第2章-10 決闘前日
いつの間にか100万PV達成していました。皆様ありがとうございます。
本日、その1
あれから、瞬く間に決闘の話は広がった……というか、公爵が広めた。なんでも、
「大勢に知らせた上で叩きのめした方が、言い逃れができないでしょう」
との事だった。流石に公爵ともなると、天然に見えても腹は黒いらしい。
そのお陰で街は、一種の祭り状態になっていた。なにせ新人冒険者が、貴族に喧嘩を売ったようなものなのだ。しかも、ギルドと公爵の公認で決闘が行われる。街の人にしてみたら、突発的に発生した楽しい娯楽なのだ。街のあちらこちらでは、街の人達の間で賭けが行われている。
ギルドも、賭けの胴元になっているようだ。
ちなみに、ギルドの倍率では今のところ、俺が3.5倍、準男爵が1.2倍との差がついている。俺を知る関係者などは俺に賭けてはいるが、貴族が新人に負ける訳が無い、とほとんどの一般の市民が準男爵に賭けた為である。リリー達やおやじさんなんかは、簡単に儲けられる、とお礼を言ってくるくらいだ。
ちなみに、フルートさんは胴元なので賭ける事ができない、と悔しがっていた。
せっかくなので、俺も自分に賭ける事にした。
「こんにちは、フルートさん。俺も賭けていいですかね?」
「あっ、テンマさん。相手に賭けるのでなければ、大丈夫ですよ」
その時、周りにいた市民からは、バカがいるぞ、とか、ラッキー倍率が上がる、とか聞こえてきた。
俺の事を知っていて、俺に賭けている冒険者達は、笑いをこらえようと必死だ。
「いくらになさいます?」
と賭札を取り出して、聞いてくるフルートさん、
「100万Gでお願いします」
と白金貨を一枚出すと、周りはザワつきその後、2種類の喚声が上がった。一つは、準男爵に賭けた者達の歓喜の声。もう一つは、俺に賭けた冒険者達の罵声。
準男爵に賭けた者達からは、本物の馬鹿だ、とか、わざわざ俺達の儲けを増やしてくれるなんて、いいやつじゃないか、などの笑い声が響く。
俺に賭けた冒険者はと言うと、空気読めよ、このバカ、とか、倍率を下げるんじゃねえよ、このアホ、などと、口汚い言葉を浴びせられる。
「はい、受理しました。こちらを無くさないように、気を付けてくださいね」
とフルートさんだけは正常運転だった。俺が賭札を受け取って、ギルドから出るまで罵声は続いていた。
その後、俺の噂を聞いた市民の中から、俺に鞍替えする者も居たらしいが、それ以上に準男爵に追加で大金を賭け始める者が出たため、最終的には、俺が3.6倍、準男爵が1.1倍になったそうだ。
決闘は明日の昼頃、今日の夕方には準男爵も到着するらしい。俺は武器の手入れをするために宿へと戻ることにした。しかし、その途中で視線を感じた。それも一人や二人ではない。
初めは、決闘の事で見られているのか、と思っていたが。どうにも、そのような視線では無い。俺は行き先を変更して、騎士団のプリメラを訪ねた。
「どうしましたか。テンマさん」
受付を済ますと、直ぐにプリメラがやって来た。事情を話すと、プリメラは直ぐに自分の部下を裏口から出して、周囲を探らせた。ほどなくして戻ってきた私服姿の部下の報告には、見慣れない冒険者風の男が、路地裏などで四人確認できた、とあった。
「これはテンマさんを監視しているのか、危害を加えようとしているのかは分かりませんが、十中八九、準男爵の手の者でしょう」
と判断した。俺も同意見だ。というよりも、それしか思い付かない。
俺は少し考え、
「プリメラさん。今日、俺を騎士団本部に泊めてもらえませんか?もちろん、対価は払います」
と提案した。それを聞いたプリメラは、自分だけでは判断する事が出来ず、「他の隊長にも聞いてきます」と言って10分ほど席を外した。
戻ってきたプリメラは、
「他の隊長からも許可がおりました。ただし、対価として武器庫の整理が条件、だそうです」
と申し訳なさそうな顔をした。その顔の意味がわからないままに、俺は武器庫に案内されて、その意味を知った。
「なんというか…すごいですね…」
目の前には、乱雑に積まれた古い武器や防具などが山となっていた。
「申し訳ない!テンマさんが、ゴーレムを大量に操る事ができる、と聞いた隊長の一人が、それなら怪我の心配が無いだろう、と提案して認められたんです」
そう謝ってくるプリメラ。だが、それくらいなら、別に大したことじゃない、と了承した。
「助かります。ここは壊れたり古くなった物を置いていたら、いつの間にやら、こんな感じになってしまっていて、手がつけにくかったんです」
と言っていたので、
「どこの隊が管理をしていたんだ?」
と聞くと、目を逸らしながら小声で、
「……四番隊です」
と言った。
「お前の管轄か!」
この仕事が、なぜ俺に回ってきたのかが分かった瞬間だった。
「すいません!こういったことは私の隊の者は皆、苦手でして……」
としきりに頭を下げていた。
「はぁ……まあ、頼んだのは俺ですから、別にいいですけど……ただ、念のため、監視の名目で俺に何人か付けてください」
と防犯の意味も込めて頼んだ。
「お任せ下さい。手の空いている者にも手伝わせます」
と勘違いしていた。
そうして集まった五名の者の中には、
「では、テンマさん、始めましょうか!」
なぜか、隊長である筈のプリメラがいた。
「隊長の仕事はいいのかよ!」
との俺の声にプリメラは、
「今日は終わりましたから!」
と元気に答えたのだった。
俺は、そんな事でいいのかよ、と思いながら外に出て、小型のゴーレム50体を召喚し、作業を開始させた。
まずはゴーレム達に中の物を外に運ばせた。その際に武器や防具を、種類別に分けながら置かせる。
内容としては、武器は、壊れたり欠けたりした物を含んだ剣が、全部で約300本、同じく、槍が150本、弓が100本、矢が400本、その他の武器が100だ。
防具は、盾が約80個、胸当てが40個、全身鎧が10組、その他の防具が30組だった。
ついでに、棚なども外に運ばせる。
1時間程で出し終えたので、ゴーレムには欠けたり錆びたりしただけの物と、完全に壊れた物とに分けさせることにした。その間俺は、倉庫の中の掃除を始めた。
まず、倉庫内に濃い霧を発生させて、全体を濡らし、水魔法で洗っていく。
汚水は外に風魔法で掻き出した後、倉庫内部の壊れていたり、ひび割れている所を土魔法で埋め固める。
後は、内部を風魔法で乾かすだけだ。
こちらも、1時間程で終わった。
外ではゴーレムと騎士が一緒になって選別作業をしている。
「こっちは掃除が終わりました」
「えっ!もうですか!」
プリメラが驚いている。なにせ、片付けようという考えすらわかない程に散らかっていた、倉庫の壁が見えるのだ。しかも、補修までされている。
「テンマさん。騎士団に入りませんか?」
「お断りします」
俺の被せるような返事に、肩を落とすプリメラ。その姿を横目に、俺も選別作業に加わる。
「修復不可能な物はどうするんですか?」
「あ、ああ、それらは、鍛冶師などに引き取ってもらうことになっています」
とプリメラは答えているが、言った本人が選別している物の中には、修復可能と思える物まで廃棄予定にされていた。それを指摘すると、
「えっ!これ、直るんですか!」
と穂先が折れているが、取替が可能な槍を握りながら、驚いた声を出している。
試しにと、その槍を受け取って、同じ種類で穂先が無事な物を探して取り替えた。プリメラや他の騎士は、直った槍を見て驚いている。その様子を見て、
「なあ、プリメラさんや」
「はい、なんでしょうか、テンマさん」
と返事をしたプリメラに、俺は槍を持って驚いている騎士達を指差し、
「あの騎士達って、いいところの家柄なんですか?」
との言葉に、
「はい。私の隊は貴族出身の者が、何故か多いんです」
と言った。第四部隊って、実はお荷物部隊なのか、とも思ったが、プリメラ自身、天然で抜けているところはあるが、決して無能ではないし、そこそこの実力はありそうである。それにこれまで見た中にも、それなりの実力を持っていそうな者もいた。
(完全なお荷物部隊ではなく、世間知らずの集まりにそのお目付け役の部隊、というところか)
との結論を出した。
「この剣はどうですか?」
一人の騎士が、切っ先が欠けて、少し曲がった剣を持ってくる。
「これは、鍛冶師に頼めば直してくれますよ」
「こちらはどうですか?」
「これは、穂先が取り替え不可能なタイプなので、廃棄でいいでしょう」
といった感じで、俺の元に持ってくる。そこで騎士達には、槍と弓の見極め方を簡単に教えて、俺は剣を選別することにした。
2時間程で剣の選別は終わったが、騎士達の方はまだ終わっていなかった。騎士達の手伝いに入ると、プリメラが、
「テンマさん、少し休憩にしましょう」
と言ったので、皆で休憩にする事にした。
休憩中に、複数の気配を感じた。気配の元をたどると、四人の騎士が立っていた。俺と目があった騎士達は驚いた様子を見せた後、近づいてきた。その足音で気付いたプリメラは、急いで立ち上がり敬礼をする。一緒に休んでいた騎士も、同様に立ち上がった。
「ああ、休憩中にすまんな」
四人の内、一番年配の男性が手で敬礼を制し、楽にさせる。鑑定では、
名前…アラン・ヴァン・ドートレス
年齢…45
種族…人族
称号…男爵・グンジョー市騎士団総隊長
と出た。後ろの騎士達は、
名前…サントス・ナイト
年齢…35
種族…人族
称号…グンジョー市騎士団第一番隊隊長・名誉準男爵
名前…サイモン・カイロ
年齢…28
種族…人族
称号…グンジョー市騎士団第二番隊隊長・名誉準男爵
名前…アイーダ・ライス
年齢…27
種族…人族
称号…グンジョー市騎士団第三番隊隊長・名誉準男爵
と騎士団のトップ勢ぞろいとなった。
「皆さんお揃いで、どうしたのですか?」
とプリメラが緊張気味に質問する。
「何、大したことじゃない。大変そうだったから、少し様子を見に来ただけだ。緊張せずとも良い」
「旦那はそう言っているが、本当はお前が男といると聞いて、じっとしていられなかっただけだ」
「そんなこと言っていると、後で痛い目に遭いますよ。余計なこと言うんじゃないっ、て」
「それに皆、最近この街で噂の彼が来てるって聞いて見に来たのよ」
とアラン、サントス、サイモン、アイーダの順に答えてくる。その間にも、俺から気をそらさない。
「君が今噂になっているテンマか……若いな」
アランはガッチリとした体格の男で、頭はスキンヘッドで口ひげと顎ひげが繋がっている。
「本当ですな。とてもじゃないが、バンザ一味を壊滅させた奴には見えん」
サントスは大男で、身長は2m以上はありそうだ。
「人は見かけによらない、ということですね。我々の気配にも簡単に気づいていましたし」
サイモンは中肉中背の男性で、優しげな顔立ちをしている。
「彼の経歴をギルドの知り合いに聞いてみた事があるけど、それから考えると、私達が束にならないと敵わないかもしれないわ」
アイーダは、サイモンより背の高い女性だ。ショートの髪に、浅黒い肌の色をしている。
「それは本当か!」
それを聞いた者達はかなり驚いた顔をしているが、その中でもアランが思わず、といった感じで聞いた。
「ええ、本当よ。私がこの手の冗談を言わないのを、皆知っているでしょう」
「知っていますけど…それは言い過ぎでは?」
サイモンが聞くが、アイーダは首を振り、
「彼はこの街に来て早々に、2体のオーガを討伐しているわ。13歳のときよ」
と言ったが、サントスは、
「それは凄いが、それでも俺達の方が強いぞ」
「それだけじゃないわ、その後も、Bランク以上の魔物の群れを一人で討伐した、との目撃もあって、現にその素材をギルドに売ったらしいわ。それに……」
そこで俺をちらりと見て、
「だいぶ前に、彼に殺気を放ってみたことがあるの」
と衝撃の発言をした。騎士団の面々はものすごく驚いていた。
俺もかなり驚いたが、そのようなことは、この街に来た頃には頻繁にあったので、どれの事だか分からなかった。
「それで、どうなったんだ?」
と、サントスが聞くと、アイーダは軽く笑い、
「殺されるかと思ったわ。気がついた時には、騎士団本部の自分の部屋まで逃げていたわ。おまけに、鍵までかけて机の影に隠れていたの」
あの時はごめんなさいね、と言っていたが、俺自身が覚えていなかったので、気にしていませんよ、と返しておいた。
「アイーダがそこまで言うか……確かに束になってかからないと、相手にならないかもな……」
アランが腕を組んで唸っている。そして、
「テンマ、騎士団に入らないか」
「申し訳ありませんが、お断りします」
と間髪入れずに断った。プリメラが、
「総隊長、先ほど私が勧誘して、速攻で断られました」
「そうか……」
残念そうな顔をするアラン。プリメラは、同じ断られ仲間ができて少し嬉しそうだ。
「総隊長、そろそろ戻らないと、これ以上は邪魔になります」
サイモンがアランに進言する。アランも、そうだな、と頷き場を離れようとしたが、
「アランさん。もしかして、第四部隊に倉庫整理を命じたのは、武器の事を教えるためですか?」
と駆け寄って小声で聞くと、
「その通りだ。貴族出身の者の中には、才能はあっても常識を知らん者が多い。そのため、できるだけ雑用をさせて覚えさせているのだ」
秘密にしていてくれ、と言って、アランは今度こそ去っていった。
「取り敢えず再開しよう」
俺の号令で騎士達が動き出す。先ほど、20人くらいの手の空いた騎士が応援に来たので、先に選別していた者が教える形で進んでいく。
もっとも、新しい種類の武器や防具に関しては、俺が教えなければならなかったが。
3時間も過ぎる頃には、全ての選別が終わった。もうすでに、夕飯時だろう。そこでプリメラが、今日泊まる部屋まで案内してくれた。食堂で夕食も頂いたのだが、正直に言って、満腹亭のものよりだいぶ劣る。
部屋に戻るとまずしたことは、シロウマル達の夕食だ。
バッグから干し肉やゆがいたお米など取り出し、ディメンションバッグの中に入れる。シロウマルは、待ってました、と言わんばかりにかぶりついている。
その後武器の手入れを行った。終わった後は布団に潜り込んだ。
今夜は明日に備えて、早めに眠ることにした。
---ある屋敷にて---
薄暗い部屋の中、一人の男が自分の雇い主に向かって膝をついていた。周りには、何人かの人影がある。
「申し訳ありません。妨害ができませんでした」
雇い主に報告をしたのは、冒険者の格好をした男だった。だが、この男は歩く時に、足音を極力立てないので、周りの者は冒険者というよりも、スパイか暗殺者のようだとも思っていた。
「あのガキは騎士団本部に隠れました」
その言葉に周りがザワついた。そして、男の正面にいた雇い主……レギルは、
「騎士団があのガキについたのか!」
と大声を出したが、男は、
「その可能性は低いでしょう。おそらく、他に後をつけていた者に勘付いたのだと思います。その証拠に、ガキが本部に入った後、直ぐに裏から私服姿の騎士が一人、辺りを探っていました」
恐らくは、念のため避難したのでしょう、と男は続けた。
「そうか、ならば良い。明日も働いてもらうぞ。ご苦労だった」
「はっ!」
男が部屋から出ていくと、レギルは他の者も退出させた。そして、誓約書を眺めながら、
「あの糞ガキめ、誰を敵に回したか思い知らせてやる」
そう言って、醜く笑うのだった。
プリムラが第四部隊の隊長なのに、他の隊が出てこないのはおかしいと思い、隊長だけ出すことにしました。隊長は何年か務めると名誉爵の位がもらえます。
総隊長だけは貴族の出身(次男以下)なのでその影響もあって、普通の爵位になっています。
プリメラはまだ公爵家に籍があるので、名誉爵をもらっていません。