第2章-9 交渉人
俺は騎士団本部に来ていた。今日は、サンガ公爵の使者がやってくる日である。場所は、前にプリメラと契約を交わした部屋だ。
「テンマさん、お茶をどうぞ。あっ、こちらはお茶菓子です」
「ありがとうございます」
プリメラが、お茶とお菓子を俺の前に置いていく。自身は俺の向かいの席に着いたのだが、どこか落ち着きがない様子だ。
何も知らない者が俺達を見たら、どちらが騎士なのか判断に迷うのではないか?と、そんなことを考えてしまうくらいの落ち着きのなさだ。
「プリメラさん。なにか、俺に隠していませんか?」
と聞いた瞬間、ビクンッ、とプリメラの体がこわばった。
「な、何もないですよ!隠し事なんて!」
どう見ても怪しい。じろーっとプリメラの目を見ると、スーッと目を逸らした。額には汗が滲んでいる。
俺は目を逸らさずにじろーっと顔を見続ける。2~3分程見続けていると、不意にドアがノックされた。
「は、入れ」
「失礼します。隊長、サンガ公爵様の御使者の方がお見えになりました」
入ってきたのは若い女性だった。
「あ、ああ、分かった。私が出迎えて案内しよう」
女性の言葉に答え、俺の視線から逃げるようにして、部屋から出るプリメラ。
面倒なことにならなければいいのだが。
それから4~5分も経たないうちに、再びドアがノックされて、入ります、とプリメラの声がした。
ドアが開いてプリメラと共に入ってきたのは、30代くらいの優しげな顔をした男性だった。
俺はすかさず鑑定をして席を立ち、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私は冒険者のテンマ、と申します。お見知りおきをサンガ公爵様」
と、度が過ぎず、尚且つ失礼にならない程度の挨拶し、男性に向かって頭を下げた。
「な、なんでそれを!」
真っ先に驚きの声を上げたのは、プリメラだった。公爵は一瞬だけ驚いた顔をしたが、直ぐににこやかな顔に戻っていた。
「プリメラ、そんなはしたない声を出すものじゃないぞ。君がテンマ君だね?初めまして、私がこのプリメラの父のアルサス・フォン・サンガです。公爵もしています」
公爵はプリメラを窘めた後、俺に丁寧な自己紹介をした。
名前…アルサス・フォン・サンガ
年齢…48
種族…人族
称号…サンガ公爵家当主
この顔で48歳だと!プリメラと並んでいると、下手したら恋人に間違われるんじゃないのか?と思いながら。
「……随分とお若いのですね」
と返した。すると公爵は苦笑いをしながら、
「こう見えても、もうすぐ50になるんだけどね。友人達からは、実はエルフなんじゃないか、とか疑われることもあってね」
と見た目で、それなりに苦労しているようだ。その友人は、単に羨ましがってるだけだろうけど。
「そろそろ本題に入ろうか。席に着いてくれ」
と俺を座らせた。自身は、俺の正面にプリメラと並んで座った。
「まず、宝石を取り返してくれてありがとう。あの宝石は詳しくは言えないけれど、ある貴族の奥方の持ち物で、他の盗賊に盗まれた物だったんだよ。なんでも、旦那さんから贈られた物も入っていたらしく、かなり落ち込んでいたんだ。あの値段しか出せなくて悪かったね」
それ以上のお礼が出たら、いくらか別に支払うからね、と話していた。前のは強制ではなく、本当にお願いだったのかもしれない。
プリメラと同じ種類の匂いがする……天然、という名の匂いが!
「いえ、追加の支払いは結構です。私達には、あの金額でも十分すぎる程です」
と断る。金額は前回の契約の時に決めたことだ、その金額で取引したほうがこじれる事など無いだろう。
「そうかい?」
と言って、公爵がマジックバッグから白金貨を22枚取り出して、俺に渡してくる。俺は碌に調べる事なく、そのままバッグに入れた。
「それで、ギースの権利の譲渡については、どのような条件でしょうか?」
と言うと、公爵は少し渋い顔をして、
「そのことなんだけどね、彼の父親である準男爵が、今回のことに異を唱え出してね…」
と言いづらそうにしていたので、
「つまり、息子は無実で、裁かれるのは私の方、だと言っているのですか?」
公爵はため息をつきながら、
「そうなんだよ。卑怯な手を使われなければ、息子が子供に負けるわけが無い、と騒いでいるんだよ」
「卑怯な手とギースの罪は、関係がないはずですけど」
と聞くと、
「そうなんだけどね。彼が言うには、卑怯な奴が言う事が正しい訳がない、と言うんだよ」
「卑怯さなら、ギースの方が上なんですけどね」
と笑いながら言うと、不思議なものを見るような目で、
「君は貴族が怖くないのかい?」
と聞いてきた。俺は、この国の王様と知り合いです、などと言う訳にはいかないので、
「貴族を舐めているつもりはありませんが。その準男爵様は公爵様より怖いですか?」
と虎の威を借る狐ではないが、少しふざけた感じで言った。この公爵はおそらく俺の味方だろう。それに何かあっても、逃げ切るだけの自信はあった。
「そんな発言は、他ではしないでくださいね」
と笑っていた。軽い冗談だとわかったのだろう。
「すいません、言葉が過ぎました。でも、その様子では、審議も拒んでいるのでしょうね」
「ええ、そうです。彼は仮にも貴族です。その息子に対し、許可なく審議にかけるのは体面上よくありません。しかも彼自身は、息子以外の事に限って言えば、ある意味優秀な部類の男なのです」
「でも犯罪者ということで、強引にでも審議にかけることができるのではないですか?」
と聞いてみると、公爵は首を振った。
「そんなことをすると、彼は反乱を起こしかねません。しかも、彼の派閥にはそれなりの力があるので、ヘタを打つと被害が大きくなるでしょう」
どうしましょうか、と首をひねっている。
「決闘でもしますか」
と軽い気持ちで言ったら、
「いいですね、それ!」
といった反応が返ってきた。
「そうですね、決闘なら相手側も文句を言わないでしょう。彼は、貴族らしい事をやりたがるところがあります。軽く煽れば乗ってくるでしょう」
この公爵、結構ノリノリである。でも、俺もそんな悪巧みは嫌いではない。
「手袋でも投げつけます?」
と返した。いいですね、と二人で計画を立てていくが、プリメラだけは蚊帳の外といった感じだ。
「でも本当に大丈夫ですか?彼は腕利きの冒険者を何人か囲ってますよ」
と、初めて心配そうな顔をした。
「一流どころが相手でなければ、なんとかなるでしょう。切り札もありますし」
その言葉に公爵は、
「(そういえば、Aランクの魔物を使役していると聞いたな)そうですか、バンザ相手に完勝できるのならば、大丈夫でしょう」
と納得していた。決闘のための説得は公爵に任せて、俺達はギースの権利の代金について、話しを始めた。
「一人あたり20万G、さらに準男爵家の資産、20分の1でどうですか」
と提案してくる。
「それで結構です。ただし、報酬は全てお金でお願いします」
お金で、と指定したのは、もしも何かの権利が報酬だった場合、そのために公爵家に取り込まれるのを防ぐためだ。
「……引っかかりませんか。残念です」
やはりそういった思惑があったようだ。プリメラだけは、訳が分からない、といった顔をしている。
「そのような引き込みは、やめて下さい」
ニコリと笑って答える。公爵も笑っていた、できたらラッキー、くらいの考えだったのだろう。
「では、契約書を作成しましょう」
と言って、サラサラと紙に契約内容などを書いていく。
「内容をよく読んで、こちらにサインを」
と契約書を3枚渡してくる。全てに目を通してから、俺はサインをした。
「では、それぞれが一枚ずつ保管し、一枚はギルドに保管を頼みましょう」
と言って、互いに握手をして契約完了となった。
---サンガ公爵宅にて---
「公爵様。不届き者の小僧はどうなりましたか?」
アルサスが天馬と契約を交わした翌日。公爵宅に、一人の男が待ち構えていたかのごとく現れた。男の名は、レギル・ヴェンド名誉準男爵。ギースの父親だ。
この国では名誉爵位の者はミドルネームを名乗ることが出来ない。そして一般人にも、ファミリーネームを持つ者がいる。そのため名誉貴族は本物の貴族では無い、との考えを持つ貴族もいる。
このレギルは、このままの調子だと死ぬまでには、ミドルネームを名乗ることが許されるのでは、と言われるくらいの男ではあった。だが、その才能も二人の息子には、受け継がれなかったようである。
「公爵様。それでギースは…息子はどうしたのですか?」
レギルは最近では、若い頃のような頭の切れを見せることがなくなってきてはいた、だがそれを差し引いても有能だ、とアルサスは思っていた……息子に関する事以外では、と。
アルサスは残念そうな顔をして、
「レギル準男爵。残念ながら交渉は決裂だ。相手は、君の息子に非があると譲らなかったのだ」
その言葉にレギルは激昂し、
「なんですと!そんなはずはありません!それに、なぜ公爵様は、小僧相手に引いてしまったのですか!」
その顔からは、公爵なのに不甲斐ない、と見て取れた。
「そう言うな、向こうにはギルドが後ろ盾になっているのだ。公爵といえども、なんの策もなくギルドを敵に回すのは無謀だ」
「では、策があるのですね!」
かかった!とアルサスは内心ほくそ笑んだ。
「ああ、それは決闘だ!十日後に、あちらの代表とこちらの代表を戦わせ、勝った方の言い分に従う、というものだ!もちろんあちらは、例の小僧が出る。確約を取ってきた。これが証拠だ!」
レギルに、天馬のサインの入った、決闘のルールを書き記した誓約書を渡すアルサス。
その誓約書を受け取り、一読したレギルは、ニヤッと笑い、
「もちろん、こちらの代表は私が決めさせてもらいます。構いませんかな?」
と言った。
「構わん。君の息子のことだ、私は手を出さないでおこう」
と、自分は関わらない、とレギルに言ったが、本人はその意味に気が付いていないようだ。
「では、私は家に戻り準備を始めます」
そう言って去っていくレギル、アルサスはその背中を見ながら、
「優秀な人材だが仕方がない。代わりが居ない訳でもないからな」
と、呟いたのだった。
誓約書
○の月××日の決闘において、双方のどちらかに正当性があるのかを決定させる。どのような事があろうとも、この決闘の敗者は勝者に異議申し立てをすることは許されない。
この決闘は双方の代表が戦い、どちらかが気絶するか、負けを認める、もしくは戦闘不能になる事で決着とする。
武器、魔法についての制限は無いが、故意に負けた相手へ攻撃を加えたり、戦闘区域外への攻撃は禁止とする。違反した者は、その時点で負けとする。
尚、この決闘においてルール内での出来事に限り、相手を死亡させても罪には問わない。
上記の内容に不服がないことを認め、この内容に従うことを誓う。
決闘者…テンマ
決闘者…レギル・ヴェンド
この誓約書の決闘者の欄に、自分のサインを書いたレギルは、ある一文を読んでニヤリと笑った。
「代表、ね…」
流石に天然なだけじゃ公爵は務まらないだろうと、腹の黒いところも出してみましたが、彼は基本的には6:4の割合です。