第2章-13 酒宴
書いてみたら1万字近くなってしまったので、2回に分けます。
本日、一回目
「なんだ!なにがあった!」
四人の叫び声に、厨房からおやじさんが飛び出してきた。
「テンマ!お前が騒ぎの原因か!」
騒ぎの中心を即座に俺だと見抜いたおやじさんは、俺達のテーブルへと真っ直ぐにやって来る。しかし、おやじさんより早くリリー達が俺に詰め寄ってきた。
「出て行くって、どういう事なの!」
「何があったのよ!テンマ!」
「ちゃんと説明してよ!」
三人の発言で、おやじさんは何があったのか理解したようだ。周りの人達には、いつもの事だ、と説明していた。
「レギルの事が原因ですか?」
フルートさんは三人と違って落ち着いており、三人をなだめながら聞いてきた。
「それだけでは無いですけど、それも原因の一つです」
そう言って、俺はここ最近考えていたことを話し始めた。
それは、公爵に話したことに加え、最近同業者の嫉妬や妬みが気になり出した事や、今回の事で、市民からも多少の恨みを買ったようだ、というような事だ。
市民の恨みは、賭けに負けて借金までしたような人間からで、完全逆恨みだったが、いい気分ではなかった。
その事を話すと、フルートさんは謝っていたが、賭けに乗った人間が悪いので、気にしないでくれとは言ったが、その原因の一翼を担ってしまったと落ち込んでいた。
「そんな訳で、今回の事は丁度いい機会かな、と思ったんだ」
俺は、なるべく明るく言ったが、リリー達だけは納得していないみたいだ。
「それなら、私達の村からこの街に通えばいいんだよ!」
「そうだよ、その手があったよ!」
「決定だね!」
といい手があった、という感じで言っているが、
「いや、それじゃあダメだろう」
否定したのはおやじさんだった。三人は、おやじさんに否定されるとは思っていなかったようで、どう言ったらいいか、分からないようだった。おやじさんは三人を見ながら、
「なあ、嬢ちゃん達。今回の事で実は冒険者のみならず市民の中にも、テンマに恐怖を覚えた奴がいるようなんだ」
と俺にとっても初めて耳にする事をおやじさんは言い出した。
「考えてもみろ。まだ15歳のガキが冒険者の集団を完封した上、貴族を殴り飛ばし、爵位を無くさせたんだぜ」
「おやじさん、爵位を剥奪したのは公爵なんですけど……」
「市民からしてみれば同じことだ。公爵と裏で繋がっていて、更に貴族お抱えの冒険者集団を、楽に倒せる力もある……それは力を持たない者にしてみたら、恐怖を覚えて当然だろう。なにせ、逆らったらほぼ確実に死ぬ事になる。その相手が、荒くれ者の多い冒険者ならなおさらだ」
そう言うとリリー達は黙ってしまった。どうやらその事をおやじさんは、宿屋のネットワークで知ったみたいだ。
「ダンジョン都市を選んだのは、住民が荒くれ者に慣れているからだろ? それと、この街じゃテンマが力を振るうには小さすぎる」
今回の事を考えると、尚更な……、と言って賛成し、厨房へと戻っていった。
「そうですね……さみしいですけど私達の我侭で、テンマさんの進む道を曲げさせるわけにはいきません」
フルートさんは、私達の我侭、という言葉を強調して言った。
リリー達に向けて言った言葉だろうが、リリー達はまだ納得がいっていないみたいで、ついには、
「なら、私もついて行く!」
「私も!」
「当然私も!」
……三人揃ってとんでもない事を言い出した。俺が何か言おうとする前に、
「…ご家族はどうするんですか?」
フルートさんが止めに入った。
リリー達はこの街から、半日程歩いた距離にある村の出身で、家族が多い。
両親に両親の祖父母、弟に妹が5人の計11人もいて、最近になって祖父母達の体が弱ってきた為、リリー達は一ヶ月の半分近くは実家に帰り、家族の世話をしているのだ。
俺もその事を知っていたが、フルートさんは職業柄把握していたのだろう。その為なのかは知らないが、リリー達は将来性の高い冒険者だからといって、長期間の拘束が必要とされる依頼は、これまで割り振られたことがなかった。
フルートさんの言葉で我に帰った三人は、悩み始めたが、
「リリー、ネリー、ミリー、何を迷っているんだ。三人は家族を大事にしたほうがいい。俺とは違って三人には、待っている家族がいるんだから」
その言葉に三人は、
「……わがまま言ってごめんね。テンマ」
「テンマも大事だけど、家族はもっと大事だから……」
「でも、テンマもまたこの街に帰ってきてね。絶対だよ!」
そう言って、最後には自分を納得させたみたいだった。
家族の話を出すのは、自分でも卑怯だとは思ったが、大切にしているものを、一時の感情で放り出してしまっては、絶対に後悔してしまうと考えたため、あえて使うことにした。
「ああ、いつかまたこの街に帰ってくるよ」
そう約束をしたが、食事を再開する雰囲気ではなくなってしまった。
そこにおやじさんとおかみさんが現れて、
「今日は、テンマが前に進もうと決めた、めでたい日だ!とことん飲め!」
「こういった時は笑顔で送り出すのが、冒険者だよ!奢りだから遠慮せずに飲みな!」
その言葉と共に、テーブルの上に四つのコップを置き、酒樽を持ってきてこの場で開けて、コップに酒を汲んでいく。
「おいっ!お前らもテンマを祝ってやれ!俺の奢りだ。祝杯を上げろ!」
おやじさんの言葉に、店内にいた者達が一斉に酒樽に群がり、次々に俺に言葉をかけてくる。
皆に酒が行き渡ったところで、おやじさんが音頭をとって乾杯を告げる。その瞬間、割れんばかりの歓声が響き渡った。
リリー達は早いペースで酒を飲んでいき、フルートさんは酒の間々に、つまみを食べていた。
周りの席では、注文を取る客が多くなり、おやじさん達は忙しそうにしていた。
俺はそんな様子を見ながら、この街で過ごした三年間の事に思い耽ていた……のだったが、
「テ~ン~マ~、きゃはははは~。テンマがいっぱいいる~」
「ホントだ~。テンマがいっぱいだ~。一人もらって帰ろ~」
「私、これ~。……あれ~掴めないよ~逃げるな~テンマ~」
見事に酔っぱらいが三人出来上がった。
「あなた達!」
フルートさんが、すっと立ち上がり三人を止めた……かに見えた。
「これが私のですから、貰いますね!」
そう言って俺の腕を掴んで、自分の胸に抱くフルートさん、そのやわらかな感触にドキドキ……することは無かった。平常時ならドキドキしただろうが、フルートさんから漂ってくる酒臭さに、俺は思わず顔を背けた。
「あ~!フルートさんが、テンマを全部捕まえてる~!」
「ずるい~!フルートさん!」
「ていうか、フルートさんもたくさんいる~。なんで~」
どうやらリリー達は酔いすぎて、視界が何重にもぶれて見えているようだ。その為、俺のそばに来たフルートさんまで何人も居るように見えているらしい。フルートさんの方は、一見素面のように見えるが、その実しっかりと酔っていた。
そのまま四人で俺の取り合いになったり、それを見ていたほかの客が、誰が俺を捕まえるか賭けをしたりで満腹亭は、すでに日付が変わったという時刻にも関わらず、ドンチャン騒ぎが続いていた。
俺はだいぶ酒を飲んだにも関わらず、あまり酔ってはいなかった。恐らくは異常耐性が高いせいか,
アルコールも毒物と同様に効きにくいみたいだ。このような場合においては、幸か不幸かは別として……
明け方が近くなる頃にはほとんどの者が酔いつぶれ、多少ましな者に連れられて帰って行く者もいたが、大半は食堂で寝ていた。
リリー達も酔いつぶれていたが、おかみさんが、
「流石に女の子達を、こんな男だらけの所に寝かすわけにはいかない」
と、二階の空き部屋に運んでいった。
俺は後片付けを手伝おうとしたが、流石に客にさせるわけにはいかない、と断られて部屋に戻って眠る事にした。