第2章-5 八つ当たり
連続投稿その4
馬車を降りて門の所へ行くと、俺達の事を知っている顔なじみの門番がいた。
「門を閉める時間だとは思うが、もう少し待ってくれないか?」
「いくら冒険者ギルド期待の新人でも、規則は曲げられんぞ」
と言葉とは裏腹に顔は笑っている。
「ああ、それは分かっているさ。しかし、昨日依頼を受けた村で百人規模の盗賊団に襲撃を受けた」
と言って簡単に事情を話すと門番は仲間を呼び、すぐに関係各所に伝令を飛ばした。
「すまんがそれを確認できる証拠なり、証人なりを準備しておいてくれ」
「分かった。それと冒険者ギルドにも伝令を頼む」
と頼むと、もう人を行かせた、と返事があった。
俺は馬車の所まで戻ってリリー達に伝えると証人にはセルナさんがなり、証拠はバンザ達盗賊でいいだろうと決まった。
セルナさんは親戚がこの村にいるとの事なので、そのことを門番に伝え連れてきてもらうことにした。
10分くらいたったところで、最初に冒険者ギルドから副ギルド長がものすごい勢いで走ってきた。
小柄で童顔な人族の女性で、名をフルートという。
「皆さんご無事でしたか!」
と息を切らせながら俺達の無事を確かめていく。どうやら俺達が盗賊に襲われた、としか知らされてなかったようで慌てていたようだ。
後で門番に、情報は正確に伝えるようにさせて下さい、と詰め寄っていた。
「おかしいとは思ったんですよ。テンマさんがいて盗賊如きに遅れを取るわけがない、とは思ったんですけど…」
と何だか妙に高い評価をしながら、苦笑いをしていた。
俺達はフルートさんに簡単なあらましを伝え、特に食料庫の武器と奴隷となった女性達とバンザ達盗賊の事を聞いた。
その結果、食料や宝石類、武器は俺達に権利があるが、それでも宝石と武器に関しては持ち主がはっきりした場合、相応の金額と引き換えになるだろうとの事。
女性達は審査(身元の確認と嘘を付いていないかなど)を済ましてから問題が無かった人から解放されるとの事、こちらに関しては所有権は主張できないが街やギルドから幾ばくかの謝礼金が出て、もし解放されない者がいた場合は権利が発生する、らしい。
最後に盗賊達に関しては捕縛の謝礼金と懸賞金(かけられていた場合のみ)は確実に出て、それプラス捕虜を奴隷として販売した時の売値の半分がもらえる。
かなりの儲けですね、とフルートさんは笑っていた。
その時、奴隷商と女性の審査官(審査の魔法を使える者)と15人ほどの兵士を連れた5人の騎士達がやってきた。
「盗賊を捕まえた冒険者はすぐにここへ来い!」
騎士の一人が声をあげる、かなり高圧的な態度だったが気にせずに前に出た、
「俺が盗賊達を捕縛したパーティーのリーダー、テンマだ」
と名乗り出ると騎士達は馬鹿にしたような態度で、
「嘘を吐くな!虚偽の申告は重罪だぞ。本当の事を言え!」
「嘘を吐く理由も必要もありません。俺達が捕縛しました」
「ふざけるな!あそこに転がっているバンザは俺達も捕まえようとしたが無理だった奴だ!お前達みたいなガキと小娘達に捕らえられる相手では無い!」
と怒鳴り始めた、騎士達は一人を除き、同じような態度を取っていた。俺も段々と腹がたってきて、
「ガキと小娘達が捕らえることが出来た相手に手こずっていたという事は、あなた方が無能なのでしょう」
と言ってやった。騎士達は顔を真っ赤にしていたが止めに、
「あなた達に盗賊は引き渡しません。他の街に連れて行き、そこで事情を話して引き取ってもらいます。無駄足ご苦労様です。任務に戻ってくださって結構ですよ」
と馬鹿にしながら踵を返した。
「ふざけるな!死にたいのか!」
「バンザ如きに手こずっていたお前にできるのか?」
と振り向き挑発すると騎士は剣を抜いて斬りかかってきた……が、
「やめないか!みっともない、騎士として恥を知れ!」
先程から黙っていた一人の騎士が声をあげる、声の高さからして女性のようだ。
「やっと隊長さんのお出ましですか」
と言うと、女性を含めた騎士達から動揺が走ったのが分かった。
「分かっていたのか。隠していたつもりなのだが」
「ええ、すぐに分かりましたよ。一人だけ気配が違いすぎましたから」
と半ば勘だったことは噯にも出さずに言い切った。
「そうだったのか、部下が失礼をした。だが君もむやみに挑発などはしないでくれ」
「相手によります」
と返答をぼかした。
「まあそれはいい。しかし、あいつ程では無いが私も不思議に思っている事だ。本当に4人だけで盗賊団を壊滅させたのか、と」
どうなんだ、と聞いてきたので、
「では、証明になるかわかりませんが、俺の戦力を見せましょう」
と言うと騎士達が身構えた、
「ああ大丈夫ですよ。危害を加えたりはしませんから」
とバッグからゴーレムの核を取り出し、人のいない所に放り投げ召喚した。
召喚したゴーレムは大型が10体、中型が30体、小型が30体程だ。まだ出せるがこれくらいでいいだろう。
そしてもう一つのバッグからはシロウマルを出した。
騎士達はゴーレムを見て惚けて、シロウマルを見て慌てた。
「これが俺の戦力です。ちなみにシロウマル…この狼は現在Aランク相当の力を持つ魔物です」
シロウマルのランクを聞いた瞬間、騎士の一人が持っていた剣を抜いた。反射的な行動だったのだろうが、シロウマルは敵対行動とみなし飛びかかろうとした…が俺が尻尾を掴んで引っ張りとめた。
「キャン!」
と悲鳴をあげるシロウマル、俺は軽くたしなめて騎士の方を見た。騎士達は隊長を除いて腰を抜かしていた。
無理もない、Aランクの魔物でなくとも3m近い大きさの狼が飛びかかってきたら、騎士といっても練度の低い者にはたまったものでは無いだろう。
「き、貴様っ!今のは立派な敵対行為だぞ、わかっているのか!」
と腰を抜かしたままの騎士が叫ぶ。
「勘違いするなよ。先に剣を抜き向けてきたのはお前達だ。おまけにここは街中じゃない。立派な正当防衛だ!」
俺の怒気に反応してシロウマルも唸り声をあげる。その感じはいかにも、いつでもやってやんぞ、といったチンピラじみたものにも聞こえるが無視をしよう。
「双方やめないか!君も疑って悪かったからその狼を戻してくれないか」
と懇願というよりは命令に近い感じがしたが承諾し、シロウマルをバッグに戻してゴーレム達の核を回収した。
シロウマルがバッグに入っていく様子を見た騎士達は、皆口をあけて呆然としていた。
その時になってセルナさんの叔父を名乗る人が現れた。その人は街の議会の会計補佐をしているそうで身元確認は直ぐに終わった。
そこで審査官が調べていき誰にも問題が無かったので、奴隷商の男が首輪の解除をしていく。女性達は直ちに治療院に運ばれたが、セルナさんだけは証人として残っていた。
「では盗賊の引渡しはどうしますか?」
と聞くと隊長が答える前にフルートさんが、
「バンザには20万G、それと他に5万Gの賞金首が2人いましたので、その三人だけでも30万Gを超えます。さらに奴隷になる捕虜が男ばかりで23人ですので、売値の相場は一人あたり10万としてえ~と…230万Gの半額で115万Gですので、賞金と合わせて最低でも145万Gが払われます」
「フルートさん、殺した盗賊達の死体が75体分あるんですけど、これどうしたらいいですか?」
と聞くと、フルートさんは、そんなに、と驚いた後、
「バンザの盗賊団だと証明できるのならば、死体だと一人あたり1万Gが討伐慰労金の名目で支払われます」
盗賊だけで最低220万Gですね、と笑っていた。
対照的に騎士達は苦虫を噛み潰したような顔をしている。この支払いは一時的に騎士団の予算から出されるのが決まっているからだ。一時的といっても騎士団に補充されるには数ヶ月先なので、その間のやりくりが大変なのだ。
「その他の宝石類や武器はどうしたらいいですか?」
俺は騎士達の様子を見て、少し調子に乗ってフルートさんに再度尋ねる。フルートさんは、う~ん、と腕を組みながら、
「宝石類が小箱で2つ、剣が146本、槍が132本、弓が130本、矢が1万2200本でしたね、ざっと計算した限りでは宝石が少なく見積もって2000万G以上、武器はそこそこの質だったので剣が一本5000Gの73万G、槍が8000Gの105.6万G、弓が2000Gの26万G、矢が20Gの24.4万Gで229万Gです。ただし、宝石は王都などでオークションに出したら、もっと値が上がりますね」
と暗記していたのだろう、スラスラと売値予想を答えていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「何か?」
口をはさんできた隊長に問題でもあるのか、という顔で聞き返すと、
「流石にそんな大金を直ぐに支払うことは出来ない。後払いにしてもらいたい」
と言ってきた。
「盗賊だけでもいいですよ。武器なんかは買ってくれる所に持っていきますから」
と一括での支払いでしか応じない、という風に見せる。
「それが私達『グンジョー市騎士団』にとってどれほどの痛手かを分かっているんでしょ!」
「それがどうかしましたか、俺達には関係ないですよね?」
これは八つ当たりに近いとはわかっている。こいつらが三年前の兵士達とは無関係だとは頭ではわかっていた、しかし最初の見下したような態度を見て、ククリ村で俺達を見捨てて逃げた兵士と被って見えてしまい感情を抑えきることができなかった。
少し冷静になって辺りを見渡すと、近くにいたリリー達の怯えたような表情が目に入った。
俺は冷静になろうと深呼吸を数回行ってから口を開いた。
「まず初めにはっきりと言っておきます。この件に関して俺達とあなた方とでは、『対等な立場では無い』という事です。もちろん俺達が上です」
「ふざけるな!」
「黙っていろ!」
反発した騎士の一人を隊長が抑える。
「すまなかった。続けてくれ」
「俺達は意図してやった事ではありませんが、やった事は結果的にあなた方の尻拭いです」
と言葉を区切り騎士達を見回す。
「バンザ達はあの村に三週間ほど前からいたそうです、その間に村人の大半が殺されました。あなた方が捕まえきれなかったからです。それをたまたま俺達が退治し捕縛しました。なのにあなた方は俺達を馬鹿にし見下しました。なぜそんな者達と取引をしなければならないのです。俺達にはあなた方を選ぶ権利はあっても義務はありません」
勘違いしてませんか、とは言葉に出さずに話を終えた。
ここまで言って、ようやく騎士達は俺がなぜ腹を立てていたかに気付いた…気付いたところで態度を改める連中ではなかったが。
「街を守っている騎士団に協力するのは当然だろうが!」
「ですから払えないなら無理しなくてもいいように『払える人』と取引します、と言ってるんです」
と尚も高圧的な態度を崩さない騎士に対して分かりやすく教えてあげた。
「何が目的だ?」
と隊長が聞いてくる。
「目的も何も、俺はただ信用できない者と一方的な取引をしたくないだけです」
「どうすれば信用してくれる?」
少し呆れてしまった。この隊長さんいいとこのお嬢さんなのだろうか、肝心なことを俺に伝えてないのが分かっていなかった。俺はため息をつき、
「まずあなたは誰ですか?」
と初歩的な事を聞くのだった。
「……はぁ?」
と間の抜けた声が隊長の口から漏れた、
「ですから、あなたの名前は、所属は、階級は、そしてどのような権限を持っていますか?俺達は何一つ、教えてもらっていませんが」
と取引するに当たって、必要な情報の提示をしていないことを教えた。
「たったそれだけの事で…」
取引に応じなかったのか、とは声に出なかったようだ。だがこちらからしたら大問題である。
「もちろんそれだけではありません。こちらを見下して馬鹿にしてきた事も理由の一つです。しかし、騎士だから無条件に取引しろ、ではこちらに損はあっても得にはなりません」
未だに呆けた顔で俺を見ている隊長、更に続けて、
「更に言えば、自分の身分を提示せずに後払いで、などとふざけた事を言う者と取引をして、もし騙されでもしたら目も当てられません」
これにはさすがに気に障ったみたいで、隊長の顔が赤くなっている。
「私がそんな詐欺まがいの事をするわけがないだろ!」
と怒鳴るが俺は気にもせずに、
「その『私』とやらの素性を教えて貰っていないから取引しないんですよ」
と言うとようやく自分がやろうとしていたことが、『詐欺を働く者の言動と同じ事』だと気がついたみたいで、先ほどとは違う意味で顔を赤くして俯いていた。
「分かりましたか、態度が悪くて詐欺師かもしれない者と、好き好んで取引をするやつはいないでしょう?」
相変わらず隊長は俯いていたが、他の騎士は黙っていなかった。
「貴様、不敬罪だぞ!その首を切り落としてやる!」
と腰にあった剣を抜いた、
「待て!待つんだ!この件に関してはこちらの落ち度だ!それにこの事でこの者を傷付けでもでもしたら冒険者ギルドを敵に回しかねん!」
と剣を抜いた騎士を取り押さえた。それを見てフルートさんが
「そうですね。こんなくだらない事で、『我がギルド期待の新人』を傷付けられでもしたら、その報はあっという間に大陸中のギルドに広がるでしょう。そうなれば各ギルドはこの街に冒険者の派遣を止め、立ち寄らないように警告するでしょうね」
その意味がわかりますよね、と言った。実際にこの街から冒険者が居なくなれば、彼ら相手の商売は立ちいかなくなり、また治安の悪化も懸念される。
いい意味でも悪い意味でも『何でも屋』と呼ばれる冒険者は、街の経済と治安維持に大きな役割を担っているのだ。
そのことを理解した騎士達は、可哀想なくらいに顔を青ざめている。もし現実にそんなことが起こったならば、自分達の首が飛ぶだけではすまない、と。もちろん物理的な意味も含めて。
「ではその上で改めて聞きます。あなたは誰ですか?」