第2章-6 思わぬ報酬と報復行動
作中の単位を変更(kg・kmやmなど)しました。
「わ、私はグンジョー市騎士団所属、第四部隊隊長プリメラ・フォン・サンガ。今回の事に対しては全権を預かってきた」
と背筋を伸ばして自己紹介をしたが、
「サンガ?」
隊長…プリメラの名前に付いているこの公爵領のトップと同じ名前が気になった。
急いで鑑定を使うと、
名前…プリメラ・フォン・サンガ
年齢…20
種族…人族
称号…サンガ公爵家三女、グンジョー市騎士団所属第四部隊隊長
と出た。本当に公爵家のお嬢さんだった。
「はい、公爵家の三女ではありますが、一応そうです」
「そうですか。で、どうしますか?」
と大して重要ではない事のように話を続ける。
「あの、どうしますか、とは…」
「だから取引ですよ。しないのなら他の所に持って行きますけど」
「してくれるのですか?」
本当に?といった感じで聞いてくるプリメラ。最初とは随分と態度が違うな…
「頭金を支払って証文を書くのならば、後払いの分割で取引に応じましょう。ただし宝石類はダメです」
「宝石の方が大事なのですが…」
と引き下がってくるが、
「払えますか?2000万G以上の大金を一括で。こちらはオークションに出品したら、ほぼ確実にそれ以上の金額になりますからね」
とこちらは譲れない、とはっきりさせておく。
「わかりました。ただしばらくの間は出品を控えてください。私の父…サンガ公爵に相談しますので」
と肩を落として条件付きで承諾した。
「わかりました。できれば十日以内での返事をお願いします。オークション出品の締め切りが近いですから」
出品登録はギルドでもできる筈だが、今後の予定を決める為にも、早めに返事を聞きたいところだ。
話がついた所でギルドを証人として契約書を交わす。盗賊退治の賞金と奴隷売却と武器の売却とセルナさん達の救助で合計450万Gの支払いで、頭金で50万Gをこの後すぐに支払い、残りは二ヶ月後に200万G、さらにその二ヶ月後に200万Gを支払うことで決着がついた。
「では盗賊と死体を引き渡しますね。死体はどこに置きますか?」
と聞くと、捕虜はこのまま連れて行くが、死体の方は騎士団本部で出すようにしてくれ、と言われた。流石に死体をこの場で晒すのはまずいと思ったのだろう。
了承し、バンザを連れてこようと盗賊達を積んでいる馬車に近づくと、俺に気が付いたバンザが怯えて大変だった。引きつけを起こすは漏らすはで騎士達も若干引き気味だった。
バンザは死刑、そのほかは奴隷として鉱山送りになるだろう、との事だ。
一段落着いた所でセルナさんが男性と共に近づいてきた。
「この度はセルナを助けていただき、誠にありがとうございます。私はセルナの叔父でマルクスと申します」
と丁寧な挨拶をしてきた。騎士達にはせめてこの半分……いや四分の一程の礼儀を身につけていて欲しかった。
このマルクスさんはセルナさんの母親の弟で、大したコネも無しに議会の会計補佐になった優秀な人だそうだ(フルート談)。
「いえ、たまたま助け出すことになっただけなので…」
「それでも助け出したことにはちがいません!」
とお礼の言葉を繰り返し、セルナさんが止めるまで頭を下げっぱなしだった。
その後はセルナさんを、医者の所に連れて行くため引き上げたのだが最後に、何かあったら力になるのでいつでも来てください、と言って去っていった。
その後は契約書を書くために騎士団本部まで出向いた。立会人としてフルートさんも同行してくれた。その時に、死体を訓練所の片隅に出してくれ、というので氷漬けの死体を山積みにしたら見ていた騎士や兵士の何人かその場で吐き出し、何人かはトイレへと走っていった。
氷魔法を使える者が溶けないように、魔法をかけていたから腐ったりする心配は無いだろう。
フルートさん立会いのもとで同じ契約書を三枚書き、俺と騎士団とギルドでそれぞれ保管することになった。
騎士団本部を辞した後はギルドに寄るだけだったが、もう遅い時間だったので宿屋へとそれぞれ戻り、翌日の昼過ぎにギルドへ顔を出すことにし解散となった。
満腹亭へと向かうとおやじさんが出迎えてくれた。今日は酒場は休みみたいだ。
「おお、テンマ無事だったみたいだな。盗賊に襲われて一人で撃退したとか、騎士達を相手に一喝したとか言う話が入ってきているぞ」
と若干真実に尾ひれが付き始めたようで、訂正しながら受付をすませた。
「ほれ、これが鍵だ」
とこれまでと同じ部屋の鍵をくれた。
「しかし本当に早かったな、数日の予定だと言っていたから部屋はまだ掃除していないんだ」
「ああ、掃除くらいは自分でするよ、それとまた十日後くらいに出かけるかもしれない」
とオークションの事を話した。
「大した儲けだな!新人の稼ぎとは思えんぞ」
と驚いていた。そこへおかみさんが顔を出して、
「あんた、そのへんにしときな。テンマは帰ってきたばかりだよ」
とおやじさんを注意してから俺の方を向き、
「テンマ、おかえり。残り物でよかったら食事が出来るよ」
「お願いします」
と夕食を出してもらった。おかみさんは残り物と言っていたが、鶏肉の香草焼きを追加で作ってくれていた。かなり旨かったので今度レシピを聞いて作ってみよう。
食事が終わると疲れが出てきたので、部屋へと戻り寝ることにした。
「おやじさん、おかみさん今日はもう寝るよ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
二人に見送られ、いつもの部屋へと戻っていった。部屋に入ると自分の家みたいな感じがして落ち着いていくのが分かる。
「体の疲れというより精神的な疲れみたいだな。早く寝て明日の朝にでも風呂に行くか」
近くの風呂屋は夜間勤務の人達の為に、朝早くから湯を張っており重宝している。
「おやすみ。スラリン、シロウマル」
バッグを開いて二匹に声をかけるが、返ってきたのはいびきだった。
俺は苦笑しながらバッグを閉じ布団をかぶった。
次の日、目が覚めると目の前にシロウマルとスラリンの顔があった。シロウマルはバッグから体半分を出して覗き込んでいる。
「おはよう二人共。どうした?」
と聞くと同時に、シロウマルのお腹から盛大に音が鳴った。
「分かった。ご飯にしよう」
と言うと二匹はバッグの中へ、いそいそと戻っていった。
俺は苦笑しながら着替えを済ませ庭へと出た。
今日のシロウマル達のご飯は野菜を中心とした物を作ってみた。スラリンは喜んでいたがシロウマルは不満げな様子だ。
シロウマルは俺をチラチラと見ていたが、やがて諦めて野菜を口にしていた。
俺も朝ご飯を食べて早めにギルドへ向かうことにした。
ギルドは昼前にも関わらず賑やかだったが、俺が入ると一瞬静かになった。時折、小さな声でバンザ達に関する話が聞こえてきたが、直接話しかけてくる者はいなかった。
そんな連中をよそに、俺は掲示板へと近づき依頼書を順に見ていく。
その中でこの街から半日くらいの所にある山で、ロックバードという魔物退治の特別依頼があるのを見つけた。
特別依頼は討伐数、ランクなどの制限が無く、本登録者なら誰でも受けられるものであり、この依頼書が貼ってある限り有効な依頼のことだ。依頼の受注申請もいらない。
どうやらロックバードが増えてきているようで、被害が出る前に間引いて欲しい、との内容だそうだ。
ロックバードは羽が石のように固く、並みの武器では致命傷を与えることが出来ない。その上体長は1.2~3m、翼を広げると3mを超える鳥型の魔物で、飛行能力も高いため一人では倒すのに苦労する、と言われている。
しかし、羽は装飾品や武器や防具に、肉は食用にと使われる。肉は美味しく脂肪分が少ないため、特に女性から人気がある。
そして、忘れてならないのが卵だ。栄養価が高く味も濃厚で、g単価では肉より高値が付く。殻も厚みがあり丈夫なため、加工品に使われる。
1羽あたり1000Gの討伐料で素材は討伐者のものとなる。なかなか良さそうな依頼だ。明日にでも討伐に行ってみよう。
その他にも良さそうな依頼がないか見ていくが、ロックバードより惹かれるものは無かった。
依頼を見ていると俺に気付いたフルートさんに呼ばれた。
「テンマさん。ちょっとこちらにいらしてください」
周りも何かあったのか?という感じで俺とフルートさんを見ていたが、特にフルートさんが慌てていなかったのですぐに興味が失せたようだ。
「何かありましたか?」
俺はカウンターにいたフルートさんに話しかけたが、すぐに奥の部屋に通された。
カウンターの奥にある応接室に入り椅子に座ると、
「おめでとうございます。テンマさんはCランクに上がりました」
とフルートさんはそう言って、拍手をした。
「……はぁ?」
と呆けた声を出す俺にフルートさんは、
「バンザの件で王都にいるギルド長に魔道具を使って連絡をしたところ、じゃあランクを上げてやって、という返事がありましたので、正式にテンマさんのランクアップが認められました」
という事だった。
「簡単すぎじゃないですか?あと、試験は?」
とあまりにも簡単に事が進んでいるので、取り敢えず聞いてみたところ、
「問題ありません。ギルド長の特別権限だそうです。しかし、これは贔屓などでは無く、前例があってのことです」
と言って、その前例とやらの事を教えてくれた。
なんでも、ある貴族の冒険者が駆け出しの頃、指名手配されていた犯罪者を捕まえて街の治安に貢献した事があったそうだ。その時の犯罪者はかなりの腕前で徒党を組んでいたため、特例としてランクをEからCに上げた事があったそうだ。
それ以降、同じような活躍をした者には、ランクをCまで上げる特例ができたそうだ。
ちなみにランクはCまでしか上げられないそうだ。
なので今回の活躍にその特例が適用されるため、俺のランクがCに上がった、という理由だった。
「まあ、テンマさんのこれまでの活躍を考えたら、Bランクでもおかしくないんですけどね」
とフルートさんが笑いながら言っていた。
「では、ありがたく貰っておきますね」
とギルドカードをフルートさんに渡した。後で更新した物をくれるそうだ。
応接室から出るとリリー達が来ていた。三人は他の冒険者(ほぼ男性)に囲まれていた。
それを俺は見ているだけだった(俺が声を掛けたらロクなことになりそうにないから)が、フルートさんが、
「リリーさん、ネリーさん、ミリーさん。テンマさんがお待ちですよ」
と大きな声で爆弾を投下した。その言葉に反応したリリー達は、耳をピンッと立てスルスルと冒険者の間を抜けて俺の所へやって来た。……後ろの方では男性達が、またあいつか、と睨んでくる。一方でとても楽し気にフルートさんは笑っていた。絶対にわざとだ!
「おはよー、テンマっ!」
「ごめ~ん、待った?」
「ごめんね~、待たせちゃって」
といつも通りに挨拶をしてくる。
「いや、俺が用事があって早く来ただけだから」
と返すと三人は、そこは、「今来たところだよ」とか、「早く会いたかったから待っていたんだよ」とか言うところなのに、と少女漫画的な事を言っていた。
お前達は俺の事をなんだと思っているんだ?、と聞いてみたくなったが、無視するのが一番だと決めた。
「皆さんには依頼の事でお話がありますので、こちらへどうぞ」
とさっきと同じ応接室に通された。
中ではL字型に俺が一人用の椅子に座り、三人が同じ椅子に座った。フルートさんは三人の正面の椅子に座り、
「この度はギルドの不手際で迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。俺達は仕方がないことだった、と言ったのだが、
「本来なら緊急時を除いて、依頼者の身分証明のための書類を書かせるのですが、その書類に不備がありました」
との事だった。その書類不備と対応したのが経験の浅い新人だったため、今回のような事が起きた可能性が出てきたそうだ。
「ですので、お詫びとして本来の報酬に加え、迷惑料として1万Gが上乗せされる事になりました」
そう言ってフルートさんは、1万5000Gの入った袋を俺達の前に置いた。
「これは口止め料込みですか?」
俺の質問にフルートさんは首を横に振った。
「いえ、今回のことはギルド内の掲示板に張り出します。ですのでこれは純粋に迷惑料となっています」
と苦笑いをしていた。本来ならば隠しておきたかったらしいが、門の前で俺が騎士達とやり合った為、かなりの人数が今回の事を知っている可能性があり、下手に隠すと信頼が地に落ちるかもしれないので公表するらしい。
「すみません」
俺は頭を下げたがフルートさんは、
「今回の件は騎士達の方に問題があったので仕方がないですよ。気にしないでください」
と言ってくれた。
その後はあの村であった事の詳細を話して解散となった。
その後、俺と三人は現在支払われた金額の分配をすることにした。
俺は四人で等分にしようとしたが、リリー達は反対した。理由は今回の依頼は『テンマと眷属』と『山猫姫』の二つのパーティーでの合同で受けたようなものなので、報酬は二等分にするのが常識なのだそうだ。俺はイマイチ納得できなかったのだが、今回、依頼を受けたのが山猫姫だけだったら間違いなく失敗し酷い目にあっていただろう、とのリリー達の話で渋々従う事にした。
それとシロウマル達が狩ったダッシュボアは、完全に俺達の物なのだそうだが、3頭のボアを譲る事にした。三人は遠慮していたが、依頼中に討伐したのだから三人にも権利がある、と半ば強引に渡すことにした。
その後、三人と共に昼食を摂り、ギルドの裏にある解体場を借りてボアを解体することにした。解体場は本来は予約をしなければいけなかったのだが、たまたま空きがあったので借りられたのだ。1時間300Gで3時間借りた。解体場には専門の職員もいて手伝ってくれるのだ。
キングを含めて7頭のボアだったが、職員達のお陰で2時間半程で全て解体する事ができた。職員達にはお礼に肉の一部と内臓を1頭分あげたら非常に喜んでいた。なんでも肉よりも、新鮮な内蔵はなかなか食べる機会がなく、処理は大変だがその分の価値があるそうだ。
三人は全ての内臓とほとんどの肉は知り合いの肉屋に売り、残りは晩のおかずにしてもらうそうだ。素材はギルドで引き取ってもらっていた。
俺はいくつかのボアの骨を除いて、素材はギルドで売ることにした。骨はシロウマルのおやつだ。
肉に関してはマジックバッグがあるので、売らずに取っておくことにした。
査定をしてもらい分かった事だが、キングの素材は普通のボアより倍以上の値が付くそうだ。特に毛皮は5倍以上した。
普通なら喜ぶところだが、盗賊退治で得た金額が大きすぎたので、そんなもんか、ぐらいにしか感じなかった。
三人とはギルド前で別れたのだが、何かするには中途半端な時間だった。そこで、
「よし、あれを決行するか!」
と門の外までやって来た。そこから少し歩いて原っぱまで行きシロウマルを呼び出した。
「シロウマル、お座り!」
「ウォン!」
と命令しバッグの中からあるものを取り出した。その瞬間、シロウマルが逃げ出そうとした。
「シロウマル、待て!」
「クゥ~ン」
突然、弱々しく鳴くシロウマル。その視線は俺の持っている自作の石鹸に注がれている。
俺はそんなシロウマルの視線を無視して、水魔法でシロウマルを濡らしていく。シロウマルは嫌がっているが、俺の命令をちゃんと聞いてじっとしている。
そして石鹸をシロウマルに擦り付け泡立てていく。30分もすれば泡ダルマのシロウマルが出来上がった。泡を水で流すと情けない顔をしたシロウマルが現れた。
最後にリンスもどきを毛に馴染ませていく。10分くらいしてから水で流して一応終わった。
後は毛を乾かすだけ、という時にシロウマルが体を震わせた。それはもう豪快に。
その結果、俺が水浸しとなった。シロウマルは、そろりそろりと足音を立てないように離れようとしていたが、
「シロウマル。待・て」
との言葉にいつもより背筋を伸ばして、お座りをするシロウマル。俺はゆっくりとシロウマルの前に歩いていった。その時、シロウマルがゴロンと腹を見せた。
「なにやってんだ、シロウマル!」
その声に反応しさらに体をよじるシロウマル。起き上がった時には茶色い狼になっていた。自分が何をしたか分かっていない様子のシロウマルは、もう一度泡ダルマになることが決定した。
予想以上の時間が経ってしまい。宿屋に帰り着いた頃には日が暮れて、辺りが暗くなろうとしていた。シロウマルはあれから念入りに洗われたせいで、バッグの中でぐったりとしていた。
「おう、テンマ。おかえり…お前、服が変わってないか?」
おやじさんに問われたので、シロウマルの事を話すと爆笑していた。その声を聞いておかみさんもやってきて、おやじさんから理由を聞くと同じように笑っていた。さらに顔なじみの宿泊客も皆、同じように笑うのだった。
シロウマルの晩ご飯抜きが決定した瞬間だった。
自作石鹸に使った重曹などは大きな街なら売っている。という設定です。
リンスもどきは、レモン汁などを水に溶かしただけの物のつもりなので『もどき』を付けました。