが、全てシロウマルに狩られた為、俺達は何一つ問題なく到着できた。
「到着です。おかげで無事に着くことができました」
ジェイマンの言葉に雇われていた冒険者達は複雑そうな顔をしていたが、今回の事は何を言われても仕方がないと覚悟をしているようだった。
「ジェイマンさん、申し訳ない。あんな危ない目に合わせてしまって……」
冒険者達のリーダー格の男が謝るが、
「いや、今回の事は私にも否があります。あなた達は出発前に危険性を示唆していましたが、聞き入れなかったのは私です。報酬には多少ではありますが色を付けさせていただきます」
そう言って逆に謝っていた。
「君にも改めてお礼を言わないとな。本当に助かった。感謝している」
その声には、多少のわだかまりが感じられたが、本心から言っているようだったので、
「いえ、構いません。俺が手を貸さないでもあなた達なら何とかなった筈です。それに俺も色々と報酬が手に入りましたし」
そう軽口で話すと、
「ははは、確かに何とかなったかもしれないが、確実に何人かは死んでいただろう。それが全員無事だったんだ、それはやはり君のおかげだよ」
と、俺の話に合わせて笑っていた。
「テンマさん、今日は私達の泊まる宿にご一緒してください。今からでは出発するのは危険がありますし、明日の昼までには残りの報酬を用意しておきますので」
「分かりました。お世話になります」
そう言って、タニカゼをバッグに入れてジェイマンの後についていった。
宿は満腹亭に比べればお世辞にもいいとは言えないが、中は割と綺麗で掃除も行き届いていた。
部屋はジェイマンが気を聞かせてくれて、一人部屋をとってくれた。
翌日は生憎の雨模様だった。部屋から小雨の降る外を見ていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
失礼します、と言って入ってきたのはジェイマンだった。
「テンマさん、この村からダンジョン都市までの道筋が書かれている地図をご用意しました」
と言って、手に持っている丸めた紙を広げて見せた。
地図を見ながら説明を受け終わると、
「こちらの地図をお持ちください」
と言って、先ほどの地図よりもだいぶ小さく書かれた地図をくれた。
「貰ってもいいんですか?」
「ええ構いません。これはさっき書いたものなので、完全な模写、とはいきませんが、それでもなるべく似せて書いているので問題はないと思います」
「ありがとうございます」
そう言ってバッグにしまいこんだ。
「それでも迷ってしまわれたら、日が暮れてすぐの時間帯に一際輝く星が二つ並んでいるので、その方角に進むとダンジョン都市があります」
「なるほど……分かりました」
「今日は生憎の空模様ですが、出発はどうしますか?なんでしたら、私達がこの村にいる間は契約中ということで、宿泊費はこちらが負担いたしますが」
俺は少し考えてから、
「ありがたい話ですが、この雨だったら大丈夫でしょう。昼ぐらいには出発します」
貰った地図によれば、ここからはほとんどが草原のようだ。だったら馬車の中に入っていれば、特に問題はないだろう。
「そうですか、一応今日の夕方まではこの部屋が使えるので、気が変わったりしたら知らせてください」
ジェイマンはそう言って部屋を出て行った。
俺は軽い食事をとってから、宿の店員にギルドの場所を聞き、傘を借りて外に出た。
ギルドは宿から15分程歩いた所にあったが、さすがにグンジョー市などのものより小さな建物だった。
「盗賊を退治したんだが、賞金首が居るか確かめて欲しい」
カウンターに座っていた受付嬢に簡潔に要件だけを言うと、担当の男が現れて建物の裏に連れて行かれた。
「人数は20人で、死体はバッグに入っているんですよね。ここに出してもらえますか?」
俺は指定された所に死体を出した。男は死体を見ても特に気にした様子を見せずに、
「え~っと、こいつらは最近懸賞金がかけられていましたね。こいつが5万G、こいつとこいつが2万Gで、後はいませんね。しかし、報告されていた全員が討伐されているので、丁度こいつらの討伐依頼がありますので、そちらも依頼達成とします」
そう言って、ギルドのマジックバッグに移し替えると、再び受付に行って報酬を渡してきた。
「盗賊の討伐金が全部で26万G、依頼の報酬が15万Gで、全部で41万Gです。お確かめください」
渡された金額を確かめバッグに入れた。その受付で雑貨屋の場所を聞いて、目当てのモノがあるか覗きに行ってみる事にした。
雑貨屋に着くと、早速お目当てのモノを探すがどこにも見当たらなかった。
そこで店員に欲しいモノの事を聞いてみると、
「えっ、おっきな樽ですか……ちょっとまってくださいね」
と言って、最初に持ってきたのは50cm程の樽だった。
「保存に使うなら、これくらいあれば十分だとおもいます」
「ああ、これでは小さいんですよ。この倍程の物が欲しいのですが」
そう言うと、店員は考え込んでいたが、
「そう言えば、ひとつありました!」
そう言って、俺を外にある倉庫に連れて行った。
「これです。この酒樽です。これなら大きさがピッタリだと思います!」
と高さ1.2m、最大の直径が1m程の空の酒樽を指さした。
「ああ、丁度いい大きさです。これはいくらですか?」
「これは、元々処分予定だったので、木材分だけで結構です」
と言って、値段は500Gでいいとの事だった。
俺はお金を支払い、樽をバッグに入れて、上機嫌で店を後にした。
元日本人の必需品、風呂桶(代用品)、ゲットだぜ!
宿に着く頃には、雨はほとんどやんでいた。
「よし、そろそろ出発するか!」
俺はジェイマンの部屋を訪ねて、出発することを伝えた。
「そうですか。私もダンジョン都市には商売でよく行くので、テンマさんとまたお会いできるかもしれませんね。その時はよろしくお願いします」
ジェイマンとは握手を交わして、再会の約束をした。最初は奴隷商人と聞いて身構えたが、慣れると特に気になることは無かった。
まあ、ギースなんかを奴隷送りにしたのに、今更気にするのはおかしい、という気持ちが大きくなっただけだが。
とにかく、今度こそは道に迷わないようにしよう、と気合を入れながら村を出発した。
おまけ…初めての樽風呂と様式美編
この旅、最大の収穫物になるかも知れない樽風呂。その初使用の時間がやって来た。
「よし、早速使ってみよう」
風呂の準備をする為、樽を馬車の後ろ側に出し、蓋を開けた。
「うげぇ、くっさ……何だこの匂い!」
蓋を開けた途端に広がる悪臭。俺は急いで蓋を閉めてバッグに仕舞い、馬車の換気を行った。
「しくじった…ちょっと考えれば、中が腐っている事に気づけたはずなのに……」
俺の脳裏に一瞬だけ、この樽は諦めて都市に着くまで我慢しよう、との考えがよぎった。
しかし、風呂に入る気満々だった俺の、元日本人としての本能、がそれを許さなかった。
俺はまず、樽を馬車から離れた位置に置いて、蓋を開けて素早く離れた。そして、ゴーレムを一体出し、離れた位置から洗わせることにした。ただ、ゴーレムは細かい力加減があまり得意ではないので、俺が直接魔力を流して遠隔操作をするような感じになっている。
初めに、中に残っているワインを捨てる。
次に、樽の中を水魔法を使ってゆすぐ。何度かゆすぐと、水が透明になってきた。
そこで、バッグから出したボロ切れに石鹸を付けて、樽の中を磨いていく。
最後に、樽の中を熱湯で満たして消毒をする。念のため、1時間程熱湯を変えながら消毒しておいた。
さて、その成果はいかに!
「よし!ほとんど気にならないぞ!」
成功だ!これで、念願の風呂が馬車に設置されることになった。
早速、馬車の中に入れてお湯を満たしていく。
「は~、極楽、極楽」
俺は、ちょっと熱めのお湯に肩まで浸かり、久々の風呂を満喫していた。
少し長湯をした俺は、体の火照りを冷ますかのように、腰にタオル一枚という格好をしている。
本当は全裸でも良かったのだが、これから風呂上がりの楽しみを行うため、それにふさわしい格好になっているのだ。
「風呂上りと言ったらこれだろ」
そう言いながら、俺はバッグから、冷やした牛乳、を取り出した。
「いざっ!」
俺は掛け声と共に、腰に手を当てて胸を張り、牛乳を飲んでいく。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ぷはーっ!最っ高だな!」
ビールの方がいいという人の方が多いかもしれないが、俺は風呂上りに飲むのは、ビールよりも牛乳の方が好きだった。ビールもあれば飲みたいが、この体ではあまり酔う事ができないし(異常耐性のせいで)、何よりも前世のビールの味を知っていると、この世界のビールはまずく感じるのが最大の難点だ。
正確には俺の口に合わない、と言ったほうがいいかもしれない。その代わり、牛乳は前世よりもうまいと思っている。その理由は、変に加熱殺菌をしないからだ。
前世では一般的に売られていたほとんどの牛乳は、130°Cまで急激に温度をあげて殺菌する上に、紙パックの匂いで牛乳の風味が損なわれているが、この世界では魔法で浄化(雑菌のみ消滅させる)するので味がよく、危険性が少ないのだ。(某農業漫画でも、無殺菌の方がうまいとされていたのを思い出す)
話がそれたが、とにかくそのような理由で、俺には牛乳が風呂上がりの定番なのだ!
しかし、最近牛乳の残りが少なくなってきた。
急がなければならない、ダンジョン都市に!守らねばならない、風呂上がりの楽しみを!
そんなくだらないことを考えながら、夜は過ぎていくのだった。