第2章-14 挨拶回り、からの・・・
本日、2回目
次に目が覚めると、昼をとっくに過ぎた時間だった。多少の気だるさを感じながら一階に降りると、リリー達はすでに起きてテーブルを囲んでいた。
「おはようみんな……フルートさんは今日は休みですか」
そう挨拶をするが、返事が帰ってこない。不思議に思って、一番近くにいたミリーの肩を叩くと、
「ふにゃっ!……痛たたた」
と、悲鳴を上げて頭を押さえていた。ほかの三人を見ると、
「頭がガンガンする~」
「きぼぢ悪いよ~」
「痛いよ~辛いよ~」
「飲みすぎました~。あ~テンマさん、おはよ~ございます~…うぷっ」
……四人とも見事に二日酔いとなっていた。俺はバッグから酔い止め替わりに、特製の状態回復薬を四本取り出して、四人に飲ませた。
回復薬を飲んでから回復魔法をかけると、かなり症状が軽くなったようで、
「おやじさん、おかわり!」
「私もおかわり頂戴!」
「私は大盛りで!」
いや、訂正しよう。完全に治ったようで、おやじさん特製の病人(二日酔い)用のお粥を食べていた。
「……私はスープだけでいいです」
フルートさんは流石に食欲がないようで、スープだけを飲んでいた。
「それで、フルートさん。今日の仕事はいいんですか?」
「はい、今日は念のためお休みを取っておきました。……今頃は、ギルド長が代わりに働いているとおもいます」
今更休んだところで、大して変わりませんし、とギルド長に押し付けてきたようだ。
「そうですか……あっ、俺はそろそろ出かけますので」
そう言った瞬間、
「「「テンマ、もう出て行くの!」」」
お粥を頬張っていた三人が、すごい反応を見せた。
「いや、違うよ。何人かお世話になった人達に、挨拶をしておこうかと思ってね」
そういう訳だから、と説明すると、分かった、行ってらっしゃい、と言って再度お粥に取り掛かった。
外に出た俺は、まず最初に騎士団本部へと向かった。本部の受付でプリメラの名を出すと、今は街で巡回を行っているとの事なので、要件を伝えて後でまた来ると言って次に向かった。
次はグンジョー市議会の本部に向かい、受付でマルクスさんを呼んでもらった。
マルクスさんは丁度手が空いていたようで、直ぐにやって来て、俺を見るなり頭を下げてきた。
「その節はセルナがお世話になりました。ところで、本日はどのようなご用事で?」
「ええ、実は近々この街を離れることにしましたので、そのご挨拶にと思いまして」
そう言うとマルクスさんは驚いた表情になり、声を小さくして、
「やはり、昨日の決闘が原因ですか?」
と、聞いてきたが、
「それもありますが、元々俺は旅をしていたので、今回の事を機にまた旅を再開しようと思いまして」
「そうですか……実はこの近くに私の家がありまして、セルナがいるんですよ。呼んできますので、少しお待ち頂けますか?」
俺が了承すると、マルクスさんは小走りで応接室から出て行った。
10分程で戻ってきたのだが、マルクスさんは息も絶え絶え、というような感じで、声を出すことができないようだ。反面セルナさんは、ついた当初は息を切らせていたものの、1~2分程で息が整い始めていた。
「お久しぶりです、セルナさん。体調の方はよろしいのですか?」
セルナさんは、少し前まで盗賊達に捕まっていて、体力がかなり落ちているはずなのに、見た感じではなんともないように見える。
「はい、テンマさん。その節は色々とお世話になりました。テンマさんからいただいた回復薬がよく効いて、体の調子が前よりもいいくらいなんです」
と、にこやかに笑っていた。しかし、突然真剣な表情に変わり、
「テンマさん、私も旅に連れて行ってくれませんか?何か、恩返しがしたいのです!」
その言葉を聞いて俺は、
「ダメです。セルナさんを連れて行くことはできません」
きっぱりと断った。セルナさんの言葉に、マルクスさんはかなり驚いた顔をして、俺の言葉には、安堵の表情を浮かべた。
「なぜでしょうか?理由を教えて貰ってもいいですか」
「理由は足手纏いだからです。そして、確固たる決意の無い者を、命の危険がある旅に連れて行くことはできません」
そして、セルナさんとマルクスさんの両方を見て、
「セルナさんの身に何かがあった場合、俺には責任を取る覚悟ができません」
俺の言葉にセルナさんは、
「……振られてしまいましたか、残念です」
あまり残念そうには聞こえないが、きつい言い方になってしまって、申し訳ないとは思っている。
「テンマさんは、これからどこを目指す予定ですか?」
マルクスさんが話に入ってきた……正直に言って、いるのを忘れてしまっていた。
「どこかのダンジョンを目指そうと思っています。途中でどうなるかはわかりませんが」
「そうですか。確かにダンジョンまでは、かなりの距離がありますからな」
「でもテンマさんだったら、ダンジョンまで飛んでいったら早いんじゃないですか?」
セルナさんのいう事は最もだ。だが、
「おいおい、セルナ。それじゃあ面白くないだろう。第一ロマンが無い!」
俺は頷きそうになった。確かに、マルクスさんの言うことも一理あるのだが、
「マルクスさん。言いたいことはわかりますが、それが理由じゃないですよ」
マルクスさんの言葉を一応否定して、
「セルナさん、この旅は俺の修行のようなものなんです。だから、色々な経験を積めるように、馬車で移動するつもりです」
男としてはマルクスさんの意見にも賛成だが、こちらの方が旅の理由としては大きい。まあ、趣味が入っていると言えなくもないのだが。
「そうでしたか……てっきり、ダンジョンに行く事だけが目的かと思っていました」
「まあ、そういう訳で知り合いになった人達に、挨拶をして回っているんですよ」
それからは、たわいもない話で盛り上がった。マルクスさんの仕事の関係上、1時間程しかなかったが、楽しい時間だった。
その時セルナさんに、他の女性達の事も聞いてみたが、全員が回復に向かっているようだ……だが、体の傷や体力は回復してきてはいるが、心の傷まではまだ良くはなっていないそうで、男性を見たり近寄ってこられたりすると、恐怖で泣き出したり、パニックを起こしたりする人もいるそうだ。
それらは時が癒してくれるのを待つしかない、とセルナさんは言っていた。
その後、俺は再度騎士団本部を訪ねる事にし、セルナさん達とは議会の前で別れた。
セルナさんは、俺が見えなくなるまで見送るつもりのようで、振り返るたびに目があったのでなんとなく気恥しかった。
本部に来ると受付の人が先程と同じで、すでにプリメラには話がしてあるそうで、そのままプリメラの所まで案内してくれた。
「こんにちは、テンマさん。受付から出発の日を決めたと聞いたのですが?」
部屋に通されてすぐにプリメラが聞いてきた。
「ええ、2~3日程で旅に出ようかと思いまして、挨拶に来ました」
「そうでしたか。お早い決断ですね」
プリメラは昨日の公爵との話し合いの場にいたので、俺がこの街を出ることには驚かないが、さすがに2~3日で出ていくとは思っていなかったのだろう、その早さには驚いたようだ。
「公爵様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「ああ、お父様なら昨日の内に帰りました。なんでも、レギルをすぐにでも王都に移送する為らしいです」
随分と身軽な公爵だ。普段は天然が入っているが、いざという時の行動は早いらしいな。
「そうですか。では、機会がありましたら公爵様によろしくお伝えください」
「はい。承りました」
その後はたわいもない話をしていたのだが、
「プリメラ、ちょっと邪魔するぞ!」
そう言って、騎士団の総隊長と三人の隊長が入ってきた。
「どうかされましたか、総隊長。それに皆さんも」
その言葉に総隊長のアランが、
「どうしたもこうしたも、テンマがこの街を出るというから、挨拶に来たんじゃないか!」
「そうだぞプリメラ。彼はこの街周辺の治安維持に、大きく貢献したんだ。挨拶に来るのは当然だと思うが」
サントスがそう言うと、続いてアイーダが、
「むしろあなたがその事を、私達に知らせないという事に問題を感じるわ」
そう言って、アイーダが鋭い目でプリメラを睨む。
「まあまあ、落ち着いて。プリメラが抜けているのは分かっていた事でしょう」
サイモンもプリメラのフォローをすると見せかけて、実際には口撃をしていた。
「ああっ!申し訳ありません。忘れていました!」
そこで要らない事をいうのがプリメラである証拠だろう。男性陣は笑っているが、アイーダは武器や防具の装備をいじりだした。
「ああ、話がそれてしまったな。そういう訳で、俺達はテンマの顔を見に来たんだ」
アイーダの気を削ぐためか、アランが話を元に戻した。
「わざわざ申し訳ありません。本来ならこちらが伺わなければならないのに……」
「敬語は使わんでもいいぞ。ここは王都の騎士団と違って、お上品な所では無いからな。それにテンマに頼みがあってここに来たんだ」
アランは俺の言葉を遮り、その頼み事とやらを切り出した。
アランの頼み事とは、要するに手合わせの事だった。ただし、俺一人に対し、隊長各五人による変則マッチではあるのだが。
手合わせは訓練場で行われることになった。
しかし、結果から言うと俺の圧勝だった。何せ、五人とも武器が剣であり、連携が拙い上に、本気で勝ちに来ているようには見えなかった。
「次は、一対一の試合形式で頼む」
そう言ってアランは、五人の順番を決めていく。
最初はアイーダだった。彼女は見た感じでは、速度重視の剣士タイプで手数が多そうだ。
「では、よろしく」
その言葉を合図に、両手に細身の剣を持ちながら真っ直ぐに突っ込んでくるアイーダ。牽制の為、刀(模造刀)を突き出すと、突き出された刀を受け流しながら俺の背後を取ろうとしてきたのだが、俺の蹴りが胴に当たって俺の正面に押し戻される形になった。
咄嗟に剣を交差させて防御姿勢を取るアイーダだったが、
「遅い!」
俺のひと振りは、アイーダの右の剣を下から切り上げるように放たれ、アイーダの剣を空に舞わせた。
その衝撃でアイーダは手がしびれたようで、片手では俺の一撃を凌ぐことができずに負けとなった。
「よし!俺の番だ!」
二番手のサントスは、クレイモアのような大きな剣を片手で振り回していた。
攻撃方法も、近づいて叩き切る、といった感じの戦闘スタイルで当たれば脅威だが、当たらなければどうということない。
そう思い懐に飛び込むと、サントスの空いていた左手に、いつの間にか鉈のような剣が握られていた。
恐らくクレイモアは囮で、こちらの剣が本命だったのだろう。しかし、俺はそれを見ても気にせず、さらに踏み込んで、
「ふんっ!」
サントスの左手を抑えながら、俺の左手でサントスの腹部に発勁(のようなもの)を叩き込んだ。
「うぐっ!」
そう声を出して、サントスは地面に膝をつき降参した。
三番手のサイモンは……なんというか俺との相性が悪かった。サイモンの攻撃スタイルは、フェンシングのような突きが主体で、手数で相手を圧倒する他、相手に合わせて器用に武器とスタイルを変えて戦う事が出来るのだが、俺相手だと、突きも見切られる上に攻撃も軽く、いわゆる器用貧乏となるため、正攻法であっさりと勝ってしまった。
四番手にはアランが出てきた。
「さすがに強いな……王都にもこれほどの使い手はいなかったぞ。師匠は誰だ?」
「父と祖父(マーリンと前世も含めて)からだ、最も今となっては我流に近いがな」
俺は敬語を使う余裕が無かった。明らかにアランの実力は、俺がこれまで会った者達の中でも最強だろう。
「行くぞ!」
気合を入れたと思った瞬間、アランから気配が消えていく。正確には気配を極力抑えて、攻撃を悟られにくくするつもりだろう。俺は先手をとって突きを繰り出したが、いとも簡単にはじかれてしまった。
そのお返しとばかりに、アランの鋭い突きが俺を襲った。それからは剣撃の応酬となったが、互いに決定打に欠けていた。仕切り直しに、アランが後ろに飛んだところで、俺は思いっきり突進して突きを放った。アランはこれを体をずらして躱そうとしたが、
「甘い!」
アランが躱した方向に刀を横薙ぎを放つ、いわゆる平突きを繰り出す。
これにはさすがのアランも驚いたようだったが、難なく防いだ。しかし、驚いた分だけ隙が出来た為、
「俺の勝ちですね」
返す刀で首元に刃を突きつけられてしまった。
「無念」
そう呟き俺と握手を交わす、それを拍手で迎える隊長達だったが、
「あの~、私がまだ終わっていないんですけど……」
プリメラがそっと手を挙げて呟いた。
「「「「「あっ、忘れてた!」」」」」
全員の言葉に落ち込み、膝を抱えるプリメラだった。
何とか立ち直らせて試合をしたのだが、意外な事に結構戦える事が分かった。
しかし、基礎は十分だが応用は苦手なようで、少しフェイントを入れると面白いように引っかかった。
「遊ばないでください!」
試合中、何度も叫んでいたが、これは引っかかる方が悪いと思う。
最終的には呆気なく負けていたが、フェイントになれてからはかなり善戦したと思う。
「テンマ。続けてで悪いが、他の奴らにも稽古をつけてくれないか?無論、手加減なしでいい」
そう言ってアランは、各隊の上位の者を数人ずつ連れてきた。
「さすがに一人一人は面倒なので、いっぺんに相手してもいいですか?」
「構わない。ここだけの話、隊長が揃って15歳の少年に負けるのは体面が悪い。なので下の奴らにも同じ目にあわせて、少しでも共犯者を作っておきたい」
と、碌でもない考えを耳打ちしてきた。
「なら、最初からやらなければいいんじゃなかったんですか?」
そう聞くと、
「せっかく騎士団以外の者と、本気で戦ういい機会なのに、それではもったいないではないか!」
そう胸を張って言ってきた。
「分かりましたけど……自信を喪失させたらごめんなさいね」
そう言って騎士達に向き直り、
「全員でかかってこいや!」
と、挑発した。結果は……10分程で俺の勝ちだった。騎士は各隊から五人ずつの計二十人、最初は俺を取り囲むようにして間を詰めてきていたのだが、考えなしに突っ込んできた五人(四番隊)のせいで連携が取れず、次々に撃破されていった。
全員がダウンしたところで、隊長達の所に戻ると皆苦い顔をしていたが、中でもプリメラは、一際居心地が悪そうだった。
「根本的に、訓練の見直しをしないといけないな……特に四番隊」
アランがそう呟くと、
「……はい、申し訳ありません……」
プリメラは消え入りそうな声で、そう返事をした。次の日より、アラン監修のプリメラを含めた第四番隊の猛特訓が開始されることになった。
この数年の後、落ちこぼれと呼ばれていた第四部隊は、グンジョー市騎士団一の精鋭部隊と呼ばれるようになった……らいいのにな。
そんな俺のバカみたいな考えに気がついたのか、プリメラは恨めしそうな目で俺を見ていた。
「では、そろそろお暇させていただきます」
プリメラの視線から逃れるようにして、騎士団を後にした。
それからギルドに寄ってみたが、いつも通りにギルド長は不在だったので宿に帰ることにした。
満腹亭の食堂にはフルートさんがまだいて、何やら慌ただしくしていた。
「ただいま……どうしたの、フルートさん。そんなに慌てて」
「あっ、テンマさん。実はリリーさん達が……」
その言葉にリリー達のいる部屋に急ぐと、
「うぇ、気持ち悪い~」
「うぷっ、吐きそう」
「中身出ちゃう~」
三人がお腹を膨らませて横になっていた。
「…………なんですかこれ?」
三人を指さしながらフルートさんに聞くと、
「やけ食いの結果です。テンマさんについていけない憂さを晴らすために、テンマさんが出かけてからついさっきまで飲み食いしていまして……」
心配して損した。っていうか、何時間食っていたんだ、この三人。
「あ~テンマ。た~す~け~て~~」
「気持ちわるいよ~~」
「薬ちょうだい~」
「便所に行って吐いてこい!それが一番の薬だ!」
その言葉にゆっくりと……本当にゆっくりと亀のように(亀の方が早い気がするが)トイレに向かう三人。
その後の事は考えないようにしたかったが、丁度夕飯どきで賑わう食堂に、三人のピー音が必要な音が響いた。その時いた客の内、何割かは注文せずに帰ってしまったそうだ。
三人娘は、ヒロインからゲロインにジョブチェンジした……かもしれない。
汚くてすいません。
次の話で2章が終わる予定です。